パニック!
シード編・第三章+α
「フロア=ラインフィー」
B【一年前の記憶】
殺してやる、と彼は叫んだ。
殺してくれ、と彼は叫んだ。
そう知っても、私の心は無くしたままで。
死ぬことはできない、と彼は嘆いた。
殺すことはできない、と彼は嘆いた。
そう知っても、私の心は消えたままで。
殺してほしい、と私は思っていた。
死にたくない、と私は思っていた。
今の私は何も思わない。
ああ、なんで。
なんで、こんなことになってしまったのだろう・・・?
「そーいや、自己紹介がまだだったっけ」
「しょうかいとしょうかいをするひつようはないのです。わたしはあなたをしり、あなたもまたわたしをしっているのです」
「いいじゃない別に、こーゆーのはちょっとしたお約束みたいなものよ。・・・・さて」
ぱんぱんっと、軽く身体をはたいて、髪の毛を整える―――いや、ここは概念しか存在しない場所なのだから、ンな必要はないんだけど。
まっ、気分ってヤツだぁね。うんうん。
「わったしの名前は、ミステリア=ウォーフマン。アバリチア出身の、純真可憐な推理少女よっ!」
「わたしのなまえはありませんでした。けれど、しるふぁといわれたときからわたしはしるふぁになりました。これがわたしのたいせつななまえなのです」
シルファはまた妙にワケのわからないよーなコトを言って―――つまりは“シルファ”って名前付けられるまでは名前がなかったとかいいたいんだろうけど―――それからふと付け足す。
「わたしはなくてもあるそんざいで、みえなくてもながれるそんざいで、せかいのどこにでもうかぶそんんざいで―――ほんらいならばわたしはそんざいしない、いしとしてはもっともきはくなわたしなのです」
軽く私にぺこりとお辞儀して、ワンピースのスカートの裾をついっと持ち上げる。なかなか礼儀正しいじゃないの。
ちなみに彼女が着ているワンピースのスカートはさっきまで存在しなかった・・・とゆか“服”という概念すら存在していなかった―――だからといって裸だったわけじゃない、“裸”という概念すら存在していなかったんだから。
ここはシルファが私という意識を呼び込んだ場所だけど、それでもあくまで私の心の中なのだ。つまり、私がこの世界を把握していくにつれ、私が普段生活している概念が生み出されていく。
ちなみにシルファが着ているのは空色のワンピースで、彼女のやや長めの水色の髪とよく合っている。
私?
私はいつもの水色のシャツと赤いチョッキ、擦り切れた愛用のピンクのジーパンをはいて、黒革のベルトで締めている。
赤い髪、赤いチョッキ、ピンクのジーパンで赤系統が特に好きだってワケじゃないけど、なんとなく服を選ぶとき選んでしまう。
まぁ、シード君だってよく黒を選ぶし、人には人の“色”というものがあるのかもしれない。好き嫌いに関係なく。
さて、シルファが今言ったのは自分の存在―――さっきまでは絶対にわからなかったけど、彼女が求める彼女、フロア=ラインフィーという意識になりかけた今の私にならわかる。
つまり、彼女は人間ではなく―――
「あなたは風」
シルファを見て、頭に浮かぶ言葉をそのまま連ねた。
それは、先ほど彼女が言った言葉。
「見えなくても確かに流れていて、世界のどこにでも吹き渡る風―――だけど、本来なら風の中に“あなた”という意思は存在しない、意思というにはもっとも希薄な意識。それがあなたなのね?」
私が言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
さてさて話の本題はこれからだ。
どうして希薄な意思であるはずのシルファが、こうやって自ら私に話し掛けているのか?
本来ならば、自らの意識で行動できないはずらしいのだけど。
「じゃあ、話しなさい。あなたが求め願うことを」
コクン、とシルファはうなずくと、青っぽい空―――実際は青に、ちょっとだけ赤が交わった、薄い赤紫のようだけど―――にぽつぽつと浮かぶ、白い光。
そのうちの、強く輝く幾つかのひとつを指差した―――
―――目を覚ました。
目を広げると影。
寝起きでぼやけた視界の中、よくよく目を凝らしてみると、シードの顔が私の顔にに覆い被さるように、唇を突き出してそこにあった。
「・・・!」
「さぁ眠れる森のお姫様、俺の熱いベーゼでお目覚めを―――ぐっはぁぁぁっ!?」
私はそっとシードのアゴに片手拳を添えると、一気に直上へと突き上げる。
打撃音もなく、ただシードの悲鳴だけを響かせてその体が向こうへと吹っ飛ぶ。
「あー」
どたん、と音を聞いて、私はやっと三分の一ほど目を覚ました。
床に熱いベーゼとやらを交わしているシードを見て、なんとなく気づく。
「なんだ、シードだったんだ」
「フロアぁっ! 毎朝毎朝、俺の愛情表現を回避するなんて照れ隠しにもほどがあるぞオイ!」
がばあっと、一挙動で立ち上がり―――けっこう器用な体してるなあ―――私を泣きそうな目で睨んでくる。
別に回避しているつもりはないのだけど。受けるつもりもないが。
ただ反射的に体が動いてしまうだけ。
だいたい、寝起きの私の頭は目の前にいるのがシードだと記憶していても、シードという名前がどんな意味を持つのか把握していない。
もうちょっと朝に強くなろうとは思うのだけど、なにせ相手は生まれたときから連戦連敗している強者だ。そう、なかなか上手くは勝てない。
「おぉいっ、フロアァ! 聞いてるのかおい!」
「え? うん、聞いてたよ」
平然と嘘をつく。
まあどうせ「俺の愛をどうしてわかってくれないんだ!」とか馬鹿なことを叫んでたんだろうけど。
ん。
半分ほど頭が覚めてきた。
私は軽く頭を振りつつ―――ふと、なにかが足りないのに気づいた。
少し前まではなかったが、ついさいきん増えた存在。
「・・・あれ? イーグは?」
普段ならば、シードのベッドの隣に、折りたたみ式の簡易ベッドで眠っているはずのイーグの姿は見えなかった。
簡易ベッドは折りたたまれた状態で、部屋の隅に寄せられてある。
イーグ=ファルコムは、朝が弱いというわけではないが―――それでも、可能な限り睡眠をとり続けることが習慣となっているようで、私が苦労して目を覚ましてもすやすやと眠りこけている。
そのくせ、囁くようにでも「イーグ」と呼べば、今まで狸寝入りをしていたのじゃないかと疑うほど「ん。なに?」と素早く目を覚ます。
なんとも憎々しいほどに、羨ましい体質だ。
「・・・イーグは、仕事だ」
「ああ―――そう、だったね」
沈痛な表情で、顔をうつむかせて答えが返ってきて、私は思い返す。
二日ほど前からイーグは“仕事”で居なかった。
もちろん、仕事といってもウェイトレスなどではなく、当たり前だが、暗殺者の仕事と言えばもちろん―――
ぽふっ。
なんとも軽快な―――重い音。
見れば、シードが自分のベッドの枕に顔をうずめているところだった。
―――殺したくなってくる。
「・・・イーグなら、無事に帰ってくるよ」
そんな言葉をシードに語りかけながら、心の中では殺意が膨れ上がってくる。
私はシードが枕の中に埋めた表情がなんであるか判っている。
その心で、何を思い、何を叫んでいるかわかっている。
―――だから、今すぐ、殺してしまいたくなる。
「無事に帰ってくるだろうさ! 相手を殺してな!」
くぐもった叫び声。
吐き気がする。今すぐ殺してしまいたい。今すぐ排除するべきだ。
意識下において、私は精霊に命ずる。
風の刃を持って・目の前で泣き叫ぶ・クズを殺せと。
「だって、それが私たちの仕事だよ」
ゆらり。
私の言葉とともに吐き出された呼気が、眼前で歪む。
そして、風は一振りのナイフと形作る。
私が精霊に与えた“概念”だ。
ナイフとは、硬く、鋭く、切り裂くモノと。
概念は、単なる“意思”に過ぎない精霊にとって、絶対の法則。
ゆえに、目の前に生まれた風のナイフは、硬く、鋭く―――心臓にでもつきたてれば、やすやすと生き物の命を奪う武器であるのだ。
しかも、あくまで“風”に過ぎないゆえに目に見えず、いかな剣や盾で受けようとも意味をなさない。
防ぐには、以前シードがやったように爆風などで蹴散らすしかない。
「『私たち』じゃない! 俺は違うっ、違うんだっ!」
枕から顔をあげて、シードは射るような視線を私に向ける。
涙にぬれたせいか、鈍く光る眼光。
どくん、と鼓動が跳ねた。
ああ・・・あの目。
よく、似ている・・・
「俺は・・・俺は誰も殺さないし、殺してないっ! お前らみたいな人殺しとは違うんだよっ!」
―――・・・似ているだけだ。
シードの瞳に見ほれていた私は、その叩き付ける様なセリフに、静まっていた殺意を増大させる。
本当に救われない。
シードも、私も、誰もが!
ああ、本当に、どうして誰も私を殺してくれないんだろう?
その時になってやっと、私の目の前に滞空していた―――シードには見えるはずのない―――風のナイフが、シードに向かって、滑るように飛ぶ。
シードは泣いているだけだ。風の刃はまっすぐにシードの心臓へと飛ぶ。すぐにその胸を貫いて、私は長年感じてきた煩わしい殺意から開放されるだろう。
が。
「やめてっ!」
静止の声を私は叫ぶ。
シードに対してではなく、精霊に向かって叫んだものだけど―――私はそのまま言葉をつなげた。
「シード、なら貴方は―――」
私の声に、風の刃はその形を無くしていた。
どうしてそれを止めたのか自分でもよくわからないが、自分の中にあった殺意が、泣き出したいような―――どうしようもなく泣き出してしまいそうな感情に変わっていた。
もしも私が私ではなく―――フロア=ラインフィーではない誰かだったなら、その場に崩れて泣き喚いていただろう。
などと、思いながら。
「どうして、貴方はここにいるの!? ここで“生きる”ということは、“誰かを殺す”ということなのよ! それができないということは、即ち死ぬということ」
馬鹿みたいだ。
どうしようもなく馬鹿みたいだ。
どうしてだろう?
なんで私はこんな馬鹿みたいなことを叫んでるんだろう?
死にたくなる。
「どうして・・・どうしてッ」
「フロア・・・ごめん」
シードの謝る声。
その横っ面を思いっきり殴ってやれば気分が晴れる。そう思いながらも、そうすることができなかったのは。
馬鹿みたいな話。
どうしようもなく馬鹿みたいな話。
殴ることも、叫ぶことも、殺すことも。
何もできなかったのは。
私が馬鹿みたいに涙を流し、それを押しとどめようと両手で拭うのが精一杯だったから。
「ごめんな、フロア・・・俺は」
「・・・ッ、はぅ・・・えぐっ・・・ぐっ・・・」
「・・・・・」
嗚咽を漏らし続ける私を。
シードの暖かな腕が包んだ。
暖かで。それはやさしくて。
その腕に、胸に自分を預けてしまう誘惑。抗いようもないその誘惑に、今すぐ舌を噛んで死にたくなる。
「フロア・・俺は、お前のこと」
ッ!
しっかりと、私の体を抱きしめられて。
私はなにがなんだかわからなくなって。
私はシードを突き飛ばした。
「どわっ!? ・・・フ、フロア?」
床に落ちる音。驚いたようなシードの声を耳にしながら。
私はそのまま部屋を飛び出した。
「死にたいとか、殺してくれってのも身勝手よねー。てゆか、この人はなんでそんなふーに思っていたわけ?」
「くるしんでいたのです。とってもくるしんでいたのです。とてもだいじなじぶんがなくなりそうで。いつまでもしんじていたじぶんがうばわれそうで。そしてそうなることをうけいれてしまうじぶんがこわくて。とてもくるしんでいたのです」
?
シルファに言われて、私は疑問を浮かべる。
苦しんでいた? まー、確かに死にたいほど苦しんでいたけど。今のシーンは。
大事な自分がなくなりそうで―――か、ふむ。
ふと、私はさっきのコトを思い返した。
シルファに、私という存在をフロア=ラインフィーに変えられようとした事。
ハッキリいって、自分が自分じゃない他人になるくらいだったら死んだほうがマシと思うけど。
「でも違うわね。彼女は、いったい何を怖がっているのかしら?」
ううむ。とか名探偵の心境で、私は唸った。
怖がっている。
そう、彼女はなにかを恐怖していた。
なにか。
「なにか―――たぶん、それは」
「はい、こわがっていたんです。じぶんでないだれかを。じぶんじゃないだれかを。ちがうじぶんをうけいれるじぶんを」
シルファのセリフ。
言われて、その意味を理解しようとしてうんうんと唸る。
って・・・ああ、なんだかホントに馬鹿みたいな話に思えてきた。
考えてみれば、私がここでこうやってこんなことしている理由ってなんだろう?
「しーど=らいんふぃー」
「答えなくていいっ!」
私はちょっとだけ赤くなりながら、シルファの頭にチョップした。
「殺してッ! 今すぐ私を殺してッ! でないと私が貴方を殺すわ!」
アインダーの胸倉をつかみ、その首を絞めるように上へと突き上げる。
彼の部屋。
私と彼しかいない広い部屋。
無限とすら錯覚してしまう、広い部屋の中に私の声だけが響く。
「どうにかなってしまいそうなのよ! 狂いそうなの!」
「・・・・・・」
叫ぶ、が。
アインダー=ラッツは首を絞められたまま、何も言わない。
まさか苦しくて何も言えないってワケじゃないだろうに!
息が苦しい。
目の前がぐらぐらと揺れて、自分が何を叫んでいるのか、だんだん判らなくなってくる。
叫ぶ。
自分の中の悪いしこりの様な物を吐き出すように。
言葉の形を取らない言葉を叩き付ける様に。
ただ一つの事を求めていた。
私を殺して。と。
「シード=アルロードは死を恐れ、イーグ=ファルコムは死を望み」
ぼうぅっとした頭で、アインダーの声を聞く。
気がつけば、私は彼の首を絞めていなくて。
私の身体は彼に抱きしめられていて。
「フロア=ラインフィー。お前は如何してそんなに死を求める?」
すでに思考は麻痺していて。
アインダーの言葉は理解できず、ただ聞いてるだけで。
ただ、彼の声は何故か、子守唄のように優しく聞こえて。
私は、私として考えることを止めた。
「すまなかったな」
謝罪。
なぜ謝るの? と問いかけようとして。
私ではない私は、それをしなかった。
暖かで、優しくて、シードと良く似た腕に埋もれて―――・・・
「私は、私として考えることを止めた」
「それがわたしのしっているあなたがもっともおそれていたことなのです」
「はぁ・・・そうか、成る程ね」
やっと解った気がする。
彼女が何を怯えていたのか。
やっと気がつけた。まったく、最初に答えは教えてもらっていたのに。
「概念、か」
呟いて、頷く。
よく判らないけれど、精霊師というのは、本来なら意思を持たないはずの自然現象に、“意思”という概念を与えることで、風や火や水に意思を宿し、それを操るらしい。
意思という概念を与えることを出来る者だから尚更。
自分という概念を変えられる事に怯える。
そして、なによりも自分という概念があやふやだと知っていたんだ。
私がミスト=ラインフィーという概念を消され、フロア=ラインフィーにされようとした恐怖を思い出す。ったく、あんなことは二度と御免だ。
「シード=アルロードは死を恐れて、イーグ=ファルコムは死を望んだ」
「わたしがしるあなたは、しをもとめることでにげていたのです。しをひていするひとをみて、じぶんがおなじようにじぶんでなくなるのをおそれて」
「馬鹿みたいな話よね。本当に」
人は変わる。
だけど、変わっても自分はあくまでも自分だっていうのに。
それなのに彼女―――フロア=ラインフィーは、自分が変わってしまえばそれは自分自身ではないと思い込んでしまった。
それが馬鹿みたいな、記憶の始まり。
「どうして、貴方はここにいるの!? ここで“生きる”ということは、“誰かを殺す”ということなのよ! それができないということは、即ち死ぬということ」
「・・・ヘ?」
うわあビックリ。
なんか、いきなしシルファがまともな口調で叫ぶしっ!?
てゆーか、声まで変わって!?
・・・って、あれ?
なんか聞いたな、今のセリフ。
首を傾げる私に、シルファはいつもの調子で。
「わたしがしるあなたは、ひとをころしていました。でもひとをころすことをおそれるひとをみて、じぶんもひとをころすことをおそれることをおそれたのです」
「―――あ」
思い出した。
さっき、フロア=ラインフィーが泣きながらシード=アルロードに言ったセリフ。
そっか、だからか。
自分が暗殺者じゃなくなるような気がして。
そして、暗殺者じゃない自分―――そんな概念は、彼女の中に存在してなかったんだ。
なんとなく、フロア=ラインフィーという人が分かった気がした。
彼女も私と同じなんだ。
“私”という自分を失うくらいなら、死んだほうがマシ。
けど、暗殺者としての彼女は、自ら死ぬことを、それを求めることは許されなかった。
だから、殺されることを、望んだ。
私はアインダー=ラッツに育てられた。
本当の親なんて知らないし、私は一体何処から来たのかすら知らなかった。
物心ついたときにはアインダーが居て、彼は私にいろいろなことを教えてくれた。
私が精霊を操る素質があると教えてくれたのは彼ではない。
リウラ=ファルコム。
彼女が私に、私の力が教えてくれた。けれど、彼女と言葉を交わしたのは二、三度だけ。
『あなたは私が嫌い?』
彼女が私に問い掛ける。
ちょっとあごを引く癖のある、“何もかもが素晴らしく楽しくてたまらないっ”と言っているかのような笑顔を浮かべて私を見る。
それが何よりも憎くて。
私の、まだ10歳にも満たない幼い手は、大した力がないと知っていたけど。
それでもこの手で彼女の首を絞めて殺したい―――そんな衝動に駆られる。
『嫌いよ。殺したいほど大嫌い』
キッパリと答えると、彼女は笑った。
楽しそうな笑みから、実に楽しそうに笑った。
嬉しそう、だった。
それが私の憎悪をさらに肥大化させる。
『何がそんなに嬉しいの?』
『さあね? なんとなく楽しいじゃない、そういうの』
理解不能。
憎悪は嫌悪に変わり、殺意は恐怖に変わる。
一体、この人は何を言っているのだろう―――・・・?
『―――ぅ!?』
いつのまにか眼前に、彼女の端整な顔立ちがある。
笑みはなく。笑いはなく。無表情で。
鋭く、ネコのように細められた目から放たれる視線が、私の視線とかみ合う。
チクリとした痛みが喉に触る。
ナイフが突きつけられている―――!
『怖い?』
怖い。
聞かれて、私は怖いのだと気づいた。
『泣き出しそうなほど怖いのね?』
泣き出しそうなほど怖い。
『・・・・なんだ』
どこか失望したような呟きとともに、彼女は私を“開放”した。
瞬間、私の体はその場に崩れ落ちた。
目を見開いて、私に恐怖を与えたその存在を凝視する。ことしかできずに。
彼女は―――何も持っていなかった。ナイフはおろか、武器は何も。
私の喉に突きつけられたのが、彼女の爪だったと気づいたとき、私は泣き出した。
『これなら、アインダーの息子のほうが楽しめたわね』
彼女は笑っていなかった。
ただ、ただ、失望。
彼女を失望させてしまった。
だから。私は。
殺されると直感して。
死にたくないと泣き叫んだ。
私の耳の中に響く嗚咽の中で、最後に彼女の言葉が酷く重く、こびりつくように残っている。
『いつか私を殺しに来なさい。私を殺せるなら、あなたを殺してあげるわ』
そのとき、私はまだ10にも満たない少女で。
そのとき、彼女は今の私よりも、歳が幼かった。
あのときの恐怖はまだ私の中にこびりついている。
あのときの彼女を私はまだ殺せない―――・・・
「わっからないなー・・・」
「わからないことをしるためにしろうとしているのではないですか? わたしはおしえているのではないですか?」
「そーじゃなくてね。シルファはどうして私に彼女の、こんな記憶を見せているかってこと」
さっきから、フロア=ラインフィーという人間が、どーゆー人間なのか。
どうゆう人間に会って、生きてきたのか。
そんな記憶しか見ていない。
「なんていうか・・・フロアって人、今は普通じゃない状態なんでしょう?」
私が訪ねると、シルファはこくんと頷いて。
「わたしがしるあなたは、あなたじしんをうしなっているのです。わたしはあなたとなり、だからあなたはきえました。でもわたしはわすれたくない、あなたのきおくをまもっています。いつかあなたをとりもどすために」
「いや、えーと、よくわからないけど。ともかく、キンクフィートで見た、あんなふーに虚ろな彼女を助けたいと思っているわけだ。今までに見た記憶のように、笑ったり、泣いたり、怒ったりしてほしいわけなんだ」
「はい・・・それがわたしがわたしとしてここにある、わたしがあるりゆうです」
「だったら、彼女があーなった原因を見せてほしいんだけど」
なんにしても、彼女がどうなったのかわからなけりゃどうしようもない。
いや、まー、実はシード君の昔とか、けっこー興味あるけど、興味本位で人のプライバシーとか覗いちゃ駄目だよね、知られたくない色々な事ってあるだろうし。
「わたしはしってほしいとおもったのです。あなたにはしってほしいとおもったのです。わたしのしるあなたは、とてもさびしいひとでしたから」
悲しそうに目を伏せて、でもシルファは嬉しそうに私を見て頷いた。
「あなたはたすけてくれるといいました。だから、あなたにはしっておいてほしいのです」
「起きたか」
「・・・夢を見ていたわ」
「そうか」
と、言ったっきりアインダーはなにも尋ねない。
アインダー=ラッツとはこういう男だ。
私は苦笑して、言葉を加えた。
「貴方がこの世で最も愛して、手に入らなかった人の夢」
「―――リウラ=ファルコム、か」
彼が口に出したのは、彼の妻の名前ではなかった。
私が現在に至る過去の中で、最も恐怖した存在。
悪夢の中に在る存在。
でも何故だろう。
彼女の夢を、なによりも恐怖した過去を見たというのに。
私が怯えていないのは。
「・・・ぁ」
そっと、彼が私の肩を抱いた。
少しだけ驚いて、私はそっと彼に身を預ける。
身も、心も。
「ねえ、アインダー」
なんとなく、答えてくれるような気がして。
「あなたは、どうして私にシードを―――あなたの息子を預けたの?」
いつも問い掛けていた問い。
いつも答えてくれなかった答え。
「・・・ただの気まぐれだ」
そう嘘をついて、彼は笑った。
私がいつも恐怖していたあの笑み。
私がいつも殺されると期待したあの笑み。
けれど、それはただの錯覚だったと始めて気づいた。
彼の微笑みは、死の概念なんて存在せずに。
それはただの私の思い込みに過ぎなかった。
「俺は、リウラに頼まれて弟を預かった」
唐突に言われて、唐突に理解する。
成るほど、リウラ=ファルコムの脱走には、彼も一枚噛んでいたという訳か。
けれど、だから何がいいたいのだろう?
「俺も同じだ」
・・・ああ。
そうなんだ。そうだったんだ。
アインダー、あなたは私を必要としていてくれたのね。
もしかしたら馬鹿な勘違いかもしれない。
もしかしたら都合の良い思い込みかもしれない。
でも、今の私にはそれで十分。
「あのね、アインダー。あなたに言っておかなければならないコトがあるの」
不思議と、目の端に涙が滲んで。
だけど、なにか嬉しくて顔を上げて、私はアインダーの顔を見た。
アインダーは、いつもの無表情で。
だけど、ちゃんと私を受け止めてくれている。
「私はね、あなたの大切な人を殺したわ」
「そうか」
それだけ応えて、彼は私の涙をぬぐってくれた―――・・・・・
「えーと・・・」
いやなんてゆーか。
こーゆーシーンを見せられたりすると、けっこー困るんだけど。私。
とかなんとか困っているとシルファが不思議そうに私を見る。
「あなたがふしぎです。どうしてそんなにこまっているのですか? なにをそんなにあわてているのです? そんなに―――」
「だーまりなさいっ!」
ったく、他人のらぶらぶシーンをデバガメするほど好奇心旺盛じゃないのよ、私は!
こーゆーのは、勝手に推理して、本人たち関係なく盛り上げるのが楽しいっていうのに。こんなんじゃ推理のしようがないじゃないっ!
部屋に戻ると、イーグが帰ってきていた。
イーグはベッドの中ですやすやと眠って、シードは書き物机に座り、私が部屋に入るとキィ・・・と金属同士がこすれあう、耳に響くように椅子をきしませて、私を振り返る。
「朝帰りとはいい身分だな、フロア」
私の顔を見るなり、ムクれた顔でシードが言ってくる。
そんなシードの目は少し赤く腫れぼっていて、どことなくくたびれた様な雰囲気。
どうやら、私が飛び出してから一両日、ずっと起きていたらしい。
「今はもう昼だよ」
苦笑しながら、私は返す。
軽くホップしてベッドに飛び乗るようにして、座る。
と、怪訝そうな顔でシードが私を見つめてきた。
「・・・? お前、頭でも打ったか?」
「泣いたらスッキリしただけ」
・・・って、あ。
そ、そういえば、私、シードを突き飛ばして泣きながら部屋を飛び出したんだっけ。
うわあ、困ったな。
あわせる顔がないじゃない―――・・・
「まあ、いいけどな。元気になったなら」
「え?」
いって、また椅子をきしませて立ち上がるシードに、私は思わず戸惑った。
色々尋ねてくると思ったのだけど・・・
「ぁ〜あ・・・死ぬほど眠い。ゆえに俺は死んだように寝るべし」
戸惑う私の前で、シードはぶつぶうと呟きながら、イーグのベッドを飛び越えて、自分のベッドに潜り込んだ。
その直後に、呼気を少し強めに吐き出すような寝息。
しばらく、あっけとしていたけど、なんだか私は可笑しくなってクスっと笑った。
「・・・あれ? フロア」
と、イーグが目を覚まして、身を起こして私を見る。
う、うーんと伸びをして、ベッドから降りる。
軽く目をこすり、ふと思いついたように机の方を見て―――おや? と首をかしげた。
「あれ、シードのヤツ、どこ行ったんだろ?」
「シードなら夢の中だよ」
「・・・あ、ホントだ」
ベッドの中のシードを認めて、納得する。
そうして自分のベッドを折りたたみ、部屋の隅に片付けながら、
「僕・・・おれは今朝帰ってきたんだけどさ、なんかシードのヤツ、ずっと起きてたぞ」
最近、シードの真似なのか、イーグは自称が「僕」から「おれ」に変わってきている。
たいした変化じゃないけれど―――いや、たいした変化なのかもしれない。
少なくとも、以前の私には許容できない変化。
「フロア、なにかあったのか?」
じっと見つめてくる。
彼女の弟に、私は微笑みかけた。
「なかったのよ。なにも、ね」
そう、全ては私の錯覚だった。
私の中にあった赤い衝動も、拭い切れない恐怖も。
全ては、ただ単純な錯覚に過ぎなかった。
私は、もう、殺されることを求めない。
「・・・これで、ハッピーエンド―――じゃないのよね。ったく」
「これはしあわせだったのです。わたしのしっているあなたがしあわせだとしったしあわせ。やっと、きづいたんです。やっと、きづけたんです。でもそれなのに、おこってほしくないことがおきたのです」
「さて、そろそろ起こるのかしら? その“起こってほしくないこと”というのは?」
どっちかっていうと、見て楽しいもんじゃないと思うけど。
それでも見なけりゃ、どうにもならない―――まあ、見てもどうしようもない気がするけどね。
はぁ、とため息。
ふと思い出したけど、私ってこのフロアって人と、アルロードって人に捕まっているのよね。
実は、こんなことしている状況じゃないんじゃないかなー、とか思っちゃうし。
でも、ま。
乗りかかった船だし、最後まで乗り切ってやろうじゃないのっ!
「そのきおくは、あたたかいいまから、さむいときと、すずしいかぜと、あついくうきのまえの、またあたたかいひのきおく」
「・・・はい?」
暖かい今の前の―――って、ああ、もしかして。
「ええと、一年前ってこと?」
私が言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
アバリチアにはナイけど、大陸の南のほうでは“四季”というものがあって、暑い夏とか寒い冬とか四つの季節が一年間にあるらしい。
アバリチアじゃあ、だいたい温暖で、冬になると少し寒くなるって程度かな。
雪はめったに降らないし、アバリチアに十六年ほど暮らしてきた私でも、雪は数えるほどしか見たことがない。
「そこで、わたしのしっているあなたの、だいじなひとにつらいことがおきました。だから、わたしのしっているあなたと、あなたがだいじだとおもうしらないひとは、いっしょににげようとしたんです」
シルファは、悲しそうに目を伏せると、両腕を青と少しの赤が混じった空へと持ち上げる。
濃い青の、青紫の空に浮かぶ白いぽつぽつ―――フロア=ラインフィーの大切な記憶の内で、燻ったような灰の色のそれが降りてくる。
「これは、だれもがかなしくて、だれもがつらくて、だれもがすくわれない、つらいつらいきおくなのです」
灰色のぽつぽつ―――間近で見ると、灰色の絵の具で塗りつぶした画用紙を、円形に切り抜いたような感じのそれを、シルファは受け止めて、ぎゅっ・・・と抱きしめた。
まるで、なにか、慈しむかのように。
私は軽く息を吐いて、気を引き締める。
見たくないなあ・・・と、私の直感が言ってるけど、それとは裏腹に私は彼女に手をさし伸ばす。
「フロア=ラインフィー」
その記憶はその名前を持つ彼女のもの。
その記憶を守るのは、彼女から“シルファ”と名づけられた風。
精霊とは、概念を与えられて、存在するもの。
シルファはフロア=ラインフィーにその名前という概念を与えられてそれになった。
それは、本来ならばなによりもあやふやで、意思というにはもっとも希薄な意識。
「風の精霊だろーとなんだろうと、私には関係ないわ。私が手を貸してあげるっていった以上、私ができる限りのことはしてあげる!」
「―――はいっ!」
頷いて。
彼女は私に記憶を差し出す。
私は彼女から記憶を受け取る。
私の指先が記憶に触れた瞬間。
灰色の記憶が、まるで器から水がこぼれてしまったかのように溢れ、私の視界を覆い尽くした。
その記憶に私は、ミステリア=ウォーフマンは飲みこまれる。
そうして、私は私ではなく、彼女が知る私へと―――・・・
・・・目が覚めた。
気だるげな虚脱感。
一瞬、自分自身を含めた世界のすべてが、水に溶けた絵の具のように薄くぼやける。
身を起こすと同時に軽く伸びをする。
自動的に、「ふわ」と欠伸が漏れた。
正直、朝には強くない。
が、弱いというわけでもない。頑張れば、日が昇る前に起きることだってできるけど、私としては毎日の朝は、自分が納得するまでたっぷりと睡眠を取ってから目覚めたい。
と、そこは私一人ではないことに気づく。
首をめぐらせると、私が寝ていた簡易ベッドの傍に、男が一人立っていた。
私は彼に向かって、に・・・と笑う。
すると、彼はフンと鼻を鳴らして、私を見下すように。
「起きたか」
「・・・夢を見ていたわ」
「そうか」
「ぷっ」
夢の中であったようなやりとりを交わし、私は思わず吹き出した。
彼は怪訝そうに眉を潜める。
全身に吸い付くように、ぴたっとした黒くて無粋な、ウェットスーツのようなものを着こんでいる。
・・・どっかで見たことがあると思えば、一年前、私が森でシード君を見つけたときに着ていたヤツじゃない。
やっぱ、暗殺者のスタイルとか、制服見たいのがあったりするんだろうか。
「ミスト―――だったな、名前」
「ミステリア=ウォーフマン。ま、友人からはミストって呼ばれているわね」
茶色の髪。
右の耳たぶがスパッと切れている。
・・・どうやら、彼がシード=アルロードのようだった。
キンクフォートじゃ、闇の中だったし、夢の中―――シルファが見せてくれた記憶では、実のところイメージしか覚えていない。
そのアルロードは、足元の石を蹴ると苦笑して肩をすくめた。
両手には何も持っていない。
左腕についてるはずの、ポシェット―――スリングショットもなかった。
そういえば、キンクフォートでは獣になってたし、そのときに落としたのかもしれない。
「じゃあ、友人じゃない俺たちはどう呼べばいいんだい? ミステリア=ウォーフマン」
「ミストでいいわよ。友達の友達は友達でしょ」
―――洞窟。
・・・なの、だろうか?
周囲を見回せば、なかなかに広い空間。
視線の向こうに、は、茶色いごつごつした岩肌が、壁となって見える。
ちょっとした部屋のようで、正方形を、ちょっと丸くしたようなこの部屋には、出入り口がひとつだけ。
上を見れば、さして高くない場所に、つららのように鍾乳石が垂れ下がっている。
私が精一杯ジャンプして手を伸ばせば、もしかするとギリギリ届くかもしれない。という高さ。
湿った匂いが私の鼻を濡らす。
ちなみに、部屋の中には私とシード=アルロードしかいないようだった。
フロア=ラインフィーはどうしたのだろう?
「・・・イーグのことをいってるのか?」
「私にとってはシード君よ。アルロード君」
鋭く目を細めるシードに、私はにんまりと笑って答える。
さらに不機嫌そうな顔をするアルロードを無視して、ベッドから降りた。
んー、と背を伸ばす。
どれくらい眠っていたのか、やたらと体がだるい。
「ねえ、私、どれくらい眠っていたの?」
「一日半ってところか・・・残りの短い人生無駄にしたな」
一日半、か。
けっこー、寝てたわねー。とゆか、シルファに付き合わせれていたからかな。
軽い柔軟体操をしながら、首だけアルロードの方を見る。
・・・なぁんか、こめかみぴくぴくさせながら、こっちのほーをにらんでるんですけど。ほわい?
しかも口元はビミョーに笑みの形に歪んでるし。
怒りたいけど、無理して笑ってるって感じ?
「・・・いっとくが、俺が約束を守ると思うなよ」
「はぁ? 約束?」
・・・こんなやつと、約束なんかしたっけか?
んー、思い出せない。
でも、まぁ、覚えてないならたいした約束じゃないって昔っからいうし。
とか思っていると、いきなり胸倉を掴まれた。
「イーグ―――シード=ラインフィーが、キンクフォートの王族を皆殺しにしなければ、お前の命を奪うって約束だ!」
「・・・あのね、そーゆーのは約束じゃなくて、脅迫って言うのよ!」
「うっ、そ、そーいえばそうかっ!?」
しまったー、とか、がびーん、とか擬音やらがつきそうな表情で、アルロードは私から手を離した。
うーむ、馬鹿。
夢の中でフロアが、馬鹿の代名詞に使ってた気持ちがよくわかるなー。てゆか、=クレイス?
「とっ、ともかく、あんなコトいったが、俺は約束を守る気はねぇ! アイツが王族を皆殺しにしようと、どうしようと、あと二日たてばお前を殺ーす!」
びしぃっ! とか指を私に突きつける馬鹿。
ころーす、ころーす、ころーす・・・・と、洞窟内を声が反響してやかましい。
私は、半眼で見返し、エコーが収まるのを待ってから口を開いた。
「だから、約束じゃなくて、脅迫って言ってるでしょ」
「うぐっ・・・」
あっさりと傷つくアルロード。
あはは、駄目だこいつ。結局は三枚目男。
私はおかしくて、笑いながら彼を指差した。
「駄目よ、シード=アルロード。あなたには悪役は向いてない」
「なんだと・・・」
「私はあなたを知っている。だから、あなたに恐怖しない」
「・・・へ?」
私のセリフを聞いて、彼は怒るよりも先に困惑したようだった。
「・・・ところで、ここはどこなのよ?」
困惑するアルロードには構わずに、私はもう一度、洞窟の中を見回した。
が、どっかの洞窟の中だということはわかるけど、どこの洞窟の中かわからない。
まー、だいたいにして洞窟なんぞに入るのはこれで二度目だし、岩肌と洞窟内の雰囲気だけで「ふんふん、ここは○○山の中腹にある洞窟だな」とかわかるはずもないけど。
「はんっ、教えると思うかよ?」
「ねぇん、カッコいいシード様ぁ。お願いだから、お・し・え・て♪」
「ふっ・・・そこまでいわれちゃあ、教えなければ男が廃るってモンだなっ!」
・・・うわあ、マジモンの馬鹿だこいつ
てゆーか、クレイスを上回るバッカマンがいるとは思わなかったわね。
はぁ、上には上がいるとか何とか。
「ふっふっふ。実はここはな、なんとキンクフォートの西にある―――」
と、アルロードが調子に乗って説明しようとしたとき。
不意に、私の胸元が赤く光った。
「なっ、なにこれ!?」
「な、なんだぁ!? てめえ、なにをした!?」
二人して、私の胸を凝視する―――って、コラ。レディの胸をジロジロ見るんじゃないっ!
とか、怒鳴ろうとした瞬間。
―――ミスト、無事かっ!
「・・・し、シード君!?」
シード君の声が、私の頭に響いた。
私の知っているほうのシード君の声。
あ、そうか、これって・・・
私は胸元に手をやって、首にかけていた赤い宝石のペンダントを手に取る。
シード君の持ってる青い宝石のペンダントと対になっていて、お互いの心の声、つまりテレパシーで通じ合えるってアイテム!
『せっかく、でいりぐちがあってなかにはいれたのに!』
ふと、シルファの言葉を思い出した。
もしかして、シルファが言っていた“出入り口”ってこれのことかな。・・・まあ、これ以外には考えられないけど。
―――ミスト、お前、今どこにいる!?
「え? えーとね、今それを聞き出そうとしているところだからちょっと待ってて!」
「待てるかあああっ!」
いきなり、アルロードが私から、強引に紐が引きちぎって、ペンダントを奪い取った。
とたん、赤く光り輝いていた、ペンダントの宝石から輝きが失せる。
「なにするのよっ、偽シード君!」
「あっちのほーが偽だろが―――じゃなくて、こいつはなんだ?」
ペンダントをぶらぶらと揺らして、尋ねてくる。
それを私は取り返そうと、ひっしで食らいつく・・・が、「ほーれほれ」と高みに上げて、私に届かせない。
「返してよっ、それがないとシード君と話せないじゃない!」
「・・・なるほど。そういうことをいうなら、こうだっ!」
アルロードは、ペンダントは思い切り高々と上げると、そのまま地面に振り下ろす!
「ちょっ、やめてっ!」
私が悲鳴を叫ぶと同時。
パリィィィィィィィンッ! と、ペンダントは地面にたたきつけられて、赤い宝石は粉々に砕け散った。
「あ―――」
あのとき。
シード君と喧嘩したときに貰って、そして、私とシード君の心をつなげてくれたペンダントが・・・
赤く、粉々に―――あっけなく、砕け散る。
「シード・・・君・・・・・ッ!」
なにか、なんか。
喪失感、っていうのかな? 大事なものを失って、なんかに吸い取られるように全身から力が抜けてく。
いつのまにか、私はひざをついていた。
目の前の床には、散らばった宝石の破片。
砕け散った破片を、私は慌ててかき集める。
少し砂も混じるのも気にせずに、精一杯、できるだけかき集めた。
「シード君ッ、シード君ッ」
語りかける。必死で語りかけても。
だけど、壊れた宝石は、なにも返してきてはくれない。
「あ・・・悪い」
頭の上から声。
なにか、申し訳なさそうな声が聞こえたけど、わたしは顔をあげない。
と、すぐに息を吐いて、それを吐く音が聞こえて。
「じゃ、じゃなくてだな! 俺としては、やはりアイツと連絡とってもらうのは困るわけで。・・・まあ、その、別に取り上げるだけでも良かったんだけどさ、場の勢いってやつ? あは、あははははは」
笑い声。
だけど、その笑い声もしだに小さくなる。
「はははっ・・・はは・・・・・・・・」
そんな小さくなる声を聞いてるうちに、
私は、なんだか・・・
「・・・悪い」
そう言い残して、アルロードは部屋から出て行こうとして―――
私は立ち上がる。
なんだか・・・・とても、可笑しくて。
「待って」
「・・・・・・・な、なんだよ」
部屋から出る寸前で振り返るアルロードに、私は笑顔。
不敵、と自分でも思うくらいに笑ってやった。
ペンダントが割れて、自棄になったわけじゃない。
ただ、この人はやっぱり私が知るシード君の友達なんだ、とヘンに納得しちゃっただけ。
そんな私を、アルロードは戸惑うように私を見る。
「フロア=ラインフィーに伝えて―――絶対に助けてあげるって」
「・・・?」
「絶対に、なにもかも上手くいくって―――そうなるって、信じなさいって!」
「あ―――」
彼は、迷うように私から視線をはずし、虚空を見つめて、それからまた私に視線を戻す。
そうして、笑う。
どうしてか、楽しそうに。
「なに言ってるか、よくわかんねえけど、伝えといてやるよ。―――何を言っても、今のフロアにゃ無駄だけどな」
「知ってるわ。でも、言えば伝わるはずだから」
「それと・・・ミスト、今の顔―――なかなか俺好みだったぜ」
にかっと笑う。
なにいってるんだか。
「ったく、残念だ。フロアと会う前なら、ソッコー口説いてたってのに」
「それは残念ね、私があなたと同じ名前の彼を知らなければ、付き合ってあげてたのかもしれないのに」
言い合って。
互いに爆笑する。
そうして、ひとしきり笑いあった後、シード=アルロードは背を向けた。
「イーグのやつ、なかなか女を見る目があった見てーだな。殺すのが惜しくなってくる」
そういいつつ。
彼は、洞窟の闇の中に消えていった。
私は吐息。
さて、どうしようかと考える。
ここがどこかもわからなければ、逃げようとしても無駄だろうし―――下手に動くだけ、体力の無駄ってものよね。
「私は殺されないわよ。だって、必ず助けにきてくれるもんね」
何時だって、そうだった。
今まで、何度もそうだった。
だから、今回もそう。
殺してやる、と彼は叫んだ。
殺してくれ、と彼は叫んだ。
それはとても優しい心だからと私は知る。
殺してほしい、と彼女は求めていた。
生きていたい、と彼女は求めていた。
今は求める心も失っていて、私はそれを助けたい。
守ってくれる、と私は知っている。
助けてくれる、と私は知っている。
だから、私は彼を待つ。
絶対に、絶対に何とかなる。
全てが上手くいく―――自分の思い通りになるなんて思っちゃいない。
だけど、自分の思い通りにやってやろうって、私は思う。
敗北宣言は、まだ、早い!
第三章+α 了
登場人物たちの自爆な座談会ッ!
ろう:ついに出ました第三章+α!
ミスト:遅いわよっ。第三章が終了して、半年以上も経ってるじゃないっ!
フロア:下手をすれば、一年近くだねー。
ろう:あっはっはっはっはっは。まあ気にしない、気にしない。こうして出たんですし。
ミスト:ったく、このアバウト王が・・・
ろう:さああて、ではちょいと謎が多いこの話、ちょいと質問コーナーでもやってみますか。
シード:・・・物語の外でフォローしなきゃ駄目な話って、ある意味崩壊してるような気がするんだけどな。
ろう:うぐほわっ。とっ、ともかく、質問ないですかー?
アルロード:はいっ! はいはいはいはいはいはいはいっ!
ろう:ハイ、アルロード君。
アルロード:おっしゃ! フロアのスリーサイズを教えごぶわああっ!?
フロア:あら、なにかしら? なんだかヘンな声が聞こえたけど。
シード:あ、相変わらず・・・どこから出したんだ、そのモーニングスター・・・・・・
ミスト:はーいっ。質問〜。なんか、シード君から聞いた印象と違うんですけど、そこの二人。
シード:(目の前の惨劇は無視かよ)・・・俺も、それは疑問に思った。
シード:俺は、シードが暗殺者を嫌悪してたなんて知らなかったし、フロアがそんなこと思ってたなんて・・・
フロア:だって私はアインダー以外には、本心を見せないようにしてたもの。だからだよだよ言葉だったんだよ。
ろう:つまるところ、シード君は二人の側面しか見ていなかったわけですね。
ミスト:まー、シード君って鈍いしねー。
シード:ぐっ・・・
シルファ:わたしはしりたいことがあるのです。しりたいことをききたいのです。
記憶者アインダー=ラッツ(以下アインダー):何を聞きたいのだ?
シルファ:あなたはきおくしゃとよばれています。きおくしゃとはわたしはしらないのです。
アインダー:記憶者とは、その名の通りだ。
アインダー:私は絶対的な記憶能力を持っているがゆえに、組織内のすべての記録を記憶している。
アインダー:また、私は“世界”というものを数値としてみることができ、それもまた記憶している。
フロア:五感を無視して、数値だけで世界を把握するの。
フロア:例えば、“暖かい”ということを摂氏何度だとか、
フロア:ただ歩くだけでも質量何kgの自分の足を気圧なんちゃらの空間をどれくらいのエネルギーを使い、
フロア:速度は、摩擦は、とか一々数値を見て、計算して、それを記憶して、記憶を元に行動しているの。
アルロード:・・・ぐあ、すっげ頭痛いぇ、なにいってるかちんぷんかんぷんだ。
フロア:だからアインダーは、組織内でこう呼ばれているわ・・・・・・女の敵、と。
シード:は? なんで?
フロア:だって、スリーサイズから体重まで、全部数値で測定されるのよ。見られるだけで。
アルロード:なにいいっ!? くう、なんてうらやましい能力!?
アインダー:・・・・・・
リウラ=ラインフィー(以下リウラ):はあ、やあっと名前出たわね。ついでにちょびっと出たし。
フロア:質問っ!
シード:俺もっ!
リウラ:はいはいなにかなー?
シード:姉さんっ、どうして俺を置いて逃げたんだっ!
ろう:あ、それは第四章で語られますー。ので、ちょっとまってくださいな。
フロア:じゃあ私! 貴方とアインダーの関係はっ! ってゆーか、どこまでいったの貴方たちっ。
ミスト:ちょっとちょっと、目が血走ってるわよ。
シルファ:じぶんまでかわっているのです。わたしがしるあなたとはかけはなれただれかになっているのです。
リウラ:うふふふ、知りたい?
フロア:・・・知りたくなければ、こんな質問なんてッ。
アルロード:ちょおっとまったぁ! その前に、フロア! お前こそアインダーのコトをどう思ってんだよ!
フロア:あなたに語る必要はないわ。
アルロード:っがああああん! 俺の腕を涙でぬらしたあの思い出はいったいぃぃぃっ!?
フロア:ただの錯覚。
アルロード:ぐっはああああっ!?
リウラ:あらあら? 私とアインダーの関係はどうでもいいのかしら?
フロア:だから知りたいって言ってるじゃない!
ろう:・・・なんか、らぶらぶ模様になってきましたねぇ。というわけで逃げ。
シルファ:あいてをあいするということは、こうていするということ。みとめてしまえばじぶんはかわるのです。
シード:あ、最後に質問。結局、コイツはなんなんだ?
シルファ:わたしはせかいにあってなくてでもながれるもの。いしとしてはあまりにもきはくでうごかないいしき。
シード:だから、わからないって。
ろう:本編でミストさんが言ってたでしょ。“風”だって。
ろう:精霊師であるフロアさんが使役している、風の精霊なんですよ。
シルファ:でもほんとうはわたしはこんなにつよくないんです。こんなにつたえることはできないんです。
シード:?????
ろう:さてさて、実はここら辺に、フロアさんがあーなってしまった理由があるんですが、それはまた次回。
ミスト:次はさっさと書きなさいよッ!
ろう:は、はいです〜