死者の双牙
第七話


 

 

「ああ、大体良いな」
部屋から出てきた女に対し、黒ずくめの男が一言。
「そ〜ぉ?」
白・灰で統一した上下と、その上からマントを羽織ったルーシアは、しかし満更でもなさそうだ。
「でも、なんでこんな格好? 別に礼を払う必要も無いと思うけどなぁ」
「いや、一応まともな格好の方が、入りやすくなると思ってな」
確かに、今の服装の方が、全体的に身分の高い雰囲気がする。
そこそこに高貴な…というべきか。
虚仮威しが効くと言ったところか。
腰から吊り下げられた両手剣も、それに一役買っている。
「あ〜、準備よかや?」
後頭部をポリポリ掻くブルートは、後方からの声を聞いた。
独特の方言の使い手は、ハンスである。
その独特の方言にも、多少の緊張が感ぜられる。
「ああ。…早めに行こうか」
ハンスの後方にブリュンヒルドの姿を確認したブルートは、おもむろにそう言った。
無人の廊下で、頷く四人。
びりびりと張り詰める、緊張の色。
その瞬間は、近い…。




「ここで一旦お別れだ。頼むぞ」
橋の手前。
昼食時とあって、人通りの少ない通りで、呟く声。
「おお、しくじんなよ」
低くパワフルな声も、今は小さめだ。
四人は二つに分かれる。
そのまま歩くブルート、ルーシア。
高鳴る鼓動。
正門まであと少し。
衛兵は…二人。
「城に何の用だ?」
その右側が、張りのある声を飛ばす。
吸っていたタバコを捨て、足で消すブルート。
そして。
「第三師団、ザール駐留連隊からの極秘報告だ。総司令官殿に会いたい」
努めて深刻を装い、早口で伝えるブルート。
ルーシアも、普段からは考えられないほどの真剣な表情。
「貴官の名は?」
極めて事務的に、衛兵の問。
「マガス副連隊長だ」
同じく事務的に、用意しておいた嘘を付くブルート。
表情一つ変えず、大した度胸である。
「失礼だが、報告の内容は何だ?」
「秘中秘だ。よって、総司令官殿以外には話すなとの命を受けている」
真剣な表情の裏で、吹き出したい気持ちを抑えているルーシア。
よくもこんなにぺらぺらと嘘を付けるな、と。
「いや、しかし…」

「陸軍第一師団長エーレ=ミストだ。軍総司令官ラニエ=ワーイスの召喚を受け、前線より帰還した。開門を請う」

衛兵の声は、直後によく響く声で遮られた。
後ろを見るブルートとルーシア。
ルーシアのよりは少し濃い目の金髪が鮮やかだ。
近衛兵四人を連れた将軍の姿は、ブルートの記憶にあるものだった。
たしか…士官学校の卒業式の日だったはずだ…。
思い出すブルート。
「ブルートか。何をしている?」
相手も覚えていたようだ。
…師団長、かつては軍総司令官を務めた奴なら、記憶力が良くて当然か。
主席で出た奴の一人くらい、覚えていて普通だな。
一人ごちるブルート。
「悪いが、極秘だ」
それを聞いてか聞かずか、僅かに眉を動かし、門をくぐり、橋上を歩き出すミスト将軍。
「さて、俺達は?」
衛兵の方に話を戻すブルート。
「は…はい、失礼しました。どうぞお通り下さい」
さっきとは打って変わって、下手の対応をする衛兵。
心中で苦笑するブルート。
軽く頷き、二人もまた、巨大な石造りの門をくぐった…。


「なに? あの態度の変化。それと、さっきの女の人ってナニモノ?」
百メートル近くある橋の中央で、突然口を開くルーシア。
今、彼女の頭の中は、わからないことが沢山で混乱していた。
「ああ…第一師団長のエーレ=ミストだ。知り合い…って程でも無いんだが、対等に会話したから、奴等は誤解したんだろ」
待てよ…。
奴は確か、さっき門の所で名乗ってなかったか…?
そういう疑惑に駆られながら、説明するブルート。
「ふ〜ん。じゃ、ラッキーだったんだね?」
「多分…な。しかし、奴の剣術は凄い。敵に回すと、厄介なことになるぞ」
昔からそう聞いているが、あの気迫と威圧感は、噂以上かも知れない。
ハンスより強烈。
しかし、ブルートは、戦闘が予想される時…例えば今など…は、心を“凍らせ”る。
それによって、何がどうなろうと、平静を保つ事が出来る。
だが、普通の奴なら、縮み上がるだろうな。
まあ、わからない奴も居るか。
そんなことを考え、隣の人物を見るブルート。
「ふ〜ん。じゃ、気を付けなくちゃ♪」
余裕の表情をした相方が、そこに居た。
「…触らぬ神に祟りなしか」
一騎打ちで勝てるだろうか…などと考えたブルートの結論は、それだった…。
「ふっふっふっ…」
「…なんだ?」
薄ら笑いのルーシアに、懐疑の目を向けるブルート。
「お前はもう死んでいる!」
ビシッと城に指を向け、言い放つルーシア。
がっくりと肩を落とすブルートだった…。




城内・第一大会議室…の前の廊下。
椅子が幾つかあり、そこで待たされている二人。
面会要求は、意外にも、あっさり承諾された。
(やっぱり、警備が厳しいね〜)
小声で呟くルーシア。
緊張感の無い響きである。
(そうだな…。まあ、仕方ない)
自信があるのは、無いよりは良いだろう。
そんなことも考えつつ、小声で答えるブルート。

(…! で…、あんな………のか!)

何か、叫び声が聞こえてくる。
室内から。
しかも、相当興奮している模様だ。
今、室内に居るのは、あのエーレ=ミストだろ?
叫んだりする柄じゃなかったはずだが…。
そんな疑問が、ブルートの頭に湧いてくる。
(ま、いいか。俺には関係ない)
(なにが?)
つい口に出た結論は、ルーシアに聞こえていた。
(いや、何でもないんだ)
(ふ〜ん…)
今度は、椅子を動かすような音が聞こえる。
次は、二人の番。
(いいか、ルーシア。俺達の今からやる事は、戦争と大差ない行為だ)
(…?)
(出来る限り感情を殺せ。冷徹で居ろ。でないと、生き残れない)
(…わかった)
つまり、平気で殺人しろってわけかぁ…。

そんなの、出来ないと思うけどね。
人殺しは嫌だけど、あの事件に始末を付ける為にも、今さら逃げるわけには行かない。
そうやって、自分を納得させるルーシア。

重い音を立て、扉が開く。
やっぱり、何かよくない事があったらしいな。
表情は変化無いものの、ミスト将軍の放つ気配の変化から、それを察するブルート。
そして、扉は再び閉まる。
「俺達はまだなのか?」
問うブルート。
相手は門番。
「15分ほど、休憩だそうだ。しばし待たれよ」
ふんふんと頷く二人だった…。




「暇ね〜」
一方、外。
「いや〜ばってん、予想外の来客たい。師団長と鉢合わせだけんな〜。驚いた驚いた」
「あのね、少しは緊張感持ったら?」
べらべら喋りまくる爆龍と、やれやれと咎めるブリュンヒルド。
だが実際、何もする事はない。
今までのところは。
「あら、もう出て来たばい」
「…護衛が居なくなってるわね」
そうだった。
厳しい面もち…まあ、表情は目の良いブリュンヒルドの方だけが気付いたのだが…のミスト将軍は、一人で橋を戻ってくる。
「どら、いっちょ話してこうか」
それを見るや否や、歩き出すハンス。
ブリュンヒルドの制止も、あまりの唐突さに追いつかず。

「なんごつですか? 前線ば離れて、こがん所に?」
平気で話し掛けるハンスと、物陰で顔を覆うブリュンヒルド。
「…誰だ?」
それと、訝しげな表情のミスト。
片手が剣に掛かっているが、ハンスに敵意が無いのはわかっているようで、抜きはしない。
威嚇の意味合いが強いのだろう。
「ああ、憶えとらんですか。爆龍ハンスっちゅう奴ですたい。
 一応部下だったですし、いっぺん表彰式かなんかで会ったごたる気がしたとですけどね〜」
どこかの親父。
いや、それ以上の表現のしようのない調子で、ぺらぺら語るハンス。
言われて、ああ、と思い出すミスト。
もっとも、思い出したのは、爆龍ハンスというインパクトのある名前だけ、だが。
「転属だ。急ぐから、邪魔しないで欲しい」
しばし考えるも、どうせ自分くらいの有名人が転属となれば、すぐに噂は広まると考え、ハンスに教えるミスト。
「ミストさん程のモンが転属ですか? 何かあったとですか?」
しつこく食い下がるハンス。
別に他意は無いのだが、ミストには多少不愉快なくらいである。
無視して立ち去ろうとするが。

――?

突然、50名程度の兵士が…文字通り突然、かなり訓練されていたのだろうか…現れる。
いきなり包囲され、ポカンとしている二人。
それに関わりなく、兵士の一人が進み出る。
「エーレ=ミスト。命令に基づき、貴官の身柄を拘束する」

――??

寝耳に水だ。
「何の話だ?」
「理由は承知していない。ただ、拘束して収容所に収監せよとの命令だ。それと男、死にたくなければその場を離れろ」

しばし、時が流れる。
「何ですか? こやつ共は? クーデターでもあっとっとですか?」
「バカなことを!」
目前の兵士とハンス、両方に向けて言うミスト。
嵌められた…?
そんな疑惑を抱きつつ。
「従わぬ場合には、力尽くでも…との命令だ」
(ちょっ、…ホント、どがんなっとっとですか?)
マズイ事になった。
ハンスとブリュンヒルド、両方の頭にそういう考えがよぎる。
だが、いずれにせよ、目前の50人を放っておくと、面倒なことになるだろう。
どうにかするしかない。
(…)
(…従うとか言わんですよね?)
「仮に、それが本当の命令とあらば…」
区切るミスト。
「良かとですか? よう解らんですばってん、あがん所に入れられた日にゃ、一生出られんとですばい?」
「私は軍人だ」
現世主義者ハンスの言と、将軍の重い一声。
しばらく、場は沈黙に包まれる。
「…そら、どがんですかな。自国民ば無差別殺戮するごたる奴に従うとが、本当に正しかこつですかな?」
リューベ虐殺事件の事だ。
当然ながら、将軍の耳にも入っている。
「男! 貴様いい加減に…!」
「せからしか、黙っとれ!!」
砲声の如く響き渡る、ハンスの怒声。
潮の退くかのように、後ずさる兵士約50名。
圧倒的な気迫は、戦場叩き上げである。
「騎士は主君に仕えろて、よう聞くですたい。そっが正しかこつて、まかり通っとるですたい。
 ばってんがですね、そら単なる上の連中の押し付けとる、都合の良か考え方に過ぎんとですよ。
 大体言われた事だけやるとなら、何のために頭が付いとっとかわからんじゃなかですか。
 やっぱ、何にでも“道”ちゅうモンがありましてですね、騎士も同じ。
 従わなんとは主君じゃなか、“騎士道”ですよ。
 “騎士道”はいつでも変わらん。嘘付かんですもん。オレぁ、そがん思いますとばってんがね?」
ハンスの独白に続き、再びの静寂。
しかし、今度はその質が違っていた…。
もっとも、ブリュンヒルドは悪夢を見ているような気分だったが…。




ひんやりと冷たい城内。
人が多いにも関わらず、心なしか無機質な冷たさが立ちこめている。
「よし、時間だ。入っていい」
門番の無機質な声。
それに従い、二人は無言で入室した…。

扉を自ら閉め、鍵まで掛けるブルート。
衛兵は壁際に整列している20名。
かなり多いか…。
瞬時に確認するブルート。
「それで、極秘報告とやらを伺おうか」
「まず、名乗らせてもらう」
「そんな物は要らんが」
「いや、要る」
強い調子で、しかも対等な口調で、主張するブルート。
ブルートと同じく、椅子に座らず、衛兵の様子を密かに窺うルーシア。
「“騎士”ブルート=ヴォルフガング=バルバロッサ。リューベ村領主だ」
ゆっくり、強い調子。
「その妻、ルーシア=ローゼンバッハ。夜露死苦」
同じくルーシア。
見る間に相手の表情が強張る。
「真相を、聞かせてもらおうか」
一歩進み、高圧的に迫るブルート。
まさしく目の前に居る奴。
軍総司令官ラニエ=ワーイス。
それが、今回の黒幕だ…。
二人は、その表情の変化から、鋭く確信した。
それはそうだろう。
現在、帝国の支配権は、事実上目の前にいる人物によって独裁的に握られているのだから。
それが、そういう反応を示したならば、答えは一つだ。
「…済まない事をしたな。あれは事故だ。ザール駐留連隊の一部跳ねっ返りが起こした悲劇だ」
平静な表情に戻り、そう答える相手。
だが、そんな声はもう届かない。
「帝国は魔族の比率が多い。軍も、特に一般兵士は、その傾向が強い。
 そして、前回の講和以後、お前は国内をまとめるために必死だった。
 今回のような事件を起こすことで、魔族、特に急進派の支持を取り付け、
 さらに人間を恐怖で縛り付ける。その為にリューベ虐殺事件を起こした。
 違うか? そして、他にも計画してるんじゃないのか?
 そして戦争。戦争遂行には国内の結束力が必要だからな。
 ついでに勝ち戦になれば、ますます自分の支持が上がって天晴れ天晴れ。
 貴様の考えはそんなところじゃないのか?」
普通の言葉遣いの中に、赤い怒りを込め、一気にぶちまけるブルート。
誰にも言わないで居たが、彼にはおおよそ予想が付いていたのだ…。

しばし、時が流れる。
動揺も。
つまり…捨て駒?
人種対立を利用する、いや、煽るために…。
こんな…たかが一人の野心のために…?
そんな事のために、みんなは?
そんな事のために、アーキスが?
そんな事のために、わたし達は苦しんできた?

「…だとしたら、何だ? どうしたいのかな?」
相手の返答。
それは肯定と受け取れるものだ。
同時に、衛兵20名がそれぞれ武器を構える。
目配せに反応して。
「誰かが、国を纏めなければならないのだ。どんな手段を使っても、な。
 さもないと、秩序は維持できなくなり、国は乱れ、滅びに至る」
語るラニエ。
しかし、いずれにせよ、その声は届かない…。

悲しみではない。
怒りと憎悪。
この世で最も純粋で、最も残酷な感情。
大体予想はしていたのだ。
しかし、事実を首謀者の口から聞けば、重さが違った…。

「罪は罪だ。それ相応の、報いを受けて貰おう」
落ち着いた声。
槍と眼がギラリと光り、相手…すなわち、ラニエ一人を射る。

「お前のせいで…」
震えた声が響く。
純粋な殺意を湛えた碧眼が、ブルートと同じく、正面の者を捉える。
プロの眼ではない。
本格的な実戦経験は、これで二回目という素人。
が、それ故に無制御という怖さがある…。
そして、ルーシアには実力もあった…。

二人は同時に駆けた。
20人が立ちはだかる。
『邪魔だァ―――ッ!!』
二人の咆吼が同時に轟く。
最初はブルート。
槍が、一人の胴体を軽々と貫く。
同時に、物体の超音速移動に伴う衝撃波が、5人をまとめて吹き飛ばし、壁に叩き付ける。
状況を見届け、真ん中に置かれた机の上を駆け、一気にラニエに斬りつけるルーシア。
大きく斜めに振り下ろされたフランベルジュが、相手の顔面を掠り、右目の一部を斬って斜め下に抜ける。
「ちっ」
あからさまな恐怖を湛え、逃げるラニエ。
ブルートの槍が、鎧の隙を突き、さらに一人を死に至らしめる。
一方で、素早さに勝るルーシアに、壁際に追い詰められるラニエ。
言葉が出ない。
暗く光る碧眼を持つ者は、そのまま突きを繰り出す。
無言の死刑執行から、逃れようとするラニエ。
が、骨の砕ける音。
鎖骨、肩胛骨を同時に叩き割り、それでも止まらず、フランベルジュは石造りの壁をも貫く。
「ちょこまかちょこまかとッ!!」
悲鳴が聞こえる中、怒りに任せて叫ぶルーシア。
そのまま相手の胴体に足を当て、力任せにフランベルジュを引き抜く。
波形の刃がさらに肉を切り裂き、大量の血が、吹き出すように流れる。
さらなる悲鳴が響く。
皮一枚で繋がった右腕を押さえ、うずくまるようにしている目の前の奴に対し、止めの一撃を振りかぶるルーシア。
「…?」
だが、左肩に違和感を感じ、半眼で振り返る。
近衛兵の姿。
振り下ろされたと思われる剣が、ルーシアの左肩に幾らか切れ込んで止まっている。
「雑魚が…」
ギリッと歯を鳴らしつつ、左手の人差し指と親指で相手の剣を拘束し、
「図に乗るなァ―――ッ!!!」
動かなくなった剣に動揺する近衛兵に対し、右手一本で強烈な横薙ぎを放つルーシア。
小細工の欠片もない、しかし最高の威力とスピードを持った斬撃。
受け止めた盾を叩き割られ、近衛兵は直線的に、冗談みたいに吹っ飛ぶ。
さらに一人が向かってくる。
振り下ろしを楽に回避し、逆に串刺しにする。
そして、片手で軽々と持ち上げる。
血が剣を伝い、ルーシアの手を汚す。
そのまま敵の固まっている方へ投げ捨てるルーシア。
将棋倒し。
「ルーシア!」
ブルートの声。
「一人逃げられた。今ならまだ間に合う、退くぞ!」
「今やらなくていつやるのよッ!」
「生き延びる方が先だ!」
苦肉の表情なのは、ブルートも同じ。
が、程度はルーシアの方が上だ。
「ほら!」
手を引かれ、無理矢理走らされるルーシアは、僅かに涙さえ浮かべていた…。
「襲撃だッ! 近衛兵による裏切りだ! 総司令官殿を守れーッ!!」
そんなブルートの声が、ぼんやりと霞んでルーシアの耳に届く。
二人は、一直線に正門、そして橋からの脱出を目指して走っていた…。


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