パニック!

シード編・第四章
「イーグ=ファルコム」


A【シード=ラインフィー】


 

 夢を見た。

 随分と昔の夢のような気もするし、実はつい最近のコトでもある不思議な夢。
 そこには、シード―――シード=アルロードや、フロアや・・・姉さんが出てきて。
 そして、何故かミストやクレイスたちも出てきた。

 もちろん俺もいた。
 俺、と、もう一人。

 俺はシード=ラインフィーで。
 なぜか、暗殺者のイーグ=ファルコムに命を狙われたりして。
 で、フロアやシード=アルロードに助けられながら逃げ回って。

 でも、逃げられるわけがなく―――なにせ相手は姉さんの最高傑作と称された “最強” の暗殺者だ、逃げ切れるわけがない。

 追い詰められて、殺されそうになって。
 不意にミストが「犯人はあなたねっ!」とか叫んだりして。
 それで実はクレイスが犯人であることがわかって。



 ・・・・なんか、ワケのわからない楽しい夢を見た―――――・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――目を覚ませばそこは現実だった。
 匂いのない匂いが鼻につく。

 瞳を開けて、まず飛び込んできたのは圧倒的な白。

 夢の中から、思考を回復させることを努める様にして半身を起こす。
 ぎしっ、とスプリングの効いたベッドが悲鳴をあげた。


「・・・つっ」


 痛み。
 痛みが全身にある。

 外傷はないようだ。
 筋肉が突っ張ったような痛み・・・なんか、情けないけど筋肉痛のようだった。

 その痛みが、俺の意識を加速させる。


 まず視界に見るのは圧倒的な白。

 見下ろせば、白い巻頭衣を着た俺の体、白いベッド、白いシーツ、白い毛布。
 そこにあるのはその白だけだった。
 周囲を見回しても、壁はなく。どこまでも延々と白が続いていく。

 気を抜けば、自分自身もその白に塗りこめられてしまうような気がする。
 シード=ラインフィーという意識が、真っ白に消えてしまうようだ。


「白の牢室か」


 冗談でもなく、錯覚でもない。
 自分の自我が掻き消されてしまうかのような感覚を振り捨てるようにして、俺は言葉を紡ぐ。

 知っている。俺はこの白い空間を知っていた。
 というか、知っていたことを思い出した。


「本来なら、精神病患者を癒すための法術結界。白という絶対的な色の空間で、その人間の精神を“白”に塗りこめ、初期化―――赤ん坊として生まれ立ての頃と同じように消去してしまう」


 思い出した。
 すっかり忘れてたが、姉さんが居なくなってから、暫くの間はこの部屋で暮らしていたんだっけ。

 イーグ=ファルコムという少年は危険な存在だった。
 姉という頼れる存在が居なくなり、いつ暴走するかもわからない時計の壊れた時限爆弾のようなもの。
 その気になれば、イーグがいた暗殺組織――― “闇の宴” を、一夜にして全滅させるくらいの力を持っていた少年。―――同規模の暗殺組織であった、ラナクスの “黒の帳” を潰した実績があるのだ。それくらいは、どうとでもなるだろう。

 いっそのこと、殺してしまえばよかったものの。
 その暗殺技術がもったいないとでも思ったのか。
 俺は殺されることなく、この白に放り込まれた。

 しかし、連中は知らなかった。
 イーグ=ファルコムという存在は、すでに虚であったということを。


「・・・言っておくが。俺に精神攻撃の類は無駄だぞ」


 誰に言うともなく―――しかし、この “白の世界” を外から監視しているだろう誰かに言う。
 精神力、とやらの強さ弱さは関係ない。
 天空八命星。
  “虚無” せんとする技を持つ俺は、俺自身を “虚” と転じることができる。

 “虚” に “虚” をぶつけても無意味―――なんだ?


「・・・っ」


 軽い眩暈。 
 この “白” のせいではないはずだ。
 暗く明るく、明滅する視界。俺は、額を支えるように抑えて―――・・・


「別に精神攻撃というわけじゃあないぞ」

「・・・誰だ」


 声。
 に、
 頭が。

 急速に頭がはっきりする。気がつけば視界の明滅は収まり、いつのまにかそこにいた少年を僕は見ていた。
 ベッドの脇。
 金髪、碧眼と、この大陸ではあまり珍しくない特徴。
 不遜。というべき笑みを浮かべ、なにやらふんぞり返って僕を見ている。

 細かい刺繍がいくつも入った高価な服を着ていた。
 手には剣を抜き身で下げている。が、模造品なのか刃はついていない。

 僕がぼんやりとしていると、その少年は一転して、がーっと口を大きく開いて噛み付いてくるように怒ってきた。


「誰だじゃないぞこの馬鹿! 聞けば目の前でミストを誘拐されたらしいじゃないか。なにやっているんだこのバーカ!」


 ムカ。
 この野郎は人の気も知らないで―――


「うるせぇ! 俺だって色々事情があるんだよ! 現場にすら居なかったお前に言われる筋合いはないぞクレイス!」


 白いパイプベッド。
 から、白いシーツを跳ね除けながら降りる。少し、筋肉痛に顔をしかめたが、無視した。
 拳を握りながら叫ぶ俺に、クレイスは手にもった聖剣エクスカリバーの模造品を両手で握りこみ、自分の体の中心に位置するように構える。


「おぉ、やるかぁ! このネオ・ルーンクレイスソードの錆にしてやるっ!」

「ハッ、いっておくがな俺は機嫌が悪いんだよ。ちょびっと本気出すからみっともなく泣くんじゃないぞ!」

「ふんっ。我が親衛隊がいないからと強気だな! だがこの僕を甘く見るな! 言っておくが、僕はあの二人よりも強かったりするんだぞ! だから実は親衛隊なんか必要ない気がするけどでもカッコよかったりするからあったりしたりなんかしちゃったり―――」

「いや、そこまでにしとけお前ら」


 と。
 クレイスが戯言言っている間に、この白の空間にまた一人、異なる色が生まれた。
 このキンクフォートの王子、ジークフリード=ヴァン=ゼオム=エルラルド。

 なぜだか、銀の鎧なんぞを着込み、こちらも “本物” の聖剣エクスカリバーを抜き身で下げている。


「・・・なんか、物騒だな」


 俺がとりあえず感想を述べると、ジークフリード王子は「心外だな」と眉をひそめた。
 ちゃ・・・と、軽くエクスカリバーを揺らす。
 どうも、握り直しているようだが―――まさか、俺を斬ろうとしてる訳じゃないだろうな。


「てめぇほど物騒じゃねぇよ。・・・天空八命星、か―――ハーン=ケルヴィンを殺したのが、こんな俺よりも年下のガキとはよ」


 忌々しげに吐き捨てる。
 ハーン=ケルヴィン。俺が始めて殺した人間で、ミストの父親、スモレアー=ウォーフマンのかつての親友にして、この国の聖騎士団副団長だった男。

 ・・・・・・ズキズキと額が痛む。


「王子!」


 俺の頭痛をかき消すように、また声。
 今度は少女の声だった―――ついでに言うと、聞き覚えのある声。


「王子、危険です。お戻りください!」

「ティルか」


 ズキズキと額が痛む―――さっきの眩暈と違って、今度はなかなか消えてくれない。
 が、額を手で抑えることもせず、ただ顔をしかめるだけで俺は、新しくやってきた声の主を認める。

 ティルファ=ディガーダ。
 弱冠13歳で聖騎士団長を勤めている、 “勇気の剣” ブレイバーソードの継承者。

 彼女は、言葉とは裏腹に、危ぶんでいるというよりは、怒るようにジークに言葉を叩きつける。


「王子! この男は暗殺者なんですよ!」

「 “元” だろ?」

「元だろうがなんだろうが、その元の仲間に唆されて王族を皆殺しにしようと考えているかもしれないんですよ!」


 あ。
 ズキ、と不意に額の鈍痛が消える。

 ―――三日以内に、キンクフォートの王族を全員殺せ!

 そーいや、あの馬鹿、ンなこと言ってたか。


「わぁーってるよ、だからココにこーして閉じ込めてるんだろうが」

「判ってるならさっさと出てください!」


 成る程。
 つまり、俺をここに放り込んだのは、精神の初期化が目的じゃなくて、ただ閉じ込めることが目的だったわけか。

 頭痛はその名残すら完全に消えていた。


「そうですよ。王子。ささっ、あとはこのクレイス=ルーンクレストに任せて」

「貴方もです!」


 びっ、と。
 ティルがクレイスにブレイバーソードの切っ先を突きつける。

 はうっ、と軽く痙攣して、クレイスは仰け反った。


「い、いや僕はちょっと用事が」

「用事? だいたい、あなた勝手にこんな所に入ってきて―――」

「す、すぐ済みますから。シード」


 相変わらず突きつけられたままのブレイバーソードの切っ先に目から離さない、というか離せないまま、クレイスは俺のほうに。

 一振りのナイフを投げた。


「―――!」

「なっ―――」


 ジークが目を見張り、ティルがわずかに剣を下げる。
 その合間に俺はナイフを受け取り、クレイスが慌ててこちらへと向かう。


「なにを―――」


 ティルが声に出し、ジークが剣を構える。
 が、二人がさらに起こそうとするどんなアクションよりも早く。

 俺は、手にしたナイフを白い床に叩き刺す!

 ずぶ。
 と、抵抗なく刃は床に沈み。
 俺はナイフに意識を伝わせ、 “白” へと叩き込む!

 ぞくり、とした感触。
 圧倒的な喪失感。
 信じられないほど。狂って死んでしまいそうなほどの歓喜が、脳髄へと叩き込まれる錯覚。

 壊してしまった。という途方もない罪悪感。
 壊してしまった。という楽しくて楽しい無邪気な喜び。
 壊してしまった。という青い破壊衝動。

 一瞬の間に、そんな―――冷静になって考えれば馬鹿みたいな感動が駆け巡り。

 俺は叫んだ。


「虚空殺!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白が晴れる。
 木の床からナイフを抜き出し、立ち上がる。
 周囲を見れば、完全に囲まれていた。


「ふっ・・・なんだかヒーロー的大ピィンチってやつだな」

「黙れ」


 フツーの神経持っていれば、完全に包囲されれば多少は取り乱すものだ。
 なのに、さすがクレイス様というところか。逆に誇らしげに胸を張っていたりなんぞする。


「はーっはっは! なんだかとっても燃えてるぞ僕は! 郷里のカリストとトレン見てるかー!?」


 見てるわけないだろ。
 とはツッコマず、無視して状況把握。

 俺たちを、だいたい二、三メートルほど距離を空けて囲んでいるのは、そのほとんどが白い法服を着た僧侶たちのようだった。
 おそらく “白の牢室” を発生させてたヤツらなんだろうけど。


「どけぇっ!」

「王子と団長は無事かぁっ!?」


 結界が破られたことに気づいたのだろう。
 聖騎士団らしき、白い鎧をきた騎士たちが法服の僧侶たちを押しのけて前に出る。

 ・・・うっわ、突破するのはけっこーキツそーだなー。
 いくら天空八命星でも、物体を透過することなんてできないから、こんなビッシリと鉄の壁よろしく包囲されると。

 てゆーか、ここはどこだよ?


「おい、クレイス。ここってどこだ?」

「うむ。女神アテナを奉る神殿だそーだ」


 戦神とも呼ばれる女神の神殿かー。
 そういや、聖騎士団のシンボルでもあったな。まあ、それはさておき。

 なるほど、どうりで辛気臭いところなわけだ。
 足元見下ろせば、なんか意味不明な魔方陣みたいのが描いてあるし。


「ちなみにシード。お前が見下ろしてるのは、 “結界布座” と呼ばれる僧侶が儀式を使うときに描く文様だ。魔道士の “魔法陣” と一緒にしたら怒られるぞ」


 とりあえず殴る。
 いきなし殴られたクレイスは「なにすんだこのぉ」とか言い寄ってくるが無視。シカト。ていうか消えろ。
 くそう、なんか一回殴っただけじゃ悔しさがまぎれないな。
 ってゆーか、クレイスってたまに要らんこと知っていて、しかもそれが俺の知らないことだったりするから余計むかつく。ああ、なんだかイジメっ子かも俺。


「とゆーわけで、お前を倒す!」

「なにいってるんだ貴様ぁ!」


 びっ、ととりあえず目の前のジークとティルを指差す。
 と、ティルが即座に言い返してくる。
 なんか直情的だよな、こいつ。


「貴様ら。この包囲から逃げられると思っているのか!」

「え。もしかしてもしかすると、僕もその “貴様ら” に含まれてる? あれ?」


 クレイス、お前以外に誰がいるんダイ?
 てゆか、君と僕とは友達だから歩いていこう手を取り合って。


「ふっ。まあいい。なんか気分的に僕は間違っていない! いやむしろ正義!」

「なにが正義だ! そいつは暗殺者なんだぞ!」

「はっ! そんな戯言をっ! 一般人は騙せても、僕は騙せないぞ!」

「なにがだあああっ!?」


 ・・・そーいや、クレイスって俺が暗殺者だってこと知らないんだっけ。

 とか思っていると、ちゃ・・・とクレイスは手にした模造剣をティルに突きつけ、空いているほうの手でで俺を指し示す。


「こいつが暗殺者? ハッ、それは違うな。ミストの言葉を借りるならば、それはトリック!」

「いわれたなぁ、そんなこと」


 俺は苦笑。
 そーだろそーだろと、唖然しているティルに向かい、クレイスは続けた。


「こいつの正体を教えてやろう! こいつは、ちょっと特殊でナイフで全身を傷つけるのが好きな石造彫刻家で、麻薬関係でマフィアから追いかけられている―――ぐえっ」

「ち・が・う・だ・ろ」


 ぐいっと、片腕でクレイスの首を抱え込むようにして締める。
 ちなみに強度はベリィハード。

 ・・・おお、なんだかクレイスが声をなくして顔が真っ青―――


「僕を殺す気かぁ!」

「ああ、それってなかなか素晴らしい生活への幕開け?」

「訊くなあああ!」


 耳元で怒鳴るな。
 飛んできた唾液を服の袖でぬぐい、クレイスを締める腕の力を弱めると、代わりにキラリと銀光を放つナイフの切っ先を、その喉元に突きつけた。

 ざわっ、と周囲に動揺が走る。


「・・・さ。道を開けてもらおうか。ルーンクレストのご子息を殺されたくなければな」

「あの、シード君。それってマジ?」

「もちろんだよクレイス君。俺が逃げるために死んでくれ」

「うわあああんっ!? なんか目がマジっぽいいいいいっ!?」


 だから耳元で怒鳴るなっつーの。


「ひ、卑怯な!」


 憎憎しげにティルが俺を睨む。
 が、 “ルーンクレスト” の名前は大分聞いているようだ。だいたい、こんなところにコイツをほいほい入れてしまうくらいだから随分と―――おや?

 そういえば。と、俺はふと気づいて、俺の腕の中で(ヤだなあこの表現)ダラダラと汗をかいているクレイスを見下ろして。


「お前、もしかして俺を助けにきてくれたのか?」

「それ以外にどんな理由で僕がここにいるぅ!?」

「そーかそーか。クレイス、お前の友情はきっと忘れない」

「やだああああ! 死にたくないいいいいいいいっ!」


 だから耳元で怒鳴るなって。
 ・・・本気で刺すか?

 
「お、王子!?」


 ん?
 と、俺はティルの泡食った声に顔をあげる。
 見れば、ジーク王子が剣を構えたまま、一歩前に出ていた。・・・って、え?


「って、なに近づいてるんだアンタ。この人質が見えないのかよ!」

「見えねーよ」


 なっ―――と、俺は絶句。
 ジークはさらに一歩踏み込むと、加速。剣を振り上げ、さにもう一歩踏み込むと同時。

 振り下ろす。


「だぁっ!?」


 クレイスを抱えたまま。それを後ろに飛んで回避する。
 ぐえっ、とかクレイスが俺の腕の中でカエルの潰れたような声を発するが無視。
 そんなコトに構うヒマなく二撃目が!


「ちぃっ!」


 俺はとっさに、手にしていたものを盾として前にかざす。
 ぶおん。と風のうなる音。剣は、クレイスの顔面ギリギリで止まっていた。

 ごくり、と思わず唾を飲み込み、それに続いてなにかやるせない怒りが湧き起こってくる。


「てめェ。人を殺す気か!」

「それは貴様だあああああっ!」


 半泣き。てゆか、目の端に涙を滲ませた状態でクレイスが俺に向かって叫ぶ。
 なんかお前、さっきから立て続けに刃向けられてないか? 刃難の相が出てるとか。


「お、お、王子ぃっ! 人質がいるのになんて無茶な!」


 ティルの叫び。
 なんだかとっても同意権だぞ俺。
 目の前の刃にあたらないように、小刻みに顔を震わせている所を見ると、クレイスも同意権に違いない。民主主義なら人質は尊重するべきだぞアンタ。


「喧しい! 俺はこの国の王子だぞ、ンなこと知ったことか!」


 しまった、ここは民主制じゃなくて絶対王政だった。
 なんだかとっても困ったぞ俺。

 ああ、錯乱してるのがわかるな自分。
 てゆーか、人質の通じない相手に対して、警察に包囲された銀行強盗はどうするべきなのだろう。


「しかしっ。ルーンクレストの子息になにかあれば、アバリチアとの関係に」

「大丈夫だ! 暗殺者に殺されたとか誤魔化す!」

「「誤魔化すなああああっ」」


 俺とクレイス、思わず異口同音。


「あんた何様だぁぁぁっ!」


 喚くクレイス。なんだかとっても喚きたい気分だ俺も。


「王子様に決まってるだろうが」

「僕はクレイス様なんだぞ」

「「五月蝿い」」


 今度は俺とジークが異口同音。
 なんか、ちょっとヤバイ精神状態なのか、クレイスは「そーだ僕はクレイス様なんだー、あーっはっは!」とか笑ってる。五月蝿い。というか気持ち悪いし。不燃物処理場に捨てちゃ駄目だろうか。


「さて、どうする暗殺者? 俺に人質は通用しないぞ」

「くっ・・・確かに人質は通じないようだが・・・」


 ふっ。
 と、俺は不適に笑う。


「はっはっは! ぼーくは、クレイス、さまさまさーまーだー!」


 クレイスもなんか妙なリズムつけて笑ってる。
 つか五月蝿い喧しい。誰か針と糸貸してくれないかなー、口を縫い付けたいんだけど。

 いやとにかく。


「だがしかぁし! 人質は通用せずとも盾として活用―――」

「するなぁぁぁぁっ!」


 あ、クレイスが正気に戻った。
 くそう、タイムリーなヤツめ。

 瞬間。


「うひょおおっ!?」


 クレイスの悲鳴。
 慌てて俺はクレイスごと身を低くする。そのすぐ上を、ジークのエクスカリバーが凪いで行った。

 てゆーか、マジですか?
 今の避けなきゃ首チョンパだったんですけど。


「いっとくが、我が聖剣に盾など通用しない!」


 げ。
 と、いう声を飲み込んで、さらに突っ込んでくるジークに対し、クレイスを引きずるようにして後ろに下がる。

 どん。
 と、何かにあたって後退は止まった後ろを振り返れば白。
 白の鎧。


「聖騎士団!?」


 そーいや包囲されてたんだっけか!?


「大人しくしろッ」


 と、その騎士―――白い髭生やしたオッサンが、俺の肩をつかむ―――って。

 やばいっ!?

 それに気づいて俺は思いっきり、オッサンに身体を押し付けた。
 「お?」と、不思議な呻き声をもらして、オッサンがわずかに後退する。と、同時に俺はクレイスの肩をつかみ、身体を沈ませた。


「悪あがきを―――」

「動くなサムソン!」


 身体を押し返そうとしたオッサン―――サムソンとかティルが名前を叫んだ、そいつはその刹那に振るわれた、乱暴な横凪の斬撃に鼻の頭を斬られて仰け反る。


「なっ―――王子!?」

「ちっ。邪魔すんじゃねェよてめえらぁっ!」


 怒鳴りつつ。苛立ちつつ。
 今まさに、俺を狙いサムソンの鼻っ柱を薄く斬ったジークは床に身を沈めた俺たちに剣を振りかざした。

 ちぃ。と舌打ち。避けてる暇はナイ。


「終わりだ―――!?」


 ―――天空八命星【虚無】

 俺は一瞬だけ、この世界から存在を消した。
 俺の存在を失ったジークは、戸惑い、動きを止める―――その隙に、俺はクレイスを抱えて退避。


「なんだよあの王子。なんかキレてるぞ!」

「シード。謝るなら今のうちだぞ。むしろ、僕の命があるうちに土下座でもなんでもして許しを乞うてくれ!」

「死ぬときは一緒だ。トモダチ」

「やだー。お前なんかトモダチでもなんでもないやー!」


 やかましい。
 ぽい、と俺はクレイスをてきとーに放り捨てる。

 いい加減、疲れていた腕を軽く振りつつ。


「おい、プッツン王子。なんの恨みがあってクレイスを斬ろうとする?」


 ゆら。
 と、蜃気楼のような闘気を背負い、ジークが俺のほうを向く。
 むせるような殺気。こいつ、本気で俺を殺す気らしい。

 いや。
 俺を殺したい、か。


「ふん。ルーンクレストのぼんにゃ興味はねェよ。俺が興味があるのは、シード=ラインフィー。ハーン=ケルヴィンを殺したてめーだ!」

「・・・シード=ラインフィーは誰も殺してない」


 いつか、マスターが俺に言ってくれた言葉を思い出す。
 思い出しながら、俺は―――右手のナイフを、強く握りこんだ。

 ぎゅ。と、木の柄と肌が擦り合い、音が鳴る。


「やっとやる気になったかよ―――ハーン=ケルヴィン、俺の師を殺した腕前、見せてもらう」


 だんっ。
 と、ジークは踏み込んできた。
 ―――こいつの攻撃は、まず右足の踏み込みから始まる。と、さっきまでのやりとりで読んだ。

 というか、踏み込み。
 右足の踏み込みから一撃。さらに左足を一歩踏み込んでの、二連撃が攻撃の基礎となっている。

 だから。
 攻撃のタイミングが至極掴みやすい。右足の動きに注意を向けていれば、攻撃の基点がわかり、おおよその動きも読める。


「ちぃっ、ちょこまかとっ!」


 ぶん。ぶおん。
 と、扇風機のように剣を振り回すが、そのどれもが俺にはあたらない。

 逆に、俺たちを包囲する騎士たちに、その斬撃が見舞われることがしばしば。


「ぎゃっ」

「ひぃっ!?」

「・・・くっ、総員! さがれっ、巻き添えを食らうぞ!」


 ティルが苦々しく指示を飛ばす。
 ・・・で、思いついた。

 俺は下からすくい上げるような攻撃を、身を逸らしてかわし、さらに振り上げた先から落ちてくる攻撃を横に飛んで回避。して、即座に周囲を見回した。

 この部屋は、馬鹿に広い正方形の部屋―――魔法陣だか結界布座だか知らないが、が床に描かれてる(いや刻み込まれてるな、よく見ると)ところを見ると、儀式だかなんだかを行う部屋のようだ。
 部屋の出入り口は―――あった。重々しく黒く塗られた鉄の扉。


「なに余所見をしてやがる!」

「おっとぉ!」


 斬。
 と、ギリギリでその一撃を回避して俺は扉の方に逃げた。

 追ってくるジーク。
 それが、狙い。


「く、くるっ」

「にげろっ」


 と、扉を守るかのようにその進路をふさいでいた騎士が二人、俺―――というよりはジークが迫ってくるのを見て、恐怖の色をあらわに逃げ出した。


「! しまった!」


 ティルの声。
 気がついたようだが、すでに遅い。

 俺は、鉄の扉までたどり着くと振り向いてジークを睨む。


「さぁ、こいよっ!」

「おおっ!」


 気を吐いて、ジークが突進してくる。
 ジークの攻撃を寸前で、回避して鉄の扉を叩っ斬らせる。邪魔な兵士は、ジークの斬撃を恐れて道を開けてくれる。・・・なんて、完璧な作戦ッ!

 俺が心の中でほくそえんでいる内に、ジークが眼前まで迫ってきていた。
 鬼気迫る表情―――完全に頭に血が上っている状態で、剣を振り回している。

 だんっ。
 と、床が痺れる様に震え、ジークの右足が―――

 

 

 

 不覚。
 と気がついたときには遅かった。

 右足ではなく左足。
 いままで一貫して右で踏み込んできたのを、左足で踏み込んできたために、タイミングがズレた。

 

 

 

 ―――え?

 と。眩暈。
 くらっ、と一瞬意識が飛び、気がつけば俺は無様に床へ転んでいた。

 ぎぃん。と頭上で音。


「なにやってんだ、この馬鹿!」


 クレイスの声に、呆けていた頭が覚醒する。
 転倒したときの衝撃か、軽く痛む身体を跳ね起こし、立ち上がると同時に後ろに飛ぶ。

 目の前を、銀の斬光が過ぎ去った。


「ちっ。・・・まさか、今のを避けられるとは思わなかったぜ」


 悔しそうに、目の前でジークが唸る。
 と、その足元にはクレイスが持っていたネオ・ルーンクレイスソードだかが落ちている。

 どうやら、倒れていた俺を助けようと、クレイスが投げてくれたらしいが。
 ・・・へたすりゃ俺の身体に突き刺さっていたんじゃないだろうか。あれ。


「大丈夫か!? てゆーか、なにいきなり倒れてるんだよ。立ちくらみか?」


 クレイスが駆け寄ってくる。
 ・・・倒れた?

 あれ、なんか、そーいや、なんなんだっけ? さっきのは?
 確か、ジークの右足の踏み込みを待っていて―――だけど、左足が。

 どくん。

 ―――ああ。

 どくん。

 ―――ああ、そうか。さっきのは・・・


「ハーン=ケルヴィンから教わったコトか?」


 笑う。
 笑いたくて、とても可笑しくて。ひどく、どうしようもなく笑いを堪える。
 発作にも似た笑いの衝動を抑えて、俺の口から漏れたのは質問ではなくて確認だった。

 俺の言葉に、ジークはふん、と鼻を鳴らす―――先ほどまでの鬼気迫る雰囲気はなくなっている。どうやら、完全に演技であったようだ。

 まったく、師弟共々やってくれる。


「殺せばそいつと戦う機会は二度とないからな。―――騙すのは一度でいい」

「成る程。元傭兵らしい言葉だな」


 可笑しくて可笑しくて死にそうだ。
 どうして僕はこんな茶番を演じているんだろう?
 目的があるなら、その目的に通じる道に邪魔があるのなら、さっさと殺して先を急ぐべきなのに。

 茶番だった。
 僕がここにこうしているのもすべては茶番。
 ―――意外と僕という人間は、付き合いが良いのかもしれない。
 いままで僕の周りには、自分勝手な個性ばかりだったし。


「ああ、なんだってこんな―――」

「・・・なにいってやがる?」

「さっさと本気で来いっていってるのさ」


 ジークの問いに、僕は投げやりに答えた。
 少し不思議に思う。
 どうして目の前の男は、この僕の前に堂々と立っていられるのだろう?

 最強の暗殺者。
 そんな陳腐で、だけどそれ以外には言い表すことのできない僕という存在。
  “死” という概念的なものを、ヒトの形に具現化した存在。

 その “死” を前にして、どうしてコイツは立っていられる?


「ハーン=ケルヴィンは―――」


 男はつぶやく。
 僕は、苛立ちを感じた。この男はなにを必要ないことを口走ろうとしているのだろう。


「ハーンは強かった。俺は一度も勝つことはできなかった」


 ハーンという名前は知っていた。
 僕が、初めて殺した人間の名前。

 きっと、生涯忘れることはできないだろう。
 僕が始めて殺して、そして姉さん以外に唯一、殺されかけて、“死” というものに恐怖させられた男。

 この恐怖は一生拭えない。
 おそらく、もう一度ハーン=ケルヴィンと言う男を相手にすれば、あっさりと殺すことができるだろうが。
 それでも殺した人間をもう一度殺すことができない以上、この恐怖は土の下まで持っていくことになるだろう。


「・・・でも、いつか越えてやろうと思っていた―――が、それよりも先にお前に殺されたわけだ」

「だから、ハーンを殺した僕を殺す・・・か」

「そうだ。俺はお前を殺して、ハーンを超える!」


 じゃき。
 と、ジークは僕に向かって剣を向けた。

 ずん。
 と、何かを感じた。―――とても危険な気配。


「聖霊よ―――」


 それはただの言葉だった。
 呪文でもなんでもない、ただの言葉。

 ジークの発したその言葉は、しかしキーワードであったかのように、ぅん・・・とエクスカリバーが吼える。
 聖なる剣エクスカリバー。
 この世にて、最強の破邪の剣。


「我が剣に宿りて力を示せ!」


 危険。
 だと、僕の中でなにかが告げている。
 が、無意味。

 どんな力だろうと、僕を殺せるのは姉さんと―――

 

 

 

 ―――死にたくなったら殺してやるよ。

ありがとう。
と言う気にはなれなかったけど、僕は笑った。

自分が死ぬために殺してる。なんて言われてもピンとこない。
それに、きっと。
そういってくれる友達がいる限り、僕は絶対死なないんだろうな。なんて思った。

 

 

 

 そんな約束があった。
 だから僕は絶対に死なない―――気分が悪い。

 いったい、なんなんだろう。

 よく解らないけど、思い出すにはツライことだった気がする。
  “約束” の相手は誰だったか―――


「シード、なにぼうっとしてるんだ! なんかマズイぞおいー!」


 クレイスの声にハッとなる。
 見れば、ジークの剣が金の光を帯びて、発行していた。

 それを知覚した瞬間、押されるようなプレッシャーを全身で感じる。
 なんだかよくわからんが、あれはヤバすぎる!


「ちっ―――くそ」

「おせぇよ! 聖霊剣、エクスドライバァァァッ!」 


 轟。
 と、音。
 さらに、金の破壊的衝撃が向かってくる。


「ぢいいっ!」


 俺はクライスの襟首を引っつかむと、精一杯飛ぶ!
 が、完全に回避できない!
 虚空殺も間に合わない!


「くそったれぇぇっ!」


 ダメージを覚悟して目を閉じた瞬間!
 身体がいきなり吹っ飛んだ。


「え?」


 やられた!?
 と思ったが、すぐに思い直す。

 俺とクレイスの身体は空中を飛んで、ジークの衝撃破を回避していた・・・ってあれ?


「シード様。お兄様!」

「テレス!?」


 見ると、鉄の扉を開けてテレスが銀のロッドを片手に立っていた。
 どうやら、以前にも見たテレスの飛行魔法に助けられた見たいだが。

 ふわ、と俺たちは静かに床に着地した。


「取り押さえろ!」

「「「「はっ」」」」

「・・・って、え? きゃああ!?」


 ティルの声に、比較的入り口に近かった騎士たちが、テレスを捕まえる。
 それを見たクレイスが、思いっきりうそ泣きしつつ。


「妹よ。お前の死は無駄にせんぞー!」

「死んでませんんんって、きゃあ、どこ触って――― “エル・ディ・バウト”!」

「ごがぁっ。とか、騎士が数人吹っ飛ばされるが、しかし対魔法抗の重装である聖騎士団を何度も、吹っ飛ばせるわけはないのだった」


 と、ナレーションの言うとおりに、あっさりとテレスはつぶされ、きゅう、とか擬音が聞こえてきそうな状態になっていた。
 ・・・って、ナレーション?


「セイ!」

「やっほー。助けにきたぞシード君。もちろん、昼飯狙いだ」


 ううむ、ストレートに要求してくるとは。
 俺は、いつのまにかそばにいたセイに返す言葉を思いつかずに押し黙る。

 ・・・え?


「おい、セイ。お前どっから現れた!? 瞬間移動って、一度きた場所にしかこれないんだろ?」


 ちなみに、唯一の入り口は、テレスと騎士たちにふさがれているし。
 と、俺が疑問に思っていると、セイが後ろを指差した。

 ・・・あ。

 壁にぽっかりと大きな穴。
 どーやら、さっきのジークの必殺剣によって開けられたモノらしいが。

 ・・・とにかくっ。


「よしっ、んじゃ逃げるぞ!」

「そうはいくかっ! エクス―――」


 じゃきっ、とジークが再び必殺剣を放とうとする。が、それよりも早く。


「ブレイバーショット!」


 ざぅっ。
 と、開いた穴から、青い斬撃の形をした衝撃が飛んでくる。

 それは、ジークに一直線に向かうと、その身体を吹き飛ばした。


「・・・あっはっは。いーザマですね、ジーちゃん」


 そんな笑顔が似合うような声とともに、壁の穴から現れたのは・・・


「てめぇ、ユーイティ!」

「に、兄さん!?」


 壁の穴から現れたのは、ティルの兄。ユーイティ=ディガータだった。
 ユーイティは、笑顔を顔に貼り付けたまま俺たちのほうを見ると、ウィンク一つして。


「さぁ。ここは僕たちに任せて、先を急ぎなよ」

「そうはさせないといっている!」


 だんっ!
 と、ほこりを振り落としながらジークが跳ね起きて、俺たちに向かって突進する―――

 舌打ち。
 ユーイティの出現に気を向けていたせいで、対応が遅れた!


「まったく、せっかちなんですからねぇ」


 ぎぃん。
 と、俺の目の前で火花が散る。


「てめぇ・・・邪魔するか!」

「邪魔しているのはそっちでしょう?」


 ぎゃんっ、と剣をはねあげて、ユーイティは追撃。
 たまらずに、ジークは後退して間合いを取る。

 ・・・って、なんだコイツ。いつのまにここまで!?

 俺が思わずユーイティを凝視していると、彼はこちらを向いてにこやかに。


「あ、いいですよ。ここは僕に任せて愛するお姫様の所に行ってあげてください」

「なぁっ!?」


 ナニヲイッテルンダコノヒトハ。
 固まる。と、ケッケッケ、と隣で笑い声。

 見ればセイが肩を揺らして笑っている―――って、お前が原因か!?


「そうはいきません! 兄さん、私がいることをお忘れですか!」


 と、俺たちをジークとはさむようにしてティルが回り込む。
 が、こいつ一人ならどうとでもなる。
 さっきの様子を見れば、クレイス一人を犠牲にすれば、簡単に突破できるはずだ。


「あはは。 “僕たち” といったよ、ティルファ?」

「・・・え?」


 それはどういう意味? とでも聞こうとしたのだろう。
 その答えは、問いを発するまでもなく現れた。


「そのとおりっ! ティル、お前が彼らの邪魔をするというならば、この私が許しはしない!」

「・・・こ、光矢・・・な、なにを言ってるんですか!?」


 いきなり、またまた穴から現れる、四聖剣のうちの一振り “ライトセイバー” を手にした光矢。
 千客万来ってこーゆーことをいうんだろうかとかふと思う。

 なぜだか、光矢は薔薇なんぞを口にくわえてキザったらしくカッコつけてるが。
 はっきり言わせてもらえば、ただの馬鹿以上の認識ができない。


「昔から人はいう。人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られてチンジャオロース」

「そんな・・・光矢、それ間違ってます!」


 馬鹿全快な光矢にたいして、嘆くようにティル。
 ああ、なんかホントーにいろいろ間違ってる気がしてきた。

 なんか、本気でどーにでもなれー、とか投げやりに思っていると、くいっと俺の服をセイが引っ張った。


「今のうちに逃げるぞー」

「・・・・・そだな」


 完ッ全にやる気を失って、俺は頷いた。

 


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