暗闇があった。
どこまでも、どこまでも広がるただ、闇。
そこに、1人の少年が立っていた。
学生服を律儀に第一ボタンまでとめている、ある意味では『暗い』と形容される程落ち着いた雰囲気をまとっている少年。
その少年が、暗闇の中、まるで自信が発光しているかのようにハッキリと存在していた。
そして、その隣には、どう見積もっても日本人とは思えない顔立ちの−−−いや、というか人間ではないことはその力で立証済みだ−−−女がいた。
しかも彼女はどういう理屈か、浮かんでいた。

「・・・生贄神・・・・いや」

少年−−−寛は、その自分より高い位置にいる女をチラ、と見やり−−−頬を赤く染め、向き直った。
そして、その女はどういう訳か、神としての事務的な無表情ではなく、1人の、少女のような微妙な、曖昧な表情を称えていた。

「水浅葱 木賊さん」
「・・・わかってたんですの?」


「彼が元凶だとしても、彼の罪はただ一つ。アフルエントという人格を作り出してしまったことだろうか。
問題なのは、その罪が果てしなく重いということだ」






MISSION FOR IRREGULARS

11「もちろん、楽」







「説明していただけます?」

生贄神・・・否、木賊は、寛に向かって不敵な表情で聞いた。
当たり前と言えばそうなのだが、彼女は今、世界で一番強い。

「・・・わかってます。順を追って説明します」


「もともとこの世界の生き物は、全ての世界に存在する『個』の断片にすぎません」
「わかりませんわ」
「・・・なら、これを見てください」

寛が呟くと、暗闇にいくつかの光が浮かんだ。それがテレビのような物だと気づくのに、少しの時間がかかったが。
そしてそこには、赤と茶色の混ざった−−−ドス赤い、とでも形容するべきか。そんな布を全身にまとっている男・・・女? と一緒にいる自分が居た。
もう一つの光を見ると、机に向かって勉強している自分が居た。
さらに、怪しげな集団のトップで、まるで率いているかのように歩く自分。
どこか、学校のような所で少年と走り回っている自分。

「・・・なんなんですの?」
「全部、貴女です」
「それはまぁ、分かりますけど」

寛が口の中で何か呟くと、その光は消えた。

「これが、全ての世界に存在する貴女です。そして今、この世界に生きる貴女は、世界を通して貫かれている『水浅葱 木賊』という存在の内の一つ」
「・・・」
「この世界の貴女と、今見せた貴女は全て同一の存在です、ですが」
「ですが?」
「全て違う存在でもあります」
「わけわかりませんわ」
「僕もわかりません」

と、寛は苦笑した。

「このいくつもの『水浅葱 木賊』という存在の内の一つに、その『生贄神』も含まれています」
「・・・?」
「つまり、今貴女は『別の世界の』貴女です。この世界に、存在してはならないハズの」
「つまり?」
「簡単に言えば二重人格。本来この世界に存在するべき『木賊』と、存在してはならない『生贄神としての木賊』が、一つの世界に共同して存在していることになります。そして、そう言う人たちを総称して『イレギュラー』と呼びます」
「はぁ」
「何故そんな事態になったか。それは・・・全て僕のせいなんですが」
「なら貴方を殺せばそれで終わりですの?」
「できれば僕はとっくにしてます」
「自分がかわいいのは当たり前ですわ。私がひと思いに、ジュッと」
「ジュッ・・・って。僕もイレギュラーです。僕の中にいるもう1人の僕が、僕が死ぬことを許しません」
「だから私が」
「それよりです。今この世界に『生贄神』がいる。つまり他の世界に、存在するべき世界に『生贄神』はいません」
「何故?」
「存在と存在の繋がりが『切れて』いるんです。歪んでいる、という方が正しいでしょうか」
「で?」
「・・・できれば、ここまでで理解して欲しかったんですけど」
「できるはずありませんわ」
「胸張って言わないでください」

寛はため息をつくと、またしゃべり始めた。

「そのイレギュラー達を元の存在に戻すために、導く者達が現れます。それが梓さんであり、そして」

寛が指さした先に、1人の男が立っていた。

「秀吾」





「今から『導く者』秀吾が、貴方を元の『この世界の水浅葱 木賊』へと戻します。このことを真さんに伝えて、貴方−−−生贄神を、歪みから解放してやってください」
「生贄神は悪いほうなんじゃないですの?」
「イレギュラーに元々善悪はありませんよ。まして彼らは神です」
「神が人間に仕える?」
「そこらへんはしばらくすれば分かると思います。そう、時期が来れば・・・僕の中の存在が、目覚めたそのときに」
「・・・」
「さぁ、戻ってください。僕も交代の時間が来ました。アフルエントがでてしまえば、どんな手を使ってでも貴方を戻させません。早く」
「・・・分かりましたわ」

木賊は、暗闇に立つ秀吾の元へと走っていった。

「よろしくお願いしますわ」
「まかせろ」

秀吾はそう言って−−−寛をチラ、と見やった。
彼は額に汗を浮かべて、微笑しながらこちらを見ている。

「行くぞ。走れ」





「−−−」
「なんだ?」

木賊が話しかけようとした、その瞬間に秀吾は反応した。
木賊は少し驚いた表情を浮かべ−−−すぐ真顔に戻って

「寛は、もしかして被害者じゃ」
「・・・あいつは自分を最悪の存在と思ってるよ」
「どうして? 悪いのは彼の中にいるアフルエント、という存在でしょう?」
「あんたみたいに、もう一つの存在の実力が違いすぎるとよく分かんないんだな」
「え?」
「アフルエントは寛にとって凄く生々しい存在だ。今にも自分を乗っ取ってしまうかのような」
「・・・」
「見ろ」

秀吾は走る暗闇の前方をあごで指した。先ほどのような光が浮かぶ。

「・・・街が」
「お前の中の『生贄神』がやった」
「そんな」
「寛の理性はそんなに持たないだろうな。自分で死ぬことができないから−−−殺してくれる奴らを助けたんだ」
「貴方は」
「俺は『存在するべき者』だ。理屈はわからんが、もう一つの存在は『イレギュラー』にしか倒せんらしい」
「・・・」
「言ったろ? 返って、伝えてやれって。それができるのは今のところ、あんただけだ」





「ぶつかるっ!」

真は思わず叫んでいた。
衝突まで一メートル。時間にして一瞬。
止まることなどできるか!
どうする!? いや、どうしようも−−−
瞬間!
木賊の目が開いた!

「木」

梓の声がでるかでないか、その一瞬で木賊は動いていた。
先ほどのマシンガンを受け、血が出ていた真の腕に絵筆を押し当て(真が少しうめいた)そのまま横倒しになっているバイクの前方。つまり女性と接触する方向へと体を投げ出した。

「さっ!」

梓の手が伸びる。
そのときにはもう、木賊は『描き終えて』いた。まるでジャンプ台のような、血の坂を。

(空中に絵をっ!?)

真が、梓がそれを知覚したのは、彼らの乗るバイクが空中5メートルほどに投げ出されてからの事だった。
梓の腕にぶら下がる木賊がニッと笑みを浮かべた。

「木賊っ!」

梓が木賊を引き上げ、抱きしめる。
その目には涙が浮いていたが−−−−真は気づかないでおいた。
それよりっ!
真は前方へと銃を引き抜いた。いくつもの悲鳴が飛び交う繁華街。その道路の真ん中。つまり自分たちが着地予定のところがふくらみ、爆発。
中から追っ手が現れたからだ。
手にはマシンガン。見る限りウージー。二丁持っている。

「虚空に散らばる無数の粒よ! 我の元に集い、全てを眩ます光の膜に!」

手の先に力が集まる、追っ手が狙いを定めるのが分かった。

「フォトン!」

真が引き金を弾いた瞬間、辺りに光が溢れた。
追っ手が揺らぐのが分かった。
誰も、何も見えない。ただ1人、真を覗いては。

(行け、行け、行けぇっ!)

ズン

光の中、バイクの前輪に衝撃。
そのまま地面に突っ込んだ。

グシャァッ!

そんな、妙な音。何の音かは予想がつく。
真は思い切りブレーキをかけた。
擦れる音。ハッキリ言って気分のいい物ではないが。
真は後ろを見た。無論木賊と梓の無事を確認するためだが(今の運転は、まず最悪だったので)何事も無かったかのように抱き合っている。
真は少し奇妙な気持ちになった。
それも一瞬、三人を乗せたバイクは繁華街から飛び出て、元の道路に戻ったのだった。





夜が明けた。
そろそろ九州に向かうための橋が見えてくるハズだ。

「・・・で? 説明をして欲しいんですが」
「面倒くさいですわ」
「・・・」

それより、と木賊は続けた。

「初めてあったときもそうでしたけど、あの呪文みたいなのはなんですの?」
「え?」
「あぁ、あの『虚空に〜』って」
「あ、いやえーと。その・・・えと」
「白状しなさいな」

木賊の表情が変わる。あの不敵な、獲物を見つけたときのような笑み(真には見えなかったが、声の雰囲気で感じることはできた)。

「魔法って知ってます?」
「魔法? あのゲームとかの?」
「そうです。その魔法」
「ヲタ?」
「違います」

木賊の言葉を華麗に(?)受け流しながら、心は続けた。

「不思議な力、って感じで良いんです。超能力とか、そんな訳の分からない存在に言葉を付けて、人間はそれを理解してきました」

木賊がのぞき込むと、心は薄く笑みを浮かべていた。

「呪文を唱えると、周りに壁ができて、あらゆる攻撃を跳ね返す。唱えると、どんな傷でも無かったかのように消えてしまう。そんな人たちが世界にいます。それはある種の『能力者』でしょうが・・・僕が求めるのはそう言うモノです」
「わかりませんわ」
「ゲームは好きです」
「ヲタ」
「(無視)その中でも、僕は癒しの力、という物が好きでした。だから僕の能力も『呪文』を付けて、僕の能力である『粒子の分解、再結合』を、人の役に立てたかった」

心は木賊に気づくと、危ないですよ、といい。

「結局は、壊すだけですけどね」

と言った。

「甘いですわね」
「ホント、甘ぇよなぁ」
「え?」

木賊は顔を引きつらせた。真の表情が−−−一瞬、闇に浮かぶ悪魔のような−−−笑みに変わったからだ。
口調も。
木賊は梓を振り返った。が・・・梓は目をぶっていた。寝ている。

(・・・なん・・・)

しかし振り向いた真の表情は元に戻っていたが−−−何故、振り向く。

「そんな!」

爆発音。

「え!?」

梓が起きた。当たり前だが。
追っ手だ。死んでなかった。

「くっ!」

体はもちろん、真に潰された時のまま。つまり右半分が粉々になってはいたが、追っ手はそのまま無表情に追跡してくる。
「どーするんですの!?」
「逃げます!」
「だって、これもう走れませんわよ」
「え?」

真は残燃料を確認した。

「だあああああぁぁっ!」

このまま給油に行けばガソリンスタンドが消えてしまう。

(倒してからじゃないと)

ただ、まだ走れる。それだけあれば−−−カスタマイズして飛ばしてきたバイクだ。交通法などとっくに無視してここまで走ってきた。
橋が見えた。そこまで走れば事は足りる。

「木賊さん」
「え?」

木賊に耳打ち。すると木賊が梓に耳打ち。

「・・・わかった」

真がスピードを極限まで上げる。もって後十秒。燃料が無くなる前に橋まで!
この時間でも交通量がなかなか多い道路を、真達は疾走した。ついでに、後ろから追っ手。
橋に入った。

「頼みましたよ」
「わかった。死ぬんじゃないのよ?」
「わかってます」

梓は端にバイクを寄せた。無論クラクションが鳴ったけれども、無視。

「行きますよ、木賊さん」
「わかってますわ・・・ただ、本当に大丈夫ですの?」
「せぇのっ!」

木賊が悲鳴を上げた・・・ような気がした。
無理もないはずだが。なぜなら−−−二人の体は。


コンクリート製の巨大な橋の上から飛び出ていたので。







あとがき(なにぃ!2(滅))
とゆ−わけでお楽しみいただけたでしょうか?(ぬけぬけ)
真編終了です(飛んできた石を(自動的に)ヒラリと避ける)。次は狼牙、濁編。
なに? 続きが気になる? いや、一応伏線つーかなんつーか。
結構大事な場面なので後で(滅)いや、七話ぐらい後(更滅)
それではー(脱兎! まさに疾風のごとく)

いや、今回キリよく(嘘)終わらせようとしたらこんなに短くなって。ごめんなさいですねぃ(謎)


 

ろう・ふぁみりあの危険な投球2


さーて、もう一個手ごろな石は〜、と。
いや冗談ですって。あははははははは(目が笑ってナイ)

それはさて置き。

いやまてさて置けんって。
真編終了ってことは、橋から飛び出たところで終了っすか!?
うっわ、どうしてくれよう(笑)。

それはともかく。

だんだんと、「イレギュラー」が分かってきましたね。
とりあえず現在の最終目的は、歪みの調和、って所でしょうか。
うーむ、真編終わって次はだれなのか―――くぅっ、楽しみが加速してきますっ!

・・・ヲタ、で一人ウケていたりして(苦笑)。

(2001/07/04)


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