パニック!SS

クレイス=ルーンクレスト


 ファレイス大陸―――
 人間たちが支配する、フィアルディア大陸の隣に位置する大陸。形はフィアルディア大陸と酷似していて、南北に長く伸びた形をしている。
 だが、形こそ似ていても、フィアルディア大陸の4分の1の大きさもないほどであり、地図で見比べてみると大陸と言うよりはちょっと大きな島にしか見えない。

 さて。さきほどフィアルディア大陸のことを「人間の支配する大陸」と呼んだが、このファレイス大陸を支配しているのは人間ではない。

 空は空人族、海は海人族、そして陸は昔獣人族が支配していたが、今では大陸南部の富士山にしか住んでいない。代わりに人間族が地上を支配するようになった。そしてこのファレイス大陸を真に支配しているのは、大陸北部にある魔界の穴を封じている竜人族である。
 ただ、この竜人族も、暗黒時代に地上に出てきた魔王を初めとする魔族たちの戦いで同族を多く失い、今では数が激減していて、実質上の大陸の支配権は人間族と呼べるのかもしれない。少なくとも、一番数が多く勢力が強いのは人間だった。

 多くの国家群が乱立するフィアルディア大陸とは違い、このファレイスで人間の国は一つしかない。
 聖王国セイルーン。
 魔族たちが地上に侵攻する以前、フィアルディア大陸で大きな戦争があった。その大戦が終わった後に、神の子供と名乗る男が難民たちを引き連れて、ファレイスに渡り国を作った―――それがセイルーンの始まりである。
 そして、そのセイルーンから南の「迷いの森」に住まう森妖精たちとの交易(森の妖精エルフは人間の技術ではとうてい作り上げられないような、美しい芸術品を産み出すことのできる)のため、辺境の村シャノンが出来、さらにその北方。天人の住まう天界へ続く「神の山」の麓に広がる大森林のに住む「魔女」に魔道を習った人間が、魔道都市カルラドーファを作り上げた。

 そのカルラドーファの外れ。
 魔女の住む大森林―――通称「魔女の森」と呼ばれる森へと向かい、一人の青年がとぼとぼと死にそうな顔をして歩いていた。
 金髪碧眼。ファレイス大陸では珍しいわけではないが、しかし少し目立つ程度の容貌で、その肌・・・というか顔色は真っ白を通り越して青ざめていた。
 肩には古木を削り杖にしたものを担いでおり、その先にはガラスの瓶が幾つかぶら下げられて、瓶の中には赤や緑や紫などの液体が、青年が歩を進めるたびにちゃぷちゃぷと揺れた。

「・・・・・・・・」

 青年は無言で項垂れていた顔を上げる。よくよく見れば、どこか育ちのよさを感じさせる上品な顔立ちだ。もっとも、死人のような表情では誰も彼がどこぞの王子様だとか、貴族の子息だとか思ってもくれないだろうが。
 青年の上げた視線の先には森が見えた。魔女の森。といっても、目測で見るにあと一時間ほどは歩かなければならないだろうか。青年の歩むペースだと、下手をすれば日が沈むまでかかるかもしれない。ちなみに、お天道様は青年の真上で嫌になるほど張り切っている。

 と。

「助けてください!」

 森のほうから誰かが走ってきた。
 誰か。というか、少女だ。青年には見覚えのない少女。
 その後ろからは、三人ほどの男が追いかけて来ている。

「助けて・・・ッ!」

 悲鳴を上げながら少女はこちらへと駆け寄ってくる。美少女。
 青年の頭には、いたいけな少女を追っかける変態野郎×3という構図が出来上がった。

「助け―――あうっ!」

 少女は青年の目の前でこける。
 ずざーっと、顔面スライディングで一塁セーフ。

「助けて!」

 がしぃっ! となんだかやたらと力強く青年の足首を握り、鼻血と泥で汚れた顔を上げる。美少女台無し。

「おい、てめえ! その女をこっちに寄越しやがれ!」

 勝手に持っていけば良いだろうが。
 と青年は思ったが、それを口に出すよりも早く。
 男の拳が青年の顔を殴りつけた。たまらずに吹っ飛び倒れる青年。

 ガチャーン!

「うわ・・・っ?」

 なんなんだいきなり・・・と、青年は立ち上がる。そして。

「うわああああああああああああああッ!?」

 悲鳴は青年のものだった。
 足元に散らばった瓶の破片。さっき青年が倒れると同時に割れてしまった瓶を見る。

「な、なななななッ!? 師匠のお使いをーッ!?」
「ちょ、ちょっと! そんなんどうでもいいからこっちを助けてよ!」
「やかましいッ! このポーション高いんだぞ! 割ったなんて師匠に知れたら・・・」

 青年は青ざめた顔をさらに青ざめさせる。
 と、殴られた箇所をさすり。

「誰だ・・・今、僕を殴ったやつ!」

 青年が言うと、へっと笑いながら青年を殴った男が前に出る。

「俺だがどうし」
「バルスーッ!」

 がッ!

 青年が何事か叫ぶと同時、空気を震わす轟音が鳴り響き、前に出た男が吹っ飛ぶ。
 仲間らしき他の男が吹っ飛ばされた男を見れば、その頬に拳大のなにかで殴られた痕あった。

 バルスとか<打て>と言う意味の魔道言語。
 男たちはその意味は解らない様だったが、それでもその仕業が魔道の類だと言うことは解った様だった。

「てめえ、魔道士か!?」
「ご名答。ついでに名前も覚えておけ―――僕は・・・・・・」
「このやろおっ!」

 青年の口上が終えるのも待たずに、男たちが青年に殴りかかってくる。
 が、それよりも早く。

「バルス・ビル・ガルス!」

 ガルスとは<衝撃>を意味する魔道言語。
 そしてビルには他の魔道言語の意味を増幅する意味がある。文字に直すならば感嘆符といったところか。
 今の魔道言語を訳せば「衝撃よ打て!」となる。

 不可視の衝撃波に、男二人は仲良くブッ倒される。
 地面に三人仲良く伸びた男たちを眺め、青年は一息。

「え、えっと、ありがとーございました。あのお名前は・・・?」

 少女がおずおずと・・・どこか困ったように、揉み手などしながら尋ねてくる。
 青年は青ざめた顔で、少女を安心させるためにか無理に笑みを作り―――かなり不気味だったが―――名乗った。

「僕はクレイス=ルーンクレスト」
「ルーンクレスト・・・? どっかで聞いたようなー・・・・・あ、えっと、私の名前は」
「知ってるよ。リルゼ=シュテーヴン、だったな」

 彼女の名乗りを制して青年―――クレイスが言うと、少女は驚いたように

「えっ。私、名乗りましたか?」
「いいや。ただ、街で親切な人に教えてもらってな。近頃、そういう名前の美人局がいるから気をつけろと」

 

 

 

 美人局(つつもたせ)。

 ぶっちゃけ、悪い男が自分の女を使って、別の男をひっかけて、それをネタに金をゆする商売である。
 勿論、犯罪。
 ちなみにリルゼ一派のは普通の美人局とは少し違い、リルゼが仲間に追いかけられて、別の誰か(カモ)に助けを求める。
 そこで手を差し伸べてしまうと、屈強な男三人にボコボコにされて、身包み剥されて、男たちは帰っていく。男たちが去った後、自警団にでも通報しようとすれば、途端にリルゼが涙ながらにすがりつき「お願い、このことは誰にも言わないで。私、あの男たちに・・・酷いことされて、それをネタにいつも・・・今日も、それで―――お願い! このことが他人に知られたら、私、もう生きていけない!」とかなんとか。

 さらにそこで「僕の出来ることならなんでもするよ」などと優しい言葉をかけてしまえば、後日に「あいつらお金を払えばもう付きまとわないって・・・でも私、今そんなお金が無くて」・・・とかとか。

 リルゼ一味の犯行は実に一年以上にも及び、騙された男は100人を下らないと言う。
 それが発覚したのは、犠牲者の一人がカルラドーファの自警団に通報したせいであり、だからこそ街から離れたこんな場所で旅人相手に似たようなことをやっているのだが。
 しかし、それまで100人以上の人間が騙されたまま自警団に通報しなかったのは、リルゼがそれほど美少女だったということで。

 ・・・悲しいッスね。男のサガってやつぁ・・・・・・・

 

 

 

「―――というわけなんだ」

 魔女の森。その中心部にある小さな家の小さな部屋の中で。
 クレイスは漆黒のローブを身のまとった彼女を前に、ふんぞり返って言った。弱気は負けだ、とかなんとか心に繰り返し呟きつつ。

 あの後。
 とりあえず魔法でリルゼを適度にぶっ飛ばしたままそのままにして、帰ってきた。
 街まで戻って自警団に連絡するのは面倒だったし、捕まえて引き渡すのはもっと面倒だった。

「そういうわけなんだ」

 にこやかに―――ローブのせいで表情は見えないが、声音はそんな感じ―――で、ローブの女性ルーン=ケイリアックは頷いた。

「解ってくれたか。僕が悪くないってことが」
「ごめんねぇ。私馬鹿だからぜんぜーんわかんないー」

 パチン、と音が鳴る。
 彼女がローブの中で指を鳴らした音。

「お呼びでしょうか」

 と、クレイスの背後から、冷たい声音の少女の声。
 ルーンが指を鳴らす瞬間まで、二人しかいなかったはずの室内に、唐突に三人目が現れたことには驚かず、しかし青ざめた表情を青く青く、本物の死人よりも死人らしい顔をクレイスはした。

「うん。呼んだー。クレイスの馬鹿がまた失敗こけたから、てきとーに殺して」
「おい待て」

 クレイスは慌てて背後を振り返る。
 と、そこにはメイド服を身につけた、黒目黒髪の少女。
 その瞳は冷たく無機質で、だからかひょっとすると人形と見間違う。
 人形のような少女は、人形仕掛けのように口を開くと、淡々とした口調で、

「何回くらい殺せばよいでしょうか?」
「好きに任せるわ」
「ああ、嬉しいです。マスター」

 人形のような少女の声に、初めて感情らしい響きが灯った。
 どこか恍惚とした響き。
 よく見れば、瞳もやや潤み、頬もわずかに朱がさしている。

「それでは、行きましょうか。クレイス様」
「うう、キャシーだけだよ僕のことをクレイス様って呼んでくれるのは―――でもできればこの手を離してくれると嬉しいし、ていうか逃がしてー」
「今夜は・・・寝かせません」
「嫌だああああああああああああああッ!」

 しっかりと腕をつかみ、悲鳴を上げるクレイスを引きずるようにして部屋を出る。
 普段なら、退室の際には礼儀ただしく一礼するキャシーだが、それすらも忘れているようだった。かなり興奮しているらしい。
 ふむ、と一人残されたルーンは頷いて。

「クレイスのやつ・・・この前は一晩中かけて、キャシーに21回殺されたんだっけか。その前は35回。いちおー成長はしてるのよね。キャシーも最近、殺すのが楽しくなってるって言ってるし」

 そこまでいうと、彼女は虚空に語りかけるように呟いた。

「そういうわけだから。フロアには晩御飯、二人の分は要らないって言っといて。代わりに、簡単なもんでいいから朝食を作りおきしといてって」

 ルーンの呟きに答えるように、部屋の中の空気がふわり、と動いた。
 それは風となって、ドアの隙間から部屋の外へと抜け出ていく。
 ルーンが ”彼女” を見送ると同時、外の方からクレイスの悲鳴が響き渡ってきた―――――――

 

END


 

あとがき

 パニック!アフターSS第二弾。
 今回はクレイス君が主人公です。
 ちなみに前回の「愛憎」ともども、パニック!シード編終了の一年後という設定。

 だからなんだ、とか言われそうですが、めげません。

 いや自分でいいたいです。だからなんだっちゅーねん。
 あとがきにして書くことなんかなにもないぞー。なんだか適当に思い浮かんだモンだし。
 ちなみにクレイス話はまだ少しネタがあるんで、ちょこちょこ書けたらいいなあ、とかおもっちょります。いや書きますが。


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