0."プロローグ"

 

 月光が花畑を白く照らす。
 雲一つ無い月夜。周囲に外灯はなく、光は夜空に輝く月と瞬く星々だけだった。しかしこの辺りは空気が澄んでいるためか、それだけで花畑全体を見回せるほどに明るい。
 花畑は広く、碁盤の目の用に四角く区切られ、マスとマスの間には道が造られている。花の種類は様々で、マス毎に種類が違う。紫陽花、白粉花、霞草と、種類は違うが全て白い花だということだけ共通していた。
 その花畑の中央に、一人の少女が立ちつくしている。
 白い少女。
 まるでその花畑に合わせたかのように白尽くめの少女だった。それは身に着けているのが、白いブレザーだからというだけではない。花畑の花々よりも着ている制服よりも、尚も白い肌と髪。
 特に目を引くのは髪の毛だ。
 純白で、まるでクセのない真っ直ぐなストレートヘアーが腰の辺りまで伸びている。少女の背は高く、180pには届かないにしても、170の半ばほどだ。つまりそれだけ髪の毛も長い。
 月光に照らし出されたそれは、この場の何よりも白く輝いていた。
 月下の花畑で、白い少女は月を見上げていた。その顔に表情は見えず、感情は読み取れない―――ただじっと、白い彼女の中では唯一黒い眼差しを、月へと向けている。

「・・・なにを、しているんですか?」

 不意に、静寂だった花畑に声が響く。
 それは白い少女の発したものではなかった。
 彼女は、声に一瞬だけびくりと身を震わせ、それからゆっくりと声のした方へ顔を向ける。
 そこには別の少女が居た。
 一マス分、約二メートル弱といったところか。
 白い少女と同じデザインのブレザーを身に着けている。白い少女とは対照的に、黒目黒髪のショートカットの少女。背も低く、140pあるかないかというところで、視線をあげて不思議そうな表情で白い少女を見つめていた。

「月を見ているの」
「月を?」
「私は “妖怪” だから」

 白い少女の言葉に、黒い少女は「え?」と驚いたような表情を浮かべる。
 その反応に、白い少女は薄く微笑んだ。
 白い髪、白い肌、白い花畑―――月光が照らし出すそれらは、とても幻想的で “妖怪” という言葉に真実味を演出していた。

「私は “ゲッカ” 」

 白い少女―――ゲッカはそう名乗り、続ける。

「 “月下の妖怪” ―――だから “ゲッカ” 。単純な名前でしょう?」

 ゲッカはそう言って苦笑する。対して黒髪の少女は戸惑った様子のまま、何も言葉が出ない。
 しばし沈黙―――
 やがて、ゲッカは身を翻し、背を向けると静かに歩き去っていく。

「あっ・・・」

 ようやく少女から声が漏れた。
 それはゲッカを呼び止めようとする言葉。
 しかし、「待って」と言う言葉は少女の口からは出なかった。すでにゲッカは立ち去ってしまったからだ。

「・・・・・・」

 少女はゲッカの去っていった方向をじっと見つめ。

「月下の・・・ “妖怪” 」

 そう呟いた少女の手は、無意識のうちに自分の胸に添えられ、きゅっと強く握りしめられていた―――

 


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