Birth0Death
第二話 勇者弟への依頼
「・・・・・用がある」
「用件をどうぞ」
郵便局に来て、用があるのは当たり前である。
「そっちの男に、だ」
「え?オレかな♪」
局長の椅子に深々と腰を下ろし、暇そうにしていたカリンが立ち上がった。
心なしか目が輝いている。ラインの住民らしい対応だ。
「いや、そっちの男だ」
あ〜あ、変な客が来たもんだ。局長を喜ばすなんて。
・・・・・・・・・・。
しばし間。
「え!?ぼ、僕?」
緑髪の男は無言でうなずく。
「えっとええっと???」
「我が名はクラウス」
「オレはカリンだよ〜」
局長ははりきって自己紹介しかえす。聞いちゃいないのに。
マルが自分も名乗るべきかどうか、考えている間に、クラウスはうつむいてしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
用件を言おうとしているのだろうか。
クラウスは沈黙している。
「あの〜?」
アンズもちょっと困り顔である。
まだ混んではいないからよいものの、このまま黙りっぱなしでは、かなり邪魔だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言のまま口は半開きになっている。
何か言おうとしているのはわかるが、何を言おうというのか。
「ああもうっ、やっぱあかんね!!」
「うわっ!!!」
「わっ!!!」
「まあっ!!!」
三者三様の悲鳴。
職場の一同跳び上がったのは言うまでもない。
沈黙のクラウス。
彼の茶色のマントから、突然、これまた緑の髪の小人が飛び出したのだから。
同じ緑髪でも、クラウスの直髪と違ってカールのかかった髪の少女、だ。
しかもこの少女、かなりのミニサイズである。
手の平に乗りそうなぐらい。げんにクラウスの肩に乗っかっている。
「ああ、すまない。ララ、頼む」
彼女は翼を持っていた。
いや、翼と言うより虫の羽のようなものだ。
七色の羽をせわしなく動かしながら、ララは飛びまわっている。落ち着きのないやつだ。
「うちはララっていいます、見ての通り妖精やからね!」
彼女の声は高すぎて耳に響く。
自らを妖精と名乗った彼女は、実際、クラウスの容貌の珍しさを吹き飛ばすほどに、珍しい姿をしていた。
彼女の声は金属音に近い。
そしてその言葉は奇怪な訛を含んでいた。
「うちらはな、ジュカを目指してんねん」
ジュカという町の名をマルは聞いたことがなかった。
聞いたことがないのはマルだけではないようで、カリンもアンズもきょとんとしている。
「ジュカってどこなんだい?」
「ジュカはうーん、ま、隠れ里ってゆ〜の?まあ、ちょっと隠れすぎてて困るんやけど、幻の森にあるんや」
幻の森。
いかにも普通の人の辿りつけなさそうな地名である。
「ええっと、そのジュカを目指すララさんが僕になんのよう?」
マルはまたいやな予感がしてきた。
「実はな・・・・」
「あ、先言っとくけど、僕は勇者バッツ・スカイブルーじゃないからね!勇者の弟だから」
「えーーーーーーー!!!!」
「なにーーーっ!!!!!!」
今度は緑髪コンビが悲鳴を上げる番だった。無論、跳びあがって。
「でもでも、勇者の血の匂いを感じるんやけど?」
匂いって言われても犬じゃあるまいし。マルは冷や汗を流して、苦笑した。まあ、わからないでもないけれど。
「そりゃまあ、僕も一応、勇者ルドの血は引いてるけどさ」
「勇者じゃないねんな・・・・。うーん困ったわ」
ララは本当に困ったようで、クラウスと同じく眉間に皺を寄せている。
「どうだい?一応話だけでも聞こうじゃないか」
「そうですよね」
カリン&アンズの目はぎらぎらに近いほど煌いている。
「局長、アンズちゃん〜」
マルのブーイングなんぞ、聞いちゃいない。
「そうやね、一応勇者の血を引いてるんやったら、別にOKやろうし♪な?」
「ああ。恐らく」
謎の会話を交わす二人。
「・・・げ。悪魔、魔物関係はごめんだよ〜っ!!」
マルは半泣きで訴える。
「ああ、え・・・っと、うん大丈夫大丈夫、ええっとな・・・・・」
ララは一瞬つまって、そのあとお愛想笑いを浮かべた。
いかにもあやしい。
「“悪魔の扉”を開いてもらいたい」
ララが言わんとすることをクラウスはすっぱりさっぱり言ってしまった。
「悪魔の扉ぁ〜?やだやだやだやだ。悪魔関係はいやだぁっ!!」
マルはだだッ子並みに首を振る。
「ああ、もうっ、クラウスのアホ」
「ララが言えないのかと思って・・・・すまない」
クラウスは傍目にもわかるほど落ちこんでいる。
「・・・来てはもらえないだろうか?」
「もちろん行くよねぇ?マル??」
カリンはお得意の“にこやかな威圧”をマルに放つ。
「い、いや、お断り・・・・・・・」
後ずさるマル。
と、その足首をつかむものがある。
冷たく粘り気を帯びたもの。
慌ててマルは足元を見た。
無数の手。その一本一本が腐りかけ、悪臭を放っている。
いつのまにか床が泥沼になっている。
魑魅魍魎の叫びがマルを包み、足首をつかむ手が徐々に彼を泥沼に引きずりこむ。
抵抗しようにも、体が動かない。
あっというまに腰まで引きずりこまれ、腐った無数の手が顔面に覆い被さり・・・・
「ぎゃ、ぎゃああああーーーーー!!!!?」
「マルさん??」
アンズの不思議そうな顔がそこにはあった。
「うわっ!!?」
・・・・・・今、死にそうな気がした。
マルの額にいやな汗が再び噴き出す。
目の前でカリンはにこやか〜に笑っている。
「マル、行くよな?ジュカに」
「あの・・・・・・ほら、仕事がありますし!!」
「出張扱いにしてあげよう。アンズくん、早速書類をつくってあげたまえ、マルはとっとと旅の準備だね♪うんうんいいなぁ」
「おお、ありがたい、ジュカに来てくれるか!!」
「よっしゃ〜♪」
ララは舞い飛びながら喜んでいる。
眉間に皺を寄せっぱなしだったクラウスも、微笑らしきものを浮かべている。
「じゃ、じゃあ準備があるから・・・・・」
マルはとりあえず、その場を逃げ出した。
「よろしくな〜勇者マルっ!!!」
ララの言葉にマルは苦笑した。
知らぬが仏とはこのことだ。
つい1時間前に通った、ラック荘への道。
「とはいえ、困ったな」
マルはそうつぶやきながら歩く。
空は青く、緑豊かな町並みは続く。風に揺られ木々は穏やかにざわめく。
「平和なのになあ・・・・・」
悪魔がえりは解かれても、今はまだ外に魔物がいるらしい。
らしいと言ったのは、マルが今だもって外に出たことがないからだ。
勇者バッツが解いた“悪魔がえり”。
10年前、ラインにも魔物の襲撃があった。
マルやバッツの父と母は自ら犠牲となり、このラインの城壁に結界を作り出した。
ルドの血筋らしい英雄的行動である。
いや、母にはルドの血は流れていない。流れていないにもかかわらず、ここ、ラインの住人として、英雄的な行動を進んで行う勇気があった。ルドの血筋である父だけでなく、彼女も立派にルド一族の役割を果たしたのだ。
このときのことをマルはほとんど覚えていない。
覚えているのは、父と母の城を去って行くその背。
マルには、それ以前のことや、父と母の記憶もほとんどない。
城での記憶なども霧がかかったように、思い出せない。
どこに記憶を置いてきたのやら。
ともかく、結界の力の宿った外壁を持つ、この町は安全そのもの。
そして、マルは町から出るなどということを、したことがない。
「・・・・・はああ」
ラック荘近くの外壁。ここに来ると父と母の空気を感じる気がする。
ぼーーっと考えこむマルの背後に怪しい影が近づく。
「ジュカってとこに何が待っているんだろう・・・・・ぐあっ!???」
マルは思わず蛙をつぶしたような声をあげた。
珍しくシリアスに考えこんでいるところに不意打ちタックルを食らったのだ。
「ふっふっふ。時は来たり!!!」
「げ。サッサ」
マルが恨めしげに振り返ると、そこに仁王立ちをして、得意げに笑うサッサがいた。
なぜだか旅の準備万端で。
「行くぞ、マル!!!!」
呆然としている間にサッサはサクサク行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待て―――!!行くぞって、お前ついてくるのか?!」
「当ったり前だ!!オレだけじゃない、町のやつみんなお前について行くんだってはりきってるぜ!!なんせ勇者になるかもしれないし、な!!・・・・バッツのやろうは一人でこっそり旅立ちやがったしよ」
ああ、僕にすら勇者を期待するのか?この町の人々は・・・・・・。
マルは少しぞっとしていた。
旅の心得をとうとうと語るサッサを振りきり、どうにかこうにかラック荘の入り口が見えてきた。
と。
「うっふっふ。時は来たり♪」
「げ・・・サティまでなんだよ、その格好」
あの、普段比較的クールなサティまで、旅の準備万端で立っていた。ラック荘の入り口に。
どこで噂を聞きつけたのやら。
「もちろんあんたの旅についていくに決まってるじゃない♪」
「僕の旅ったって、僕は母さんや父さんや兄さんや・・・とりあえずルドの一族みたいに立派な真似はできないよ?!」
「それでも、“奇跡”を起すからね〜、ルドの一族は」
もしかしたら、この町はルド狂信者たちの集いなのかもしれない。ますますマルはぞ〜っとしたのであった。
「な〜んてね。あんたの兄さんに頼まれてたのよ。もしまかり間違って、あんたが旅に出るようなことがあったら、その時はついて行ってやってくれって」
なんてことを頼むのだ、我が兄は。
サティまで勇者信者だったわけではなかったことには、とりあえず安心した。
それでも、とほほと落ちこみつつ、マルは曖昧にうなずき、そのままラック荘に入っていった。
「・・・・ゴンドラさん?」
「いやあッ!待っていたよマルくん」
またも出逢ってしまった、旅の準備万端なお人に。
いかん、このままでは『行け行けGOGO!!ジュカ・ツアー』になってしまう。
一抹の不安を覚えたマルは慌ててゴンドラに言い放つ。
「僕の旅のパーティーは、もういっぱいですから!!」
その言葉にゴンドラはショックを隠せないようだ。はたからみても真っ白。
「あの〜ゴンドラさん?」
「なぜだっ!!なぜすでにパーティーがいっぱいなのだっ!?メンバーはっ!?」
「えっと、ええっと・・・クラウスさん、サッサそんでサティ」
誤魔化すつもりで、出会った順にとりあえず挙げていく。ララは、妖精ということでおまけ扱い。
「四・・・・四名か。く、初代ルドの格言にもあったな・・・"旅は四人がもっとも良い。二人が戦い二人がそれを支援する"くそぅ、すでにメンバーがいっぱいとは」
どうやら、ゴンドラをつれていかずに済みそうだ。
「そっか。いっぱいなんだね」
「え?」
ふりかえると、そこに命石をしこんだステッキを握り締めたルリが立っていた。
彼女ももちろん旅の準備万端。
紫の髪によく映える、黄色い帽子を被り、それはそれは愛らしい姿だ。
そんな彼女がしゅん、とうつむいている。
ああっ、マル、一生の不覚。
「あら、ルリちゃんじゃないの」
「あ、サティさん」
マルのあとから入ってきたサティはルリに言葉をかける。
「マルと一緒に旅に出るんですよね?じゃあ、ぜひ、このステッキ使ってください」
「あら、いいの?」
「ええ。万屋一の良品ですから!!」
サティは調度、指揮者のタクトのような長さのステッキを握り締めた。形もタクトに似ている。
先端についた青い命石が仄かな光を放つ。青い光は主に水の力。回復の力を司る。
「ありがとう、ルリちゃん」
サティは命石の力の確認をして、満足げに微笑んだ。
「マル、気をつけてね」
ルリはサティにうなずくと、今度はマルに微笑みかけた。
「え、ええっとルリちゃん〜」
サティにステッキをあげるぐらいなら、ルリちゃんがついてきてくれた方が嬉しい。
などと、サティに知れたら飛び蹴りが飛んできそうなことを、マルは考えてしまう。
「あ、そうそう占い、してくれないかな?しばらく逢えないかもしれないから」
ルリはマルの占いをかなり、楽しみにしているのだ。
だからこそマルも彼女が大好きだったりする。
「うん。いいよ!!!」
「あ、マル、ついでに旅支度してきなさいよ」
水晶玉をとりに、大急ぎで部屋に向かったマルの背中に、サティは声をかけた。
「そうだ、俺も旅立つマルになにかやろう」
ゴンドラはサティとルリのやりとりを見て、感心したようにつぶやいた。
彼的には勇者のお役に立ちたいのだ、一応。
「何かって、ゴンドラさん、その大剣をあげても、マルには使えないと思うわ」
サティはにこやかに諭す。その言葉にルリもうなずき賛同する。
「ぬ〜〜そうか」
「それよりも、父さんとエンドウくんが準備していたから、その手伝いをした方がいいかも」
「準備?」
ルリの笑みはその容姿の違いにもかかわらず、恐ろしく髭親父たる父にそっくりだったという。
一方、何も知らないマルは、辺りを見まわして、必要な物を整えていた。
着替えを詰めた鞄を肩から斜めにかけ、手近にあったパンを布巾に包み、中に入れる。
他に、滅多に使ったことのない細身の剣―― 例の腹筋93回ダウン時に特訓用として準備したものだ――も、腰から下げてみた。
あとは・・・と、もともと物の少ない部屋を見渡す。
旅といえばマント。
部屋の壁にかかっていた薄茶色のマントを手に取った。それを羽織ってみる。ちょっと暑い。
そのまま部屋の鏡をのぞいてみた。
そこに立っているのは、いうまでもなく、マル。
父親譲りの少し癖のある青い髪。どちらかというと、ちょっとたれ気味の穏やかな青い目。
背は決して高くない。体つきに逞しさもない。とはいえ、かろうじて貧弱でもない。
そう、いうなれば、人の良さそうな好青年。
そんな姿が鏡の向こうにあった。
次回予告!!
タクス「すわーてっ、待ってましたの次回予告タイム!」
ララ「タクス、はりきってるなあ」
クラウス「本編で活躍できないからな」
タクス「うっきー!!」
タクス、暴れる。
クラウス「こら」
クラウス、タクスの頭を剣の柄でどつく。
タクス「おっと失礼。私としたことが(笑)」
ララ「相変わらず危険なやっちゃなあ、あんたら・・・」
タクス「さてと。折角こちらにいらっしゃったんですから、少しおしゃべりしましょうよ♪」
クラウス「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
タクス「えーと、クラウス?」
ララ「だーっ、もうっ、クラウスに無茶いわんといて、忘れたん、タクス?」
タクス「あー。また、電池切れですか」
クラウス「電池切れいうな」
ララ「クラウスは〜何をいっていいかわからんくなると、動きが止まるんや。それを電池切れというわけやねん」
クラウス「・・・って、ララ、誰に解説してるんだ?」
ララ「いややなあ、いろいろとサービス精神が・・・」
タクス「そう、そうですよっ、ララっ!!サービス精神は大切ですねっ!もっともっと私も活躍せねば!…本編で」
ララ「そりゃ無理やな」
クラウス「ああ、無理だ」
タクス「なぜですかッ!!」
ララ「だって、あんた本編で○○○○やん(←ネタバレの為伏字なり。すきな言葉を当てはめて♪ 笑)」
タクス「なにーっ!!(真っ白だよっ、燃え尽きたよ・・・)」
タクス、戦闘不能。
ララ「さってと、タクスが戦闘不能になったとこで、次回予告いっとこか?」
クラウス「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ララ「だーっ!しゃーないな(ため息)えっとなになに?」
ララ、タクスの用意した原稿を見る。
ララ「こっちとあんまりかわらんやん。宴会えんかい大宴会!!勇者弟を送る会!次回第三話「宴会inライン!」…ラインって一体(汗)」