マスタークロス
第四話『俺達の安らぎ(前編)』





ちゅんちゅん……
小鳥のさえずりが聞こえてくる、うららかな優しい日差しが俺の体を包み込む。
こんな風に迎えられるようになってからどれだけ経ったのだろうか?
つい2、3ヶ月ほど前は殺し合いの中に身をおいていたことなんて忘れそうになる……
俺にはそんな雰囲気に思えていた。
暖かい日差しが俺の黒髪に反射し、俺の髪の毛を鮮やかに彩る。
「ん……」
俺は、瞳を開けた。
時計を見てみれば9時を指していた。
(暖かい……な。)
そう、俺にはこの平和が暖かかった。
普通、人間はその『暖かい』を当たり前に思っている。
だが、俺達は最低でも普通ではない。
この、暖かいがどれほど大事かが分かっている。
「……ふわぁ〜」
俺は、あくびをしながら体を起こした、まぁ、いつものことである。
だが……18にもなって家でのんびりとしているとはなぁ……
一般の高校生は慌てて受験である。
最も、俺はすでに学歴が飛んで飛んでいるのだが……就職もしてるしね。
しばらく、ベッドの上でぼんやりしていた。
……起きよう。




≪いっただっきま〜す!≫
そんなわけで(相も変わらずだが、どういうわけだ?)、で〜〜〜っかいテーブルにみんなで並んでご飯を食べていた。
……俺達は、どっかの小学校の生徒か?
心の中でそう突っ込みを入れつつフィセアとニューの作った飯を食べている。
……フィセアのほうも、相変わらずフライパン料理はだめなようだ。
「おい、久美、アクア、龍、慶嘉、弥美。お前らこれからどうするつもりだ」
と、俺が聞くと彼らはあっさりと答えた。
「とりあえず、自宅へ戻る」
「ま、そうなるかなぁ?」
「……でも、今まで宿舎に泊まっていたから結構いろいろと辛いかもしれない」
「ま、何とかなるさ」
「がんばりますよ」
口々にそう言いながら溜息をつく弥美たち。
ふ〜ん、そうなんだ。
「にぎやかですね」
この状況下でも尚マイペースなフィセア。
……フィセア、もうちょっと物事を深く考えてくれ。
ちなみにいえば、ユメは引いている。
ニューはやはり傍観者の位置で楽しんでいるようだ。
……やっぱりこいつがありとあらゆる意味で一番油断ならないな。




五人がそれぞれ家に帰った後、俺とユメは家を出た。
なんとなくだが、のんびりとした時間が過ぎてゆく。
だが、俺自身も再びこうやってフィセアと一緒に道を歩けるとは思っていなかったのだ。
「ん?銀……さん。あれ、なに?」
「あっ?あ、あれはなケーキ屋だよ」
少しだけ考え事をしていたため対処が遅れてしまい俺にして珍しく慌ててしまった。
「ケーキ!?……ねぇ、だめ?」
「くくく……ま、いいぜ」
「むぅ〜〜、笑わないでよぉ」
俺は、フィセアのもの欲しそうな顔に思わず笑ってしまった。
ちょっとだけ頬を膨らませるフィセア、そんな仕草がかわいらしい。
だが、ケーキ屋に着くと色とりどりのそのケーキを前に喜んでいるユメがいた。
(げんきんだなぁ)
そう思いながらも、自然と笑みを浮かべてしまう。
そうそう、ユメはともかくケーキが好きだった。
チョコレートケーキからカップケーキまで、ともかくケーキが徹底的に好きだ。
(しばらく時間がかかるな)
俺は苦笑しながらユメの後姿を見守っていた。




「いやぁ、デートですねぇ」
「うむぅ〜」
にこやかに言うニュー、それとは対照的にむっとした表情で頬を膨らませているフィセア。
二人は家から魔龍たちの様子を見ていた、実は、意外とニューはゴシップ好きなのだ!!
「楽しそうですね、フィセアさん。ユメさんとても嬉しそうに見えますねぇ?」
ちょこっとだけ嫌味をこめて言うニュー、彼は波乱を望んでいるのだ。
「うう、べ、別に私は!!」
「無理は体によくありませんよぉ?」
などというニュー、だが、彼のにこやかだった表情が突如曇る。
(ですけど、これは嵐の前の静けさ……)
ニューは改めて楽しそうな二人の様子をうかがう。
幸せそうな表情で歩く二人、まるで祝福されているような……
(今だけでも……楽しんでいてください……これからが、地獄の始まりなんですから……)
先ほどとは打って変わってニューは、悲痛な面持ちで彼らを見た。




………………?
しばらく俺はユメと歩いてて気付いた。
ユメが元気が良すぎるのだ。
まるで無理をしているみたいに……
(???どうしたんだ?)
少しだけ疑問に思ったがそれは打ち消した。
今は、この状態を楽しもう。




そして、日がとっぷりと暮れた頃。
俺達はお約束というかなんと言うか……公園のベンチで座っていた。
真っ赤な夕焼けが綺麗だ。
「ふう」
俺は一息つくとワンピース姿のユメを見た。
黄金の髪の毛が夕焼け空の赤で染め上げられている。
その美しい顔立ちに俺は見とれてしまった。
(綺麗だ……)
俺が本心からそう言うことを思うのは珍しかった。
だが、これは紛れもない俺の本心である。
うかつな事に俺はフィセアのその顔をに見とれてしまった。
「どうしたの……?」
俺の視線に気付いたのだろう、フィセアが笑みを浮かべながらそう聞いてきた。
「え……あ、いや。ただ、綺麗になったな……て」
しどろもどろながらも俺はそう答えた。
その答えに、フィセアは嬉しそうに微笑んだ。
「そう?ありがとう……ふふふ……」
そう言うとフィセアは俺に近づく。
そして、改めてこう言った。
「魔龍……ううん、銀も……すっごくかっこよくなったよ。……でもね、お互い知らない時間が多すぎるね」
「……フィセア?」
少し、寂しそうに言う彼女に俺は一種の不安を覚えた。
そう、まるで彼女が消えてしまうかのような……
いや、そんな事はない!!
俺は自分の心の中で叫んだ、不安を引きちぎるように。
だが、彼女はそれを見透かしたかのように言う。
「駄目だよ……もう、時間だもの……」
そう言うと、まるで消えていくかのように彼女が……彼女の存在が薄れていく。
「フィセ…ア!?」
「ありがとう、すごく……楽しかったよ……また…ね」
「フィセア、フィセアーーーーーー!!!」
そして、彼女は消えた……まるで彼女の存在が最初からそこになかったかのように……



次の世代で逢おうね、魔龍……それと、私に束縛されないで。
私は、もういないんだから……





「……知ってたんだな、ニュー……」
俺は突如現れた気配に振り向かずに言う。
彼には俺の表情が見えていないだろう。
「ええ、知っていました」
いつもの声で答える、だが、俺には彼の声が震えているように聞こえた。
「そう、か」
その声と言葉を聞いて俺は怒る気が消えた。
彼も辛かったのだ、そして胸に彼女の言葉をしまい俺は立ち上がった。
今、俺の中でのフィセアは終わった。
そして、それは同時に始まりでもあったのだ。



あなたのお父様を恨まないでね……銀……





だが、この言葉だけは俺の耳に届かなかった。




第五話『俺達の安らぎ(後編)』へと続く。