死者の双牙
第二話
巨大な赤い塔が揺らめく。
この領内で、最後の炎だろう。
“火葬”だ。
夜闇を焦がし、いつまでも…。
その傍で、俺は何も言わない。
いや、言えないのかもしれない。
俺にもわからない。
とにかく、むなしい。
空虚だ。
その周りを、怒りが渦巻いている。
いや、ごた混ぜか。
…こんな時でも、客観的に俺を観察しているもう一人の自分が居るんだな。
そこまで考えて、溜息をつく。
相変わらず、“塔”は揺れている。
“喪失”を意味する赤い物が…。
そして、十分離れた俺達には、熱気は伝わってこない…。
「…なんで、こんな事になったのかな…?」
震えた声が聞こえる。
何故…か。
理由を知れば、解決するのか。
そうかも知れないし、違うかも知れないな。
いや、普通はそこから始まるのか?
…わからない。
それ以前に、俺にとっては、理由なんて知ったことか…といった感じだけどな。
「ねぇ…なんで…」
横を見る。
両手で顔を覆ったルーシア。
泣いてる…のか?
こいつが…。
「それを知るために、明日から出かけるんだろ?」
…俺の声も震えてるな。
「…そうだね」
顔を覆っていた両手は下ろしたが、顔色は暗い。
「あんまり深く考えるな。悪いのは、俺達じゃないんだ」
哀しみを湛えた視線が、俺を見ている。
俺はまっすぐ“塔”を見つめたまま、続ける。
「それに、まだ…全部無くなったわけじゃないだろ?」
――!?
驚いた。
突然抱きつかれればな。
「ブルート…キミだけは、生きててもらうからね!」
訴えるような、しかも、何か恨むような目線。
「…任せろ。ただし、俺も同じことを要求するからな」
弧を描いて吹っ飛んでいく自分のタバコを視野に見つつ、答える俺。
そうか…二人しか残ってないのか。
でも、こいつが居るなら、まだ耐えられるか。
自分で言ったとおりだ。
全部失ったわけじゃない。
…しかし、実際、俺は…。
そう、俺もこいつも…。
自由落下。
直後、地面の感覚が背中に伝わってくる。
草の感覚か。
ひんやりする。
押し倒された、というやつだな。
相変わらず抱き付かれたまま…か。
俺も、そのまま抱いてやる。
が。
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
夜の静寂と、俺の冷静さを引き裂く雷鳴…もとい、悲鳴。
感傷的な雰囲気なんて、鎧袖一触で木端微塵にしてしまう、圧倒的破壊力だ。
「お、おい…!?」
耳がジンジンする。
「もう…気を付けてよぅ!」
目に涙を浮かべて、俺の事を睨んでいる顔が見える。
しかし、俺の思考は、ショックにより停止している。
多分、アホ満開の表情をしているだろう。
「あ、ああ…悪かった」
何一つ理解できないまま、妥協する俺。
何だ…?
相変わらずアホ満開の表情をしているであろう俺の上から退き、俺と同じく仰向けに転がるルーシア。
肩を押さえている。
…ああ、怪我か。
ようやく理解できた。
なんだか、理解できたことが妙にほっとしたな。
「もう、春なんだよね〜」
「そうだな」
また無愛想な…。
我ながら、もう少し何とかならないのか?
ま、いいか…。
「“最後の星”さんはわたし達を祝福してくれるかな?」
砂金をぶちまけたような星空の中、その一つが、ひときわ目立つ。
それは、“赤い塔”にも負けじと輝いていた。
ラスト・スター。
運命を司るもの…か。
「…してくれないなら、させるまでさ」
「また〜」
くすくす笑うルーシア。
だが、俺は本気だ。
“運命”が仮に存在するとして、これ以上くだらない未来を予定していたら、俺のこの手で破壊してやる。
まあ、肝心の存在自体、信じてないけどな。
“運命”で決まっているからどうにもならない、だ?
そんなの、卑怯者の言い訳だろ。
ま、兎に角、罪は償ってもらわないとな。
向こうの事情なんて知ったことか。
こうなった以上、俺には首謀者を八つ裂きにする義務がある。
皆のために、俺達のために、息子のために。
邪魔する奴も同罪だ…。
「…どしたの?」
気付くと、目の前にルーシアの顔。
「顔、怖いよ?」
「ん…ああ、そうだな」
…握り拳なんかつくって…。
この辺で止めるか。
この件を深く考えるのは。
ここで何をやっても、意味がないからな。
「さ、こんな所で寝てると、風引くわよ〜。そろそろ戻ろ。ね?」
元気に飛び起きるルーシア。
お前本当に怪我してるのか?
表情だけに出してみるが、気付かれず。
そう簡単にコロコロ立ち直るとも思わないが…。
しかし、今夜が最後か。
俺達が去れば、この村は無人。
“死”
…守ってくれるはずの者達によって…か…。
鉱山都市ザール。
50年ほど前、大規模な鉄鉱床が発見された。
それは、現在のペースで掘り続けたとすれば、採り尽くすまで少なくとも300年かかると言われている。
しかも、未だ鉱床の全貌が明らかでないため、もっと沢山埋まっている可能性は高い。
恐らく、大陸随一だろう。
当然、大規模な坑道が造られ、自然と人が集まってくる。
店が出来るわけだ。
精錬工房のみならず、その場で刃物や日用品に加工する。
続いてレストラン等も進出してきて、通りも整備され、一気に都市としての体裁が整っていった。
山体にへばりつくようにして。
そして最後に。
鉄は重要な資源であるため、軍の駐屯地も建設され、一個連隊2000名規模の部隊が常に駐屯している。
結果、空前の100万都市となったザールは、当然ながら南西部の中心都市として、その名を大陸中に知られることとなる…。
「まぁ、見ての通り少々ゴミゴミした街らしいが…鉱山都市だから仕方ないな」
最後は小声で言う。
夕暮れの通りは人が多い。
面倒は起こしたくないからな。
「詳しぃ〜。何処で知ったの?」
「士官学校での一般教養科目だ。…それ以前に、このくらいは知ってて当然だろ…?」
ルーシアは素直に感動しているが…。
なんでこの程度、知らないんだ。
俺は頭を抱えていた。
尋ねてきた時点で、知らないと判ってはいたんだが…。
「ああそれと。あまり治安は良くな…」
「な〜にジロジロ見てんのよ!」
軍隊が駐屯している割には…と、遅かったか。
三人組に因縁を付けているルーシアの姿。
いや、待て。
絡んでるのはあいつの方か?
待てよな。
仕方ないだろ?
三つ編みででっかいリボン付けた“自称・絶世の美女”(まあ、結構良いルックスだと俺も思うけどな)が、
腰からフランベルジュなんてミスマッチな代物を下げてれば、胡散臭い目で見られても当然だろ?
…まあ、全身黒服黒鎧で、肌は青白くて、目だけ紅く光ってる奴も、かなり胡散臭いだろうけどな。
いや、怖いか。
そりゃあ、苦笑にも値するさ。
「失礼したな。俺達は急いでるから」
苦笑を元の表情に戻し、俺はルーシアを引っ張ってその場を抜ける。
勿論、ギャラリーに付け入る隙を与えずに。
「ちょっとぉ!」
早足で立ち去る俺に、後ろから抗議の声。
ま、怒るだろうな。
が。
「街に着いて、まだ五分と経ってないぞ?」
「う…」
流石におとなしくなったようだ。
だが、そのうち騒ぎを起こすだろうな。
そういう奴なんだ。
俺は半ば最初から諦めていた。
別に今日は急ぐ予定なんて無い。
だから、言われるままに見物とかしてるわけだが。
「足」
「…何が足だ」
ルーシアの声に、立ち止まって聞き返す俺。
何が足…か。
考え出すと、わけのわからん文だ。
「何でしょうね〜♪」
それはいいとして。
何だ。
緑の目がにやけてるぞ。
…とんでもなく嫌な予感がする。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
…当たった…。
いきなり絶叫されて、俺は固まるしかなかった…。
「…どういう事か、説明してもらおう」
眉間に深々と縦皺を刻んで、怒気含みの声を発するのは、危ういところで留置場から逃れた俺。
まったくわけがわからない。
俺を痴漢に仕立て上げて何が面白いんだ。
まあ、いつものタチの悪い冗談だとは思うが。
「あの時、もの凄く痛かったから、お・か・え・し・♪」
大きな溜息。
どんなタイミングだよ、それ…。
津波のように襲い来る、えもいわれぬ疲労感。
「…その代わり、お前も超弩級大声女として、街中にその名を轟かせたわけだ」
耳が潰れるところだったからな。
「大丈夫よ。早起きは三文の得、っていうからね♪」
にっこりと微笑まれても、意味不明だ。
混乱方程式に呑み込まれた俺は、苦笑するしかなかった。
まあ、こいつらしいと言えばそうなんだけどな…。
「止めなさいよ〜! 何やってんのよ〜!」
「おい――」
もう勘弁してくれ。
たった一時間で、三度目の面倒事だぞ?
…もういい。
止める気も無くなった俺は、状況を観察して傍観者に徹することにする。
七対一。
全部男。
一人の方は、だいぶボコられてるようだな。
で、七名は…紫の髪?
魔族か?
…人種差別が絡むと、面倒なことになりそうで嫌なんだが…。
いや、多分カツアゲか何かだろうとは思う…に思い切り割って入るルーシア。
「ああ!? 文句あんのか?」
「何だ、女じゃねぇか」
「そんなモン下手に持ってっと、怪我するぜ?」
次々と男達から返答が帰ってくる。
ルーシアは胸を張って睨んでいるようだが、なにしろ相手は七人だからな。
まあ、おとなしく帰るわけないだろうな。
それ以前に、あいつはそういう迫力のある顔をしてるわけじゃない。
つまり、手遅れか。
まあいい、あいつに任せよう。
ちんぴら七匹なんて、相手じゃないだろ。
一応、気だけは構えておくが…。
「怪我ねー…。怪我で済んで良かったんだけどねー…」
顎に手を当て、明後日の方向を見るルーシア。
あからさまに挑発だな。
「ま、それはいいんだけどね。それで、さっさと止めたら? 卑怯者。さもないと…」
俺のタバコを奪って、一服するルーシア。
相変わらず、恐ろしい手の早さだ。
…問題はだ、なんでその後カッコつけて投げ捨てるんだ。
勿体ない。
せめて最後まで吸えよな。
俺の金で買ったんだぞ?
…おっと。
我ながらせこい発想だ。
「何言ってんだコラぁーーーー!!」
…と。
火がついたな。
一番短気な奴の武器はナイフか。
お前が最初の犠牲者だな。
短気は損気、というように。
「狼輪愚惨堕亞亞亞亞津!!」
ゲシャッ!
…出た。
「あら? どうしたの?」
…自分でやっといて、何が“どうしたの”だよ…。
軽く避けた上に、顔面に鉄拳か。
あの勢いで突進してきたから…。
案の定、男は仰け反るように地面に倒れた挙げ句、鼻血を出して気絶している。
ま、戦闘不能だな。
六人とも驚いているようだ。
そうだろうな。
こいつの速さ、半端じゃないからな。
「逃げた方がいいと思うけどね〜♪」
シャリッという音がして、六人が微妙に後ずさる。
ルーシアの抜刀か。
俺はその様子を見ずに理解した。
ついでに、これから何をするのか、も…。
「衛阿舞零怒!!」
聞いてるこっちががっかりする叫び声の後、何かが光った。
刃の軌跡が、光を反射したわけだ。
俺の視界の端で、特徴的な十字型をしたフランベルジュが静止している。
そして、普通の風切り音とは少し違う、高くて鋭い音。
音より剣が先か。
相変わらず、とんでもない剣速をしてるな。
自分の身長と同じくらいもある大剣だぞ?
その標準体型の何処からそんな馬鹿力が出てくるんだか…。
見慣れていても、溜息が出る。
そして、突風が爆発音にも似た音を伴い、走っていく。
…目には見えないんだが、土煙が上がるからわかるんだよな。
扇状のそれは、残った六人を吹き飛ばし、壁に激突して弾けた。
魔法でも何でもないんだ。
物体が音速を超えると、周囲の空気が圧縮され、大きな破壊力を持つ衝撃波を伴うようになる。
…と、何かの本に書いてあった…ような気がする。
「いぇ〜い! 出直してきなさいよね♪」
あの後すぐにつけた俺のタバコを、またしても奪い、いつの間にか出来た人垣の中、カッコつけるルーシア。
勿論、ハチャメチャに吹っ飛んだ六人には、聞こえていないはずだが。
まあ、大した奴だ。
「気が済んだか?」
三本目をつけて、俺は聞く。
「大丈夫ぅ?」
やられていた男の前にしゃがんでいるルーシア。
…聞いてないな。
「な、なんだよ…余計なマネ…」
…そんなボコボコの顔で言うか。
なかなか意地の張った奴だな。
「そんな顔で言っても説得力に欠けるぞ。ほら、次が来る前にさっさと行くんだな」
「フッ…か、借りは返させてもらうぜ! マーシャル=マティスというオレの名に懸けてなッ!」
などと言いつつ、男は走り去っていく。
…何をニヤケ笑いしてるんだ。
「…変な奴だな」
走り去った男に対し、思わず感想を漏らす。
…ん?
何か忘れてるような…?
「でも、人助けは気持ちいいよね〜」
「まあな…」
大きく伸びをして、悠々と剣を収めるルーシアの横で、再び溜息をつく俺。
やれやれ…。
明日もこの調子か?
少々、泣きたくなる気分だ。
でも、何故か腹が立たない。
理由は…おいおい、今さら考えるまでもないだろ。
そんな気分をその場に捨て置いて、俺達もさっさと宿を取ることにした。
…
非常に疲れる一日だった…。