死者の双牙
第五話


 

「ぜっこぉちょぉおおおおお!!!」

う〜ん、今日もいい調子。
いや、今日は特にいい感じかな。
ふふふ…。
太陽って、わたしのために存在してるのね♪
ホント、いい気分。
久しぶりに街に寄れるんだから。
ま、今日の夕方なんだけどね。
…でもね。
居るんだよね。
隣でどよ〜ん、とした表情の奴。
眉間に縦皺を刻んで、そこに右手を当てて、しかめっ面。
こっちまで落ち込みそうになるけど、それじゃ駄目なんだよね。
「どしたの? さっきから暗〜い顔して?」
「いや…」
はっきりしない。
落ち込み、というより、不安になってくるなぁ。
勿論、ブルートの方はそんな程度じゃなさそうだけど…。
「言おうよ。何もかもぶちまけて楽になれ、って、昔ブルートが言ってたでしょ?」
頭がこっちを向く。
死人みたいな青白い顔に光る怖〜い赤目が見てるけど、ずっと前から見慣れて平気。
それより、その目が虚ろなのが不安。
「俺…」
何だろう。
心が落ち着かない。
なんだか、途轍もないこと…?
「…いや、まだ早いか…。必ず言うから、待っててくれ」
「は、なんで?」
「信じてくれ」
「はぁ…」

変な奴。
何考えてるんだろう。
でも、ブルートはブルートなりに、しっかり考えてる。
今までいつもそうだったし。
…信じるっていうのは、こういう事を言うのかな…?
「それで、いつぐらい?」
「そうだな…帝都に着いた日の夜ぐらいに、話すさ」
「ふ〜ん…」
「悪いな、心配かけて」
えっ?
なんだか、似合わない言葉…。
でも、優しい言葉…。
「やだなぁ、水くさい。そのくらいでっ♪」
思い切り背中を叩いてやる。
フッと笑うブルート。
笑顔が良い。
こっちも落ち着いてくるんだよね。
切り離せない仲か…。
彼が居なくなったら、どうなるんだろう…。

パス。
そんなの考えたくない。

ちなみに、ハンスさんはずっと寝てました…。


ダニスト。
ザールとはまた雰囲気が違った街。
大きい街なのは同じだけどね。
今日はここでお休みです。


馬車に乗って、空を眺めるわたし。
鳥が飛んでる。
飛行…か。
出来たら、どんなに楽しいだろう…。
「何を考えてるんだ?」
あ、横やりだ。
昨日より機嫌の良さそうな顔してるね。
「飛べたらいいなぁ、って。そう思わない?」
「そうだな…。無限の蒼空に身を任せ、この世のしがらみを何もかも捨て去って、本当の自由に…悪くないな」
…えっ?
ブルートの横顔をまじまじと見るわたし。
こんな事言うなんて…。
“そんなこと出来るわけないだろ”か、良くて“そうだといいな”くらいだと思ってたのに。
それだけ、辛いんだろうな…わたしもだけど。
復讐かぁ。
これ以上ないくらい、過去に縛られてるもんね…。
何もかも捨てて自由になりたいのは、わたしも同じ。
逃げちゃ駄目なのは解ってるけどね。

誰かが来る。
ジャックくんはさっきから運転席で寝てるけど、ハンスさんでもない。
だって、女の人だし。
その人は、何も言わずに端の席に座った。
こちらに背中を向けて。
白マントの上に流れる長い金髪。
結構、様になってる感じ。
「…相当な奴だな」
「はい?」
いきなりのブルート。
「何が?」
「いや、多分護衛だろうが、かなりの使い手だと思ったから…」
ふ〜ん…。
よくわかんないけど。
それよりあの人、ブルートの声には反応無し。
…本当に大した人なのかも。

「待たせたろ〜? 悪い悪い」
男らしい声がする。
ハンスさんだ。
顔を向けてみると、やっぱり。
な〜んの悩みも無さそうな顔してるなぁ…。
「よっしゃ、出発たい!」
豪快に飛び乗るハンスさん。
凄い音。
お陰でジャックくんを起こす必要もなく、馬車は出発と相成りました。


「そういや、まだ名前ば教えとらんかったろ?」
十分位して、突然ハンスさん。
「誰の?」
ブルートの返事は、わたしのより早かった。
そう、“誰の”なんだけどね。
「あ? そら〜、お前、My daughterたい」
ああ、そういえばそんな人が居たっけ。
「それで?」
ブルートはいつも通りの無愛想な対応。
でも、興味を示してるだけ、マシな方かもね。
「ブリュンヒルドというとばってんな…」
「なんか…大げさな名前」
「そうだな。何かの伝説に出て来てたような記憶があるぞ」
「大げさじゃなかばい。大物に育ったんぞ。なんせ“剣聖”だけんな」

嘘っぽい。
“剣聖”なんて…ハンスさんが見た目40くらいだから…子供は20くらい?
丁度わたしと同じくらいで、そんなに極められるのかな?
多分、無理だと思うけどなぁ…。
「見た目はな〜…だいぶ前ばってんが、そうそう、丁度あがん感じの長髪で、あがん感じでマント着けとったばいた」
そんなことを言いつつ、さっきの見知らぬ女の人を指さすハンスさん。
何か、失礼な事してるような気がするなぁ。
でも、そのニヤケ笑いは、なに…?
「そっでな…」
「“剣聖”なんて買いかぶりすぎ。それに、傭兵なんて大物とは言わないから。でしょ? ハンス」
あれ?
さっきの人が振り返った。
ハンスさんの言葉を遮って。
「な〜んや、謙遜せんで良かじゃなかや。せっかく誉めてやりよっとだけん。な、ヒルド」
…え??
つまり………………………………………
……ん?
???

結局、その乗ってきた護衛の人がブリュンヒルドさんで、頼んだのはハンスさんだったらしい。
整った、多少面長の顔立ちで、大人っぽい感じ。
余裕と自信に満ちてる表情なんだけど。
…でも、わたしと同じ19だって。
灰色の眼っていうのは、フローレスさんと同じだ。
明らかに母親似だね。
「ふ〜っ、母親似だな?」
…堂々と口に出すなんて。
やっぱり無礼・ブルートだ。
「幸運なことに、ね」
あ、調子を合わせた。
結構ストレートな性格してるんだなぁ。
「せからしかったい、我共は! 喰らわすっけんね!」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺がブルートで、こっちがルーシアだ」
そして、無視・ブルート。
あ。
自分の紹介くらい自分で…。
まあ、いいけど…。
「ふ〜ん…ああそうだ。私の名前は長いから、ヒルド、でよろしく」
「うん、よろしくね♪」
確かに長いよね。
ちらっとハンスさんを睨むところがなんとも。
でも、全般に見て、結構感じのいい人かなぁ、多分。

「ふ〜、自己紹介はその辺で良かたい。それよりどがんや? 調子は」
でも、その睨み。
全然気付いてないんだよね、このハンスさん。
「普通かな。また戦争が始まったから、忙しくなると思うけど」
あまり嬉しくはないけれど、という表情のヒルドさん。
戦争か…。
それも、なんだか今回は意味不明の。
何やってるんだか…ね。
「は〜ん。で、良か男は出来たや?」
「またその話? いい加減にしてくれる? この間会ったとき、それ26回聞いてきたでしょ?」
「爆龍、その実体は、親バカか…」
フッと鼻で笑って、一服つけるブルート。
なんでいちいち挑発するんだろう。
親バカだなんて、ブルートも人のことは言えないくせに。
あ…。
親…か。
アーキス…。

母さんは、頑張ります。
だから…。




帝国首都フィッツ
街の最外部に城壁を築き、その周りに水堀。
放射状に通りが6つ、それと三重の大城壁と、無数の小城壁が走っていて、中央に巨大な帝国城。
城にも水堀があって…と言うより、城は湖に浮かんでいて…とても堅固な要塞都市。
それが、この街。
ブルートが言うには、平城としては抜群に強固で攻めにくい。
兵糧攻めしか手はないだろうな。
だそうです。

「ハンス」
馬車が門をくぐったところで、突然響くヒルドさんの声。
「なんや?」
「結局、何しに来たわけ?」
あ、そうか。
話してないんだ。

説明…するのかな。
「…言ってよかや?」
悩んでるところへ、ハンスさんの声。
「どうする? ブルート」
「…何か深い理由があるの?」
ヒルドさんは何か察したらしい。
まあ、普通はこの場合、何かあると勘付くだろうけど…。
「ああ。そうだな…」
ちらりとハンスさんを見るブルート。
「じゃあ、俺が話す。実は…」



「…」
何も言わないヒルドさん。
口元が引きつってる。
誰だって、怒るよね…。
「それから…ハンス、あんたには家族が居る。今からでも戻ってくれないか?
 だって…そうだろ? 十中八九、俺達のやることは帝国全体を敵に回す行為だ。
 それに手を貸すと言うことは…。そんなことになってみろ、あんた、責任…取れないだろ?」
「わたしからも、お願い」
「頼む。“男が一度言った事を…”とか“仲間を見捨てるのは…”とか言ってる場合じゃないんだ」
「オレには二つしか道が無か。お前達ば諦めさすっか、付いて行くかたい」
なんでそんな…?
「おいおい…だから」
「いや、止めるな」

なぜ?
意味が解ってるの…?
どうしてそんな…。
何かが…弾けた。
「どうしてそんなに死に急ぐのよっ!? 残った人がどんな気持ちになるか解らないのっ!?
 傍で何も出来ずに、隣人を、家族を失うのがどんなに辛いか…少しはわかりなさいよ!!
 あんた達には関係ないことでしょ! 放っていてよっ!!」
「落ち着けよ…」
怒りと悲しみ。
歯痒さ。
悔しさ。
そして恐怖。
そんな感情が渦を巻いて、心を覆い尽くしている。
わたしは、泣いていた…。

「…確かに、オレには直接関係無かたい。
 ばってんな、知ってしもた以上は、無関係でもなかっよ。
 特にこのブルートとオレとはな、他人とか言うごたる仲じゃなかと。
 放ったらかしといて死なせたら、悲しかとはオレも同じとたい。
 フローレスの奴も出る前に言うとった。“最後まで見届けてこい”て。
 もうお前達二人だけの問題じゃなかと。だけん…頼むけん、オレも連れてってくれんや?」
ハンスさんの大きな手が、わたしの肩に乗っている。
温かい。
「大丈夫。もうこの中の誰も死なない。そうさ、俺が、させない」
ブルートの言葉。
落ち着いていて、強い言葉。
わたしは、彼の胸に顔を当てて、泣いた。
何も考えなくて、とにかく、泣いた…。




…後で聞いたけど、街行くみんながその時のわたしを見てたんだって。


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