Rainbow Bird

第14章  雪原  〜2〜


 

 

「俺は・・・・・・・・」

景色がゆっくりと、そしてはっきりと頭に浮かぶ。

今まで靄がかかったようにはっきりとしなかった記憶。

 

ロイの記憶は、レッジたちを覆う闇に反映されていく。

 

 

ロイの瞳は閉じられたまま。

 

 

――― それは、数年前の『砂漠の遺跡』の記憶。

 

 

母がいて、父がいて。父の助手、ルストがいた。それに『ラーネッド』と名乗る青年。いや、彼はまだ少年に近い。

「ラーネッド?」

ふと、聞き覚えのある名前に眉をしかめる。

「そう、彼だ。『塔』ラーネッド」

ルストは声を落として、ロイを催眠状態に持っていく。ロイの記憶に呼応して、辺りの景色も変わっていく。

「ロイッ!?」

我に帰って、レッジは呼びかけた。彼女の呼びかけももう、ロイの耳には入らない。

「そうだ、思い出すんだロイくん」

不安定だった景色がじょじょに安定していく。

 

一つ一つが巨大な石で組まれた、黄金色の壁。

狭い通路に幼子の手を引いた一人の女性の姿。はっきりと姿は見えない。

――― ここが虹の鳥の遺跡・・・・・・・。

女の声がレッジの耳にも伝わって来る。

――― 古の、な。

幼子の目前に、背の高い男の姿が浮かび上がる。

 

――― すごいですね!博士。

さわやかそうな青年の影。髪の色がルストと同じだ。いや、彼こそ若き日のルスト・・・・・。

 

――― 私にはわかります。この場所には今も『力』が残っている。古のレインボーバードの「力」が。

そう述べた青年はレッジには見覚えがあった。レッジの兄、ラーネッド。

 

「お兄ちゃん!?」

レッジの叫び声に辺りの景色は揺らぐ。再び暗黒の世界に戻ってしまった。

「気がついたか?奴に。『塔』の者、ラーネッド」

冷たい目がレッジを捉えた。

「あいつがすべての元凶だ。あれはお前の兄であってお前の兄ではない」

「どういう・・・・・・・」

言葉が続かない。レッジは混乱していた。兄であって兄でない?

レッジの記憶する限り、ラーネッドにあったことがない。写真と、3年前に来たたった一通の手紙。

シルバー教授のもとで妖精学を学んでいたというが・・・・。

兄が何をしていたか、細かいことは何も知らない。

レッジは、12歳違いの兄のことを本当に何も知らなかった。

 

 

「続きを見せよう。さあ、ロイくん・・・・・」

ルストは再び手を振るう。

 

 

 

ロイの母父、幼いロイ、ルストそしてラーネッド。一行は奥へ奥へと進む。

――― ここは?

狭い通路を進むと、やがて広間へと辿りついた。

上から光が降り注いでいる。

精巧な遺跡の天井を突き破って、何かが飛び出した、その跡がまざまざと残っている。

中央の祭壇―― 円形の筒型、大理石でつくられたものだ―― を中心に瓦礫が飛び散っていた。

――― ここだ。この場所にレインボーバードが確かにいた・・・・・。

――― ええ。僕も『力』を感じます。妖精のものとはちがう『力』を。

ラーネッドは眼鏡を指で押し上げる動作をしながら言った。

 

・・・・・・・この人、妖精?

レッジは気がついた。

ロイの記憶のラーネッドは、妖精だった。

「妖精な親戚」はいないはずなのに。

 

――― 博士の仮説通りですね!

ルストは熱心に賛成する。幼いロイはいつのまにか母の手を離れ、うろうろしている。

――― 古のレインボーバードもやっぱり存在したのね。

母は感動しているようだ。

――― 父さん。これなあに?

ロイは壁画に目を向けていた。

 

壁画は鳥が飛び立ち、やがて海に降り、そして今の世界地図とよく似た画へと続く、一連の物語が描かれていた。

 

――― これは・・・・・。

ロイの父も同様に壁画をじっと見つめている。

 

幼いロイは、父が最初の壁画に驚いている間に、壁に埋め込まれた宝石に手を触れた。

それは驚くほどブラッドルビーに似ていた。

宝石は簡単にロイの手に落ちる。と、壁画が輝き始めた。

 

――― な、なに!?

 

壁画に映像が写し出される。

遺跡を突き破って、七色の光が飛び出す。それは大きな鳥の姿を形づくっている。

鳥はやがて七色に輝き、そして飛び立つ。

大空を駆け巡るレインボーバード。

 

この映像はどのようにしてつくられたものなのか。古代からのメッセージを一同食い入るように見つめている。

無論、レッジも。

 

レインボーバードはやがて大地にぶつかり、目も眩むような激しい光を放つ。

一瞬にして全ては吹き飛び、やがて訪れる沈黙。

新たな大地が、前の大地を吹き飛ばして存在していた。

 

――― そうか・・・・・・。レインボーバードの『力』は最後には大地へと昇華するんだ。

――― そんな・・・・・。じゃあ、新たなるレインボーバードもやがては大地に?

ルストはショックを隠しきれない。

――― そうです。その通り。

 

「お兄ちゃん・・・・・・・」

ラーネッドは突然人が変わったように冷たい声を出している。

レッジは、これから何が起こるのか、少しだけ想像ができるような気がした。

 

ラーネッドはつかつかと祭壇に近づいた。祭壇に向かって、左手を掲げる。

――― どの虹の鳥も、仕組みは同じ。

――― ラ―ネッド君?なにをしようというのだ?!

博士と呼ばれる、ロイの父が叫んだ。

――― 『力』が残っている・・・・・。

ラーネッドは気にもとめない。

――― おい、ラーネッド!?

若き日のルストもラーネッドに呼びかける。

――― だめっ!!あなた、逃げましょう!!

いち早く、危険を察知したロイの母はロイを抱き寄せ、出口に近づいた。

と、ラーネッドが振りかえる。手には輝く羽根を持っていた。そう、レインボーバードの羽根だ。

 

あれは恐らく、古のレインボーバードの羽根・・・・・・。今、レッジが手にしているもの。

 

――― これで、何ができるかわかりますか?『力』を、集めることができるのですよ。

――― ラーネッド、お前・・・。

ルストは呆然としている。

――― ここで死んでいった、過去の『妖精』たち・・・いいや、別の名前で呼ばれていたかもしれませんね。彼らの『力』で仕事を果たすことになるとは。

ラーネッドの皮肉な笑いが不気味に響く。そして彼は懐からナイフを取り出した。

――― どういう・・・・ことだ?

戸惑いを含んでロイの父は尋ねた。

――― 僕は『塔』の者。『塔』の妖精。

ラーネッドは寂しそうに笑った。自嘲を含んだ笑い。

――― この場所を破壊しなくてはならないのです。・・・そして、知ってしまったあなた方も。 

冷酷なまでに無表情にラーネッドは言い放つ。

彼は、自らの腕を斬りつけた。血が溢れ出す。青い血が。

 

「お兄ちゃん・・・・・!!!」

――― この血に集え、古の『灰』と化した『鳥』の『力』よ!!

 

 

母はとっさに幼いロイを抱えて、広間を脱出した。

 

突然の混乱。

光、瓦礫、そして母の腕。

そう言ったものが、辺りの景色に取って代わる。

 

――― 母さん?母さんしっかりして!!

――― ロイ、目を閉じて。

――― やだ、やだよ母さん。

 

ロイの記憶の情景はドーム型のこの空間いっぱいに広がっている。

母の栗色の長い髪。軽くウェーブのかかった髪。

――― ボク、母さんを守ラナキャ!

――― いいのよ、ロイ。あなたはあなたの大事な人を『守ラナキャ』

涙で目の前が滲む。母は瓦礫を受けて頭から、激しく血を流している。

――― 母さんは!!母さんだってボクの大事な人だよッ!!

――― 大丈夫。お母さんにはね、お父さんがいるから。

もはや、まわりの情景は見えない。

――― でも、でも父さんは!! 

奥の間は今ごろ、無事ではあるまい。

――― 大丈夫よ。父さんは。さあ、行きなさい。

 

――― 母さん・・・!!―――

崩れる遺跡。

 

「母さん・・・・・・」

ロイはその場にしゃがみこんだ。まわりを闇に覆われたドームに囲まれて。

不思議とロイの心にラーネッドに対する憎しみは生まれなかった。

まるで他人事のような、そんな気持ちに近い。

ただ、母親の姿に、母親の最後に力を奪われていた。

「わかったかい?勇敢なジジの孫、あの賢き人の息子よ」

ロイの髪を乱暴につかんで、起す。

「私が生き残ったように、あのときラーネッドも生き残っていた。あいつは自らを『塔』の妖精と名乗った。それをヒントに私は私なりに『世界』について調べたのだ」

レッジはやはり動けないまま。ロイはもはや無抵抗だ。

「あいつは今の世に溢れる妖精どもを作り上げた、新たなるレインボーバードの『力』を、大地と化できるまで管理する役目にある」

ルストは手を放し、今度はレッジの方に来た。

「『女神』は、飛び立とうとするレインボーバードの『力』を押さえこむ役目を果たす。鳥篭の役割だな」

再びルストは歩き出し、ロイの前に立つ。

 

「わかるか?『塔』と『女神』が、今の世界を、古のレインボーバードの世界を滅ぼす『力』を守っているのだ」

 

「そんな・・・・・・!?」

「げんに世界から『名前』が消えていった。じょじょに滅ぼされつつあるんだよ、この世界は」

『名前』そう、『名前』。レッジの故郷にも、混乱していた鳥の頭の大陸にも、『名前』がなかった。

「はじめはあったんだ・・・・」

「ああ。今に我々の『名前』も消えていく。破壊の『力』を守る者それがあいつらだ」

ルストの動きが止まった。

 

「そして今、お前たちを引き寄せる理由、わかるか?」

引き寄せる、そうかもしれない。レインボーバードの羽根を届けないといけない。

それはどんなときもレッジの意識から消えはしない。

「『塔』は女神の塔。半永久的に『力』を持つ。しかし『女神』はそうじゃない。命を削って『力』を押さえこむ。だから、『ナイト』はな、新たな『女神』を『塔』のもとに届ける」

「・・・・・・じゃあ!!?」

ロイははっと顔を上げて、レッジを見た。

「そうだ。『女神』に危機が訪れているであろう今、この小娘が新たなる『女神』として目をつけられている。純粋な古の『力』に組するものであるのに!!」

ルストは翼をふるう。

キラキラと輝きながら、空から真っ黒で無骨な拳銃が落ちてきて、ゆっくりとルストの手に収まった。

「わかるか?君は使われるんだよ、あの『塔』ラーネッドにな。そうなる前にせめて、我々の『力』でカタをつけてやろう」

拳銃をレッジに向ける。

「なにを!?」

「『女神』さえ、いなくなれば、まだ完全ではないレインボーバードを、私が倒せるやも知れん。『女神』さえ、いなくなればな!!!」

身動きのとれないレッジに照準をあわせる。

 

 

「やめろ―――ッ!!!」

ロイは咄嗟にルストを斬りつけた。

「かかったな」

にやりと笑う。ロイの「剣」はみるみるルストに飲み込まれていく。

「あ・・・・?」

力が抜けていく。

「ロイッ!!!!!」

レッジの束縛が急に解けた。すぐにロイに駆け寄る。

「・・・・・・いくら、私でも、君やこの子を死なすことはできないよ」

うつむいたルストは、ぽつりとつぶやいた。

「あの、思い出を見せられたあとではな・・・・・・・・・」

ロイの『力』がルストに奪われていく。それは、レッジですら、感じられた。

「これで・・・・奴を、ラーネッドを止められる。新しきレインボーバードは私が倒す」

 

レッジたちを覆っていた闇のドームが消えていった。

「お前たちは帰れ。自分の故郷に。レインボーバードの羽根に祈れば願いは叶う」

 

 

「・・・・・って言われても・・・・・・・」

「レッジ。俺、どうすりゃいいかわかんねぇ」

ロイはしゃがみこんでうなだれてしまった。

「ロイ、本当に、どうしよう」

レッジは手の中にあるレインボーバードの羽根を見つめた。

 

 

 

――― そのころ。

 

「伯父様、ここは何?」

だだっぴろい草原。

どこまでもどこまでも草原。

そんな中、唐突に、十二個の巨石が円を描いて立っている。

「別の空間への扉を開くんじゃ。わしが、な」

「伯父様が?なぜ?」

「リマインドの考えた、最後の方法じゃ。ラレアよ、ちょいと降りてくれ」

ラレアはフクロウレルの背中から降りた。

「こんなところで降ろされても〜。ここから帰れって?」

「なあに、お前は風の妖精じゃろうが」

そよそよとそよ風が吹く。

「だって私、ハーフじゃないの」

「ハーフとはいえ『力』を持っておろうが。なあに、もうほんのちょっとで『帰れる』ぞよ」

フクロウレルは円の中央に立ち、翼を広げた。

「ホワイトローレンスピータルチオサンデイロックウェルオンリイザフクロウレル、一世一代の大舞台じゃ!!」

白い翼が一際激しい光を放つ・・・・・。

 

 

 

 

「帰っちまうべか?」

何もかも忘れてしまって、村に帰る。

ババやサラに頼んだらすべてを忘れられる薬を作ってもらえるかもしれない。

確かに女神の塔でルストが戦ったら、その影響はレッジたちの村にも確実に襲ってくるかもしれない。

だが、つかの間でも、村で安穏とした生活を送れたらそれでいい・・・・・。

 

レッジは一瞬、帰るという言葉にどうしようもない誘惑を感じた。

 

 

――― 望んでないの。

 

 

「え?」

「どうしたんだべ?」

『女神』の声。いや、リマインドの声。助けを呼んでる。

鳥は破壊を望んでいるわけじゃない。ただ飛び立つことを望んでいる。

 

「そう・・・・、そうだよ。ロイ。あたしは女神の塔へ行く!!」

「けどよ・・・・行ったらおめぇ、『女神』にされちまうんだろ?」

「あたしたちが行かなかったら、レインボーバードが倒されちゃうんだよ?」

レッジは空を見上げた。灰色の雲が辺りを覆い尽くしている。

ラレアがいたら、きっと賛成してくれるだろう。

「ルストの話はあたしにはよくわかんなかった。・・・・けど、お兄ちゃんもルストも、どっちも正しいとは思えないの」

妖精と人。大切なのはどっちも同じ。

「そうだけんど・・・・・」

「だから、どっちも傷つかないように、レインボーバードを解放するんだ」

レッジは意志をもってその言葉を発した。

「そう、そうだべな!」

 

ロイにもレッジにも『力』はないけれど、何か、できることがあるはずだ。

 

「行こう、ロイ。女神の塔へ!!」


挨拶

 

一瞬、帰らしちゃおうかと思いました(爆)レッジたち。

ここで帰ったら・・・・・。

それはそれで中途半端すぎていいかも。(おい)

でもそれじゃ、物語にゃなりませんな。

 

ちゅうことで次回はとうとうラスト・・・となりそうです。たぶん。


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