パニック!
シード編・第一章+α
「クレイス=ルーンクレスト」
B【逆襲のクレイス】
「しょーぶだ! シード=ラインフィー!」
次の日、シードが『スモレアー』の中を掃除していると、クレイスがその他二人を引き連れて怒鳴り込んできた。
「勝負?」
シードの問いに、トレンがずいと前に出る。
「そのとおり!」
「何で俺なんだよ? 俺じゃなくて、ミストだろ?」
カリストがトレンと並んで前に出た。
「クレイス様は、この間の勝負の敗因を分析して一つの結論に達したのだ」
クレイスが芝居がかったしぐさでトレンとカリストの前に出る。
「つまり、シード=ラインフィーお前がミストの助っ人についた事が敗因なのだ」
「……」
「お前がいなければ、アルベの丘でも負けはしなかったし、ミストの誘拐も成功していた!」
「丘の事はともかく、誘拐の方は俺はあまり関係ないと思うが…」
聞こえないふりをして、クレイスは続けた。
「さらには昨日だって、お前がいなければミストは俺を運べなかっただろう!」
「大丈夫だったんじゃないのか? あのセバスチャンとやらが大八車を用意してたし…」
「ふははは! 馬鹿め」
墓穴を掘ったな! とばかりにクレイスは哄笑した。
「セバスチャンは僕に忠実な執事だ。そんな敵に塩を送る真似をするわけがなかろう!」
「……」
シードが何も言えずにいると、推理小説を呼んでたミストがいつのまにか近づいてきて耳にささやく。
「…無駄よ。セバスチャンが私たちのスパイだって言う事にクレイスは気がついていないわ」
「スパイなのか…? っていうか、『たち』って複数形にしてほしくないが」
「という事で、明日再びアルベの丘で勝負だ! 今度はこちらも最強の助っ人を用意した! 逃げるなよ!」
それだけ言うと、クレイスたちは帰っていった。
「ふふん…望むところね! シード君!」
誰がいくか! と思いつつ、シードは再び掃除に戻った。
「ふはははは! よくぞ来た! シード=ラインフィー!」
「…こうなる事ははっきりとわかっていたはずなのにな」
悲しく思いながら、シードは一人ごちた。
シードはミストに襟を引っ張られる形で、クレイスたちに背を向けていた。
「当然よ! あんた相手に逃げる様じゃ男が廃るわ!」
「お前が応えるなよ…」
ぶつぶつつぶやきながら、シードは仕方なくクレイスの方へと向いた。
メンツはほぼこの前ののメンツだった。
クレイスと、他二人。
ただ、もう一人少女がいた…といっても、ミストとそんなに歳は変わらないだろうが。他に誰もいないところを見ると、この少女が助っ人なのだろうか。
太陽の光に煌き、流れるように長い金髪。鋭い金色の目は真っ直ぐにこちらを見ている。水色のセーターの上に赤いチョッキを羽織り、ピンクのズボンをはいている。つまり、ミストと同じ服装をしているのだ。違うのは魔法を使うのか、銀色のロッドを持っている。
「お兄様! 話が違うじゃない!」
銀のロッドを突きつけて、少女は怒鳴った。
「ミステリアお姉様とは戦わないって言ったのに!」
「ミステリア?」
少女が言った名前にシードはいぶかしげに尋ねた。ミストがシードの方を向いて答える。
「あたしの名前よ」
「はぁ?」
「―――ミステリア=ウォーフマン。これがあたしの本名。言ってなかったっけ?」
「聞いてないぞ」
「そう? まあいいじゃない。たいしたことじゃないわ」
そこでお終い。とばかりにミストは手を叩くと、クレイスたちの方に注意を向けた。
まあ良いかとばかりに、シードもクレイスたちの方を見る。
銀のロッドに突きつけられて、クレイスは必死で弁解する。
「違う! 今回はミストがあいてじゃなくてだな。あの男…シードが敵だ」
言われて、少女はシードの方を睨む。
「シード?」
「そうだ! あの男、実はミストをたぶらかしている男なのだ!」
「何ですって! お姉様を?」
クレイスの言葉に少女の身体から殺気が発せられる。
やや後じさりながら、シードはミストに尋ねた。
「なあ、あの女、お前のことお姉様とかなんとか言ってるが…なんなんだ?」
「あのこ、テレスって言うんだけど。クレイスの妹よ」
「妹? にてないな」
「まあね、お母さんが違うし」
「ほう。で、お姉様って言うのは?」
俺が聞くと、ミストは少し困った顔をした。
「前に一度相談に乗ってあげた事があるのよ。それで…ね」
「あの時はどうもありがとうございました。お姉様のお陰で私は今こうして生きているのですわ」
テレスは貴族の作法で優雅に礼をした。
「あはは、別にたいしたことはしてないわよ」
「今度は私がお姉様を救う番ですわ! お姉様その男から離れていてください!」
というなり、杖を構えた。
「うんわかった」
あっさり肯くと、ミストはシードの側から離れる。
「お、おい、ちょっと待てよ」
シードは慌ててミストを呼び止めるが、聞こえて来た呪文にシードは構えた。
「じょ、冗談じゃないぞ」
別に魔法使いと戦うのはいい。だが、女…それも年端もいかない少女となると話しは別だ。
「くらいなさい! お姉様に取り付くダニめ!」
仕方なしに、シードは戦闘体制を取った。意識を空間に溶け込ませ、あたりの空間を自分の意識下に置く。
シードには魔法使い以外は知覚できるはずがない魔力を感じる事ができた。
前方のテレスの魔力が高まっている事がはっきりとわかる。魔法が発動する前触れだ。
「『ガル・バル…』」
テレスの呪文に応じて、空間が歪み、力が炎となって具現した。
「『…ゴウ』!」
テレスが最後の呪文を唱えると同時に炎の固まりがシードに向かう。
シードは素早くナイフを懐から抜くと、構え、炎を斬る!
ナイフを媒体に、シードの意識が炎に叩き込まれ、炎は炎ではなくなり空に散る。
「なっ…?」
この前の魔法使いと同じように、テレスが驚愕の声を上げた。
と、思い出したようにクレイスが叫んだ。
「テレス! そいつは魔法を塵に変えるという特殊能力を持ってるぞ!」
「そういう事は最初に言って!」
テレスがクレイスに文句を言い返す。
「さて、どうする? 降参するか?」
シードが聞くと、テレスは一層強くシードを睨みつけた。
「お姉様を傷つける者に屈しはしない!」
「誰がいつ傷つけた!」
「問答無用!」
テレスは次々と呪文を紡ぎ、シードに向かって放つ。
だが、次々とシードは魔力を霧散させ、無効化する。
「そんな短い呪文じゃ俺にはきかないぜ」
シードは冷たく宣言した。
魔導師が使う呪文は、意味のある単語を複数つなげて唱えるのである。
二つつなげた呪文よりも、三つつなげた呪文の方が強く、三つよりも四つ…といった風に。
そして、呪文をいくつつなげられるかはその魔導師の魔力の大きさによる。つなげればつなげるほど魔力は消費するからだ。
テレスが唱える呪文はどれも二つか三つが限界のようで、いくら連射しようともシードには飛んでくる木の葉のごとく簡単に打ち消せる。
「はあっ、はあっ…このおっ」
テレスが方ひざをつく、シードは静かに告げた。
「俺には無駄だ。おとなしく負けを認めろ」
「うるさい! 誰が負けるか!」
テレスはたちあがると、再び呪文を唱えた。
シードは仕方なしに構える…が、
呪文が完成しない。
テレスは一心不乱に呪文を唱えている。汗だらけになり、既にシードを見てはいない。
だんだんと、肉眼でも魔力の揺らぎが見えてくるほどに魔力が高まる。
呪文により、無理矢理魔力を高めているのだ。
ふいに、シードの中の何かが危険信号を鳴らした。
「…なんだ…いや、まてよ。何処かで…」
シードは頭の中の記憶をひっくり返し、危険信号の原因を思い出そうとした。
「…あれは…そうだ、フロアに…」
―――低レベルの魔導師が無理に高レベルの呪文を使おうとした場合、技量が足りなくて魔力の暴発で爆死するか、魔力が足りなくてすべての魔力を失って衰弱ししちゃうのよ。
思い出した瞬間、シードは一気にテレスに飛びかかった。そのまま朦朧と呪文を唱えつづけている口を塞ぐ。
テレスは限界だったのか、口をふさがれた瞬間、意識を失う。が、魔力は少女の中でどんどん膨れ上がる!
意識が途切れたため、制御できなくなった魔力が暴発しようとしているのだ!
「ちっ…このままじゃ…」
「シード君!」
ミストが心配そうな声を上げる。魔力の揺らぎが肉眼で見えるほどに高まっていた。
一つの手段を思い付き、シードはテレスの唇に自分の唇を重ねた。
「!」
ミストやクレイスたちが硬直する。
シードは唇を介して、自分の意識をテレスの中に送り込んだ。テレスの中に溜まっている魔力に意識を送り込み、霧散させる。
そのまま自分の意識をテレスの中に送り込みつづけた。
「ん…」
やがて、テレスが目を覚まし、目の前にシードがの顔がある事に気づく。
「きゃあああああああああっ!」
テレスは悲鳴を上げると、シードを殴り飛ばした。
「ふう…シード君がああいう人間だったなんてねぇ」
『スモレアー』でしみじみと、ハーブティーを飲みながらミストはつぶやいた。
「そうだよなぁ。人の妹にいきなり飛び掛かってキスするなんて…なぁ」
クレイスもソーダ水を飲みながら、つぶやいた。
「最低ですね」
「テレサお嬢さん何も言わずに帰っちゃいましたもんね」
カリストとトレンも同意した。
「お・ま・え・らぁー!」
カリストとトレンの注文した紅茶とオレンジジュースをおいて、シードは絶叫した。
ミストがジロとシードを睨む。
「他のお客さんに迷惑よ」
「お前等以外誰もいないだろうが」
「言い訳は見苦しいぞ! シード=ラインフィー!」
びしっ、とクレイスは指をシードに突きつけた。
その指を払って、シードは更に叫んだ。
「だからっ! あのとき俺がああしなきゃ、テレスは爆死してたんだって」
「ま」
ミストは手を口に当てて、
「テレスだって呼び捨てにしてるわよ」
「……わあった、もういい」
シードは静かに振り向くと、厨房へと戻った。
いいすぎたかな? とミストは思ったが、まあ別にいいかとハーブティーの残りに口をつけた。
まだ日も明けぬころ―――
シードは起き上がると、行動を開始した。
いつもどおりベッドに人はない。そんなに早起きしてよく体がもつ物だとシードは思った。
静かに着替え、音を立てずに部屋を出る。
玄関に向かい、罠があるかどうか確認する。
罠はない
静かにドアを開けると、外の冷気が吹き込んできた。
「じゃあな」
一言だけ言うと、シードはまだ目の覚まさない街へと駆け出していった。
「何処にいくんだ?」
声をかけられて、シードは止まった。
外灯に照らされて、シードは声のした方に向く。
「…俺が今日出る事に気づいていたのか?」
闇に向かってシードは尋ねた。
「いや…ただ家に忘れ物してな。偶然だ」
スモレアーは肩を竦めて続ける。
「お前はもう暗殺者じゃないんだろ? もう戻る場所はないんだろう? …なら、この街に居続けてもいいじゃないか?」
「俺には…やらなければならない事がある」
「復讐か?」
シードは答えない。
スモレアーはため息をついた。
「この前、スレイを見て気づいたよ。今のお前はスレイと同じ顔をしている。…多分、二年前のわしも同じ顔をしていたんだろうな」
「あいつらは俺のすべてだった」
シードは静かにきりだした。
「あいつらがいたから俺は存在できた。あいつらが俺の居場所を作ってくれた」
だんだんと声が強くなる。
「そのあいつらはもういない! 死んだんだ、殺されたんだ!」
絶叫。
「俺は死んでもあいつらの仇を取る! それがこの俺が存在できる最後の証だ!」
「だからミストはお前を引き止めたんだろうな」
「?」
シードの不思議そうな顔に、スモレアーはつぶやくようにいった。
「同じだよ…お前は二年前のわしだ」
「……」
「ミストのためにも…お前の言う『あいつら』のためにも…そしてお前のためにもここは通さん」
ばっと、スモレアーは構えた。
「…どけよ、おっさん。俺は暗殺者だ。闇の中なら誰でも殺せるんだよ!」
「お前は暗殺者じゃない!」
スモレアーは叫ぶ。
「お前は暗殺者じゃない。帰るべきところも、お前の居場所も、この街にはある!」
「……」
「お前はミストが誘拐された時わしに言ったな! 死んで悲しむ奴がいる間は自分から死を望んではいけないと!」
「俺には…死んで悲しむ奴は…もういない」
「お前が死ねば…ミストは悲しむさ」
「そっか…」
シードの言葉にスモレアーは構えを解いてシードに近づいた。
「さあ、帰ろう」
「……」
シードは無言でスモレアーのみぞおちに拳を突き刺す。
「…シード…」
「でも、やっぱりだめなんだよ。悪いな、おっさん」
シードはつかんでくるスモレアーの手を振りきってかけた。
目元に熱い物が込み上げる。
「俺は…シードじゃ…シード=ラインフィーじゃないんだ…」
呟きは闇の街へと溶けていく。
「俺の名は…」
自分の名が口をついて出ようとした瞬間。足首になにか違和感を感じた。
「へ?」
瞬間的にそれがロープだと理解した。…が、理解しても体は止まらない。
ロープに片足を取られて、シードは派手に転倒した。
シードは打ったところを押さえながら起き上がる。
「いつつ…」
「ふっ、あまい…あまいわ! シード君!」
頭上からミストの声が聞こえて見上げる。街灯が逆光になってよく見えないが、駄菓子屋の屋根に仁王立ちに立っているミストの影がなんとなく見えた。
「借金も返さないうちに逃がすと思って? とうっ!」
掛け声と共に、ミストは飛び降りた。
あぶないっ、と言いかけるより速く。
「テレス!」
「『グラウ・アァ・ランサ』」
テレスの呪文が物陰から聞こえ、それと共にミストのからだが淡い光を放ち、落下速度がゆっくりになる。
「すたっ」
自分で擬音を言って、ミストは地面に降り立った。
「ふははははは! 我らの共同戦線、うまく言ったようだな!」
「クレイス! なんでミストの手伝いなんてしてるんだ!」
両脇からロープを持ったクレイスとその他二人が現れた。
「ふっ、事態は変わる物なのだよ」
「実はこの前の誘拐事件の事を、クレイスの母さんに喋るって脅したのよ」
「何を言う。その言い方だとまるで、この僕が母親の恐怖に屈した様ではないか!」
「事実そのとおりでしょう」
物陰から出てきたテレスが冷たく言い放つ。
「うう、妹よそういう実もふたもない言い方は…」
「シード様!」
テレスは兄の台詞をきっぱり無視すると、シードに抱き着いてきた。
「シード…様?」
テレスの言い方に、シードはいやな予感を覚えた。
よく見ると、外灯に照らされたテレスの顔はほんのり赤くなっているように見える。
「えーと…」
どう反応して良いかシードが悩んでいると、テレスは目をきらきらさせていった。
「あぁ、シード様。シード様に助けられたこの命、シード様のために一生つくしますわ!」
予感的中。シードはひくっ、と顔をひきつらせた。
「よかったわねー、シード君」
冷たい、どこか刺の含んだような声でミストの声、
「はっはっは、シード=ラインフィー! この僕との決着がつくまで、そうそう逃がしはせんぞ!」
クレイスに指をつきつけられて、シードはため息をついた。
「…帰るべき場所、俺の居場所、そして俺の存在する意味か…」
「? なにか言いまして? シード様」
不思議そうにテレスがシードの顔を見上げる。
その問いに、シードは苦笑しただけだった。
…帰るべき場所、俺の居場所…そして―――
シードは…シード=ラインフィーは星を見上げた。
「…俺の存在する意味は…ま、おいおい見つければいいか…」
星は何も答えずに、ただ煌くだけだった―――
第一章+α 了
登場人物たちの自爆な座談会ッ!
テレス:はーい。こんにちわー。今回から登場のテレス=ルーンクレストですっ。
セイ:はーい。こんにちわー。次回登場の―――ってなんだこらっ、離せー!
(セイ、謎の黒服軍団に連行されていく)
シード:さて。時間的には第一章の直後に当たる話だけど。
クレイス=ルーンレスト(以下クレイス):むぅ。僕が始めてミストと共同戦線を張った話だな。
テレス:どーゆー覚え方をしてるんですか。私とシード様の出会いの物語でしょう?(はぁと)
ミスト:そーいえば、テレスってば初めてだったんだって? キス(やや冷たい声)。
テレス:きゃ(赤面)
シード:い、いやあれはただの人工呼吸みたいなもんで―――。
ミスト:まあ、酷いわねー。乙女の純情がただの人工呼吸ですって。外道。
シード:・・・なに怒ってるんだよ、お前。
カリスト=マッケンシー(以下カリスト):あとはクレイス様のご身分が発覚した話ですよね。
トレン=アイズバー(以下トレン):そう! 高貴で上品で容姿端麗秀麗眉目―――
シード:でもってワガママ太郎。
クレイス:いやだいいやだい―――って何させるコラ。
シード:・・・そういえば疑問に思ってたんだが、お前は魔法を使えないのか? クレイス。
クレイス:はっ、何を言い出すかと思えば! 魔法などというシロモノ、この僕には必要ない!
カリスト&トレン:おお〜〜〜(歓声)
ミスト:あたし的に推理すると、必要ないというか、単に覚えられなかっただけだと。
トレン:そんな!
カリスト:酷いですよミストさん! そんな本当のことを言ってしまえばクレイス様がおかわいそうです!
クレイス:・・・お前ら(怒)
ろう:でわ最後にこれからの展開を。
シード:第二章でもやっぱり新キャラ登場!
セイ:この物語のサブ主人公とも言うべき俺の登場だな!
シード:いつからそうなった!
セイ:作者公認。そんでもってシード君とミストのラブコメ模様!
ミスト:(もじもじ)
シード:いや、まあ、その、なんていうかっ!
テレス:今更照れることでもないでしょうに―――それでは最後の最後になりましたが。
ろう:ここまで読んでくれた方々さんきゅーですっ! これからもよろしくお願いします(ぺこりんぐ)。
テレス:『パニック!』はまだまだ続きますからね〜
セイ:ってゆーか、終わるのか? これ。
ろう:そ、そゆことはいわないでくださーいっ。
↑INDEX
→NEXT STORY
第ニ章「ミステリア=ウォーフマン」