パニック!

シード編・第三章
「シード=アルロード」


C【決別】


 

赤い絨毯を踏み付け、俺は目の前を走る二人の後を追う。

 「どうかしたのかよ!?」

 目の前の二人に向かい、俺は声を飛ばす。が、俺の声など届かないかのように―――実際届いてないのかもしれないが―――振り向きもしない。
 なんだって言うんだ!? 一体?
 なにが起きたのか把握できないまま、俺は二人を見失わない様に追う。長い長い廊下を駆け抜け、階段を飛ぶように下り、また廊下を走る。
 ―――やがて、俺達は城の中庭へと出た。

 「くっ・・・これは!」

 ティルがぎり・・・と歯をかむ音が聞こえた。
 ―――そこは、無残にも城の兵達が何人も、倒れ血の海を作り上げている。動くものは何一つない、全てが絶命していると、俺はハッキリ解った。
 むせ返るような血のニオイ。一年前まで、俺の慣れ親しんだものだったはずのそのニオイは、今の俺には不快なものでしかなかった。
 ロッドは目を見開いてその光景を見詰め、俺は―――

 「シード・・・」

 その名を呟いたのは俺。
 そこには、俺の良く知っている男が、一人立っていた。
 シード=アルロード
 今は獣人の姿ではなく、俺の知っている姿だった。短く刈った茶色い髪の毛を夜闇に揺らし、薄い緑の双眸をこちらへと向けている。その瞳は猫のように細められ、俺を見返していた。
 一見すると、ただの気の弱そうな優男に見えるが、右の耳たぶがすっぱりと切れているのが、ちょっとした迫力をかもし出している。
 いつか「この耳が俺の印だ」―――と言っていたのを思い出す。それに対して俺は「そんな印、作ろうと思えばいくらでも」と答えた。フロアは「そんな印なんかなくても、シードはシードだって解るよ。イーグもね」と笑って言ってたっけ・・・
 『シード』は細めた目をわずかに開くと、俺に向かって片手を上げる。その腕には黒い長方形のポシェットがついている。

 「ようイーグ。裏切り者がなんのようだ?」

 裏切り者―――その一言が俺の心にえぐるような痛みを与える。思わず『違う!』と叫ぼうとして―――口を開くことが出来なかった。結局、俺は『シード』達を裏切ったことには違いないのだから。

 「貴様・・・二度も城に乗り込むとはいい度胸だ!」
 「いい度胸? この程度、そんな風に称賛されてもなぁ・・・」

 クックック・・・低い笑みをこぼし『シード』はティルに目をむける。
 『シード』の再び細められた視線に、ティルはビクッと震えたが、その震えを恥じるかのように、逆に激昂する。

 「なにがおかしいッ!」
 「あんたらが甘すぎなのさ。この程度の防備じゃ、毎日俺をご招待してくれてるみたいだ」
 「だったら、お前に相応しい所にご招待してやるよ・・・地獄にな」
 「四聖剣にかけて、お前を倒す!」

 ロッドとティルが聖剣を構えて、『シード』に怒りを向ける。
 俺は・・・俺はどうすれば良い?
 問いかける相手もいない。答えられる存在もいない。
 畜生ッ!

 「ブレイバーショットッ!」

 俺が心の中で毒づいたのと同時、ティルが必殺の技を放つ。
 ティルの剣から生み出された光の刃は、『シード』に向かって突き進んだ。『シード』はそれを横に飛び、かわす。が、その『シード』に今度はロッドが肉薄する! ブレイバーショットが中庭の一角を形成する壁を轟音を立てて破砕すると同時―――
 残光。
 空に浮かぶ三日月の光を反射し、それは光の軌跡を描きながら、『シード』の体を切り裂いた。

 「!?」

 が、次の瞬間には『シード』の体は掻き消えていた。

 「残念。残像だ」
 「!」

 『シード』のからかうような声が聞こえて来たのは、ロッドの背中。いつのまにか手にしていたナイフは、ロッドの脇腹に深々と差し入れられている。

 「ぐっ・・・」

 がくっ・・・と力なく、膝を折るロッド。

 「ロッド!?」
 「・・・毒だ」

 ティルの悲鳴に、俺は舌打ちしながら呟いた。
 『シード』は毒のプロフェッショナルだ。というか、『シード』はもともと、狙撃や毒殺などの、フロア曰く『ひきょー』な類の暗殺者だ。
 ・・・いや、暗殺者というのは大概が卑怯なモンだが、それは置いておこう。
 と、信じられない! と言った表情で、フロアが俺に眼差しを向ける。

 「馬鹿な! 四聖剣は勇者を守護する力がある! 毒なんかで倒れるはずが・・・」
 「あ、なーる。どうりで死なねえわけだ。ホントなら人間千人分はラクに神様とごたいめ〜ん、できるってのによ」
 「この・・・ッ! ブレイバー――」

 怒りに剣を振りかざし、ティルは再び必殺剣を放とうとする。が、それより早く、『シード』は黒いポシェットのついている右腕をティルに向かって突き出した―――まずい! アレはッ!

 「ティル! 避けろ!」

 俺が叫ぶと同時に、バシュっという音と共に、黒いポシェットから短い矢が放たれる。矢は夜闇を切り裂いて飛び、ティルの右肩に深々と突き刺さった。
 あのポシェットの中には小型のボウガンが仕込まれている。もちろんその矢には毒が仕込まれている。

 「ぐッ・・・こんなもの!」

 ティルは自分の右肩に刺さった矢を抜くと、地面に叩き付けた。

 「こんなもので、私を―――なんだ?」

 ティルの疑問の声。それと共に、ティルの身体がぐらりと揺れた。
 毒が回ったのか!?

 「おい、ティル大丈夫か!?」

 ・・・大丈夫じゃないと解っていても、思わず言ってしまう自分を多少馬鹿らしく思いながら、ティルに駆け寄る。ティルは地面にうずくまったままハッハッと荒く息を吐いていた。俺がティルの方に手をやると、ティルは俺を見上げて―――

 「!?」
 「ガァァァァッ!」

 ティルは野獣のような叫び声を上げて、俺に向かって斬りかかってきた!
 その一撃をなんとかかわし、ティルと間合いを取った。
 『シード』の方にも意識を向けながら、俺はティルを凝視する。違和感にはすぐに気付いた。
 ティルの両目は赤い光を放ち、爛々と輝いている。
 顔の血管が浮き出て、異相を表していた。
 毒・・・なのか?

 「人間の闘争本能を極限まで引き出して、目に映るもの全てにたいして破壊衝動を起こさせる毒だ。『バーサーカー』って名づけたんだが、なかなかイカス名前だろ」

 聞いてもいないのに、『シード』が説明を述べる。
 そーいや、こいつ昔からお喋りだったよな。
 昔を思い出して俺は苦笑する。安堵かもしれない。自分のしっている『シード』がいたことに対しての。

 「・・・捻りも何もない名前だな。50点減点」
 「あ、ひでぇヤツだな」
 「ガァァァァァッ!」

 笑う『シード』の声に連なる様にして、ティルの雄叫びが響く。次の瞬間、俺の体は地面に叩き付けられていた。
 づぁ・・・なんだ? ティルの動きが見えなかった。
 俺に覆い被さる様にして立つティルの赤い眼光を見上げながら、俺は動揺していた。と、『シード』の哄笑が聞こえてくる。

 「おいおいおい、大丈夫か、イーグ? まさか今のが見えなかったって言うんじゃないよな?」

 ああ、悪かったよ。見えなかったよ、畜生!
 俺は心の中だけで言い返すと、ティルの体を蹴り上げた。

 「ぐっ!?」

 少女の軽い体は俺の蹴りで軽々と中に舞う。俺はすかさず立ち上がる。

 「ガァァァァァァァッ!」

 ティルも地面に着地すると、すぐさま俺に向かって―――

 「ティルッ!!」
 「!!」

 その声に、ティルの動きが止まった。
 声の下方を見ると、光矢が城の兵を何人か連れて中庭に飛び込んで来た。

 「ぁ・・・ぁぁ・・・」

 ティルは光矢の出現に、あからさまにうろたえた声を出す。
 ぼろぼろと涙を零して、イヤイヤと幼い子供のように首を横に振った。

 ―――…なぁ〜ぜか、ティルって光矢の言葉には逆らえないんだよなぁ〜

 ロッドの言葉が思い返される。
 ・・・もしかして、ティルは光矢のことを―――

 「うあぁぁぁぁぁぁ!」

 ティルは悲鳴を上げ、ブレイバーソードを振り上げると―――なにっ!?

 「馬鹿野郎!」

 俺はティルに向かって駆ける! 一足飛びで届く距離だが、それでも間に合わない! 俺の手がティルの頬に届いたとき、ティルはブレイバーソードを自分の腹に突き刺していた!

 「ぐ・・・ぁ・・・」
 「おい! なんで―――」

 ティルの身体を起こし、問い掛けて、口をつぐむ。
 何故、自殺まがいのことをしたか。自分の好きな人間に、自分が野獣になったトコなんか見られたくないよな・・・

 「ティル!」

 光矢が駆け寄って来て、俺からティルの身体を奪うと、何事か呟く。
 すると暖かい光がティルの身体を包み込んで―――ああ、そうだ。俺はこの光を知っている。
 以前、アバリチアでコイツの妹、ルナが俺の手の傷を癒した『神術』ってヤツだ。
 セイルーン王族の血族が使えるという、神の力。
 暫くすると、ティルの傷は完全にふさがった。が、意識を取り戻す気配はない。

 「・・・ヤツが昼間の獣人か」

 治癒を終え、光矢は『シード』を睨みつける。
 対して、『シード』はやれやれと肩をすくめた。

 「おいおい、今度は光の剣士様かよ。影使いの俺としては、厄介なことこの上ないってわけだ」
 「お喋りは地獄の亡者に対してするんだな。俺はお前を許しはしない]
 「おぉ、怖い。だが、自分の不利な相手と真っ向から戦うような馬鹿なまねはしたくないんでね」

 と、『シード』は自分の右腕―――ボウガンのある右腕を地面にうずくまったままのロッドに向ける。

 「このポシェットにゃ、ボウガンが仕込んであってな。威力は低いが、それでもこめかみを貫くくらいの威力はあるぜ」
 「ロッド・・・貴様!」

 『シード』の言葉に、光矢は―――

 「・・・お前の望みは何だ?」

 ライトソードを手にしたまま、光矢は立ち尽くす。
 飛び掛ろうにも、ロッドを人質にとられている状態だ。どうしようもない。

 「この世界の人間全員の命」
 「・・・なんだとッ」

 ぎりり・・・と光矢は歯をかみ締める。
 が、『シード』はケケケ・・・と笑い。

 「しかし世界は人が多すぎる。そりゃちったぁ面倒だ―――だから」

 ぞわっ!

 なにか・・・空気が変わった!

 肌に鳥肌が立つ。胸を圧迫されたように息が苦しくなり、俺は息を小さく吐いてつばを飲み込む。

 「今この国にいる王族、全員の命で許しといてやるぜ」
 「貴様ぁ・・・そんなことが許せられると思うのか!」
 「誰に許してもらおうと思っちゃいないさ。俺は憎い。人間が全てがな。俺を捨てた親、俺を苦しめた組織、俺を見捨てた親友・・・そんな人間が憎いのさ!!!」

 ごぉっ!

 シードの言葉にショックを受ける間もなく、強い風が吹き付けてきた。
 いや、これは―――
  ゾ ア ン ト ロ ピー
 「獣人化現象かっ!」

 光矢の声は響くことなく風にかき消される。
 見ると、『シード』の変身が始まっていた。
 身体が膨張するかのように膨れ上がり、黒い剛毛に覆われた体が、小さな服を突き破る。
 髪の毛は異常な速さで伸びて、腰あたりまで伸びてとまる。不思議なことに、その髪は風になびかなかった。硬質化しているのだろうか?
 目は爛々と赤く輝いて、俺たちを睨みつける。その瞳の色はどろどろした憎しみよりも、ただ単純に怒りによる破壊衝動が沸き起こっているように見える。

 「うおおおおっ!」
 「光矢!」

 獣化にともない『シード』のボウガンの入ったポシェットも破り捨てられて、ロッドは人質から開放される。その瞬間、光矢が飛び出していた。

 閃光の光矢。

 まさにその呼び名にふさわしい速さだったが―――

 「ぐはぁっ!?」

 刃の射程圏内に入ったと思った瞬間、光矢の身体は冗談みたいに進行方向と直角に弾き飛ばされた。そのまま中庭の壁にまで到達し、叩きつけられる!

 「・・・流石にライトソードは痛いからな」

 苦笑のような嘲笑。
 そんな声を聞きながら、俺の思考は回る。

 ・・・今、『シード』が何かしたとは思えない。そんなしぐさはなかったし、なによりも今の力は俺も一度だけ見ている。

 「・・・フロアかっ」

 俺は即座に気づいて、上空を見上げた。
 そこには俺の予想通りに、丸い円月から放たれる月光をバックにしたフロアが浮かんでいた。

 おそらく、フロアの風の力で光矢を弾き飛ばしたのだろうが・・・それにしても人を、それも四聖剣の勇者を弾き飛ばすとは・・・デタラメすぎる。

 「シードっ! フロアに何があったっていうんだよ!」
 「・・・お前に知る権利はないさ。お前にあるのは俺に殺される権利だけだ!」
 「・・・ぐっ・・・」

 殺される権利。
 そうだ、俺はこいつに殺されなきゃいけない。
 それだけのことを俺はした。
 何ものにもかえがたいはずの親友を裏切ったのだから―――

 「そうだな・・・そのとおりだ・・・」
 「なら死ね」

 ザンッ! と大地を凪ぐように『シード』は跳んで、俺に飛び掛ってくる。

 そうだ。
 確かに殺されるべき人間だ。

 ―――”イーグ=ファルコム”だった俺は。

 ザンッ!

 空を凪ぐ音。

 「てめぇ・・・」

 『シード』の怒りの声。
 獣化しているために、表情では感情が読み取りにくいが、それでもその声色からは確かな怒りが感じられた。

 「・・・・悪い。悪いけど」

 

 

 今までの思い出。

 

 

 あいつらと共にした時間。

 

 

 それを全て―――・・・

 

 

 俺は忘れる!

 

 

 「俺はシード=ラインフィーだ」
 「よくもてめえはぬけぬけと!」

 一撃。
 『シード』の風の流れをも砕くような一撃をかわし。次の瞬間にその一撃によって巻き起こった風の追撃を身に受けて、流されながらもバランスを保つ。

 「お前らには悪いと―――いやそれ以上に苦しんでるさ! でも、今の俺は一人じゃない! 俺が死んだら悲しむヤツがいるんだ。俺も一緒に生きたいと思うやつがいる!」
 「それは・・・俺たちよりも。昔の俺たちよりも大切だというのかよ!」

 その言葉は

 意味を成さない

 イーグ=ファルコムならば即答しただろう。

 お前達の方が大事だと。

 けれど

 俺はシード=ラインフィー。

 だから―――サヨナラだ。

 「そうだよ」

 頷く。

 それは確かな決別を意味する。

 「そうかよ・・・なら―――楽に死ねると思うなよ!」
 「楽でも苦でも死ぬ気はねぇ! 俺は生きる!」

 『シード』は憎しみで俺を射ぬき。
 俺は『シード』を敵とみなす!

 「あばよ。親友」
 「じゃあな。悪友」

 その別れの言葉を互いが言い終わると同時。

 『シード』と俺は互いに、同時に動く!

 動作はただの半歩で事足りた。
 足りない分は『シード』の方が迫ってきたからだ。

 (くっ、早い!?)

 足を踏み出す。
 そんなわずかな動作。その動作のわずかな間の思考で俺は舌打ちする。
 言葉に出すほどヒマもない。

 ぐぉん!

 耳に響く、音。
 俺はかろうじて体制を崩し、『シード』の横凪に振るわれた太い、剛毛の生えた腕を避ける。

 くそったれ!
 アイツの方が早い!

 舌打ち。

 俺は思い切り地を蹴ると後方へと跳ぶ。が。

 『逃がすかよ!』

 『シード』の方向にも似た声。その声が俺と到達するのとわずかに送れて、『シード』の巨体が俺に迫る。

 『死ねッ!』

 言葉と同時に繰り出されたのは蹴り。いや言葉に遅れてだが、言葉が完成するよりも早くに蹴りは空を凪ぐ。

 空。

 俺はかろうじてもう一度地を蹴り、それを避ける。さらに迫ってきた『シード』の胸板を蹴り上げる。
 ダメージを与えるためじゃない。俺の蹴りなんかがこの獣人に通じるはずなどない。
 『シード』の身体を足場にして、『シード』の勢いを借りてさらに俺は後ろへと飛んだ。

 『ちっ!』

 獲物を逃した狼のような表情―――いや狼にそんな表情が在るかは不明だが―――で『シード』は舌打ちした。やれやれと勢いが止まる。

 「行くぜ―――シード!」

 そう叫んだのは俺だ。

 

 

 

 

 地を蹴る。

 その音はかすかに余韻を残し。

 地を踏む。

 その音はすでに響かず。

 ついで。

 俺の中から音が消える。

 


           
 むおん
天空八命星―――【無音】

 

 

 地を蹴る。地を踏む。

 その数度の繰り返しの間隔がだんだんと伸びてくる。

 現実の動きが追いつかないほどに俺の思考と認識能力が加速する。

 それは目標の動きを見定め、確実に討つ為。

 


         
    ときみ
天空八命星―――【刻見】

 

 視界の暗転。

 それは敵に気取られぬように。敵に知らされぬように。

 姿を見せていても、”気づかせぬように”

 己の存在を”無”へと変えたために、俺自身の五感が無意味となる。

 


           
 きょむ
天空八命星―――【虚無】

 

 

 五感の喪失。

 しかし、俺には敵が―――『シード』の存在がわかる。

 周りの状況。

 天に風を纏い浮かぶフロアや、風に身を封じられている光矢。

 毒によって行動不能になっているロッド。そして、倒れ伏しているティルファ。

 それは第六感とも呼べるもの。心眼とも呼ばれるもの。

 


         
    しんがん
天空八命星―――【神眼】

 

 『シード』

 それが今の俺の目標。

 かつての親友だった男。

 かつて俺がイーグ=ファルコムだったときにフロア以外に唯一信じられた男。

 湧き上がる哀しい感情。

 心の中に響き渡る慟哭。

 俺はそれを心の奥底へと封じる。

 


             くじょう
天空八命星―――【空情】

 

 

 駆ける。音もなく。存在もなく。感情もなく。

 目標はいつしか目の前に。

 自分の右手に逆手に持ったナイフに。”虚空”の力を注ぎ込む。

 その”行動”に、己を消す”虚無”の意味が終わる。

 存在を失った俺を求めるように焦点の定まらなかった『シード』の瞳が、はっきりと俺を捕らえる。

 かまわず、俺は『シード』の剛毛に覆われた身体を凪ぎ斬った。

 虚空にはあがらえず、本来ならば鋼を通すことはないだろう剛毛をやすやすと貫く。

 肉を切り裂く感触―――五感を取り戻したために感じる感触。

 しかし、”空情”により無情たる俺にはなんの感動もなく、ただ切り裂くのみ。

 


            
こくうさつ
天空八命星―――【虚空殺】

 

 

 タンッ。

 軽い音を耳にして―――自分で大地を踏みしめた音だ―――俺はゆっくりと振り返る。
 その先には『シード』が微動だにせずに立っていた。腹からはドクドクと血を流している。光源が窓から見える光だけで、あたりが暗いという所為もあってか、その血はやけにどす黒く見えた。

 完全に決まった。
 あと、ものの数秒で『シード』はチリとなって滅びるだろう。

 「さよならだ。『シード』・・・」
 『お前が死んで・・・な』
 「へ?」

 『シード』の声に、俺は『シード』の身体を凝視した。
 『虚空殺』は完全に決まったハズ。
 ものの数秒としないうちに『シード』の身体は崩壊して―――

 しない。

 「な、なんでだ!?」
 『やれやれ・・・だな』

 肩をすくめ、ゆっくりと『シード』は俺に歩み寄る。

 来る―――そのことを感じて、俺は構えるが身体の動きはやけに鈍かった。
 自分が信じていた絶対の必殺が通用しなかったときの敗北感に打ちのめされて。

 そういえば―――

 『おらよっ!』
 「がっ!?」

 いつのまにか接近していた『シード』の蹴りの一撃に、俺は中庭の壁へと叩きつけられた。
 まだ潜在的に『暗殺者』としての経験が残っていたのだろうか、頭を打つことだけは無意識のうちに避けていた。
 が、それでも全身の骨がバラバラに砕けそうな衝撃だ。

 くそ・・・指一本動かせねぇ・・・

 完全な敗北。
 それをはっきりと感じながら、さきほど思い出したことをもう一度。

 そういえば―――通じなかった相手がもう一人いたな。
 少し昔、セイルーンの魔女を捕らえようとした魔界の王子。

 「なあ・・・『シード』」
 『なんだ雑魚』

 雑魚かよ・・・まあ、否定できないけどな。
 どこか怒りを含んだ『シード』の声に、俺は苦笑した。

 怒り・・・?
 何故怒りを感じる必要があるんだろうか。俺が裏切ったからか?
 いや、決別はすでに済ませてある。
 こいつが俺を怒る理由―――?

 まあいい。

 どうでもいいことだと判断して、俺は口を開いた。

 「お前・・・魔族の・・・」
 『そうらしいな。俺のこの身体には魔界の獣人の細胞が埋め込まれているらしい』
 「だから・・か?」

 俺の誰に聞くわけでもない―――というか自分に納得させるような疑問形に『シード』が怪訝そうな雰囲気をみせる。
 が、すぐにフンと鼻を鳴らすと、俺に向かって腕を振り上げた。

 『期待はずれだよイーグ―――いや、シード=ラインフィーだったか?』

 激しい怒りのこもった声。
 それに対して俺は―――俺は―――・・・・・・

 「悪かったな―――期待に、応えることが出来なくて」

 笑う。
 振り上げられた『シード』の腕。それが振り下ろされたときに俺の運命は終わる。

 それを待ち望んでる自分に気づいていた。

 

 ―――少なくとも、死んで悲しむ奴がいる間は…自分から死を望んじゃいけないんだよ!

 

 かつて言った自分の言葉。
 ふとミストの泣き顔を頭に浮かべて、俺は申し訳ないような、それでいてホッとしたような気持ちになっていた。

 ・・・悪いな。
 どうも、俺はこいつに―――シード=アルロードに裁かれたいらしい。

 罪は法が作るものではなく、人の心が生み出すものなのかもしれない。

 マスターが―――結果的には最愛の妻を無くしたことも。
 俺がこいつらを”裏切った”ことも。

 法で見れば罪じゃない。
 しかし、マスターや俺自身にとっては確かに”罪”だ。
 罪は裁かれなければならない。

 なんて。
 言い訳にすらならないか。
 悪いな、ミスト。

 心の中で泣き叫ぶミストに向けて、俺は謝り―――目を閉じて首を力なく垂らす。

 『さよならだ、イーグ=ファルコム』
 「シード=ラインフィー、だ」

 訂正を入れる。
 イーグ=ファルコムが死んだところで、ミストは泣いてくれないかもしれない。
 そんな馬鹿なことを考えながら。

 そして―――

 『死にな!』
 「させるかッ!」

 ―――!?

 唐突に割り込んできた第三の声。
 俺は目を見開き、脳髄に響くような激痛に耐えながら顔を上げる。

 上げたと同時に―――何かが俺の目の前を落下し、落ちてきた。

 ・・・腕?

 L字型に曲げられた太く、巨大な腕。
 それを確認せずに、俺は月光に照らされたシルエットを見上げた。

 『なんで・・・だ?』

 心より驚いたような声を漏らす『シード』
 さきほどとポーズは同じだが―――振り上げた腕、それが肩口から切断されている。

 そして『シード』の問いを受けたのは―――フロアの風によって壁に束縛されたはずの光矢だった。手にはおぼろに光を放っている、四聖剣ライトソード。
 問うまでもなく『シード』の腕を斬り飛ばしたのはこいつらしいが―――

 しかし―――なんでだ? どうしてあの風の束縛から逃れられたんだ?
 俺は『シード』と同じ疑問を浮かべながら、光剣士の応えを待つ。

 「上だ」

 光矢の指し示した方向―――上を見上げる。
 そこには月をバックに浮遊するフロア―――と、もう一人。

 「ほらぁ、とっとと降りなさいよ! けっこー怖いのよ! これでもやせ我慢してるんだからね!」

 まておい。
 フロアの身体にしがみついているミストの姿を呆然と見上げる。

 「あ、シード君。元気ー? やっほー」
 「や、やっほぅ・・・・」

 俺の視線に気づいたのだろう。
 ミストはにこやかに俺に向かって手を振る。俺も思わず呟き返したが―――呟きにすぎず、ミストの耳まで届きはしないだろうが。

 『あれ・・・お前のコレだったよな』

 と、小指を立てる『シード』。

 「違う」

 即座に否定する俺。

 「あれ? そーだったのか? てっきり俺は」

 首をかしげるセイ。

 ・・・・・

 「ヲイ」
 「ん?」

 俺の硬い感情のこめられた声に、セイは俺の傍らでいつもどおりに応えた。

 「いつのまに?」
 「いまのまに―――いや、ミストのヤツがさ。『シード君が心配!』とか言って」
 「それで城に戻ってきたのか―――で、なんでミストはあそこであーしてフロアにしがみついてるんだ!?」

 身体が動かせないので、指し示すことは出来ないが、それでもセイには伝わったようだった。
 セイは「にやりんぐ」と声にだして自分の笑みの擬音―――かなにかを口にしてから応える。

 「セイギノミカタは常に高い場」
 「判った。もう、わかったからその先はゆーな、頭痛が痛い」

 腕が動いたら頭を抱えていただろう。
 ミストのコトだ。
 高い場所やらなんやらを探しているうちに、外にフロアが浮かんでいることに気づいたのだろう。
 そして例の「私の推理によると―――あなたは敵ね!」とかビシィとフロアに指差したりして、そのまま飛び掛ったとか。

 はぁ・・・アホか?

 「はっ、流石にセイの知り合いだけのことはある。『頭痛が痛い』などと愚かながらもほほえましい言葉づかいの間違いを犯すとはな」

 ははん♪
 と、ヤケに嬉しそうに光矢がのたまう。
 だったら俺よりもセイの知り合いなお前はどうなんだよ―――と思うが口に出すのはやめる。

 代わりに今の状況を思い出した。

 「セイ! なんとかミストのヤツを助け―――」
 「りょーかい」

 嬉々としてセイは頷いた。
 どーせこいつのことだ。また後で、昼飯なんかをたかられるんだろうケド。

 『悪いともおもわねぇが―――そういうわけにはいかねえな!』

 『シード』は唐突に身を伏せ、地面に落ちた自分の腕を切断されていないほうの腕で拾う。

 「逃げる気か―――そうは」

 『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 かはっ!?

 な、なんだ? いきなり衝撃が全身に―――
         ハウリング
 「ちくしょー、『咆哮』かよ!」

 目を白黒させながらセイが起き上がる―――どうやら、さっきの衝撃波でひっくり返っていたらしいが。
  ハウリング
 「『咆哮』!?」
 「獣人がよく使う音の衝撃破だ―――くそったれ俺の昼飯が!」

 悔しそうに叫ぶ―――というか、やっぱり昼飯をたかる気でいやがったな、コイツ。

 『シード=ラインフィー』

 その声をはるか高みから。
 叫んでいるような声ではないにも関わらず、声が届いているのはフロアの力だろう。
 確か、風の力で声を遠くまで飛ばす術があると、フロア自身から聞いた覚えがある。

 『シード』はフロアとミストとともに上空に浮かんでいた。
 ミストはぐったりと『シード』の肩に担がれている。気絶させられただけだろうが。

 『今日のパーティはこれでしまいだ』
 「おい、ミストをどうする気だ!?」
 『ひ・と・ぢ・ち♪』
 「―――気色悪すぎ」

 『シード』の言葉に対しての言葉はセイが、『シード』のさらにその上から。
 セイの特殊能力―――”瞬間移動”で跳んだのだろう。

 「くらえ! 流星キーック!」

 そのまま重力に身を任せて、セイは落ちながら『シード』に向かって蹴りを放つ。が。

 『バリヤー。なんてのはどうだ?』
 「げ。」

 『シード』はニヤリと笑って肩に担いでいたミストをセイに向ける。
 セイは慌ててミストを避けようとして―――体勢を崩す。

 「・・・・・・」
 「なっ!? おわあああああ!?」

 体勢を崩したところを狙い、フロアの突風がセイの身体を横に押し流した。

 『シード』たちのすぐ横を通り過ぎて、地面に落下するセイ。

 「どわああああああああああ!?」
 「ちぃっ!」

 光矢がライトソードを地面に突き刺し、両腕でセイを受け止めた。

 「有難う。わたしのおうぢ様♪」
 「気色悪い」

 光矢は乙女チックなセリフを吐くセイを投げ捨てると光矢は『シード』たちを睨みつける。

 「逃げられると思うなよ!」
 『追ってくるなよ、この女の命が惜しければな』

 『シード』が指し示すミストに、光矢はうっとうめいた。

 人質。
 そういうことか―――

 「シード! そいつは関係ない! だから―――」
 『だから。なんだ? 関係あろうとなかろうと、それこそ関係がねェな。俺にとって重要なのは、この女がお前にとって有効かどうかだ』

 え?

 「それはどういう―――」
 『シード=ラインフィー! お前に三日の猶予をやる。三日以内に、キンクフォートの王族を全員殺せ!』
 「な―――なに!?」

 いきなりといえばいきなりの言葉に、俺は困惑する。

 『そうすれば、この女を生かしておいてやる。だが、殺せなかった場合は―――』

 自分の斬り飛ばされた腕。
 その親指を自分の首元へと持っていくと、すっと引く。

 殺す―――の意。

 「そんなこと―――」

 できるか! と叫ぶ前に『シード』の嘲笑が響く。

 『やるんだよ。さもなければこの女を殺して、お前を殺しに行く』
 「くっ―――」
 『また会おうぜ、”親友”』

 最後に、邪悪な笑みを残してー――
 『シード』たちは月光の回廊をくぐり、夜闇に消えていった―――

 「『シード』・・・」

 動かせない身体。
 無力。

 ちくしょう・・・・・

 「しぃぃぃどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!」

 

第三章 了

 


 

登場人物たちの自爆な座談会ッ!

 

セイ:やっと第三章終了か。

テレス:長かったですねぇ。

クレイス:・・・俺の出番がほとんどないではないか。

セイ:そいやお前って、木刀―――いやいやルーンクレストソードが折れた後、どこに言ったんだ?

クレイス:無論、あの獣人を追いかけまくったのだが―――まさか、城に出没するとはな。俺様一生の不覚。

セイ:(お前は一生不覚だろうが)で、テレスは?

テレス:私はユーイティ・・・じゃなかった、ゆういちさんに街を案内して貰ってました。

セイ:・・・夜の街を?

テレス:はい♪

セイ:なんかヘンなことされなかったか?

ユーイティ=ディガーダ(以下ゆういち):それはどういう意味かな、セイ君。

セイ:いやおーむねそのままの意味だが。

ゆういち:それはともかく―――主人公とヒロインの姿が見えないようだけれど?

セイ:話をそらすなー。まあ、いいけどよ。

テレス:ミストお姉さまだったら、あのシードさまの名を騙った悪人に連れ去られたままですよ。

セイ:(・・・どちらかとゆーと、シードが名前を騙ったんだと思うが)

ゆういち:そういえばそうだったね。で、そのシード君は?

クレイス:負け犬ならばそこで体操座りしているぞ。

シード:・・・・ぶつぶつ

ゆういち:うわぁ! あんまりにも暗いからわからなかったよ―――って、何つぶやいているんだろ?

シード:・・・僕がガ○ダムを一番上手く使えるんだ・・・

セイ:キャラちがーうっ!

 

 

ミスト:はぁい。そゆわけで融解されてしまったヒロインのミストちゃんでーす♪

ろう:融解じゃなくて誘拐・・・

ミスト:どっちでも些細なことよ♪

ろう:そ、そうですかねぇ・・・

ミスト:けど、私ってば誘拐されまくってない?

ろう:・・・ぎくっ。

ミスト:これが使い魔の限界ってヤツね・・・

ろう:うぐぅ。

ミスト:うぐぅ抜かすな。さて、少しはなんかあとがきチックなことをやらないとね。

ろう:・・・ちっく?

ミスト:(シカト)さぁて、気になるこれからの話の展開は〜

シード=アルロード(以下アルロード):ナハハハ! 誰も気にしてなかったり―――

ミスト:抜かすな畜生。

アルロード:誰が畜生だ! 俺は獣人だぁぁぁ!

ミスト:じゅーぶん畜生よ。やーい、ケダモノケダモノ〜

アルロード:ぐおお、今すぐぶっころしてやろうかこのアマ!

ろう:・・・ああ、あとがきが崩壊していく(泣)

フロア=ラインフィー(以下フロア):これからの展開は、まずは第三章+α「フロア=ラインフィー」

ろう:あ、フロアさぁん。

フロア:私とシード、イーグの三人のであった頃から、別れまでのストーリー。

ろう:―――に加えて第四章への伏線なんかもちらっと。

フロア:そしてついにパニック!シード編(仮)最終章となる第四章では私たちとイーグの最終的な決別を。

ろう:第四章で、一応の一区切りですが実はしつこくまだまだ続きます。パニック!

フロア:それでは、第三章+αでお会いしましょう。

ろう:でわでわ〜

 

アルロード:・・・ん? なにぃ?もう終わり?

ミスト:うう、いつのまにか終わってるし〜(泣)


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