パニック!

シード編・第ニ章+α
「セイ=ケイリアック」


B【謎の人たちの正体は!?】


「―――てなわけで、結構厄介な事になってきやがったってわけだ」

俺はカウンターに肘を突くと、氷水をすすった。
あれから一晩明けて、朝の修羅場を終え、ガラガラになった『スモレアー』の店内である。
夏真っ盛りって感じで、店内は暑く。すべての窓とドアは開放してある。

「ほぉ…そんな事があったのか」

俺とカウンターを挟んだ向こうでグラスを拭きながらシード。俺はかぶりを振って、

「『ほぉ…そんな事があったのか』じゃ、ねーよ! 奴等のおかげで、俺の商品は全部パーだ! …ったく、こうなったら、割りのいいバイトでも捜さねえと…」
「いっとくが、うちは雇う余裕はないからな」

間髪要れずに言うか? 普通。ったく、友達がいのない奴だぜ。
ま、いい。節約すれば、後半月ぐらいは持つし、いざとなれば―――あまりやりたくはないが、裕福そうな奴の懐から勝手にもらえばいい。問題は―――

「ブラックメケメケ団を何とかしなけりゃいけないって事だよな」
「ブラックルーン団だろ」

そういったのはシードじゃなかった。

「いらっしゃい」
「と、シードは顔を上げて声の主を見ていった。俺が振り向くと…なんと、そこには―――おお! おそろしい! 伝説の女! 怪力無双! ターシャ=トルバン、二十一歳独身の姿があった! 続く!」
「そのまんま終わらせてやろうかいっ!」
「おや? ターシャさん何を怒ってらっしゃるので?」

俺は顔を真っ赤にして襲いかかってくるターシャから逃げながら尋ねた。

「やかましいっ!」

少し野間、店内で鬼ごっこをした後、あきらめたのか、ぜいぜいと息を切らせてポケットから紙を取り出す。

「ほら、セイ手紙だ」
「手紙?」

俺は無造作に手紙を受け取ると、ターシャの攻撃をかわしながら手紙を読んだ。

「えーと…セイへ、テレスの命が惜しければ、今日の夜、ルーンクレスト学園グランドに一人でこられたし。ブラックルーン団の魔人X。なんだこりゃ!?」
「なんだこりゃって…脅迫状じゃないか」

シードが勢い込んで言う。俺は再び手紙を見直し、肯いた。

「そうとも読めるな」
「他にどう読めるんだよ…」

ターシャの突っ込みに俺は三度手紙を見直て、顔を上げる。

「果たし状に見えないか? なんか、こう…呼び出しってとこで」

俺が意見を述べると、ターシャは肯いて、

「うーん…どちらかと言うと、果たし状みたいな脅迫状って感じがするけど…」
「そかな。俺は脅迫状みたいな果たし状って言う感じが…」
「そんな事はどうでもいいだろうが! で、どうするんだ? どう見ても罠だが…いくのか?」

ウム、罠という意見には賛成だなシード君。
俺は四度手紙を見返し―――

「いんや、いかね」
「は?」

俺がきっぱりいうと、シードはマヌケ面を俺に見せた。
しっかしこいつって、元暗殺者って聞いたが…結構素直な性格してるよなあ…どちらかというと、ミストやターシャの方がよっぽどひねくれてる。…もしかしたらこいつって、道具として技術だけ利用されたって口か? んで、それが嫌になって、脱走したとか…

とか俺が考えてると、唐突に当のシードに胸座をつかまれた。

「本気でいってるのかよ、おい! お前はテレスを見殺しにする気か?」
「あのなあ、シード」

熱血するシードの手を俺は無造作に払いのけた。やや冷めた想いで告げる。

「熱くなるのは勝手だがよ。別に俺は自分をかけてまで、他人を助けようなんて思っちゃいねーよ。…もっとも、自分のために人を蹴落とそうとも思わんがな」
「だけど…仲間だろ」

―――まさか元暗殺者の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったぜ。

俺はやれやれと、ため息を吐いた。

「あのなあ。仲間だろーが、恋人だろーが、肉親だろーが、なんだろーが。どんな絆があろうとなかろうと、他人は他人。自分自身じゃねえ! そして人間は、自分のためならどんな人間だって見捨てれるんだ!」

ふっと、俺は呆然と俺の言葉を噛み締めているシードから視線を逸らす。

「そうか…セイ、おまえも…」

弟を…とでもいいかけたんだろう、だが、その台詞は音にはならなかった。
俺はふいっと、シードに背を向ける。代わりに目の前にターシャの姿があったが、気にせずになるべく静かに―――しかし、相手にははっきりと聞こえるように一言つぶやいた。

「気にするなよ…シード。俺も熱くなりすぎた…」
「すまん…」

後悔するようなシードの声。計算通り、である。
にやり、と思わず笑い目の前のターシャがいぶかしげな表情になる。俺はすぐ憂いを帯びた笑みを作り、ターシャが何もいわないうちに半回転ターンする。つまり、シードに再び向かい合う。

「シード…」

俺はうつむくシードの肩に手を乗せた。
ふっ、と息を吐く。間を整えるための息だ。
俺はシードの肩に手を置く、息を吐く…と流れるように動作をこなし、さらにその動作の流れに乗せるように―――違和感なく自然に俺は言葉を紡いだ。

「謝る事なんてないさ、これから一月飯をおごってくれれば」
「ああ…」

俺の台詞に気まずそうにシードは肯き―――唐突に変な顔になる。まるでたちの悪い詐欺師に騙されたような。
俺はそれを無視して、同じ流れのまま続ける。

「ありがとよ、シード。これで俺も…餓死しなくてすむ」
「…って、ちょと待てこらぁっ!」
「さて、飯の約束も取り付けた事だし」

俺はシードの叫びを無視して、再び半回転。ターシャに向き直ると、俺は手早く聞いた。

「ところでターシャ、この手紙誰から渡された?」
「おい、セイ。無視するなっ!」
「え? …ああ、うちの親父だけど?」
「聞けっていってるだろっ、こっち向けぇっ!」
「はあ? …ああそうか。そいやおまえん所って、商店街同盟に入ってたっけ」

俺は納得いくと、ターシャの脇を摺り抜けて開けっ放しのドアから外へ出た。

「さっきの約束は無効だからな、む・こ・う!」

何かシードが喚いてるような気がするが…ま、無視しとこ。

 

 

 

 

「さて…と、とりあえず現場にいってみっかな」

南区のメインストリートを駅に向かって俺は歩いていた。

「てゆーか、さっきのは無効だからな。飯なんかおごらんからな!」
「あー、うるせうるせ。って、何でお前がついてきてるんだよ。店はどーした、店は?」

俺が首だけ振りかえって言うと、シードは仏頂面で、

「ターシャに任せてきた。それよりも…」
「あー。わかった、わかった。飯はおごらなくていいや」
「え? そ、そうか。…まぁ、わかってくれればいいんだけどな…」

拍子抜けしたようにシードがつぶやく。ふふ、あまぁい…

「その代わり、昼飯はおごってもらうからな」
「なにぃっ!? 今、飯はおごらなくていいって言ったばっかりだろうが!」
「『飯』はな。だけど、『飯』と『昼飯』じゃあ違うぜ」
「何がだよ」
「言葉が」
「あ、あのなぁ…」
「―――さて、言葉遊びはこれくらいにして…」

俺は立ち止まると、シードの方に振り向いた。
シードも一呼吸遅れて止まる。

「そういやシード。ミストはどこにいるかわかるか?」

俺の唐突な質問にシードは戸惑って

「へ?」

俺はそんなシードを見て

「テレスを助けにいくからミストの場所を教えろっていってるんだよ」
「はぁ? お前さっきいかないって…」
「ああ。いったさ。夜、学園のグランドになんかにゃいかねえよ」
「どういうことだ?」
「夜いかない代わりに今からいくんだよ。犯人がグランドなんかを指定してきた事にはなにか意味があるはずだ。まず、それを突き止める」
「なるほど」
「という事で、ミストはどこにいるかわかるか?」
「さぁな…俺が知るかよ」

やや不機嫌そうにシード。
やれやれ…さっきの事をまだ根に持ってるのか…それともミストの保護者扱いされて嫌なのか…
俺は前者だと判断した。

「わかったよ、シード君。…なら、こうしよう」

俺は頭を掻きながら言った。

「飯おごるの半月でいいから教えてくれ」
「あのなぁ…だいたい、俺はおごらないっていってるだろうが!」

ちっ…心の狭い奴。

「なんだよ。なんかミストに用なのか?」
「まぁ、用ってほどじゃあねえけど…じゃ、誰かルーンクレスト学園に詳しい奴」
「へ? なら、学園長とか…」
「学園長は駄目だ。他には?」
「さあな、後はクレイスとかテレスぐらいしか…もっとも、クレイスの馬鹿がどれだけ詳しいか疑問だがな」

うむ、俺も同感だ。

「ならやっぱりミストか…ちっ、仕方ねえ、じゃあシード。ミストのいきそうな場所は…?」

俺が尋ねると、シードはいぶかしげに俺を見て、

「なぁ、何でそんなにミストが必要なんだ?」 

言われて俺は言葉に詰まる。

「う、それは…」

ま、いいか。仕方ない。
俺は頭の中で俺の推理が当たった場合、どれだけ慰謝料が請求できるか考えて―――しぶしぶ答える。

「俺の予想だと、おそらくテレスはルーンクレスト学園の関係者―――ぶっちゃけた話、職員か何かに捕まってると睨んでる」
「…なんでだ?」

さすがにシードはうたがわしげな目を向けている。

「考えても見ろよ。この街で魔獣とか幻獣を欲しがる連中といえば誰が浮かぶ?」
「クレイス」

間髪いれずに答えるシードに俺は肩をこけさせた。

「…まぁ、そんな奴もいるけどよぉ…他に、今回の事件に関係してそうな奴」
「―――なるほど、ルーンクレスト学園の魔道科か!」

シードの答えに俺は肯いた。

「ルーンクレスト学園の魔道科といえば、その怪しさはこの街で比類無き者だぜ。だいたい、『魔道』と聞けばそれこそ目の色を買えるような連中だしな。幻獣の噂を聞いて黙っているはずがない…と思う」
「でもさぁ…ちょっとそれは偏見じゃないか?」
「あん?」

俺の推理に意見する気か? シード君。

「だって、俺。この街に来て半年近くになるけど魔道科が事件起こしたなんて話を聞いた事ないぜ」
「もみ消してるんじゃないのか? 区も違うし」
「…いくらなんでも、クレイスやテレスの耳には入るだろ」

なるほど…と俺は納得した。クレイスやテレスの耳に入れば、ミストの耳にも入るだろう。シードの耳にも入るはずだ。

「それに、一年前の大陸の大地震を魔道科が起こしたのは完全なデマだって言うし…」
「なにぃ? んじゃぁ、四年前の異常気象もか?」
「ああ。ついでにいうと、他のほとんどのもデマだってよ」
「ちぃっ、そうなのかよ」
「テレスは『いくらなんでも、魔法でそこまではできませんよ』とかいってたが」
「そうか? 俺のクソ姉貴はキャンプした時に蚊がむかつくとかいって、一つの山脈を炭化させたこともあるが?」
「…」
「おかげで気象が変化して、大変な事になったけどな」
「…それっていつだ?」
「四年前」
「異常気象って…それが原因じゃ…」
「…」
「…」
「さて、魔道科でないとすると…ともあれ学園にいってみるか」
「ま、どうでもいいけどよ」

疲れたようにシード。実際疲れてるのかもしれない。

「ところで、魔道科が犯人でないとしても学園の関係者だって推理は変わらないのか?」

シードの問いに、俺は肯いて、

「ああ。ていうか、まだ魔道科の教師かなんかだと思ってるけどな」
「根拠は」
「俺を襲った魔導師―――かなりの使い手だ。ついでに剣士の方もな」
「それほど腕の立つ奴は…この街じゃあやっぱ学園にしかいないだろうな」

後は冒険者の集まる西区かな。
そっちのほうが可能性が高いような気もするが―――ルーンクレスト学園の方が手近だし、私怨があるし。
やっぱOBの責任はそれを排出した学園にとってもらうべきだよなー。もちろん本人にも貰うものは貰うつもりだけれど。
・・・と、頭の中でロイドのことを思い浮かべつつ、決論を口に出す。

「とりあえず、学園にいってみようぜ。なんかわかるかもしれないし…それに、学園には秘密の部屋があるって聞いた事がある。もしかしたら、そこがアジトかもしれねえしな」
「なるほど…ところで…」

ぎく。
俺は次に来るシードの問いを予想して顔をひきつらせた。
そんな俺に気づかずに、シードは問い掛けてくる。

「なんで、学園長は駄目なんだ? 協力ぐらいしてくれるだろうし…何よりテレスの事がかかってるんだから秘密の部屋だって教えてくれるかもしれないだろ?」
「あ…う、それは…」

ぬう、どうする…

「つまり、犯人に『この事を学園長に知られたくなければ…』って脅迫する気だと」
「げ。なぜそれを…シード君、急に冴えてきたな…」
「って、ミストが言ってる」
「はい?」

シードの言葉に俺は辺りを見回した。だが、ミストの姿なんぞ影も形もない。

「…どうやら、ミストも捕まってるらしいぞ。テレスと一緒に」
「―――兄ちゃん、兄ちゃん」

おいおい大丈夫かよ―――と言うように俺は思わず言った。まさか暑くて頭が変になったとか?

「俺は正常だけどな」

言葉の意味を察したのか、シードは無愛想に言った。続いて、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。

「それって…俺がこの前やったペンダントじゃねえか」

俺が言うと、シードは肯いた。
シードが持つその青いペンダント―――『絆のペンダント』はこの前、お近付きの印として対になった赤いペンダントと一緒にシードとミストにくれてやったものだった。
一応、マジックアイテムらしいが効果も発動方法も良くわかんねえし、美術品と見てもたいした価値もなかったからくれてやったんだが…
と、よくよく見るとそのペンダントが淡く光ってるのに気づいた。

「光ってる…のか?」

俺が言うと、シードは肯いた。

「どうも、俺とミストの意志の疎通を計ってくれるみたいなんだな」

なるほど。どうやらこのペンダント、人の持つ共感能力―――テレパシーを増幅させるアイテムらしい。心が多少合っていれば意識を共感できるって事か…
ちっ、使えるもんだと知ってれば金を取っとくんだった。
などと、心の中で舌打ちしていると、不意にペンダントの光が消える。

「なんだ?」
「ちっ…」

シードは舌打ちすると、ペンダントをポケットにしまった。

「どうしたんだ?」
「どうやら、なんか魔法をかけられたらしい」

妨害魔法か…まあ、たいした魔力はなさそうだったしな。

「で? 場所はわかったか?」

俺が尋ねると、シードは首を横に振った。

「わからない。…ただ、方角は…」

と、シードが指差した方角は…

「これで、十中八九決まったな」

シードのさした方角は北―――ルークレスト学園がある方角だった。

「しかし…どうする? やっぱり、学園長に助けを求めるか?」
「へ、冗談」

俺は鼻で笑うと、シードに向かって手を出した。

「なんだよ」
「さっきのペンダントをかしてみ」

俺が催促すると、シードはいぶかしがりながらもペンダントを俺に渡す。

「なあ…これってどうやって使うんだ?」

俺が言うと、シードはさあなと、手を振った。

「なんとなく…かな。どっちかと言うと、ミストの方が使えるようだし」
「ふーん」

…共感能力を高めるアイテムか…なら…
俺はペンダントを握り締めて、念じた。
一瞬の間を置いて、ペンダントはまばゆい光を放つ。

―――セイ?

 

そして俺はミストの心を感じ・・・

「な、なに…」
「シード!」

俺は驚くシードの手をつかむと、ミストの心を頼りにテレポートした。

 

 

 

「な…」

驚愕の表情で俺達は向かえられた。
そこは図書館のようだった。巨大な本棚が立ち並び、本棚には古めかしい辞書みたいに分厚い本が並んでいる。
そしてここはほんの閲覧場所なのだろう、少し空けた場所にこれまた頑丈だけが取り得そうな、何百年も昔からこんな所に有りそうなテーブルと椅子が並べられてある。
そこにミストとテレス、そして見た事もない女が座って驚いたようにこちらを見ていた。
そのテーブルの上には紅茶やケーキやお菓子などが並んでいた。どうやらお茶会でも開いていたらしい。
女―――だとおもう―――は教会にでもいく時のように黒いつば付の帽子に黒いスーツ、を着ていた。年の頃は四十ぐらいだろか。…もっとも、若作りしているせいで二十代の後半といっても通るだろうけどな。瞳はきつめで、人を常に高みから見下ろしているような感じだ。
俺はこの女は見た事はないが、この女に良く似た奴を知っている。

「やっほー」
「やっほー」

俺が手を挙げると、いち早く我に返ったミストが答えた。

「ここは…図書館か? それに、地上じゃない。地下か?」

シードが辺りを見回し、つぶやいた。
同感、地下特有の湿った空気からして間違いないだろう。
俺は肯き、補足した。

「ただの図書館じゃないがな。置いてあるから見て…禁断の秘密図書館って所か」

売ったらいくらかな…とか思ってると、ミストが。

「盗んじゃ駄目よ。門外不出なんだから」
「ちっ…鋭いねぇ…って、ペンダントを持ったままか」

と俺は握ったペンダントを見た。光はすでに消えている。

「別に心を見た訳じゃないわよ。だいたいセイの考えそうな事言っただけだもん」
「へいへい」

と、俺はシードにペンダントをほおった。

「っと…」
「あなた達、何者なのよ! どうしてここに!?」

ヒステリックな声が聞こえてシードはペンダントを取り落とした。
俺が声の方を向き直ると、座っていた女がいつのまにか立っていた。
俺はにやにや笑って、

「俺はただ囚われの姫ぎみをお迎えに着ただけなんだがな」

なあ、と俺はテレスを見る。テレスは困惑顔で俺を見返しただけだったが。

「なぁセイ。なんかおかしくないか?」

不審そうにシード。今ごろ気づいたのかね、君は。

「何かテレスの命がどうとか書いてあったが…そんな雰囲気には見えないぜ」

そうだろうな。

「セイ! というと、あなたがあのセイなの!」

女はヒステリックに叫ぶ。いや―――
俺は苦笑してミストに尋ねた。

「所でミスト。そちらのご婦人のお名前は?」

俺が聞くと、ミストはにっこり微笑んだ。

「ミゼリア=ルーンクレスト―――クレイスの実母で、ブラックルーン団の総帥よ」

 

 

 

 

「つまり…」

と、俺は紅茶をすすりながら状況を整理した。

「テレスの命が惜しければ…てのは狂言だったってわけだな」

状況整理終わり。
俺は全てに納得すると。急いで菓子をバクつき始めた。
…ぬう、なかなかいいもん食ってるじゃないか。美味いぞ。

「ちょっと待て、よくわからないぞ」

同じく紅茶を飲みながら。シード。

「だからぁ、黒幕がクレイスの母親のミゼリアおばさまだって事。なにが目的かは知らないけど、セイから獣を捕ろうとしてたらしいのよ」

俺の代わりにミストが答えた。

「…黒幕とか人聞きの悪い事言わないで頂戴」

澄ました顔で、ミゼリアおばさま。

「総帥といってほしいわね」

…別にどうだっていいような気がするが。
そんなおばさんは横目で見てシード。

「…しかし、テレスの母親って初めて見たが…」
「ええと、私の実母ではないんですよ、ミゼリアお義母様は」

テレスがおずおずと言う。

「…なるほどな、って事は、テレスとクレイスって腹違いの兄弟なのか」
「へえ…そう言えば、前言ってたような」

それぐらい覚えておけよ、シード君。

「さて…後は」

俺は紅茶を飲み干して立ち上がった。
ふっと、俺はミゼリアを見る。

「あんたから、慰謝料ふんだくるだけだな!」

がたっと、ミゼリアも立ち上がる。

「何でそんなものをやらなければいけないのよ! あの女の弟に!」

あの女…? 弟?
俺はその言葉を反すうする。
考えなくてもわかる。そこから導き出せれる結論。

「まさか…あんた…」

思わず問いかける。声が震えているのが自分でもわかった。

「俺のクソ姉貴の知り合いか何か…?」
「ルーンのライバルよ!」
「…なんだ、自称ライバルか」

俺はその言葉を聞いたとたんに脱力した。ふう、と顎の下の汗をぬぐい、椅子にすとんと落ちるように座る。

「自称じゃないわ! 自他ともに認めるライバルよ!」
「でも、ルーンには認められてない…と」
「うぐっ…」

やはり図星か。
俺にはなんとなく今回の事件が見えてきた。
おそらく、ミゼリアはなにかで―――たぶん、この前の事件だろう―――俺の存在を知った。で、俺のもつガーディアンをルーンの作ったものと勘違いして奪おうとした訳か。
―――しっかし、今回の事件、端から端まで俺がらみじゃねえか。やだやだ、俺は平和主義で博愛主義でついでにことなかれ主義と三本そろった心やさしき青少年だってのに。

「あの…セイ?」

と、テレスがおずおずと尋ねてくる。

「ルーンさんて…」
「俺の前に立ちふさがる最大最強にして最凶の悪魔にして…なぜかいやいやながらも仕方ないけれども思わず運命の神を呪いたくなるような史上最悪の姉だ」
「そこまで…」

ミストの呟きに俺は首を振る。

「まだまだ、これでもいい足りないぐらいだぜ」
「そうよっ!」

ミゼリアは拳を振り上げた。

「あの女だけは許す事はできないわ!」

ミゼリアの過去に何があったのだろう…どんなルーンの出会いがあったのだろうか―――
―――なんて聞かないどこう。なぜなら俺はことなかれ主義者だから。はっきり言ってこれ以上面倒事には巻き込まれたくないし。

「で、おばさま、そのセイのお姉さんとどんな因縁が?」
「きくなあああっ!」

俺が思わず叫ぶと、ミストはえーっ、なんでーと不満の声をあげた。俺は俺はバンっとテーブルを叩いて、

「いいか! 人には―――人の過去には、知られたくない思い出、思い出したくない思い出というものがいくつもあるだろう? それをむやみに穿り返すのは残酷だ! 悪魔的所業だ! 神をも恐れぬ行為だ! …人には踏み入っちゃいけない一線ていうものが存在するんだよ!」
「ええと、別に私は話しても…」

俺の勢いに押されてか、ぼそぼそとつぶやくミゼリアの声に、俺は再びバンバンとテーブルを叩いた。手が痛かったが、そんなもの今の俺の情熱に比べれば些細な事だ。

「そうやって、人に言われたからってすぐに言う通りにするのは人の悪い癖だ! どうして自分の心を守ろうとしない! どうして他人に弱さをつかませようとする!? 自分の心をさらしだすって事は、それはそのまま弱さをさらし出すって事なんだ! 人の言葉に惑わされちゃいけない! 強く、強くそれを跳ね除けるんだ!」
「でも、私はちらっと話したいかなーって…」
「…たしかに、苦しく、苦い思い出でも吐き出せば―――人と分かち合えば楽になるかもしれない…だが、楽になるために人に頼ろうとするのは卑怯だ! ―――耐えなきゃいけない…耐えなきゃいけない時が人にはあるはずだ!」

熱い力説が終わり、俺は肩で息をした。ミゼリアはただ呆然と俺を見ていた。どうやら納得してくれたらしい。

「久しぶりに熱くなっちまったぜ」

ふう…と俺は呼吸を整えた。と、不意につぶやきが聞こえてきた。

「…ねえ、セイってあんなに情熱的だったかしら?」
「人って、その一部分を見るだけじゃ全部を見た事にはならないんですね…」
「ていうか、すでに別人というか、別人格はいってるよな」

…聞こえてるぞ、お前等。

「ところでシード君」
「そうだなぁ、テレス」
「はい、そうですねえお姉さま」

『あれは絶対シスコン』

ぶち

「だよねー」
「だよなー」
「ですねー」

肯き合う三人を見て、俺はただ無表情につぶやいた。

「シャイル・セイン」

瞬間、俺の言葉に応えて、俺の身体から光が放たれる。
光は爆音とともにシードたち三人をふっ飛ばした。
一緒に吹っ飛ばされた椅子を押しのけてシードは置きあがる。ちなみに他の二人は打ち所が悪かったのか、まだ起きない。

「て、てめえっ! いきなりなにをしやがる!」

という、シードの叫びはほっておいて、

「というわけでわかってくれたでしょうか、ミゼリアさん?」

俺は微笑むと、ミゼリアは―――少し怯えたような目をしているのは気のせいだろう―――肯いた。

「さて、ところで慰謝料の相談だが…」
「だからなんでそんなものを払わなければならないの?」
「あったりまえだろうが! だいたい、損害賠償だってあるんだぞ! 人の商品全部炭にしやがって!」
「しらないわ! 聞いてないわよそんなこと!」
「んな理屈が通ると思うな! あ、待ちやがれ!」

ミゼリアは椅子を蹴飛ばし、そのまま奥の方へと逃げ出していった。
ちっ…と俺が舌打ち瞬間、不測の事態が起きる。

「あっ…」

と、ミゼリアは何かにつまずいたようにつまずいた。
転ぶ。
ごきゃ。

「……」

俺はなんか変な音をして倒れたミゼリアを見て―――

「…」
「…」

とりあえずシードと顔を見あわせた。

 

 

 

「まあとりあえず、これで逃げられる心配はない訳だが…」

俺は縛って団子にしてあるミゼリアを見てつぶやいた。

「とりあえず目え覚ますまで暇だな―――なんか、禁断の呪文所でもパクっとくか」
「止めとけよ、門外不出なんだろ?」

俺と同じように、暇そうに本棚によっかかっているシードがつぶやく。
わかってるって、俺もお尋ね者にはなりたくないしな。

「…ところで、セイ。ここどこだ?」

俺は思わずこけかけたが―――質問の意図に気づいてにやりと笑った。

「わかってるだろ? ルーンクレスト学園の地下図書館だよ」
「へえ」

と、シードは何気ないふりを装って、続ける。

「ところで、どうやって来たんだ? こんなとこ」
「簡単さ。ミストのいる場所に瞬間移動しただけだぜ。あのとき、俺とミストの心は同調してたからな、ミストのいる場所の空間を感じる事ができれば、そこに瞬間移動するのはワケない」
「ほぉ…」

わかっているのかいないのか、気のない返事を返す。

「それで…」
「どうして俺とミストの心が同調したのか聞きたいんだろ?」

にやにやと俺はシードを見た。シードはぶっきらぼうに

「…まぁな。いやその…一応、全部どういう事なのか知っておきたいし…俺もまき込まれたんだしな」

照れ隠しにいうシードを見て、俺はケッケッケと笑った。

「言い訳はいいって」

俺は笑いながらミストの側にしゃがみこみ、まだ気絶しているミストの首からかけてあるペンダントを持ち上げる。

「これはどうも共感能力を高めるのアイテムらしいんだよな」
「共感能力?」
「いわゆるテレパスって奴さ。聞いた事あるだろ? 心の中で会話する…魔道では念話ってったっけな」
「念話…」
「もっとも、このアイテムはそれほど力が強い訳じゃないから波長―――簡単に言えば、かなり心の合った者どうしでないと発動しない様だけどな」
「じゃ、セイとミストはそれだけ気が合ってるってわけか?」

俺はちっちっちと指を振り。

「それがちょっと違ってな」

俺が念じると、ペンダントは淡く赤く光る。

―――俺は、元からテレパシーが使えるんだ。こういうふうにな。

「え?」

シードは驚いたように俺を見て頭を押さえる。
今のは言葉で話した訳じゃない、心で念じただけだ。

―――もっとも、俺の力もそんなに強い訳じゃないから、特定の人間以外はこんな補助アイテムでも使わないと駄目だけどな。

俺はペンダントを離した。とたんに、光は消える。

「さて、他に質問は?」

俺はシードを振り返るとシードは指を一つ立てて、

「ルーンって…」
「その質問は却下だ」

俺が即答すると、シードは黙った。どうやら俺のくらい過去をわかってくれたらしい。

「ったく、何がブラックルーン団だ。あれ以上あの悪魔を黒くしてどうするんだか」
「ところで、セイ」
「なんだ」

応えながら俺は立ち上がった。シードも本棚から身を離す。

「お客さんだ」

 

 

 

「さて…どうしたものかね」

ちょうど、ほんの閲覧場所を取り囲むように炎が燃え盛っている。
この炎は炎のガーディアン、メグドが変化したものであり、外側にたいしては超光熱の炎だが、内側にいくにつれてだんだんと温度が低くなっている。だから中にいても熱くはない。ついでにいえば、この図書館の本には魔法がかかっており、おそらくメグドの炎でも燃えないはず…だと思う。
その炎を取り囲む様にしてブラックルーン団の連中が取り囲んで騒いでいる。
どうでもいいが、この図書館って機密事項じゃないのか? 商店街同盟やら漁業組合やらに教えていいのか? …まぁ、教えたってどうという事はなさそうだけどな。

「やっぱここはお前のテレポートで」
「いや、定員二名」
「はい?」
「一度に俺を含めて二人しかテレポートできないんだよ」
「なるほど…なら、何度も往復すれば…」
「ええ〜めんどくさい」

俺が言うと、シードはやれやれと息を吐いて、

「わあったよ…半月昼飯をおごるから…」
「オッケー」

俺は肯くと、悔しそうなシードの脇を摺り抜けてミストたちの方へ向かう。

「んじゃあ、まずはテレスかな…」

と、俺は不意に違和感を―――

「セイっ!」
「ちぃっ!」

シードの声と同時に、俺は後ろに飛び退る。
俺とテレス達の間の空間が―――

「空間が歪んでる!?」
「てめぇら―――!」

空間が歪み、その場に現れた二つの人影を見て俺はうめいた。
それは昨日俺を襲った、フードの魔導師と仮面の剣士だった―――

 

 

 

魔導師はテレス達に気づくと振り返り、何事か呪文を唱える。

「なっ…」

シードが驚愕の声を上げる間にも、三人の体は光に包まれ…消える。

「てめぇ、ミストたちをどこにやった!」
「ここですよ」

魔導師が振り返る。その手には三つの水晶球が握られていた。
水晶球の中には―――ミストたち三人の姿があった。

「水晶球の中に封じ込めました。殺されたくなかったら―――」
「おとなしくガーディアンを渡せってか?」
「いえ。そんな脅迫紛いの事はしませんよ。ただ―――」

と、仮面の剣士が前に出る。

「ただ、彼と闘ってもらいます。相手はあなた一人で」

魔導師はそういってシードを指差す。

「俺?」

シードは自分を指差し、魔導師は肯いた。

「ええ。あ、それからセイ君。瞬間移動で不意打ちなんて無粋な真似はしないで下さいね。この水晶球、私が触れてなくても破壊できますから」

ちっ…この前と同じ手は通用しないってわけか。

「わかったよ、やってやるさ」

シードはどこからか短剣を取り出すと仮面の剣士に飛びかかった。
…って、いきなりすぎるぞ。相手の実力わかってるのか?
仮面の剣士―――ソードとかいったか。はっきしいって、並みの剣士のレベルじゃない。
…まぁ、魔族を倒すような奴が人間に負けるとは思えないけどな。

「ふんっ!」
「!」

予備動作無しでソードは大剣をシードに叩き込む。ぎりぎりそれをシードはかわす。

「ひぇっ、あぶねえな」
「危ないのはてめえだろ。ったく、相手は普通じゃねえぞ」

俺の側まで飛びすさってきたシードに俺が言うと、シードはにやりと笑って。

「だけど相手の正体はわかったぜ」
「正体?」

だが、シードは俺のといには答えず、に駆け…
何だ!?
一瞬、シードの姿を『見失った』―――そしていつの間にか、シードの姿はソードの向こう側にいる!?
瞬間移動? いや、それよりもシードが消えたような…じゃない、見えていたが…それがシードだとわからなかった!?

「ほぉ…それが音を消し、存在を消し、相手を消す…天空八命星の虚空殺ですか」

天空八命星? てことは!?

「じゃあ、シードお前が―――『虚空の暗殺者』?」
「その呼び方止めろ、恥ずかしいから」

そうか? カッコイイと思うけどな。

「だが…甘いな」

ソードが初めて声を出した。笑う。
見ると、ソードの顔が崩れて…じゃない、仮面が崩れていく。
仮面の下のその素顔は俺が見掛けた事があるような顔だった。

「あ、あんたは?」
「太刀筋、気迫でわかったさ。あんた…マスターだろ」
「ふ…」

ソードは笑い、俺は…

「ちがうぜ、シード。こいつ、おっさんに似ているがおっさんじゃねえ」
「え?」

あの抜けたシードの声におっさんもどきはゆっくりとシードの方へ向き直る。

「あれ、若い」

そう。確かにおっさんに似ているが、若い。おっさんをそのまま二十代に戻したような―――そんな感じだ。

「だ、騙したな!」
「貴様が勝手に勘違いしたんだろうが! わしは…もとい、俺はソード=ウォーフマン! スモレアー=ウォーフマンの甥だ!」

甥かよ、おいおい。…なんちゃって。

「ふっふっふ…甘いぞ、シード=ラインフィー! さっきの一撃で俺を塵にできたはずなのに、仮面だけを破壊するとは…貴様では俺に勝てん!」
「なんだと?」

などといいながら斬りかかるソードの攻撃を、シードは何とかかわしている。
ま、大丈夫そうだな。
確かにシードにソード(なんか似てるな)かもしれないが、ソードの攻撃もシードは天空八命星を駆使してかわしている。
まさて、こっちも何とかしないとな。

「暇そうですね、セイ君」

魔導師がこちらを見て話す。俺は嫌なものを感じ取り、あわてて首を振った。

「いや別に」
「まあ私もあなたの力は試しておきたいですしね。親として」
「話しを聞けよ…って、親?」

魔導師はふむ…と肯いて、

「ならこうしましょう。一つゲームをして、これに勝てば誰か一人返してあげましょうか」

…だから人の話を…

「どんなゲームがいいでしょうかねえ…ああそうだ」

魔導師はたのしげにつぶやくと、何事か呪文を唱える。
すると、テーブルと椅子が光り、全てが組み合わされ、合体し―――一つの人型を形成する。

「じゃあ、このウッド・ゴーレムと戦ってもらいましょうか」

へっ、そんなもん、メグドの炎で―――はあっ、しまったぁっ!
俺の心を見透かしたように魔導師は笑った。

「あのフェニックスを使ってしまったら炎のバリケードもとかれてしまいますねえ」

くそ…

「なあ…」

と俺はゴーレムを見据えながら言った。

「あんたたちの目的はなんだ?」

その言葉に魔導師は不思議そうに首をかしげて、

「今更何を? あなたのガーディアンを奪う事が…」
「嘘付け」

俺は決め付けた。

「ならなんで、てめえ等の黒幕だか総帥だかまで封印するんだよ」
「もちろん安全だからですよ」
「ならそういう事にしといてやるよ!」
「そういう事にしといてください」

魔導師のその言葉が合図となったかのように―――
ウッド・ゴーレムとの戦いは始まった。

 

 

 

「光速、閃撃、スターナックル!」

ごん

「天破っ、落地っ、逆天アッパーっ!」

ばきゃ

ぜぇぜぇ…当たっても効きゃしねえ。
てゆか殴ったこっちの拳の方が痛いぞ。

「なら、こいつでどーだ!」

右手に闘気をため、俺は気の人形に向かって、闘気の炎を放つ。

「灼熱ぅっ、恒星ぃっ、スターバーンっっ!」

ゴーレムは燃え盛る炎をあび…

「なっ…」

ちっ…スターバーンもきかねえのか?

「無駄ですよ。一応魔法強化してあるのでね。いくら炎に弱くとも、それぐらいでは効きません」
「にゃろ〜」
「セイ!」

こうなったら…おい、ザルム!

『風は樹とは相性悪いのだ。それぐらい知っているだろうに』

あのな、お前の風は『破壊の風』だろが。いくらなんでもあの程度のゴーレムぐらい…

『知らん知らん。わたしは寝る』

こ、このやろう…

「ギ…ギギ…」

ゴーレムが丸太のような腕を振り回してくる。俺は逃げ回りながら炎の縁まで誘導する。

「なら、こうするまでだ!」

俺は炎を背にして、ゴーレムと向かい合う。

「ふっふっふ…さぁこい」
「ギ…ギギ…ギ」

ゴーレムは腕を振り回して襲いかかってくる。
ふっ、ばかめ…
俺は瞬間移動で、ゴーレムの後ろを取る。

「くらえっ、爆星…激蹴…」

俺の右足に闘気が集まり光り輝く。

「スターシュートっ!」

俺は全力でゴーレムの背中を蹴りつける。
ばこん、と音がしてゴーレムはよろめき、炎の中にはいってゆく。

「燃え上がれ! メグドーっ!」

『クエーッ!』

瞬間、俺の叫びに応え炎が急激に温度を上げる。超高温となった炎はあっさりとゴーレムを燃やし尽くした。

「へっ、ざまあ」

ぱちぱちぱち…
拍手の音に振り返ると、魔導師が手をたたいていた。

「やるものですね…では、約束です」

と、水晶タ球を一つこちらへほおりなげた。それは…光を放ち…人の形を作る。

「テレス!」

と、叫んだのは俺ではなく、シードだった。
かわしながらもこちらの方をちらちら見ている。

「なんだ、結構余裕そうだな」

言いながら俺はテレスの様子を見る。どうやらまだ気絶しているだけのようだが…

「シード、とっとと片をつけちまえよ!」
「わあってる! くそ、この野郎…」

シードはソードと間を取ると、短剣をソードに向けて、

「おい、死にたくなければ今すぐ降参しろ! 次は…殺す!」
「おもしろい…やってみろ」
「死にたいというなら止めはしないがな…いくぜ!」

シードは宣言すると、身を低く構える。対してソードは大剣を地面に置いて、構える。
なるほど、虚空殺を食らわずに、見切って捕まえるためにか…
次で決まる。
虚空殺が決まればソードは死ぬ。決まらなければシードが死ぬ。
どうする…
俺は魔導師を見た。魔導師もまた、緊張しているようだ。
くそ…どうする、どうすればいい…
どちらかが死ぬ。それだけは防がなきゃ…な。
シオン…

「はあああっ!」
「こいっ!」

シードとソードが吠える。
シードの存在が消え―――再び元に戻る。
…なんだ? フェイントか?
困惑する俺の前で、シードはゆっくりと背筋を伸ばし立ち上がった。
そして…口を開く。

「いいかげんにしてよ、お父さん!」

空気が白く固まった。

 

 

 

「まったく、いい歳して…天国のお母さんが見たら嘆くわよ!」
「えとあの…シード君?」

俺はおもわずヲイヲイと、シードに呼びかけた。

「き、気でも触れたのか? シード」

ソードもきみわるげにシードを見る。

「うーん、人間というのは極限状態になるとおかしくなる生物ですからねえ」

シードはそんな魔導師の声を聞いて、つかつかと魔導師の方に詰め寄った。

「違うわよ! あたしは正常。そんな事より、とっととあたしを開放してくれない? リベルおじさん!」
「…もしかして君、ミストちゃんかい?」

はい…?
魔導師…リベルの質問に、シードは肯いた。

「ピンポーン。いいから、早く開放してよ!」
「あ、ああ…」

え…と、どういう事だ? 一体。シードとミストの体が入れ替わったってことか?
リベルがミストを開放すると、ミストはうーんと伸びをして、

「ああーっと、まったく…ブラックルーン団といい、仮面の剣士といい…いい迷惑ね」
「おいこら、ミスト!」

つかつかと、シードはミストに近づく。

「人の体を使って、女言葉を使うな!」
「いいじゃない。丸く収まったんだし…」

丸くって…意味不明の理解不能状態だぞ。おい

「何が丸くだよ! あいつってやっぱりマスターなのか?」
「そーよ」
「…いやでも、若くないか?」
「知らないわよ、そんなこと!」

おいおい。

「う、う〜ん…」

と、その時テレスが起き上がった。

「お、テレス、気がついたか」
「あ…セイ…」

俺が声をかけると、テレスは俺を見て…不機嫌そうな顔になる。

「酷いじゃないですか、セイ。いきなりあんな事するなんて…」
「おまえらがあんなこというからだろが」
「でも…あれ? なんで炎が…火事ですかぁっ!?」

テレスは慌てて立ち上がる。

「あー、大丈夫大丈夫、熱くないだろ」
「あ、本当…幻覚なんですか?」

俺が言うと、とりあえず納得したようだった。
と、テレスは魔導師に気づいて…

「あれ、帰ってきてたんですか? お父様」

へ? …お父様?
魔導師はフードをあげると、にこやかに笑った。フードの下には優男って感じの男の顔が合ったが、どことなくクレイスやテレスに似ているような気がする。

「やあ、テレス。ただいま」
「おかえりなさい。お父様」

いいながらテレスは魔導師に抱き着いた。
そんな光景に呆然としながら、

「どうして若くなってるの、父さん」
「っていうか、あんた本当にマスターか?」
「本当だ、シード。…実はリベルがエルフからもらったとか言う若返りの薬を飲んでな…」
「なんだぁ、そうなのか」
「ひどいじゃないですか、マスター。俺を殺す気ですか?」
「はっはっは、まあテレスの相手として見て、力を試してみたかったのだ」
「やだ、父さんたらっ」
「…まぁ、いいけどな」
「はっはっは」

などという、なんとなくほのぼのとした会話を聞いていた。

「どうしたんですか? セイ」

テレスが尋ねてくる。
俺は答える気力もなく、虚ろな目でテレスを見た。
リベルははっはっはとわらい、

「いやあ、すまなかったね、セイ君。やっぱり娘の相手として(以下略)」
「…ルートゥ・メグド」

リベルを無視して、俺がつぶやくと、炎のバリケードは消え、赤い光となって俺の中に吸い込まれる。
炎の外には誰もいなかった。
ただ、一枚の紙が地面においてあった。
なんかうんざりしながらかがみ込んでその紙を拾う。
紙に書かれていた内容を見て俺は更にうんざりした。
その紙には『仕事があるので帰ります 漁業組合、商店街同盟、冒険者連合』とかかれてあった。
冒険者連合というのは、西区の関係なのだろうが…
なに考えてんだ? 一体。
俺は紙を破り捨てるとにやりと笑うと、立ち上がった。

「ふっふっふ…」
「どうしたんですか? セイ」

テレスの声に俺は即決に応えた。

「帰る」

一言いって俺は瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 

―――エピローグ

 

「・・・というわけで、スモレアーさんとお父様は悪の秘密結社を作って遊んでいたお義母様の悪事というかなんというかを、突き止めるために探ってたんですって」
「それでまず商店街同盟か…ま、いいけどよ…」

二日後。俺は商店街を歩きながらテレスの話を聞いていた。
別に事情なんて今の俺にはどうでもいい事なんだが…

「それで、お義母様も反省していますから、許してくださいね」
「はいはい。で、金は? 慰謝料ちったあもらえるんだろうな」

俺が言うと、テレスは口篭もって。

「え、えーと…ですね。お父様がいうには『娘のために愛をもって戦ってくれた少年達に、金で謝罪するのは侮辱に値するでしょうから、反省と感謝の心で礼を尽くします』って…」

あ、あの親父…

「納得いくか、そんな事!」
「え、えーと私のお小遣い全部あげますから…」
「いらねーよ! ガキの小遣いなんて」
「ええー、でもセイだって子供っていうか、私より歳下じゃないですか」
「あー、はいはい」

まったく、いいよな、親の力で食っていける奴等はよ。
と、ふと気になって一応聞いてみる。

「一応念のために聞いておくけど、お前の小遣いって?」

俺が聞くと、テレスは舌を出して、

「もうあげませんよーだ」
「いらねえって。ただ、一応聞くだけだって」
「…えとですねぇ…確か金貨百枚くらい…」

ぶっ

俺は思わず吹き出した。
な、なんだよそれ! 子供の小遣いじゃねーぞ!
俺がひきつっていると、テレスは意地悪そうに微笑んで、

「ほしくなったんですか?」
「…うん」
「あげませんってば」

ちぃっ、うかつすぎたか!

「ところでテレス、お前の親父って何やってるんだ? 『帰ってきた』とかいってたが」
「つい最近まで旅に出てたんですよ。何やってたかは知りませんけど」
「ふうん…」
「そういうセイこそ、今日まで何やってたんですか?」

テレスの問いに、俺はにやりと笑みを浮かべた。

「俺? 俺は忙しかったよぉ? きのうまで大変だったんだからよ」

いいながら俺は何故かいくつも、本日休業の札が下げられていてがらんとしている商店街を歩きながら、耳を澄ましていた。
と、俺はある店の前で止まった。つられてテレスも止まる。

「何が忙しかったんですか?」

尋ねてくるテレスに俺は実演してみせた。
ばんと堅く閉ざされている店の戸を蹴り上げる。
鍵がついていたが、鍵はネジごと抜けた。
―――節約っていっても、金かけるところはかけなきゃな。
などと思いながら俺は中を覗く。

ターゲットは―――――い・た♪

「や、五郎さん」
「やややややあセイ。ひさしぶりだな!」
「そうだなー三日ぶりだっけ。…三日前はお世話になったよなぁ」
「ああああああっ、俺達は親友だよな、仲間だよな、男と男の友情だよな! ―――俺には他の奴等みたいに損害賠償だとか慰謝料とか請求しないよな!」
「…もしかして、ずっとこんな脅迫してたんですか?」

失礼な言い方するテレスはほうっておいて、俺はだんっと土足で片足だけ上がり込む。
にやり…とわらう。

「そう、親友だよな、仲間だよな、男の男の友情だよな! ―――だから、ちゃあんと払ってくれるよな?」
「こ、この人非人!」
「何とでもいってくれ、一応あんたで最後だしな」
「くそったれ―――」

叫びながら五郎さんはやけくそに飛びかかってきた。

 

 

 

―――数分後。

「まいどありー」

俺は金貨の枚数を数えながら、あきれたか押してついてくるテレスとともにスモレアーに向かって歩いていった。

「さあって、パーっと打ち上げやるか」
「おごってくれるんですか?」
「氷水をな」
「……」
「ま、何はともあれ」

俺はテレスの微笑みの中のぶすっとした視線を無視して金貨を一枚指で弾く。

「―――一件落着っと」

金貨は空中でクルクルと回りながら、太陽の光を反射して、金の光を撒いていた・・・・・

 


登場人物たちの自爆な座談会ッ!

 

セイ:ふぅ・・・俺って不幸。

熊本 五郎(以下五郎):ドコがだっ! 人から分捕るだけ分捕っておいてッ!

セイ:ほぅ? 客商売は信用第一って知ってるよなー。今回のことを言いふらしてやろーっかなー。

五郎:き、きたねぇっ! この上まだ脅迫する気かよ!
           キリフダ
セイ:ふふふ・・・カードはこちらが持っているのだよ。

 

 

クレイス:・・・・・・・くあー、使い魔ぁーッ!

ろう:は、はい!?

クレイス:このボクの出番はどうしたー! 最初出ただけで後全然じゃないか―!

カリスト:クレイス様はまだいいですよ。

トレン:俺達なんて一回も出てないし・・・

クレイス:ええぃ、使い魔ッ! そこに直れィ! ルーンクレストソードのさびにしてくれるッ!

ろう:にゃーにゃーにゃーっ!

シード:とゆか錆びなんて出ないだろが、その剣。

クレイス:なにぃっ!? この聖剣は錆びの出ない魔法までかけられていくるのか! なんて生活に密着した。

シード:生活・・・? いや、所詮木刀なんだし―――まあ確かに魔法はかけられてるけれど。

クレイス:何か言ったか?

セイ:いや、なにも! なあ、シード。

シード:・・・ま、そうだなぁ(苦笑)

 

 

リベル=ルーンクレスト(以下リベル):はは、テレス、久しぶりだね。パパは寂しかったよー。

テレス:私はあまり寂しくありませんでしたよ。

リベル:(やや狼狽)そ、そうか・・・でも、少し寂しかったろう?

テレス:いえ、お兄様やお義母様、それにミストお姉さまやシード様も居ましたから全然寂しくありませんでした♪

リベル:・・・・そ、そうか。

クレイス:あ、落ち込んでる。

テレス:?

シード:ところで、クレイスの実の母親ってミゼリアさんだよな。

ミゼリア:ええ、そうよ。それが何か?

シード:でも、テレスの母親は違う―――と。そうなると、リベルさんの前の奥さんの娘がテレスってことだろ?

セイ:・・・あれ? そーなると、クレイスの方が歳が下に・・・あれ?

リベル:・・・・・僕は、別に再婚したわけじゃないよ。

シード:え?

ミスト:ほらぁ、シード君! あっちいくわよ!

シード:あ、おいミスト・・・

テレス:セイ、そんなことよりも、こっちにきてください。

セイ:へ? おいおい引っ張るなって。

ミゼリア:(セイを引っ張るテレスを見送って)―――私はまだ全てを許せるわけではないけれど・・・

リベル:ミゼリア・・・

ミゼリア:それでもあの子に罪はないものね・・・

リベル:ミゼリア・・・すまない。

 

 

ミスト:さぁーって! 気を取り直して次回の予告!

テレス:はい! 次は本編、第三章ですね、お姉さま!

シード:・・・なんかわざとらしいほどにテンション高いなー。

クレイス:ふふん、お前たちには知らない『過去』があるのだよ。

シード:あー、なんかムカツクー。

ミスト:はいそこっ、騒いでないで!

テレス:えーと、第三章はアバリチアから舞台を移してフィアルディア大陸の中心ともされるキンクフォートへ!

ミスト:魔族の出現に、集う王族―――そしてそれを狙う黒い影!

シード:―――なっ!? お前はまさか・・・

ミスト:謎が謎を呼び、戦いの渦巻き怒るキンクフォートッ!

セイ:相も変わらずクレイスは馬鹿やってマス。

クレイス:なんだとーっ!


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第三章「シード=アルロード」