死者の双牙
第三話
…ん…。
あ、周りが明るい。
「ふぁぁぁぁああ!」
あれ?
…
そっか。
ここってザールの民宿だったっけ。
二段ベッドの上の段で起きあがったわたしは、少しボーっとした頭で思い出した。
下を見てみると。
「…」
寝相の悪いわたしとは対照的に、“気を付け”を横に倒した姿勢で寝ているブルート。
いつも思ってるけど、隙が無いよね…。
ちょっと呆れるけど。
そのままベッドから飛び降りて、カーテンを開ける。
微妙な曇り。
でも大体晴れ。
朝の空気はやっぱりいいわぁ。
さ、いつものアレしないとね。
息を吸い込んで…。
「ぜっこぉちょぉおおおおおおお!!!」
あ、やまびこだ。
うん、今日も快調快調。
下からわたしを見ている人々に、にっこり笑って手を振って、それから部屋内に振り返る。
「もう10時か。ちょっと枕が柔らかすぎたな」
起き出して、律儀に布団を畳むブルートの姿。
そんなことしなくても、宿の方でやってくれるのに。
声には出しません。
だって、“そうだな”くらいしか言わないに決まってるから。
朝食はパンとゆで卵。
それから牛乳。
貧乏くさいけど、お金、無いからね…。
「それで、どうするの?」
「…」
あ、答えない。
今考えてるのかな。
二番街の風景が流れていく。
北東から南西に連なる三つの山。
それぞれに坑道があって、周囲に街が広がっている。
そして、北東の物を一番街、真ん中が二番街、南西が三番街…
って、ブルートが言ってたっけ、昨日。
え〜、でも、ホントどうしよう。
何にも知らないのよね、この街。
「ああ、そうだ。あいつの家に行ってみるか」
突然ブルート。
独り言みたいな響き。
「あいつって?」
「“爆龍ハンス”は、俺の元担当教官だ」
「あ、なるほど。軍人なら何か知ってるかも、って」
ん…?
でも、それって…今回のアレに、荷担してるかもしれないって意味じゃない…?
「いや、もう辞めてるんだが…まあ、少しくらいは何か知ってるだろう」
頷くわたし。
少し安心、少し納得。
でも、“爆龍”って…。
もの凄く気の荒い人が出て来そうな気がするなぁ…。
「疲れたよ〜。足が痛いよ〜」
なんでこんなに遠いわけ?
さっさと座りたいな…。
「我慢しろよ…。もうすぐだから」
「…何処なの〜?」
「次の通りを右に曲がって、二つ進んで左に折れて、それから442m進んで右手に見えるはずだ」
…えっ?
「…。ひょっとして、地図を丸ごと記憶してる?」
そう、たしか一度も街の地図を見てないはず…よね…?
「ああ」
「…」
事も無げに…。
「さすが主席…」
ぼそっと漏らしただけだったけど、ブルートは勘弁してくれと手を振ってる。
なんて言うか、やっぱり、凄いなぁ…。
もう、対抗意識も湧かないくらい。
それで、あいつは平然としてるから、格好いいような、頭に来るような…。
ま、いっか。
無言。
無言でその目の前に到着。
『クレイジー・ローズ』
…なにこれ?
さらに、無言で入ろうとするブルート。
なんだか、背中がもの凄く疲れて見えるなぁ。
そうそう、ゾンビみたい。
「ねえ」
「…何だ?」
振り返るブルート。
目つきは正常(彼の普通は、世間では普通と言わないんだけどね)だけど。
「もう少し元気出そ? 猫背だよ?」
「…お前がもう少し静かだったらな…」
「えええっ!? どうしてぇ〜〜っ!?」
こんな時だから、明るく、普通に振る舞わないと。
じゃないと、くら〜い気分になっちゃうんじゃないの?
ブルートの驚いた目が見える。
「お、お前が昨日何度も騒ぎを起こすから、疲れたんだろ」
…えっ?
「…」
え〜と…そうだったの?
うわ…気まずい、何かフォローしないと。
う〜ん…。「わ…わたしのカラダが目当てだったのねっ!!」
あ、ブルートが滑った。
しかも、宇宙人を見るような目でこっちを見てる。
おまけで、通行人も見てるみたい。
『なんや? せからしかね。誰が良かカラダてや?』
あ、『クレイジー・ローズ』からオジサンが登場。
タキシードなんか着てるけど、似合ってないよね。
「オジサン、似合ってな…」
「久しぶりだな」
わたしの突っ込みに、ブルートの声が割り込んできた。
人の話を遮るなんて…。
…ん? 久しぶり?
「は? げ…“サム”や!? …まあ、入れ…」
あれ?
急にオジサンが真面目な表情になったけど?
………………………………………?
…??
……
???
「なんかよく解らないんだけど…?」
「ん? ああ、紹介がまだだったな。彼がハンスだ。ハンス、俺の妻・ルーシアだ」
「妻てや〜!? ガキんくせに色気付いてから…」
あ、オジサンが普通っぽい調子に戻ってる。
…ところで、24歳のどこがガキなんだろ?
「それで、サムって?」
「…」
あれ、ブルート、こっちは答えないの?
「ああ、それや? 無表情・無愛想・無関心で“三無(サム)”たい! 凄かろ?」
「…うるさい」
ああ納得。
ブルート、ちょっと怒ってるけど。
「あら、いらっしゃい。若者が朝っぱらから酒かい? 感心しないねぇ〜」
入った途端に、若く見えるけど…多分30は越えてそうな…女の人が出迎えてくる。
「な〜んば言いよっとや。そがんじゃなかたい。話があっけんが、しばらく店ば閉めてくれんや?」
わたし達が何か言う前に、ハンスさんが返答した。
「おおぅ、そいつらは…昨日オレの格好良さに見とれてたカップルじゃねぇか!」
「うるさかばい、弱虫マーシャル。お前も座っとけ」
…
袋叩きにされてた人だ。
こうやって見ると、背がちっちゃいなぁ…。
だから弱いのかな?
いいえ、小さくても強い人は居ます。
どうでもいっか。
お話…ね。
取り敢えず、適当なテーブルに、皆で座る。
「まず自己紹介たいね。オレの妻・フローレスと…アホ息子マーシャル。もう一人、娘がおるとばってんね」
「アホ息子? フッ…オレを呼ぶときは“偉大なるマーシャル陛下”と呼べッ!!」
変な人…。
と思ってると、どこからともなくやかんが飛来して、マーシャルくんに直撃。
「クッ…生意気なハロカペーンめ…!」
…なんだろ、今の?
ハロカペーンって?
凄いスピードだったし、彼も痛そうだけど。
…誰もフォローしないんだね…。
「娘? まさか、あんた似じゃないだろうな」
ブルート…それって…。
「せからしかったい! さっきからぁ!」
あ、怒った。
でも、口元が笑ってるね。
「ブルート君、安心しなさいね。あの子は私似だから。帝国旅便のお抱え傭兵とかやってるんだけどね」
「へぇ、勇ましいんだ…」
眉だけ動かす無礼ブルートと、感心するわたし。
…ん?
みんながわたしを見てるみたい。
「な、なによぅ!? その目は〜っ!」
ま、人のことが言えないことくらい、解ってるけどね。
「そんなことはどうでもいいんだ。ハンス、知ってるんだろ…?」
「…おぉ、今回は、ホント…残念だったな…」
「…ああ」
ブルートがタバコを消した。
反対に、ハンスさんは一服つける。
目が暗いね…。
本題…だけど、あんまり…。
「オレが辞めたとも、関係あっとたね。知っとっと思うばってん、軍隊は、人間と魔族が半々たい。
反目すっとたな、これが。人間は大体貴族出が多かろが? だけん、あんまし過激な奴はおらんとたい。態度はいかんばってんね。
問題はオレ達魔族側たい。中にはおるわけよ、魔族至上主義者が。普通の奴はそがんじゃなか。穏健派たい。
でもな、やっぱ穏健派っても、格差があっけんな…基本的には反目しとるわけよ。仕方んなかたい。人間は偉そうにしとっけんな。
で、いつも火種が燻っとるわけたな。ばってん、今までは上がマトモで抑えとったけん、対立はそがんじゃなかったったい。
けどたい、今の皇帝はアレだろが? 多分、アレで枷が外れたっじゃなかろか…と思うとばってんな、オレは」
田舎のリューベから出たことが殆ど無いわたしには、解らないことも多いけど、
大昔の大戦の勝者・人間は、今でも何かと魔族を見下して、差別する傾向にある。
そして、お金も人間の方が沢山持ってる傾向にあるんだって。
この帝国は魔族が多いけど、やっぱり同じ。
勿論、差別は悪いけど…怒る気持ちも解るけど…だからって、殺人は駄目よね?
他はともかく、それだけは許さないから…。
「判ってる。ハンス、俺が聞きたいのは、今回の奴等が、誰の許可で行動したかだ。
どうせここの連隊以外には考えられないんだ。一部隊の暴走か、連隊長の命令か、それか師団長、それとも皇帝?
根っこを潰さないと、駄目だろ?」
ブルートが一本つける。
灰色の煙が、広がっていく。
「お前…報復する気や?」
「答えてくれ」
「ふぅ…ハッキリとは判らんたい。ばってん、一つの集落を壊滅させたっだけん、多分中央の黙認があったとは思う」
「そうか…だとすると、まさか、うちの他にも…?」
――!
他にも?
何それ?
うそでしょ?
「無いよね? そんなこと」
「…オレは知らんばってん…お前、何か聞いたや?」
思わず声に出たけど…。
「うちに来る兵隊さんの話の感じだと…そうねぇ…いや、御免ね。わからない」
フローレスさんの返事。
不安。
アレが、また起こるかも知れない…?
「そうか…やっぱり、帝都だな」
「ブルート…」
「言っただろ? 根っこを潰さないと。手足じゃなくて、一気に心臓を突くんだ」
そうじゃないと、根本的解決にはならない。
解るよ。
解るけど…。
「ま、多分なかばい。あるならやっぱ、な〜んか兆候が出るけんな」
「そうだな」
「そう…よね」
そう、信じよう。
そう、決めた。
悩んでても、な〜んの解決にもならないからね。
後悔しませんか? と聞かれると…う〜ん…だけど。
「…さて、決まりだな。ここからなら馬車の定期便があるんだろ?」
「…やめとけ。これ以上死んで、どがんすっとや?」
あれ?
ハンスさん、反対するんだ?
無駄だと思うな。
だって、あれだけの事されて、何もせずに居るなんて…。
少なくとも、わたしには、無理ね。
「無駄なことを言うな。俺はやるんだ」
冷たいブルートの声。
やっぱり、ブルートも…。
「ちっ…仕方なかねぇ。オレが案内するたい。そんかわり! オレも行くばい」
「えっ?」
「何…?」
「元教官として、部下のやることは見とかなんと」
微妙に言いたいことが違うみたい。
でも、言葉にするのが難しかった、ってところじゃないかな。
「…断る」
「無駄なことを言うな。オレは行くばい」
ニヤリと笑うハンスさん。
苦笑するブルート。
予想してたけど、どっちもどっちね。
でも、ブルートが心を開いてる相手なんて、自分以外ではじめて見たなぁ…。
「はぁ、やれやれ。死ぬんじゃないよ?」
「任せとけ。オレが死ぬと思ったら、大間違いたい!」
豪快な笑いのハンスさん。
すっごくお似合い。
でもフローレスさんは呆れてるね、あの表情は。
「フッフッフ、そして、当然ながらこのオレ様も付いていってやるぜ!」
「お前は来んちゃええ」
「そう、アンタは家事手伝いの仕事があるじゃないか」
「出来れば、俺としても遠慮してもらいたい」
「わたしも」
「な、何だよお前ら。その態度はッ!」
あ、動揺してる。
ごめんね、マーシャルくん。
借りを返すチャンス奪っちゃって。
でもね、やっぱり、キミとは離れすぎた問題だと思うんだよね。
「チッ…ファックだな。ファッキン・シット! ヤケ酒だーーーーーーッ!!」
…やっぱり、変な奴。
「コラッ、何してるんだい! まったく、アンタって子は…」
フローレスさんも、それを追っていっちゃった…。
「何がファックなんだか…」
あ、ブルートが笑ってる。
すぐに元の顔に戻っちゃったけど。
そして、その日の夕方には出発となりました。
一路帝都。
日数は、一週間だそうです…。