パニック!

シード編・第四章
「イーグ=ファルコム」


D【テリュート】


 

 ・・・夢は見なかった。
 覚醒して、木綿の布団を払いのけながら身を起こすと苦笑する。
 このごろ、ずっと見ていたから、そろそろネタ切れなのかもしれない。

 実際、俺の過去はそれほど内容があるわけじゃない。
 俺の記憶がない昔に、姉に連れられて “闇の宴” に入り、天空八命星を叩きこまれ、組織を脱走して―――それからミストと出会った。
 言ってしまえば、ただそれだけのコト。

 姉さんが居なくなってからの変化は激動だったが、それでもアバリチアの一年の生活の方が内容は濃い気がする。
 俺がこうしてイーグ=ファルコムではなく、シード=ラインフィーとして定着してしまっている理由も、暗殺者であった頃よりも、流行ってないレストハウスの住み込みウェイターとしての自分の方が充実しているせいなんだろうと思う。

 不意に。
 妙なことを考えた。
 もしも暗殺者だったのが、イーグ=ファルコムではなくてシード=ラインフィーだった場合。
 もしかしたら、シード=アルロードとフロアを助けることができたのかもしれない―――・・・


「―――お、気がついたか」


 すさっ、と襖を開けて、セイが入ってくる―――ちょっとまて、ここはどこだ?
 慣れ親しんだ声を聞いたせいか、急速にシード=ラインフィーという自分を自覚して―――そのときになって初めて、自分が見知らぬ場所に居ることに気付く。

 森の中ではない。
 建物の中の部屋の中。

 見まわせば―――森とは違う、濃厚な木の香りと共に見まわせば、個室のようだった。
 畳張りの床に木綿の布団を敷かれて、俺はそこに寝ている。

 長方形の部屋で、一方には窓。
 窓は “障子” と呼ばれる、木の枠に薄紙の張った引き戸。
 薄紙を透けて、外からの光が部屋の中を明るみに照らす―――意識を失っている間に夜は明けていたようだ。
 ―――やや鳥肌が立つような寒い、すっきりとした空気。多分、まだ日は顔を出したばかりの時刻だろう。
 チュンチュン、と外から鳥の囀る声が耳に響いてくる。

 窓の他、三方は “襖” と呼ばれる引き戸で仕切られ―――うち、一方は押入れだろうか―――襖の一つを開けて、その端の木の角柱に背を預け、セイがふんふんと何時も通りの他人をからかうような微笑を浮かべていた。

 天井を見上げれば、木の梁が木の天井を支えている。
 一応、知識としては知っていても実際に目にしたことはない建築様式。
 アバリチアやキンクフォートでは見られない、東方の島国―――閉鎖領域に存在する “阿備” という国の趣がある部屋。


「おいセイ、ここは―――?」

「テリュート。キンクフォートの西にあるテリュートって村だ」

「テ・・・リュー・・・ト!?」


 テリュート。
 その名前を頭に浮かべ―――ひどく混乱する。
 聞いたことのない名前だったからじゃなくて、 “テリュート” 、という村の名前を知っていたからこそ混乱。


 どうして、俺がここに居る!?


 叫びたい衝動を抑えて、代わりに首を振る。
 不思議そうな面持ちで、セイが俺の方を見ていることに気がついていたけれど無視。

 混乱。
 状況が掴めない―――というよりは、思考がまとまらない。
 考えようとしても、すぐに意識が分散してしまう。

 思いっきり喚きたい気分。
 そんな衝動を耐えていると、セイが至極楽しそうに笑いかけてきた。


「それにしても、運が悪いよなーお前。よりにもよってあのオッサンに殴られるなんてよ」

「・・・オッサン?」


 セイの言葉に、少しだけ思考が落ち着く。
 そう。昨日、いや昨晩、あのクソ親父にいきなり殴られたんだっけ――――――・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会った瞬間。
 直感で確信した。


「イーグ・・・か。ふン、リウラはその名前をお前につけたのか」


 月下。
 森に形作られた、天然の闘技場の中央で男。
 片手にクレイスの身体を担ぎ、もう片方の手を顎の不精髭にやりつつ、にたりと笑う。

 シルヴァ=ファルコム。
 と、男は名乗った。今夜、初めて、俺が耳にした名前。

 ―――姉さんは、教えてくれなかったな。

 と、今にして思う。
 姉さんは、俺が真に殺すべき男の名前を教えてくれることは無かった。
 その意味は俺にはわからない。
 ただ “天空八命星” はこの男を殺すために教え込まれた―――それだけは確信していた。


「お前を、殺す」


 呟いて。
 腰を若干落とし、右足を肩よりも僅かに後ろに下げて男を睨む。


「素手でか?」


 馬鹿にするように男。
 クレイスを担いで居なければ、肩の一つでもすくめていただろうが。
 ―――確かに、俺の手に武器はない。が。


「素手だろうと、武器を持ってようと―――お前が死ねば同じだろ?」

「なかなか吐くじゃねえか」


 男は楽しげに笑って。
 さっ、と身構えた。

 身構えた、と言っても心持ち顎を引いた程度だ。
 が、それが男の戦闘態勢なんだろう。口元が自然に緩んでしまうくらいに楽しくなる。

 少なくとも、目の前の男は、俺が強いと思えるほどの存在。


「リウラのヤツは育て方を間違ってはいなかったようだな―――貴様、どこまで使える?」


 どこまで使える―――?
 その問いに一瞬戸惑い、それから一つ思い当たる。


「天空八命星を?」

「その力をだ」


 ―――?
 今、少し話が噛み合わなかった・・・か?
 妙な違和感を覚えるが、今から始まるコトには無意味に近い。
 考えることをせずに、目の前の男を倒すために思考を切り返る。


「お前を殺せるくらいには使えるさ」

「それは、楽しみだ」


 笑わず。
 男の身体が不意に沈んだかと思うと、その直後には男が担いでいたクレイスの身体が飛んできた。

 一瞬、迷う。

 クレイスを避けるか、それとも受け止めるか―――一瞬だけ迷い、結局受け止めた。
 両腕で抱きとめ、飛んできた慣性の衝撃を後方に下げた右足をふんばって受け止める。


「甘いぞ貴様ぁ!」

「速いッ!?」


 クレイスの身体を地面に落とそうとしたときには、すでに男は目の前に迫ってきていた。
 どこか、怒りすら含んだ―――失望が滲んだ表情。

 男は「渇」と息を吐き。
 腰元に、まるで弓を引くように退いた右の拳を―――いや、掌をクレイスの背中に向かって突き出した。

 瞬間。

 シンリュウ ムテン      ゲキ
「真流 “無天” ―――!」

「―――か・・・はっ!?」


 俺の、腹部に、重く、強く、重い、衝撃が、叩きこまれて―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――真流 “無天” か。


 殴られた。
 とは、少し違う。

 超古代、と呼ばれる時代から存在する “天空八命星” と並ぶ “伝説”。
  “真流” と称された、閉鎖領域 “阿備” に伝わる、人間を人外の兵器せしめる究極の戦闘術。
 そのうち、 “気” ―――魔力や、僧侶が扱う法力などの精神エネルギーとは相反する、生命エネルギーを扱う格闘術――― “闘術” と呼ばれる格闘術を基本にして生み出されたのが “無天”。

 セイが以前に使っていた “スターナックル” やらの技も、闘術に含まれる。
 もっとも、セイのあれは我流みたいだが。

 姉さんから教えてもらった事を思い出す。
 昨晩、俺が受けたのは、盾や鎧などの防具を素通りして、直接肉体に衝撃を叩きこむ “隙” とかゆー技だったか。
 条件が揃えば、体内からダメージを与えることもできるとか―――うへぇ、ぞっとしないなー。

 思わず、 “衝撃” を臓物に直に叩きこまれて、ぐちゃぐちゃになる光景を連想して気分が悪くなる。

 それにしても―――


「ここがテリュートってだけでも頭痛いのに、さらに真流無天だと? ―――ったく、なにがなんだか」

「おお。シード君ってば物知りだねぃ。真流なんて、よっぽどのマニアしかしらねーぞ」

「マニアってなんだマニアって―――いや、言わなくて良い」


 即座にミストの顔が浮かび、俺はそれを振り払った。

 布団を退かせて立ちあがる。
 ―――腹部が痛む。昨晩、謎の親父に “隙” を食らった個所だ。
 それも、明確な痛みではなくて捻挫のような、重たい痛み。服をまくってみてみると、青黒い痣になっていた。


「つ―――あのクソ親父。俺に何か恨みでもあるって言うのかよ!?」

「いやぁ、なんか誰かを追ってたらしいぜ。んで、クレイスとお前をその追ってる相手をと勘違いして、問答無用で仕掛けたわけだ」

「・・ふぅん」


 頷きながらも、セイの言葉は嘘だと知っていた。勘違いしたのはクレイスだけであって、俺に対しては完全に認識していたはずだ―――が、訂正はいれないでおく。
 俺にしても、昨夜は唐突な憎悪―――というか、殺意が沸きあがって、どうしようなくあの親父を殺したい衝動に駆られたんだから―――どっちかっていうと、俺が仕掛けて返り討ちにあったってカタチ? そーいや、セイにも返り討ちにあったよーな。

 どんよりと気が重くなる。
 はぁ、と息を吐いて―――ふとあることに気がついた。


「・・・セイ、さっきから話を聞いてると、どうも昨晩の真流使いと知り合いのように聞こえるんだけど」


 くたー、っと布団の上に脱力して倒れながら―――あ〜、なんか布団の温もりに幸せを感じるな〜―――襖をずりずりと閉めたり開けたりして、遊んでいるセイに尋ねる。
 セイは、ぴしゃりっと勢いよく襖を閉めてから、あぁと頷いた。


「俺の兄貴と友達なんだ」

「・・・お前、兄さんなんて居たのか?」

 
 思わず顔を上げる。
 少し意外―――まあ、一度も話を聞かなかったし。
 しかしそうすると、死んだ弟ってのも含めて、四人兄弟なのかこいつ―――けっこー、大家族だな。

 ふんふんと頷くと、セイは少し苦笑して「年は離れているけどな」と付け足した。
 どーでもいいけど、コイツって兄弟の話をすると決まって苦笑するよな―――兄弟の話は禁句なのかもしれない。


「―――さ、メシだってよ。とっとと行こうぜ」

「あ―――ああ」


 セイが襖を開けて部屋から出て行く。

 ・・・やれやれ、俺も行くか。

 嘆息しながら立ちあがる―――頭痛がする。
 実際に頭が痛いわけじゃない。幻覚的な頭痛―――

 朝起きてから、何度目かの嘆息。
 軽く首を振って、手で頬を叩く。


「―――ま、どうなってもどうにかなるよな」


 結論になっていない結論を呟いて、俺はセイの後を追って部屋を出た。



 ―――キンクフォートの西にある村・テリュート。
 ここは、俺と―――俺の姉さんが生まれた村だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くをらああああああっ! この家は客に炭を食わせるのかああああああああっ!」

「すっ、すみませんっすみませんっ!」


 真っ黒焦げの魚を高々と吊り下げて、クレイスが怒鳴っている。
 そんなクレイスに青い大きなリボンを頭につけた幼い少女―――セイやテレスよりも幾分か年下、というところか―――がペコペコと平謝りに謝っていた。

 ・・・なにやってるんだか。
 思いながら広間の中を見まわす―――

 ―――セイの後について、まるでテラスのように庭に面して外と繋がっている廊下を歩き、ついた場所がこの広間。
 だいたい、俺が寝ていた部屋と同じくらいの広さだろうか。俺とセイが入ってきた入り口のほかに、もう一つ入り口がある―――俺が立つ入り口とは、横に垂直である壁にある出入り口の向こうは、どうやら炊事場のようで、料理の香りと誰かが慌しく駆け回るパタパタとした足音が響いてくる。

 広間の中には大きな長机が一つ、部屋の真中に置かれている他は閑散としていて、壁に二つほど蝋燭が立ててあるだけだ。
 その机の向こう側にクレイスが、少女に対して偉そうにふんぞりかえって座っている。


「今、代わりの物をお持ち―――っきゃあああああっ!?」

「どわあああっ!?」


 どんがらがっしゃーん!
 などと、けたましい音を立てて、少女とクレイスが一緒になって机の下に消えた―――こちらからでは良くわからなかったが、どうやら魚の皿を下げようとして、青いリボンの少女が躓いたか滑ったかして転んだらしいが。


「どけー! 邪魔だー! てゆーか、重いぞぉぉぉぉぉっ!!」

「あーっ、なんか最後の一言はすっごく失礼かと!」

「文句言う前にどけぇぇぇっ!」

「嫌ですっ! 訂正してくれるまでどきません。というか、さらに荷重かけちゃいますッ!」

「ぐええええええええええええええっ!?」


 机の下から、そんなやり取りだけが聞こえてくる。
 思わず俺はセイと顔を見合わせた。セイは軽く肩をすくめて、にやにやとクレイスたちが消えた机の方へと顔を向ける。

 ・・・朝っぱらから、一体なんなんだか。


「ぐえーっ! 重い、重い、重いいいいっ!」

「三回連続で連呼!? いくら温厚かつおしとやかで、スレンダーボディな私でもキレますよ。ってゆーか、すでにキレてます」

「ちょっ、ちょっとまてっ。なんか本当に四年前に死んだばーちゃんの姿が見えてッ!」

「オーッホッホッホ! 必殺! ジャンピングボディプレッシャー!」


 どすどすと、少女がクレイスの身体の上で跳ねる音。
 机の下に隠れていた、少女の大きなリボンがぴょこぴょこと出たり消えたりを繰り返し、そのたびにクレイスの死にそうな声が響く。

 ―――と。


「こらっ。アオイ、お客様に暴力はいけませんよ」


 不意に、凛とした女性の声が響く。
 見れば、いつのまに現れたのか、流れるように長い黒髪の女性が、長机の傍らに立っていた―――・・・!!

 とくん、と鼓動が高鳴る。


「か、かあさま! でも、この人が私のことを重いっていうんですものっ!」

「・・・アオイ、重いと言われたくなければ、全身に仕込んである暗器を捨てましょうね」

「―――あ」


 はっと、気付いたように、アオイと呼ばれた少女はぴょこんっ、と立ちあがる。
 青いリボンを忙しなく揺らしながら、全身をバタバタと揺らす―――と、ジャラジャラと木の床に金物が落下衝突する音が、間断無く鳴り響く。
 女性と少女のやりとりからすると、それらが全部暗器みたいだが―――少女の服装をよくよくみても、どこでも見かけるような普通の服装だ。
 お洒落よりも、動きやすさを重視しているようだが、ならば余計に大量の暗器を隠せる場所なんてないはずなんだが。


「―――よし、っと」


 しばらくして、全ての暗器を放出し終えたのか、少女は満足そうに頷くと再び机の下に消えた。
 正確に言うなら、クレイスの上にダイブしたと言うべきか。


「ぐえっ!?」

「どうですー? もう、重くないですよー!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「あれー? なに口から泡吹いているんですかっ! 重く無いといってください!」

「アオイ、もう気を失ってるから」

「そ、そんな・・・卑怯ですッ!」


 なにがだ。
 ・・・思わず心の中でツッコむ。

 と、少女をたしなめていた女性がゆるりと俺たちの方へと向く。

 ほう、と手を自分の頬に当てて、少し首をかしげた。


「あら? 貴方達、何時からそこに?」

「・・・・・いや、さっきから居ましたけど」


 俺が答えて、女性はさらに首を傾げる。
 長い黒髪が、重力に応じてまっすぐに肩へと降りた。


「もしかして、曲者?」

「・・・・・違います。その―――泡吹いて失神しているクレイスってやつと同じで―――」

「あらあらら。お客様だったの」


 女性は、少女を叱っていた時とはまるで別人のようにパタパタと慌てて、困ったように首をめぐらせる。
 やがて、一息つくと俺たちに向かって頭を下げた。ぺこり。


「これはこれは失礼をしました。私、この屋敷の主人の家内で」


 と、顔を上げてにこりと微笑む。

 ―――とくん、とくんと胸が鳴る。
 軽い心音が、やけに耳の奥にハッキリと響いて、ああ・・・

 頭痛―――幻覚的な頭痛がズキズキと鳴る。
 まるで、悪い夢から叩き起こそうとするかのようだ。


「レティ=ファルコムと申します」


 ―――ああ、やっぱり。
 ズキズキと―――頭が痛む。
 どくどくと、血が沸き立って、鼓動が早くなる。
 抑え様と思っても、抑えようとするたびに加速していって。


「どうか、なされましたか?」


 そう、目の前の女性の声が聞こえた。
 目で見やる―――血で彩られたかのように、真赤な真赤な赤い視界。
 なんとも、狂気と、殺意をそそる情景。

 そんな赤のヴェールを被ったような視界の中で、彼女は戸惑いながらも微笑んでいた。


「いえ、べつ、に・・・・・」


 答えながら。
 一音呟くごとに、喉の底から熱いものがこみ上げてくる。
 熱い熱い。吐き出さなければ、身体の中を全て焼却してしまいそうな炎のような殺意――――――

 くっ――は・・・あああああ―――

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

 もう、今すぐにでも。今すぐにッ!
 目に見える全てを殺したくなる――――――――――


「・・・どうしたんだ、お前。顔が真っ青だぞ」

「なんでも、ない」


 セイの、声に、なんとか答える。
 けど、どうにも、ヤバイ。

 もう、なにがなんだかわからなくなってきて。
 どうにも、なにかがとまらなくてっ。

 いったい、俺はなんだっていうんだっ!?

 自分が自分で無くなってしまいそうな感覚。
 自分が本当の自分に生まれ変わる快感。
 ひどく “シード=ラインフィー” という存在が希薄になる―――・・・!?


「いけませんね」


 ひやり、と額に冷たい指が触れた。
 不思議と、その瞬間。
 熱病のように、ぼんやりとぼやけていた意識が、泥水の中からゆっくりと浮上するかのようにゆっくりと―――ゆっくりと、覚醒していく。

 すっ、と―――俺の中で暴れ狂う殺意が沈静化。

 ふ、と顔を上げて―――汗が瞳に入り込んで、思わず目を閉じる。
 いつのまにか、俺は滝のような汗を全身から流していた。

 シンリュウ テンチ      ジュウイチカイイ   ジャク
「真流 “天地” ―――拾壱階位の<寂>」

「―――――は、あ・・・?」


 心が落ち着く。
 まるで、先程の真赤な殺意が嘘のようだ―――・・・

 汗を拭って瞳を開ける。
 そこには、優しげな女性の顔。


「はい。もう、大丈夫ですよ」


 女性は、そう言って俺の額から指を離した。


「あ―――」


 母さん!
 ・・・そう、叫びそうになって自制する。
 だって、今の俺は、彼女の息子ではないから―――息子であっては、ならないのだから。


「なにか?」

「いえ、なんでもありません―――ありがとうございました」


 それだけ言って、唇を噛む。
 彼女に気付かれないように、顔を俯かせて。

 もしも、俺が彼女の息子だというのなら。
 俺は彼女を殺さなければならない。彼女も俺を殺さなければならない。
 理由は、わからないけど、そうしなければならない宿命を、俺は感じている。


「・・・なんだよ? 一体、なにがどうしたっていうんだよ?」


 不思議そうに、セイ。
 俺は答えず―――答えられず。セイの方に顔を向けることもできずに、ただ唇をかみ締めることしかできなかった。

 はは、たぶん、すっげぇ情けない顔してるな。俺。


「ああ―――この方が、 “鬼” を秘めていたものですから、それを静めただけですよ」

「鬼?」

「はい。人の心に巣くう鬼。闘いを望み、血を求め、死を喰う――― “殺意” と呼ばれるものです」

「はぁ? 殺意?」


 セイが俺の方を向いた、のが気配で感じ取れた。
 俺は、まだ唇をかみ締めたまま―――二人の会話を聞くことしかできない。

 母さん、と叫びたい衝動。
 今にも泣いて、叫んで、この場から逃げ出したい。


「おいシード。お前、どうしたんだよ?」

「あら、この方はシードというのですか?」

「あぁ。こいつの名前はシード=ラインフィーっていうんだ―――初対面、だよな?」

「ええ。それで、貴方は―――ヴァサス=ケイリアックさんでしたっけ?」

「・・・そりゃ、兄貴の名前だ」

「あららら。それでは、ルーン=ケイリアックさん―――」

「そりゃ姉貴の名前ッ! 俺はセイ! セイ=ケイリアック!」

「ああ、そうでしたね。申し訳ございません」

「・・・ったく、いくらなんでも姉貴と名前間違えるのは勘弁してくれよな。おばさん」

「――――――あら」


 瞬間。
 ぞくり、と。
 周囲の空間の気温が下がったような―――そんな錯覚を覚えた。

 顔を、上げる。


「いやですねぇ。私、まだ若いのですけど」


 顔を上げたそこには、一人の、鬼が居た。

 にこりと浮かべたその微笑はどうにも無機質めいていて、腕の良い職人が作った精巧な仮面のようだった。
 殺意―――憎悪―――そんな激しい感情を、さらに一歩進めれば、こんな色のない激情になるのだろうか―――ともあれ、レティ=ファルコムと名乗ったその女性は、その存在は、すでに一匹の魔物めいた威圧感を解き放ち、その微笑を前にして、俺もセイも微動だにできずにいた。


「セ、セイッいいからはやく前言撤回しろっ」


 かろうじて動く口を慌てて動かして叫ぶ。
 いつもはひょうひょうとしているセイですら、その恐怖に縛られているようで、こくこくとうなずくと勢い良く口を開いた。


「お、おう。え、えーと、おばさん、さっき言ったのは間違いだッ! おばさんは十分に若いぞッ! 十年―――いやっ、二十年くらいサバよんだっておばさんとは思われないッ!」


 馬鹿。

 ずん、と。
 目の前の “鬼“ が放つ重圧が強力になる。
 とゆーか、恐怖で狂い死にそうな圧迫感。
 死線を幾度かくぐりぬけてきた俺だからこそ、なんとか平常を保っていられるのだろう―――セイ? まあ、セイのヤツが死線を潜り抜けてきたかは不明だが、まあセイだし。


「バカセイィィィィッ!! この馬鹿たれがッ。お世辞でいいから “お姉さん” くらいは言えよッ! お世辞で良いからッ!」


 ずずん。
 と、不思議とさらに加圧されるプレッシャー。
 俺、なにか悪いこといったか!?


「そっ、そうか。すみません、お姉さん。いや、いつみても若くていらっしゃる。もう、四十二回目の誕生日を迎えたとは思えないほどに―――」

「どうして私の年を知っているのですかっ!」


 手には―――いつのまにか一枚の紙が握られていた。
 手に収まるほどの、長方形の―――ヘンな文字が書かれた紙。

 シンリュウ テンチ     ロッピャクロクダン   ホウ
「真流 “天地” ―――六百六段の<砲>!」


 ずだんっ!
 と、紙が火の玉に変化して、俺たちに向かってものすごい勢いで飛んでくるッ!

 慌てて屈んで避けると、火の玉は俺たちが入ってきた入り口を潜り抜けて、外に飛び出していく。
 ―――数秒後、外でどぉんと、破壊音が響いてきた。

 シンリュウ テンチ      サンジュウニシン   ゲキ
「真流 “天地” ―――参拾弐星の<戟>!」


 声に振りかえれば、一枚の紙の札を三叉の槍に変化させている女性の姿。
 ・・・相変わらず表情は微笑んでるが、その殺気はまぎれもなく本物!
 てゆーか、さっきの俺よか性質悪くないかアンタァァァァッ!?


「―――我、今より修羅道に入るッ!」

「だあああっ。ちょっと落ちつけオバサン!」

「・・・・・・死をもって終極とせんッ!」

「「どわああああああっ!?」」


 ぶんぶんと振り回される三叉の槍を、悲鳴を上げながら回避していく。
 狭い場所で長い得物を振るうと言うのに、室内には全く傷をつけてない技量にが舌を巻くが、そう気を使われてるからこそ、なんとか回避できているのかもしれない。

 ぶをん。
 と、振り下ろされた一撃を手ごろにあった椅子を掲げて防ごうとする―――と、椅子に振り下ろされる直前に槍が退かれ、二動作で突きとなって飛んでくる。椅子を投げ捨ててそれを避けると―――ふと、セイの姿が無いことに気がついた。


「逃げたッ!?」


 ああああああああああッ。あのやろー、いつのまにッ!
 てゆーかそもそもの原因はあのバカがオバサン呼ばわりしたことだろうがッ。


「オバサンッ、首謀者ってゆか諸悪の根源が逃げたぞッ! 追うべきだと俺はかなり思いますよオバサン!」

「・・・まだ、いうかああああああああああっ!」


 うひょおおっ!?
 さらに加速された槍の連撃。
 すでに理性が完全にキレているのか、室内の壁やテーブルが傷つこうともお構いなしの状態。

 くそっ、そろそろヤバイかも―――


「んあ?」

「!」


 かすかにきこえたトボケタ声に目をやると、気絶していたクレイスが起き上がった所だった。
 ぱちん、と傍らに居た少女が手を合わせ―――いや、居たなら母親の暴走を留めて欲しいんだけどキミ―――嬉しそうにクレイスの顔を覗き込む。


「きがついたんですねっ。さぁ、重くないと言―――」

「クレイスッ、大変だッ! ピンチだから助けてくれッ!」

「ああ? なにがピンチ―――」

「そんなことはどうでもいいからッ、早く重くないといってくださいッ!」

「ああもぉッ、何がなんだかああああああああ!?」


 混乱。
 と。


「な〜にやってんだ貴様らぁ?」


 緊迫した状況に、のんびりとした声。
 けれど、それで不思議と怒り狂うオバサンも、クレイスの首を締めて揺さぶっている少女も大人しくなる。

 声のした方を振りかえる。
 振りかえれば入り口。入り口には、セイともう一人―――


「あ、あなた!」

「とうさま!」


 オバサンと少女が交互に呼んだ男を見やる。
 やや無作法に伸びた、俺と同じ黒髪。居ぬくような黒瞳。
 外見だけ見れば、なにかのプロスポーツ選手のように引き締まった身体をしている―――無論、この男がスポーツ選手などと言う、真っ当な人生を送っているはずが無いが。
 ぽりぽりと、こめかみを軽く掻いて呆れたように場を見ていた男が、不意に俺に気がついた。

 やや、嬉しそうに。
 白い歯をにぃ、と覗かせる。


「よぉ、昨日は災難だったな」

「・・・どうも」


 言葉が見つからない。とりあえず、それだけを返す。
 昨晩、この男を近くに感じただけで湧き上がった殺意は欠片も存在しない。
 先程の、オバ―――もとい、レティさんの術のお陰かもしれない。

 ―――気がついた。
 それでも、無意識にズボンのポケットに潜ませているナイフを、手で探っている自分に。


「まあ、犬にでも噛まれたと思っとけ。間違っても慰謝料なんぞ請求するなよ。うちにゃ、金なんて無いし」

「はぁ・・・」


 結構、広い家だと思うのだが―――家というよりは、屋敷と呼べるかもしれない、アバリチアやキンクフォートじゃかなりの資産家で無いと立てられないような屋敷だ。
 などとか、ぼんやりと考える。まあ、田舎だろうし。いや、じゃなくて。

 ・・・・・・ちょっと逃避しかかってるぞ俺。


「お野菜ならいっぱいありますけどー」


 付け足すように、少女―――アオイ、と言ったか―――が言う。
 男はうむうむと頷いて。


「・・・ああ、そう言えば」


 ぽん、と手を叩き合わせて男。
 少し、目を鋭く細めて俺を見る。


「まだ、貴様の名前を聞いてなかったな――――――貴様は、誰だ?」


 妙な質問。
 貴様は、誰だ?

 昨日、俺自身は名乗ったはずなのに。
 貴様は、誰だ?

 ・・・・・・・なにが、言いたいんだろう。この男は。


「シード。シード=ラインフィーです」


 俺は、俺の名前を答えた。
 すると、男はにぃと、また歯を覗かせる笑みを浮かべて。


「そうか。俺はシルヴァ=ファルコム。この家の主だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯は上手かった。
 内陸部で、森に囲まれた街であるせいか、でてきた料理のほとんどが野菜や川魚であったが、なかなか創意工夫に満ちている。
 特に目に引いた―――というか、舌が引いたのは漬物、と呼ばれる塩漬けの野菜。
 森の中に、塩岩洞と呼ばれる洞窟があり、そこには塩分の塊のような石がごろごろあるらしい。そういうわけだかで、そういう塩漬けの料理が生まれたらしいんだが。
 少々、塩っ辛いが不思議と食が進む。しかも、塩漬けにしているから長期保存が可能であるし―――もともと、保存用に生まれたものらしいが―――、うーん、スモレアーでも取り入れてみようかっなー。


「と、まあ。ここらへん一帯が、ウチの畑なんです。―――今年の分は、もう収穫が済んじゃいましたけど」


 アオイが、言いながら屋敷よりも尚広い畑を指し示した。
 ―――シルヴァ=ファルコムの屋敷の裏手にある畑。朝食を頂いた後、その腹ごなしに俺たちはアオイに村の中を案内されていた。


「はー。クレイスの家とどっちが広いんだろうな―――なあ、シード」

「知るかよ。本人に聞けばいいだろ」

「ンなこといっても、あいつスネて屋敷の中で閉じこもってるだろ」


 セイの言葉に苦笑する。

 俺たち、といっても俺とセイだけで、クレイスのヤツは屋敷の中にいる。
 クレイス曰く「なんで僕があんなヤツに村を案内されなきゃいけないんだッ」・・・らしいが。
 朝のことを大分、根に持ってるらしい。―――まー、実際の重量はどんなもんかわからないが、あれだけの量の暗器を纏った体重で潰されたんだ。そうそう、許せるものでもないだろうし。


「まったく。あんな程度でスネるなんて、男らしくないです。とゆーか、私の受けた心の傷の方がよっぽど深いですし」


 ぷんぷんっ。と、アオイが腰に手を当てて頬を膨らませる。
 こっちもこっちで、許せないらしい。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テリュートと言う村は、俺が思っていたよりも小さな村ではなかった。
 むしろ、面積だけならばアバリチアの南区にも匹敵するようだ。

 ファルコムの屋敷は村の最奥の、小高い丘の上に建っていた―――平原にある森の中の村だ。自然に丘などできないから、人工的に作られたのだろう。
 丘を下る途中、そのことをアオイに尋ねると、「暗黒時代の名残ですよ」と答えてくれた。
 暗黒時代、村が魔物に襲われたときには、この丘の上に村人を集めて抗戦したらしい。―――キンクフォートから、幾分と離れた村だ。大した産業もないようだし、外部からの援軍を望めないのならば村を捨てるか、戦うしかない。

 ―――実際、この近辺にあった村は、暗黒時代―――特に、最終聖戦の直前に全て打ち捨てられている。

 どうして、戦ってまで、この村を捨てて逃げなかったのか。
 それを聞いても、アオイは首をかしげて「わかりません」と答えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘を降りると、幾つかの木で組まれた―――早い話、 “スモレアー” と似たような家々が立ち並ぶ。
 特に計画されて立てられたわけではないようで、乱雑に、適当にと建っている―――が、そのどれもが丘の方、つまりは俺たちの方に、入り口の戸をつけている上に、この位置から全ての家の入り口を見通すことができた。

 これも、暗黒時代の名残なのだろう。
 襲撃時、即座に屋敷へ避難できるようにと言う風に。

 「どうせなら、屋敷に村人全員で住めばいいじゃんかよ」と、セイが言ったが、そう言うわけにも行かないだろ。

 と、村の中。散歩でもしていたのか、何気なく歩いていた女性が俺たちに気付いた。
 「あ」とてくてく歩み寄ってくる女性に、アオイがにこりと微笑んで。


「おはよう。ライラさん」

「おはようございますアオイ様―――そちらの方は?」


 様。と敬称で呼ぶ女性。
 ―――丘を降りる途中で聞いた話だが、シルヴァ=ファルコムはこの村の村長を務めているらしい。
 ・・・とはいえ、村長の娘だからといって、様付けされるのは少々疑問だが、アオイが言うには「むかしからそうなんです」・・・らしい。

 まあ、地方には様々な風習があると聞くし、これもそんな風習のひとつなんだろう。


「えっと、お客様です。―――昨夜、とうさまが間違えて殴っちゃった人と、そのお連れさん」


 アオイに紹介(?)されて、俺は目の前の女性に「どうも」とだけ呟く。
 ライラとアオイが読んだ女性は、訝しげな表情を俺たちに―――いや、俺に向けていた。

 その瞳に宿るのは―――――殺意!?

 ぞくり、として俺は身構えようとする。
 よりも早く、女性はふっと視線をそらし、アオイに微笑みかけた。


「あら、そうなんですか。それは災難でしたね」

「んん。でも、とうさまも悪気はなかったんだし。不可抗力ってことでシードさんにも納得してもらいました」

「・・・いや、納得した覚えはないが」

「シード・・・なるほど、それがこの人の名前ですか」


 俺の呟きは完全無欠に無視して、女性は頷いた。
 ―――いったい、俺がなんだっていうんだか。


「アオイ―――案内はここまででいいから、ちょっとクレイスの様子を見てきてくれねーか?」


 不意に。
 そんなことを口走ったのはセイだった。
 その意図が掴めずに、俺は黙ってセイを見る。
 アオイも同じだったようで、困惑―――というよりは、嫌そうに顔をしかめてセイの方を向いた。


「ええ!? どうして、私があんな人のトコに行かなきゃいけないんですかぁ!?」

「アオイ様。どういう事情があるのか把握していませんが、私もそれがよろしいかと―――ほら、私もついていってあげますから」

「え? ちょっと、ライラさん!?」


 戸惑うアオイを、女性はぐいぐいと強引に屋敷の方へと背を押す。
 わけがわからずにそのまま見送っていると、一度だけ振りかえって―――俺を射抜くような鋭い視線で睨みつけた。

 純粋な。殺すことだけを求める、純粋な殺意。
 憎しみも、怒りもなく。ただ、死を求める殺気。


「―――なんだっていうんだよ、この村は・・・」


 なんとなく、屋敷の方へと遠ざかっていくアオイに聞こえないように、小さく呟いて。
 俺は背後を振り返った。
 複数の殺意が待つ背後を。


「天空八命星―――噂には聞いていたが、まさか帰ってくるとはな」

「十六年前の悪夢、か」

「ならば悪夢は―――払うのみ!」


 振りかえれば、いつのまにか出現したのか十数人の村人。
 剣、斧、槍―――などと手にはそれぞれ武器を持っている。
 子供はいないが、女も中には混じっていて―――その誰もが俺に向かって殺意を放っている。

 はぁ。と、隣でセイがわざとらしく嘆息するのが聞こえた。


「シード君。キミはこんなにも人から恨まれているんだねェ」

「恨まれることは否定しないが―――心当たりがまったく思いつかん」

「昔、この村の誰かを殺しちゃったとか?」

「俺はこの村を出てから、一度も近寄ってない」


 俺の言葉にセイが怪訝な顔をする。
 え。と、呟いて。


「それって、どういうことだ? お前、この村の―――」

「俺の本当の名前を教えてやるよ」


 そういえば、コイツには言ってなかったなと思い出す。
 周囲から放たれる殺意に、冷や汗を垂らしつつ―――ゆっくりとズボンのポケットにつっこんであるナイフに触れた。

 なんとなく、予感し―――予想して。
 戦闘準備を気構えながら、俺は続けた。


「イーグ=ファルコム―――てめえの兄貴の知人の息子らしいぜ」


 言った瞬間。
 村人全員が、飛びかかってきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、帰りました―――って、あれ?」

「あ、お帰り」


 玄関で出迎えた俺たちに、アオイは心底不思議そうな顔で目を見開いた。
 その後ろに続いていた、ライラという女性も同じように―――こちらはさらに強張った表情で、俺たちを凝視している。


「え・・・と。私、シードさんたちよりも先に戻りましたよね? なのに、どうしてシードさんたちが私にお帰りとか言うんですか?」

「そりゃ、俺たちの方が早く帰ってきたからに決まってるだろ―――な、シード」

「まぁそうだけど」

「それもそうですね。なるほど、わかりましたー」

「・・・・・そうですねって、それでいいのか?」
 

 思わず俺が聞き返すと、アオイは首を傾げて。


「なにか、変ですか?」

「・・・いや、別に良い」


 ちなみに、村人達が襲いかかってきた直後。
 セイが俺の手を掴んで、瞬間移動でこの屋敷まで戻って来ってワケなんだが。


「―――丘の下で、なにか騒ぎがあったようですが」


 それまで黙っていたライラさんが、ふと思い出したように口を開く。
 ・・・襲ってきた村人はどうなったのか聞きたいのだろうけど。

 さて、なんと答えようか―――と思っている間に、セイが「おっと」と、声を上げた。

 ガシャンッ、と玄関の三和土の上になにかの落ちる音。
 見下ろせば、そこには―――


「くっ・・・」

「え―――ライラさん?」


 顔を歪めて、玄関を外に飛び出したライラさんに、アオイがさらに困惑する。
 ・・・というか、俺も意味判らない。なんで、いきなり彼女は飛び出して行ったんだろうか。―――今、セイが落としたものを見て、どうしたっていうんだ?


「おっとっと、落としちまったい」

「・・・あ。セイさん、危険ですよ。そういうの」

「暗器を全身に仕込んでるヤツに言われたくないが―――まあ、今度から気をつける」


 言いながら、セイは自分が落とした―――ナイフを拾い上げると、どこからか取り出した皮の鞘に納め、手品であるかのようにどこにともなく仕舞う。
 ―――なんの変哲もないナイフだ。どうして彼女は、それを見ただけで飛び出したんだろう?

 疑問に思ってると、セイが素早く耳打ちしてきた。


「簡単な幻術だ―――あの女の目には、血まみれのナイフが見えたはずさ」

「・・・成る程」


 納得して頷く。
 血で汚されたナイフを見て、仲間が刺されたとでも思ったのだろう。

 ―――しかし、それにしても、だ。
 なんだって、この村の人間は俺を殺そうとする? 単なる人違い―――と、思いたいが、ヤツらは “イーグ=ファルコム” の名を耳にして、襲いかかってきた。
 つまり、シルヴァ=ファルコムと同じ性を持つ者と知って、俺を標的だと確信した。

 俺が生まれたとき。
 姉さんは、俺を村から連れ出して逃げ出した。
 一体、何故逃げ出したのか―――俺は知らない。知る機会も無かったし、その必要も無かった。

 あの頃は、姉さんだけが居ればそれで良かったから―――・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関でアオイと別れ、俺たちは屋敷の中を一人の男を求めて捜し歩く。
 シルヴァ=ファルコム―――おそらく、十六年前に俺と姉さんが村を逃げ出した理由、それと俺に村の人間から殺意を向けられる理由を知る存在。


「はぁ・・・」

「なんだ。どうしたんだよ、シード」

「別に―――これで、村の人間から話を聞くのは無理だと思ってさ」

「・・・話?」

「―――ミストの・・・アイツラの行方の手掛かりをだよ」


 つまり。
 俺が朝からこの村にいる理由がそれだった。
 時間がない。本当なら、即座にアイツラを探しに飛び出したいところだが、いくらザルムがフロアを感知できるとしても、それには限界がある。
 前にも言ったように、暗黒時代―――それを終結させるために起こった最終聖戦の傷跡は未だ深くて、このテリュートを除き、キンクフォートの西に人の住む場所は存在しない。

 唯一、ヤツラの情報を集められる場所が、このテリュートだったってわけだが。
 その村の人間に、敵意を持たれていては―――言葉通り、話にならない。


「・・・・・あ。そーいや、俺たちってミストを助けに来てたんだっけ」

「忘れてたのか? もしかして」

「うぃ。すっかり忘れてましたです」


 殴る。
 アッパー気味の右拳を回避され、セイの上体が左に泳ぐ―――そこへ、拳を引いた反動を利用して、左のハイキックを叩きこむッ!

 当たった! と、思った瞬間。
 セイの姿が掻き消えた。


「・・・今のはちょっとやばかったかなー」

「この卑怯モン」


 背後に瞬間移動したセイを肩越しに睨みつける。
 セイはケケケと笑い。


「でもよ―――イーグ=ファルコムには、通じなかったぜ」

「・・・は?」

「昨日のスターナックルもな」


 そう言って、セイは再び歩き出す。
 ・・・って、ちょっと待て。


「おい、どういう意味だ今の―――」

「単なる事実さ。お前は覚えちゃ居ないようだけど」

「はぁ!?」


 なにが言いたいんだコイツ!?
 何を知ってるって言うんだか。

 俺が、さらにセイを問い詰め様と思った瞬間。


「ん。貴様ら、何をしている?」


 廊下の曲がり角。探していた男が姿をあらわした。
 俺とセイは同時に男を見て。


「「あんたを探してたんだよ」」


 異口同音。
 同じ言葉を同時に言って、顔を見合わせた。
 少し笑う。


「ほぅ。丁度良い。実は俺も話があった―――貴様にな」


 と。シルヴァ=ファルコムは、俺の方を指差すと、「ついてこい」とでも言うよう背を向け、再び廊下の角を曲がって姿を消す。
 もう一度セイと顔を見合わせ―――セイは「んー」と少しだけ迷ったように唸ると、「まあ、行ってみっか」と男の後を追った。さらにそれを追って、俺も歩き出す。

 知らなくても良かったこと。
 知る必要のなかったこと。

 それを今、知るために。

 

 

 


★あとがき代わりの設定資料


 はーい、良い子のみんな。お元気してたかなー。
 ミステリアお姉さんの “誰でもわかるってゆーか解れパニックスーパーガイド” だよー。

「なにをしている、なにを」

 あ。その声は、私の推理するところによるとシード君ね。
 やっほー、元気してたー?

「・・・・・・無意味に元気だな、お前」

 だってぇ。シード君の一人称で進行している以上、シード君が私の所に助けに来てくれるまで出番ないしー。いっそのこと、次回から三人称で進めないかしら。

「ストーリー物は、一人称で書いたほうがラクでいいんだと。余計なことかかずに、主人公に起きたことだけ書けば良いらしいから」

 けど、その代わりに読者に情報を伝えにくいから書きにくかったりもするんだけどね。例えば、今ならキンクフォートでチャンバラやってる四聖剣の勇者ズはどうしたのかとか。

(んーと、キンクフォートの王様がやってきて、「なにやっとるか貴様らぁっ」とか一喝して、収まりついたようで。現在は、部隊を編成してシード君たちの後を追って、西に向かっているです)

 あ。作者、次回から三人称にするべきだと私は推理するわッ!

(・・・・・・なお。この作者は自動的に自爆します。ピー。ちゅどん)

 ぷすぷす・・・・・・けほっけほっ。
 うう、相変わらずワケワカメ使い魔がぁぁぁっ!
 いい加減にしないと、推理しちゃうわよっ!

「イマイチ迫力に欠ける文句だな」

 ンなことはどうでもいいのっ!
 ―――さて、今日は “暗黒時代” についての設定です。

「暗黒時代―――五百年ほどの昔から、つい二十年ほど前まで続いた、闇が地上を支配していた時代のことだな」

 んーと資料によると、ファレイス大陸の北に位置する暗黒大陸の魔界の穴から魔族が出現して、ファレイス大陸とフィアルディア大陸を闇に包み込んだ。魔界の王サタンの息子である魔王カオスがファレイス大陸を支配し、その配下の “死天” と呼ばれた四つの魔王がフィアルディア大陸を支配していた―――って、あれ? 魔王カオスってどっかで聞いた記憶が在るけど。

「聞いたもなにも、お前がさらわれたんだろうが」

 あー! 私とシード君が喧嘩した時の!

「そ。ったく、虚空殺が通じないはずだぜ」

 ふーん。でも、倒されたんじゃないの? だから、暗黒時代が終わったんじゃなかったの??
 どうして、まだ生きてるのよ!

「いや。死天は倒されたが、カオスは倒されていない」

 ・・・あ。ホントだ資料にも書いてある。
 えーっと・・・・・・剣王によって、フィアルディア大陸へ逃げ込んだ魔王カオスは、フィアルディア大陸の暗黒時代の終結を決定付けた最終聖戦においても、生き延びて魔界へと逃げ込んでいる。
 ―――剣王って、クレイスが憧れてる勇者だっけ?

「おそらく、現在で “最強” の力を持つ男。神の眷属でもある、天魔四王の力を纏め上げて、光竜の力を身に宿していると言われている―――最終聖戦時に魔王を打ち破れたのも、その剣王の力によるところが大きい」

 あ。そーそー、前話からちょくちょく出てくる “最終聖戦” ってなんのこと?

「暗黒時代の最後期。剣王が出現し、四聖剣の勇者が揃って魔族と激戦を繰り広げた―――その戦いを総称して “聖戦” と呼ぶ。
 最終聖戦ってのは、その最後の戦い。キンクフォートの西に結界を張って、擬似的に地上と魔界を繋ぐ “魔界の穴” と良く似たものを作りだし、地上の魔族を全て結界内に出現させた」

 結界・・・って、魔族を閉じ込めるための?

「それもあるけど、魔族の力を削ぐための結界。で、大陸中から集った戦士達が結集して、魔族との最終決戦を繰り広げたってワケだ」

 で、それに勝利して平和が訪れたと。

「・・・そーいや、マスターも最終聖戦には参加してるはずだぞ。どうして娘のお前が知らないんだよッ!」

 むぅ・・・私の推理によると。
 聞いたけど、忘れちゃったのね。てへっ。

「・・・・・・・・・推理するまでもねぇっての」

 


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