パニック!

シード編・第二章
「ミステリア=ウォーフマン」


B【セイルーンの王族】


「シード様ぁ、お姉さまぁ、いますかぁ〜」

ミストと二人、静かな朝食を取っていると、ドアを叩く音と、テレスの声が聞こえた。
昨日、馬鹿みたいに地面を殴ったせいで両手は包帯に包まれている。
ひびは入ってない様だが、フォークが使いにくい。

…なんで俺、あんな馬鹿な事したんだろうな…

思いながら、俺は返事をした。

『いるよ』

二人同時に返事して、俺は思わずミストと顔を見合わせた。

「……」

すぐに、目をそらす。

…なんか気まずいな…

「おはよーございます、シード様。お姉さま」

やたら元気にテレスが入ってきた。いつもよりも活発な動作で、宮廷式の礼をする。

『おはよ…』

再び同時に言いかけて、俺とミストは同時に口をつぐんだ。
ちら、と横目でミストを見る。ミストは何気ない風を装って、サラダを口に詰め込んだ。
はあ、気まずい。

「シード様、お姉さま。今日はとってもいい天気ですねっ!」
「…なんか、ものすごく元気だな。お前」
「はいっ」

いや、元気いっぱい返事しなくてもいいから…

「そりゃあ、元気にもなりますよ。だって私の思った通り、シード様とお姉さまの心は繋がっていたんですものっ!」「……」

夢見るような、きらきら輝いているテレスの瞳に俺は数瞬言葉を失った。

「…なにがどうなって、あたしとシード君の心がつながってるとかって事になるの?」
「へへえ、照れなくてもいいんですよ。昨日の事、セイに聞きましたから」

にやにや笑いながら―――なんとなく、セイを連想させる―――いうテレスに、俺は顔がひきつるのが自分でもわかった。

「遺書を残して消えた最愛の恋人を、男は街の中を死にもの狂いで捜しまわり、ついに精も根も尽き果て絶望を背負ったまま家に帰ってみると、実は遺書は恋人が喧嘩した男の愛を確かめるための嘘であった! 男は恋人を責めるわけでもなく、恋人を暖かく抱きしめ、無事であった事を深く喜び、ただただ涙を流すのであった〜」
「うわあああああああああああっ!」

俺は、耳を塞ぎ、椅子から転げ落ちて、そのまま床を転げまわった。頭だけサウナに突っ込んだかのように熱い。そんな俺にかまわずにテレスは続ける。

「んん〜っ! 愛ですよね、愛っ! これこそ男と女のロマンっ! アイレリア劇場で上演したら、毎日満席まちがいなしっ!」
「…テレス、なんかキャラクター違ってない?」

ミストの静かな指摘が聞こえたが(結局耳を塞いでも、包帯のせいかあまり意味はなかった)ミストは陶酔した声のまま続けた。

「…私、ふっきれたんです。私はシード様が好き…でも、シード様はやっぱりミステリアお姉さまの方がお似合いなんです…」
「…いや、勝手に断言されても…」

何とかテーブルを支えに立ち上がりながら言った俺の台詞を、テレスは完璧に無視した。

「だから、私は潔く身を引きます! 悲しいけど、大好きなシード様とお姉さまが幸せになれるなら…それでいいんです」
「テレス、あなた…」

ミストが気遣わしげに声をかける。テレスは静かに首を振ると、一転してあっけらかんとした口調で言った。

「それに……シード様とお姉さまをくっつけた方が面白そうですし」
「なんだそりゃあっ!」

思わず、俺は叫ぶ。隣でミストが静かに言うのが聞こえた。

「やっぱりキャラクター変わってるわ」

 

 

 

 

 

「よぉ、御三方。王族見物かい?」

アパートを出て、しばらく歩くとセイにであった。

「王族見物…って、なんか嫌な言い方だな」
「結局仲直りはできたようだな。親子三人で、パレード見物か」
「変な言い方するな!」

俺はセイのすねを蹴り飛ばした。
セイはにやにや笑いながら、ひょいっとかわす。
セイがさっきから言っている、『王族見物』だの『パレード』とは、この前から話題になっている、セイルーンの王族のパレードの事だ。
テレスが朝早くに俺達のところに来たのは、別にロマンを求めに来たわけではなく、パレードに誘いに来たのだ。
マスターがいないので、店も休みだし、まあ暇だから行ってみるかと言う事になった。
ミストの奴は来ないかと少し心配したが、二つ返事で肯いた。

…別に、俺の事を好き嫌いだとかで心配したんじゃなくて、ただ、また昨日のような事が起きたらとか…ただそれだけである。

「そう言えばセイ」

ふと思い出して、俺はさりげなくセイの服の襟をつかんだ。

「な、なにかな?」
「余計な事言ってくれたようだな、テレスに」
「余計な事?」

そらとぼけるセイの首を、俺は力いっぱい絞めた。

「昨日の夜の事だ!」
「うげげげっ! しぬっ、しぬぅーっ」
「ったく、このおしゃべりが…」
「ほふぅー…死ぬかと思った」

力を抜くと、セイが大袈裟に息を吸い込んだ。
と、セイが俺の側によってきて、こっそりと聞いてくる。

「なあなあ、やっぱり、暗殺者ってことは絞殺も得意なのか?」
「べつに、暗殺者って言ったって種類はたくさんあるさ。一応一通りの暗殺術はマスターしたけど俺が得意なのは…」

言いかけて、はたときづく。

「おまえ、何で俺が暗殺者だって知ってるんだ?」

まさかこいつ、組織の…
思わず緊張したが、セイはきょとんとした顔で、

「はぁ? なに言ってんだ。昨日あの姉ちゃんが言ってたろ?」

言われて俺は思い出した。

『知ってるわよ! あんたが暗殺者だって事―――』

そっか…知ってたのか…

「なあ…ミスト…」
「あら! テレス、今日はクレイスの馬鹿はどうしたの?」

俺が振り向きざま聞きかけると、ミストは隣のテレスに唐突に聞いた。
わざとらしい…

「あ、はい。え〜とですね…」
「待って、あたしが推理するわ! ええとね…」

ミストは目をつぶり、こめかみを押さえた。
言動やしぐさこそはいつもの…俺の知っているミストだが、あきらかに…

「…なんか、いかにも避けてますって感じだな」

こそこそとセイが言ってくる。
そんな事は、こっちだって分かってる。
俺は首を振ってため息をついた。

 

 

 

 

 

「わあ…」
「あれがセイルーンの王族なのね!」

きらびやかなパレードに、女二人が歓声を上げた。
セイは相変わらずにやにや笑いながらパレードを見ている。
そして俺はというと、ごったがえす人込みと、自棄になったようにはしゃぐミストを見て俺はうんざりとため息をついた。
…お偉いさんはむかつくんじゃなかったのか…?

「きゃあ、あのお姫さま奇麗ね…」

はあ…

 

 

 

 

 

アバリチア中央区。
アバリチアの北口から始まって、やがてルーンクレスト学園へと至る中央通りをパレードは行進していた。
金であつらえた馬車(金箔だろう多分)の上にもってきらびやかな衣装に包まれた老若男女が立っている。ルーンクレスト学院長も馬車の前にセイルーン王らしき人と立っていた。

「…単なる金の無駄遣いだと思うけどな…」
「いいじゃねえか。上に立つ奴等にゃあ、はったりって言う威厳も必要さ」
「そうか? それにしては、あの王様。なんか迷惑そうだが?」

と、俺は先頭に立つ王様を見る。
セイはにやにや顔のまま首を横に振った。

「あれは…違うだろ」
「え? じゃあなんだよ」
「ま、ちったあ迷惑かもしれねえけど…」

そういってセイはしばし悩んで、

「そうだな、俺の推理じゃあ、一人だけ貧乏くじひかされてすねてるんだろ」
「はあ?」

わけが分からない。

「さすがに、王様だけでもいないと様にならないからな」
「いや、一人で納得されても…」
「なんだよ、まだわからないのか?」
「なにがだよ?」
「だから、あの王様以外全部替え玉だぜ」
「…?」

困惑する俺に、だからあ、とセイはムスっとした顔の王を指差し、

「あの王様は本物」
「ああ」

そして続いて、その後ろにいる王妃らしき奇麗な女性を指差して、

「あれは偽者」
「いや、偽者とか言われても…だいたい、お前は本物見たことあるのかよ?」
「あるさ。俺はファレイスの出身だぜ? 何度も見た事あるさ」

そういうものかな?
いくら同じ大陸に住んでるっていったって、王様の顔なんて早々見れるものでもないと思うがなぁ…
現に、俺は『王様』というものの実物を今初めて見た。もっとも、肖像画やら、写真やらは何度も見た事はあるけど。
と、俺が考えてると、セイは笑って、

「あ、お前知らないのか? セイルーンって所は、身分階級がはっきりしてないんだよ。だから王族っていっても、『指導者』ぐらいの意味しか持ってないんだ」
「ほう…そういえば…」

確かにそんな話を聞いた事があったような…

「だから、王様が街の酒場で呑んでたり、王妃様が裁縫スクールに通ってたり、王女が庶民と同じ学校に行ってたりもするわけだ」

「…本当か?」

かなり疑わしい。
疑惑の眼差しで俺が見ると、セイは手を振って、

「ホントホント。もっとも暗黒時代のなごりで、巨大な城とかはあるけどな」
「へえ…」

俺は思わず、王様が王冠かぶって汚い酒場で呑んだくれてるところを想像した。

「……ほとんどギャグだな」
「ん?」
「いや、何でもない…ところで、あれが替え玉だっていうなら本物は何処に行ったんだ?」
「そうだな、俺の予想じゃ…」
「観光よ。決まってるでしょ」
「えっ!?」

唐突に少女の声が聞こえて、俺は振り向いた。
ミストやテレスではない。
彼女らは前の方で今だきゃーきゃー騒いでいる。
俺が振り向いたその先に、俺達を見つめている一人の少女がいた。
肩のあたりまで伸びている、日の光を薄く反射している金髪。そして俺達を見つめる明るい青い瞳…

「幼いせいか、美しいというよりはかわいいといった顔立ちだが、将来は美人になるだろうとシードは思った」

隣で唐突にセイが喋り出した。

「セイ…?」
「歳はテレスよりも幼い様だ。十歳って所だろう。もっとも、普通の十歳の子どもには備わっていない気品が感じられたが」
「おーい」

呼びかける。が、セイは反応しない。

「その気品さゆえに、少女はこの場から浮いていた。もっとも、皆パレードを見ているせいで、彼女自信も含めて彼女が浮いている事に気づくものはいないが」
「……」
「シードは少女から目が離せなくなっていた。愛らしい顔立ち、大きなリボンがついた赤いワンピースに、ひらひらとしたスカート…。そう思ううちに、シードの理性のたががはずれ―――きゃーっ、シード君変態っ!」
「だれがだっ!」

俺は思いっきりセイをはりたおした。
セイはべちゃ、と地面に激突する。
うつ伏せに倒れたセイの背中を俺は容赦無くぐいぐいと踏んづけた。

「だ・れ・が、変態だっ!」
「お・れ・はぁ、シード君の心に思った事を代弁してやっただけだが」
「俺がいつそんな事考えたっ!」
「いまさっき」
「…死んだ方がましだと思えるような拷問を俺はいくつか知っている…」

嘘。
殺されたと思う間もなく殺す方法は知っているが、拷問のやり方などぜんぜん知らない。
だが、セイは信じたようだ。
ぴた、と静かになって。

「すいません。謝りますからいじめないでください」
「誰がいじめた。これは単なる正当防衛だろうが」
「過剰防衛というものを知ってるか?」
「もっとも単純なやり方は、全身を拘束して死なない様にいたぶりつづける事だが…」
「……」

俺が適当に行った言葉に、セイは無言で立ちあがった。

「まったく…本当にあなたは変わらないわね…」

さっきから黙って見ていた少女が口を開いた。何処と無く大人びた口調だ。
俺はセイを見て、

「セイ、知り合いか?」
「…さぁあて…」

セイは目を細めて、額にしわを寄せてうめくようにつぶやいた。

「…じぇんじぇん記憶にありませんなぁ…」
「知り合いなんだな」

俺はセイではなく、少女に尋ねた。
少女は心底いやそうに肯いて、

「知り合いよ。一応ね。サリスお姉さまと、そいつの姉が親友だってだけ」
「へえ。で、あんた誰なんだ…ってなんとなく予想はつくけど」

少女は微笑むと、声をひそめて

「多分予想どうりよ。わたしはルナ=イクタ=エル=セイルーン。セイルーンの第三王女よ。もっとも、その男が言ったように、セイルーンじゃ身分はあまり関係ないから、ルナでいいわ」
「俺はシード=ラインフィー。こいつとは…まあつい最近知り合ったばかりの付き合いだがな」
俺が自己紹介すると、少女…ルナは思案するように口元に手をあてて、
「ふうん…じゃあ、あなたは知らないか…」
「? なにが?」
「え? べつに…あら? 手、怪我してるの?」
「ん…ああ…」

言われて俺は苦笑した。そう言えば、怪我してたんだっけ、すっかり忘れてた。

「まあな」
「かして」

え? と思う間もなく、ルナは俺の両手を取った。

「いで!」

痛みが走り俺は思わず声を出した。

「いきなりなにする」
「ふうん。結構酷いわね…」

俺の苦情は無視して、医者にでもなったつもりなのか、ルナは俺の手を見て顔をしかめた。

「…包帯の上からどーして怪我のぐあいがわかるんだろうねぇ」

セイがにやにやしながら突っ込む。が、ルナは無視して目をつぶった、

「…これは」

俺は息を呑んだ。
昼間だから少しわかりにくいが、ルナの体が淡い金色の光を発している。

「大地よ…」

ルナが静かにつぶやく。
その呟きとともに、俺の両手に力が湧いてくるような気がした。

「これは…神術?」

俺がつぶやくと、ルナの体から光が消えて、ルナは目を開けて微笑んだ。

「そうよ。包帯をとってみなさい。怪我は完治しているはずだから」

言われて、俺はしゅるしゅると包帯をとった。包帯は血にまみれていたが、怪我は確かに完治している。

「すごいな…俺、神術って初めて見た」

俺が素直に感心していると、セイが笑いながら言ってきた。

「あたりまえだろ。神術を人間で使うやつは、セイルーンの王族だけなんだからな」

しってるよ。いいだろ別に。

「あれ? シード様。その方はどなたです?」

振り向くと、テレスとミストが立っていた。
パレードは既にとうり過ぎて行ったようだ。
ルナは前に出て、にっこりと微笑んで行った。

「はじめまして。わたし、ルナ=イクタ=エル=セイルーンと言います」

 

 

 

 

 

「で? お姫様。どんな御用件がおありで御座いましょうかねえ?」
「おまえなぁ…」

わざとらしく慇懃に尋ねるセイの前に、俺は氷水を置いた。
いつもお馴染みレストハウス『スモレアー』である。
結局、あの後。いくあてもないからと、ルナはついてきた。
一応ミストたちに、実は王様以外は替え玉だったとか、セイの姉とルナの姉が知り合いだとかいう説明をしながら『スモレアー』に来た。
王様が不機嫌な理由を推理できなかったと、ミストがしきりに悔しがっていた。

「観光よ。それ以外になにかある?」

セイの問いに、王女は飲んでいたストロベリーミルクのジュースを置いてしれっと答える。

「あるね、たとえば―――」
「―――『セイルーンの魔女』を探しに来たとかね」

暗い笑みを浮かべ、セイの後をつなげる様にして、ミストが言った。

「知ってるの? リセスお姉さまが何処にいるか!」

身を乗り出して、ルナはミストの問い詰める。がたっと、ルナのジュースがこぼれてテーブルに広がった。

「だわっ、きたね」
「おいおい…」

ため息をついて俺は台ふきをとってきた。

「ご、ごめんなさい」

ルナがうつむいて謝る。
幸い、ルナの服にはジュースはつかなかったようだ。

「で、お姉さまの居場所、知ってるの?」

再び顔を上げてルナは尋ねた。無論、ミストが知ってるはずもなく、首を横に振る。ルナはため息をついて、セイの方を見る。

「俺も知らないぜ」
「そう…」

ルナはうつむいて腰を下ろした。

「しかしよくわかったな、ミスト」

感心して俺がテーブルの上のイチゴミルクを拭き取りながら言うと、ミストはそっぽを向いて、

「べ、べつに、そんなにたいしたことじゃないわよ…」

……はあ。

「…とことん避けてますって感じだな」

こっそりとセイが言ってくる。

「うるさいな…」

俺はセイを追い払うと、台ふきを流しで濯いでしぼり、奇麗にたたんでカウンターの隅に置いた。

「で? 彼女を見つけてお前はどうするんだ?」

セイが氷水を飲みながら尋ねる。ルナはセイを睨み、

「決まってるでしょ。連れて帰るの!」
「ほほぉ、どうやって?」
「どうやってって…?」

セイに問われて、ルナは言葉に詰まった。

「それは…説得して…」
「説得ねえ…説得の通じるような相手か?」
「そうでなければ、寝込みを襲うとか…」
「なるほどねえ、それはいい考えかもしれねえな。だが、その前にどうやって彼女を見つけるんだ?
大陸は広い―――ましてや、この大陸はファレイスよりも広いんだ。
この街に滞在してる間に見つけられるか?」

セイが尋ねる、だがルナはふんと鼻を鳴らして。

「見つけられるわよ! 
…あんたは知らないでしょうけどね、セイルーンに脅迫状が来たのよ! 誰からだと思う?」
「まさか、セイルーンの魔女とか言わないよな」
「そのまさかよ」

…ここらへん、どっかっで聞いた会話だな。
セイは馬鹿にしたように鼻を鳴らして、

「まさか。彼女がそんな事するわけないだろ」

セイの台詞にルナも肯いて、

「わたしもそう思う。だって、理由も意味もないもの。たぶん、お姉さまの名を騙った誰かだと思う」
「ちょっとまって」

不意に、気づいたようにミストが行った。

「理由も意味もないって…リセス姫って追放されたんでしょ?
逆恨みの一つぐらいしてもおかしくないと思うけど」

俺も肯いて。

「ああ。特に、魔族と交信できるほどの力を持っていればな…」

だが、セイとルナはきょとんとした顔で。

「なにいってるんだ? 彼女は追放なんかされてないぞ」
「そうよ。変な言いがかりはよして」

怒ったように(怒っているのだろうが)ルナも肯いた。
はて…?

「どういうことよ!」
「セイルーンの魔女…いえ、リセス姫は魔族とつながりがあって―――
それで国を追放されたんですよね?」

確認するようにテレスが尋ねる。が、ルナは首を振って。

「ぜんぜん違う。魔族とつながりがあったのは叔父様よ。それも、心の弱い所をつかれてね…」
「そうそう。彼女はそのセイルーン王の弟―――グレアスって奴なんだけど―――を救ったんだぜ」
「グレアス…?」

セイの台詞に、テレスはふと声を上げた。

「グレアスって方…たしか、その方もセイルーンに来てるはずですが…」
「そりゃそうよ。一緒に来たんだもの」

なにいってるんだ? とでもいいたげにルナが言った。
おいおい、いいのかよ。反乱起こした奴なんだろうが。

「そんな事より、どうしてお姉さまが『追放された』なんて事になってるのよ?」

テレスの台詞に、俺達は顔を見合わせた。

「え…だって」
「みんなそう言ってるわよ」
「ああ、セイルーンの魔女は本当に『魔女』だったって」

俺達が肯きながら言うと、セイはにやっと笑って、

「なるほど…こっちの大陸じゃあ、そういうふうに伝わってるかぁ。まあ、元々魔物みたいな強さだったし仕方ないかもな」

肯きながら言うセイを、ルナはじろりと睨んだ。

「お姉さまは魔物じゃないもん」
「たとえだたとえ。で? それがどうして彼女を探す手がかりになるんだ?」
「そ、それは…」

ルナは言いにくそうにうつむいた

「もしかしたら…その脅迫状の関係でお姉さまがここに来てるかもしれないし…あるいは、脅迫者がお姉さまの居場所を知ってるかもしれないわ!」

セイはふんと鼻で笑って、

「ガキの浅知恵だな」
「なによぉー」
「まぁ万が一って事もあるかもしれないな」
「そうよ! だから早く探しに行くわよ!」

と、ルナが立ち上がった瞬間、ルナの腹がぐぅ〜っとなった。
場が静かになり、ルナの顔が真っ赤に染まる。

「…〜っ」
「…その前に、腹ごしらえだな」

俺はそういうと、厨房にむかった。

 

 

 

 

 

「ふーん、人探しねぇ…」

『トルバン亭』の一人娘、ターシャは首をかしげてそういった。
とりあえず、俺が適当に昼飯を作って、腹ごしらえをした後、セイルーンの魔女の消息をつかむために、とりあえず宿屋に向かった。アバリチア南区唯一の宿屋である、『トルバン亭』へと向かった。
やや上背のあるターシャ(今年二十一歳。恋人募集中)を見上げてルナはうなずいた。

「はい。黒目黒髪で、背が高くて、鋭い目つきで」
「なおかついつも寝ぼけてるような顔をしていて」

割り込むようにセイがよくわからない事を言うが、ルナは無視して続けた。

「礼儀正しくて」
「乱暴で」
「怜悧冷徹で」
「子供っぽくて」
「おそらく剣士風の格好をしている、十八歳の女性です」
『??????』

俺達は困惑の表情を同時に浮かべた。
鋭い目つきで寝ぼけてて礼儀正しく乱暴で怜悧冷徹で子供っぽい十八歳の女性。どんな女だ?

「わかった!」

いち早く理解した表情を浮かべてミストが手を上げた。
どうせくだらない事をいうだろうと思っていたら案の定。

「セイルーンの魔女は多重人格者なのね!」

馬鹿である。
そんな話聞いた事も…

「よくわかったなー」
「ミストって、頭良いのね」
「えへへ…まーね」
「嘘だぁぁっ!」

思わず俺は絶叫した。

「んな話、聞いた事も見た事もないぞっ!」
「見た事はないだろうなぁ。うん」

セイがこくこくと肯く。
ルナも肯いて、
「そりゃそうでしょ。この大陸じゃ、お姉…いえ、リセス姫が魔族と手を結んでいたって事になってるんでしょ? そんなふうに情報が歪んでたりするんだったら、リセス姫が多重人格なんて伝わるわけないじゃない」
「そうかなぁ…」
「それに、リセス姫は城にいた時にはほとんど『ツァル』でとおしてたし」
「『ツァル』?」

聞きなれない言葉に俺は聞き返した。

「リセス姫の人格の一つの名前よ。怜悧冷徹、沈着冷静。…魔法語らしいけど、なんて意味を持つのかわたしは知らない」
「魔法語で、『剣』の意味を持つ単語です」

すかさずテレスが答えた。

「『剣』…なるほどね。そういう意味か…」
「…あなたたち、セイルーンの魔女を探してるの?」

今まで黙って俺達のやり取りを聞いていたターシャが尋ねてきた。

「まあな。で? いるのか?」

俺が聞きかえすと、ターシャは首を横に振った。

「いないよ。…というか、さっきもクレイスの馬鹿が同じ事を聞きに来たよ」
「クレイスが?」
「うん。なんかいつものトレンとカリストの他に、知らない奴が一人混じってたけど」
「知らない奴?」
「そう。ええと、クレイスとあんた質と同じぐらいの歳でね。すごく偉そうな奴だったよ」

俺は声をひそめて、ルナに尋ねた。

「心当たりあるか?」
「たぶんね。…エイクの奴」

おそらく兄弟だろう。ルナは名前をつぶやくと拳を握り締めた。

「そいつ、あたしのこと『愚民』とか言いやがってさ。むかついたから、蹴り出してやったよ。ははははははっ!」
「…いくら阿呆とはいえ、一応大都市と聖王都の最高権力者の息子たちなんだぞ。もうちょっと考えて対応した方が良いと思うがなぁ」

俺が思わず忠告すると、ターシャは豪快に笑った。ここら辺が、今だ一人身である理由なのかもしれない。

「なに言ってるんだ。ここは自由と平等の街、アバリチアだよ! 怖れるものなんざ、何にもないね!」
「はいはい」

俺はもうどうでもよくなってため息をついた。考えてみれば俺だってクレイスをどついたりしているんだから、あまり人の事を言えないのかもしれない。

「じゃあ、また来るわね。ターシャ」

ミストが別れを告げ、俺達が帰ろうとすると、ターシャは俺に向かって言った。

「シード! か弱い女の子が四人もいるんだから、しっかり守ってあげなよ!」

はいはい。わかったよ。
宿を出てからふと気づく。
四人?
俺は仲間を見回した。
そして、セイを見る。
俺と目が合ったセイは苦笑して言った。

「女と間違われたのは初めてだな」

どうやらターシャにとっては、自分よりか弱そうに見える人間は全員女らしい。

「そんな事より、クレイスも『魔女』を探してるなんてね…」

ミストがあきれた声でつぶやき、ルナを見て、

「それで、これからどうするの? この区の宿屋はここだけだし…他の区にも行ってみる?」

ルナはそうね、と肯いた、

「そうねぇ…たしか、この街って五つの区に別れてたんだっけ。なら手分けして探してみましょうか。ちょうど五人いるし…」
「ちょいまち。その五人の中に俺は入っているのか?」

ルナにセイが聞くと、ルナは当然、といった顔で肯いた。

「冗談だろ? なんで俺がそんなめんどくさい事タダでやらなきゃなんねーんだ?」
「それは…あなただってリセスお姉さまの居場所を…」
「知りたかないね。別に。彼女が何処にいようと俺にゃ関係ない事だ」
「…わかったわよ。報酬を払えばいいのね」

ルナはにがにがしげにセイを睨み付けていった。それとは対照的にセイは明るい笑顔で肯いた。

「そのとおり! さっすがお姫様、話が早くていいやね。で? 報酬は…」
「一日一人金貨一枚。お姉さまを発見できたら、一人金貨三枚。捕まえる事ができたら一人につき金貨五枚。これでどう?」
「たったそれだけかよ。ガキの使いじゃねえんだぜ?」
「あんたも十分子供でしょうが」

ミストがじと目で言う、俺もそう思ったが、

「まあそういうなよ、セイの言いたい事はわかる。発見するだけならともかく、捕まえるとなると…相手がセイルーンの魔女であるなら、金か千枚でも安いぐらいだ」

一応セイのフォローをしておいた。理由は単純、報酬が上がれば俺も嬉しいからだ。

「そうなんですか?」

尋ね返したのは、ミストではなくテレスだ。ミストは俺が反論すると、不機嫌そうにそっぽを向いただけだった。
やれやれ…

「ああ。俺はセイルーンの魔女の実力はよく知らないが、セイルーン王と互角かそれ以上の力を持っていると聞いた。そしてセイルーン王の力は、四聖剣の勇者…あるいは天魔四王にも匹敵する。はっきり言って、俺には捕まえる自信はないね」

もっとも、『殺す』ならどうとでもしようがあるけどな。

「ちょ、ちょっと待ってください。四聖剣の勇者ならともかく、天魔四王とおなじくらいの力を持っているって―――それで十八歳…いえ、その話って城を出る前ですよね。
と、いうことは十六歳のころから天魔四王とおなじくらいの力を持っていたって言うんですか? 信じられませんよ、そんなの!」

テレスは慌てふためいて一気に喋った。俺だって信じられないが…

「事実よ。だって、お姉さまは十六歳のその時に魔族を…叔父様の力を操り、お父様の力を封じるほどの力を持つ魔族をたった一人で倒したのよ」

ルナの台詞に、テレスはごくりとつばを飲み込んだ。今更ながらに、セイルーンの魔女の恐ろしさを実感したようだ。

「あの〜」

不意におずおずとミストが話に割り込んできた。

「何の話してるかよくわからないんだけど…」
「だからセイルーンの魔女が『勇者』や『四王』と同じ力を持っているって話」

セイが説明すると、ミストはもうしわけなさそうにつぶやいた。

「あのー、天魔四王ってなに?」

その場にいるミストを覗く全員の顔がひきつった。

 

 

 

 

二十年ほど昔。
世界は今だ闇に包まれていた。
いわゆる暗黒時代と呼ばれた時代である。
暗黒大陸からは無限とも思える数の魔物や妖魔が魔界の穴から湧き出るように現れた。
幻想大陸…ファレイス大陸は一つの強大な魔王に封じられていた。
そしてフィアルディア大陸では四体の魔王が東西南北に散らばり、人間の大陸に恐怖として君臨していた。
だが、そんな暗黒の世界に光が生まれた―――

―――勇者という光が。

フィアルディア大陸では四つの聖剣の加護を受けた勇者が四体の魔王を仲間と共に倒し、
ファレイス大陸では『剣王』と名乗る者が天魔四王を結束させて魔王を滅ぼした。
そして四聖剣の勇者と天魔四王たちは暗黒大陸へと攻め込み、魔界の穴を封印した。
―――こうして二百年の永きにわたる暗黒時代の幕は下りたのだった。

 

 

「―――と、いうわけです。わかりましたか?」

説明…というより、二十年前の『聖戦』のあらすじを話し終えてテレスはミストに聞いた。

「わかんない」

公園のベンチに腰掛けていたミストはきっぱりと答えた。

「あ〜まさか、『聖戦』の事を知らない奴がいたとはな…」
「赤ん坊でも知ってるわよ、こんな事」

いや、いくらなんでも赤ん坊は知らないと思うぞ、ルナ。

「なによ、『聖戦』ぐらいあたしだって知ってるわよ!」

むっとした顔でミストは反論した。

「ただ、天魔四王ってのがよくわかんないだけで…」
「…四聖剣の勇者は知ってますよね」
「テレス、馬鹿にしてるの? この大陸の人間なら知ってるに決まってるじゃない!」
「いいえ、とんでもないです」

テレスは首を振って弁解した。

「ただ、聞いてみただけですよ。じゃあ、剣王も知ってますよね?」
「しってるわよ。クレイスが憧れてる剣士でしょ?」

クレイスって剣王に憧れてるのか? 初めて聞いたな。
まあ、憧れるのも無理もない。『剣王』は英雄だしな。何より素性からなにまで謎と来ている。正体は神とか魔族とか…そういう噂もあるくらいだ。

「その『剣王』がファレイス大陸を旅して集めた勇者が『天魔四王』です。『天魔四王』はファレイス大陸を守護する者たちの末裔なんですよ」

ルナが続ける。

「そう『天魔四王』は獣人、海人、天人、そして竜人の四種族の勇者たちなのよ」
「ふ〜ん。で、それがどうかしたの?」

ミストが聞くと、二人は顔をひきつらせた、

「どうしたのって…わからない?」
「つまりそんな勇者たちと同じ力を持つ『魔女』とんでもない力を持っていると…」
「そう言われても…よくわからないけど…」

困惑顔のミスト。
俺はため息一つついて助け船を出した。

「つまり、『セイルーンの魔女』はルーンクレスト学院長と同じかそれ以上の力を持っているって事だ」
「ええっ! それってとんでもないじゃない!」

やっと、理解したらしい。

「だからぁ…」
「さっきからそう言っていたんですってば…」
「んーそんな事言われてもねえ」

脱力するルナとテレスに困ったようにミストは首をかしげた。

「四聖剣の勇者がどうとか剣王がどうとか言われても知らない人の事言われても…」

俺は気を取り直して話を進める事にした。

「とにかく、『魔女』の危険性を再確認したところで…どうする? セイ」
「どうするって言われてもねえ…お前はどうするんだ? シード」

聞き返されて俺は意味もなく肯いた。

「俺はやるよ。どうせ、しばらくはやる事もないんだ。それに、一日金貨一枚。かなりいいアルバイトだと思うしな」
「アルバイトに命かけるのか? お前は」
「べつに。手をださなきゃ死ぬ事はないだろ。見つけるだけで金貨三枚だぜ。俺はそれで十分だ」
「なるほどな…」

セイは頭を掻くと肯いた。

「そだな。一応やってやってるか」
「そうと決まったらはやくいこ」

ミストは立ち上がると俺達を促した。

「あれま。ねえちゃん、あんたも行くのか?」

セイが聞くと、ミストは肯いた。

「当然!」
「さっきの話し聞いて怖いとか思わないのか?」

俺が聞くと、ミストはちらと俺の方をみて、

「…でも、探すだけならそんなに危険はないんでしょ?」
「たぶんな…」

俺は肯いた。だが、不安もあった。例えば脅迫状の送り主が本当にリセス姫で本当にセイルーンにたいして恨みを抱いている場合。リセス姫は捜索する俺達を邪魔に思うだろう。
ルナたちの話が嘘とは思えないが、万が一という事もある。
それにリセス姫でないとしても、『セイルーンの魔女』の名を語りセイルーンの王族の命を狙うような奴ならそれ相応の実力も持っている事だろう。
そんな俺の心内に気づいたのか、セイが明るい声で、

「大丈夫だってばさ、いくらなんでもこんな子ども相手にちょっかいかけるようなこたぁねえだろ」

…そーだろうか?
例えばどっかイっちゃってる魔導師とか、お嬢様的な少し暴走しかけの魔法少女とか…
色々と思い起こしてとりあえず一言いってみる。

「たとえばだ」

俺はぴっと人差し指を立てた。

「相手も子どもだったらどうだ?」

だがセイはからからと笑った。

「ばーか、そんな事あるか」
「でもさあ、世の中には伝説の魔獣を飼ってる少年商人がいたり、神術使いの庶民的王女様とかいたりするんだぜ」
「だからって今回の相手が子どもだって事はないだろ。セイルーンの王族を狙うような子どもがいるとは思えねえな。

セイはそこでにやりと言葉をきって
       ゼロ ・ アサッシン
「あの『虚空の暗殺者』だったらともかく…」

まあ確かに…ん?

「なんだ? ゼロ・アサッシン?」

聞いた事のない名前に俺は思わず聞き返した。
セイはいつも通りにやりと笑って、

「ふっ…知らないのも無理もない! 数年前から現れた最強の暗殺者! だがいまだにその姿すら見た者がいないと言う!」

ほほお、なんか俺みたいだな。

「ちょっと、なんで姿すら見た者がいない暗殺者の事をあんたが知ってるの?」
「予告状でも出してるんですか?」

ルナとテレス(しかしこの二人いつのまにか仲良くなったんだか)が口をそろえてセイに尋ねる。セイはいつもどうりにやりと笑って、

「実は俺の姉ちゃんが元暗殺者と友達でな、そいつから聞いた話なんだが…」

セイがもったいつけて話し始めた。
…しかしこいつの姉ちゃんとやらは何者だ? セイルーンの王族と親友だったり元暗殺者と知り合いだったり…ま、ドラゴンやらフェニックスやらを召喚できる奴の姉が普通の奴とは思えないけどな。
姉といえば…そう言えば俺の姉貴はどうしただろうか? 数年前に『組織』を抜けてそれから音沙汰ないが…生きているだろうか?
いや、関係ないな。俺を見捨てて一人で逃げた奴の事なんか…

「闇に潜み、音も無く、ターゲットのみを始末する―――」
「―――ご存知『無音』の暗殺者。サイレント・アサッシン予告どうりに闇より参上! …って、それって『無音の暗殺者』の決め台詞じゃない」

セイの後を続けてミストがあきれた様に言う。

「うぐっ」

痛いところをつかれたのか、セイがうめいた。

「なんだよそれは?」

俺が聞くと、ミストはちらと俺を見て明後日の方向を見て答えた。

「え、え〜と、一昔前の小説で正体不明の暗殺者の話なのよ」
「聞いた事ないな…どれくらい前の奴なんだ?」
「五十年ぐらい前」
「……どうしてお前等そういうの知ってるんだ?」
「いいじゃない別に。好きなんだから。…でも、この話あたし嫌いなのよねー暗殺者のくせに予告状だすわ、決め台詞吐くわ…きわめつけにスポットライトを浴びながら登場ってのもあったのわねー」
「暗殺者か? 暗殺者なのか? それ」

元暗殺者の俺は頭を抱えた。そんな奴が現実にいるのなら見てみたいところだが…いや待てよ…

「……」
「どうしたんですか? シード様。首なんか振って」
「別に」

俺は顔をひきつらせながら答えた。
まさか、親友の暗殺者がスポットライト浴びつつ、決め台詞を声高らかに叫ぶシーンを想像したなんて言えるわけがない。

「とにかく」

唐突に、セイが不機嫌そうに話を戻した。ミストに口を挟まれたのが不満らしい。

「『虚空の暗殺者』は『無音の暗殺者』と同じで、正体不明、神出鬼没、今まで誰もその影すら見た者がいないという」

胸をはっていうセイを見ながら、俺は密かに首をかしげた。
…ゼロ・アサッシン…ぜんぜん聞いた事のない名前だ。そんなすごい暗殺者が本当にいるなら。普通の人間ならともかく、俺が知らないはずはないんだが…

「おい、それも小説じゃないのか?」

俺が聞くと、セイも珍しく自信なさげに。

「んー、まあ俺も又聞きだから自信ないけどな。俺も姉ちゃんから聞かなかったら、作り話だって思ったろうよ。なんせ―――」

と、セイはそこでにやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。

「俺ぐらいの少年で、あの幻の『天空八命星』の使い手だって言うんだからな」

お約束どうり―――

俺はずっこけた。盛大に。

…俺じゃねえかっ!

「…どした? シード」
「べ、別に…なんでもない」

俺はひきつった笑みを浮かべて立ち上がった。

「ねえ、その『虚空の暗殺者』ってネーミング。あんたがつけたんでしょ」

ミストも気づいたらしく、苦笑しつつ尋ねると、セイはおお、と驚きの声を上げた。

「よくわかったな」
「…なんとなく、ね」

言いながらミストは苦笑いして俺を見る。
…しかし、ミストが今の事に気づいたって事は…どうやら俺がこの街に来た夜のおっさんとの会話聞かれてたようだな。
はぁ…結局最初から全部お見通しだったってわけか。

「と、とにかく。ほとんど危険はないって事」
「…そうだな」

俺はしばし思案すると肯いた。
確かに危険はあるかもしれないが、セイの意見にも一理ある。それに街の中を捜すだけなら安全だろう。

「なら手分けして探そ。あたしはここら辺を探すから、ルナとテレスは中央区の方を探して。シード君とセイは、東区の方を…」
「ちょっとまて、東区へ行くのは…」

ミストの指示(っていうか、何でこいつが仕切るんだ?)におもわず俺は口を挟んだ。
南区では騒ぎを起こしたばかりである。
だが、セイはあっけらかんとした顔で、

「だいじょうぶだって、なんとかなるさ、なんとか」
「そーそ、あたしに危険はないから心配しないで」
「いやお前の心配じゃなくてな…」
「うだうだ言うない。とっとといこーぜ」

にやりと笑い、セイは東区へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「と、ゆーわけで東区に来たわけだが…」
「おや、シード君。なにか不満でもあるのかね?」

俺の隣を走るセイがにやにやと聞いてくる。

「この状況で何かと聞くか」

俺は後ろを振り向いた。

…二十数人と言うところか。

それだけ確認すると俺は前を向いた。

―――なんの数かと聞かれれば、何の事はない。追手の警備隊員の数である。

俺達ばっかり追っかけていて、他の仕事はいいのか?

「ふう…」

セイが吐息を漏らした。

…ずっとハイペースで駆けていると言うのに、息一つ切らしていない。訓練を受けた俺ならともかく…やっぱこいつ、普通じゃないって事か。

「俺達ってゆーめー人」
「言ってろ」

俺は言い捨てると、さらにペースを上げた。
怒声が後ろからあがり、やがて小さくなっていく。
余裕の表情でセイが笑いながらついてくる。化け物め。

「どうやらまけそうだな」

セイがつぶやいた言葉に、しかし俺は首を横に振る。

「…そう甘くはない様だ」

前の方に新手が現れた。
十三人。
素早く俺は数え上げると、即座に結論を出した。
そんなに広い通りではない、避けきるのは不可能。

…普通なら。

「セイ! お前の面倒までみきれないからな!」

俺は一方的に言い放つと、意識を集中させた。

「…」

俺から、音が消え…存在が消える…
跳び、駆ける。

「え…」
「あ…?」

数人が俺に気づいたようだが…遅い。
俺は追手の間をすり抜けるように駆け抜けた。
俺に再び存在が戻り、音が復活する。

「き…えた?」
「なんだ、魔法か?」
「おい、後ろだ。後ろ!」

慌てたような警備隊の声を無視して、俺は一気に駆け出した。

「よぉ」

声に振り向くと、セイがにやにやしながらついてくる。
俺は一瞥すると、前を向き尋ねた。

「どんな魔法を使ったんだ?」
「あんたこそ」

声は横から聞こえた。つまり、並走している。

「何でついてこれるんだか…」
「足には自信があるもんでね」

独り言にきっちり返してくる。
まぁともあれ…

「これじゃあ人探しは無理だな」

 

 

 

 

 

とかおもったが、それなりに俺達は情報収集をしていた。
何度か警備隊の連中をまいて、俺があたりを監視してセイが尋ねる―――そんな連携をしながら着着と情報収集をしていった。

が…

「…い、いいかげんつかれたぞ」

港で水夫に尋ねた後、俺はその場に座り込んだ。
走り回るだけならまだしも、何度も『意識集中』してるせいか、疲労がたまっている。
…それでも、昔はまだまだ平気だったはずだがな…鍛練不足か?

「そっか? 俺はまだまだ平気だけどな」

セイは俺とは対照的にセイは汗一つかいてない。

「ば、化け物…昼からほぼ全力で走りまわってるんだぞ…」

ちなみにもうそろそろ夕暮れだ。

「ふっ、なにをおっしゃるウサギさん。まだまだ俺は平気だぜ」
「お前、なんかずるしてるんじゃないだろうな…」

何気なくつぶやいた台詞だったが…

「あらま、ばれたか」
「は?」

思わず俺は間の抜けた声で聞き返した。
…そーいや、こいつってマジックアイテムを取り扱ってる商人とか言ってたよな。

「実はずっと、この靴で走ってたんだよん」
「靴ぅ?」

俺はセイの履いている靴を見た。
どう見ても普通の靴にしか見えないが…

「実はこれ、『ウィングブーツ』って言って、これを履いていると、靴に羽が生えているみたいに跳ぶように走れると言う…」
「こ、殺す…」
「怒るなって、これぐらいしないとあんたについてけなかったろ?」
「まあそうだが…」
「それよりも、どうやら彼女はここにはいない様だな…ま、アバリチアにいる可能性すら低いんだけど」
「……」

なにかひっかかる。
セイの台詞にどこか違和感が…
しばし黙考。
夕日が波止場を紅く染め上げる。
俺はその紅をぼんやりと眺めながら、言葉を出した。

「なぁセイ。一つ聞きたいんだが、お前とセイルーンの魔女…もとい、リセス姫の関係ってどんなのだ?」

俺が聞くと、セイはきょとんとした顔で、

「…言わなかったけか? 俺の姉貴と…」
「そうじゃない。お前とリセス姫の直接の関係だ」
「ああ? そんなの…まぁ、単なる知り合いってとこだけど…」

動揺した様子はない…か、

「ふむ、なら―――」

俺は立ち上がると、セイの真似を…したつもりでにやりとと笑って尋ねた。

「―――どうして、リセス姫の事を言う時『彼女』って言うんだ?」
「ぎく」

セイはわざとらしく顔をひきつらせた。

…馬鹿にしてるのか、こいつ?

「知り合いだから―――」
「単なる知り合いってだけか?」
「そーだよ」
「そうかよ」

俺はため息をつくと、会話を止めた。

…ま、いいか。無理に聞き出す必要はない。別にこいつと…『魔女』の過去がどうだろうと俺には関係ない。

「さてそろそろ帰るか…帰れればだけど」

俺はため息を…今日最大のため息をつくと、周りを見回す。
左は倉庫が建ち並び、後ろは海。右手は船着き場で、さっき船が出港したばかりである。

「俺、疲れたんだけど」
「なかなか、カンのいい坊主だな」

だみ声を張り上げながら髭ぼうぼうの熊見たいなおっさんが俺達の帰り道を塞ぐように倉庫の影から現れた。そしてその後ろにばらばらと、十数人の男たちが現れる。
警備隊ではない。制服を着てないし、なおかつ、いくらなんでも警備隊の連中があんなかっこをしているはずがないからだ。
だみ声で、髭ぼうぼうのおっさんががなる。

「さて、ぼーず。へにっくすとかどらごんとかをこちらに渡してもらおーか」

発音が変だぞ、おっさん。
…ま、ともかくこいつらは俺達を捕まえようとか言う事じゃなく、単にセイの貴重な魔獣が欲しいだけか…しかし…
俺は連中のかっこを見て、頭を抱えた。

「な、なにぃ」

セイが驚愕の声を発した。
かなりオーバーなリアクションで、愕然と苦悩するように叫ぶ。

「何故俺が持っている事を知っている!?」

…大道芸よろしく人集めて見せてたのはお前だろ。

「ふっ、そんなもん、われわれの情報網を持ってすればたやすい事!」

…この街の人間なら大概はしってると思うけどな…

「…なあ。一つ聞いていいか?」

俺は重くなってきた頭を支えて尋ねた。

「おう、何だ? カンいいぼーず」

鷹揚に肯いて見せるおっさんに、ひきつった顔で尋ねた。

「その…どうしてそんな格好をしてるんだ?」
「かっこう…?」
「いやだから…」

なんか、見ればわかる格好だが、それが本当なら怖いので俺は少しずつ尋ねる事にした。
俺は全員の脚に装備されている、ぬらりと黒光りする長い靴を見た。

「あ…と、例えば何でゴム長靴を履いているのかとか…」
「ふっ…近頃のわけぇもんは…そんな事も知らねぇのかい…おい、教えてやんな」
「へい」

おっさんがいうと、後ろに控えてる男たちの中から、四角い顔の男が前に出ておっさんの横に並んだ。
そして、ゴム長靴をざっと前に差し出して啖呵を切るかのように説明?する。

「おぅおぅ! このゴム長はなぁ! 水で濡れてもOKなようにするためでぇい!」

…内容は情けないが。

「…なるほど。なら―――」

俺は同じく全員に装備されている、長靴と同じように黒光りする前掛けを見て尋ねた。

「そのゴムでできてる前掛けは?」
「はっ…わからねぇか? おい」
「へい」

おっさんがさっきと同じようにいうと、今度はつるっぱげの男が前に出た。

「おぉう…夕日がまぶしすぎるぜ…」

セイがまぶしそうに、はげのほうに手をかざす。

「なにいいやがる! 夕日はてめえの後ろだろうが!」
「だからあんたの頭に反射して眩しいんだよ」
「なにぃ!」

ハゲが激昂する。いや、実際、本気で眩しい。

「このガキが…」
「やめろ」
「…くっ」

今にも跳びかかってきそうな勢いだったが、おっさんの一言で、セイを睨み付けるだけだった。

「もういい、お前は下がっていろ」
「いや、お頭。あっしも任務をまっとうするまでは…」
「そういう事は関係なしに、本気で眩しいのだ」
「お頭〜」

…情けない会話を聞きながら、俺は静かに分析していた。
ハゲはおっさんのことをお頭と呼び、任務といった。つまり、かなりまとまった、組織だという事か? しかし…
俺は連中の格好を見た。
ゴム長靴を履き、ゴムの前掛けを掛けて、さらに頭にはねじりはちまきをしめて、手にはそれぞれ様々な刃物…包丁を握り締めている。極めつけはおっさんの前掛けにどでかく書かれた『魚』の文字。

…つまり、

「あのさああんたら」

俺は計ったらおそらく鉛よりも重くなっているであろう頭を何とか支えて尋ねた。

「もしかして魚屋さん?」
「ふっ…よくわかったな!」

わかるわいっ!

ひたすら果てしなく苦悩する俺をよそに、おっさんは前掛けをマントのようにばっとはねあげた。
はねられた前掛けが再びおっさんの腹に戻りべちゃ、と音がしたが気にせずおっさんは口上を上げる。

「いかにも我らは街の魚屋さん同盟…またの名を!」

くわっ、とおっさんの目がみひきらき、幼稚園児がその場で泣き出しそうな顔で俺を見た。

「水産物漁業組合!」

夕日を受けて光る出刃包丁を天に突き上げて、おっさんは叫んだ。

『おお〜』

と、他の男たちがぱちぱちと拍手をする。
やがて静まり、
…しばし間。

『おお〜』

再び拍手。
……どうやらさっきのでフィニッシュらしい。

「で? なんでその漁業組合が、俺のフェニックスとドラゴンを狙うんだ?」

もっともだ、もっともな疑問だ。俺も知りたい。
おっさんは静かに出刃包丁をおろすと、ふっと、吐息して答えた。

「実は水産漁業組合とは仮の姿…我らの真の正体は、このアバリチアの闇を支配するブラックなんとか団の東区部隊なのだ!」

思わず聞き返す。

「ブラックなんとかって…なんとかってなんだよ?」
「わからないのかシード? そういう名前なんだよ」

セイがちっちっちと指をふった。

「『ブラックなんとか団』…最高に適当な名前だな」
「ちっがぁう! ただ単に、本当の名前を忘れただけだっ!」
『忘れるなぁっ!』

突っ込んだのは俺達ではなく、おっさんの後ろに控えている漁業組合の連中である。
おっさんは少しいじけ(不気味)ながら、後ろをかえりみる。

「いやでも…お前等は名前覚えてるのか?」

…沈黙。
ややあって、

「親方ぁ! 名前なんててぇしたこっちゃありませんぜ!」
「そうだそうだ! 名前で決まるほど世の中アマかねぇです!」
「気にせずいきましょうや、お頭!」
「お前たち…そう思ってくれるかぁ!」

やたら元気に、おっさんはこちらを向いた。
…なんだかなぁ…

「と、いうわけでおーむね色々収まったところで! さっさとどらんごとかを渡してもらおーか」

ドラゴンだぞ親方。

「ちょっとまて」

戦闘体勢に入りかけてた漁業組合を、セイの一言が止めた。

「…さっきの答を聞いてないぞ」
「答だと?」
「だから、何でそのブラックメケメケ団とやらが…」
「ブラックなんとか団だ!」
「いいじゃねえか、名称不明なんだから俺が命名したって」
「むう…たしかにそうだが…」

そうなのか? おい。

「ともかく、そのなんとか団が、何で俺の魔獣を狙うんだ?」

沈黙。

「うむぅ…」

親方はしばし悩んで、きっぱりと告げた。

「なんとなくだ」
『なんとなくで魔獣を狙うなぁっ!』

俺とセイが同時につっこみ―――
かくして戦闘は始まった。

 

 

 

 

 

「じゃあセイ」
「へ?」

向かってくる敵を前に、俺は後ろに跳んだ。

「俺、かなり疲れてるからここはお前に任す」
「勝手に任す…」
「前」

俺の言葉と同時に、おっさんの出刃包丁がセイを切り裂く…寸前にセイは避けた。

「おせーよ!」
「お約束だろ」

次から次へと来る攻撃を、セイは何とかかわしつづける。

「あーくそ、卑怯だぞ、シード!」
「どっちが。お前が最初にずるしたんだろうが!」
「ちっ…わぁーったよ! やってやろうじゃんか! そんかわし、お前の分のバイト料俺に少し分けろよ!」
「考えとく」
「絶対だ」

それでもう聞かんとばかりに、セイは大声を張り上げた。

「いくぜ! ザルム=フィース、ルートゥ=メグド!」

まばゆい光があたりを包み、蒼い魔獣と赤い不死鳥が出現した。

「行け!」
『クェェッ』
『ふん、仕方ないやってやるか…』

赤と蒼、二つの色が戦場と化した波止場を駆け巡る。
赤い炎があたりを焼き、蒼い風がすべてを吹き飛ばす…が、

「ちぃっ」

セイは舌打ちした。
炎と風、そんなに手ごたえがないのだ。

「くははは、馬鹿め!」

炎の中おっさんが哄笑を挙げる。

「魔獣に対してなんの用意もせんと思ったか」
「思った」

即座にセイが返答する。ま、漁業組合が魔獣に対して対抗策を練るとか考えにくいが…
どうやら連中、炎と風に対して、防御の護符でもつけているらしい。

「貴様の攻撃なぞきかぁん」
「ちっ」

…仕方ない、手伝ってやるか。
実際のとこ、疲労しているとはいえ戦えないわけではなかった。ただ、セイの実力を見ときたかっただけなのだが…
…でも、なんの対抗策も持たない俺が突っ込んだら、下手すりゃ俺が炎なり風なりにやられるな…

「セイ! 炎と風を止めろ! 手伝ってやる!」
「うっせ! いいから引っ込んでな。まだ終わったわけじゃねえっ!」
「なに強がって…」

言いかけて俺は気づいた、そう言えばこいつ、もう一匹いたな。

「シャイル=セイン!」

セイの言葉に金色のドラゴンが現れた。
だが、そのドラゴンは戦闘には参加せず俺のほうにゆっくりと飛んできた。

「え…?」
「いくぜ! フルパワー!」

にやりと笑って、セイが叫ぶ。
フェニックスと蒼い魔獣が巨大化した。

「な…?」
「おまえら! 相手はちょっとやそっとじゃ効かないんだと! 全力でやっちまえ!」
『クェェェーッ!』
『ふん…』

そして…
炎の嵐が波止場にいるすべてを包む!

「あのやろ…とんでもない事を…」

俺はとっさに海に飛びこもうとしたが、飛びこむ寸前に気づいた。
…熱くない?
炎も風も俺に届いてない…というより、俺を避けてるかのようだ。
見ると、炎の嵐の境界に、金色の光が膜のように俺を包んでいる。

「なんで…?」
『がぁ』

ドラゴンが一声なく。

「お前がやったのか?」
『がぁ…』

しっぽを振り、俺の首に頭をすりつけるようにしてくる。
俺はドラゴンの頭を撫でると、ぼちゃん、と後ろから聞こえてくる何かが落ちるような水音に振りかえった。

「ぎゃああ…」
「ひぃぃいい」
「あぢー!」

悲鳴を上げながら漁業組合が次々と落ちていく。どうやら炎の嵐で吹き飛ばされた連中らしい。
次々に落ちていき…
やがて炎の嵐がおさまったころには、ほとんどの漁業組合が海に落ちていた。ただ一人を除いて。

「しぶといねぇ、おっさん」

あきれたようにセイは親方(お頭だったか?)を見る。

「ふ、ふふ…この程度でやられるわしではなぁい!」
「でもお仲間は全部海のなかだし…」

いいながらセイは魔獣を元に戻した。金や赤、蒼の色の光となって、セイの右手に吸い込まれる。

「あんただって、ぼろぼろだろ?」
「甘い!」

なにが甘いのかよく解らんが、おっさんはセイに突進する。

「うぉぉぉおぉおおっ!」
「ったく、無理は体によくないぜ」

セイも吐息しながら拳を構える…って、

「正気かお前っ!」

俺は思わず叫んだ。
いくらなんでも、刃物を持つ相手に対して素手というのはハンデがありすぎる。ましてや相手はダメージがあるとはいえ、百戦錬磨の海の男だ。子供で体格もいいとはいえないセイの拳で勝てるはずが…

だが、セイは答えずに低くつぶやく。

「光速…閃撃ぃ…」

セイの右手が淡く金色の光を発する…が、

「ぬぉおお!」

おっさんのほうが速い!
出刃包丁が、セイの頭に届く瞬間―――

ずだああああっ!

―――ものすごい音とともに、おっさんの体は思いっきり吹っ飛んでいた。

「な…」

思わず驚愕の声が俺の口から漏れた。

…何が起こった?

いや、セイが拳を前に突き出しているところを見て、セイがおっさんを殴り飛ばした事は解る。だが問題は、どうやって殴り飛ばしたかだ。
俺にはセイの拳が見えなかった。
セイが拳を前に突き出したままのポーズでつぶやく。。

「光速拳、スターナックル」
「光速拳って…人間かお前は!」

思わず俺は怒鳴った。

「だいたい光速って、測ったのか? 高速拳の間違いだろ!」
「うるせえ! いいじゃねえか、世の中はったりは必要不可欠だ!」

セイはふんぞり返って開き直った。
俺はいつも通りにため息をつくと、とりあえずあたりを見回した。

「どうする? これ」

俺は大の字に伸びているおっさんと、俺の後ろでぷかぷか海に浮かんでいる漁業組合を見ていった。

「いいだろ。ほっといても。さっさと帰ろうぜ、余計な運動して腹が減っちまったぜ」

お前は一回殴っただけだろ。

「…そうだな。じゃ、帰る…」

言いかけた時、俺は波止場の向こうから走ってくる一団を見て、深くため息をついた。
警備隊である。

「ついに見つけたぞ、魔王の手下!」

だぁぁ、いつのまにか魔王の手下になってる!?

「さっきまでみたいに奇妙な魔法は使わせんぞ! やれ!」

隊長らしき男がいうと、魔導師らしき男が数人前に出た。
そして呪文を唱え始める。

「結界か」

セイが鼻を鳴らして馬鹿にしたようにつぶやく。

「…お前よく解るな」

魔法の事は完全に管轄外な俺が少し驚いていうと、セイは頭をぼりぼりとかいて

「まーな。魔法の中で召喚と結界魔法だけは得意なんだ、俺」

なるほど。

「今度は逃がさんぞ! 総員、かかれ!」

隊長の号令とともに、警備隊の連中が詰め寄せてくる。
さて、どうするか…

「じゃあシード、そろそろ帰ろうぜ」

セイが能天気な声で、俺の手を握りながら行ってくる。
俺はもちろん、男と手をつなぐ趣味はないからすぐに振り払って尋ねた。

「どうやってだよ?」
「大丈夫だって、俺様にまかせなさい」

と、再び手をにぎって来る。
再度振り払おうと思ったが、警備隊は目の前まで来ている。
…しかたない、任せてみるか。

「なんかやるならとっととやれよ」

俺がぶっきらぼうにいうと、セイはにやりと笑って、いつもの調子で叫んだ。

「んじゃいくぞー。テレポート」

へ? と、俺はその場で疑問詞を心に浮かべ―――

 

 

 

 

 

「へ?」

―――疑問詞を口に出したのは、『スモレアー』の前についてからだった。
そう、一瞬前までは東区の港にいたはずなのに、今は『スモレアー』の前にいる。

「な、なんだ? 一体どうなってるんだ?」
「到着到着〜」

困惑する俺をよそに、セイは変わらない調子で言った。

「お、おいセイ…」
「へへ、すごいだろ。俺の特殊能力のうちの一つ、瞬間移動だ」
「しゅ、瞬間移動? …って、結界で魔法は使えなかったんじゃ…」
「特殊能力って言ったろ。魔法じゃないんだよ。だから魔法結界には引っかからない」
「んなめちゃくちゃな」
「いいだろ、助かったんだから」
「まあそうだが…」

特殊能力な瞬間移動を使える少年商人…また一つわけの分からん要素が増えたな。

「まあ便利なんだけど、二十四時間以内に言った場所にしか行けないってのが欠点なんだよな。魔法の瞬間移動はそんな事ねえんだけど」
「二十四時間以内?」
「そ。だから俺が故郷に帰ろうと今思っても帰れない」
「へえ…」
「というとこで説明終わり、さっさと中入ろうぜ。なんか食わせてくれよ」
「金は払えよ」
「ケチ」
「商人には言われたくない言葉だな」

…などと、無駄口を叩きながら俺はふと思った。

―――まさかこいつが『セイルーンの魔女』ってオチじゃないだろうな。

 

 

 

 

 

「おっかえりー」
「お帰りなさいませ」
「おかえり、遅かったじゃない」

『スモレアー』の中に入ると、三者三様の声が俺達を迎えた。そして、

「お前等が一番遅いぞ」
「待ちくたびれたぞ」
「おなかすいたよ」
「…なんでお前等がここにいるんだ?」

俺は頭痛を押さえ、ミストたちとは別のテーブルにふんぞり返るクレイスたちを見た。
クレイス、トレンにカリストといった、ほぼいつもの面々だが、もう一人クレイスよりもなお偉そうにふんぞり返ってる奴がいる。

「ほう、これで愚民どもが全てそろったというわけか」

…たぶん、ルナの言っていたエイクという奴だろう。セイと同じぐらいの背丈で、歳もセイと同じぐらいだろうか。当然ルナと同じく金髪碧眼で、見るからに偉そうな奴である。クレイスのパワーアップバージョンってとこか。ルナと違って、上流階級の高価な服を着ているところが、らしいと俺は思った。

エイクはセイに気づいて、侮蔑の眼差しを向ける。

「貴様もこの街に来ていたとはな、汚らわしき血筋の者がな」

セイは苦笑して。

「これはこれは…王子もお変わらずに…」

と、皮肉げに膝をつき、臣下の礼をする。
その皮肉に気づいたのか、それともセイのわざとらしく慇懃な態度に頭に来たのか、エイクは椅子を蹴立てて立ち上がった。

「は! 汚らわしき者が我らが高貴なる者の事を言うか!」
「……」

セイは何故か無言で、何も抗議をしなかった。なにかわけがあると思い、俺はとりあえず口出しはしなかった…が、

「ちょっと! 黙りなさいよ!」
「そうよエイク! ここはセイルーンじゃないのよ!」

ミストとルナが抗議した。エイクはミストたちを一瞥しただけで、ふんと鼻を鳴らす。

「本当の事を言ってなにが悪い? 現にこいつの弟は―――」

だんっ!
唐突にすさまじい音が店内に響いた。

「な…」

俺は驚愕に立ちすくむ。

「お、王子!?」

クレイスがエイクに駆け寄る。
エイクは沈んでいた。床板を突き破り、地面にめり込んでいたのだ。
俺は直感的にセイを見た。
セイは立ち上がり、右手にはいつのまにか大きな杖を持っていた。大人の背丈ほどはあろうかという巨大な杖である。
ただの樫の杖である、見た目は。ただ魔力が―――魔力を見る事のできないはずの俺でさえも、はっきりと見えるほどにその杖に魔力が見えた。

「……」

俺の視線に気づいたのか、セイの手の中から杖が消えた。

「自業自得ね」

冷ややかなミストの声に振り向くと、エイクが掘り出されたところだった。

「だ、大丈夫?」

さすがに兄弟だからだろうか、ルナが心配そうにエイクの顔を覗きこむ。

「く、ぅぅ…だ、大地よ…」

エイクはうめきながらも神術で自分の体を治癒をする。

「―――王子」

低く、通る声に場が静まり返った。
セイがゆっくりと俺の前に出る。
感情のない表情。だが俺ははっきりと感じていた。突き刺さるほどに感じる殺気を。

「俺の、俺達の血の事をどう言おうとかまわない。だが、俺の弟の事は言うな」

その瞬間、俺の身体に戦慄がはしった。
セイに恐怖を感じたからではない、ただ…何か俺自身に近しいもの…親近感と言う奴を感じたのかもしれない。今の俺ではなく、昔の俺が…
と、セイの口元が皮肉げに歪んだ。

「でないと…どうなるかわかりませんぜ。王子様」
「―――クッ」

エイクは恐怖に顔を青ざめ、やがてそれが恥であるかのように顔を真っ赤にして立ち上がると、弾かれたように入り口に―――つまりこっちに突進してきた。

「どけっ!」

言われるがままに俺は避けた。エイクが入り口から飛び出していく。

「…ふん…いい気味ね」
「そうだな、いい気味だな」
「…お前は行かなくてもいいのか?」

ミストに調子を合わせるクレイスに俺はうんざりして尋ねると、クレイスははっはっはと朗らかに笑って、

「大丈夫だ、万事オーライ」
「なにがだ…」

俺は力なくうつむいた。

「セイ…」

沈んだ顔でルナがセイの顔を伺うように言った。

「すいません。さっきの事は…弟に変わってわたしが謝罪します」

深々と頭を下げる。
…やっぱり、こいつも王族なんだな。
深く首を垂れるルナに、気品と言う物を感じながら俺は思った。
セイは顔をそらして手を振る。

「別に謝る事はねえさ。あんたらから見ればどうしても汚れた血の者としか映らんだろうし…」
「だけど…」

どうでもいいけど、俺達を置いてかないでほしいな。

「シードさんシードさん」

と、カリストがこそこそと小声で、

「あの二人ほっといて、ご飯食べませんか?」
「…なんで敬語なんだ?」
「いやいや、我らがシード様ですから」

よくわからない事を言う。
俺はため息を一つつき、

「敬語で話そうが様をつけようが、金はきっちり払ってもらうからな」
「うっ」

図星かよ。

「何で俺の周りには、こうセコイ奴しかいないのかね」
「お前も十分セコイ…」
「わかった。カリストは飯をいらないと…」
「ああっ、シード様すみませんっ!」

俺に向かって手をかみあわせて哀願するのをちらと見て、俺は厨房にはいっていった。


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C【魔皇蠢動】