第1章 全ての始まり
見渡す限りの水平線、天候も穏やか、波も荒れず、静かな雰囲気の青い海に幾つ物の船が海上を進んでいた。
船の種類は様々であるがそれらの殆どが軍艦である。何れの軍艦も象徴なのか金色の桜の紋章が掲げられている。そして4つのグループに分かれている。早い話が艦隊である。先頭を進む艦隊は空母が2隻、巡洋艦を思わせる大型艦4隻、駆逐艦8隻、次に揚陸指揮艦1隻、空母型強襲揚陸艦が2隻、ドック型揚陸艦4隻、貨物揚陸艦2隻、それに続いてタンカー改造の病院船1隻、車両輸送船、コンテナ貨物船など各種貨物船やタンカー7隻、そして殿にはヘリ空母1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦4隻、補給艦2隻からなっている。
これらは大日本連合国の日本防衛軍の海上防衛軍は呉基地に所属する第4航空機動艦隊の艦艇である。今日、艦隊に出港命令が下り大海原へと繰り出したのである。
艦隊の目的地は南シナ海、西暦2020年、中国で勃発した内戦は今や中国全土、いや世界をも巻き込もうとしていた。そもそもの理由は2020年代初頭、中国では急速かつ急進的な経済政策が貧富の差を生み出していた。取り分け西部を中心とする地方と沿海部を中心とする都市部の格差は決定的なものであった。「世界の工場」と言われ繁栄を謳歌する時代はまるで幻であるかのようであった。否、その経済繁栄でさえ幻であったのだろう。実際にその繁栄とは裏腹に貧富の差は広まり、社会的不安要素は多数存在していたのであった。
全ての始まりは2年前であった。前国家主席の急死した事により中国政府は二つに分裂した沿海地方を支持母体とする市場経済派と西部を中心とする計画経済派、つまり原理的共産主義である。政府の分裂により二勢力間の抗争は事実上表面化し中国国内に不穏な影を落とした。そして昨年、共産主義勢力に属する過激は組織による市場経済派の主席候補者の暗殺をきっかけに二勢力間の紛争は一気に加速、続いて共産主義勢力の主席候補者が暗殺、両勢力間のテロによる抗争はその後も続いた。
血塗られた権力の争奪戦により次期主席の椅子は市場経済派が取得した。しかし権力の争奪戦は終わっていなかった。中国西部において農民を中心とする貧困層の大規模暴動が勃発し瞬く間に中国西部に広がった。それに便乗する形で争奪戦に敗れた共産主義勢力が台頭し再び権力の椅子を奪おうとした。政府は直ちに鎮圧に乗り出し中国西部での暴動を鎮圧した。しかし、一度は鎮圧した暴動であったが瞬く間に新たな暴動へと発展、更なる暴動を招いた。さらに共産主義勢力は彼等を支持する中国軍部勢力の力も借り、事実上の武装蜂起を開始、中国国内は未曾有の内戦へと突入した。
そして現在、内戦は中国全土へと広がり、十何億と言う人々を巻き込み、さらなる火種が上がろうとしていた。
彼等、海上防衛軍は中国に取り残されている邦人(日本人)の救出と南シナ海のシーレーンの防衛を目的にその針路を南シナ海へと向けていた。その理由は中国の内戦は今や多くの人間、取り分け多くの外国人も巻き込んだ紛争であり、中国に取り残された外国人救出の為に国連軍が中国へと展開し日本も邦人救出、PKFによる国連軍の参加により中国に内戦に介入したのである。また、中国内戦介入には別の思惑もあるようであるがそれは別のところで取り上げるとしよう。
広い海原を進む多くの軍艦、その先頭を進む艦隊に全通甲板型で他の軍艦よりも一際大きな軍艦がある。その艦橋に1人の男が海を見つめていた。年齢は30代後半だろうか、海上自衛隊の幹部クラスの制服をきちんと着こなし、顔も軍人らしいきびきびとした顔をしていた。
「東郷二将殿、第2艦隊より入電です」
艦橋勤務の一等海士が第二艦隊の入電内容が書かれたメモを渡す。
「東シナ海航行時には中国側の攻撃に警戒せよ。ミサイル、航空機による攻撃の恐れあり。そんな事分かっている!」
内容を読んだ東郷はそうぼやいた。すでに彼の耳には佐世保を司令部とする第二連合艦隊が東シナ海に展開し中国軍と交戦した情報ぐらい入っている。増してや、つい2時間前、中国海軍に所属するJ−7(中国製MIG−21)の航空部隊と交戦した事も聞いている。今更こんな物を送ってきてどうなると内心呟いていた。
「これでは、子供がする「初めてのお使い」みたいなものだ」
そう言って東郷は深く溜息を付いた。
「第二連合艦隊にはどう言葉を返します?」
「余計なお世話だと伝えておけ」
東郷は言葉を返した。
艦橋でじっと海を見ていた男、彼こそが第1艦隊を指揮する艦隊司令官、東郷 英輔。階級は二将(二等海将)である。
東郷は思った。我々は仮にも日本を始め世界各国が参加しているPKF派遣部隊であるのだぞと。
「この第4航空機動艦隊の防空能力は世界一だ。あのアメリカの艦隊でさえ我が艦隊の防空能力には及ばないというのに・・・」
東郷がそう思うのも無理は無い、彼が指揮する艦隊はアジア圏においても世界各国においても3本の指に入るほどの艦隊能力を持っている。
航空母艦(以下"空母")"神龍"は基準排水量48000t(満載排水量62000t)、全長310m、全幅71m(飛行甲板を含む)電磁カタパルト、アンクルド・デッキを採用、艦載機60機、CIWS、短SAM用VLSやイージスシステムによる防空能力を施した最新鋭の航空母艦である。動力機関として原子力推進を採用、原子炉2基と蒸気タービン4基からなっている。
空母"神龍"は2007年、軍備拡大政策の中、海上兵力増強の元に考案され2010年に建造され、2015年に竣工、以降同型艦が3隻建造され海上防衛軍の主戦力となっている。
空母の建造には国内や周辺諸国の激しい批判の元にさらされ、一時は凍結寸前という事態にまで押し入ったが政府は開発を強行し、予定通り2015年に竣工させたのである。
そして動力機関として原子力推進が採用された理由は航空護衛艦の維持とそのコストである。当初は通常動力機関を採用し蒸気タービンもしくはガスタービン、ディーゼル推進などが考案されていたが、通常動力機関では大型の空母の維持には莫大なコストが掛かる事が判明した。通常動力機関では年間の運営コストは従来の海上防衛軍の2個護衛艦隊群に匹敵し、また動力機関の燃料も大きな負担となる、資源に乏しい日本にとっては空母一隻の燃料を供給することは難しいのである。
そのような問題を考慮した結果、多少の問題はあるが通常動力機関に比べ燃料の消費や年間コストが半分以上に低減できる原子力推進が採用されたのである。原子力推進なら半永久的に航空護衛艦を稼動させる事も可能で、一度の航海で世界を4周することが出来る。しかし原子力推進には安全性などに疑問視する声があったが整備の強化や、確実な安全対策を施せば問題は無いと結論を出し原子力推進の採用を決定したのである。
そして、この空母は突貫工事で8隻建造され、外洋防衛を目的とする4個艦隊に2隻ずつ配備され現在に至っている。
そして第4連合艦隊は第4航空機動艦隊には同型艦の"白龍"が配備されている。
「東郷、いや東郷二将殿」
声を掛ける男が東郷の元へとやって来た。
「何だ山本か。良いのか、CICを抜けて・・・」
と東郷は言葉を返す。それに対してこの男はにっこりと笑う。
「今さっき休憩の時間を少し取ってきました。それで気晴らしに海を思いましてね」
「そうか、なら此処じゃなくて表に出た方が良いのでは無いか?海風にあたって気持ちもよいぞ」
東郷もこれまで硬い表情をしていたが山本の言葉に表情を和らげて言葉を返す。
「勘弁してください。今の季節を考えたら外にでは出られませんよ・・・」
と男は答える。彼の名は山本 寛司。東郷とは防大時代からの同期である。彼の階級は三将(三等海将)であり、第4連合艦隊第4航空機動艦隊指揮官及び二将補佐を務めている。
彼の特徴は軍人色の強い東郷とは違い、何処にでもいる平均的な日本人を現すような人物であるが、結構ハンサムである。そして彼は金フレームの眼鏡をかけ、眼鏡の真ん中を上げる癖を持っている。この言葉の後、彼は眼鏡の真ん中を人差し指で上に上げていた。
「そうか?確かにもうすぐ冬になり温度も変わってくるが未だに半袖の服装でも十分やっていけるぞ。これと言うのも温暖化による平均気温の上昇が原因だがな」
「海と陸では環境が違いますよ」
山本は苦笑いをして答える。季節は夏を過ぎいよいよ秋に入ろうとしていた。しかし地球温暖化が進んだせいか、秋へと入ろうとしているのに未だに初夏の時期を思わせる暑さであった。ただ、それは内陸の話であって陸と海の環境は明らかに違っているようであった。
「ところで中国の動向はどうなるのですからね?」
「新中国軍こと市場経済派はかなり劣勢を強いられているらしい。北京が陥落し兵力は華南地方と東北地方へと分散した。国連軍は華南地方の部隊を援助し上海防衛戦を行っているが非常に劣勢だ。最悪、上海からの撤退もあるかもしれない」
「そうですよね。日本では更なる予備役の招集や徴兵制こと"国民公職義務制度"で徴収した防衛軍兵士も派遣するべきとの意見もありますからね。ああ、そうそう、防衛省は新たに沖縄や中国東北部とシベリアに防衛軍を増派したようですよ」
「その話は聞いている。何とか此処で挽回したいと上は考えているのだろう。しかし徴兵制で招集された兵士を送り込むのはどうかと思うぞ。高度化された軍組織や戦略、戦闘に徴兵した兵を送り込めば返って足手まといになる」
「それは言えますね・・・」
そう言って山本は軽く溜息を付く。すると其処にカメラがフラッシュした光が灯る。その瞬間、2人は思わず手を目も元に当てその光を遮った。
「良いですね、艦橋で海防のお偉いさん同士の会話。何気ない会話だけど今の状況を冷静に話し合う。これはちょっとしたネタになりますよ」
2人に声を掛けるのは、一般に売られている防衛軍の識別帽(航空防衛軍アクロバットチーム"ブルーインパルス"の識別帽)を被り、少し小太りで眼鏡と無精髭を生やし青と白の縞模様のワイシャツと青いジャケット、ジーンズを身に着けている中年の男である。
「取材なら今は遠慮願いたいのだが・・・」
東郷は言葉を返す。
「いやあ、すみませんね。私のカメラマンがご迷惑を掛けて・・・」
二人の元にやってくるのは灰色のスーツを着た少し高齢の男であった。髪は白髪となりそれを上手く後ろに揃えているのが印象強い。
「えっと、あなた方は確か・・・」
「経産新聞の杉並です。えっと政治経済関係の新聞記者です。そしてあっちがカメラマンの俊河です」
山本が声を掛ける途中で杉並と言う男が答える。この2人は今回、PKF派遣部隊第4連合艦隊の取材記者として乗艦が許可された者達である。
1人は杉並 和政。経産新聞政治経済部の新聞記者でこの道何十年と言うプロの人物である。そしてもう1人はカメラマンの俊河 光秀、杉並専属のカメラマンとして行動を共にしている。因みに彼は少々軍事オタクな人間である。
「でも杉並さん。こういう渋い内容も良いネタになりますよ。特に軍事好きな方にとっては・・・」
「軍事好きね。まあ、ネタの一つとして考えておきましょう」
杉並は苦笑いをして答えた。
「さて、私はそろそろCICに戻らせて頂きます。これから色々業務をしなければなりませんので・・・」
山本は声を掛けてCICへ戻ろうとする。
「CICですか?実は私達まだCICへ案内されていないのですよ。その、何ですがCICの方を取材させていただけませんかね?」
杉並はCICの取材を2人に依頼する
「すみませんが、CICに関しては取材の方は断らせて頂いています。防衛機密に触れますので・・・」
「其処を何とかお願いしますよ・・・」
取材拒否を言う東郷に対して、杉並は揉み手をして再度CICへの取材を頼む。
「駄目なものは駄目です!」
東郷はハッキリとした口調で答えた。その後、東郷と杉並のCICを巡っての攻防は続いたが結局は東郷に軍配が上がったのであった。その後、艦隊は豊後水道へと抜け、外洋へと出て目的地である南シナ海に向けて進路を向けた。
そして、その日の夜、艦隊と旗艦となっている"神龍"の幹部食堂には第4航空機動艦隊の幹部面々が集まり夕食会が開かれる事になった。いわば顔合わせである。
「やれやれ、背広組と政治士官と顔を合わせて食事か・・・」
幹部食堂へ向かう東郷は心の中で吐き捨てた。
幹部食堂のドアを静かに開け中へ入る。既に幹部食堂には艦隊幹部を始め多くの面々が集まり顔を合わせていた。
「東郷二将殿、随分遅かったではありませんか?」
と声を掛ける制服姿の中年の男、彼の名は篠塚 浩介海上防衛軍第4航空機動艦隊主席幕僚であり、階級は三将である。
「仕事が色々残っていまして。えっと、どうやら私を最後に全員集まったようですな」
東郷が周囲を見渡す。どうやら東郷が最後にここに入ったようである。
「ああ、失礼。遅くなりました・・・」
士官食堂に入ってくるのは昼間、ブリッジにいる東郷の元にやって来た新聞記者の杉並とカメラマンの俊河である。
「ちょっと、あなた方は招待した覚えは無いが?」
東郷が突然幹部食堂に入ってきた2人を見る。
「自分が許可しました。彼等もネタを得ないと困るし、責めて明日の朝刊か勇敢に載せる記事ぐらいは欲しいそうです」
東郷に答えるのは山本であった。
「はい、そういう事で。CICの取材の代わりに幹部同士の会話の様子を見てみようかと。防衛軍幹部と政治士官や背広組こと防衛省幹部達との会話、つまりこの今の情勢やこれから起きる事についてどのような議論が交わされるのかと・・・」
記者の杉並が言う。
「それなら別に会議の様子などを取材すればよい。極秘会議以外なら許可しているはずだ・・・」
杉並の言葉に東郷は小さく呟いた。
「さて、全員揃ったようですし、そろそろ始めましょうか?」
集まった面々に対しおっとりとした声で話す背広を着た50代の中年の男、胸ポケット辺りに議員バッジを付けているから見て国会議員と見て良いであろう。
彼の言葉によってその場は静まり、全員が席についた。席は防衛軍幹部と第4航空機動艦隊に派遣された統幕会議の幹部3人、第4航空機動艦隊に派遣された防衛省と安保府(国家安全保障府)事務官と幹部、政治士官4名(現職の政治家と各省庁官僚各2名)がお互いテーブルを挟んで向き合うよう席についた。つまり制服組(防衛軍幹部)と背広組(防衛省等幹部及び政治士官)が向き合うように席についた。
因みに制服組は第4航空機動艦隊司令官である東郷を中心に右に艦隊指揮官及び司令官補佐役(副司令)の山本、左に主席幕僚の篠塚が座り右に海自幹部、左に統幕会議の幹部3人が座わっている。
「さて、今夜、此処に集まったのはお互いの顔合わせと、航海の無事と今回の任務の成功を祈願してちょっとした夕食会と、まあ、とりあえずざっくばらんに行きましょう」
背広に議員バッジを付けた50代の男がその場を和らげようと言葉を掛ける。彼は今回、政治士官与党代表として派遣された日本連合党の神田である。役職も副幹事長という立派な地位を持っている。
背広組は一番左から声を掛けた神田に続き、外務省審議官の陣内 敬二。総務省事務次官の和山 光男。日本護憲党に所属し政治士官野党代表の井上 多賀子。防衛省内部部局は防衛局防衛政策課の高田 真治と山川 太郎。国家安全保障府から国家防衛戦略委員会幹部の塚原 英治の順に席についている。
「では、まずは今回の航海と任務の成功を祈って乾杯と・・・」
そう言って神田はパンパンと両手を叩く。しかし、誰も反応を見せようとしない。
「神田さんでしたね。此処は料亭ではありませんから呼んでも誰も来ませんよ」
東郷は軽く言葉を返す。
「いやあ、失礼。つい"何時もの"の癖で・・・」
東郷の言葉に神田は恥ずかしそうな面持ちで答える。しかし東郷の表情は硬くなったままである。
「(未だに料亭政治か。これだとほぼ毎日料亭通いをしているな。まったく政治家は良い御身分だな・・・)」
東郷は心の中で吐き捨てた。
「とりあえず、互いにビールでも注ぎましょう・・・」
山本が声を掛けビール瓶を持つ。これに答えるかのようにとりあえず互いにビールを注ぎあい、何とか全員のコップにビールが入った。
「乾杯の声は、東郷さんあなたが取ってください・・・」
「私ですか・・・」
神田の言葉に東郷は困惑する。それもそのはず昔からお堅い感じが特徴の一つである東郷がそのような事をする筈も無かったのである。
「(全く、会食とはい何が起きるか分からないこの時に酒なんか飲んでどうする!)」
「東郷二将殿、何でも良いですよ。適当な言葉で・・・」
山本が小声で東郷に言葉を掛ける。防大時代の友人で東郷の事を良く知っている山本がお堅い東郷の事を知ってアドバイスの声を掛けたのであった。
「・・・それでは、今回の任務とこの航海の成功を祈って・・・」
東郷が乾杯の声を掛けると全員が「乾杯」の声と共にグラスを合わせた。その瞬間にカメラマンの俊河がシャッターを切り写真に取る。
「さて、まずは今の状況ですが・・・」
総務省事務次官の和山が話している時にドアをノックする音が響く。
「食事をお持ちしました」
「入って宜しい」
東郷が声を掛ける。その声の後にドアが開き、調理服姿の給養隊の隊員達が食事を運んできた。食事は陶磁器製の塗箱の食器に入れられ、内容も会席料理と豪華な内容である。因みにこのメニューは何らかの祝賀会や特定の行事等に用意されるものである。
給養隊は一つずつ丁寧に食事を配っていき、最後にご飯が入った御櫃、テーブルの何中に三個並べて幹部食堂を退室した。
「さて、食事も来た事だし、会食でもしながら色々と・・・」
神田が言葉を掛ける。
「さて、先ほどの話ですが、今の状況でありますが、あまり良い方には進んでいないようですね」
「はい、中国の内戦は共産主義勢力の方が有利です。北京をはじめ華北一体を手中に収めています。その後は東北部と華南地方、取り分け上海の占領を急いでいるようです」
和山の言葉に東郷が答える。
「国連軍は米軍を中心に上海の防衛に大量の兵力を注いで行うつもりですが、まだ上海防衛に使い兵力の半分が上海に入っていない。もしも共産主義勢力の軍隊が大部隊で上海に入ってくれば一溜りも無いかもしれません」
「なるほど、それで第二次派遣部隊を派遣する事になったと・・・」
神田が間に入ってくる。
「はい、我々の他に米国やEU諸国も部隊の増派を決定したようです。ただ米軍も太平洋戦力は殆ど投入しています。太平洋艦隊に所属する空母部隊も全て東シナ海に展開しています。増派するとなれば中東に展開している艦隊か、大西洋または欧州の部隊を派遣してくるかもしれません。それを考えると増派には時間が掛かると思われます」
塚原が言う。さすがは国家防衛戦略委員会の幹部であり、情報分析もすぐに出来、それを分かり易い様に答える。
「これはチャンスでは無いか。我が国をはじめ日本防衛軍の腕の見せ所ではないか!」
防衛省の内部部局の防衛政策課の高田が声を上げて答える。
「確かにこれは我々の実力を見せる絶好の機会かも知れませんが、あまり突発的な行動はよした方が良いだろう。戦局も悪いし、何が起きるか分からない」
「私も同意します」
篠塚の言葉に塚原も同調する。
「その為に防衛軍を増派したのではないのかね?ここで成果を上げれば後にプラスになる。上手く行けば米国を出し抜ける。これは大きな成果かもしれん」
高田は言う。それを聞いた制服組面々は理論的には正しいがそんなにことが進む訳が無いと皆思っていた。
「そういえば、防衛軍の増派ですが、一つは沖縄、もう一つは満州へと向かわせたそうですね?」
野党の代表の政治士官井上が言う。この時彼女は満州と言う言葉に皮肉を込めていた。
「満州ではありません。中国東北部、または満豪自治区です」
塚原がやんわりと抗議する。
「その派遣決定の件だけど、せめて我々に相談して頂きたいものだな・・・」
外務省審議官の陣内は言う。
「事は急ぐ状況であったのです。すでにこの決定は総相をはじめ内閣をはじめ国会で承認されたものです」
塚原が答える。
「いや、この決定に対する権限は何処にあるかを聞いているのだが?」
「それはもちろん外務省です。しかし防衛軍の増派は急いでいたのです。中国に残っている在中日本人等の救出が思うようにも進んでいない状況と北東ユーラシア連合(シベリア共和国連邦)の情勢も踏まえての事です。特に中国東北部に関しては北東ユーラシア連合とも深く関わっていますから・・・」
「そういえば、ここ最近防衛軍が活発に動いているようだけど戦力を温存しておかなくてはならないのでは何のかね?そのつまり、我々は・・・」
「アメリカとの緊張関係ですね。ご心配ならずとも日本防衛軍にはまだ大多数の空軍力と東太平洋管轄の第1艦隊と北太平洋管轄の第3艦隊が残っています」
神田の言葉に山川が答える。
「そのつまり、我々がこうして中国と戦争している内にアメリカが軍事的圧力を強めてくるとか、我が国に対しても軍事行動を起こそうとか・・・」
「その心配はありません。そのアメリカも中国の紛争の介入に掛かりっきりです。とても武力衝突をできる状態ではありません。ただ、我々は決して油断できる状態ではありません。アメリカは中国の紛争に介入してアメリカ寄りの中国政府を築こうとしています。それは何としても阻止しなければなりません」
今度は塚原が答える。
「現在、我が国とアメリカ合衆国は政治的、経済的、軍事的に対立し緊張関係が強いられています。そこでアメリカは資本主義路線を取る市場経済派を支援して共産主義勢力を駆逐して中国を我が国に変わる経済相手国にして米中協力体制を敷き。我が国に圧力を掛けるつもりです。現にアメリカは紛争初期から市場経済派を支援し、今回の国連軍による武力介入に関してもアメリカが率先して推進し、大規模な兵力を投入しています。そして市場経済派が勝利し政権を握った暁には米中友好関係を築き、アメリカ、中国、ロシアと三方面からの圧力を強いて我が国を屈服させようとしているのです」
「つまり、米中露と三超大国による軍事的圧力を掛けると言うのだね?」
「はい、現にロシアともシベリアの独立を援助していると言うことでロシアとも敵対関係にあるのです。そこでアメリカはロシアと手を結び日本への軍事的圧力を強いているのです。更には中国も加えて対日包囲網を敷くと言うことです。最もこれは予想される中では一番マシな方です。最悪は何らかの理由で日中関係を拗らせ戦争状態を招かせ、それにロシアも参戦させる、そして国力を消耗させて時期を見て参戦し再び占領すると言うパターンです。我々とてこの最悪な事態は避けねばなりません」
「つまり、その最悪なシナリオを避ける為に我々も中国へ多数の防衛軍を送り込んでいると言うことですね?」
塚原の言葉に和山が答える。
「その通りです。アメリカの中国浸透化を防ぐ為に我々も防衛軍を送って活動しているのです。既に東北部の親日化はある程度は進んでいます。東北部をコネにして中国内部に深く関わっていかなくてはなりません。いわばこの紛争は中国利権を巡っての戦争といっても過言ではありません。無論、アメリカも我が国の中国進出は何としても阻止するでしょう。私の予想では中国に対し更なる兵力を送り込んでくるか、ロシアとシベリアの独立紛争を拗らせて我が国の軍事情勢を悪化させるか・・・」
「おいおい、それはかなり不味い状況ではないのかね?だからアメリカと手を切るなと言ったでは無いか?」
塚原が話している最中に陣内が入ってくる。
「仕方の無かった事です。我々はもうアメリカのルールに付いて行くのはもう御免でありますし、これ以上アメリカと付き合っても何の意味もありません。それに日本が米中露と軍事的に対立する構図を生み出した責任は外務省にもあると思っているのですよ。私は政府の海外戦略セミナーではっきりと言いましたよ。北東ユーラシア連合と言う実態の無い勢力に手を貸すと言うのは余りにも無謀だと!」
「それは我が国の国益を考えての事だ。支援を行ってくれる代わりに千島列島の未帰属の島々とシベリアに眠る資源の特殊権益化を認める。これほど良い見返りが得られるのですよ。実際にシベリアには多くの資源が眠っている、無資源国家である我が国の情勢を考えればこれをNOと言える訳が無いであろう。それに我々が中国において最も深く進出している中国東北部への最短ルートが確保できる、これほど良い機会は無い」
「そしてロシアは北東ユーラシア連合とそれを支援する我が国を敵対視し、対立しているアメリカと手を組んだ。ロシアは我々が北東ユーラシア連合と手を組んだと同様の条件、つまりシベリアの一部開発の特権化でアメリカを引き込んだ。それが更に日米間の摩擦を加速させた」
「それにこの決定を下したのは総相をはじめとする内閣だ。我々はそれに従ったに過ぎない。我々役人は政府の命令が下ったならばそれに従うのが鉄則でもある」
「失敗を認めず、責任も取らずと言う事ですか・・・」
「まあまあ、ちょっと飯でも食べながらもっと良い話をしようでは無いかね?」
神田は気不味い雰囲気になったその場を盛り上げる為に声を掛ける。そして御櫃から飯を沢山入れて、それを食べ始める。
「悪いがちょっとここらで食べさせてもらうよ・・・」
そう言って神田は飯を食べていく。
「いやあ、海防の飯も結構上手いよね。ただ、飯が少し固いという欠点があるけど」
そう言いながら神田は刺身にも手を伸ばす。
「ふむ、鯛の刺身も中々のモノだ。新鮮さがある。もしかしてついさっき釣ってきたのを捌いたのかね?」
神田が声を掛けると周囲には微かだが笑い声が聞こえてくる。
「いえ、それは出港前に用意したものです。一応、鮮度は崩れないように工夫はしていますけどね。ただ、状況によっては甲板で釣りをして、その日の夕食を調達する時もありますが・・・」
山本が答えると周囲には再び笑い声が響いた。そしてその様子を新聞記者の杉並は真剣な目で手帳にこれまでの会話のやり取りを記録し、カメラマンの俊河はひたすらシャッターを切って撮影に没頭する。
「さて、ところで安保府を始め政府内でも随一の切れ者と呼ばれる君のプランを聞きたいのであるのだが?つまりこれから先、この国はどう進んで言ったら良いのかと?」
飯を食っている神田がそう塚原に切り出した。
「そう言えば、塚原氏は防衛軍内でも"21世紀の石原莞爾"とも呼ばれている。先の話を聞いていても非常に国際情勢や日本の情勢を冷静に分析して良い答えを出している。ぜひとも今後の日本の有り方を聞きたいものだ」
東郷も神田に続くかのように話を切り出す。それに対し塚原は表情一つ変えずに東郷の方を見る。
「私はそんなに偉くはありません。それに私は石原莞爾を余り評価はしていません」
「まあ、そんな事はどうだって良い。せひとも君が描いているグランドデザインを聞いてみたいと言うことだ・・・」
神田が言う。その言葉に塚原はしばらく沈黙するが、やがてゆっくりと口を開いた。
「まず、アメリカと手を切れば良いのです。アメリカは2013年の「血のヴァレンタイン」とよばれるニューヨークでの核テロの後遺症を引き摺って、経済も混乱の極みにあります。もうこれ以上我々がアメリカに興味を示していないと言う事をはっきりと示せばよいのです。現に我々にとってアメリカは重荷となっていますし、まだ回収していない対米債権も"不良債権"となりつつあります。此処は一つアメリカと縁を切る形で進めていけば良いのです」
「どうやって外貨を稼ぐのだね?どうやって輸出すればよい?唯でさえ外貨依存、輸出依存体質になった我が国の経済に?」
陣内が反論する。表情からして非常に馬鹿げていると感じである。
「我が国が生産しているのはそれなりの収益の出る主要産業か新たに構築した新産業のみです。それ以外は殆どが海外市場で生産しています。その他は技術力と資産に過ぎない。それを考えればアメリカとの経済交渉で下手に回る必要は無い。アメリカの肩を叩いてリストラを宣言すればよい。これ以上アメリカのルールで経済を進めていく必要は無い。いわばアメリカのルールでアメリカをリストラすればよいのです。我々は我が国を含む東アジア、東南アジアのASEAN諸国、インドをはじめとする南アジア、そしてオーストラリアをはじめとするオセオニア諸国からなるUPO(太平洋連合)と十何億という中国市場を相手にすれば良い」
「その意見は俺も賛成だな・・・」
塚原の言葉に神田が同調する。
「アメリカ式の経済ルールは一部の金持ちが優遇されるシステムでしかなかった。特にレーガノミックスがその代表だ。一部の金持ちだけがその恩恵を受け殆どの人間が置いてきぼりとなった。あの繁栄の陰に多くの貧困者を生み出した。それに対しアメリカ社会は何の興味も示さなかった。そして2013年2月14日にアメリカのミリシア(民兵組織)によるニューヨークでの核テロが起きた。アメリカ経済は混乱しそれが世界経済にも影響した。これによりアメリカは多額の損失を出した」
「"血のヴァレンタイン"ですな。一部の人間は"強欲な者達への審判"あるいは"審判の日"とも言っています。死者23万8650人、ウォール街は完全に壊滅、それに伴う世界経済は完全に混乱、日本でもかなりの損失を出した。テロ撲滅を掲げたアメリカもさすがに身内の、自国民のテロには振り上げた拳を渋々下ろすしかなかった。まあ、それ以降は大規模なミリシア狩りやマフィア狩りが行われ、銃規制も成立し"刀狩り"ならぬ"銃狩り"が行われた。そしてアメリカから見放されたアメリカ国民が注目されるようになり自分達のシステムがいかに歪なものであるかをようやく知った。国内は色々な面で二つに分裂している。民主党と共和党、裕福層と貧困層、移民排斥や外国人排斥を掲げる極右系、再び共産主義を掲げる極左系、在外排斥や人種差別が復活し時代は一気に公民権誕生以前、いや禁酒法時代へと逆戻りつつある」
神田の言葉に東郷が答える。
「その通り、今のアメリカは混乱の極みにあります。更にはモンロー主義への回帰を掲げ、更には経済ブロック化、内に篭り始めています。そんなアメリカに付いていく必要は無いのです。大手を振ってさよならすれば良いのです」
「アメリカと絶縁して何のメリットがあるのですか?確かに2013年に核テロが起きましたが、現に今では少しずつではありますが復興へと進みつつあるのです。それに我が国の経済はアメリカが合ってのものなのです。現に我が国のアメリカへの貿易依存度は約30%なのですよ」
塚原の言葉に陣内が再び反論する。
「あなた方はアメリカと絶縁してアジアに活路を見出そうとしていますが、現実にはアジアに市場を見出せても米国以上の市場が得られるとは到底考えられません。まずアメリカの商品購買力は中国と他のアジア諸国、またはロシアを合わせても5分の1にも満たりません。オセオニア諸国が加わっても全く変わりません。3分の1も行けば良い所です。それにアメリカの人口は2030年までに4億、2050年までには5億まで増えると言われています。たったこれだけを難案しても我が国は高齢化社会に達しそれ以降は減少傾向に向かう我が国の人口構成を考えて、我が国のGNPがどんなに頑張ってもアメリカを抜く事はありません。また、中国やアジア諸国、更にはロシアが何れアメリカに変わる市場を得る事が現実に瞑した事に過ぎないのが分かるでしょう。この点、我々が勘違いしてしまうと国民に対して無責任に結果を招く事になります」
陣内は塚原の意見に反論する。陣内は外務省においては知米派いや親米派に属する人間でいわゆる安保時代の保守的な思想を持っているようである。
「さて、我が国の経済ですけど、我が国の現在の人口は1億6600万人からして人口大国であり国内にもそれなりの市場が出来ています。国民経済が占める貿易の割合も非常に小さいです。それは政府統計を見れば分かります。しかし我が国の現状では死活的に貿易に依存しなくてはなりません。そして予見できる将来においても変わりは無いのです。その理由は3つあります。その1つは率の大小とは無関係に我が国が大国として支える為に一定量の石油や鉱物資源等を継続的に輸入し続けなければならない以上、その購入外貨を得る必要があります」
「確かに一理ある意見だけど、実際に我が国の石油情勢は燃料時電池の誕生や天然ガスの利用によって石油の活用は大幅に低下している。それに尖閣諸島や日本海油田の再開発、また特殊権益で得られるシベリア等の石油開発を進めれば十分に調達できる。また天然ガスならメタンガスぐらいなら日本周辺の海域から採掘できる。それにエネルギー資源は最近は排ガス規制により火力発電は削減されている。何も石油に依存する必要は無い。今後はプラスチックなどの加工品の原料に使われるのみだ」
和山が答える。
「そのエネルギー開発も思うように進んでいないし原子力発電に関しても色々と問題視されています。それに石油以外にも鉱物資源や食糧を輸入する為の購入外貨も必要となっています」
すかさず陣内が反論する。
「2つ目は今の日本の現状です。今の日本経済は輸出依存、外貨依存体質に陥り市場を海外に求めなくてはなりません。国民はバカ高い税金等の公費で給料の5割から6割を支出しており、購買力が低下しているためです。そして3つ目は、貿易というものは効率的な国力強化になります。もしそれを止めてしまうと他の国が増長し、やがて日本の国権が蔑される事態になります。その良い例えが今の日本と中国そして朝鮮の関係です。例えるとこれまで我が国が得てきた米国の兵器が得られなくなりそれが対立関係にある朝鮮が得ると言う事です。つまり我が国を始め中国、ロシアではもはや模範が不可能に達している米欧製兵器やその技術が得られなくなれば、その代用品を余計に税金を投入して調達する必要があります。そうなれば軍事と経済のバランスが非常に悪くなってしまいます」
「それなら心配に及ばない。我が国もアメリカとまでは行かないが十分な軍事技術を得ている。何も無理をして海外方調達する必要は無いと思います」
「俺もそう思う。防衛軍の方々もそうでありますよね?」
高田が反論しそれに山川が続く。防衛軍の面々も黙ってそれに頷く。
「殆ど安保時代に米国から得た技術を合わせたものだし、殆どが米国製兵器の精度の劣る代用品では無いかね?早い話が日本製巡航ミサイル、あれはアメリカのトマホークのコピーだし性能も劣っているでは無いか?それにアメリカを意識して開発している新型の巡航ミサイルも僅かな性能が向上しただけで代用品の巡航ミサイルと何ら変わらないでは無いかね?それに引き換えアメリカは性能面でも強化されている正真正銘の新型巡航ミサイルとなっています。所詮、これが日本の現実なのです。そのアメリカ製兵器を朝鮮や中国が得ればどうなるのですか?実際に朝鮮は我が国に対抗する為、アメリカに接近しアメリカ製兵器を輸入しているではありませんか?それにアメリカは旧式となりつつある戦闘機などを中国の市場経済派に供与しています。これを考えても十分に脅威と言えないでしょうか?」
陣内の言葉に防衛軍の面々はムッとした。陣内の発言は明らかに軍を冒涜していると感じていた。
「また、アメリカにしか供給できないハイテク兵器も沢山あります。例えるなら先の巡航ミサイルもそうです。ロシアに関しては湾岸戦争の際、不発となったトマホーク数発をイラクから得ていますが未だにそのコピー品は誕生していないし、1999年のユーゴ空爆の際に撃墜されたF−117もユーゴから手に入れましたがそのコピーも誕生していません。そしてそのF−117の残骸はマフィアを経由して我が国に入り、2012年の"アデレート事件"の際に入手したF−117もありますが、我が国も同様F−117のコピーは誕生していません。以上のように、例え我が国の技術陣がロシアやEU等と組んでもアメリカに代わるハイテク兵器など造れはしないのです。このようにアメリカ製ハイテク兵器を造る事がいかに困難であるかが分かるでしょう」
陣内は今の日本の軍事的問題を示唆する発言を続ける。確かに陣内の意見は説得力のあるものでそれなりの分析が出来ている。しかし、それを聞いている日本防衛軍の面々は面白い内容ではなかった。
「ではいかにして石油を得る為の購入外貨やハイテク兵器やその技術を得るのか?それは戦前から今日までアメリカにモノを輸出し続けるのが最も安全で有利な方法なのです。米国は時々、輸出に対して嫌がらせをする事もありますが、米国以上の市場を有していながらブロック化経済へと進む欧州諸国に比べれば遥かに成功率が高い、と言うわけで我が国がアメリカと絶縁する事を避けるのが安全、安価、有利かつ有効に国権を増す政治となるのです。現在、我が国は経済摩擦、新産業摩擦(航空機、電子技術、情報通信等)、農業摩擦でアメリカと酷く対立していますが、ここは多少の事は無理をしてアメリカへ再び接近するべきなのであります。何が起きるか分からない政情不安の第三国に投資をして活路を見出すよりアメリカに近付いて安全な政策を取るべきであります。昔から「背に腹は変えられぬ」と言う言葉があります。無闇にアメリカと敵対して絶縁する必要は無いのです」
「なるほど、それが陣内氏の意見ですか。確かに一理ありますがこれまでアメリカが我々に対して何か妥協してくれた事がありますか?結局は我々が妥協して国益を損ねている。もはや我々としてはこれ以上アメリカと無理をして付き合っていく必要は無いのです。これ以上アメリカが画期的な繁栄を築くとは思えません。それよりもまだ儲けは薄いが今後は飛躍的な発展を遂げるアジア諸国などを相手にすれば良い」
塚原がすぐに反論する。話は何時の間にか塚原と陣内の討論へと変わっていた。
「開拓者精神ですか?まるでギャンブルですね。そんな危険な橋を渡る精神など荒野の小さな街で銃を振り回す粗野で粗暴なガンマンを信望するアメリカ人、特に下品なテキサス人で十分です。それに我が国はこれまでアメリカにどれ位の投資をしてきたと思っているのです?どれほど対米債権を買っているのです?」
「経済の話ですから別に感謝の意思を示して欲しいとは思わない。しかし、アメリカがこれ以上我々の期待に答えられないと言うのであればそれを引き上げるか売ればよい事です。単に我々はもうアメリカに依存する国では無いとはっきりと示せば良いのです。実際に十分にやっていけるのです。2013年の血のヴァレンタインの際も我々はアメリカとある程度縁を切っていた為、その被害が最小限に済んだのです。これは誇りにして良いと思います」
「それは俺も賛成だな。これ以上アメリカの腰巾着で良く必要は無い。むしろ過去の関係を続けていけば何れアメリカにしゃぶり尽くされた挙句の滅亡という方向に向かう。これは確実だな・・・」
神田が間を挟む。それに同調するかのように殆どの人間が首を縦に振る。皆が神田の意見に賛成しているようである。
「何言っているのですか?我々は過去の負の遺産として、企業ならとっくに倒産しているほどの借金をしているのですよ。そんな時に金融の中心地であるアメリカを怒らせてどうするのですか?現に既に幾つかの嫌がらせを我が国に対して行っているのです?」
「我が国がアメリカから借金をした事は一度も無いし、今後とも無い。これまで気前よく債券を買ってやった日本に通商301条の発動や経済ブロック化で脅して何になる?これ以上我が国に圧力を掛けるのであれば、我々も同様の措置を取るまでだ。我々のルールを受け入れなければ我が国をはじめアジア市場から出て行ってもらう。我々もUPOをはじめとした経済ブロック化を行えばよい」
「そうなればアメリカは黙っていないでしょう。おそらく軍事力にモノを言わせて来るでしょう。そうなれば日本を始めアジア対アメリカの戦争にもなりかねない」
神田の言葉に陣内がすぐに反論する。
「その時は、我々は独立国としての筋を通すまでです。もしアメリカが軍事力を行使する誘惑に駆られ、日本に空母部隊が向かうとなれば我々は先手を打ってアメリカの空母部隊を叩くまでです!」
これまで黙って話を聞いていた東郷が口を開いた。
「制服組の意見は何時もそうだ・・・」
陣内は呆れた表情で東郷に反論する。
「戦争回避も大事ですが、もし衝突が避けられないとすれば我々は戦うまでです。それが主権国家のあり方であり、我々が存在する意義であります」
「私も東郷氏の言葉を支持します。我々はこれまで平和への追及のみを進め、国益や防衛意識、自国民の安全を軽視し過ぎていた。良い例が旧北朝鮮の日本人拉致と第2次朝鮮戦争、この時になってようやく我々は防衛意識に目覚める事になった。憲法改正でも一部の左翼勢力や市民団体、過激派などが反対運動を起こしたが世論全体としては莫大な支持を得る事が出来た。我々は独立国であり主権を持っています。国家は国民の生命、財産を守る義務があります」
塚原が東郷の言葉を支持し自分独自の主張を述べる。
「東郷氏と塚原氏の言う通りだな。俺も賛成するよ・・・」
神田が腕を組んでうんうんと首を縦に振って二人の意見に同調する。
「ちょっと待ってください、武力で何もかもが解決すると思っているのか?現に武力で国家間の紛争が完全に解決した例がありますか?結局は新たな憎しみを生んで新たな紛争やテロを作り出しているではありませんか?」
井上がすかさず反論する。さすがは平和主義や憲法固守、第9条復活を掲げる日本護憲党の議員である。
「まあ、井上さんの言う事も一理はありますけど・・・」
神田が軽く笑ってその場をやり過ごす。その時であった、士官食堂のドアが勢いよく叩く音が食堂中に響きわたる。
「東郷二将殿、入室の許可を?」
「入室を許可する!入りたまえ!!」
東郷が入室を許可すると食堂に幹部服を着た男2人が入ってくる。東郷の元にやってくると敬礼をする。
「東郷二将殿、総相府から緊急命令通達書を受信しました!内容はこれです!」
そう言って東郷に通達書を渡す。東郷は黙ってそれを受け取り、幹部服の胸ポケットから将官専用の手帳を取り出し、中を開き、内容を読みながら通達書に目を通す。
通達書は暗号文で書かれており、その暗号を解読する方法は将官クラスの人間以外存在しない。因みに海防軍の場合は基幹部隊によって暗号文や暗号解読は違っている。
「どうやら、寄り道をしなくてはならないらしいな・・・」
通達書を読んだ東郷の表情が曇った。それに気付いた山本はただ事ではない事が起きたのだなと直感した。
「皆さん、このまま晩餐会と行きたい所ですがそうは言ってはいられなくなりました。すぐに食事を済ませて会議室に集まってください。緊急会議を開きます!!」
そう言うと東郷は幹部2人に顔を向け「警戒活動と情報収集、総監部からの通達を待つように!!」と命じると、勢いよく立ち上がり、食堂を去って行った。それに山本と篠塚、そして制服組の面々が後に続いた。
「東郷二将殿、一体何が?」
「これを読んでみろ!」
東郷は山本に通達書を渡す。そして山本も東郷と同じ方法で暗号化された通達書を読む。東郷同様、山本もその内容を読んで驚愕した。
「まさか、こんな事が・・・」
「危機感はあったが、まさかこうなるとは・・・」
溜息をつき、東郷は顔を曇らせて答えた。
10分後、会議室に士官食堂で会食をしていた面々(新聞記者とカメラマンは除く)が集まった。さっきまでの和やかな雰囲気とは逆に、今度は誰もが緊張した面持ちでいた。緊急命令通達書が送られたと言うことはただ事ではない事が起きたのだと誰もが直感していたからである。
「さて、緊急会議を開く事になりましたが、内容は承知の通り例の通達書に書かれていた事についてです」
東郷はこの言葉で内容を切り出した。そして先に渡された通達書を取り出し、全員にその内容を説明する。
「中国における内戦でありますが、現在中国は市場経済派と計画経済派の勢力に別れています。そして、中国の領土は双方の勢力によって分断状態にあります。我が国が抑えている中国東北部、市場経済派がと国連軍が抑えている揚子江南部の華南地方、計画経済派が抑えている北京をはじめとする華北地方と中国西部、以上のような状態です。そして何れの勢力が共通して持っているのが核兵器であります。中国東北部から華北地方、華南地方、中国西部に於いて、中距離弾道ミサイルから大陸間弾道ミサイルの基地が存在しています。つまり、双方の勢力が核兵器で睨みあっていると言う状況です」
「そんな事は分かっている。それがどうしたと言うのだね?」
陣内が言う。東郷は表情一つ変えずに話を続ける。
「計画経済派が抑えている中国西部には大陸間弾道ミサイル基地と中距離弾道ミサイル基地が存在します。何れも我が国やアメリカを十分に射程に捉えています。大陸間弾道ミサイルなら東風51「DF−51」、最大射程8000kmでアメリカの西海岸まで射程に捉え、大陸間弾道ミサイルの東風61「DF−61」ならば最大射程15000kmでアメリカ東海岸一帯を射程圏内に収まっています。また他の核兵器搭載可の弾道ミサイルの殆どは日本を射程圏内に収めています。この状況と現在の状況を踏まえ、計画経済派が核兵器を切り札に我々に軍事的圧力を加えています。この状況を考慮して日本防衛軍は中国からの核攻撃を警戒していますが、これまでの段階ではあまり重要視する事ではありませんでした」
東郷は話を続ける。ここで核兵器の話が出てくる事によって周りの人間の表情も皆固まり始めた。しかし東郷は表情を変える事無く更に話を進めていく。
「その理由は核兵器の使用の際には国家主席の決定と戦略ミサイル軍の命令を通して発射される仕組みとなっていたからである。つまり核ミサイル基地を抑えても独自で発射する事は不可能と言う事である。しかし、承知の通り計画経済派は華北地方と北京を制圧し戦略ミサイル軍の司令部を制圧した。しかし幸い市場経済派は核兵器使用の際に使われるソフトウェアを抑えていたため、計画経済派の核兵器使用の危機は回避された。しかし数週間前、計画経済派は新しいソフトウェアを手に入れた。しかし核兵器使用のソフトウェアと制御システムを起動させる暗号を変えて、その危機を乗り越えたが、先の通達で計画経済派がその暗号を解読し核兵器使用のソフトウェアと制御システムを起動させた」
東郷のこの言葉に先に通達の内容を知った山本以外の全員が驚いた。
「これにより計画経済派は核のカードを手に入れた事になった。そして市場経済派とそれを支援する国連軍とその主軸をなっているアメリカと我が国対し脅しを掛けている。この事態を受けて政府は非常事態宣言を発令し警戒レベルをレベル5(最大レベル)へと上げた。結果、戦防軍こと戦略防衛軍は全ての戦力を投入し中国からの核攻撃に備え、我々海防軍にも警戒の通達が出された!現在、計画経済派は華北地方と中国西部に全ての核ミサイルを合わせて10の基地を手中に収めている。その全てが日本を射程に収めている。状況からして日本への核攻撃が最も確立が高い。それに対し政府はアメリカ、国連と共に計画経済派と政治的交渉を行っている。しかし、その交渉は上手く進んではいない!!」
モニターに中国全土の映像が映され、其処に計画経済派が抑えている核ミサイル基地の一覧と保有する核ミサイルが表示される。
「我が艦隊はこれより作戦を変更し東シナ海へと展開し、予想される核ミサイルによる核攻撃の警戒活動を行う!なお、中国への揚陸部隊は沖縄で待機と言う事になった。会議の後、各僚艦ならびに幹部と隊員に通達する。各幹部とも緊張した行動を取ってもらいたい!」
「東郷二将殿、例の新聞記者にもその事を教えるのですか?」
山本が挙手をして質問をする。
「いや、まだこの事は国民には公表していない。それを考えるとあの新聞記者等には教えないほうが良いだろう」
「しかし、この通達はどうするので?」
「艦隊内の内部通信で行う。但し核攻撃に関してはこの時点では伏せて置く。あくまで弾道ミサイル発射を警戒しての警戒レベル5を通達する。それから外部に漏れるのを防ぐ為に外部との通信は政府機関並びに各総監部のみとし、他は一切遮断する」
「了解しました。この後に実行に移します」
山本が頷いて答えた。
「しかし、政府も無責任なものね。国民が核の脅威に曝されているのにそれを一切公表しないなんて、もしも最悪な事態になればどうするおつもりなのかしら?」
野党代表の政治士官、井上が政府の行動を非難する。
「無闇に公表して国民を混乱させたくないのです。今、全国民に我々が核の攻撃に曝されている事を知れば、全国民が混乱し予期せぬ事が起こるかもしれません。とりあえずは外交努力で事態の収拾に努力する。国民への公表はその結果によって行うか否かとすれば良いでしょう」
塚原がすぐに答える。
「塚原氏の言う通りです。此処はこの事態を伏せておき、政府間での解決に望むべきです。もしもそれが不可避とするなら国民にこの事実を公表しそれなりの措置を取るしかないと考えます」
東郷も続いて答える。
「分かりました。一応、理解致しましょう。しかしそれが手遅れにならなければ良いですが。それから、私達は政府からの監査役である事もお忘れなく。行動を取る際は必ず監査役にも報告を・・・」
そう言って深く溜息を付いて答える井上であった。
因みに艦隊に乗艦している政治士官とは、自衛隊が軍事行動を起こすときに政府から派遣される監査官である。自衛隊に政治士官がおかれる事になったのは2005年以降の事である。
原因は、第2次朝鮮戦争時、自衛隊初の軍事作戦と武力駆使を行う事なり、自衛隊初の実戦が展開された。その時は未だに自衛隊法の大部分が改正されずに自衛隊による戦闘も制限が加えられていた。その制限によって自衛隊員は生命の危険に晒され、それらが原因で戦死する自衛官が出る事になった。
そして戦場という極限状態の中、生命の危険に晒された一部の隊員がその制限外の戦闘を行うようになり、やがて前線の自衛隊が自衛隊法規定以外の戦闘行為を行うようになったのである。
戦争終結後、この規定以外の戦闘行為に対する問題が急浮上し、国会や政府内で様々な論議を呼び、"この戦闘規定では自衛隊員の生命を守ることは出来ない。規定以外の戦闘は正当防衛である"との声や"武力行使は元々、憲法違反であるのだから規定内の戦闘は当たり前"との声が出て、更なる論議を呼んだ。
結果、自衛隊法は更なる改正を得て、自衛隊員は通常は規定以内の戦闘を行うが正当防衛時には規定以外の戦闘を可能とすることが決定された。その後、防衛軍に改称され、国際法範囲以内において無制限の軍事作戦を行うことが出来るようになった。
しかし、その後も防衛軍に対する戦闘行動の論議が繰り返され、その後発覚した防衛軍によるゲリラ掃討作戦による過剰とも言える戦闘行動が原因で防衛軍の軍事行動と戦闘行動を監査する政治士官が設立された。
「と言うことである。今後、我々は警戒活動を行うため東シナ海東部、沖縄周辺の海域に展開する。東シナ海西部は華南地方近海に展開している佐世保所属の第2艦隊が行う事になっている。其処にて新たな命令を待つ。この後、各自の所定の場所で活動を行うものとする!では、これにて解散!!」
東郷のこの言葉で一同は席を立ち、会議室を出ようとする。
「やれやれ、この分だと総相府や安保府、防衛省は上や下への大騒ぎだろうね・・・」
席を立つ神田がそう言ってニヤッと笑った。
東郷と山本、篠塚はこの後、CICへと向かった。空母"神龍"のCICは艦橋下に設けられ、その広さも他の艦艇以上のものであった。此処には最新のシステムが投入され、空母の心臓部及び艦隊旗艦としても運用されている。
東郷、山本、篠塚の3人がCICに入ると、そこに属する幹部を始め一部の隊員が立ち上がり、3人に向かって敬礼をする。
「何か変わったことは無いか?」
敬礼をし終えた東郷が最初に放った言葉であった。
「いえ、特にありません」
答えるのは空母"神龍"艦長の早河 浩一郎。一等海佐である。
「よし、では引き続き当直に就いてくれ。今夜は寝ぬれぬ夜を過ごす事になる。それから、これより政府機関及び防衛軍関係以外の外部との通信を遮断する」
「了解しました。しかしまた・・・」
「それはこれから全艦艇に通達する。内容は外部に漏れては困るものだからな・・・」
「了解しました。これより外部との通信の遮断を開始します」
東郷の命令に艦長の早河は敬礼をして答えた。
「それから、スクリーンのどれかにTVを付けろ。ニュース番組をやっている筈だ。チャンネルは経産関係のチャンネルだ!」
「アイ・サー」
東郷はTVをつけるように命じると艦隊司令専用の椅子に座り、テーブルに置いてある専用のノートパソコンを起動させると経産新聞のサイトへとアクセスした。
CICの目玉である大型スクリーンのサブスクリーンの一つにTVが付けられる。チャンネルは勿論、経産関係のチャンネルである。番組はニュース番組であり、既に主なニュースを終え、特集コーナーへと移っていた。因みに今夜の特集も中国情勢に関してであった。番組内であれこれを評論家達が議論していた。
「東郷二将殿、何故こんな時にTVを見るのです?」
山本が東郷に訊く。
「監視だよ、監視・・・」
「監視といいますと?」
「例の新聞記者等だよ。これから艦隊中の隊員に我々が置かれている状況が伝えられる。それによって艦内の雰囲気も変わってくるだろう。きっとあの新聞記者ならその変化に気付く筈だ。そうなれば如何なる手段を使ってもその理由を探るはずだ。その理由が探られたら、経産新聞やそれ関係のマスコミに垂れ流す。当然、臨時ニュースが入り、経産新聞のサイトも更新されるはずだ。此処から電子新聞も見れるし」
「なるほど、そういう訳ですか。しかし、外部との通信は遮断されていますが・・・」
「それは艦内通信だけだろう。あの新聞記者等が独自の通信システムを持っていたらどうする?」
「乗艦前に検査はしました。通信機器に関しては軍用の物を使って頂くと言う事で既に没収してあります」
「甘いな。その通信システムをポンと出すかね?隠し持っているかもしれないぞ。方法は幾らでもある。それに小型の通信機器もモニデン(モニター付携帯電話)を始め色々あるだろう。またマスコミ独自が開発した機器も。まあ、マスコミの人間を甘く見ないほうが良いな」
東郷は答えてTVに目を向けた。山本はそう言うものかなと思いつつも東郷の言葉を胸に入れた。
その後、艦隊の幹部及び隊員達に通達の内容が伝えられ、これまでの隊員の雰囲気は一変し誰もが緊張した面持ちで職務に就き"神龍"内の空気も一変した。そして東郷の予想通り、"神龍"に乗艦している新聞記者はその異変に気付き早速取材を始め、隊員一人一人に聞き込みを行ったが何れの隊員からも情報を聞き出すことは出来なかった。
海中深く進む3隻の大型潜水艦があった。潜水艦はロシアのタイフーン級潜水艦を思わせるが、内容は全く異なり、国籍もロシア船籍では無かった。そして潜水艦中央部に心臓部であるCICが置かれていた。
「草壁二将、本国から緊急通達が来ました。総相府からです!」
海上防衛軍の幹部服を来た中年の男が草壁と称される者に通達書を持ってくる。
「通達の暗号解読を・・・」
暗号解読を命じると幹部数人がやってきて暗号の解読を行う。彼は唯黙ってその様子を伺っていた。
「正式な通達です。総相府並び安保府から通達です!」
「確認しました!」
幹部達はこの通達が正式な通達である事を告げると草壁は頷いてその通達書を受け取り、それを目にした。
「・・・作戦の変更か」
彼は呟いた。通達には当初の作戦の中止と同時に新たな作戦"特殊機動作戦旅団は15時間以内に北京の戦略ミサイル軍司令部を制圧、発射システムを破壊し核戦力を無効化せよ"と記されていた。
「本艦の乗員並びに僚艦の乗員、そして特殊機動作戦旅団の各員に通達しろ!当初の帰国を中止し、新たな作戦を遂行すると!」
「了解しました!」
CICのクルーの1人が艦内通信、及び僚艦への通信を開くと、草壁は自分が座る席に傍らにある放送用のマイクを手に取った。
「本艦の乗員、僚艦の乗員及び特殊機動作戦旅団の各員に通達する。我々はこれより新たに渡された任務を遂行する。これにより、中国へと赴く。特殊機動作戦旅団は何時でも作戦に就ける様に。以上のことを通達する!」
そう言って草壁はマイクの電源を切った。
「やれやれ、とんだ事になったな・・・」
草壁は溜息をついて答えた。
彼の名は草壁 龍一郎。政府直轄部隊第二特殊機動作戦旅団司令を務め、階級は二等陸将。いかにも軍人そうな気質を持った形相が特徴の人間である。
「航海長、現在の位置から東シナ海、中国沿岸部までの到達にどれ位の時間が掛かる?」
「この潜水艦の能力から推定しておよそ15時間以上は・・・」
航海長は難しい顔をして答える。
「10時間以内に到達できないのか?」
「原子炉の問題からして、これ以上の推力を得られるかどうかが」
「原子炉の出力を最大限に上げろ!」
「それは無理です。我々が出港して初日であります。まだ原子炉を十分に慣らしていない状況で出力を最大限に上げる事は・・・」
「おいお前!機関室に行って原子炉の出力を105%に上げられるかどうかを聞いて来い!!」
草壁はクルーの1人を指名して機関室へと向かわせた。
「この状況で105%は・・・」
「草壁二将、一体どういう事なのです?!」
航海長が話している最中にCICに二人の人物が入ってくる。二人とも黒色の背広を纏い、一人はオールバックにサングラス、もう1人は丸眼鏡を掛けていた。
「本国からの新たな作戦が通達されたのです。これが通達書です」
草壁はサングラスを付けた男に通達書を見せる。
「と言う訳です。我々はこれより中国へ向かいます」
「それで、我々はどうなるのです?」
「このまま新たな作戦に付き合ってもらう事になるでしょう」
草壁の言葉に男はサングラスをくいっと上げて草壁に目を向ける。
「分かりました。まあ作戦も無事に終了し本国へ戻る所です。日本人ボランティアを人質に取る汚らわしいALOの連中の血祭りに上げたし・・・」
「あっけないものですよ。まあ我々"ゴッド・ウォーリアー"の敵ではなかったと」
「全くです。まあ、私ならここで退かずにALOの面々を皆殺しにしますがね・・・」
サングラスの男は不気味な笑みを浮かべて答える。
「何はともあれ、無事に事が進んで良かったですよ。取り分けあの派閥は極度の反日感情を抱いていると聞いていますから」
「通達の方は理解しました。今度の作戦は難易度が高いですな・・・」
「ご心配なく。我々、特殊機動作戦旅団"ゴッド・ウォーリアー"には不可能はありません。どんな任務でも成功させて見せますよ」
草壁に言うと、2人は一礼をしてCICを後にした。
「・・・別働部隊とは連絡は取れるか?」
「その場合は潜望鏡深度まで浮上してブイを使わなければなりません」
通信士が答える。
「草壁二将、機関室からの返答です。原子炉の最大出力ですが、すぐに最大出力にするのは危険との事です。徐々に出力を上げるしかないと・・・」
「・・・仕方が無い、出力を徐々に上げて艦を加速させる。本国の総相府に電文を打て"当部隊は15時間以内の作戦遂行は困難である"と・・・」
「了解しました・・・」
この後、草壁は深く溜息をついて、背を椅子にもたれさせた。
「これでは、先が思いやれるな・・・」
彼は小さく呟いた。
「東郷二将殿、東郷二将殿・・・」
何処からか声が聞こえてくる。東郷はその声によってはっと目を開いた。
「・・・いかん、眠ってしまったか。数時間近くの記憶が無い。山本、私はどれくらい眠っていたのだ?」
「さあ、2時間近くは眠っていたかもしれません。まあ、無理もありません。出港して色々あったのですから・・・」
そう言って山本は軽く溜息をついて答えた。
「それで、何かあったのか?」
「いえ、何もありません。ただ、もうすぐ朝ですから起こした方が良いかと思いまして」
山本の言葉に東郷は腕時計に目を向ける。時刻はもうすぐ午前の5時半を回っていた。
「あと、30分近くで夜明けだな・・・」
東郷は目をこすって呟く。そしてゆっくりと立ち上がる。
「山本、しばらく席を離れる。10分程で戻る。どうもまだ眠気が残っているから冷たい水で顔を洗ってくる」
「分かりました。それまでは私が・・・」
山本のこの言葉に東郷は小さく頷いてその場を後にした。
第4航空機動艦隊と共に進む輸送揚陸群、揚陸指揮艦、空母型強襲揚陸艦、ドック型揚陸艦、貨物揚陸艦からなる艦隊である。
その一つである空母型強襲揚陸艦"島根"(排水量35000トン)の飛行甲板の先端に数人に男達がいた。皆、ダークグリーンの服を身に付けている。服装からすると彼等は陸上防衛軍の隊員達であった。
「綾瀬二尉、もうすぐ日の出の時刻です・・・」
頑丈な体つきをしたいかにも体育会系な男が海を見る若者に言う。
「そうか、やっぱり海の上の空気は最高だな・・・」
そう言って背伸びをする男、中肉中背のごく平均的な日本人男性である。年齢は20代半ばだろうか、若者としての軟派な面影がある。そして何よりも防衛軍には珍しい美形である。
この美形の防衛軍兵士、彼の名は綾瀬 龍也。陸上防衛軍二等陸尉で中隊長を任されている。外見からしても中隊とはいえ、とても指揮官には似合わない人間である。
「綾瀬二尉、こんな所に居られたのですか」
綾瀬達の元にやってくる一人の女性、彼等と同じくダークグリーンの服を身に着けているからして同じく陸上防衛軍の兵士であろう。黒髪でワンレングスの女性である。
「やあ上野准尉。ここでちょっと海でも眺めていたのだよ。もうすぐ日の出だから准尉も見たらどうかな?」
そう言って笑みを浮かべる綾瀬。彼はいわゆる笑顔が似合う人間であった。
「何言っているのですか!私達は艦内待機のはずですよ!!」
上野は言う。
「はいはい、分かっていますよ。でも少しくらいなら大丈夫・・・」
そう言って綾瀬は海の方に目を向ける。その様子を見て上野はただ溜息を付くだけであった。
彼女の名は上野 一美。陸上防衛軍准陸尉で綾瀬の部隊に所属している。因みに綾瀬とはある事がきっかけで知り合っている。
「ほら、夜明けだ。間近で見る夜明けは最高だな。うん、感動すら覚える」
綾瀬は言う。そして彼の目の先には水平線から眩い光を照らしながら姿を現す太陽が見えてくる。
「なんかさ、こういうのを見るとこうやって光を受けて・・・」
そう言って綾瀬は両手を広げる。そのしぐさはまるで前世紀末のクラシック映画を思わせる。
「おいおい、タイタニックかよ・・・」
綾瀬のしぐさを見た隊員の1人が思わず言った言葉である。
「知ってる、知ってる。確か20年以上前のクラシック映画だろ・・・」
「ったく、何をやっているのだか・・・」
中には綾瀬のしぐさに呆れる者もいた。
「おい貴様等!そこで何をしている!!」
何処からか怒鳴り声が聞こえてくる。その声に全員がすぐに振り向く。やがてその声の主が分かったのか、全員がビシッと気をつけして敬礼する。
「これは金本大隊長!」
綾瀬が怒鳴り声の主に言う。怒鳴り声の主は金本と言う綾瀬達の上官である。
「すぐに艦内に戻れ!艦内待機であろう。それから艦内に戻ったらさっさと朝飯を食って、ブリーフィングに集合だ!!」
「了解であります!!」
綾瀬は答えた。
「ほら、言わない事じゃない・・・」
上野は呆れ顔で溜息をして小さく呟いた。
その後、綾瀬達はそそくさと艦内へと戻って行った。
所変わって"島根"内の科員食堂、既に多くの隊員達が其処で朝食を取っていた。綾瀬達もすぐに朝食を取る事にした。
「さて、最初のニュースは中国情勢です。防衛軍をはじめとする国連軍と中国軍との戦闘は激しさを増しています。そして現在も上海で激しい戦闘が繰り広げられています。上海から鈴木記者が中継でお送りします」
科員食堂の何箇所に設けられえいるTVには朝のニュースが放送されていた。やはり最初のニュースは緊迫化する中国情勢であった。
「はい、こちらは上海中心部です。ご覧の通り、街中の至る所から発砲音と砲撃音が響き、戦車や装甲車が走り回っています。あれは、イギリス軍の戦車でしょうか?今、目の前を通過して行きます・・・」
TVからは上海の生々しい様子が中継で放送され、その様子をリポートする鈴木と言う男性記者が叫ぶように現場の状況を伝えてくる。
「おい、今の戦車って確か"チャレンジャー3"だったよな?」
「ああ、確かそうだったな・・・」
他国の戦車を見た為かうきうきしている青年と朝に弱いのか気だるそうにしている青年が何気ない会話をする。
「榊原、田辺!」
二人に声を掛けるのは綾瀬であった。その横には上野の姿がある。
「榊原、相変わらず朝に弱い奴だな。田辺は朝から何か良い事あったのか?」
「これは綾瀬二尉、おはようございます」
綾瀬の姿を見たけだるそうにしている青年こと榊原は背を真っ直ぐにして綾瀬に顔を向ける。
「今はオフだ。その時は綾瀬で良い。それよりもそろそろ気合入れておけ。いざ前線に行ってそんな状態のままだと、あんたの命を脅かしかねないぞ」
「ご忠告有難うございます。これから気をつけます!」
榊原は答えた。それを見て綾瀬は溜息をついて彼の隣に座った。そして上野は田辺の隣に座る。
榊原 和俊。陸上防衛軍三等陸尉。綾瀬の部隊に所属し第1小隊を務めている。綾瀬とは防衛軍入隊時からの知り合いである。そしてもう1人が田辺 庸一。陸上防衛軍三等陸尉で第1分隊長を務めている。プライベートであるが相当の軍事マニアな人間である。
「あの上海戦も国連軍が形成を逆転しつつあると聞いているけど、中国軍計画経済派の抵抗が続いている」
「上海は彼等にとってもキーストーンなのです。諦める訳には行きませんよ」
綾瀬の言葉に上野が答える。
「確かに上海は経済成長時、最も繁栄していたからね。しかし、今ではあの有様だ」
田辺はTVに映る上海を見て答えた。
「おい、何時まで食っているのだ!もうすぐブリーフィングへの集合時間だぞ!!さっさと食って集合しろ!!」
科員食堂に大隊長の金本がやって来る。
「何だ、金本の野郎!威張りやがって・・・」
金本に対し悪態をつく田辺。
「まあまあ、あれでも大隊長なのだから・・・」
それを聞いた綾瀬が苦笑いをして答えた。
「ところで綾瀬、昨日、海防の方で通達があったな。何かあったのかな・・・」
榊原は綾瀬に訊く。
「さあ、詳しい事は知らないけど。我々は沖縄で足止めを食う事になるかも知れない」
「それはどういう事で?」
今度は上野が訊く。
「詳しい事は知らないけど中国情勢で大きい動きがあったようだ・・・」
「多分、そいつがブリーフィングに集まる理由って事だな・・・」
榊原が答えた。
「じゃあ、さっさと朝飯食って行きますか。ぼやぼやしていると、また金本の野郎のどやされちまうからな・・・」
そう言って田辺は朝食をがつくような勢いで食べ始めた。
まだ彼等に迫る数奇な運命に誰も気付いてはいない。
第1章 完