死者の双牙
第六話


 

ぐるりと水堀に囲まれた…いや、正確には、湖に浮かぶ…帝国城。
そこへ至る普通の手段は、唯一つ。
橋。
船で行く方法もあるが、まあ不可能だろう。
水面から垂直にそそり立つ城壁を、登る必要があるからな。
道具があっても難しいし、第一、警備の目から隠れることは出来ない。
やっぱり、なんとかして穏便に正門をくぐるしかないな。

一旦入ってしまえれば、城内の見取り図は、何故かある。
この手許に。
用を済ませたら、ボートを奪って逃走。
対岸全部を警備するなんて、そう簡単には行かないし、第一大騒ぎでそれどころじゃないはずだ。

「成算はある」
俺は、そう結論づけた。
「問題は、どうやってすんなりと門をくぐるか、だ」
「簡単たい、そがんたぁ。脅すとよかもね」
してやったりという顔のハンス。
いや、そうは行かないと思うんだが…。
「衛兵に剣突き付けたまま、玉座の間なんかに入れると思う?」
代弁されてしまったが、そういう事だ。
「ばってんが…そんなら、こうたい。脅して門ば開けさせて、そんままそいつらば堀に突き落とす。
 そうすれば当分は大丈夫たい。堀も広かけん、すぐは見つからん…だろ?」
ほぅ、伊達に爆龍じゃないか。
そうだな…。
「あ、それいいよね。わたしは賛成」
「俺も良いと思うが」
「なら、決定ね」
割と簡単に進んだな。
結構悩むところだと思ったんだが。
まあいいさ。
決まったんだからな。

さてと…。
「ところで…あんたには聞いてなかったが…参加する気なのか?」
そうなんだ。
結局、なんとなくブリュンヒルドは付いてきている。
「こんな大雑把野郎でも、父親だからね。見ておかないと」
「はっ! 余計な世話たい」
…。
しかし、平然と言ってくれるな。
傭兵だと聞いたが、そういう性格なのか。
まあいい。
「それから、城に入るのは俺とこいつの二人だ。多いと警戒されるかも知れない。
 それに、迅速な行動の妨げになるかも知れないからな。特にあんたは」
「ぐ…まあ、確かにオレは動き遅かけんな…」
ま、こんな事を言ったら悪いが、それでもハンス達を巻き込みたくない。
建前と、本音と。
ブリュンヒルドの方は気付いてるんじゃないかな。
あの表情だと。
「だから、正門から増援が入るのを妨害してくれ。あと、その他の援護も頼む。
 …危なくなったら逃げろよ。死傷者ゼロが最優先だ。忘れるな」
「要らなそうな仕事ね。速攻で終わらせるつもりなんでしょ?」
「そうだな。まあ、頼む」
やっぱり気付いてるな。
まあいいか。
「なら、決定だ。解散。早めに寝ろよ」
明日か…。
決行時刻は、正午。
大意表だ。
しかし、実感が湧かないな…。

 

 

その日の夜遅く、宿の暗い一室。
俺とルーシアの部屋。
ベッドに寝転がったままの俺。
「なあ…」

 

「ん?」

俺は切り出す。
「約束の話だ」
あの時の…な。

約束…。
覚えてたんだ。

「俺は…人間じゃない、多分」
嫌な気分だ。

 

えっ?
「なにそれ?」
たしかに、顔色はおかしいけど…。

 

「あの時の前の晩、俺はケガしてた。俺自身、気付かなかった。
 けど、 それは…致命傷のハズだった。でも俺は平気だった。
 痛みどころか、何の感触もなかったんだ。首に穴を空けられてもな…」
おかしな気分だ。
自分が人間でないことを証明する?
馬鹿げた話だ。

 

…。
からかってるのかな。
そんな事されて、生きてるわけ…。
でも、嘘付いてるようにも聞こえない。
「だったら…今、ここに居るブルートは何者? 最初からそんなだったの?」
怖いこと聞いちゃったな。
でも、答えは想像が付くからいっか。

 

「俺はお前の知ってるブルートだし、ちゃんと人間だったさ。
 多分、あの事件の後…俺、いつも蒼白だったろ?
 だから…」
結局、俺がこの話を出し惜しんだ理由は…。

 

「不死身でもなんでも関係ないよ。キミはわたしの知ってるブルート君だから、ね」
人間かどうかなんて、些細なこと。
うん、きっとそうだ。
お互いに好きだ。
それで十分。
だって、愛の力は偉大なんだから(謎)。

 

「そうか…ならいいんだ」
理由なんて、この答えが聞ければ、どうでもいいことか。

 

 

「それと」
こっちの話題は、もっと切り出したくない。
でも…、やっぱり、ハッキリさせとかないとな。

 

「なに?」

 

「お前…あれから、無理してただろ?」
まあ、人のことが言えた義理じゃないけどな。
それでも、気になるよな。

 

「…バレてた?」
やっぱり勘がいいな、ブルートは。
「でも、お互い様じゃないの?」

 

「ああ、かもな。でも…不安になるだろ?
 隠し事…じゃないけど、そんなのされると」
気付かれてなかったらしいが、俺の場合は…。
いつでも兎に角、こいつの傍に居ないと不安だった事、かな。
理由もよくわかってる。

 

「“何もかもぶちまけて楽になれ”?」
でも、理由は判らないんだよね。
ただ、今を楽しみたい。
何故だろう?
考えると、心がざわざわする。
だから考えないできた。

 

まあな。俺は不安だった。これ以上失いたくなかった。
お袋が死んだ後、親父は豹変した。
何も言わなくなった。三年経って、親父は何も言わず、俺を士官学校へやった。
居るはずのお袋が居ないこともだけど、ショックだったさ。
ハンスみたいな親父だったのが、突然亡霊みたいになったからな。
茫然としたまま士官学校に行った俺は、外部との間に“壁”を造った。
無意識にな。誰が何をしようと、俺には関係ない…ってな。
最初から無ければ、失わずに済む…。
ハンスの奴だけは微妙に例外だったけどな。
(ま、それでも奴は…他人の範疇…だ)
そして、戻った。親父が死んだから。またわからなくなった。
亡霊が消えたって、何も変わらないはず…。
でも、違ったさ。俺は、また茫然としてたな。
いつかは、元の親父に戻るんじゃないか…なんて思ってたのかもな。

それで…失いたくないって。
よくわかるよ。
(なんでわかるんだろう?)
(………)
(そっか。そうなんだ)
でも、わたしは離れるつもりなんて無かったけどね。

…そうだな。
今までお前を信用してなかったのか? 俺は。

仕方ないよ。
…多分。
そんなに何度もあったら。
(だって、それを言ったらわたしも…)

…そうか、悪いな。
で、そんな俺を出迎えたのは、泣きついてきたお前だったろ?

…あの時は、義母が死んだんだったっけ。
いい人だったんだ、義母は。
だから、突然動かなくなった時は、動転して…。
生まれて初めて、“死”を見て、大切なものを失って、ものすごくショックで…。
そういえば、いきなり村の外から歩いてきたブルートに飛びついたんだったね。

いい人…か。
(こいつはみなしごだからな)
(そういうのには、どうしても弱いのかもしれないな…)
あの後は無茶苦茶だったな。
とにかく忙しくて。

気付いたら結婚してて、子供…アーキスまで出来てて。

楽しかったな。
(楽しい…とはちょっと違うか)
…まあ、その先は抜きだ。

それで…。

ん?

“その先”の後、わたしはそれを忘れて、兎に角目一杯、“今”を楽しみたかった。
逃げてた…って言われそうだけど。
怖かった。
また、あの時みたいにブルートも居なくなるのかな…って。

そうか…それであんなに騒いで…。
結局、似た者同士だな。

かもね。
でも…。
わたしから居なくなるって事は、絶対しないよ…?
だから…。

ああ。
俺も、お前を一人にはしないさ。
その為なら何でもする。
俺だって、一人は嫌だし、傷つきたくもないからな。
お前も…そう言っただろ?
(愛情が深い分、それを失うのも怖い…のか?)
(…だろうな)

勿論、わたしもそう思うよ。
でも、明日って…。
信じたいけど、信じられないんだ。
だって…。

…そうか。
(不安になるのもよく解るけどな)
(俺だって本当はそうなんだ。でも…な)
復讐は成功させる。
勿論、お前も俺も死なない。
相手なんか関係ない。
俺達の運命は俺達が決めるんだ。
俺がそういう風に決めた。
お前もそう信じれば、絶対に上手く行く。
たとえ敵が神でも悪魔でもな。

ふふ…。
無茶苦茶な言葉だけど、ブルートが言うと本当に聞こえるね。

本気でそう信じてるからな。
(そうとも。これが嘘だって、誰が証明できる?)
(これが、俺の真実だ)

…わたし達の生命は、わたし達のもの。
誰にも、邪魔できない。

そういうことだ。

うん、信じる。
…嘘じゃないよね?

もちろんだ。
俺が保証する。
それに…ここで死んだら、奴等と息子に合わせる顔が無いだろ?

…うん。

 

 

 

 

 

 

『ありがとう』