パニック!

シード編・第三章
「シード=アルロード」


B【再会】


 

そして約二時間後…

「明るいな…」
「ああ…太陽の光が眩しいよな」

俺とセイは太陽の光を細めで見つめていた。
俺達がむいてる方はどうやら東のようで、ついでに目の前の家は後ろの…俺達が今晩泊まるはずだった邸宅よりも小さかったので、上りかけの太陽を見ることができた。
東か…あの太陽の向こう側に手巻き寿司の世界があるんだな…
と、俺がそんなことを思っていると、セイが感慨深げに口を開いた。

「東か…あの太陽の向こうにテマキズシの世界が…」

俺はセイが台詞を言い終わるよりも速く、セイの顔面に裏拳を放つ。
徹夜のせいか、それとも東の国に想いをはせていたためかは分からないが、珍しくセイの顔面にヒットした。

「〜っ。っなにしやがるっ!」

目に涙を溜めて(多分、太陽の光を見つめていたせいではないだろう)セイは俺を睨み付けた。
俺はうつげに一つ息を吐くと、つぶやくように言った。

「なんとなく。なんか、不愉快な偶然が起こりそうだったもんでな」
「裏拳くらった俺の方が百倍不愉快だっ!」
「気にするな、些細なことだ」

首を絞めてくるセイの手を払いのけながら、俺は静かにきっぱりと言った。

「ったく…」

セイは何故か不機嫌そうにしていたが、やがて唐突に何かを思いついたように

「あ」
「なんだ?」

間の抜けた顔をするセイに俺が尋ねると、セイは頭をぽりぽりと掻いた。

「考えてみりゃあ、俺が瞬間移動でちょいちょいっと詰め所まで聞きにいきゃあよかったんじゃねえか?」
「……」

セイは瞬間移動…つまりテレポートを使うことができる。一日以内に行った場所(正確には空間らしいが)ならどこへでも瞬時に行けるのだ。
…そんなことを思い出しつつ俺はセイの方をむく。
無意識に手が動いてセイの首をつかんだ。

「うげげっ、何しやがるっ!」
「はっ! あまりの怒りに我を忘れてセイの首を絞めてしまった!」

俺が思わず驚愕に怒りを忘れ、自分の両手を見つめていると、セイがじと目で睨んでくる。

「…うそつけ。今、思いっきり考えて行動してたろ!」
「おおっ! 何故それをっ!?」
「なんとなくだっ!」

いまいち説明になっていないような気がするが、まあセイだから仕方ない。

「ふぅ、ばれてしまっては仕方がない。なら気を取り直して…」

俺はコホンと咳払いすると、セイに虚空掌を放つ。

「だっ! っぶねーなっ!」

セイは紙一重の所でかわすと、俺を睨んだ。

「やかましいっ! てめぇ、そんな重大な事を忘れやがって!」

俺が怒鳴り返すと、セイはやれやれと手を振る。

「ったく、いきなり理不尽な攻撃の後は責任転嫁かぁ? …だいたい、もとはといえばお前が頑固な事言わなきゃよかったんだろうがっ!」
「そんな事言っても、ここが本当に…」

言いかけて俺は口をつぐむ。だがすでに遅く、セイはめったに見せない軽蔑の眼差しで俺を見た。

「なるほど…つまり、お前自身に自信がなかったから確証が取れるまで待とうとしたわけだな?」
「いや、そうじゃなくてな。もしも、鍵を壊すなり門を飛び越えるなりしている所をみつかりゃあやっかいな事に…」
「そんときはあのねーちゃんに助けてもらえばいいだろ? そうでなくても、寒い外で一晩すごすよりも留置所の中でぐっすり寝た方が良い!」
「う…だが、俺達が…その…犯罪者として捕まれば、マスターや学院長にも…」
「迷惑がかかるか? 本当にそう思ってるか? 本気で?」
「…いや、あんまり…」

俺は思わずセイから視線を逸らす。
た…たしかに、俺達が捕まったってマスターたちには迷惑はかからないだろう。捕まるっていったって、どうせ自警団だろうし、自警団だったら―――さっきセイも言ったように、ライザさんの名前を出せばいいだけだ。

「これで…貸し一つだな…」
「うう…」

ブリッジするかのようにふんぞり返る(俺にはそう見えた)セイに、俺は敗北感にうめく事しかできなかった。

「つーわけで、このキンクフォートにいる間の昼飯はおごりだよなー」
「なんだと! なんで俺が―――」

言いかけて俺は動きを止めた。
…まてよ、そういえば、セイは知らないだろうが、どうせ昼飯は学院長のおごりみたいなもんだし…
そう思い直して、俺はため息をついた。

「ふぅ…しかた…ないか…」
「よっしゃあーっ! らっきぃー」

あきらめたようにため息をつく…ふりをする俺にセイは自分の身長ぐらい飛びあがると拳を天に突き上げた。
…くっくっく…ばぁかめ、どうせ昼飯はもとよりおごりと言う事も知らずに…
なんとなく悪魔の笑みを心の中で浮かべる。
と…

「シード様ぁーっ!」

聞き覚えのある声に振り返ると、テレスとクレイス。あと、知らない二人の男が来るのが見えた。

「なんだ、テレスか…その二人は?」

俺は二人の男を見た。
両方とも俺とおなじくらいの年だろうか。片方は俺と同じく、ここらでは珍しい黒目黒髪で意味もなくにこにこ笑っている。目が悪いのか、飾りっけのない眼鏡をかけている。で、もう片方はここらへんではよく見かける金髪碧眼でかなり上質の服を来ている。何故か不機嫌そうな顔をしているが、そんな事よりも俺はその男が腰に指している剣に興味を覚えた。
にこにこ顔の男も剣を指してはいるが普通の剣だ。だが、不機嫌男の剣はすらりと長い長剣で鞘は超高級。刀身は抜いた所を見ないと分からないが、かなりの業物だろうと思う。それが証拠であるかのように、鞘に収められていながらも他者を圧倒するような『気』が剣から放たれている。…ような気がする。
そして俺は似たような感じの剣をつい最近…昨日見た事があった。

「なあ、それも四聖剣の一本か?」

唐突にセイが尋ねると、不機嫌男はわずかに口元をゆるめて尊大な態度でセイを見た。

「…よく分かったなクソガキ。これは四聖剣のうちの一本、聖剣『エクスカリバー』だ!」

そう、剣を見せびらかすように指し示す。
…俺の第一印象。嫌な奴。
なんか、こいつクレイスや前あったセイルーンの王子(名前忘れた)によく似てるぞ。
…しかしエクスカリバーか…
確かあの剣って、『邪』とか『魔』の力にたいして絶大な力を発揮する剣だとかで…たしか、この国の宝剣で代々、王族に継がれるって聞いたが…

「じゃあ、あんたは王子なのか?」

俺が聞くと、王子は再び不機嫌な顔になって、

「…まぁな、だが…」

と、王子がなにかいいかけるよりも早く、クレイスがはっはっはと高笑いして。

「そぅのとーりぃっ! このかたは恐れ多くもかしこくも、このエルラルド国の王子にして四聖剣の剣の後継者! ジークフリード=ヴァン=ゼオム=エルラルド様なのだぁっ!」
「いや、それはそうだが…」
「貴様ら頭が高い! ひかえおろう!」
「あのな…」
「おおっ!? 無視か貴様ら! ならばジークフリード王子の従者にしてアバリチアの若き英雄! このクレイス=ルーンクレスト様が、この聖剣ルーン・クレイス・ソードにかけて貴様らを…」
「やかましいわっ!」

ごす。

と、王子のエクスカリバー(鞘付)の一撃にクレイスは悲鳴を上げる間もなく気絶した。

「ったく…さっきからうるさいやつだ。だいたい、従者にした記憶もなければする気もない!」

…どうやら不機嫌そうだったのはクレイスのせいだったらしい。

「…で? そのジークフリード王子がなんのようだ?」

皮肉げに俺が尋ねると、王子は片眉を上げて、

「…ジークでいい。あんまり王子と呼ばれるのは好きじゃないんだ」

やや不機嫌そうに言う。
へえ…印象を訂正、クレイスと一緒にしちゃあ可哀相のようだ。

「でもね。ちゃん付けしちゃあいけないんだよ」

と、にこにこ男が後を続ける。その言葉に王子…いや、ジークはにこにこ男を睨む、がにこにこ男は平然と続けた。

「例えば『ジーちゃん』とかね♪」

何故『♪』?
とか思っていると、いきなりジーちゃん…もとい、ジークは剣を抜くとにこにこ男に斬りつける!
きぃぃぃぃんっ!
なっ!?
俺は思わず目を見張った。
ジークの一撃をにこにこ男は平然と腰の剣で受け止めていたのだ。

「へっ…相変わらずやるな」
「ただの偶然ですよ。ただのね…」

二人は笑みを交わし合うと、ジークは剣をひき、にこにこ男も剣を鞘に戻す。
ジークの斬撃はかなり速かった。おそらく速さだけならば、マスターよりも速いだろう。だがそんな事よりも、驚くべきはにこにこ男がその一撃を受け止めていた事だ。普通の剣で。
さすがにジークも本気では斬りつけていないだろう。だが、それでもあの一撃を…仮にも四聖剣の一撃を普通の剣で受け止めるとは…
普通なら剣が折れ、にこにこ男は剣ごと真っ二つになっている所である。

「へえ…やるもんだ…」

後ろからセイの声。どうやらこいつも気づいたらしい。

「…もっとも、彼女にはかなわないがな」

小さな声で聞こえてきた声に俺は振り返る。
だがセイはにやりと笑っていただけだった。
…そう言えば、こいつも謎だよな…とんでもない獣をつれてるし、よくわからない特殊能力持ってるし、四聖剣の勇者と互角に戦える力は持ってるし、セイルーンの魔女と知りあいらしいし。

「もう、危ないですよ。ジーク様、ユーイティ様!」

テレスが困ったように叫ぶ。どうやらにこにこ男の方はユーイティというらしい。
テレスが呼びかけると、ユーイティは「いやいや」と手をふり、

「違いますよ。僕の事は『ゆういち』って呼んで下さいって言ったでしょう? テレスさん」

『ゆういち』? なんでだ?

「面白いギャグだな」
「あはは、よく言われます」

セイの意味不明な言葉に、ユーイティだかゆういちだかは笑う。
ギャグって何の事だ? 一体?
不可解に思いながら俺はにこにこ男の名前を頭に浮かべた。

ユーイティ、ユーイティ、ユーイティ、ユーイティ、ゆういち…

ん?
まてよ?

ユーイティ、ゆーいてぃ、ゆーいちぃ、ゆーいち、ゆういち?

「…変な奴だな」

俺は思わず思ったままを口にした。

「あははー。どっちかって言うと、『落ちこぼれ』ってよく言われるんですけどね」
「落ちこぼれ?」

俺が聞き返すが、ゆういちはただ笑うだけだ。かわりに、やれやれとジークが答える。

「実はこいつの家も、代々四聖剣を継いでいる家でな。本当は長男のこいつが四聖剣の一振り…ブレイバーソードを受け継ぐはずだったんだが、こいつは剣の試練を乗り越えられなかったんだ」
「剣の試練?」

と、これはセイ。
セイの言葉にジークは頷いて、

「四聖剣を継承する時には『剣の試練』を乗り越えなければならない。

俺のもつ聖剣『エクスカリバー』なら邪なる物をうち払う正しき意思の試練。

光の剣『ライトセイバー』なら闇に負けない強き意思の試練。

覇王剣『マスターブレード』ならどんな力も跳ね返す堅き意思の試練…

そして勇者の剣『ブレイバーソード』ならば、あらゆる恐怖に臆しない勇気の意思の試練を乗り越えねばならない」

なるほど―――と、セイはゆういちを指差して。

「…で、こいつはその試練を乗り越えられなかったと」

セイがゆういちを指差してこいつ呼ばわりしていった。ゆういちは苦笑して困ったように、

「あーあ、言っちゃった。あんまり人に知られたくない話なんだけどねぇ」
「ふん、さっきのお返しだ」
「いいじゃないか。ジーちゃんって、かわいいと思うけど?」
「誰がジーちゃんだ。今度その呼びかたしたら斬るって言ったろう!」
「さっき、斬りつけたじゃないか」
「…だったらおとなしく斬られろ!」
「やだよ。痛いの嫌だし」

…なんか、誰かとの掛け合いににてるな…

「なんか、シード様とセイの言い合いに似てません?」

テレスの言葉に俺は明後日の方をむいた。

「で、結局誰が剣を継承しているんだ?」

セイの問いに、ゆういちは笑って。

「実は、僕の妹なんですよ。ティルファって言う名前なんですけど…あ、テレスさんとおなじくらいの年かな。テレスさんの方がずっとかわいいけど」
「え、もう、そんな事ないですよ」

にっこり微笑むゆういちにテレスは頬を真っ赤にして首を振る。

「…ところで…」

俺はゆういちではなく、ジークの方を向いて聞く。

「結局お前等何しに来たんだ?」

俺が尋ねると、ジークはゆういちと顔をしばらく見あわせて、

「暇つぶし」
「テレスさんのお供」
「…用がないなら帰れよ」

俺はうんざりとため息を吐いた。こっちは朝食どころか、昨日の夕食すら食べてないのだ。だいたい、昨日の昼飯だってろくなものを食べちゃいないし…

「あ、あの…わたしはシード様たちと市内の観光でもと…」

テレスが取り直すように言う。

「なるほどなるほど。じゃあ、とっとと行くかぁ。いい加減腹へってきたからな」
「でもライザさんを待ってた方がよくないか?」

俺が言うと、セイはじとめで俺の顔を覗き込む。

「お前…飢え死にしたいのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…」

俺自身、腹へってるし、ライザさんを待っている義理はない…がこいつら(もちろんセイとミスト…ついでにクレイス)を街に放すのは危なすぎる。いつ、トラブルが起こるか分からない。なんせ、三人とも俺が知る限りでは三本の指に入るほどのトラブルメーカーなのだ。

とはいえ…

俺は思わず後ろを振り返った。
昨日の夜は暗くて分からなかったが、青い屋根の白い家。
この家が本当にライザさんの家かちょっと疑わしくなってきた。
確かに覚えはある。覚えはあるが―――なにせ、六年前の事だ。はっきり言ってここが本当に六年前に俺が忍び込んだ家なのか―――
ふと気づいて俺はテレスを見る。

「そう言えば、テレス。お前なんで俺達がここにいるって分かったんだ?」

急に問われてテレスは少しびっくりしたようだった。だが、気を取り直して応えてくる。

「ええとですね。スモレアーのおじさまに聞いたんです。そしたら自警団の隊長を務めていらっしゃる、ライザ=ケルヴィン様のご自宅に…つまりここにいると聞いたので…」

なるほど…つまり…
俺はにやり(セイの真似)としてセイを見る。

「ほら見ろ、俺の記憶は確かだったろうが! これで貸しはなしだぞ」
「何でそうなるんだよ! 今更お前の記憶が正しかったって結果は変わらないだろが!」

にらみ合う俺とセイ。そんな、険悪な雰囲気にテレスが不思議そうに尋ねてくる。

「…そう言えばシード様。何で門の外にいるんですか? ミステリアお姉さまも寝袋で寝ているみたいですし…」
「ああそれはシードの馬鹿が…」

俺はテレスに向かって一歩前に出たセイの肩をつかんで、三歩ばかり引き戻す。

「お前は黙ってろ。…いや実は、ライザさんを待っていたんだ」

俺が完璧に簡潔な説明をすると、テレスはなおも不思議そうに。

「あれ、知らないんですか? ライザ様は当分帰ってきませんよ」
「なんで?」

セイが尋ねると、テレスの代わりにジークが答えた。

「昨日の夜、事件が起きたんだ…」
「事件?」
「そう…隣の国のクァス国の大臣が暗殺された。それでこの街の自警団はもちろん城の聖騎士団も動いている」
『暗殺!?』

俺とセイの声がは盛る、その声に反応して後ろから間の抜けた声が上がった。

「ふぁ〜あ…なによもう、うるさいなぁ…」

振り返ると寝袋の中でごそごそと出ようとするミストがいた。

「なによこれぇ〜、ほどきなさいよぉ」
「へいへい」

寝ぼけた声で悲鳴を上げるミストに従い紐を解こうとするセイ。
そしてすっかり忘れていたが、もう一人―――

「う、うう…はっ! しまった!」

…何が『しまった』のかよくわからないが、最後のトラブルメーカーが覚醒したのを見て俺はため息をついた。

 

 

 

 

「で、クァス国王は無事だったわけね?」

ある食堂(もちろん昨日の店ではない)で昨日の夕食をかねた朝食をとりながらミストが真剣な顔で確認するように尋ねる。
―――伝説の傭兵『ブラスト』の娘だけあって、こういう無意味に真剣に引き締まった表情のミストは結構様になっている。口の周りにソースがべたべたついてなければだが。

「はい…一応、光矢様が助けに入って暗殺者は逃げ去ったようですが…」
「でも、国王と光矢は暗殺者の姿を見たんだろ? じゃあ、すぐ捕まるんじゃないか?」
「それが…」

セイの問いに喋ってもいいものかどうか、テレスは辺りを見回し、ジークを見る。
ジークは肯くと小声で顔を俺達の方に寄せてつぶやくように言う。

「…実は光矢の奴が言うには人間じゃなかったらしい。何でも、オーガのような巨体で身体中を深い毛で覆った獣人だったといっていた」

ちなみに“オーガ”というのはモンスターの一種で、人間の数倍の体格で―――とはいえ巨人族とはまた違うのだけれど―――鋼のような肉体と、破壊的な精神を持った化け物のことだ。
『悪さばっかりしていると、オーガに連れ去られて化け物になっちまうぞ』―――とはよく親が悪戯好きの子供にいうセリフだが、この世界の裏側にあるといわれる、魔族の住む魔界の瘴気に当てられた人間がオーガとなる。とも言われている。

「獣人? …それって、狼男やなんかの事?」

ミストが口の周りのソースを拭きながら尋ね返す。

「まあそういうのもいるがね、光矢が見た感じだと純粋な獣人族だといってたな」
「純粋な獣人族って?」

再びミストの質問、だが今度はジークが答える前にクレイスが身を乗り出した。

「はっはっは! そんな事も知らんとは! 純粋な獣人族とは、病気などに感染して獣人化した愚かな人間などではなく、遥か太古の昔に獣の力を得、その血をひきつづけていた種族の事だ! 普通のワーウルフなどの獣人と同じく、獣に変身する事ができるらしい。有名な所では『剣王伝説』の剣王の友、獣王ダイチ何かが有名だがな」
「よく知ってるわねークレイス」

珍しくミストがクレイスを誉める。クレイスははっはっはと高笑いして、

「ふっ…剣王の事ならば俺にまかせろ! なぜならばこの俺は二番目の剣王になる男!」

といいつつ、こしのルーン・クレスト・ソード(木剣)を抜き、天井を突き刺すがごとくかかげる。
べき。
いきなり木の折れる音がして、ルーン・クレスト・ソードが折れる。どうやら天井に当たったらしい。
そのとたん、剣にかかっていた魔法の効果もきれたようで、剣はただの木の剣になる。

「……」

クレイスはしばし呆然と木の剣と化した自分の剣を見つめていたが…

「おいこらセイ! これはどういう事だっ!」
「うむ」

折れた剣をクレイスに突き付けられながらも、セイは平然と、

「これは陰謀だ」
「陰謀?」
「そうだ。誰かがその名剣がほしくてすり替えたに違いない。わざわざ幻覚の魔法をつかってまでな」
「なにっ…ううむ、そう言われてみれば…」

本気でそう思うか? クレイス。

「だが一体誰が…」
「昨日の暗殺者だろうね」

そういったのはセイではなくゆういちだった。
ゆういちは知的に(はたから見ればそう見えるだろう)眼鏡を中指で押し上げると、軽く息を吐いて続ける。

「多分、光矢さんに追われて逃げる途中に君の部屋にでも隠れたんだろう。そして…」
「なるほどそうだったのかっ!」

クレイスはいきり立つとそのまま店の出口に駆け出す。

「ぅおのれっ! 暗殺者めっ! 俺様のルーン・クレイス・ソードを返せぇぇぇっ!」

そのままドアを打ち破らんばかりの勢いで店を出ていった。
そんなクレイスを見送って、ゆういちはクスっと笑った。

「いやぁ、面白い人だね」

セイもにやりと笑い、

「ああ。ああいうのが身近にいると退屈しなくていいから便利だぜ」
「よおくわかるよ。僕も身近にああいうのがいるから…」

言いながら、ゆういちはチラリとジークを見る。
視線に気づいたジークは剣呑な声で。

「…とか言いつつ何故俺を見る?
「…とかいいつつ剣を抜かないでよ。あぶないじゃないか」

そんなやり取りを聞いていたミストがぽつりと言った。

「変な人たち」

うん。俺も同感だ。

 

 

 

 

「でもさ。獣人って、結構珍しいって言うか、普通見れば分かるわよね。なんで、警備の人たちは気づかなかったのかな?」

人込みの中を歩きながらミストがつぶやく。
―――昨日と同じように人込みはすごかったが、二回目ともなると慣れてしまったのかセイもミストも平然としている。俺もまぁ、この街にいた事があるし、テレスも学院長のお供で何度かこの街に来ていた事があるらしく、普通に歩いている。

「それがどうも、部屋の中にいきなり出現したらしいんですよ」

テレスの説明に俺は思わず後ろのセイを振り返った。

「なんだよ」
「いや別に」

俺は再び前を向く。

「まさか、セイがやったんじゃないでしょうね」

俺がちょっと思った事をミストが言葉にした。

「馬鹿いえ。昨日はずっと、シードといたぜ」
「それに、瞬間移動じゃありませんよ。どうも、影の中から突然現れたそうで…」
「影から?」
「まさか、影使いか?」

俺はふと思い付いて尋ねる。
影使い―――シャドウマスターとも呼ばれるそれは、その名の通り影を操る者の事である。影を操り、影に隠れたり…つまりそのまんまの意味で影の中に入り込むという事をしたり、影からかげへと渡ったり、すごいものになると、その影の主ごと影を操るものまでいる。
普通、影使いといえば魔界に住む魔族によくいるが、人間の中にもごくまれに影使いの素質をもったものが生まれるらしい。
俺の言葉にテレスも肯く。

「ええ…お爺さまもそうだといっていました…」
「ねえねえ、影使いって何よ?」

服を引っ張って尋ねてくるミストに俺が説明してやると、ミストはまずいものでも食べたみたいな顔をして、

「げ〜、なんかネクラの集団見たいね」
「そゆことをいうな」
「しかし、影使いの獣人か…だが、それで納得がいったな」

それまで黙って話を聞いていたジークがぽんっと手を打つ。

「なにが?」

隣を歩いていたゆういちが尋ねると、ジークは肯いて

「光矢が現れただけで、暗殺者があっさり逃げた理由だ。光矢の持つ剣は光の剣ライトセイバー。闇にたいしては最強の力を誇る剣だ。仮にも影を操る影使いならば、光の力は厄介だろうしな」

ジークが言うと、ゆういちはあきれたように、

「なんだ、今ごろ気がついたのかい? 普通は話を聞いた時からきづくものだと…」
「うるせーな。斬られてーか」

などと、もう聞き飽きた二人の漫才を…

「!?」

俺は不意に視線を感じて振り向いた。
その瞬間、人込みの中に知っている顔が見え…
俺は愕然とした。
あれは…あれは…

「どうしたの、シード君?」

ミストの声がやけに遠くから聞こえた気がした。
そしてそのミストの声が合図だったかのように、男は薄く笑うと人込みの中に消える…

「ねえちょっと、どうしたの? シード君ってば!」

立ち尽くす俺の腕をミストがとって揺らす。
だが、俺は動く事ができなかった。
さっき人込みの中に見た男の顔…
忘れもしないあいつは…

「シード…」

俺は今の俺の名前、そして親友の名を口にする。
そう。あいつは…俺の無くしたはずの大切な友…

シード=アルロード

俺はその名を胸に思い起こし、人込みの中、ただ立ち尽くす事しかできなかった…

 

 

 

 

「おおきーい!」

ライザさんの邸宅、クレイスの家、ルーンクレスト学園の校舎…
そんな今まで見た『大きな』建物よりも大きな城。
エルラルド王国の誇る優雅な城、ラインホワイター城。
その巨大な威圧感で、見下ろす城を逆に見上げてミストは素直な歓声を上げた。

「あ、これはジークフリード王子、ユーイティー様…そちらの方は?」

門を守る門番が俺達を見ていってくる。
にこにことゆういちがテレスを手で示し

「ああ、こちらはテレスさんと…」

そして俺達の方を軽く一瞥して、

「その他の人たちです」
『おい!』

俺とセイは同時に声を上げた。

「なんだよ 『その他の人たち』ってのはっ!」
「つーか、何でテレスだけ!?」
「いやあ、なんとなく」

ゆういちはさわやかに笑いながら答える。

「―――ねえ、もしかしてあんた…」

ミストがやけに冷めた目でゆういちを見る。

「もしかして幼女愛…」
「それは放送禁止用語だっ!」

いきなりセイが意味不明の単語を叫んでミストの口を塞ぐ。

「放送禁止用語?」

わけわからずに俺が聞くとセイも困惑した顔で、ミストの口を塞ぎながら答える。

「いや、なんとなく…」
「んもーっ! んごーっ!」

ミストが真っ赤な顔をしてもがく、セイはやっと気づいたようにゆっくりと手を放す。

「ぷはぁーっ! あんたあたしを殺す気!?」
「気にするな」

セイが無表情にはっはっはと笑って答える。

「…と、まあ限りなく怪しいがまあ、ルーンクレスト学園の縁者だから安心しろ」

ジークが不信な顔をする衛兵にさりげなく言う。

「ところで、暗殺者は見つかったのか?」

俺が尋ねると、衛兵たちは顔を見あわせた。

「…大丈夫だ、喋ってもかまわん」

ジークが口添えすると、衛兵は「はっ」と敬礼して。

「以前捜索中であります! 街の門を全て閉鎖し、町全体に結界を張ったのでさすがにシャドウマスターといえどもこの街から逃げ出す事は不可能かと…」
「結界なんて張っていたんですか? …セイは、気づいてましたか?」

衛兵の言葉に、不思議そうにテレスは何故かセイに尋ねる。問われたセイは頭をぽりぽりとかいて、

「あん? ああ…日が登る少し前に結界が張られたのには気づいたけどな。…ありゃ、お前の親父の結界だろ」
「はぁ…そうですか。全然気づきませんでした」
「あれ? リベルおじさんも来てるの?」

意外そうにミスト。テレスは肯いて、

「はい。お義母様はアバリチアに残っていますけどね」
「ふーん。だけど、リベルおじさんってやっぱりすごいのねー。こんな大きな町全体に結界を張れるんだから」
「ふ…さすが我が父親だけはあるな」
「お父様は結界術だけならお爺さまよりも上だといわれてますから」

ミストが感心げに空を見上げて言うと、クレイスとテレスがどこか嬉しそうに言う。
やはり、自分の父親を誉められて嬉しいのだろうか…
―――そんな事を思いながら俺は西の方角を見る。
城とは反対側の方角だ。ずーっと、大きな通りが広がっている。その通りいっぱいに人の群れが広がっていた。
俺はその通りの向こう、さらに向こう…そこには俺が生まれた―――かつてはテリュートと呼ばれていた村があった。
今はもうない。
暗黒時代が終わりを告げて間もない頃、山賊の襲撃を受けて村は焼かれ、俺と姉貴を残して村は全滅した。
幼かった姉貴は生まれたばかりの俺を抱いて、焼け落ちた村から必死で逃げた。そしてその途中、『組織』の一人に拾われて―――俺は今ここにいる。

「どしたの? シード君。なにかあるの?」

感傷にかられていると、心配そうなミストの声が聞こえた。

「いや別に―――」

俺は感傷を振り切って振り返ろうと―――
っっどぉぉん…
いきなり通りの向こうで大きな爆発が起きた!

「何だ?」
「ザルム!」

俺が疑問を口にすると同時にセイの叫びが聞こえた。
振り返ると、セイの目の前に青い魔獣が存在していた。
セイがその背にまたがる。

「いけっ! ザルム!」
『フン…』

セイが号令を下すと、ザルムは鼻を鳴らしながらも駆け出す。

「まてっ」

俺も慌ててザルムの背に飛び乗る。

「あーっ! ずるぅいっ!」

背中でミストの声が聞こえてきたが、無視。
風のような速さでザルムは空を蹴り、人の頭上を駆けていく。まるで地面を走るかのごとく。
まあ、ザルムは風の魔獣らしい。空を駆ける事ができても不思議じゃあないか…

『重いな…一人落ちろ』

ザルムの不機嫌そうな声に俺がなにか言うよりも速く、後ろから声が聞こえてきた。

「そんな事言わないでよ。こんなスピードで走ってて、振り落とされた僕、死んじゃいますよ」
「なっ、お前いつのまに…」

俺が振り返ると、いつもかわらずにこにこ顔でゆういちがザルムの背にまたがっていた。

「あはは。それにしてもすごいですねぇ…セイ君って、召喚術師なんですか?」
「セイでいい。召喚術師と思いたけりゃそれでいい」

? 俺はセイの口数が少ないのに気づいた。それでいて、どこか不安か恐れの少し混じった…それでいてどこか期待しているような声。
っどぉぉぉぉぉん!
だんだん爆発は大きくなっていく。現場も見えてきた。

「…ちっ…違うか…」

耳では轟々と風が鳴っていたが、俺はそのセイの呟きを聞き逃さなかった。
どこかほっとしたようで…残念そうな声。

「……ま、いいか。彼女じゃなくても…」

セイの呟き。
…もしかしてこいつ、あの爆発をセイルーンの魔女の仕業と思っていたのか?

「…面白そうなことにゃあかわりない!」

セイはいつもの調子で嬉しそうに叫ぶと、ザルムに向かって命令した。

「いけっ! ザルム、ゴールはすぐそこだぜ!」
『貴様に言われなくとも分かっている』

ザルムはさらに速くなり、耳はすさまじい風の叫びが聞こえてくる。
どうやらあの大きな爆発でも人死には出なかったようだ、人はみな爆発の中心部から離れて、二つの人影を見ているようだ。
撃風の中、俺は通りのど真ん中で、獣みたいな人間と対峙する、一人の少女の姿を認めた。

 

 

 

 

「っ…あなたたち、何者!?」

その少女は突然、俺達に向かってそう言った。
年はテレスとおなじくらいだろうか。短めの金色の髪を風に預けて、俺達を睨んでいる。

「あの獣人の仲間かしら?」

少女は手に持っていた少女には少し不釣り合いな剣をさっきザルムの背から見下ろした獣人に向かって突きつける。
獣人…というよりは大人の男をそのまま毛むくじゃらにしたような怪物だ。散らばった、露店の残骸、えぐれた地面、半分吹っ飛ばされた建物の屋根を見る所、結構激しく遣り合っていたようだが、今は赤い目をらんらんと光らせて、俺達を…というよりも俺を睨んでいる。

「なぁ…あの獣人だか怪物だか、お前を睨んでるようなんだけどよ。知り合いか?」

セイが俺の方を振り向いて俺に問う。
俺は首を振りつつザルムの背から降りた。

「知るかよ。化け物みたいな人間には知り合いがいても、化け物に知り合いはない」
「…わたしの問いに答えなさい。あなた達もあの獣人の仲間なの?」

と、少女は苛立ちながら、獣人はしばらく動かないと判断したのか、今度は俺達の方に剣を向けて言う。
立派な剣だ。四聖剣のエクスカリバーやライトセイバーに勝るとも劣らない…
―――ってことは?
セイも同じ意見に達したのか、ザルムに座りながらゆういちを振り返る。一瞬遅れて俺も振り返った。

「あはは。気づきました?」

ゆういちが笑いながらザルムから降りて、ゆっくりと前に出る。

「やあ、ティル。がんばっているようだね」
「兄さん!」

少女…ティルは驚いたようにゆういちを見る。
どうやら…というか、やっぱりというか、ゆういちの妹だったらしい。

「ああ。紹介します。僕の妹で、四聖剣のうちの一振り、勇気の剣『ブレイバーソード』の継承者で、若干十三歳ながらもこの国の聖騎士団の隊長なんかもやっているティルファ=ディガーダといいます」
「なるほど…って、そんな事話してる暇はないと思うけど」

セイが獣人の方を見ながら答える、俺もつられてみると獣人は…なんとなく笑ったような気がした。
右手の親指で鼻をぬぐい、見下すようにつぶやく。

『…フン…あんまりしつこいんで殺してやろうかとも思ったが―――イーグに免じてこの場は見逃してやるよ』

…!
くぐもった獣人の声を聞き、俺は思わず硬直した。
くぐもってはいるが、もったいぶる時の鼻をぬぐう癖、そして何よりも俺の…俺の本当の名前を知っている…!!

「イーグ? だれだ…?」

いぶかしげにつぶやくセイ。思わず俺はセイを押しのけ、前に出ていた。

「まさか…シード?」

震える声でつぶやく、獣人はふん、と鼻を鳴らし、

『やっと気づいたか。イーグ…』
「シード! シードなのか!?」

熱いものが込み上げる。

「生きて…生きていてくれたのか?」

足が…いや、全身が脱力して力が入らない。それでも俺はふらふらと『シード』の前に進む。

「おい、シード! あぶねえぞ!」

セイの声に俺は気にしなかった。だが、『シード』のほうが反応する。

『イーグ、お前、俺の名を名乗っているのか?』
「ああ。お前の事…フロアの事も忘れないように―――そうだ! フロアは? フロアは生きているのか?」
『フロアか…生きているさ』
「本当か! 良かった…」

俺の涙腺は完全に壊れてしまったらしい。目から涙が溢れ、『シード』の姿も良く見えない。
…『シード』の姿…?
俺はふと思い出した。今まで『シード』が生きている事実に衝撃を受けていて気づかなかったが、そう言えば何故『シード』は獣人みたいな…

「なあ…シード…お前はなんでそんな姿をしているんだ?」

涙を拭い問う。
すると『シード』は「やっと気づいたか、やれやれ」とでもいいたげに肩をすくめた。これも『シード』の癖だが、獣人の姿でやるとかなり不格好だ。

『…お前は昔っから…初めて会った時から、しっかりしてるようで、意外と抜けてたからなぁ…普通は俺が生きてる云々の前に、この姿に疑問を覚えるのが普通だろうが。だいたい、俺が本当に『シード=アルロード』であるかも分からないし…』

と、そこで言葉をきり…『シード』の目に赤い凶悪な光が灯る。
俺は反射的に後ろに飛んだ。
ぶぉんっと、『シード』の腕が俺の目の前を横薙ぎの通り過ぎ、俺はその風圧でセイの後ろまで下がる。

『…俺がお前の味方であるとは限らないんだぜ?』
「シード!」

俺は思わず叫ぶ。…叫んだだけだった。

「くっ、くらえっ!」

凛とした声に横を向くと、ティルが剣を掲げていた。
―――あの構えは…
俺はあの構えをつい最近見ている。キンクフォートに来る前、マスター…いや傭兵『ブラスト』がみせた技の構えだ。
と、ティルの剣、ブレイバーソードが光り輝く。

「はぁぁっ! ブレイバーショット!」

ティルが剣を振り下ろす! それと同時にブレイバーソードの光が光刃となって『シード』へと突き進む!

『フン』

鼻を鳴らすと、『シード』は予備動作もなく、一瞬で二階建ての建物の屋根よりも高く跳躍する。
っっおおおおおっん…
光刃は『シード』のいた場所を通り抜け、すぐ後ろの建物の一階をえぐるようにふきとばす!
数秒たって、『シード』がもといた場所に着地する。

『だから何度やっても無駄だって言ったろう? いくら威力があろうが、あたらなければ話にならない』

鼻をぬぐいながら『シード』。
どうやらさっきの爆発は主にティルのやったものらしい。
…たしかに、ティルの今の技―――ブレイバーショットとかいったか?―――は動作のモーションが大きい上に、『ブラスト』のように不可視というわけでもない。

「くっ…」
『くっく…四聖剣の勇者っつっても、たいしたこたあねえな』

悔しさに顔をゆがますティルとは対照的に、『シード』は可笑しそうに笑う。

「シード君! ついでにセイ! 無事?」

後ろから唐突に声。振り返ると、息を切らせてミストが走ってきていた。その後ろにはテレスとクレイスの姿も見える。

「馬鹿! 来るな!」

思わず俺は叫んだ。だが、ミストたちは聞こえなかったかのように俺の所に来る。

「…ついでにってのは酷いんでないかい?」

少し膨れたようにセイ。

「セイが膨れてもかわいくないわよ。で、あの化け物が噂の獣人って奴?」

セイに軽く返答しつつ、ミストは俺の肩越しに『シード』を見た。

『へえ…もしかしてそいつはお前の女か?』

いやらしく『シード』が笑う。

「なによあいつ…シード君の知り合いなの?」

ミストが嫌悪感をあらわにして言う。

「ま…あな」

なんとなく、俺は口を濁らせた。…なんとなく、こいつにはあまり俺の過去に触れてほしくない。

「まあな…って…それじゃもしかして、あいつがシード君の昔の親友!?」
「ま…あな…」

と、シードの驚いたような声に再び俺は肯き返し…

「って、何でそういうふうに考えられる!?」

いきなりといえばいきなりなミストの台詞に俺はミストを驚愕の面持ちで見返す。だが、ミストは平然と。

「だって、シード君の昔の知り合いっていったら、シード君の『親友』って人の事しか知らないもん」
「…いやだけど…他にも考えられないのか? 例えば昔世話になった人とか…」
「あたし、あんな毛がぼうぼうのおばけみたいな人に世話になるくらいだったら寒中水泳でもやった方がマシよ」

よくわからないたとえだが…まあいい。

「じゃあ、あんな毛がぼうぼう(中略)な人を『親友』に持つ俺はなんなんだ?」
「愛は人類を救うわ!」
「なんだよそりゃあっ!」

意味もなくきっぱりと断言するミストに俺は思わず叫んだ。

「だって、シード君ってあーいう友達いても違和感無いもの」
「…なんか、すっごくけなされているような気がする…」
「あー、そういう意味じゃないのよ。誰からも好かれるっていう…」
『おぅ、よく解かってるじゃないか。実はこいつ、昔っから俺の飼ってる毒蛇とか毒蜘蛛とか毒ガエルとかに好かれててな、よく死にかけたもんさ』

なんかほんわかした雰囲気で『シード』も肯く。

「…『よく死にかけたもんさ』じゃない! いっつも俺が死に掛けるたびに放し飼いにするなっていってるのにお前は…」

何度も顔も知らない両親の許へ行きかけた事を思い出して、俺は怒鳴った。だが、『シード』は平然と。

『何で俺のかわいいペットたちを狭い籠の中に閉じ込めなければならないんだ?』

…わかってたさ、こいつはこーゆー奴だってことは。

『ま、俺の大切なペットの事は置いといて―――』

いいつつ、『シード』は俺達を見回した。

『四聖剣の勇者が二人―――いや』
「光の矢よっ!」

つい最近聞いたばかりの声が聞こえ、それと同時に光の矢が『シード』めがけて飛んでくる。

『三人か』

つぶやきながら『シード』は光の矢を素早くかわした。

「みんな、無事かっ!?」
「光矢!」

光の矢を放った本人を見て、ジークが叫ぶ。
光矢はセイを見て一瞬顔をしかめたが、今はそんな場合と判断したのか何も言わなかった。

『ちぃ…光の剣が来たか…しゃあねえ、ここはいったん退くか…』
「昨日は逃がしたが、今日も簡単に逃がすと思うか? 影に逃げ込んだ瞬間、光で串刺しにしてやる!」

舌打ちして言う『シード』に光矢が怒鳴る。いつでも飛びかかれると言った体勢だ。
そしてそれは他の四聖剣の勇者も同じだった。
―――俺は…俺はどうしたらいい?
『シード』を逃がす事はできる…だが…

「シード…」

俺は考えのまとまらないまま四聖剣の勇者たちの前に出る。

「何故だ…?」

俺の口から出た言葉は、『シード』を助けようとする意思の言葉ではなく、またその逆の言葉でもない。疑問の言葉だった。

『…何がだ?』
「何故…なんでお前は人を殺して―――殺そうとしている?」

一年も前の事。俺が暗殺者で無くなったワケ。そして俺が『シード=ラインフィー』になった時から見始めたその時の悪夢…

「お前は…お前たちは殺したくないから逃げ出そうとしたんじゃないのか? それが…なんで…生きて…暗殺者として生きている!?」

俺の叫びにシードは黙ったままだった。

「答えろ…答えろよシード!」
『フン…』

獣の姿をした『シード』は赤い目をぎらつかせて俺を睨んだ。

『答えろ…だと? なら答えてやるさ!』

怒りを含んだシードの声。

『生きるためだ! 生きるために俺達は再び、組織のために殺している! …一年前のあの日、『組織』は捕まえた俺達に制裁を加えた。だが、それは死という制裁ではなかった。…死んだ方がマシだとは思ったがな…だが、俺達は死ねなかった…復讐を果たすまではな!』
「復讐?」

言っている意味がわからず俺はつぶやく。そんな俺を嘲るように憎むように『シード』は俺を見る。

『そうさ…あの日、俺達を見捨て一人で逃げ去ったお前へのな!』
「な…! だけど、あれはお前たちが逃がして…」
『そうさ! 確かに俺は…俺とフロアはお前を逃がそうとした。だが、それも必ず助けに来てくれると信じてだ! それなのにお前は…』
「あ…」

俺は…『シード』の言葉に何も言えなかった。『シード』の変わり果てた姿を見る事すらできずにうつむいていた。

『この街で見掛けた時は自分の目を疑ったぜ…親友が見も知らぬ奴等と楽しそうにあるいてやがったんだからな!』
「……」
『今日の所は見逃してやる…だが、次はそうはいかない…フロアと二人でお前を殺してやるよ。組織で授かったこの力でな!』

そう言って、『シード』は己の身体を見た。その獣人の力が授けられた『力』と言うのだろう。

「フロアも…俺を憎んでるのか?」

言葉を吐き出すのがとても重く、つらい。だが、俺は声を絞り取るようにして言葉を発した。
それでも何とか『シード』には届いたようだった。『シード』は自嘲ぎみに笑い、

『…安心しろ…フロアはお前の事を憎んでなんかいねえよ。もっとも、もう何も想いはしないけどな…』

記憶に残る親友の声とは違う親友の声の中になにか、やるせなさのようなものを感じて俺は問い返した。

「なんだと・・・それはどういうことだよ!?」
『フン…今度あった時…殺す時に教えてやるさ…』

言いながら『シード』は高く飛ぼうとでもするかのように身をかがめた。予備動作無しでもあれだけ飛んだのだ。今度は建物の屋根の上まで飛ぶつもりなのだろう。

「ちぃ、逃がすか!」

黙って俺達の話を聞いていた、四聖剣の勇者たちもそれを察したようで、俺の横をすり抜け次々と『シード』に斬りかかっていく!

「まて、まって…」

思わず、四聖剣の勇者たちを止めようと言葉が口をついて出る。だが、俺は何も動く事ができずに、『シード』が勇者たちよりも速く飛びあがるのを眺める事しかできなかった。

『ひゃーはっは! この街に集まった王族みんな殺してやるからな!』
「させるか、馬鹿野郎!」
『なにっ!』

一端は屋根の上まで飛びあがった『シード』が再び地面へと落ちてくる。突風と共に

「はん! ったく、『勇者』が三人もそろえて何してるんだか…」

声は屋根の上から聞こえた。見上げると、茶色い髪の長剣を持った男が俺達を見下ろしている。年は…俺より歳下か? この男のもつ長剣は四聖剣の剣に雰囲気が良く似ている…という所を見ると、この剣もやはり四聖剣のうちの一振り…四本目の剣、覇王剣マスターソードなのだろう。
その男は物が落ちる速度よりもゆっくりと屋根の上から降りてきた。重力制御の魔法ではなく、風の力で落下速度を制御しているようだ。

「ロッド! ロッドじゃないか! いつキンクフォートに?」

光矢の声にゆっくりと地面…『シード』の後ろに降り立ったロッドと呼ばれた男はぶっきらぼうに言う。

「ついさっきだ。親父が殺されかけたって聞いてな。ところでこの化け物は何者だ?」

ロッドが『シード』を指差す。『シード』は何かに押さえつけられているかのように地面で何かを振りほどこうとしている。

「…さすがにマスターソードの風の力にはかなわないか…よし、今のうちだ!」

光矢が叫ぶ。その言葉に反応してそれぞれ必殺の技の構えを取った。

「くっ、やめ…」

思わず制止の声を出してシードをかばおうとした瞬間!

「なにっ!」
ロッドが驚愕の声を出す。と、同時に『シード』がいままでもがいていたのが嘘のようにあっさりと立ち上がった。

『危ない所だったな…助けが来なけりゃな…』
「この…ブレイバー…」

ティルが光刃を放とうと、剣を振り下ろしかけるがそれよりも速く、突風が俺達を吹き飛ばす

「くっ!」
「大丈夫か!」

吹き飛ばされた俺をセイが―――いや、正確に言うならザルムが受け止めていた。
テレスとミストも同様だ。
さすがに風の獣、ザルムはこの突風の中でも平然と…

「どうした!? ザルム!」

セイがザルムの異変に気づいて声を上げる。

『くっ…この…力は…』

くるしげにザルムがうめく。声にノイズが入っているような気もする。

『きを…つけろ…これは…精霊師の…』
「精霊師だと!」

俺は思わず叫んでいた。

「精霊師って何?」

対照的にのんきな声でミストが尋ねてくる。
俺は前を見ながら、思い出すようにやや早口で言う。

「…精霊使いって人種がいる。こいつらは生まれつき精霊と交信できる力を持った奴等で、なろうと思ってなれるものじゃない。だが、精霊師ってのはある特定の精霊と契約する事でその精霊の力を精霊使いと同じように使う事ができる。ただ、精霊使いと違うのは精霊使いがすべての精霊の力を使えるのにたいして精霊師は契約した精霊の力しか使えない事と―――」

と、俺はくるしげなザルムをちらっと見る。
ザルムは突風のなかで獣がそうするように、四肢をふんばり耐えている。なんとなく、ザルムの身体が幼い子供の描いた絵のように乱れ、存在も希薄になっていく。
そんなザルムをセイが心配そうに見ている。こんなセイを見るのは始めてだ。

「―――精霊使いは精霊を支配もしなければ束縛もしない、だが精霊師は契約した精霊にたいして絶対的な支配力を持っている。炎の精霊と契約した精霊師なら炎にたいして絶対的な支配者となる!」
「じゃ、じゃあ、この突風を操ってる精霊師は風にたいして絶対的な力を持つから風の獣であるザルムさんにも影響あるって言う事ですか?」

テレスの言葉に俺は黙って頷く。

「そんなの教えてもらった事も聞いた事もありませんよ!」

テレスが悲鳴に近い声を上げる。

「当然だ。この事は精霊使いにとっての秘中の秘。精霊と契約する奴等がポンポンでてきて見ろ! あっという間に世界は混乱するだろうが! …もっとも、そう簡単には精霊と契約なんてできないんだけどな」
「でもなんで、シード君そんな事知ってるの? テレスでも知らない事なのに…」
「…知り合いに一人いるんだよ…風の精霊師がな…もっとも、こんな力は使えなかったはずだが…」

俺はさっきから前を見ていた。
突風の中、『シード』の周りには風が吹いていないのだろう。『シード』は平然と立っている。やがて、空から黒いローブを身にまとった一人の少女が無表情に舞い下りてきた。俺と同じ年のはずだが、その金の髪を風にたゆらせながら降りてくる少女は幾分幼く見えた。忘れもしない…俺のもう一人の親友。
二人の親友はだんだんと地面に沈んでいく。どうやら影の中に入っているらしい。
二人の姿が完全に消えた時、突風はやんだ。

『く…ふぅ…』
「ザルム!」

今まで風から守ってくれていたザルムは力尽きて地面に横たわった。セイが慌てて自分の中に戻す。

「ゆっくり休め…」

そんなセイを横目で見ながら、俺は唇を噛み締めていた。
…シード…フロア…
俺は…どうしたらいいんだ?

 

 

 

 

「…! …! …」

扉の向こうで、怒鳴り声が聞こえる。が、厚い扉にはばまれ、どういう内容なのかまでは解からない。

「ありゃあ、うちの親父だな。まあ、魔族の事じゃなくて暗殺者の事でなんかいってんだろけどな」

俺の隣で、ロッドが解かったふうにうなずきながらいう。

「まあ仕方ないんじゃない、殺されかけたんだし。現に宰相のアイデスは殺されてるのだし…」

と、これは俺のロッドとは逆隣に立つティルの言葉。つまり、俺をはさむようにしてロッドとティルは立っているのだ。
…ちなみここは、城の大会議室の前の廊下。俺たちの他に、巨大な扉をやはりはさむようにして兵士が立っている。
そんな所で、何をしてるかというと、当然、お偉いさん方の警護である。
あの後…『シード』たちが去った後、テレスとミストはライザさんの家に戻り、俺とセイ、そして四聖剣の勇者たちはこの城に来た。暗殺者たちの襲撃に備えるために。
『シード』たちの事を告げると、ライザさんはすぐさま『組織』の連中を捕らえている牢屋へ取って返し、今、再び尋問をしている所だ。一体どういう事なのかを。あの獣人の事、つまりは『シード』たちの事を。
セイと光矢とは二人で城の周りの見回りにいくと言っていた。…大丈夫なんだろうか?
ゆういちとジークは扉の向こうで、直接の警護としている。
そして俺はお偉いさん方の警護につく事を願い出た。もしかしたら今夜にでも『シード』たちが襲撃してくるかもしれないからだ。
『シード』を追っている最中、ティルが『シード』から聞き出した所によると、『シード』たちは仲間…つまり『組織』の連中を救出する気はなく、ただこのキンクフォートに集まった、お偉いさんを殺すのが目的らしい。
何故、『シード』がそんな事するのか…自分の意志でやっているのかそれとも…
―――そうだな、あいつは『生きるために』暗殺すると言っていた。なら、『組織』の生き残りがいて『シード』たちを操っていると考えた方が普通だな…
俺が、捕まっている『組織』の幹部を見て誰が捕まっていないかわかればいいんだが…残念ながら『組織』の上の連中で俺が知っているのは数人の教官の名前と直属の上司だった奴だけだ。教官の名前は知っているだけで、顔もほとんど知らない。なぜなら俺に暗殺術を施したのは、俺よりも早く『組織』から逃げ出した俺の実の姉だからだ。
これじゃあ、役には立たない。

「…まあな。それから、宰相じゃなくて大臣だ」

と、ティルの言葉をロッドが訂正する声に、俺は我に返った。
ティルは少し顔を赤らめて、

「い、いいじゃないどっちだって」

…こうしてみると、普通の少女だよな…本当に騎士団長なのだろうか?
ふと、年相応の仕種をするティルを見てそんな事を思っていると、ティルははっと俺のほうを向いて、キッと睨む。

「なに? 私の顔がそんなに可笑しいの?」
「いや…別に…」
「私はお前を信用したわけじゃないからな。ただ、光矢がいいんじゃないかっていうからしかたなしに、私が監視するって言う条件でここに居させてやっているんだ!」

…つまりはそういう事である。
本来は騎士団の詰め所に待機して騎士たちに命令を下さなければならない立場のティルがここに居るのは俺を監視するためである。騎士団の事は副団長に任せているらしい。

「…なぁ〜ぜか、ティルって光矢の言葉には逆らえないんだよなぁ〜」

茶化すようにロッドが言う。ティルは再び顔を赤くして、

「なんだと! ロッド、貴様斬られたいのかっ!」

と、ブレイバーソードに手をかける。

「ま、まあまあ。所でロッド、お前も王子なんだよな」

話題をかえるように俺はロッドに問い掛けた。ロッドは肯き、

「まあな。もっとも、小国の王子だからそんなに偉いもんじゃないけどな」
「でも王子なんだろ? もしかして四聖剣の勇者って、王族が多いんだな。ティル以外は全員王族?」

と俺が言うと、ティルは鋭い目つきで、

「…なれなれしく呼ぶな。それに誰が王族だろうと関係ない、四聖剣の勇者は闇からこの大陸を守るための戦士だ。たとえ私が王族であろうともそれは変わらない…」
「…もしかして結構気にしてるのか?」

ちょっと悪い事言っちまったかな? と、それを否定してロッドが、

「違うよなー。お前が気にしてるのは、光矢とつりあう身分じゃない事…」
「う・る・さ・い!」

ものすごい形相でロッドを睨む、目の端には涙がたまってたりもする。

「…しぃましぇん」
「ふん…」

と、ティルはそっぽを向く。
…なんか気まずいな。

「っと、そう言えばロッド。お前のマスターソードって、風の力を操れるのか?」

俺が思った事を尋ねると、小さくなっていたロッドはふっと笑って、

「ちっと違うな。風だけじゃなくて、地水火風の四属性を操れるんだ」
「それって、かなりすごくないか?」
「まあな、だけど二つ同時に操れないし、何より―――」

そこで、ロッドは真顔になり、

「精霊師には勝てなかった」
「まあ…それは仕方ないさ」

精霊師…フロアは風にたいして絶対の支配力を持つ。いくら聖剣とは言え、かなうものじゃない。だが…
ふと思い出す。フロアは風にたいして絶対的な支配力を持つ。しかし、支配できるからって風を完全に自由自在に使えるわけではない。昼間のフロアの力はすごすぎた。嵐みたいな風を持続できるなんて…そんな事ができるなら、あの時…あの悪夢の時俺達は無事逃げ出せていた。

「…ところで今度は俺から質問だ。お前はあの化け物とどういう知り合いだ?」

城の方へは俺と『シード』が知り合いだった事は、光矢の配慮で報告されていない。
…こうしてみると、光矢ってセイが言うように結構いい奴かもしれない。最初の『変な人』は取り消そう。

「俺の親友だよ。俺が暗殺者だった頃のな」

扉の前の兵士には聞こえないように小声で答える。

「なっ…」
「なんだと?」

ロッドとティル二人同時に俺の方を向いて身構える。手は剣の柄へと伸びている。

「どうしました?」

突然の行動に、扉の前の兵士がやはり剣に手を伸ばし構える。
その事にはっとして、ロッドは構えを解くと手を振って、

「何でもない。気にするな」

そういうと、ティルも構えを解いて肯いた。
それを見て安心したのか兵士たちも構えを解く。

「おまえ…『組織』の仲間だったのか?」
「元な」

簡潔に答える。別に何も隠す気はなかった。
あの二人が見つかった以上…そして、俺を殺すといっている以上俺は…素直に殺されるしかない…いや―――

…シード君。

―――って、何でミストの事が頭に浮かぶんだろうな、俺は?
やっぱ…死にたくないのか、俺?

「じゃああの獣人の弱点とか…」

ティルの問いに俺は黙って首を横に振った。

「残念ながら知らない。俺の知っているあいつは獣人に変身なんてできなかったし、フロア…あの精霊師もあんなに力が強くはなかった」
「へ? あれって誰かが変身したものなのか?」

意外そうにロッド。…まあ俺もあんまり自信ない。なにせ、『シード』の癖と雰囲気があるとは言え、あいつ本人がいったように『シード』とは限らない。だが、俺には確信があった。あいつは『シード』だと。

「そうだ」

と肯いたのは俺ではなく、ティルだった。

「私が最初あの男を見つけた時は人間だった。お前のような茶色い髪で、鳶色の目をした…そうだなシード、お前と同じくらいの年齢だった。その男からなんとなく血のニオイがしたような気がして、問い詰めると獣人に変身したというわけだ」

…やっぱり間違いない、『シード』だ。

「…それから後は知っての通り、私が放ったブレイバーショットをことごとくかわされた挙げ句に四聖剣の勇者総掛かりで相手してまんまと逃げられたというわけだ」

やや自嘲ぎみに言うと、ティルは強く息を吐きながら拳を握り締めた。

「くそ…情けない…!」

 

 

 

 

 ―――しばらくして、重々しく扉が開いた。
 そこから“お偉いさん”方がぞろぞろと出てくる。会議が一段落したのか、廊下の左右へと流れるように別れていく。
 ・・・部屋に戻るつもりか? できれば一個所にまとまっといてくれた方がこちらとしてはありがたいんだが―――ま、そういうわけにも行かないか。

 「おお、シード君」

 と、俺に気付いて近寄って来たのはルーンクレスト学院長だった。その後ろには、マスターとリベルさん―――クレイスとテレスの父親―――の姿も見えた。
 マスターは長い会議に辟易したのか、ややげんなりと大きな肩を落としている。ふさふさと生えた白髭もその心境を表すようにしおれているのが面白い。
 リベルさんの方は、いつもと同じく穏やかな微笑を浮かべている。その表情はなにを考えているか全く読み取る事はできない。

 「やれやれ・・・学院長。オレは次の会議からは外に出ていても構わないか?」

 疲労の苦みが入り交じった声で、マスターが学院長に問いかける。
 ・・・あれ? マスターが『オレ』なんて言うの、初めて聞いたな。いつもは『わし』なのに。

 「駄目じゃよ」

 しかしマスターの願い虚しく、学院長はやんわりと否定した。

 「リベルではわしの盾にはならんからな」
 「学院長の盾には十分なった気がしますがね」
 「はて・・・? この頃ものおぼえが悪くての。昔の事はとんと忘れてもうたわい」

 ・・・なんか雰囲気が違うぞ。あんたら。
 俺が困惑げに二人を眺めていると、リベルさんがクスクスと笑う。

 「ほら二人とも、シード君があきれて見てますよ」
 「い、いや、あきれては・・・なんか、普段と違うなと思っただけですよ」

 俺が訂正すると、学院長はふぉっふぉっふぉっと笑って。

 「スマンスマン。つい、昔の事を思い出してな」

 さっきは昔の事を忘れたとか言ってたような・・・

 「どうも昔のメンバーでキンクフォートに来ると若返ったような気がしてな」
 「昔のメンバー?」

 学院長の言葉に、俺が聞き返す。

 「僕とお父さんとスモレアーと・・・後一人で、このキンクフォートを拠点に冒険に明け暮れていたんだよ」
 「あとの一人は・・・まぁ、すでにこの世にはいないがな」

 リベルさんの言葉に、マスターが続けるようにして淡々と付け足した。
 ・・・俺はなんとなく、その”あと一人”がマスターが親友と呼んでいた男の事だと解った。―――ハハ。こういうときってどう答えれば・・・どんな顔すれば良いんだろうな。

 「わしは過去の事は忘れたよ。今、この三人が揃っているということしか知らん」

 そう言ったのは学院長だ。
 たぶん―――いや、間違いなく学院長とリベルさんも、誰が死なしたか・・・殺したかなんて解っているだろう。
 ・・・ったく、ますますどう応えれば解らなくなるじゃないかよ。

 「さて、シード君。君はこれからどうするのかね?」

 学院長の問いに、俺は暫く考えて―――

 「俺はこの場所にいます」

 大会議室はこの城の中心部に位置している。
 誰か襲われそうな人間一人をマークしておいた方が良いような気もするが、そんな事はこの国の騎士団が防備を固めているだろうし、俺の目的は暗殺を防ぐ事ではなく、あいつらに会う事だ。
 ならどこへでもすぐに行ける、この場所にいる方が良い。
 俺の言葉に、学院長はふむ・・・と頷いて。

 「わかった。だが無理はしない事じゃぞ」
 「・・・・・・・」

 学院長の言葉に俺は応えなかった。
 学院長は、そんな俺を痛ましげに見つめると、やがてマスターとリベルさんを引き連れて、廊下の向こうへと消えていった・・・

 

 

 

 

 「ね、ねえ・・・・」
 「ん?」

 と、学院長達が行って暫くしてから声をかけられて、俺は振り返った。
 見ると、ティルが小さな瞳を目いっぱい大きく広げて、“信じられない!”とでも言うような面持ちでこちらを見上げている。

 「なんだ?」
 「あ・・・あの・・・」

 問い返すが、ティルは口をパクパクさせたまま何も言葉を発しない。『まるで金魚だな』とでも言ってやろうとも思ったが、あまりにもその瞳が驚きに満ちていたので、俺はなにも言わずに次の言葉を待つ。

 「・・・・・」
 「・・・あー、あう〜」

 俺が無言で見詰めていると、ティルは困ったように頭を抱えてその場にうずくまった。
 なんだってんだ? なんかさっきまでの様子と全然違う。“四聖剣の勇者”と言うよりは、人ゴミの中で迷子になってるただの子供みたいだ。
 俺が困惑していると、クックック・・・と、隣から低く押し殺したような笑い声が聞こえる。
 その笑い声の主―――ロッドを振りかえると、ロッドは目にかかるくらいに伸びている、茶色い髪の毛ごと片手で顔を掴んで俯いていた。よくよく見ると、身体全体が小刻みに震えている。確認しなくても解る。笑っているのだ。

 「なにが可笑しいッ!?」

 そのことに気付いたティルが立ち上がりながら、腰のブレイバーソードを抜き放つ。
 体を起こしながらの、ロッドの俯いた身体をすくい上げるような一撃は、しかしロッドにはあたらない。斬撃がヒットする瞬間、ロッドが顔から手を離して上体を起こしたのだ。

 「うわっ! あぶねえな!」

 そう叫びながらも、ロッドの顔は笑っている。それが気に食わないのか、それとも別の理由からか、ティルは顔を真っ赤にして連撃を加える。

 「おい、ここは城の中だぞ! そんなもの振り回して良いのかよ!」

 思わず俺が叫ぶと、ティルはピタリと動きを止めると、素早く剣を鞘に戻した。が、今度は拳を握り締めてポカポカとロッドを
 幸い、会議が終わったこともあり、その片づけに忙殺されているためか、辺りを忙しなく歩き回る人間はティルの抜剣を見咎めることはなかった。
 ・・・あるいは、“いつものこと”だと気にしていないだけかもしれないが。
 俺の見た所、どうも四聖剣の勇者というのはすぐ抜剣したがる癖があるらしい。
 昨日の夜にセイと戦闘していたセシル王子(閃光の光矢とか名乗ってたけど)。
 今朝、ユーイティだかゆういちに向かっていきなり斬りつけたジーク王子。
 そして、ティル。
 ・・・おまえら、聖剣に選ばれたならもう少し自重しろよ。

 「こ、このっ、このっ!」
 「痛い痛い、やめろって」

 ティルのポカポカ攻撃に、笑いながらロッドは悲鳴を上げる光景を見ながら俺は吐息する。
 どうみても、聖剣がなければ等だの非力な少女にしか見えないティルの拳打(って言える物じゃねえけど)はロッドにダメージを与えている様子はない。それがティルにも解っているのだろう。わざとらしく痛がるロッドに、さらにむきになって激しく叩く。

 「この、このこのこのこのっ!」
 「ははは、痛いってこら」

 ポカポカ攻撃からポカポカポカ攻撃へと進化した猛攻撃を受けて、ロッドはさらに笑い声の悲鳴を上げる。
 と、ティルの動きが静止して、「お?」とロッドがいぶかしげにティルの方へと前屈みになったところで―――

 「ぎえっ!?」

 ロッドは悲鳴―――正真正銘の―――を上げて、状態をのけぞらせた後、ある一点を抑えてうずくまる。ティルの蹴りが男の最大の急所を直撃したのだった。
 声もなくうずくまったままのロッドを見下しながら、ティルは汚れた物を落とす様に、靴を廊下の絨毯にこすり付ける。

 「・・・ふっ。つまらぬものを蹴ってしまった」

 カッコつけられても困るよなぁ・・・
 っと、そういえば、こいつさっきなにを俺に聞こうとしてたんだ?
 疑問を思い出して、俺がティルに尋ねようとすると、それよりも早くティルが俺を振り返った。
 その表情は困ったように眉をひそめられて、ほんのりと頬が赤い。

 「あ、あの・・・その・・・知り合いなのか?」
 「知り合い・・・?」

 もしかして学院長の事か?
 ・・・確かに知り合いって言えば、知り合いだが・・・

 「一応、な」
 「ほ、本当!?」

 キラキラと少し潤んだような瞳で俺を見上げてくるティルに、俺は思わずあとずさった。
 なにか、とてつもない重圧が襲ってくる。
 そんな俺に合わせる様に、ジリジリと近づいてくるティル。ってぇ、怖すぎるぞお前!

 「そ、それなら今度、しょ、紹介してくれないだろうか?」
 「ふえ?」
 「あ、ああ・・・やっぱり駄目かな」

 かぁぁぁぁ・・・っと、顔面を焼けた石のように真っ赤に火照らせて、ティルは両手で頬を挟んでぶるぶると顔を振りまわす。
 ・・・うーん、なんなんだコイツは・・・

 「別に、紹介するだけならしても良いけど」
 「ほ、本当に!?」

 がしぃっと、ティルは俺の懐に飛び込んで俺の両手を握る。
 その動きは“四聖剣の勇者”に相応しい物で、俺が少しも反応できないほどだった。
 やるな・・・コイツ・・・と、心の中で俺が畏怖していると、ティルはぶんぶんと俺の両手を激しく振り回す。

 「ホントにホントだな! 嘘ついたらハリセンボン飲ますからな!」
 「安心しろ。飲まされても飲み込みきれないぞ、あんなもの」
 「そ、それなら嘘ついたらブレイバーソードで串刺しだぞ!」
 「りょーかい、りょーかい。しかし、四聖剣の勇者だったら、俺が紹介しなくても学院長に―――」

 と、俺は途中で言葉をとぎらせた。
 ティルが世にも奇妙な顔でこちらを見つめていたからだ。
 そう、例えるならば麦茶だと思って飲んだら、実は酢だったという―――いや間違える奴が居るとは思えないが。
 数秒後、ティルは一瞬無表情に戻って、すぐさま憤慨したように顔を真っ赤にする。

 「誰がルーンクレスト学院長の話をしてるッ! 学院長ならばお前なんかにわざわざ紹介されなくとも、昔から知っている!」
 「へ? じゃぁ、誰の話してたんだ?」
 「決まってるだろう! 伝説の傭兵―――だ」

 名前を呼ぶのも恐れ多いというように、一拍言葉をとぎらせて“だ”と胸を張る。
 あー、なるほど。

 「リベルさんか」
 「違う!」
 「冗談だ―――なんだ、マスターかよ」

 俺がやれやれと言うと、ティルはキッと俺を睨んだ。その手はブレイバーソードの柄に添えられてる。

 「何だとはなんだ! 伝説の“万人殺し”だぞ!」
 「本当は五千人殺しくらいらしいがな」
 「そ、そうなの? ・・・で、でもどっちにしろ“伝説”には違いない」

 まあそうだけどな。
 しかしマスターか・・・

 「マスターなら一緒に暮らしてるし。俺」

 瞬間、ティルの手がブレイバーソードの柄を握り締めて、東方の剣術にある“居合い”のように刃を鞘に滑らせて際限無く加速させて抜剣する。銀の閃光にも見える剣の軌跡が目の前に迫り、俺はわずかに身を反らす事しかできなかった。
 パラ・・・と、俺の前髪が数本なかし宙を踊る。斬撃によって生じた風圧に、文字どおり黒髪が踊っていた。
 俺はごくりと唾を飲み込むと、自分の首筋にあたる冷たい感触に気付いた。
 剣を一閃させた後、そのまま返して俺の首筋にブレイバーソードを押し付けたのだ。
 首をわずかでも動かせば斬られる様な気がして、俺は瞳だけをティルに向けた。

 「なんのつもりだ?」
 「・・・一緒に暮らしてると言う事。本当か?」

 その声は先程よりも冷たく、鋭利な刃物のように冷たい。本物の刃物を首筋に当てられているとその威圧感も倍増だ。
 俺は首を頷かせるわけにもいかずに口を開く。

 「本当だ」
 「そうか・・・なら」

 ティルは俺に剣を突き付けたまま動かずに薄く微笑した。
 その笑みは年相応のものではなく、それなりの修羅場をくぐりぬけて来た経験のある猛者が浮かべる事のできる圧迫感があった。
 が、次の瞬間、ティルの口をついて出た言葉はあまりにも意外な言葉だった。

 「なら、サインを貰って来てくれないか?」

 ・・・意外すぎた。
 いや、あまり意外じゃなかったかもしれない。とゆーか、予想してたし。

 「ちなみに、断ると」
 「剣を引く」

 ・・・この場合の“引く”は剣を鞘に収めるという意味ではなく、首筋に剣を押し当てたまま引く―――つまりは、“斬る”と同意語である。

 「わかった。りょーかい。だから剣をどけろ」
 「誠意が足りないな」

 なんで頼みを聞いてやる側が誠意を見せなきゃ行けないんだ?
 答:脅迫されてるから。
 ・・・俺って情けねえ・・・

 「わかりましたから、剣を放してください」

 俺が言い直すと、ティルはゆっくりとブレイバーソードを俺の首筋から放す。
 ふ〜やれやれだ。
 しかし、こいつってミーハーなんだな。

 「なにか言ったか?」
 「いえ何も」

 下がりきっていなかった剣を再び突き付けられて、情けないほど早く即答する。
 うう・・情けないぞ、俺。
 これと言うのも、全部―――

 「ロッド!」
 「おう!」

 唐突に、ティルが鞘に収めかけていた剣を再び抜いて、さっきから俺達のやり取りを笑いを堪えながら見ていたロッドの名を叫ぶ。ロッドもまた、マスターソードを引き抜きながら応えた。
 どうしたんだよ―――と、問う暇も無く二人は駆け出す。

 「なんだ・・・?」

 訝しがりながらも、俺は二人の後を追いかけた―――

 


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