パニック!
シード編・第三章
「シード=アルロード」
A【回帰】
何人殺しただろう…
この手で、このナイフで、俺は何人殺したんだろう。そして―――
何人殺せばいいんだろうか?
目の前に黒い影が出現する。
俺は心の中の想いを無視して、迷わず虚空殺を放つ。影はあっさりと霧散した。
後ろからついてくる二つの足音。
―――シードとフロア。
そうだ。俺はこいつら二人のために戦っているんだ。殺しているんだ。
そう、今までは『組織』のためだけに殺してきた。だが、今は違う。
自分のため、親友のため―――
「シード!」
唐突に、響いたフロアの声。振り返ると、シードが黒い影に捕まっていた。
「シード!」
今度は俺が叫んだ。
「に…げろ!」
シードの声。
その声に躊躇いつつも俺はフロアをつれて駆けた。
いくつもの影を殺し、乗り越え、いつしか俺達は崖へと追いつめられていく。
高い崖。
崖の下には急流が轟々と流れている。
そこで俺達は影に追いつめられていた。
「ここまでだな…」
「そうね」
フロアはそういうと、俺の前に出た。
「フロア?」
「あなた一人なら、生きられる」
「なに?」
「風よ!」
フロアは叫ぶ。
それと同時に俺は風に包まれて崖の中へと吸い込まれるように落ちていった。
―――フロアーっ!
声にならない俺の叫び、そしてそれに答えるかのように・・・
―――あなただけでも生き延びて…
最後に、フロアの声が聞こえたような気がした。
結局。俺は親友を全て失った。
だが俺は生きて、平和に暮らしている。
何故?
「何故だ?」
俺は夢の続きを問いかける様にして、つぶやいた。
俺の名はシード。シード=ラインフィー。だがそれは親友からもらった名…
本当の俺の名前は―――
「シード君。いつまで寝てるのよ。もうお昼よ!」
ドア越しにミストの声が聞こえる。
「もう起きるよ」
俺はそう返すと、寝床から起き上がった。
―――こぼれた涙をぬぐいながら。
「キンクフォート?」
セイが鸚鵡返しに聞くと、テレスは肯いた。
いつも通りのスモレアーだ。昼もやや過ぎ、夜になるまでミストたちの貸し切りだ。もっとも、今日は夜は休みでそうそうに店じまいをするのだが。
いつも通り、テレスやセイ、クレイス達が来ている。ちなみにこの店には今、俺達しかいない。マスターは用事で出かけてるし…というか、この頃は昼過ぎになると店を俺に任してマスターはふらりとどこかに出て行く。何でも、西区の方で冒険者ギルドの手伝いなどをしているらしい。
いつも通り俺は店の掃除をしながらミストたちの会話に耳を傾けていた。
「はい。何でもこの前の魔族の事件とかこのごろ魔界の動きが活発になってきているそうなんです。下手すれば、また暗黒時代が訪れるかもしれないと…」
「―――で、それでお偉いさん方の会議をキンクフォートでやるってわけか…お前のじいさんも行くのか?」
「ええ。あ、でもセイルーンの王様は来ないんです。何でもファレイス大陸の監視をしっかりとしておきたいとかで。代わりの方が来るそうですけど」
「代わり? まさか、セイルーンの魔女ってわけじゃないよね」
冗談っぽく、ミストが言う。
「さぁ…それはわかりませんけど…」
「かわりねぇ…セイ、あんた心当たりないの?」
「ねえよ。何で俺に聞くんだよ」
ミストの問いに、セイはやや不機嫌そうに答えた。何故かセイはセイルーン関係のことを聞かれると少し不機嫌になる。
まあどうでもいいことだが。
それよりも―――
キンクフォートか…
アバリチアと並ぶ大都市。
この大陸の最大の王国であるエルラルド王国の王都でもあり、また大陸南西部の商業の中心でもある。
文化、人口共に発展した町で、都会といえば、誰もがまずこの街を思い付くだろう。
だが、俺にはいい思い出はない。どちらかというと―――
俺はテーブルを拭きながらちらりとミストの方を見る。
と、俺が見た瞬間、わかっていたかのようにミストがこちらをむく。
「ん? なに?」
「…別に」
心の中の動揺を表に出さない様に抑えて、俺はそっけなく答えた。
そう? とミストは再び話の輪に加わる。
内心どこかほっとしつつ、俺は次のテーブルに移った。
キンクフォート
―――思い出のある街だが、いい思い出も悪い思い出もなかった。ミストに会うまでは。
「それでね、テレスとクレイスも学院長についていくんだって。うらやましいよねー」
久々に家でマスターもそろっての三人での夕食だ。
ミストはさっきから、テレスに聞いた話を喋っている。そのせいで、ミストの皿だけまだ飯が残っている。
「あーあ、一度でいいからあたしもキンクフォートに行ってみたいなぁ〜…」
「…ごちゃごちゃしててあまりいい所じゃないぞ」
夢見るようにうっとりと宙を見るミストに、俺は思わず反論した。
…失敗した。
と思った時にはすでに遅く、ミストがじと目でこちらを見ている。
「…そりゃあいいよね、一度でも行ったことのある人は」
「一度だけだ」
何故かその時、ミストの言葉にかちんと来て俺は言い返した。
何故か―――いや、理由はわかってる。
触れられたくない話題だったからだ。特に、ミストには。
「一度だけでも行ったことは行ったんでしょ! あたしなんか一度も行ったことないんだからね!」
「うるさいな! 俺の気持ちも知らないくせに―――」
怒鳴りかけて俺は我に返った。ミストがきょとんとした顔でこちらを見ている。
「どうしたの? シード君? なんか変じゃない?」
「あ、いや…」
と、いつのまにか立ちあがっていることに気づき、俺は腰を下ろした。
「何でもない…」
くそ…今日は朝から泣きたいことばっかりだ。
過去の夢、過去の街の話、そして―――ミスト。
「ところで、ミスト。そんなにキンクフォートに行きたいか?」
今まで黙っていたマスターが口を開く。その言葉になにか期待するようにミストはマスターの方を見た。
「うんうんうんうんうんうん! いきたいいきたーいっ!」
「そうか…なら…」
ふと、マスターが俺の方を見たような気がした。
「来週、一応学院長の護衛ということで誘われてるんだが…」
「ほんとっ!? わたしも行っていいの!?」
「ああ」
マスターが肯くとミストは文字どおりに飛びあがった。
「やったぁーっ! ね、シード君も行くでしょ!」
「俺は…いかない」
「え…?」
当然『行く』と答えると思っていたんだろう。俺の一言で、今まで灯のように輝いていたミストの顔が暗くなる。
「どうして?」
そんなミストになんとなく顔をそらせて俺は無理して笑みを作る。
「その…さ、やっぱたまには親子二人で…とか」
「えーっ! だって、クレイス達もくるんだよ。親子旅行なんて意味ないよ。それよりも家族旅行って事でさ、シード君もいこっ」
家族か…
そう思ってくれるのは本当に嬉しい。でも…な…
「いやでも…店のこともあるし…」
言いながらマスターの方を見る。マスターだったらわかるはずだ、と俺は期待したのだが、
「店のことだったら心配するな。どうせ休みにするつもりだしな」
「マスター!」
俺は思わず叫んでいた。
いいのか? 俺は…俺は…
だが、俺はなにも言えなかった。
「ねー、行こうよ」
ミストが俺の腕をとってぶんぶん振る。
「うるさいっ!」
「きゃっ」
俺がミストを払いのけると、ミストは尻餅をついた。
「悪い」
ミストが抗議するよりも速く、俺はそういうと、玄関に向かった。
「ちょっと夜風に当たってくる」
アルベの丘の上を冷たい夜の風が吹く。
その風を受けて俺はただただ立っていた。
「五年…もうすぐ六年にもなるな…」
聞きなれた声に振り返ると、マスターが立っていた。
手には抜き身の剣を下げている。
「ああ。俺が始めて人を殺してからな」
「そうだ。俺の親友が殺されてからな」
静かに、マスター…いや、歴戦の傭兵ブラストは剣を構えた。
「何のつもりだ?」
答えのわかっている問いを俺は口にした。
「…ハーンを殺した暗殺者の腕前…見せてもらおうか!」
一閃。
ブラストの最初の一撃は横薙ぎの斬撃だった。
「…っ!」
俺はそれを身を低くしてかわす。だが―――
「はああああっ!」
俺の頭上を通りすぎた剣は角度を変え、今度は斜め上から俺に襲い掛かる。
「ちっ!」
俺は後ろに転がってかわすと、素早く立ち上がった。
「どうした? お前の力はそんなものか?」
ブラストの不敵な笑み。俺もにやりと笑って言い返す。
「ふん…伝説の傭兵か…子供一人殺せねえなんて見かけ倒しだな」
「ならば、これが受けきれるか―――」
ブラストは剣を天を突き刺すかのように掲げた。
「わしがブラストと呼ばれた所以…ゆくぞ!」
なにが…くる?
「おおおおおっ!」
ブラストは雄叫びを上げると、そのまま剣を地面に向かって振り下ろす!
ごうぅんっ! と音がして、地面がひび割れる。
「な、何だ?」
―――なんとなく、俺は右に動いた。
それはまだかすかに残っていた、俺の暗殺者としての直感。
瞬間、ごうっっと俺の耳を何かがかすめ、続いて後ろから何かの砕けるような音が聞こえた。
「なっ!?」
俺が後ろを振り向くと、さっきまで俺のいた場所の真後ろにある木の根本が砕けていた。文字どおり砕けていたのだ。まるでそこだけ俺の虚空殺で塵にしたかのように。
支えを失った木はゆっくりと重い音を立てて地面に倒れる。
「衝撃波? んな馬鹿な!?」
うわさには聞いたことがある。
己の気を極限にまで高め、剣を振るうと共にそれを打ち出して大気の震えを通して衝撃を遠くまで運ぶ必殺剣。
―――しかし、まさかここまでの破壊力があるなんて!
「おおおおおおおっ!」
呆然としていた俺はブラストの雄叫びで我にかえった。
―――二撃目!
俺は反射的に横に飛ぶ…が。
どんっ!
「かはっ!?」
前触れもなくきた衝撃に、俺は吹っ飛んだ。受け身を取ることもできずに地面に墜落する。
―――俺の動きを読んだ? いや、違う。もしあんなのの直撃を食らえば、吹っ飛ぶだけじゃすまないはずだ。
なら…
「おおおおおおおっ!」
ブラストの咆哮に、俺は痛みを堪えて素早く立ち上がった。
懐からナイフを取り出し、意識を集中する。
感じろ…空間を支配し、奴の攻撃を感じるんだ…
ブラストが剣を振り下ろす。剣が地面を叩き、それと共に力―――衝撃波が俺の方に突き進んでくるのが見えた。指向性を持った波が風をはらい突き進んでくる。
―――!
俺は音もなくその衝撃波をかわす。
「おおおおおおおおっ!」
四度の咆哮。
ブラストが剣を振り下ろす!
今度の衝撃波はさっきとは違った。
まるで、海岸に打ち寄せる波のように扇状に広がってくる!
俺はナイフを握り締め、意識を込める。そんなに速くない、波を引き付けて…斬る。
斬られた衝撃はあっさりと霧散した。
「天空八命星 虚空殺か…わしを”暗殺”ならできたかもしれんが…勝てんぞ」
ブラストの声。
確かにそうだ。天空八命星を使って近づこうとしても、あの波が来る。虚空殺で打ち消したとしても、ブラスト本人を倒す必殺の一撃は放てない。
だが…
「知るかよ。別にあんたに勝つ意味もなければ必要もない。それに…」
俺はナイフを懐にしまうと、ブラスト…いやマスターを見た。
平然を装っているが、呼吸が乱れているのがありありと分かる。
それも、普通の人間が軽い運動をしたような乱れ方だ。歴戦の戦士の呼吸じゃない。
以前、とある事件で若返ったマスター―――つまりは現役時代のマスターと戦ったことがある。
あの時はミストの、お陰で引き分けたようなものだが、それでも今の必殺技を使っていなかったところを見ると、本気では無かったのかもしれない。
もしも、本気で、最後までやりあっていたら勝てただろうか?
衝撃波を連続で放たれれば・・・・・
などと、思いながら”今”のブラスト―――マスターを見る。
よく言えば老練の―――年老いてしまった傭兵。
「もう歳だろ? あと二、三度が限界なんじゃないか? 今の技」
俺が言うとマスターはふっと笑って、剣を降ろした。
「そう…だな。だが、まだ若いものには負けられんよ」
「…その台詞ってじゅーぶん、歳いってる証拠だと思うぜ」
「ミストにもいわれそうだな。まぁいい」
マスターは草の地面に腰を下ろす。
「どうしても、キンクフォートへはいかんか?」
その話か…
俺は首を振ると、息を吐き、続ける。
「あんたもわかってるだろ。あの街は…俺が初めて人を殺した街だ。あんたの親友をな」
「…」
「それにあそこは…」
「お前のいた暗殺組織『闇の宴』があった場所だしな」
「ああ―――って、何でそんなこと知ってんだよ!?」
いきなりな台詞に俺は思わずマスターに詰め寄った。
マスターは懐から一枚の手紙を取り出すと。俺に差し出してきた。
「昨日、キンクフォートから来た手紙だ」
「呼んでいいのか?」
俺が手紙を受け取りながら聞くと、マスターは肯いた。
手紙には少し乱暴な筆跡でこう書かれていた。
『スモレアー=ウォーフマン様
父のことでは色々お世話になりました。手紙を出したのはお知らせしたいことがあったからです。
先日、わたしの所属している自警団と王国騎士団とで合同である一つの組織を潰しました。
『闇の宴』という大規模な暗殺組織です。
なぜ、わたしが手紙を出したかもうお分かりですね?
そうです。その『闇の宴』こそがわたしの父を暗殺した組織だったのです。
直接手を下した暗殺者を見つけることはできませんでしたが、これで天国の父も浮かばれると思います。
キンクフォートにお立ちよりの際には遠慮なく尋ねて下さい。
ライザ=ケルヴィン』
「組織がつぶれた…か」
なんとなく脱力して、俺は地面にへたり込んだ。
俺はしばらく呆然として、手紙を凝視していた。
「…ライザというのはハーンの一人娘でな。キンクフォートの自警団の一つの部隊を任されているらしい」
マスターの声が耳に入ってきて、俺は視線を手紙からマスターに向けた。
「それでだ。院長の護衛ってのはついででな。この際だから墓参りにでもいこうと思っていたんだ。…奴のな」
「だから…俺も来い…と?」
俺の言葉にマスターは頷いた。
「そうだ。お前がいけばミストも喜ぶと思うし―――奴に花を手向けてはくれんか?」
「殺した本人が花をやって、地獄に落ちたらどうするんだよ?」
「あいつは地獄に落ちてるさ。お前と同じく…いや、お前以上に奴の手は血で汚れている。…わしもな」
そうか…そう言えば、そのハーンって奴も傭兵だったな…
「誰もお前を責めたりしない。もう、お前も過去から開放されてもいいんじゃないか?」
「…そう…だな」
マスターの声に俺は小さく肯いた。
「いいさ、いってやるよ。あんたの親友の墓参りにな」
「そうか…いってくれるか…」
マスターは一つ肯くと立ち上がった。
「さて、帰るか。ミストも心配しているだろうしな」
俺は肯くと、マスターに続いて歩き出した。
―――だがな、マスター。
俺はマスターの背を見ながら心の中で付け加えた。
―――過去は一生離れない―――離すつもりもない。俺の過去がなくなるという事は、あいつらも消えるということだからな。
だから俺は一生過去を引きずって生きてやる。死ぬまでな!
「あ、あの、おかえり」
家に帰ると、玄関でミストが出迎えてくれた。なんだかぎこちない。
「あのさ、さっきは悪かったな」
俺が改めて謝ると、ミストは首をぶんぶんと横に振る。
「ううん。あたしこそ…」
「それから、やっぱり俺もいくことにしたから、キンクフォートに」
「え? ほんと?」
俺が告げると、ミストの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあさ、じゃあさ、キンクフォートについたら色々案内してね!」
「…ああ、まあ俺の知ってる範囲ならな」
「うんうんっ! あはっ、たのしみ〜」
ま、なんにせよ、ミストは少し迷惑なぐらい元気な方がいいよな。
ふと、二ヶ月ほど昔の事件を思い返す。
ミストの心の傷に触れ、そしてミストを失うかもしれないと思った恐怖。
あの時みたいな想いは二度とごめんだ。
それからしばらくして、俺は床に就いた。このごろは、いくらアバリチアが暖かいとは言え、さすがに夜は毛布一枚じゃ寒くなってきたので、寝袋を使っている。
『シード君』
部屋の隅に押し込んである寝袋を取り出して、寝ようとした時。いきなりミストの声が頭に響いた。
思わず部屋を見回す。が、ミストどころか、俺以外は誰も部屋にいない。マスターは店の収支清算をしてから寝るとかいってまだ台所だ。
『シード君』
繰り返し頭に響く声。この感じは…
俺はズボンのポケットに手を突っ込むと、例のアクセサリーを取り出した。青い石の部分が淡く光っている。
―――ミスト?
俺は頭の中で問い掛けた。
『そうだよ』
―――ええと…なんか用か?
『寝る時になって、ごめんね。さっき、なんとなく言いにくかったから…』
―――なにがだ?
『あの、さっきはシード君の気持ちも考えずに色々言っちゃってごめん! ごめんなさい!』
―――………
『キンクフォートでなにがあったのかわたしは知らないけど、シード君にとってはいやな街かもしれないんだよね』
―――なんだ、気づいてないのか…
『え?』
―――あ、いや、何でもない。
っとと、つい、頭に思い浮かべちまったぜ。
『その、それだけ謝りたかったんだ』
―――別にいいさ、もう気にしてない。それに俺もいく気になったし…
『うん、それが一番嬉しい』
―――そ、そうか…?
なんか恥ずかしいな、おい。
『…シード君。どこにもいかないよね、わたしの前からいなくなったりしないよね』
―――唐突に何を言い出すんだ、お前は。
『あ…えと、なんかシード君がいなくなるような…そんないやな予感がして』
―――気のせいだ。気にするな。
『うん。じゃあ、そろそろおやすみ…』
―――ああ、おやすみ。
ふっと、ペンダントから光が消える。
「さて…と、俺も寝るかな…」
寝袋を再び引き出しながら俺は心の中でさっきのミストとの会話(念話か?)を思い出していた。
―――あ…えと、なんかシード君がいなくなるような…そんないやな予感がして
…ミストの予感ってのはよく当たるからな…
「キンクフォートか…」
やっぱりなにか起こりそうだよな…
出発の日―――
「なあ」
乗合馬車に揺られながら、俺は隣に座るミストに聞いた。
普通の馬車だ。
決して普通の三倍の速度で走ったり、超スピードから直角に曲がったり、高くジャンプしたりはしない。
重ねて言おう普通の馬車だ。六人乗りの中型の馬車だが、俺達四人しか乗っていない。
そう、四人。俺とミストとマスターともう一人…
ともかく、俺は隣に座るミストに尋ねた。目の前に向かい合って座っている奴を指差して。
「何でセイがいるんだよ?」
「ああ、わたしが呼んだの。セイも行きたいって言ってたから」
「家族旅行云々はどうなったんだ?」
「いいじゃない、セイも家族に入れれば家族旅行よ」
…結局、何でもいいわけか?
俺は視線をセイに移す。セイはいつも通りにやりと笑って。
「つーわけでよろしくな」
「…バイトはいいのかよ?」
このごろセイは夜の駅の改札のバイトをしているらしい。テレスに紹介されたらしく、結構時給は良いそうだ。
「ああ、大丈夫。休みもらってきたから」
「あっそう」
「それよりも、キンクフォートに行けば儲け話の一つや二つ転がってそうだろ?」
「そうかぁ?」
「っと、そういや、テレス達はどうしたんだ? 一緒に行くんじゃなかったっけ?」
「学院長たちは魔道列車で先に行ってる」
セイの問いに、マスターが答える。
魔道列車。
大陸魔道列車のことで、大陸の主要都市と主要都市をつなぐ列車のことである。アバリチアの魔道列車のデラックス版とでも思ってくれればいい。
「ええ〜、そうなの? あたしも乗りたかったな…」
ミストが悲鳴を上げる。そんなミストにマスターはやれやれと、
「お前たちの分まで切符が取れなかったんだと院長は言ってたな」
「でも、クレイスの分は取れたんでしょ? なら、その分あたしにくれたっていいじゃない」
「相変わらずむちゃくちゃな…」
言いかけた俺をミストはきっと睨んで、
「いいのよ。クレイスは所詮クレイスなんだから」
「…なんか俺、クレイスが可哀相になってきた」
「…同感。つーか、クレイスって本当にミストのこと…」
「そこっ! なぁに男二人でこそこそしゃべってるのっ!」
セイと耳を寄せ合ってクレイスに同情をしていると、ミストが目ざとく言ってきた。
「別にぃ〜」
「何でもないよな、セイ」
「…なんかあやしいわね」
明後日の方をむきながら口笛などを吹く。と、セイがごまかすように笑いながら、
「でもさ、護衛だってのに別行動してていいもんかね?」
セイの言葉にマスターは不思議そうな顔で尋ね返した。
「必要だと思うか?」
そういえば、大陸一の魔導師だったっけ…
なんとなく忘れていた事実を思い返して、俺は…俺とミストとセイは同時に答えた。
「「「思わない!」」」
キンクフォートまでのたびは順調だった。
一日馬車に揺られて『アルズ』と言う街についた。「ここって、なんて村?」とかミストが失礼な質問をしていたが、まあアバリチアみたいな大都市にすんでいるとそんな風な感性が身につくのかもしれない。
アルズはアルネード川とアルレード川と言う二つの川に挟まれた街だ(だからアルズというらしい。嘘か本当かは知らないが)。で、二つの川のうちのアルレード川の方はキンクフォートの近くまで流れていくのだ。つまり、ここからはキンクフォートまで船旅ってわけだが…
「ねえ、船酔いってどんな感じ?」
その日泊まったアルズの宿で、ミストが質問してきた。
「ん? お前、もしかして船に乗ったことないのか?」
俺が聞くと、ミストは肯いた。
「泳げるけど、船とかに乗ったことはないの。シード君はあるの?」
「まあな」
もっとも、客船に乗ったことは一度もない。ただ『組織』の訓練で乗ったことはある。ちなみに、大型船を扱うことまでできるぞ。
「セイは?」
「俺は隣の大陸から船に乗ってきたんだが…」
そう言えばそうだったな。
「ううむ…そう言えば、ミストを船に乗せたことは一度もなかったな。まぁ、大丈夫だろ」
マスターが楽観していうが、それでもミストは不安そうだった。
「大丈夫かなぁ…」
―――大丈夫じゃなかった。
船に乗ってる間。というか、船に乗った瞬間からミストは二日酔いに苦しんだ。
そのせいでキンクフォートにつくまでの四日間、ミストどころか俺たちまでよく眠れなかった。
…あ、セイはグースカ寝てたったっけ。
「絶対、二度と船には乗らないからね!」
船から下りて、地面にほお擦りした後、ミストは船を睨んで喚いた。
…しかし、三倍の速度で(中略)馬車に乗って平気なのに、何で普通の船で酔うんだろうか?
「うわ、うわ、うわぁ〜」
ミストは辺りを見回して、悲鳴だか歓声を上げている。
ちなみに初めてキンクフォートに来た人間は今のミストと似たような反応をするらしい。
…もちろん俺はそんな反応はしなかったが。
「すっごい人ね〜お祭りでもやってるのかなぁ?」
「いや、この街はいつもこんなものだぞ」
ミストの手をひきながらマスターが苦笑しながら答える。
ついでに言うと、俺はミストに手をひかれ、セイの手をひいていたりする。
…こうしないとはぐれてしまうからだ。ちょっと情けないかも。
「なぁんで、こう無意味に人が集まるかなぁ…っていうか、この人間はどこから来てるんだ? 俺はアバリチアに来た時も驚いたが、まさか上があるとは思わなかったぞ」
「キンクフォート自体はアバリチアよりも少し小さいんだけどな。人口はアバリチアの十倍以上らしいぞ」
セイの愚痴に俺はかつてこの街で聞いた話をしてやる。
「はぁ…つかれたぁ…」
人込みを抜け、とりあえず俺達はレストランで休むことにした。『スモレアー』ぐらいの大きさだが、昼過ぎだというのにテーブルの八割も埋まっている。
「まったく…ここの人たちって疲れないのかしら?」
「人の流れに沿って歩くのがコツなんだそうだ」
ミストの愚痴に、苦笑して俺が言うと、唐突にセイの悲鳴が聞こえた。
「な、なんだこれっ!」
「どうした?」
俺が振り向くと、セイがメニューの一覧を凝視していた。
「おいおい、これ『スモレアー』の十倍近くの値段だぞ! こんなの払ってたら、今ごろ俺は日干しだぜ!?」
「きゃー! すごい! シード君、このオレンジジュースの値段! うちで定食が三人前くらい食べれるんじゃないかしら」
「いや、ちょっと…少し静かにしろよ…」
あああああ、店員が睨んでるぞ、おい。
「…ご注文はお決まりでしょうか?」
こめかみをひくひくさせながら、赤いエプロンを着けた店員が注文を取りに来た。
「おいおいねーちゃん、何だよ、このねだ…もがぁっ!」
俺は慌ててセイの口を塞ぐ。だが、店員のひくひくがひくひくひくぐらいになっている。
「そーよ! あたしたちを餓死…んぐぅ」
「お前たちは黙ってろ」
マスターがミストの口を塞ぐ。
「あ、いや、すいませんね。僕たち田舎者なので」
「…ご注文は?」
「あ、はい…それじゃあ…」
適当に俺が全員の分を注文する。
店員が去ってから俺はセイから手を放した。
「何するんだよ!」
「何するのよ!」
セイの声が響き、それに続くようにミストの声が響いた。
「あのなぁっ! ここは、アバリチアでもセイルーンでもないんだよ!」
「そうだ、自分たちの基準で物を計るな」
『はぁい…』
俺とマスターがたしなめると二人とも反省したように肯いた。
しばらくして…
「お待たせしました」
さっきの店員が俺が注文した料理を持ってきた。
訓練された動きでテーブルに皿を並べていく。
「さあ食べようか」
『いっただきまーす』
俺はとりあえずスプーンで一口…
………くそ不味い。
…いや、くそ不味いというわけでもないが…不味い…
まず味付けが変だし、そもそもこれは調理法が間違ってると思う、つーか、根本的に材料の品質も悪いんじゃないかなぁ…と、
…やっぱりくそ不味い。
俺は恐る恐るセイとミストを見た。二人とも一口食べて硬直して…いや、ふるふると震えている。美味さのあまり、感動に震えてるわけではないだろう。おそらく不味さのあまり怒りに震えているのだ。
「…お、おい、二人とも抑えろよ…ついた早々無用なトラブルは起こしたくないだろ?」
だが俺のその一言で硬直が解けたのか、ミストとセイは口を開き…
「なによこの…」
「なんだこの…」
だぁんっ!
唐突に、マスターがテーブルを叩いた。びくっとしてミストとセイは口を閉じる。
俺は一瞬ほっとしたが、なにかおかしい。
今度はマスターが硬直…もとい、ふるふると震え…
「!」
俺はマスターの表情を覗き見た瞬間、恐怖に身をひいた。
そこには…伝説の傭兵『ブラスト』の顔があった。
そして…マスターは立ち上がった。ついでにミストとセイも立ち上がる。
「コォラ! 責任者でてこいっ!」
マスターの怒号。
「そうだそうだ、こんなくそ不味いもん客に食わせといてあんな馬鹿高な値段取る気かぁーっ!」
セイの怒鳴り声。
「そーよそーよ! こんなの詐欺よ、弁護士を呼ぶわ、裁判よ!」
ミストの叫び声。
「ああああああああああああ」
俺はテーブルの隅で頭を抱えるだけだった。
…やっぱりこなきゃよかった…
十分後、暴れる客を押さえつけるために自警団が店に飛んできた。
「なるほど…確かにあの店は不味いもんねえ」
自警団の詰め所の隊長室。
そこで目の前の女性はそう笑いながら紅茶を入れた。
…いいのかな…自警団の隊長がそんな事いって…
目の前の女性の名はライザ=ケルヴィン。
長い金の髪を後ろで縛り、一本に纏めている。戦闘の時に邪魔になるだろうに、女というのは何で髪を伸ばすんだろうか? 青い目で…まあここらへんの普通の人間である。歳は俺の姉貴とおなじくらいだろうか。
姉貴…俺を育てた唯一血のつながった肉親で、『組織』の幹部だったのだが、俺よりも前に『組織』を脱走した女。
昔は俺を捨てて逃げた事を憎んだこともあったが、今はそうでもない。
―――いったい、今は何しているんだろうか…
「スタイルもよく、顔立ちも整っていて普通の格好―――自警団の制服ではなく腰に長剣など下げてなければ―――街角に立つだけで一時間に一人ぐらいの割合で声をかけられるだろう。多分俺も声をかける…と、この俺様、ちょっといやんなシード君は思った」
いきなり聞こえてきたセイの戯言に俺ははっとなった。
「きゃー、シード君てそんなこと考えてたの?」
「勝手に思うな」
俺はミストの黄色い声を無視して、セイの頭を小突く。
「ま。お世辞でも嬉しいわね」
と、ライザさんは笑ってセイを見た。
「君がシード君?」
失礼な間違いをしないでほしい。
セイも首を横に振ると、俺を指差した。
「いえいえ、いやんなシード君はこちらです」
「何だよそのいやんなってのは」
「そのままの意味だが。―――あ、おかわりください」
入れられたばかりの紅茶を飲み干してセイは空になったカップを差し出した。
まったく…
俺はとりあえずセイを無視することにした。再び、紅茶を入れる女性を見る。
キンクフォート自警団六番隊の隊長にしてマスターの親友だった男の娘。
―――俺が殺した男の娘でもある。
自警団が店に飛び込んでからも、マスターとセイは自警団相手に格闘して、さらに被害を広めた。自警団のほとんどが気絶した頃この女性が来てなんとか場は収まったのだが…
「でも手紙によって下さいとは書いたけど、まさかこんなに早くに来るなんて…連絡の一つでもくれたらそれなりにもてなせたのに」
紅茶をセイに差し出しながら続ける。
「実はわたし、お偉いさん方の護衛で、なにかあったら飛んでいかなきゃなんないもんで、ここを動けないんですよ。何でしたら…散らかってますけど、うちに勝手に泊まって下さい。何のおもてなしもできませんけど」
「別に気を遣わなくてもいい。実はここに来たのはルーンクレスト学院長の護衛でな…」
手を振りながら言うマスターにライザさんはあらと、口に手をやって。
「そうなんですか」
「ああ。だから、用意された宿舎に泊まることになる。…そうだ、できれば子供達だけでも泊めてくれないか?」
ふと思い付いたような、マスターの言葉に彼女は頷いた。
「それと…」
と、ふと俺の方を見て、すぐに視線を元に戻す。
「…奴の墓の場所を教えてくれないか?」
「お墓?」
不思議そうにミストが聞き返す。
…って、ミストの奴まだ気づいてないのか?
「墓? 誰かおっさんの知り合いでも死んだのか?」
無遠慮なセイの言葉にミストははっとなってマスターを見、俺を見た。
「あ、あ…」
「―――はい、これが父のお墓の位置です」
ライザさんは一枚のメモをマスターに渡した。
「それからわたしの家の場所は…」
と、彼女は俺の方を見て、
「貴方なら知っているでしょ? シード=ラインフィー君」
その言葉に俺は息を呑んだ。
墓は普通の共同墓地にあった。
白い石の台に白い十字架が立っている。台にはこの墓に眠る者の名前と、生きていた時が刻まれていた。
その白い墓の前に俺達三人は立っていた。
セイはいない。あいつは「辛気臭いのは嫌いだからな」といって、どっかに行ってしまった。一応、待ち合わせの場所を決めておいたから大丈夫だと思うが…
ふと、さっきのレストランの騒ぎを思い出す。不安だ…
「意外だな…確かマスターの親友って騎士団長かなにかだったんだろ?」
「エルラルド王国の誇る聖騎士団の副団長だった」
「あれ? 傭兵じゃなかったの?」
花の輪を十字架にかけながらミストは不思議そうに尋ねる。
マスターは息を吐き、
「奴はこの国の貴族の出でな…家を飛び出して傭兵になった―――わしと会ったのもその頃だ。やがて暗黒時代が終わると共に、奴は傭兵をやめ騎士となった」
「よく、もとは貴族とはいえ傭兵が聖騎士団の副隊長なんかになれたわねー」
「理由があってな…キンクフォートが魔族に襲われた時、王の命を救ったのさ。―――聖騎士団の団長は代々、四聖剣の勇者で、勇者の剣『ブレイバーソード』の使い手と決まっていたから、奴は副団長という地位を手に入れた」
「ふうん、でも―――」
ミストは首をかしげる。
「何で殺されたのかしら?」
その言葉に俺はびくっとして、ミストを見る。
その視線に気づいて、ミストは慌てて手を振った。
「あ、その、そういうわけじゃなくて…だから…」
「わかってるよ…聖騎士団の副団長が殺された意味だろ? 団長ではなく、何故副団長なのか…」
俺は息を吐くと、首を横に振った、
「わからない。俺は…この男を……いや、別に何も聞いていないんだ」
「そう…なんだ…」
ミストが俺を気遣っているのがわかる。
……やっぱり知っているってわかっていてもミストの前で『俺が殺した』というのは抵抗があるな…
俺は墓の前にひざまずくと、初めて祈った。
初めて自分が殺した人のために祈った。
「なあ…マスター」
「なんだ?」
墓からの帰り道。
俺とマスターは並んで歩き、ミストは後ろできょろきょろ周りを見ている。
セイとの待ち合いの場所に向かって、俺はマスターに問い掛けた。
「あの…ライザって人に俺のこと教えていたのか?」
「ああ…お前と会ってすぐに手紙でな」
「なんでっ! …いや、当然だな。知る権利がある…」
「そうだ。だからお前のことを伝えた。わしに任せろともな」
俺は息を吐いた。白い息が目に見える。
キンクフォートはアバリチアに比べて少し寒い。もうそろそろ日が落ちそうなこともあってか、冷え込んできた。
そのせいもあってか、辺りの人込みは着いた時よりも少なくなっていた。それでもアバリチアの昼ぐらいの人の量があるが。
「…許してくれたのかな」
俺はポツリとつぶやいた。
「何がだ?」
「彼女の父親を…」
殺したこと。
「許せるはずはないさ。わしも一生許す気はない…」
「…」
「だが、それはお前に向けられる憎しみではない。―――そういう意味では…あいつもお前のことを許しているだろう」
「…俺は…」
何を言おうとしたのかよくわからない、何も言えなかったのかもしれない。
俺が口を開きかけた時―――
「うおおおっ! スターナックルっ!」
人々のざわめきと共に、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえて…
って、ありゃあセイか!?
「シード君!」
「わかってる!」
ミストが駆け出して俺達を追い越す。俺も駆け出そうとした時、マスターに肩をつかまれた。
「シード、わしはこのまま宿舎に行くことにする。ライザの家はわかるな?」
「ああ」
「それからお前はシード=ラインフィーだ。わしもライザもそう思っているよ」
「…ああ」
「なら良い。この街には四日ほど滞在する予定だ―――もっとも、会議が長引く可能性もあるがな。四日間自由にしてくれて良い、金なら学院長名義でつけとけ」
「……へ? いいの?」
そんなことしたら、ミストとセイが破産寸前まで使っちゃうような気もするぞ。
「…ほどほどにしとけよ。じゃあな」
そんな俺の想いに気づいたのか、マスターは付け加えると、人込みの向こうに消えていった。
「こらあっ! やめなさいよッ!」
ミストの声に俺ははっとした。
「っと、やばい!」
俺はマスターが消えていった反対側に向かって駆けていく。
集まっていた人だかりをすり抜けて前に出る。
「やるじゃねえか…」
「お前もな…リセスに泣かされていた事が嘘のようだ」
睨み合う二人の男。
一人はセイで、もう一人は金髪碧眼で二十歳ぐらいの男だ、白を基調とした服装でまあ美形の部類に入るのだろう。二人を取り囲むギャラリーに女が多い。
左手に抜き身の長剣を手にしている。あの長剣、かなりの業物と見たっ!
「なんなんだ? ミスト」
俺は人だかりの一歩前にいるミストに声をかけた。
「どうやら二人は知りあいらしいわよ」
「見りゃわかる」
「まったく、セイ! いいかげんにしなさいよ。あたし、お腹空いてるんだから」
「じゃあこの変態シスコンキチガイ男をなんとかしろ!」
「ほぉう? そういうこと言うのか?」
セイの罵倒に変態シス(以下略)はひきつった笑みを浮かべる。と同時に男のもつ長剣が光を放った。
…なんだ?
「くらえっ!」
変態(以下略)は光を放つ長剣を振りかざすとセイに向かって、斬りかかる。
「必殺、ライトスラッシュ!」
剣は光の軌跡を描き、セイに向かって振り下ろされる。
「くっ!」
「なんだとっ!?」
だが、光の剣がセイに当たる寸前、闘気の盾がそれを防ぐ。
「へっ。どうだ、撃防、攻壁、スターシールド!」
「ふん…それがどうしたぁっ!」
「なっ!」
セイの笑みが消え、光の剣がだんだんと沈んでいく。つまり―――
「くっ…そぉっ!」
セイは苦々しくうめいて…消えた。
どごぉんっ!
光の剣が爆音と共に石畳の地面を砕くのと同時にセイは変(以下略)の後ろに瞬間移動していた。
「これでっ!」
セイが拳を振り上げる―――瞬間、
「そこまでだっ!」
数人の足音と共に聞き覚えのある声が聞こえ、人垣の一方が我、自警団の制服を着た男たちが現れる。
その自警団の男たちを率いていたのは、あのライザさんだった。
「公衆の面前で何をしているのですか? セシル王子!」
ライザさんは、セイと戦っていた変態…って、おうじぃ?
「ああそう言えば!」
ミスとがぽんっと手を叩く。
「なんか、あの変態王子がリセス、リセス、って名前を連発してたけど…あれってセイルーンの魔女のことなのね!」
「そう言うことはもっと早く気づけ!」
俺は叫ぶと、ミストはじとめで俺を睨む。
「なによ。シード君だって気づかなかったくせに」
「…だ、だってなあ…」
「まあいいわ、これで謎が解けたわね事件解決に一歩近づいたわ!」
「事件って何だよ…」
また推理小説の世界に入ってるな、こいつ。
ともあれ、ミストの台詞ではないが事件は解決したようだ。
あの変態…もとい、王子がセイに光の剣を突き付けて、
「ふっ、セイ。今日の所はこの美しい戦士(ライザさんのことだろう、多分)に免じて見逃してやるが、いずれ君には妹の居場所を吐いてもらうぞ」
「いやだから、俺は彼女の居場所なんて知らない…」
「おお…わが愛する妹よ…今ごろはどこか異国の地で心細く震えてるに違いない…」
「いや、彼女が震えるような…って聞いてねえな」
「とにかく、行きますよ。セシル王子」
ウンザリとしたようにライザさんが急かす。セシル王子はちっちっちと指を振り。
「できればその名ではなく、四聖剣の勇者としての名を呼んでほしいですね―――そう四聖剣のうち光の剣『ライトセイバー』を使う、『閃光の光矢』と…」
「しかし、貴方は今、セイルーン王の名代としてこられてるのでしょう?」
さらにうんざりしたようなライザさんの声に気づきもせずに。セシル…いや光矢? まあどちらでも良いが―――は再び指を振る。
「ふっ、しかしわたしは光矢と言う名前が気に入っているので…」
「わかりました、どちらでも良いですから行きますよ」
ついにはめんど臭くなったのか、ライザさんは強引に変態男(これが一番合うような気がする)を引っ張って行った。
「…一体なんだったんだ?」
ライザさんたちが去っていった方向を呆然と見ながら俺はポツリとつぶやいた。
「どうやら。セイルーン王の代わりってあの変なひとみたいね…話の内容からすると、セイルーンの王子様らしいけど…」
「そう。セイルーンの第一王位継承者だ。ついでにいうと暗黒時代の最後を戦い抜いた四聖剣の勇者の一人でもある」
苦笑しながらセイが来る。
「偶然出会ってな。知らんって言ってるのに、しつこく彼女のこと聞いてくる」
「変な人ね」
「おいミスト。いくらなんでもその感想は率直すぎるぞ」
一応俺がたしなめる。あのセイルーンの王族なら大丈夫だと思うが、ここはキンクフォートだ。絶対君主制で王様の悪口言っただけで牢獄行きなんて事もある国なんだが。
「いいじゃない、変を変と言って何が悪いのよ」
「普段はまともなんだけどな」
またもセイは苦笑。
「妹と名前のことになると、むきになるんだ」
ん? なんか、セイの笑い方…
「なんか、セイ嬉しそうね…」
ミストのつぶやくような言葉にセイは一瞬驚いたような顔をしたが、ふっと笑って頭をぽりぽりとかく、
「まあな。久しぶりに会ったし…昔は結構遊んでもらったことがあったしな」
「昔って…何時の話よ?」
「四、五歳の頃かな」
…やっぱ、シオンって弟が死ぬ前か…
「よくそんな頃のこと覚えてるわねー」
感心したようなミストの声に、セイはいつものにやりとした笑みを見せた。
「まあな、俺は記憶力は良い方なんだ」
「ふうん…」
「さて…と、んじゃあそろそろ行こうぜ」
「そういやさあ…」
住宅街を歩きながらライザさんの家に向かう途中。
セイが唐突に聞いてきた。
「何でシードがあのねーちゃんの家を知ってるんだ?」
いきなり鋭い所つくなっ!
「え、えーと…それは…」
「む、昔シード君って、この街に来たことあるんだって。それで知ってるのよ」
ミストのフォローに俺は肯く。
「そう。そういう事だ」
「…あのねーちゃんの家もか?」
ええい、しつこい。
「いやだからな…」
「もういいじゃないの! そんなことっ!」
「んーまあそうだけどよ…」
セイは言いにくそうに、頭をかきながら
「いや、俺はてっきり。シードが昔暗殺するために入った家なのかな…って、おい?」
「……」
「……」
俺はなんて言ったらいいのわからずに、ただ無言で歩いた。ミストもそれに続く。
「なんだ図星か? いや、まあ…なんとなくそう思っただけなんだけどさ…」
言い訳じみたセイの言葉を聞きながら、俺は変わらず無言で歩く。
「まあ気にするなよ。少なくとも俺は気にしないでやっから」
俺の前に回り込み、後ろ向きに歩きながらセイはにやりと言った。そんなセイに俺も気にするのも馬鹿らしくなって、ふっと笑う。
「別に、お前が気にしようとしまいと俺には関係ない」
「あ、そんなつめたい事言うか。くそ、男と男この横の連帯なんて嘘っぱちだな! あの輝く明星に向かって叫んじまうぞ!」
「恥ずかしいから止めて」
わけの分からない事言うセイに、ミストは冷たく突き放すように言い捨てる。だが、顔は微笑んでいた。
そんなミストを見て、俺は白い息を吐く。
「そだな、今更気にしても仕方がないか」
「そうそう。人間笑ってりゃいい事あるさ」
「…セイ、なんかハイになってない?」
「そおか?」
ミストの冷静な突っ込みにセイは首をかしげた。
…そうかな…言われてみればそんな気もするし、しない気もするし…
「ま、いいや。ところでシード。まだ着かないのか?」
「あ、着いた」
俺は立ち止まると、立ち止まった場所の家を見上げた。
「…なんか、クレイスの家よりも大きくない?」
そう。その家…と言うよりも邸宅はアバリチアで一番大きいとされるクレイスの家よりも大きかった。
まあ、一つの国の聖騎士団の副団長ともなれば、これぐらいは当然なのかもしれない。
「なあシード。本当にこの家なのか?」
「間違いない…六年前と変わってない…」
六年前のあの日もこうして闇の中、この家をこうして見上げていた…
「シード君が間違いないって言うなら間違いないでしょ。さ、入ろう」
「おう」
と言って、セイは立派な門に手をかける。
がしゃん
と、鉄と鉄がぶつかる音がした。…しただけだった。
「えーと…」
セイは門に手をやったまま硬直している。門は…開かれていない
「鍵…かかってるぞ」
「…そう見たいね」
「ところで念のために聞くけどよ…」
セイがこちらを見る。ミストもこちらを見た。
「「本当にこの家?」」
ハモらせてまで聞くな。
「本当だ」
実は少し自信がぐらついてきたのだが、おくびにも出さない。
「なら、奥の手しかないな」
「どうするんだ?」
俺が尋ねると、セイは自信たっぷりに言った。
「不法侵入」
「却下だ」
「なんでよー。それしかないじゃない」
即座に俺が却下すると、ミストが不機嫌そうに口を尖らせた。
俺はため息をつきながら言い聞かせるように言う。
「あのなぁ。何度も言うけど、ここはアバリチアじゃないんだよ。ここは人間が多い。それだけ悪人もいるって事で、法律が厳しいんだ。人の家に忍び込んだだけで終身刑って事もあるんだぞ!」
「いいじゃないの。理由もあるし、許可も取ってあるし、万が一のことがあっても学院長が何とかしてくれるわよ」
ミストの言うことももっともだ…だけど…
「…いや、やっぱり駄目だ」
しばらく考えて俺は結論を出す。
「…じゃあどうするんだ?」
門をがしゃがしゃさせながらセイが言ってくる。
「…ライザさんが帰ってくるまで待つ」
「「えーっ!」」
ミストとセイの言葉が再びハモる。
「あたしおなかすいたー」
「俺もそろそろやすみてぇな」
「ああああ! 文句言うなよ。俺だって腹も減ったし、疲れた休みたいっ!」
「じゃあ…」
「駄目だ!」
「…シード君の馬鹿ぁ…」
「シード君の馬鹿ぁ…」
拗ねたようにミストが言うと、セイも真似してつぶやく。
俺はそれを無視して門によりかかった。
しばらくして…
空には黄色い月が昇っている。
「来ないじゃない。疲れたー、眠いー」
「…」
「お腹すいたー。あったかいご飯がたべたーい」
「……」
俺はミストの文句をひたすら無視した。
さらにしばらくして…
もう『深夜』とは言えずとも『真夜中』と呼べるような時間だろう。
「……」
「……」
「……」
「……ミスト?」
いつのまにか静かになっていたミストを見ると、地面に座りこんで目を閉じていた。
顔を近づけてみると、小さな寝息が聞こえた。寝ている。
「おい、こんなところで寝たら風邪ひくぞ」
「んー…ふぁ…」
俺が言うと、眠りは浅かったのかミストはぼんやりと半眼を開ける。だが、すぐにまた閉じてしまう。
「ったく…」
「仕方ないだろ。初めて来た街ではしゃぎ疲れたんだろうよ」
そう、苦笑するセイを俺はまじまじと見た。
「なんだよ?」
「いや、十四歳の台詞かなーとか思って」
「ふっ…俺を見かけで判断しちゃあいけねえよ」
「はいはい」
「しかし、このままじゃホントに風ひくぞ、ミストの奴。…しかたない、無料レンタルで貸してやるか」
「なにを?」
セイは俺の問いには答えずに、かがむと、ブレスレッドを地面につけて何言か唱える。
ブレスレッドから光の粒子が溢れ、光は人間大の大きさまで広がり…そして、形を作る。
出て来たのは冒険者用の寝袋だった。
普通の登山などで使う寝袋とは違い、寝袋というよりは毛布で身体をつつむような物で、いきなり敵が襲ってきた時などにすぐ寝袋から抜け出て戦闘できるようにしてある物である。
寝心地のほうは悪いらしいが、危険に対することなどからこの寝袋を使う人間は多い。…もとい、多かった。
何故過去形かというと、『冒険者』などという人種はもうほとんどいない。せいぜい、アバリチアの西区辺りか、ファレイス大陸の南西部ぐらいにしかいないだろう。
暗黒時代も終わり、交通機関も整備されている今では危険を冒してまで『冒険』をする奴はいないのだ。と、俺は『組織』で教わった。
「お前、よくこんなの持ってるのか?」
俺が尋ねると、セイはにやりと笑みを浮かべる。
「セイルーンの中古市で安かったもんでな。そろそろこの大陸に渡ろうかと思っていた時だったから買ったんだ」
「ふーん…おいミスト。寝るならこの寝袋を使えよ」
「んー…?」
ミストは声だけで返事を返したが、目を開ける気配はない。
「ったく、仕方ねえな…」
「ま、いいや。包んじまおうぜ」
セイは寝袋を広げる。
俺はミストを抱きかかえると、寝袋の上に載せた。
セイは手慣れた様子でミストを包むように毛布の端と端をあわせて紐で括る。
「よっと…ホントは中で結ぶんだけどな」
言いながらセイは手早く結んだ。セイが今結んだのは普通の結び方だが、普通はちょっと特殊な結び方で、適当に紐をひけば結び目がほどける縛り方をするらしい。
「しっかし…」
セイは寝袋に包まれて安らかに眠るミストを見下ろしてつぶやいた。
「他人がこの寝袋使ってるの初めて見たけどよ…」
「どうした?」
俺が聞くと、セイはにやりと笑って。
「ミノムシみたいだな」
…ううむ、見えないこともない。
「俺は手巻き寿司みたいに見えるけどな」
「テマキズシ? なんだそりゃ」
っと、知らないか。やっぱ。
「手巻き寿司ってのはな、東方の群島地方の産物で海苔と呼ばれる海藻で作った紙に飯を載せてさらにその上に具を乗せて巻く食べ物だ」
「…東の方じゃ、紙を食うのか?」
「食える紙なんだよ」
まぁ俺もたった一度だけ姉貴に作ってもらっただけなんだが…
「東かぁ…デバイン諸島の方だろ? 俺も一度行ってみたいんだよなー」
「ま、そのうち行く機会もあるさ…」
「そだな。しっかし、それにしても…」
「なんだよ?」
意味ありげにセイが俺を見る。セイはにやりと笑って、
「お前って、意外と物知りなんだなー」
「…意外ってどういう意味だ?」
「いやなんとなく」
「ふん…」
俺は空を見上げる。
欠けていない、丸い月が星の中で一際光っていた…
さらにさらにしばらくして…
「なあ…あのねーちゃん帰ってこないんじゃないか?」
「……たぶん、そのうち帰ってくるだろ…」
セイの不機嫌そうな声(こいつが金のこと以外でこんな声をするのはかなり珍しい)に俺はセイから視線を逸らしつつ答える。
もう何十回…いや、へたをすれば百以上超えてるかもしれない。
「あのなぁ」
ウンザリと言った声で(セイがこんな声をするのは…以下略)セイは俺を見た。
「何回、同じ受け答えしてると思ってるんだ!? これで百二十六回だぜ?」
おお、やっぱり百回は超えてたか。
「ついでに言うと、あと二時間ちょいで日が登るぞ!」
「…なんでそんなこと分かるんだよ?」
「アバリチアじゃあと二時間五分で日が登るんだよ。キンクフォートだってほとんど変わんねーだろ?」
「…やけに時間が正確だな。懐中時計でも持ってるのか?」
「前、言わなかったっけか? 俺の体内時計は完璧だってよ」
おー、そう言えば聞いた気もするな…
「あーあ、腹減ったよなー」
「そうだな」
セイの愚痴に俺も肯くしかなかった。俺も腹が減った。
「―――なあ…あのねーちゃん帰ってこないんじゃないか?」
「…たぶん…そうかもしれない」
俺はため息をついて答えた。