Birth0Death
第十八話 勇者の子孫と魔王の子
「うっ・・・痛い」
ふいに目の前の映像が揺れる。とともに、肩の痛みが戻ってきた。
マルは戻ってきた。現実に。
あたりを見まわしてみる。
ちょうど、この場所で、先ほどの邂逅がなされたようだ。
あれは恐らく、過去の幻。
「・・・どれも一緒に見えるけど。たぶんあれ」
あのとき、タクスが向った先とおぼし方向へ、マルは重たい足を進めた。
あのときよりもずっとずっと育ったその木の向こうへ。
「・・・・これが・・・・・セカイジュか」
息が荒い。
タクスの向った先をまっすぐ歩いていくと、すぐにその場所に着いた。
しかし、止血したはずの肩から、再び血が流れ始めていた。
ともすれば意識を失いそうだ。
目の前に見えるはずの大木も、見上げることすらできない。
出血多量で倒れそうになりながらも踏ん張る男、マル。
血と泥と汗にまみれて、視界が揺れる。
「・・・・ってか・・・・ほんとに・・・・これ、木かよ?」
ふらふらになりながらも、ツッコミは忘れない。
セカイジュは巨大。もう、巨大と言うしかない。
まわりの木々よりもずっとずっと太い幹。ライン城とかわらないぐらいの太さだ。
何百年何千年も育ちつづけたのだろう。幹がどこまでも続く。
幹に寄りかかるようにして、マルはなんとか歩みを進めていく。
ともすれば、視界が揺れ、真っ白になりかかる。
・・・くっそ・・・・絶対、ロナ、助けてやるっ・・・。
いつのまにか、マルはロナを助ける気まんまんになっていた。
この森で見た、あの姿が本当にロナのものだったとしたら。
ロナは決してワルモノではない。
デス人は決して、悪ではない。
決して、ロナを魔王にしてはいけない。
そんな考えが頭の中でぐるぐる回る。
なんやかんや言っても、マルもラインの住人だ。正義感は人一倍。
ラインの住人、サッサやサティは受け入れてはくれなかったけれど。
体力はとっくに限界。ほとんど、気力だけで進む。
幹に寄りかかる手は、肩から流れる血が伝って、ぬるぬると滑りそうになる。
「く・・・っそ・・・」
一歩、一歩。
やはり樹皮が続く。扉なんてありゃしない。
あと一歩・・・。
すでに視界を超えている。
ふいに、血まみれの手が、冷たい感触を覚えた。
それまでの樹皮ではない。
忽然と現れた真っ黒な扉。
いや、これを扉と呼んで良いものか。
黒光りした、滑るような平面。
マルの身長の倍近くある、暗黒。
「・・・・これだ・・・」
気力をふりしぼりその面に向って、ぐっ、と力をこめてみる。
両足を踏ん張って、両手で押す。
扉が開く。
「う、うわっ!!?」
マルは思わず尻餅をついた。
扉は、マルの血を吸って、白い輝きを放ち出した。
強い強い、白い光。
眩しさのあまり目を閉じる。
どのくらい光が続いたのだろう。
そっと、目を開くと、先ほどまで黒い扉だった場所は、ぽっかりと穴が空いていた。
その向こう、セカイジュの中には、ロナがいた。
黒い羽根を交差させ、縮こまるように目を閉じた少女。
それは神秘的な空気だった。
短い黒い髪は“ママ”と同じく、輝いていた。
青黒い肌は、マルが見たこともなかった肌の色。
普通ならば、見たことのない姿は恐れを感じさせるものだ。
それでも、彼女は、美しいと感じさせるものを持っていた。
セカイジュの中で眠り続けた彼女が、今、目を覚ます。
瞼を開く。
翼をゆっくりと開く。
肌の黒よりもより深い黒のドレスがはためく。
紅い瞳が不思議そうに、腰を抜かしたマルを見つめていた。
「君・・・」
あまりの驚きに“ロナだね”という言葉が続かない。
「私はロンガルフ・ノン・オンリエド。・・・あなたは、だれ?」
「・・・ロンガルフか・・・」
彼女は継いだ魔王の名を名乗った。
“ロナ”ということも出来たのに。
彼女の声はあの幻で見た声よりも、ずっと落ちついていた。
「僕はマル・スカイブルー・・・いや、僕はマルシィス。マルシィス・ウィル・ド・ルドだよ」
マルシィス・ウィル・ド・ルド。
もう名乗ることはないと思っていた。
自分にはあまりに大層すぎる名前。
それは、マルやバッツがずっと昔、捨てた名前だ。
マルはその名を名乗った。そうするのが本当だと感じたから。
「ルド・・・・勇者?」
「僕は違うよ。ただの人、さ」
のんびり話している場合ではない。場合ではないはずなのになぜだかのんびりムードな二人。
マルはロナの不思議な雰囲気に、飲み込まれていた。
そう、不思議だけれど決して嫌な空気ではない。
しばらく、沈黙が続く。
目覚めたばかりのロナはぼーっとマルを見つめている。
「え、えっと・・・僕はきみを助けにきたんだ」
助けにきた。そうだ、僕はこの人を助けにきたんだ・・・・・・・。
傷の痛みのためか、マルの頭はうまく働かない。
「タクスは・・・」
「彼はもういない・・・」
「・・・・・・・・・そう」
ロナは、静かにマルの答えを受けとめた。
タクスはもういない、という事実を。
「・・・血出てる」
ロナの瞳に光が戻ってくる。
「はは。ちょっと痛いんだ」
「手当、しないと」
さきほどの神秘的な空気を纏ったまま、ロナはマルに近づいた。
「えっと、平気だよ」
「平気じゃない」
ぎらんと睨まれてしまった。紅い瞳がさすがに怖い。
「包帯・・・」
「へ?」
「包帯、ある?」
慌ててポケットの中のハンカチをとりだした。
いつでもポケットにハンカチを入れている。マナーばっちりの男、マル。
「これでいいかな?」
ロナは無言でうなずく。
口では言わないが、いかにも怒ってる空気を漂わせながら、ロナはマルの傷の手当てをする。
一応、自分で手当をしたのだが、どうやら、その手当の仕方がお気にめさなかったらしい。
「あれ?そういや、魔法じゃないんだな??」
「私はデス人。命石魔法は使えないの。それに回復魔法は使えない」
「・・・そっか」
頭を掻きながら、マルは思う。
・・・僕ってなんだかこういう役ばっか。
なんだか、やっぱり格好がよろしくない。
丁寧な止血のおかげで、もう血がたれ流れるのはとまった。
それでもやはり、ちょっとだけ頭がふらふらしている。
「ありがとう、ロナ」
「ロナ・・・?もしかして、ララからいろいろ聞いてる?」
ロナも、じょじょに打ち解けてくる。
タクスと戦っていた、あの野性的な様子は感じられない。
とはいえ、その前の“ママ”とともに“パパ”を心配していた幼い少女の雰囲気はかすかに残っている。
「ああ。あんまり詳しくは聞いてないけど・・・過去なら知ってる」
そういえばな〜んにも聞いてないもんな〜。
と、改めて思う。
ロナとマルは悪魔の扉のそばに二人並んでこしかけた。
「そっか。あれはあなただったの・・・」
「あれ?」
「ときどきあった。ほんのときどき。まわりに、いつもと違う空気を感じてた。今、あなたが放っている同じ空気」
「え?」
マルは悟った。
あれは幻ではなく、本当の過去だった。
「じゃ、あらためて。はじめまして、勇者さん」
「僕は勇者じゃないってば」
「タクスが言ってた。勇者がこの扉を開けてくれるって。いいえ、勇者じゃないとこの扉は開けないって」
ロナはふっ、と目を閉じた。
「なんでロナは“悪魔の扉”に入ることになったんだ?」
「それは私を魔王にしようとしに来た奴が来たから……」
ロナはゆっくりと、語り始めた。
☆ ☆ ☆
「いやなことになりました」
傷だらけのタクスが、ロナとララの待つ家に戻ってきた。
「どうしたの、タクス!?」
タクスがジュカに戻ってきたのは、夜遅くなってから。ララはすでに寝てしまっていた。
その日、奇妙な空気を感じたタクスは、異変がないか見に行った。
そして、帰って来たときには、負傷していたのだ。
口調はおだやかでも、その傷はかなり深い。
そもそも大抵の魔法を使えるはずのタクスが、傷を治していない時点でおかしい。
「あなたを、魔王にしようとしている人がいる」
「そんなっ…」
ジュカは至って平穏な夜を迎えているのに、幻の森は敵が溢れているという。
“悪魔がえり”したデスの魔物もいれば、数少ないヴァースの魔物まで、大群で押し寄せてきた。
「ん、大丈夫です。私があなたを守りますから。守るつもりなんですけれど、もしかしたら危険かもしれないと思いまして。先に伝えとこうかなあと。ララもロナも、家から出ちゃいけませんよ」
タクスは穏やかにしゃべりながらも、辺りに転がる魔法の道具をかき集めている。敵と戦うつもりなのだ、一人で。
「・・・・タクス!」
ロナは出ていきかけたタクスを止める。
「なんですか?」
「私を封じて」
「はい?」
思わずタクスは聞き返す。マイペースな彼は、ただただ今は敵を追い返さなくてはと、そればかり考えていたのだろう。
「いつか言ってたあの“悪魔の扉”で」
“悪魔の扉”
それは悪魔を封じるのに使う、東方で伝わる魔術。
一度閉じたら、ちょっとやそっとじゃ開けない。
開けるられるのはその術を使った術者か、もしくは勇者ぐらいだといわれている。
それ以外の者が触れたら、それこそ“悪魔”のようにまっ黒に焼け落ちる。
そこから、“悪魔の扉”と名付けられたのだ。
「ってなにっー!!!?」
「どうしたの?」
“悪魔の扉”がどんなものかを聞いて、マルはますます顔色を青くした。
下手したらまっ黒こげになっていたのか…。
「あ、いや、続けて」
マルは続きを促した。
「続きって言っても…」
ロナはさらに語りだす。今ではすっかり跡形もなくなってしまった、ジュカの家のことを思いながら。
「でも、それは……」
「お願い。タクスが血を流すほどの相手だ。もしかしたら勝てないかもしれない。それならはじめから、封じてしまって」
タクスの腕をつかみ、ロナは必死に頼んだ。
「……そうですね。そうした方がいいですね。ロナを魔王にするわけにはいけません。あなたが魔王になったら、大魔王になってしまいますから」
「失礼しちゃうな」
くすりとロナは笑いをもらした。
だが、実際それは事実。
ロナほどの力を持つ者が、魔物化し、魔王になったら、その実力は大魔王と呼ばれるほどのものだろう。
……とは流石にタクスも言えなかった。
そうして、彼女は“悪魔の扉”に封じられた。
☆ ☆ ☆
「…そっか」
おそらく、タクスは負けたのだろう。
“悪魔の扉”からロナを助けるように、ララに頼んで、そうして亡くなっていったのだろう。
「うん」
ロナは悲しげにうつむいた。
「タクス、か。彼は何者なんだ?“滅びの穴”の原因、つきとめたのか?君はもう、大丈夫なのか?」
矢継ぎ早に疑問が浮かびあがる。
「・・・それは・・・・」
ロナが、答えようとしたとき、がさっ、と、草わらが音を立てた。
「クラウス?」
「違う・・・魔物?」
「げ・・・さっきの・・・・」
さっきのキマイラが狂暴な目を向けて、そこにいた。
「だーーっ!!どうしよっ!」
とりあえず、細身の剣を鞘から抜くいて、構えてみる。
とっさにロナを背に庇って。
タクスの部屋♪
タクス「ぬわーっ!?な、なんですかっ、これはっ!!あのステキな部屋がこんなごてごてしてっ(T_T)」
ロナ「かわいい部屋ね、タクス♪」
タクス「そ、そうですか?」
ロナ「うん(にっこり)ジュカの、あの部屋も好きだったけど、こういう部屋も好き♪」
タクス「ああ、喜んでいただけて、うれしいです♪」
マル「本当、随分変わったね〜」
タクス「!?なぜマルくんまでいるのですかっ(T_T)」
マル「なぜっていわれても(汗)」
ロナ「タクス、マルをいじめちゃダメ」
タクス「ああ〜ロナに怒られてしまった(T_T)」
マル「(あれ?タクス、もしかして、ロナに惚れてるのか?)」
タクス「ああっ!!なぜそれを!!!」
マル「・・・・・わかりやすすぎ。しかも人の心、読むなよ〜」
ロナ「??(とりあえず、にっこり微笑む)」
タクス「ほわぅ〜〜(*^^*)(・・・そ、そういえばマルくんはどうなのですっ!?)」
マル「どうって、出会ったばっかりだし・・・」
見つめ合うマルとロナ。
♪めぐり逢〜えた〜瞬間(とき)〜から〜魔法が〜解けない〜♪
タクス「う、うぉ!?そこはかと流れるTU○AMIはなんなのですか〜っ!?」
マル「・・・・ロナ」
ロナ「・・・・マル」
タクス「だああ!!!次回第一九話「ルドの時代のやり方」クラウスが二人に合流してくれます。でかしたっ、クラウスッ!!」