死者の双牙
第四話


 

「…」
顔をしかめて、何も言わない俺。
口笛など吹きながら、涼しい顔で歩いているルーシア。
普通の表情のハンス。
俺達の頭上は…満天の星空。
…。
やれやれ…。
夕方には出るはずだったんだが…。
すっかり忘れていた。
誰かが異常なまでに長風呂なのを。
「おい、ちょっと待っとってくれんや?」
野太い声は、ハンスか。
「…なんだ?」
「夕刊たい、夕刊。最近いろいろあっけんな。情報は最新のモンば集めとかなんどが」
まあ、そうだな。
立ち止まる俺。
ルーシアも同じく。
どうも静か過ぎる気もするが、表情を見る限りでは、何か企んでるわけでもないらしいな。
「あっ、流れ星だ」
「ん?」
一服つける俺の袖を引っ張るルーシア。
残念ながら、俺が見たときには、それは消えていた。
「でもさ、次々に流れていったら、星って無くなんないのかな?」
「それはないだろ。今のペースで星が流れてるなら、とっくの昔に全部消えてるさ」
「そっか。…なら、流れ星はどこから来てるのかな?」
「…さあな」
星か…。
ああは言っておいてなんだが、微妙に減ってるような…。
いや、街が明るいせいか…?
だろうな…いや、そういうことにしておこう。
「待たせたろ? さ、行くばい!」
夜空の星。
考えてみればどうでもいいことに、ハンスの声が割って入ってくる。
「ああ、そうしようか」
別に否を突き付ける理由もなく、俺はそう答えた。




帝国旅便。
それは、帝国領内の各都市を結ぶ、馬車による運送業者。
“官”ではない。
一応、民間業者だが、こと長距離の旅客・運送は、この組織が一手に握っているため、ある意味“官”だ。
まあ、さほど料金も高くないし、悪い評判も聞かないからいいのだが。
その駅は、二番街の北外れだ。

「…かしこまりました。それで何名様でしょうか?」
「三人だ」
「三名様ですね。護衛の方は、如何なさいましょうか?」
「そうだな…」
要るか要らないかじゃない。
そんなの、要らないに決まってる。
ただ、何か忘れてるような…。
突然、俺の体が傾く。
ハンスに押されたせいだ。
「おい…」
気を付けろ、と言いかけるが…聞いてないな。
ああそうだった。
奴の娘がこれの護衛をやってるんだったな。
思い出した。

剣を振り回す娘か。
そんな奴を一人…いや二人知ってるな。
「何してるんだ?」
「え? だから、新聞」
「ん…そうだな」
「…? どしたの?」
我ながら、バカなことを聞いてしまった。
一目でわかったのに。
新聞読んでる奴に、“何してるんだ?”なんて…。
ちなみに、ハンスが読み終わった新聞のことだ。
そりゃ、ルーシアも困惑するだろうな。
「いや、何でもないんだ。気にするな」
「へ〜ぇ。…それよりコレ」
「なんだ…?」

<開戦>

――?



<我が国は、東方コーテス・ミラ地方へ派兵>

――!?



俺は、一瞬我が目を疑った。
<同日中にスバン公国は消滅。主力はミスト将軍率いる第一師団約11000名であり、死傷者150名にて同国全域を蹂躙>
…つい数日前に停戦したんじゃなかったのか?
俺は、さらに続きを読む。
<…(略)…これについて、軍の公式発表はまだ無い>
<しかし、さらなる戦線拡大を行うという見方が大勢であり、遅くとも一週間以内に進軍するものと思われる>
<関連記事:2面、3面、12面>
しかも、情報がこの南西に位置するザールに届くまで、何日か掛かっているはずだ。
ということは、既に戦火はコーテス・ミラ全域に拡がっているわけか。
「信じらんないでしょ?」
ルーシアも複雑な表情だ。
「そうだな…目的がわからない」
まあ普通なら、俺達が知ってどうする、と思っただろうが、今回はちょっと状況が複雑だ。
復讐する、ということ自体を変更する気は、毛頭無いんだが。
しかし、何故また。
ついこの間の戦争で勝てなかった事が、こんなにすぐ再戦して何か意味があるのか?
現在、この帝国は某人物の独裁国家になってるから、そいつの頭を覗けばわかるんだが…。
「…まあ、馬車の中で考えよう」
そこまで考えて、誰にともなく呟いたが、ルーシアには聞こえたらしい。
こくり、と頷いている。

「お? 何しよっとや?」
ハンスか。
「…あんたこそ、何してたんだ?」
呑気に声を掛けてくるオヤジに対し、そっくりそのまま聞き返してやる俺。
「いや、何でもなかったい」
「…娘の事でも聞いたんじゃないのか?」
「わかっとんなら聞いてくんな、我は!」
怒った。
ただし、顔は笑ってるな。
ついでに言うと、ルーシアは爆笑だ。
「こっだけん、“サム”は…まあよかたい。乗るぞ!」
捨てゼリフを吐くな、くそオヤジ。
ハンスの背中に、心の中で罵声を浴びせつつ、俺も続いて乗る。

狭い。
一言で言うと、それだ。
貸し切りというわけじゃないから、まあ、仕方ないか。
荷物…いや、積み荷と言った方が良いのか?…の山。
それに押されるようにして座る俺達。
「…ねえ」
なんだか不安そうな顔が、俺を見て言う。
不安な顔…。
一瞬、ドキッとするところがあるな。
「この…硬い椅子で…寝るの?」
「…そうだろうな」
「ええ〜っ!」
「文句言うなよ…俺だって嫌だ」
と…。

がお〜、ぐお〜…すぴ〜…

「…」
「…」
いいよな、無神経人間は。
まったく、溜息が出る。
…ん?
「z…zz…z…ZZ…Z…」

ルーシア…。
もう、何か考える気も起こらなかった…。

 

「ぜっこぉちょぉおおおおおおお!!!」

…朝か…。
「おっはよ〜。眠れた?」
「…おかげさまで」
「…なんか怒ってない?」
「べつに…」
ああ、ほとんど眠れなかったさ。
普通、そうだろ?
ゴツゴツの道を疾走する馬車の中、それも硬い椅子で、どうして眠れるんだ。
…問題はもう一つ。
あの絶叫の中、起きないハンス。
もう、俺には理解できないね。
別にいいか。
背中はどうも痛いけど、疲れは取れたからな。
横には、パンを頬張る俺の相方。
本当に満ち足りた顔をしてるな…。
孤児だったなんて、この表情からはとても想像が付かない。
あの時の状態からはな。

死ねない、俺は。
何があっても。
「なに見てんの? あげないよ?」
こういう奴だけどな。
「…誰が取るか。俺の分はちゃんとある」
「へ〜え、そうなんですか〜」
なんとなく頭に来るけどな。
それでも…だ。

「はぁぁぁああ! よか天気な〜」
起きたか、おっさん。
豪快な伸びだな。
似合ってるぞ。
「午前11時34分18秒1497259だ、ハンス」
「何や? そっがどがんかしたや?」
気のない反応だ。
「べつに…」
どうせ暇なんだよな。
むしろ長く眠ってた方が、得かも知れない。

ガタガタガタ…

退屈だ。
有り余る時間…。
無いよりいいけど…多すぎるのもアレだな。
俺は空を見上げて、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「…」
辺りは森だ。
木々の葉っぱが、視界を横切る。
その上を、白い綿雲が流れていく。
平和だな…。

戦争なんて、本当に起こってるのか…?

――!

俺はハッとした。
じっと剣を見つめるルーシアの表情。
真剣な眼差し…なんて表現が、こいつに当てはまるなんて…。
…今のを言ったら、怒るだろうな。
でも、正直なところだ。
剣先からゆっくりと下へ。
あいつの視線はそういう風に動いていく。
「…なあ」
俺はとうとう口を開いた。
ルーシアは答えず、目だけがこっちを向く。
「どうしたんだ?」
「…考え事」
再び剣に目を向け、短く答えるルーシア。
隙のない言葉遣い。
「何を?」
俺は、なおも聞く。
不思議だ。
何というか、あいつから剣士としての雰囲気が感じられる…ような気がする。
冷静で、かつ大胆。
そして闘志だ。
俺は今まで一度も、こいつのこういう顔を見たことがない。
…ひょっとして、今まで見抜けないでいたのか…?
ルーシアはゆっくりと口を開いた。
その言葉は…。
「今日の…お昼ご飯♪



俺の頭は、その言葉を理解することを、自動的、かつ反射的に拒否していた…。
サバイバル本能だったのだろう…。




夕刻。
何か、もの凄いショックを受けたような気がするが、記憶がない。
意識はあったと思うんだが…。
まあいいか。
取り立てて変わった様子も無さそうだしな。
それに、時々あることだ。
「さて、そろそろ野営するんじゃないのか?」
陽も落ちかけている。
流石に、24時間以上のぶっ通し走行は無いだろう。
と思いつつ、俺は馬車主に聞く。
「そうッスね〜。…あ」
「…どしたの?」
急に返事が止まった。
変だな。
「いや、この辺はッスね〜、出るんスよ…ほら、あんな感じで」
…面倒事か。
確かに、何か居るな。
「何や、邪魔くしゃぁね。強行突破でくるや?」
「いや〜、馬もだいぶ疲れてるんで…お願いしまッス」
やれやれ…仕方ないな。
まずは、敵情把握からか。
数は…1、2、3、…、21。
服装、身なりは…なるほど。
いかにも追い剥ぎやら強盗やら、悪党といった感じか。
目つきのそれっぽさが、その上さらに真実味を増させてくる。
馬車は止まる。
言った通り、轢けるわけではないからだ。
さて、お決まりのセリフが飛び出すはずだが…。

「よ〜し、命が惜しかったら、そのままおとなしく…」
「“金目の物を置いてとっとと失せな。ついでに女も貰っとこうか”ってわけ? 超弩級陳腐ね。あんたが大将♪」
…。
流石と言うか。
まあ、減らず口と皮肉ならこいつのお家芸だからな。

俺のお家芸は、いつでも冷静に物事を見ていることか。
こんな、場合によっては命が危ない場合でも…な。
「うるせえ!!」
「うるせえが何や! オレに喧嘩売っとっとや、我共は? ああ!?」
ずいっと進み出るハンス。
威嚇能力は抜群だな。
連中の表情を見れば、わかる。
明らかに、ビビってる。
俺にはわかるさ。
もう勝負は付いた…とな。
「どっちやて!? さっさ決めんや! オレは気が短かったい!!」
奴のクレセントアクスが轟音を立て、地面に突き刺さる。
さらに後ずさる強盗集団。
ふ〜っ…。
さすがだな、爆龍。
そんな中、一服つける俺。
「きょ…今日は勘弁しといてやる!」
何が勘弁だ。
我勝ちに逃げ出す強盗共を見ての、俺の感想。
「さて…やるか」
主流煙を一気に吐き出し、そう一言。
ニヤリとハンス。
同じくルーシア。

 

狼輪愚蘇罵オオツ!!

ゴガッ!

あいつの回し蹴りが、男の顔面をえぐる。
骨に響いたような音が残り、一直線に、冗談みたいに飛ぶ男。
また派手に吹っ飛ばしたな。
「終了〜♪」
その満面の笑みと、やってることのギャップが怖い。
でもいいんだ。
お荷物よりは遙かに良い。
それに、いかにもこいつらしいからな。
意味不明のうわごとを漏らす男を縛り上げ、ようやく夕食だ。
21人ズラリと縛られて並んでると、ある意味壮観だな。
まあいい。
それより飯だ。
シチューか。
久しぶりに、まともな食事をとれる。

行けるな。
「おい、なかなか旨いぞ」
「うんうん、おいしい」
「いや〜、どうもッス」
何も言わないハンスは、血相を変えてかきこんでいるわけだが。
食事は逃げたりしないだろ。
味わって食えよな。
何考えてるんだか。

「…な、なにが目的だ…」
後ろで何か言ってるな。
…そうだな。
今は機嫌がいいから教えてやるか。
「…晩飯と睡眠を妨げられたくない」
ま、そういうことだ。
そんなことのためにボコボコにされたんじゃ大変だろうが、放っておけば必ず寝込みを襲ってくるはずだからな。
「まあ、我慢しろ。殺しはしないさ。明日最寄りの治安部隊に引き渡すからな」
「か、勘弁してくれよ…」
「うるさい」
本当に旨い飯だ。
馬主…ジャックとか言ったか…?ありがちな名前の奴…は、世辞抜きで料理が上手いらしいな。
「何でもするからよぉ…」
「人足は要らん」
そんな会話も少々楽しみつつ、食事をとる俺達。

「あ、あの…」
「まだ何かあるのか?」
いい加減静かにしろよな…。
「いえ、その…首は…?」
首?
言われるままに、首をさすってみる俺。

何だこれは?
穴か?
なんで首に穴が…?
頸動脈に…達して…るよな?

血の一滴も付かない手。
俺は…?
「あ、あの…それで…」
しどもどろの声を聞いて、俺は少し正気に戻った。
「…気にするな。古傷だ」
…取り敢えず、そういう事にしておこう。
幸い、隣の三人は食事に夢中で気付いてないしな。
しかし、俺は一体…?
その間も、夜は更けていく…。


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