パニック!
シード編・第ニ章+α
「セイ=ケイリアック」
A【ブラックなんとか団再びッ!】
意外と知られていない(と俺は思っている)がレストハウス『スモレアー』の朝は忙しい。
早く、料金もお手軽な朝のランチセットは、開店時刻も早いせいもあって一人暮らしの男達(まあ、俺もそれに入ってたりもするけど)に大人気なのである。
と、言うわけで『スモレアー』では酒飲み達が集まり、酒場になる(おっさんやシードはレストランだと言い張るが)夜と並んで大切な生命線なのだったりする(しかし、朝や夜ばっか繁盛して、肝心の昼に客がこないこの店って…)。
そんなわけで、今朝俺が来たときもこの店は戦場になっていた。
「お〜い、こっちまだきてないよ!」
「はいはいただいま〜!」
「この頼んだBセット、牛乳付いてないよ!」
「ああっ、すいません!」
「ふざけるな! この店は客にゴキブリを食わせるのかっ!」
「ううっ…もう、何がなんだか」
うわ、なんか今日はいつにもましてシードの奴忙しそうだな。
「よお、シード」
俺はかろうじて空いてたテーブル(もちろん相席だが)に腰を下ろすとシードに声をかけた。するとすぐ気づいたようで足早に俺のところまで来た。にこやかな笑みを浮かべているが目は虚ろだ。
「いつにもまして忙し―――」
「はいっ! お一人すねっ! ご注文はっ!」
「え? あ、そいじゃあ、A定食…」
「へぇいっ! A定食ついかっ!」
とと、叫びながら厨房に突っ込んでいっちまった。なんか、俺だと気づかなかったようだな。まあいいけど。
「あら、セイ来てたの」
喧騒の中、聞いた事のある声に振り返ると、そこには一人の少女(とはいえ俺より年上なんだが)が立っていた。
「ん? あれ、珍しいな。こんな時間にお前がいるなんて」
「『お前』とはなによ。あんたより年上なんだから『ミストお姉さま』とお言い」
と笑いながら、この店の主人の娘、ミストは言った。
「ミストお姉さま」
「ま、冗談はそれぐらいにして」
あれ、冗談だったのか?
「冗談にしてはテレスにいつもそう呼ばせてるような…」
「あれは、あの子が勝手に言ってるの!」
「わあってるよ。冗談だ」
「まったく、かわいくないんだから」
「そういうな。これでもガキの頃は人見知りで泣き虫だったんだぜ」
「ガキの頃って…今でも十分子供でしょ」
ぬう、そうとも言うな。
「それに人見知りで泣き虫って…あんた言葉解かって使ってる? それとも、そっちの大陸じゃ人見知りで泣き虫って『生意気』って意味なの?」
「さてね。まあ大陸と大陸の言語の相違についての議論はまた今度にするとして…なんでお前がここに…」
「ああそれはね…」
「あっ、てめえミスト! 何してんだよ!」
ん? シード?
ミストが言いかけた瞬間、シードが怒鳴り込んできた。
「手伝うんだったらとっとと手伝え! 今日はマスターがいなくて猫の手どころかクレイスの手でも借りたいくらいなんだぞ!」
うむ、なかなか的確な表現。
「あはは、ごめんごめん。セイを見つけちゃったもんでさ」
「なに、セイ!?」
ぎんっ! とシードの目が俺に向く。目の奥に暗い光が灯っている。なんとなくシードの言いたい事は解かるが。
「悪いがシード、今日は俺…」
「手伝え」
「あ、だからな…」
「手伝え」
「いや、用事が…」
「手伝え」
「……」
「てつだえ」
「………」
「てぇつぅだぁ…」
「わあったわあった、わかったから幽鬼みたいな声を出すのは止めてくれ」
ったく、用事があるってのに…しっかりとバイト代はもらうからな、シード!
二時間三十七分経―――
「つ、つかれた…」
がらんどうの店内でシードがテーブルにばったりとうつ伏せになる。
「永かった…永かったわ…」
遠い目をしてミストが椅子の背もたれにもたれかかる。
「ああ、本当に長かった。二時間三十七分五十七秒」
「は、計ってたの?」
ミストが弱々しく聞く、俺は肯くとついでに付け足す。
「うむ。ちなみに俺が椅子を立った瞬間から最後の客が出てドアが閉まるまでの間だが」
「…どうやって計ったんだよ」
おお、なんだシード。その疑わしげな目は?
「ふふん、俺の体内時計は完璧だぜ」
「元気だな。お前」
そういうお前はかなり疲れてるな、シード。
まあ無理もない、俺が特別なんだからな。
「ふっ、伊達にセイルーンの居酒屋でバイトして旅費を溜めていたわけじゃないぜ!」
ふと…過去が頭をよぎる。
『奴』の魔の手から逃れるために、『奴』の影に怯えつつバイトした日々の事を…
だが、俺はもう自由だ! さすがの奴もこの大陸までは面倒くさくて渡ってこれまい!
…と、つい昔の事を思い出しちまったい。まあ今の俺にはどうでもいい事だ。なぜなら俺は『自由』なのだから。
「へえ、セイって居酒屋で働いてたんだ」
「半年ほどな」
俺は再び思い出しかけて―――首を振る。
過去の事を振り返るのは止めよう。俺は未来を見て現在を生きるんだ!
「なるほどな。なれてるからそんなに疲労しなかったってわけか? でも、それなら俺だって…」
シードがうたがわしげに俺を見る。ふっふ、だからお前はミストの尻に敷かれるんだよ、シード君。
「あまいな。俺は効率よく働くための技術を習得してあるのだ」
「効率よく働くための技術?」
「そう…名づけて! 『働いてる振りして実はサボってるんだみょ〜ん』戦法!」
「…」
「…」
…おや?
なんか、シードもミストもこっち睨んでるんですけど…
息の詰まるような静寂の中、やおら、シードが口を開く。
「バイト代、いくらかやろうと思ったが…やっぱ無しな」
「へ?」
「当然ね」
「あ、あの…ちょっと?」
あら? なぜ? 俺なんか悪いことしたか?
「不条理だ! いくら俺が歳下だからってそんな横暴が許されるものなのかっ!?」
「歳下云々の問題かっ!」
「じゃあなんだ!? お前は人が手伝っても感謝の気持ちすらないのか? それとも、俺が手伝っても手伝わんでも同じとでも思ってるのかっ!?」
「…おまえ、あんな台詞吐いといて良くそんな事言えるな…お前はほとんど働いてねえだろ!」
うぐぅっ、鋭い指摘じゃねえか。
「くっ、しょ、証拠は…」
「お前なあ…」
シード、何故そんなにあきれた声を出す? あぁ、疲れてるのか。ん? 疲れてる? なるほど、これだな!
俺はそのまま膝を折り床に倒れこんだ。
あぁ、床の冷たさが気持ち良い…
「お、おい、どうしたセイ」
慌てるシードの声。俺は息を荒くして答えた。
「く…ふぅ、ちょっとさっき、働きすぎてな…もう指一本、動かせる状態じゃ…げふぅう!?」
でぇっ! こらいきなり蹴るなっ!
「ぼ、暴力反対…」
「てめえの詐欺に比べたら俺の暴力なんかかわいい方だろうが! くそ、さっきので精神的にものすごいダメージをくらったぞ」
…俺は肉体的ダメージを受けてるんですけど…
「と、言うわけでお前のバイト代は無しな」
「んな殺生な…」
「なしったらなしだっ!」
そ、そんなぁ…
「お、俺のもらえるはずだったばいとだいぃ…」
俺はその場に崩れ落ちるように床に膝をついた。
「自業自得だ」
シードがふんと鼻を鳴らす。俺はそれを無視して、手を顔に当てた。
「ううっ、ばいとだいぃ…しくしくしく」
「あのな、泣きまねしても…」
「しくしくしくしく…」
シードのあきれた声にもかまわずに俺は泣きまねを続けた。
「あのな…」
「しくしくしく…ばいどだいぃ…しくしくしく…」
…ううっ、なんか本気で悲しくなってきたぞしくしく。涙が出てきやがった。
思えば俺って昔は結構泣き虫だったんだよなー(誰も信じやしねえと思うけど)。よく姉貴や兄貴に泣かされてたっけ…
「…わかったよ、バイト代くれてやるから」
やれやれというシードの声が聞こえて、俺はかすかに出た涙をさりげなくぬぐって顔を上げ、シードを見て尋ねる。
「いくら?」
シードは指一本立てて。
「銀貨一枚」
「はい?」
俺は思わず聞き返す。だがシードは突き出した指を左右に振って、
「だから、銀貨一枚」
「なんでだあああっ!」
俺は立ち上がると、猛然とシードの胸ぐらをつかんだ。
「銀貨一枚ってお前なあっ! ガキの小遣いでももちょっと多いぞ、おい!」
「安心しろ、お前もガキだろ」
ああそうか。って、ちっがーう。
「あんなあ、こっちは生活かかってるんだよ! 金がなけりゃあ飯くえねえんだよ!」
…って、そう言えば朝飯も食ってなかったような…そのわりには、何故か腹が減ってないのはちょいちょいつまみ食いしてたせいだろうか?
「なんだ、お前飯が食いたかったのか?」
論点が少しずれてるような気がするぞ、シード。
「なら早くそう言えよ、まあ礼なんかする義理はないような気がするが、昼飯ぐらいはおごってやるぞ」
だから論点が…まあいいか。
「ならそれでいいや…と、言いたいとこだが奢るのはまた今度にしてくれ。今日は用事があるもんでな」
「用事? そういや、そんな事言ってたわね」
聞こえてたんなら手伝わせるなよ、ミスト。
「なに、用事なんてあったのか? そういう事は早く言ってくれよ、それなら無理して手伝わなくても良かったのに」
言った、お前にはきっちり言ったぞ、シード。
…てな事は顔には欠片も出さずに、俺は首を横に振った。
「いや、親友が苦しんでるのに、見捨てられる訳ないじゃないか」
と、かすかに笑みを浮かべながら、さらにイメージ的に光の煌きなんかも飛ばしてみる。
だが、シードはきょとんとした顔で。
「親友? おまえって、ミストと親友だったのか?」
「な・ん・で、あんなむかつく獣を飼ってる奴と親友にならなきゃいけないのよ!」
俺がなにか言うよりも早く、激しくミストが否定した。
しかし…まだこの前の事を忘れてないようだな。まあ、確かにこっちが悪いんだけどな。
「いいじゃないかよ、解決したんだし。おまえも…もう、大丈夫だろ?」
シードがミストを宥めるように言う。
「ま、まあね…」
おや? どうして顔を背けるんだ、ミスト?
「どうしたんだ、ミスト? なんか顔赤いぞ」
俺が何気に言うと、ミストはばっと俺の方を向いて顔を真っ赤にして叫ぶ。
「うるさいっ!」
な、なんだ? なんで俺が怒鳴られなきゃいけないんだ?
「ま、とにかく。もう過ぎた事だし、許してあげてもいいよ」
いったいなんなんだか…
まあいいか、ずっと言われつづけるよりは…しかし、さっきの顔が赤くなったのは―――ははあ、なるほどな。
俺はにやにやしてシードとミストを見比べる。その視線にミストは仏頂面で
「で? 用事ってなんなんだ? 手伝ってあげてもいいわよ」
ミストが言うと、シードがあからさまに嫌そうな顔をする。それを見て、俺は一瞬手伝ってもらおうかとも考えたが、首を横に振る。
「いや、別に手伝ってもらうほどの事じゃないしな。それに人はすでに呼んである」
「ふうん。で、用事って何よ」
おお、そういやまだ言ってなかったな。
「用事、っちゅうか、商売なんだけどな」
「商売? またあのむかつく獣を召喚して客寄せするの?」
おいおい、許してくれんじゃなかったのか?
「そういや、あれからマジックアイテムは売れたのか?」
うっ、なんか鋭い所をついてくるねえ、シード君。
「いや…あんまり」
「…」
「…」
おぅ!? 同情の視線かそれは?
「い、いやでも…結構邪魔が入ったりしたし…」
「邪魔って俺達の事か?」
ま、それもあるんだけどな。
「つーか、警備隊の連中がうるさくてな。あの一件のせいで、許可をくれないんだよ」
「許可ってなによ?」
「販売許可証の事だろ。確かそれがないとこの街で商売しちゃいけないんだよな」
「そ。んで、仕方ないからこっそりやるから客寄せもできねえし、警備隊からは逃げなきゃいけねえし…」
と、言う訳でここんとこ、貯金を食いつぶしている状態なのである。その貯金も残りわずかだし…
「別の街に行こうとも考えたんだが…」
と、俺はシードとミストを交互に見て、思わず笑みを浮かべる。
「俺はこの街が気に入っちまったらしいんだな、これが」
「…」
「…」
「何だよ、その顔は?」
「嫌なのよ、ものすごく」
…許してくれたんじゃないのか?
「あきれてるんだよ、お前の神経にな」
「あん?」
「はっきり言って、魔族に襲撃された街に長くいようとは…少なくとも俺は思わないね」
そうかぁ?
「でもさ、狙いはセイルーンの王族だったし…」
あ、ちなみに魔族に襲撃されたという事実は、俺達を含めた一部の人間しか知らない
もちろん俺達も口止めされてある(口止め料もきちんともらったし)。
「まあ結果的にそうだったけどな」
「だろ? だから何も怖れる事はないぜ」
「そういうわけで、あんたは売れないマジックアイテムを売りさばいてるのね?」
「売れないってな…」
俺はミストの首にかけられている赤いペンダントを見ながら。
「んな事言うなら、そのペンダント、返してもらうぞ」
「え、それは…困る…」
? なんだ? 何故そこで顔を赤らめる?
俺はきみわるげにミストから一定の距離を置くようにして、シードに近づいた。
「…おい、お前なんかしたのか? ミストの奴、すっげえ不気味だぞ」
「そーか?」
…こいつって、もしかして結構鈍感だったりしないか?
「と、ところで、セイ。許可が取れないならどうするのかしら?」
『かしら』って何だ『かしら』って。それに何故声が裏返る?
「その点は心配ない。人を呼んだって言ったろ」
「人を呼んだからって…あ、なるほどね」
ミストがわかった、と言うように肯いた。
「何がなるほどなんだよ?」
と、シードがミストに尋ねたとき。
からん、から〜ん
「おはようございま〜す!」
元気な声でテレスが入ってきた。
「ふっ、元気にしているか、愚民ども」
続いてクレイスが入ってくる。
「ん? テレス、どうしたんだ?」
と、不思議そうにシード。
そんなシードにテレスはえへ、と笑って。
「今日は、セイに頼まれてきたんです」
「セイに? …ああ、もしかしてセイが呼んだ『人』ってテレスの事か?」
どうやら気づいたようだな。しかし、クレイスは無視か?
「でも、どうしてテレスなんだ?」
…気づいてなかった。
「だからぁ、セイは許可が取れないって言うんで、テレス達を呼んだんでしょ。アバリチアの実質上の最高権力者の親族なら多少の顔も効くって事で」
うむ、そのとおり。
「ああ、なるほど」
「もっとも、南区ならあたしでも良かったと思うけどね。院長さんの友人の娘って事で」
なんだ、そうなのか?
「もっともそんなめんどくさい事やってやんないけど」
はいはい。
「おいこらセイ!」
おわっ、何だ唐突に。
「なんだよ、クレイス」
俺はクレイスの方に振り返った。見ると椅子の上に上がってふんぞり返っている。
「貴様さっきから聞いてれば…」
「あん? なんか俺言ったか?」
「なにも言ってない!」
「ならいいじゃねえか」
わけわからんな。
「俺様になんか言う事はないのか?」
……
「なんかあったか?」
「貴様ぁ…」
クレイスはだんっと、椅子から床に飛び降りると、つかつかと俺に近づいてきて俺の目の前に指を突きつける。
「本当は、貴様が俺様達を迎えに来る予定ではなかったのか?」
「しかたねえだろが。修羅場のシードに捕まっちまったんだから」
「俺様に関係あるか! くそ、セバスチャンから聞いたときにはよっぽど無視してやろうと思ったが…」
「セバスチャン? あの化け物執事の事か?」
化け物執事…って、言い過ぎじゃないか、シード。
「そういや、お前いつのまに連絡したんだ? 一歩も外に出てないよな…あぁ、もしかしてテレポートか?」
ふふん、残念ながらハズレだよシード君。
「セバスチャンに伝言を頼んだんだよ。いつも飯食いに来てるからな」
「……」
「どした。シード?」
「うそこけっ! いつもって…いつもどころか、今朝すら来てなかったろうが!」
「あれ、シード君知らなかったの? いつも来てるわよ」
「どこに!?」
ミストの言葉に、シードはミストを振り向いて尋ねる。
「気づかなかった? 今日は、学生に変装してたわよ」
「へんそう〜? って、それよりも学生だと? いい年こいたおっさんが…」
「昨日は僧侶の格好をしてたな。ほら、『アナタハカミヲシンジマスカ』とか言っていた変な奴いたろ?」
「あ、ああそういえば…って、あれがか?」
「そ」
「ご名答」
俺とミストは交互に応える。
「…」
さて、呆然と肩を落すシード君はほっておいて、俺はクレイスの方を見て。クレイスはふんと、荒く息を吐いて。
「とにかく。普通ならば来てやる義理などないのだが…」
言いながらふんぞり返る。
「まぁ、俺様は寛大だからな来てやったぞ」
「謝礼につられたくせに…」
思わず俺は声を出してつぶやいた。
「なんか言ったか?」
「いや」
俺は平静を装って首を横に振る。この計画はどうしてもクレイスの力が必要だからな。テレスだけでもいいんだが、この南区じゃやっぱりクレイスの方が知名度が高い。
「そうか、ならいい」
クレイスは満足げにうなずき、そのまま口を閉ざす。まるで、何かを待つように。
「…」
「…」
「…で」
「ん?」
「で、なんか俺様に言う事は…」
…なんかの謎かけか?
「…わからんなぁ」
「だあっ! だ・か・ら・なぁっ!」
と、クレイスは怒りの表情から何かを訴えるような表情に変わって、両手を目の前に組みあわせる。
「『あぁ、偉大なる貴方様をお呼びしてすみません。わざわざこんなむさ苦しいところまで来ていただいてありがとうございます』とか…」
「うむ、俺は気にしていないから。お前もあまり気にするな」
と、俺は寛大に肯くと立ち上がった。
「ではいこうか」
「はい―――って、こらあっ!」
とと、あぶねえ。
俺はクレイスのパンチをかわすと、にやりと笑いながらクレイスを見る。
「結構面白い奴だったんだな、お前」
ふと口に出すと、ミストが手を振って
「なんだ、今更気づいたの?」
「常識だよな」
「こおらそこっ、二人して肯きあうな!」
と、クレイスがシードとミストの間に割ってはいる。
「うんうん、青春ですねぇ…」
いつのまにか俺の隣に来ていたテレスが肯きながら意味不明な事を言う。
さて、と…そろそろいこかな。時間は無限にある訳でもないし。
「んじゃ、いくか。テレス、クレイス」
「ちょおっとまったっ!」
あん? なんだ、クレイス。
「いくまえにまず、献上品をもらおうか」
「献上品…? ああ、謝礼の事か?」
「謝礼ではない! 献上品だっ!」
…まぁ、何でもいいけどよ。
俺はため息をつくと、かがんで腕輪のある右腕を床につける。
誰にも聞かれないようにキーワードを唱えると腕輪が光り、光の粒子が腕輪から湧き出て床の上に広がり、剣と小さな箱を形どる―――
光が消え、床の上には一降りのきらびやかな鞘に収まった剣と古ぼけたケース―――タロットカードの入ったケースが残った。
俺はその二つを拾い上げると、クレイスとテレスにそれぞれ渡す。
「ほれ」
「おお!」
クレイスは俺から奪うように取ると、狂喜しながら鞘を抜く。なんか、旗から見るとキチガイに刃物って感じだな。
とか俺の感想がスッパリとあてはまるようなヤバめの悦にはいったよーな笑みを浮かべ、クレイスは窓から差し込む外の光に反射してきらめく刃を見る。
「おお…素晴らしき名剣の光。みよ、これぞ我が剣ルーン・クレイス・ソード」
なんだその名前は。
「なあ、セイ…」
と、シードが俺にこっそりと耳打ちしてくる。
「大丈夫か? クレイスにあんなもん渡して、俺の見たところ、ありゃあかなりの名剣だぞ」
「大丈夫だろ」
俺もこっそりと答えると、うたがわしげに、
「大丈夫なもんかよ。クレイスを見てみ、ああいうのをキチガイに刃物って…」
…う〜む、やっぱりそう見えるか。
「だぁいじょうぶだって。あの剣、切れ味なんて全然ねえから」
「え? でも、あれは…」
口篭もるシードに俺はにっと笑うと、続けた。
「名剣に見えるだろ。でもあれな、実は木剣に幻影の魔道紋章が掘られていてな、そう見えるだけなんだ」
「なに?」
「…ふっふっふ、この軽さ…まさに魔法剣!」
「…」
「な」
ふと、テレスと目が合う。テレスは、俺の視線に気がつくと苦笑を返した。魔法使いのまだ見習いとはいえ、さすがに幻覚の魔法に気づいている。
「さて、謝礼…もとい献上品を献上したところで行くかな…と、そう言えばシード」
「なんだ?」
何気にふと思った事を聞いて見る。
「おっさんは何でいないんだ?」
「え…?」
唐突といえば唐突な質問に、シードは目をしばたかせていたが、やがて首を振る。
「知らんぞ。なんか野暮用だって言って昨日の夜から出ていったきりだし…」
「ふーん、そか」
ま、いいか。
俺は入り口のとのドアノブに手をかけると、「じゃな」といいながらテレスとクレイスとともに店を出た。
「…」
「…」
「……」
「……」
「………」
「………」
「…………っだぁああっ!」
「わああっ! なんですか、いきなり」
俺は思わず叫ぶと、隣で座っていたテレスがびっくりした様に立ち上がった。
「何故だっ! 何故売れないっ!」
「私に言われても困ります」
まあ困るよなあ…俺だって困る。
夕暮れの町角。町外れの路上に俺達はいた。
最初、中央通りの南区ただ一つの宿屋、『トルバン亭』の前に陣取っていたのだが警備隊が来て色々あった末にこんな所に場所をうつさらざるを得なくなったのだ。
「すみません、セイ。お兄様のせいで」
俺の表情を見て感じ取ったのか、テレスがぺこりと頭を下げる。
そう、つまりはクレイスが原因なのだ。
最初、警備隊が来たときにはテレスがルーンクレスト院長の孫であると名乗ると警備隊の連中は顔を見合わせて何事か相談し始めた。
よしよしこの分なら何とかなりそうだなと俺が雰囲気を見て思った矢先、いきなりクレイスが抜刀したのである。そう、例のあの剣を、
そして警備隊に向かって、
『なにをぼそぼそ喋っている! 何か文句があるならば、このクレイス=ルーンクレストが…もがぁっ!』
…俺とテレスは商品と喚くクレイスを抱え込み、撤収した訳である。途中、クレイスの馬鹿は「せっかくの試し切りの機会を邪魔しおって」とか何とかほざいて、どっか消えたし…
しかし、何で売れないかなあ…
俺は前に並べてあるうち、ランプを手に取った。
このランプ、ただのランプではなく日中、日に当てているとそのぶんだけ夜光るというマジックアイテムである。光量も調節でき、値段も普通のランプ二、三個分ではあるが、油代の事を考えればかなりお得である。
「でも…」
と、テレスが横から何気なく言った。
「日常品売り場に並べてあるようなものをそれよりも高い値段で売っても売れないと思いますが…」
「はあ…? んなこといっても、一応マジックアイテムだぜ。しかも日常品の」
日常品のマジックアイテムなのだから、日常品に見えても仕方ないだろが。
「いえ、でも…」
テレスは何故か言いにくそうに。
「ここにあるもの全部売ってますよ。日常品売り場で」
「そりゃそうだろうな」
俺は肯いた。だが、テレスは首を横に振り、
「いえ、そうではなくて…」
…何が言いたいんだ、こいつ。
「ここにあるマジックアイテム…全部普通の日常品売り場で売ってるんですけど」
「そりゃあ売ってるだろうな」
俺は何気に応え―――不意にテレスの言葉の意味に気づく。
「なにぃっ?」
俺は思わず立ち上がり、テレスを見下ろす。
「何でそんなものが…」
「おじいさまの学園―――知ってると想いますけど、『ルーンクレスト学園』では、結構魔道を学ぶ人が多いんですよ」
「それが?」
「で、それで魔道科の学科に『日常品のマジックアイテム作り』があるんですけど、そこでできたマジックアイテムをOBの一人が引き取って売っているんですよ」
「ほお…だが、この街でマジックアイテムなんぞほとんど見掛けなかったような…」
「いえ、それが…たまーに、欠陥品が混じっているもので…そういう不確かなものを買うぐらいなら普通の日常品の方がいいと、あまり売れ行きは良くないらしいです」
ぬう…なるほどな。だがしかし。
「ふっふっふ、だがそういう事なら何とかなる。なぜなら!」
ばっ、と俺は意味もなく身を翻した。
「ここにあるほとんどのものは魔道都市カルラドーファで仕入れたもの! いくら名門の学校とはいえたかだか一生徒が作ったものよりかは性能はいいはず!」
俺は希望の炎をに瞳を燃え上がらせポーズを取った。テレスが隣でぱちぱちと手を叩く。
と、そのとき。
「!」
不意に違和感を感じ、俺は思わず辺りを見回した。
これは…結界?
「どしたんですか? セイ」
拍手を止め、テレスが首をかしげて尋ねてくる。
テレスが気づかないのも無理はない。かなり高度の結界術である。いや…
「結界…というよりも、封印か…空間を封じ結界で固定しやがった」
「え?」
「ふはははは! そのとおりっ!」
テレスが聞き返すと同時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
―――この声は!
「よもやおまえだったとはな…セイ!」
「くっ…その声は…」
その人物は―――というより団体だが―――は唐突に俺達の目の前に現れた。
そしてその戦闘の人物…さっき高笑いをあげた人物を俺は知っている…
「セイ、知り合いなんですか?」
戦闘体勢を取り、テレスが俺に尋ねてくる。俺は静かに肯いた。
「ああ…」
俺は先頭の、丸の中に八という字を書かれたエプロンをしている男を見てうめく。
「…あいつは…俺が良く行っている…」
その男はねじりはちまきを締め、何故か両手に大根とゴボウを持っていた。
「八百屋のゴロウさんだ」
「…はい?」
何故か戦闘体勢を崩し、俺を見るテレス。
俺はそれをきっぱり無視して、しゃがみこんだ。
「ちなみにゴロウさんは東方の生まれで、名前はこうかく」
と、俺は地面に『五郎』と書いた。
「いや、それはいいんですが八百屋って…?」
「ふははははは! 職業から名前の解説までありがとう、セイ。今度来た時には余り物のいいところ取っといてやるぜ!」
「サンキュー五郎さん。あんたやっぱりいい人だぜ!」
「セイって…?」
何故かテレスは俺から二歩下がった。俺は少し寂しく感じたが、感傷を振り切って立ち上がる。
「それで? 商店街同盟そろってなんの様だい?」
俺は五郎さんの後ろに並ぶ面々を観察して尋ねる。
そう、俺の行った通り、後ろに並ぶのはアバリチア南区商店街同盟・・・
その名も『品質一番、お客も一番、銭勘定は二の次でぃ』の面々だった。もっとも、俺の知らない顔も何人かいるが。
五郎さんはため息をつきながらかぶりを振った。
「残念だ…お前がそうだったとはな…おとなしく、どらんぼとふぇにくすを渡してもらおうか?」
やはりそれか…しかし!
「五郎さん! あんたは間違っている!」
「なにっ!」
「俺が持っているのはドラゴンとフェニックスだ!」
「く、くうっ! しまったぁっ!」
「―――何がしまったなんですかねぇ…」
何故か遠い目をしてテレス。
俺は聞こえない振りしつつ、口では馬鹿言いながらも集団を観察した。
どうせこの前の続きで、『ぶらっくなんとか団』の司令なんだろうが…
ともあれ、この前の様に楽にいきそうはなかった。商店街同盟はともかく、結界から見てかなり高位の術師が混じっている。
くそ、どこだ? 人が邪魔になって後ろの方まで見えない…
「ともあれ、ブラックなんとか団の―――」
「『ブラックルーン団』です」
後ろから突っ込みが入る。やっと軍団名があかされたか―――しかしやな名前だな。『ブラックルーン団』。
『ルーン』という名称に俺は思わず嫌悪を覚えた。
「ええい! とにかく、ブラックルーン団の名にかけて! まずは先制隊! いけぇっ」
五郎さんの声に大砲の様な筒を持った青年が前に出る。その瞬間―――
―――あれかっ!?
青年が動いたおかげで、後ろに隠れていた黒いローブに杖を持った男が見えた。顔はローブのフードをかぶっているせいで分からないが、十中八九―――
「点火!」
その声に俺は不意に前を見る。見ると青年が俺の方に筒の口を向けて筒から出ている導火線に火をつけたところだった。
「やべっ―――」
俺が身構え得るよりも早く―――
「『バル・ビル・ラフォス』」
テレスの呪文に、俺達の前に光の壁が現れ、そして
「発射!」
青年の声とともに、筒から炎に包まれた玉が爆音とともに飛び出す!
炎の玉は、『壁』に当たり、そして破裂し辺りにものすごい爆音と色とりどりの光、そして炎。
―――これは、花火?
「ふっ、どうかね。この商店街、夏祭実行委員会花火部隊隊長の実力はっ!」
「熱いわあっ!」
あ、殴られた。
爆発のせいで、少し焦げた五郎さんが青年を殴り倒す。
「すっごい音でしたね…」
耳を塞ぎ目をしばたかせてテレスがつぶやく。
…これで、テレスは戦力外だな。
光と音のせいでテレスの視力と聴力はかなり麻痺しているはずだ。
俺? 俺はまぁ…平気なんだけどな。その…不幸な過去のせいで。
ともあれ、あちらの戦力にたいして、こちらは唯一の魔導師が戦力落ちだしな…ここはいったん退くか…
俺は決断すると、しゃがみこみ商品を腕輪にしまおうと…
止まる。
思考が。
俺はしばらく目の前の物体がなんだか分からなかった。
黒い…まるで何かを炎であぶって炭にしたような…
マジックアイテムとはいえ、戦闘用ではなく日常用品に耐火の術など付与してある訳ない。
結論。
俺の商品は一部―――鍋ややかんなど―――を覗いて炭になっていた。
再び。
思考が蘇る。
殺ス。
俺は瞬間移動で(前略)花火部隊隊長とやらの前に現れると、右手に闘気をためる。
―――闘気。一般に『気』といわれるそれは人間の意志と生命力をあわせてできる、物理的な力である。
俺は右手にためた闘気を(前略)花火部部隊長に向かって放つ。
「灼けろっ! スターバーンっ!」
「ぎゃああああああ……」
闘気の炎に焼かれる(前略)花火部部隊長から視線を外し、俺は商店街同盟を見回した。
「くっくっく・・・・・・お前らただで帰れると思うなよ!」
かくて、戦闘が始まった。
「光速、閃撃、スターナックル!」
「ぐはぁっ!」
「天破っ、落地っ、逆天アッパーっ!」
「ごべぇっ!」
「灼熱ぅっ、恒星ぃっ、スターバーンっっ!」
「ぎゃあああっ!」
ちぃっ、数が多すぎる。
俺は最初に倒した五郎さんを踏みつけつつ、辺りを見回した。
完全に取り囲まれている。
テレスの姿は見えないが多分大丈夫だろう。商店街の連中はそれほど悪人ではない。
テレスが抵抗しない限り何もしないと思う。
問題は…あの魔術師…
「しっかし、セイよ。よくもまあお前は顔見知りをぼこぼこなぐれるなあ」
雑貨屋のロイドがやや怯えたように俺を見る。
俺はじろりと睨み、
「あんたらだって、顔見知りからものを奪おうとしてじゃんかよ」
まあそうだが…と、ロイドは棒を構える。何でも、ルーンクレスト学園の剣士科に通ってたそうで、剣の腕ならちょっとしたもんだと…
―――ルーンクレスト学園?
俺はテレスの言葉を思い出した。
『…OBの一人が引き取って売っているんですよ』
別にテレスはそのOBとやらが魔道科とは一言も言っていない。
「なあ、ロイド。たしか、あんたんとこって日常品も置いてあったよな?」
…おれはいつも野宿だし、日常品のマジックアイテムなんかも売ってたせいで、ロイドの店には入った事なかった。つーか、入る必要がなかったのだが…
ロイドはいぶかしげに肯き、
「ああ…俺んとこは日常品がメインだしな、魔法の日常品なんかも売ってるんだぜ」
「そか。お前が悪いのか」
俺は微笑むと、思いっきり闘気の弾をロイドに叩き込んだ。
「ふっふっふっふ…」
痛みに転げまわるロイドを見ながら俺は不敵に笑った。
周りの輪が少し広がる。
「顔見知りという事で、今まではてかげんしてやったが…」
「手加減でこれか?」
という、誰かの呟きは俺の耳から反対の耳へと通っていった。
「こうなりゃ、本気で行くぜっ! ルートゥ・メグド!」
「クエーッ」
俺はフェニックスの名を呼ぶと同時に赤い火の鳥が現われ…
そして消えた。
「なにっ」
「…フェニックスは捉えました。皆さん、あとはドラゴンだけですよ」
あの魔術師かっ!?
しかも今の感じ…精霊吸引の壷かなんかか!? しかもむっちゃレベルの高い!
「さて、これでもう打つ手はないな…」
肉屋のトミーが太った腹を揺らしてつぶやく。
ちっ、しかたない、こうなれば…
「こうなりゃ、隠し技を使うっきゃないかなぁっ!」
俺は笑うと、商店街同盟に向かって叫ぶ。
「仕方ねえから、今日はこんぐらいで勘弁しといてやらあ!」
俺は左手と右手で複雑な印を組み、なにか空へと放り投げるように両手を頭上に上げる。
そして『力』を込め、古代の言葉を解き放つ。
『結界よ』
掲げられた右手から光が放たれ、辺りを包み込んだ…
待ちはずれの路地である…が、本物ではない。
商店街同盟の面々は消えていた。いや、正確には俺達が消えていたのだが。
俺は辺りに首を巡らせる
辺りには俺とテレスと…
「なるほど…結界の中にさらに結界を作りましたか…わざわざ私と同じ術法を用いて」
あと一人残った魔導師に言う。
魔導師は壷を持っていた。おそらく、あの中にメグドが…
「フェニックスを返してもらおうか」
俺の言葉に魔術師は不敵に笑い、そして俺を指差す。いや、正確には…
俺は指の示された方を振り向いて、驚愕した。
「セイ…」
俺が振りむいた先には無気味に笑う白い仮面をつけた男(予想)に剣を突き付けられているテレスの姿だった。
「渡すのはあなたの方ですね…」
「な、何で?」
後ろから余裕を持って喋る魔導師の声を聞きながら、俺は愕然と仮面の男を見ていた。結界は俺とテレスと魔導師だけを対象にしていたはずだ。
「あなたが同じ術法を使うのがわかりましたからね…私より上手い術でしたが…術さえ分かっていればちょっと細工するのは簡単でしたよ」
「ちぃっ」
しまった…ちょっと、調子に乗りすぎたか…
「くそ…久しぶりとはいえ、結界に細工されたのに気づかないとはな…」
「負け惜しみですか。どうでもいいですが、ドラゴンを渡してください」
「やだね」
俺はきっぱり言う。その瞬間、瞬間移動(駄洒落みたいだな)で仮面男の目の前に立つ。
「……!」
「っらえっ!」
そのままスターナックルを放ち…
「……」
なっ、避けた!?
仮面の男はあっさりと避けやがった。
んな馬鹿な! 俺のスターナックルを、仮面などという、視界の悪くなるようなものをつけてかわすだと!?
「くっ、ソード!」
魔導師の声に応えて、仮面の男―――ソードは俺に向かって切りかかる。
ちっ
俺は舌打ちすると、ミストの腕をつかみ、再び瞬間移動をする。
場所は―――魔導師の前。
「なっ」
驚愕する魔導師にかまわずに、俺は壷を見た。
…ちと、もったいないが…
俺は壷めがけて闘気の弾を放つ。
壷が割れ、赤い光が俺の中に入っていく。
「じゃな☆」
おれはにやっと笑って、三度瞬間移動した―――
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B【謎の人たちの正体は!?】