「準備完了とのことです」

 

「そうか…」

 

広い室内

 

男二名の声が、間を置いて響く

 

答えた男は、ゆっくりとタバコを一服する

 

「それで、どうしますか?」

 

もう一人の声

 

「…やれ」

 

向き直り、苦渋の表情で命じる声

 

「…はっ」

 

返事を聞きつつ、再び窓の外を見やり、男はタバコを吸う

 

「攻撃を許可する。88式地対艦誘導弾、全弾発射せよ」

 

背後から、己の下した命令が聞こえる

 

成功するかどうかはわからない

 

成功すれば、乗っ取った奴等は死ぬが、高価な艦もろとも乗員乗客は海の底

 

失敗すれば、相手を怒らせる結果になる

 

男はがっくりと肩を落とした…

 


CRAZY ROAD

第六話
『月下レクイエム』


 

「“ゼロ・ディメンション”。うちの組織は、そういう名前だ」
鷲村の声が、狂に向けられる。
「目的は知らされてない。二班班長…つまりサブリーダーと、今のヘリに乗ってたリーダーしか知らない」
長靴の足音は、ゆっくりと前檣楼へ向かう。
「君ほどの能力者が知らされていない。不自然だな」
「私も確かに“切り札”だけど、所詮兵隊は兵隊ってことさ」
淡々と言葉を交わす二人。
「“切り札”?」
「今、炎を見せただろ? ああいう人間離れしたマネを出来るヤツが、もう何人か居るんだ。多くはないけど」
「人のことを言えないが…化け物じみているな」
「まあ、幹部というか、管理職というか…そういうヤツは少ない。その次にコマンド級、次が私達で、残りは兵隊。そういう組織だ」
「…何が目的で、存在しているのだ?」
「知らない」
「そうか…殆ど何も知らないんだな」
「悪いな」
本当は、あの事だけしか興味ない。
でも、この男に言っても意味がない。
そう考え、口を噤む鷲村。
「全滅するから君が裏切ったことはバレないだろう。が、乗員乗客にバレると面倒だ。着替えた方が良い」
丁度良く、狂の方から話題を転換してくる。
「そうだな。わかった、部屋に行こう」
「終わり次第、司令塔を奪回して、各区画を監視するとしよう…」
ダブル宗像の捜索も兼ねてな。
後の部分は言葉に出さない狂。
そして、二人は艦内へと消えた…

 

 

 

 

「ドラゴン・怒りの鉄拳!!」

メキッ

龍二の正拳突き。
派手に吹っ飛び、壁に叩き付けられる敵。
また凄いパワーである。
そして、何も言わず、ただにこにこしている龍世。
「ククク…どーだぁ? オレのキョーイクは良く効くだろぉ〜?」
襟首を掴み上げ、凶悪な笑みを浮かべる龍二。
「…あれ、爆発…ですね」
そんな時、突然龍世が口を開く。
「ああ?」
振り向く龍二。
「確かに爆発音でした。それに、少し揺れましたよ」
「全然気付かなかったぜ?」
言ってはみるものの、龍二と龍世のどちらの感覚が鋭いかなど、龍二は重々承知だ。
疑っているわけではない。
「狂サンが暴れているのかも知れませんね」
「…そりゃあ、是非アイサツに行かねーとな」
あっさり合意し、二人はそのまま司令塔を後にした。
雁字搦めにされた五名を残して。

 

「こちら二班。予定通り積み込みは終了した。脱出するぞ、急げ」
機械を通した、機械的な声。
『…駄目だ、もちそうもない。行けよ、私は…う…』
芝居ながら、真に迫って苦しげな鷲村の声。
「了解した」
そして、再び機械的な声。
嘘を付かれるなど、予想してもいないのだろう…

 

「どっちだぁ?」
前檣楼の左舷側外扉、外側。
「…あれは何でしょう?」
「お?」
龍世の指す方向を見る龍二。
視界の端に、ちらっと左舷を指向したままの主砲塔二基が入る。
そして、真ん中には、微速で艦の左舷から離れようとする一隻の船。
逃げる気か。
龍二は直感した。
「逃げられっと思うんじゃねーぞ、バカヤロウ?」
不敵な笑みを浮かべ、龍世を見る龍二。
意味ありげに手を振る龍世。
瞬間、龍二は飛び降りた。
そして、走る。
目指すはストームタイガー。
「これで飛び移るんですね?」
龍二が着いて、少し息を荒げているが、いつの間に抜かれたのか龍世が居る。
「おうよ。ここまで来たら、とことんやったるぜ?」
サイドカーを外し、エンジンを掛ける龍二。
心地よい重低音が二、三度、格納庫内に響く。
タンデムシートは龍世。
ひときわ大きな爆音の後、ストームタイガーは動き出す。
「もう離れすぎてんな…」
動き出したものの、考える龍二。
こちらにケツを向け、航跡を曳いて離れんとする掃海艇の姿。
甲板からでは、ちょっと飛び移れる距離ではない。

「ちょっと揺らすぜ」
「どうぞ」
急旋回で階段を登り、艦上構造物の上を艦首側に進ませる。
そして――ジャンプ。
大きなショックと共に、バウンド。
車体を大きく横に傾け、減速させる龍二。
今の位置は、二番主砲塔天蓋だ。
「さあ、ショー・ターイム! 今度が本番だぜ、アネキッ!」
力強く吼える龍二。
軽く龍二の背中を押す龍世。
響き渡る爆音。
砲塔尾部に構え、全開。
圧倒的なハイパワー。
ぐんぐん加速する。
Gが、二人の体を後ろへ引っ張る。
全長30m、仰角10度の砲身上を、疾駆するストームタイガー。
そして…。

 

「オラ、行けぇ――――――っ!!!」

 

400kgの鉄の馬が、宙に躍り出た。
龍二の視界が、一瞬スローモーションになる。
小さくなった掃海艇のシルエットが、拡大に転じる。
マストを掠める。
人が動転する様。
甲板がみるみる近付く。
それが限りなく近付く瞬間、体を投げ出そうとする振動に抗い、ストームタイガーを操る龍二。
成功だ。
「オラオラオラァ! 轢き殺したるぜぇ―――っ!!」
目の前に男。
そして、サブマシンガンの音。
車体を大きく倒し、横滑りしつつ、そいつを跳ねる。
すかさずアクセル一杯。
タイヤの滑る音と、頼もしいエンジン音を轟かせ、暴れまくるストームタイガーだった…。

 

 

 

 

「ミサイルの誘導システムは起動不能…か。となると…」
「主砲か?」
狂と鷲村は、入れ替わりくらいで司令塔に着いていた。
「司令塔からの指示だけで…」
「上からの資料だと、全兵装がここからコントロール出来るとあったぞ?」
他ならぬ、掃海艇を撃沈する方法である。
ある事実を知っていれば、そんなマネはしないのだが。
冷静、かつ素早く兵装マニュアルを読む狂。
一方、鷲村は兵器についての知識は乏しい。
得意の炎も、流石に800トンもある船を撃沈出来るほど、強力ではない。
結局何も出来ないという事になってしまうのだが、それは癪なので、暗い部屋内の計器類を探る鷲村。
それとて、殆どわからない。
「撃てる。主砲だ、それしかない」
唐突に、狂の声。
確かに、SSMが使用不能となれば、対海上で有効な攻撃手段は、主砲しか残されていない。
いや、ロケット砲もあるのだが、主砲に比べればいまいちだ。
「どうやる?」
「ああ、説明する。威嚇射撃から入るわけだが…」

それから数分内に、一基4500トン強の偉容を誇る51cm四連装砲二基が、重苦しい機械音と共に旋回を始めた…。

 

 

 

 

「おーし、残りは船内か」
そこら中に散らばる、倒れた人影。
幾つかが、苦しげな呻き声を立てている。
「早く倒して、眠りたいです」
呑気な文句だが、気迫も感ぜられる龍世の声。
既に抜刀済み。
着地するなりマシンを飛び降り、二手に分かれて戦っていたわけだ。
龍二もストームタイガーを停め、龍世と同じくドアの横に立つ。
すかさず、ドアを蹴破る龍二。
直後にマシンガンの一連射を入れる。
物が壊れる音が聞こえるも、命中は無し。
敵は居ない。
無線の呼び出し音を無視し、無言で進む二人。
ちなみにこの無線は、“ながと”からの警告であったが、艇内の誰も知ることは出来ない。

――!

龍世が駆ける。
狭い室内。
龍二も左手にマシンガン、反対にドスを構える。
鈍い衝撃音が響き、悲鳴が二つ、それに続く。
「やっちまった…」
そして、龍二の声。
「そこまでにして武器を捨てろ」
部屋に電気がつく。
右手にドスを持ったままの姿勢の龍二と、その背中にマシンガンを向けた男。
取り囲む者、約20名。
「人質を取るのは卑怯です」
いつものように、にこやかに述べる龍世。
銃声一発。
龍世の左手に握られた菊花丸が、大きくぶれる。
そして、服の腕の部分に、赤い染みが広がっていく…。
それでも表情を変えず、菊花丸もしっかりと握ったまま、相手を見る龍世。
「おいコラァ…!」
「黙ってろ」
男は、突き付ける物を、マシンガンからナイフへと切り替える。
龍二の首に、微妙に赤い筋が生まれる。
歯ぎしりする龍二。
この状況でアレを使っても、蜂の巣にされるだけだろう…。
「オレ達の片一方でも殺してみろ、地の果てまで弾道ミサイルが追ってくんぞ」
事実だ。
以前、“業界”内での抗争で、宗像会は桜井航研と組み、ATACMS戦域弾道ミサイルを発射したことがある…。
ALCM(航空機発射型巡航ミサイル)さえ使用している。
いずれも誤射で押し通しているのだが…。
「黙れ。障害は排除する」
まあ、嘘だと思われて当然の話ではあるが。
「…話のわからない人は嫌いです」
突然、龍世の顔から笑みが消えた。
龍二の頭に、諦めと哀れみのような考えが過ぎる。
これで連中の運命は決まった、と。
村正一閃。
いきなり、5人の首が飛んだ。
それが骨で胴体と繋がっていたとは信じられないほど、簡単に…。
そして、それを見て叫ぶ間もなく、さらに7人が斬られた。
いずれも即死に近い致命傷だ。
鮮血がシャワーのように飛び散り、所構わず紅に染めていく。
「こ、こいつがどうなってもいいのか!?」
男が叫んだとき、血の海に立っているのは、彼と、龍二、龍世だけ。
「死ね」
それに対する返事は、運命的な重みを持っていた。
為す術もなく、男は真ん中から真っ二つにされ、血の海の仲間入り…。

 

 

一基に付き四本の黒金の筒が、鎌首を持ち上げる。
月光に光るそれは、計八。
壮観にして、不気味な眺めだ。
海に於ける最強の殺し屋が、本気を出そうとしている証…。
そして…。
超自然的な閃光と、大気を引き裂く破壊的な音の波動。
赤熱した巨大な爆煙。
海面が泡立つ。
恐ろしいまでの高熱を浴びた砲弾は、音速の四倍という速度で弾き出された…。

 

 

「派手にやらかしたよなー、オイ、アネキ。血の海だぜこりゃ」
「…」
苦笑を浮かべて、顔を覆う龍世。
以前一度、どこかの族に喧嘩を売られて、こんな事をした経験があるのだ。
二度としまいと決意していたのだが…。
「まあ…しょーがねーよな…。こうしなきゃオレ達ゃ死んでたと」

沈黙の龍世。
「だからしょーがねーんだって! 正当防衛だぜ? テメーの命大切にして何が悪ぃーんだ。問題ねーってよ!」
力説する龍二。
それに対し、微笑で返事をする龍世。
「な? じゃ、これ操縦して、あの馬鹿デカ戦艦に戻ろーぜ」
「はい。そうしましょう」
ようやく普通の調子に戻り、返答する龍世。
その時だった。
天地を引き裂くが如き爆発音と、続けて巨大な水塊が掃海艇を揉みくちゃにしたのは。
衝撃波が窓ガラスを粉々に叩き割る。
斜め20度に傾いた窓から見える巨大な水柱は、さながら海面から突き上がる悪魔の爪の如し。
ざっと、掃海艇のマストの15倍の高さ。
体積だって、比較にならないほど大きいだろう。
“ながと”の兵装の内、最も目立つのが51cm主砲8門。
それと同じ8つの水柱が、掃海艇の目の前に、ナイアガラの瀑布の如く立ちはだかっている。
投げ出されたままの体勢で息を呑む二人だが、初撃は外れ。
二人は知らないが、威嚇射撃なのだ。
そして、何が起こったか二人が理解するまで、数十秒を要した…。
それからさらに数秒。
『ば、バカヤロウ!! 殺す気かテメーらっ!!』
無線機を通じ、罵声が“ながと”の司令塔内に響いたのだった…。

 

 

 


あとがき

 

大体これでこの夜の話はオシマイ。

いや〜、でも、伏線が結構…ま、考えはあるので問題ないのですが(謎笑)。

ゼロ・ディメンションの今回の行動については、次回で多少明らかになります。

本格的には二章で、になりますがね。

オマケ:もうバトルは当分いいな(爆)


ろう・ふぁみりあの勝手な戯言〜


・・・最高でした。
いや、何がって言うと、バイクで船から船へと飛び移るアクション!
もー、今回の最大の見せ場でしょう! あれは!

それとなー、龍世さんのマジギレはちぃと怖いかったです。
“死者の双牙”の第一話のときもそうだったけど、描写がリアルすぎてちぃと引きました。
いや、まあ、オイラがそーゆーの苦手ってだけなんですけどね。(てゆか、想像力豊か(?)だから首チョンパとか想像すると、夜寝られなくなったり)。


それにしても、龍二クンのギャグはいつも効いてます。
ドラゴン怒りの鉄拳。・・・あれ、これギャグじゃないっすか?(逃げ)


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