パニック!

シード編・第一章
「シード=ラインフィー」


A【大都市アバリチア】


 

大都市アバリチア―――

人間が住む大陸・・・フィアルディア大陸最大の自治都市である。

たしか俺の知識によれば、この大陸にしては珍しく、異種族も多いらしい。・・・今はそんなに目立たないが。

そう! 俺は今そのアバリチアへと来ている。

死にかけのところをこの馬車を借りている(所有者ではない。念のため)親子二人に助けられ、急死に一生を得たのが昨日の事。

俺とした事が昨日、意識を失ってそのまま眠ったらしい。

気がつくと包帯だらけで馬車の荷台に寝かされて、既にアバリチアの市内に入っていた。

馬車の上で揺られながら、俺は内心緊張しながらも平然を装って馬車道の脇の歩道にうごめく人波を包帯の隙間から見下ろしていた。

暗殺者の組織と言う、閉鎖社会で暮らしてきた俺にとって、都会の人の多さは馴染みのあるものじゃない。

もっとも、アバリチアほどの大都市ではないが、王都キンクフォートやこの大陸のもう一つの自治都市ラナクスとかには何度か(一、二回だけど)行った事があるから、少なくとも田舎者じゃあない・・・・・ハズだ。

―――クスクスッ

不意に、俺の耳が笑い声をとらえた。

声のした方を向くと、二人連れの女が俺の方を見て笑っていた。

「・・・・・・」

俺が振り向いた事に気づくと二人の女はそそくさと顔を下げて人込みに紛れた。

・・・くっそ、なんで俺はこんな格好してんだ? 応急処置するならもっとやりようがあるだろに。

「え〜ところで」

人波を見下ろしたまま俺が固まっていると、馬車の前の方で声がした。

振り返ると、おっさん(俺を助けてくれた親子の親の方だ)がこちらを向いていた。

・・・・・どうでもいいけど前向かないと危ないぞおっさん。

だが、当然俺の心の突っ込みが通じるはずもなく、おっさんは笑って(ちと恐い)尋ねてきた。

「まだ、聞いてなかったが・・・・・君の名前は?」

「名前・・・・?」

「あ、そういえばまだ自己紹介がまだだったよね。あたし、ミスト」

なにがそんなに嬉しいのか、おっさんと同じ前座席に座っていた少女・・・・・ミストさん(一応命の恩人だしな)が妙にはしゃいだ声で振り返って言った。

「わしの名前はスモレアーだ」

と、おっさん・・・・・スモレアーさん(一応・・・・以下略)が白い顎鬚を撫でながら続ける。

どうでもいいが前向け前。人ひいても俺は知らんぞ。

「それで、あなたの名前は?」

「名前・・・ねえ」

思わず俺は悩んだ。

別に長い付き合いになる訳じゃなし(と、この時俺はそう思っていた)本名を名乗ってもいいのだが・・・・・

しかし、世の中何が起こるかわからんからなあ。ここは慎重に慎重を重ねて・・・

ああ、しかし齢十五歳にしてこんな事を考える俺って爺くせえ!?

思わず頭を抱えてうめいていると、少女があきれたように言ってきた。

「・・・・・なに、頭かかえてるの? あ、そこって一番怪我が酷いところじゃ・・・・・痛くない?」

「・・・・・・・・・・・・」

指摘された通りに、激痛を発してる箇所から静かに手を放した。

ふふっ、痛くないさ、こんな痛みなんて慣れっこさ。

そう痛くない。

「痛くないよ」

俺は少女の向かってにっこり笑って言った。もっとも顔中意味もなく包帯が巻かれているせいで包帯が動いたぐらいにしかならなかったろうが。

「ほうそうか。なら、顔の包帯はもうとってもいいだろう。まったく、ミストに任せたのが失敗だったな。こんなに包帯を使って・・・・・」

「だったら父さんがやればよかったじゃない。元傭兵でしょ」

元傭兵だったら自分の娘に応急処置のやり方ぐらい教えとけ!

俺は首から上についている包帯の留め金を外し、包帯をゆるめてから一気に脱いだ。

怪我の箇所が激痛を発し、ジンジンと痛みが残るが無理矢理無視して、怪我の具合を手で触れて見る。

・・・・・まだ出血の止まってない箇所があったようで熱い血が一筋、顔に流れる。

俺は俺の頭の形をしている包帯の固まりを解くと、適当に怪我の箇所に包帯を巻き、手で引き千切る。

それを何度か繰り返した。

・・・・すべての箇所に巻き終わっても、包帯は半分以上残った。

「すっごーい」

ぱちぱちとミストさんが拍手をする。

「上手ねぇ・・・・あ、わかったわ!」

と、唐突にミストさんは笑みを浮かべ、その隣でスモレアーさんが「またか・・・」とため息をつくと、前に向き直った。

「んっふっふ…わかったわよぉ〜バリバリにわかっちゃったわよぉ〜」

薄気味悪い笑みを浮かべてミストさんは身を乗り出してきた。

「わ、わかったって?」

思わず俺は後ろに下がる。

「ふっふっふ・・・・・あなたの正体がっ! よ」

「な、なにいっ」

俺は思わず驚愕の声を上げる。上げてから閉まったと思い、口を塞ぐ。が、

「くっふっふ・・・やっぱねぇ・・・冬の森に血だらけで倒れてたから普通の少年じゃあないとは思っていたけど・・・」

「そ、そうかな。たとえば森に遊びに行って冬眠中の動物を起こして殺されかけたとか・・・」

「あの森には凶暴な動物はいないぞ」

スモレアーさんが振り向かずに言う。

ちっ、おっさん余計な事をっ!

「な、なら尖がった石に向かって全力で転んで血まみれになって遊ぶのが好きな普通の少年とか・・・」

「普通じゃないわよ、それ。・・・って言うかあなたってそういう奴なの?」

「んなわけあるかっ!」

あ、しまった。思わずプライドの方を取ってしまった。

「ふふん、という事でネタは尽きたわね。とにかくあなたは普通の少年じゃないわね! そこでっ! あたしが推理したところによると!」

「・・・くっ」

俺はうめき少し後ろを振り返る。もちろんすぐ逃げられる様に、だ。

ミストさんはそんな俺に気づかずに静かに・・・・・しかし嬉しそうに続ける。

「・・・あなたは森の中、一人で血まみれで倒れていたわね?」

「ああ・・・って、お前が助けたんだろうが」

「それはつまり!」

俺の突っ込みを完全に無視して、目を見開き、びしいっっと俺に指を突きつける。

「あなたが血まみれになるような事があの森であった・・・・・と考えるのが普通ね」

と、スモレアーさんが振り向かずに口を挟んできた。

「・・・しかし、血の跡はなかったからあの森で事件があったとは思えないが」

「しかぁ〜しっ!」

スモレアーさんの意見を決然となかった事にして、ミスト(さん付けするのヤになってきた)はきっぱりと宣言した。

「それはトリックで、実は犯行の現場は森じゃなく別の場所なのよ! 血の跡がそれを示しているわ!」

「それって今さっきスモレアーさんが・・・」

「・・・・と、考えるのが素人探偵って言うものよ! 本物の探偵たるあたしは騙されないわ!」

「はあ?」

「つまりっ! 犯行現場は森の中と見せかけて森の中じゃないと見せかけて森の中で・・・・」

「結局、結論は?」

なんかもーまじめに付き合うのも馬鹿らしくなって俺は投げやりに尋ねた。

俺の問いにミストは腕を組んで天を見上げ、うつむき、再び天を見上げてやおら俺の方を向いた。

「つまり結論は―――」

「結論は?」

「犯人はあなたねっ!?」

「なんの犯人だっ!?」

ミストの意味不明理解不能の結論に俺は思わず声を上げる。そんな俺にかまわずミストは不敵な笑みを浮かべ勢いだけでまくしたてる。

「証拠は挙がっているのよ! たとえばそのほらえとああ―――ううあれよあれっ!」

うまく考えがまとまらないのか、両目をくるくる動かして、言葉になっていない声を出す。

「つまり、何が言いたいんだ?」

「だからその―――あっそうよ! あなた倒れてた時にナイフを握っていたわね!」

「あ、ああ」

まさか、気づいた?

一瞬そんな考えがあたまにうかぶがすぐに打ち消した。

考えてみりゃ、こいつは俺が『俺の正体は暗殺者です』なんていうプラカード下げてても、『それはトリックよ!』何てこと言いそうな奴だしな。

説得力がありまくる自分の意見に納得し、俺はミストの言葉を待った。

「つまり!」

「つまり?」

「・・・あなた、自分の体をナイフで傷つけて遊ぶという危険な趣味を・・・・・」

「違うっつとろーがっ!」

ああもう、なんか本気で頭痛くなってきたっ!

―――それから何事もなく(ミストがいろいろ『質問』やら『推理』やらしてきたが完全に無視してやった。

ミストはかなりむくれたが、まあ俺の知ったこっちゃあない、馬車を返し、スモレアーさんが経営するレストラン(何故、元傭兵がレストランなんかやっているのか…まあ詮索はしないでおこう)に入った。

レストランといったが、外見だけでみると単なる山小屋である。

恐ろしい事にこの都会の中(といってもその端っこの方だが)で丸太を使っているのだ。

なんとスモレアーさん一人で木を運び、建てたらしい。

後で聞いた話だが、実家が大工だそうだ。

そして、その山小屋の屋根の縁にでかでかと一枚の看板が下がっている。

『レストハウス スモレアー』

それがこの店の名前だった。

 

 

 

 

 

「それで結局、名前はなんていうんだ?」

店のカウンターに入り、布巾でカウンターの上を拭きながらスモレアーさんは尋ねてきた。

「そうよ、名前まだ聞いてないわよ!」

ミストも適当なテーブルに座りながら、まだ機嫌が直ってないのか(度量の狭い女だ)不機嫌そうに聞いてきた。

「名前?」

俺もミストと同じテーブルにつき、しばらく頭の中で自分の台詞をはんすうして・・・

―――まだ名前を名乗ってない事に気づく。

そうだ、名前どうするか・・・・ま、念には念を入れて偽っておくか。

なんにしろ、俺は追われる立場なのだ。慎重に慎重を重ねて慎重すぎるという事はないだろう。

「ふっ! あたしの推理によると・・・・」

「シードだ」

俺はミストの言葉を遮るように短く言い放った。

「何でそこであっさり言うのよぉ」

むくれるミストを無視して俺は淡々と続けた。

「俺の名はシード=ラインフィー。生まれはキンクフォートの西のテリュート。

歳は十五歳。両親はすでに他界し、今は天涯孤独の身。以上」

名前は偽名だが他の事はおおむね本当である。

しっかし、後で思ったが慎重に偽名を使ったがあまり意味はなかったかもしれない。

なぜならこの偽名というやつが俺の二人の親友の名前と名字をそれぞれ借りたもので、

俺を追う『組織』の奴等はその二人の名前を知っているからである。

ま、この時点ではそんな事は考えもせずに、俺はひたすらむくれるミストへの優越感に浸っていたりしたのだが。

「・・・うう〜」

ミストはテーブルに突っ伏して、両腕に顔半分うずめてうめいている。目には悔し涙が浮かんでいた。

ちょっとやりすぎたか・・・

と、俺が慰めの言葉の一つでもかけてやろうと思った時、

不意にミストは顔を上げた。

そして座った眼差しでまっすぐに俺を見つめきっぱりと言い放つ。

「偽名ね!」

「・・・・・!」

自分の言葉を完全に疑いのない口調で言われ、俺は内心かなり動揺した。

「はぁ? なに言ってるんだよ」

俺は表面上は平静を装ったが、内心ではミストの思惑を測り兼ねていた。

なぜ偽名と見切った? 自然に言えたと思ったが・・・・まさかこいつ、組織の一員じゃ・・・・・

複雑な恐ろしい罠にはまり込んでいるような気がして、目の前のミストが巨大に見えた。もちろん錯覚だが。

「なにを証拠に偽名だって言うんだ?」

それでも俺はなんとかごまかそうと、とりあえず聞いてみた。

・・・返ってきた答えは俺の予想をはるかに上回るものだった・・・

「証拠? 証拠なんてどうでもいいわ! あたしが偽名っていったら偽名なの! と!いうわけで! 推理するわね! 推理するわよ! さくさくぅ〜っと推理しちゃうからね! 覚悟しなさい!」

俺は無言でテーブルをひっくり返した。

 

 

「・・・なにもそんなに怒らなくてもいいじゃない」

俺がテーブルをひっくり返した後、くそ重いテーブル(よくもこんな物をひっくり返せたもんだと自分でも思う)を立て直す俺に向かってミストはぶうぶう文句をいった。

「うるさい。自分の名前を偽名だとか言われて、しかもそれがわがままだぁ?

普通の正常な感性を持つ人間だったら笑っていられるかっ!」

・・・本当に偽名なのだから怒るひつようはないのだが。どちらかと言うと、こんな奴を恐ろしいだとか巨大に見えるだとか、一時でも思った自分のアホさ加減に腹を立てているのだ。

『自己嫌悪』という奴だ。

「普通の正常な感性を持つ人間なら怒りを表現するためにテーブルをひっくり返すような事はせんと思うがね?」

「そうよそうよ」

いつのまにか近くのテーブルに移動して、テーブルの上を拭いているおっさん(さんづけするのいい加減面倒くさくなってきた)が苦笑しながらいってきた。ミストもそれに同意するように言う。

「うるさいな。俺は他の人間よりも『個性』というものがあるんだよ」

「こせいぃ〜?」

疑わしそうにミスト。

どうでもいいがさっきからしつこいぞお前。少し冷たくしたからって、そんなに突っ張るなよ。

と、俺がミストに向かって口を開きかけた時。

がっしゃーん!

突然、採光用の天井に取り付けてある窓ガラスが割れて、何かが床に落ちる!

「!」

俺は素早く立ち上がると、床に落ちた物ををちらっと見て危険はないと判断し、

天井・・・つまり、割れた硝子を見上げた。

思わず気を張り詰める。―――だが、俺の追手ではない事に気づいていた。

奴等―――俺も含めてだが―――に行動時間は夜に限定されている。

この状況で昼間に動くのは・・・意表は突けるかもしれないが、他にメリットはない。

そこまで考えて、俺は叫んだ。

「だれだ!」

「ふっふっふ・・・・」

聞こえて来た含み笑いはまだ若かった。なんとなく、俺と同じか・・・・それよりも歳下だと見当づける。

「我はクレイス親衛隊、右将軍。カリスト=マッケンシー! 手紙は確かに渡したっ!」

確かに、石を重りにして来た紙が落ちてきたが・・・・それよりも、

「クレイス親衛隊!?」

聞いた事がない。

俺は思わず、おっさんを見た。

何かが襲撃してくる『原因」といったら元暗殺者の俺か、あるいはもと傭兵のおっさんしか思い当たらない。

おっさんは軽く肯いて言った。

「ミストの遊び仲間だ」

「はぁ?」

「失礼ね! あんなのと『仲間』扱いしないでよ!」

「あ、あんなのとは何だ! 僕らの方が年上なんだぞ!」

上から抗議の声。

俺はため息をついて、落ちて来た手紙とやらを拾った。ミストの方にほうる。

「ほれ」

「ふっ、あの馬鹿が無い知恵しぼってどんな文面をかいたのかしらね」

馬鹿が馬鹿と言う奴はどんな奴なんだか。

そんな事を考えながら、俺はミストが手紙を読み終えるのをまった。

と、読み終えたのか、唐突に手紙をくしゃと握り潰した。

「いってやろうじゃないの」

にやりと不敵な笑みを浮かべる。そして上を見上げ、叫ぶ。

「手紙、確かに受け取ったわ!」

「ふっふっふ・・・・・では丘でまっているぞ! サラバ!」

ミストの声に応え、声が降ってくる。そして屋根を走り去っていく足音・・・・・

ミストはふっと息を吐くと、肩の力を抜いた。

「なんて書いてあったんだ?」

ちょっと興味をそそられて俺が聞くと、ミストは無言で手紙を差し出してきた。

「読めばわかるわ」

「そりゃまそーだが」

俺はくしゃくしゃになった手紙を受け取ると、ピンっと引っ張って伸ばす。

『前略』

最初の一行はそれだった。いきなりガラスを割って落とされたわりに、

奇麗に整った字で書かれていて俺は面を食らった。

俺は顔を上げ、他の二人を見る。

ミストはなにか闘志のようなものをその瞳に秘めて静かに肯き、おっさんはため息をつきながら仕事(いつのまにか今度は掃き掃除をやっていた)を再開した。

俺は続きを読む。

『お暑い季節の中、ご多忙申し上げます』

今は冬だろ。

『さてこの涼しい季節の中、貴方さまはいかにしてお過ごしでしょうか?』

おいおい、さっきといっている事が違うような・・・

『ぽかぽかと陽気の中、気持ちよくお布団が干せそうな季節で御座いますね』

・・・・・・

『さて、寒風吹きすさぶ中で恐縮ですが、貴方に挑戦状としてこの手紙を送ります。お手数をかけますが、どうか、黙っていつもの『アルべの丘』までご足労願います。

                            クレイス=ルーンクレスト

 

追伸

こなかったらいつものように貴方の父親の店に毛虫投げたり犬の死体ほうり込んだりして嫌がらせしますのでなるべく来てくださいませ』

「挑戦状ね!」

俺がよく分からん手紙を読み終えると、ミストがさっきよりも瞳にに炎を燃やして断言した。

「類は類を呼ぶ・・・か」

思わず俺はつぶやいた。

「なによぅ、シード君。なにがいいたいのよ」

「自分で推理しやがれ、馬鹿。なんなんだよ、この変な手紙は!」

「私が推理するに・・・」

俺の問いに、ミストは額に軽く手を添え、考えるフリ(だと俺は推理した)をしばらくして・・・

「精神攻撃ね!」

「はぁ?」

「奇妙な文面をよこして、読み手の精神を惑わす。・・・・恐ろしい攻撃だわ!」

「おそろしいっていうか・・・・アホさ加減が恐ろしい」

「でしょう!」

なにがそんなに嬉しいのか目を輝かせてミストがいう。と・・・・

「すいませぇぇん・・・・」

いきなり上から弱々しい声、

見上げると、ちょっとふと目の顔をした奴がおれたちを見下ろしていた。確認するまでもなく、こいつがさっきのカリストとかいう奴だろう。

「どうした?」

俺が聞くと、カリストは半べそかいて、

「あ、あのぉ・・・・恐くて降りられないんですぅ・・・・」

「・・・・・・」

・・・・・類は類は呼ぶ・・・・・か、俺も気を付けねえとな・・・・・

手紙の重りになっていた石をカリストに向かって投げつけるミストを見て、俺は硬く決心した。

 

 

 

 

 

「はぁーっはっは! よく恐れずに来たな、誉めてやろう」

・・・・っていうか、何で俺がついてこなけりゃ何なかったんだ?

俺は目の前で偉そうに岩の上に立つ男の哄笑を聞きながら、素朴な・・・しかし重大な疑問を感じた。

隣では、ミストが真剣な表情で油断なくかまえている。傭兵の娘だからだろうか、なかなか堂に入っている。

「・・・とりあえず、納得はしたな」

「納得?」

「馬鹿が馬鹿と呼ぶ奴は大馬鹿だってことをな」

「どういうこと?」

本気で意味が通じなかったらしく、ミストは不思議そうに聞いてきた。

俺は応える気にもならずに本日何度か目のため息をついた。

「クレイスさぁ〜ん、助けてくださいよぉ」

不意に、俺の後ろでロープでぐるぐる巻きにされているカリストが悲鳴を上げた。

ちなみに、何故かロープの一端は俺が持っている。

クレイスと呼ばれた男(さっき哄笑していた奴だ)が不意に哄笑を止め、後ろにいる連れ―――二十歳ごろの男二人(戦士と魔法使いのカッコをしているところを見ると両方とも冒険者なのだろう)と俺やミストと同じくらいの少年一人を振り返る。

「クレイス様!」

少年が一歩前に出る。

「ここは我らの勝利のためにカリストには犠牲になってもらった方がよいかと・・・」

「トレン!」

カリストが悲鳴を上げる。どうやら彼はトレンと言うらしい。多分肩書きはクレイス親衛隊左将軍だろう。

「うむ」

クレイスは静かに肯くと、おれたちの方に向き直った。

「実は僕もそう思っていたところなんだ」

「クレイスさぁぁぁん!」

再びトレンの悲鳴。

・・・なんかだんだん哀れになってきたな・・・

「さて、カリストの死の犠牲も乗り越え、ついに最終決戦だな! ミスト!」

クレイスが岩から飛び降りて言う。

「望むところよ!」

ミストも一歩前に出て応える。さらに、トレンもクレイスに並ぶように進み出た。

「カリスト、お前の仇、この左将軍トレン=アイズバーがとる!」

「かってにころすなぁぁ!」

三度目の絶叫。

その絶叫を聞きながら俺は丘を下りて・・・・・

「ちょ、ちょっと、何処にいくのよシード君!」

後ろからミストの声が聞こえる。俺は足を止めて首だけ振り向いた

「帰るんだよ。決まってるだろ?」

「えぇ〜! ひっどぉ〜い!」

なにがひどいんだか・・・・

俺は無視すると、再び歩き始め・・・・

「なるほど、逃げるんだな?」

後ろから聞こえて来た声に俺は再び足を止めた。

半眼で、今度は完全に振り返る。

クレイスがふふんと、嘲るようにこっちを見ている。

「ミスト。お前の助っ人は逃げるようだな」

・・・・いつ誰がミストの助っ人になったつった?

「誰が逃げるっていった? 帰るっていったんだ俺は!」

「なるほど、逃げ帰る、と」

ぽんっと手を打ち、トレン。

・・・・・こ、こいつら、言いたい事ばっか言いやがって。

「まあ仕方ないですよ、クレイス様」

トレイがにやにやしながら言う。

「そうだな」

クレイスもにやにやしながら肯く。

「なんてったって、Bランクとは言え現役バリバリの冒険者がおれたちの助っ人ですもんねぇ」

「はぁっはっは。おじい様に無理言って頼んだからな。泣いて謝るんなら今のうちだぞ」

・・・がきの遊びになんで大人が混じってるのかと思えば・・・そう言う事か。ったく。

「ひ、卑怯よ!」

「はぁーっはっは! はぁーっはっは!」

ミストが悔しそうに叫ぶ。その声を受けて、クレイスはうれしそーに哄笑を上げる。

「あのなぁ・・・」

怒りに震わせているミストの肩をおしのけ、俺は前に出た。

「子供の喧嘩に大人が出てくるんじゃねえよ」

「わるいな、一応仕事なんでね」

戦士風の男が前に出る。

「さぁ、軽く痛め・・・」

クレイスの台詞が終わらないうちに―――

「さすがBランク―――遅いね」

―――俺の拳の一撃が戦士のみぞおちを捉えていた。

「かはっ!?」

なにが起きたのか分からなかったのか、不思議そうな顔で戦士は崩れ落ちる。

「ま、こんなもんだろ」

俺はつぶやくと、クレイスを見た。

「・・・・・・」

突然の事に、声が出ないのか口をぱくぱくさせていたが、やがてヒステリックに叫ぶ。

「ひ、卑怯だぞぉ! まだ、『はじめ!』の声がかかってなかったじゃないかぁ」

「知るかっ!・・・・・・さあて、人のこと色々言ってくれたよなぁ」

「え、あの・・・・・」

「もしかして怒ってますか?」

トレンがおびえた声で聞いてきた。

「もちろん」

俺はにっこり肯いた。と・・・・・

「シード君、魔法使いっ」

唐突にミストの声が聞こえ、その意味を察した俺はすっかり忘れていたもう一人の方へ振り向いた。

こっそりと呪文を唱え終わってたらしく、魔法使いの目の前に煌煌と輝く赤い火球が出現した。

・・・・子供相手に攻撃魔法使うか、普通?

なんか、元々普通の人間って言うのは周りにいなかったが、脱走してから更に変人が増えてきたような・・・

「くらえぇっ!」

魔法使いの声と共に火球が俺に向かって発射された。

「ちぃぃっ」

俺は素早く懐からナイフを取り出し、意識を込める。

「シード君っ!」

ミストの悲鳴。

それを背に、自ら炎に突っ込む。

「きえろぉっ!」

俺は魔法の炎をナイフで切りつけた。

切り付けた瞬間、炎は塵となり、虚空に消える。

「―――馬鹿なっ!?」

魔法使いが驚愕の声を上げた。

「魔法の炎をナイフで切りつけるだと・・・魔法のかかったナイフか!?」

「残念、ハズレ」

ナイフをもてあそびながら舌を出す。

「―――さて、どうする? 俺に魔法は聞かないぜ」

「馬鹿なっ。馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ」

魔法使いは完全にうろたえて、馬鹿なを繰り返す。

あーやだやだ。あーいう大人になりたくはないもんだな。

「ほーっほっほ、そっちの助っ人は戦意喪失した様ね! と、いうわけで三十七回目の最終決戦もあたしの勝ちのよーね」

おいおい

「くくう! だが次は勝つ! ・・・よし! 次の最終決戦三十八回目は明後日キキタの森でどーだ?」

「あのなぁ・・・・」

「望むところよ!」

・・・・・・

「と、いうわけでシード君。帰るわよ!」

「・・・・・おまえらって、こんなこと四十回近くもやってんのか?」

「あったりまえでしょ」

「いや、あたりまえっていわれても・・・・・ま、いいか」

どーせ、すぐ別れるんだし。もう会う事もないだろ。

俺は心の中で付け足すと、回れ右して帰りかける・・・・・と、

「まてぇ!」

魔法使いの制止の声が聞こえ、俺はまた振り返った。

何度振り返ればいいんだか・・・・・

「ガキが、このままですむと思うな!」

うわ、ものすごい顔。

振り向くと、胸元からペンダントを取り出しながら、恐ろしい形相で俺を睨み付けていた。

「ガキ相手に本気になって恥ずかしくないのかよ」

「そーよそーよ。顔が恐いわよ。おじさん」

「俺はまだ二十歳だっ!」

あーあ、さらに怒っちまった。

「いらんこというなよ、ミスト」

「だって、本当に恐いじゃない。あれ、人間の顔じゃないわよね。まるでゴブリンだわ」

見たことあるのか? おまえ?

「誰がゴブリンかぁー!」

「あんたよ、あんたっ!」

「お、おい、あんまり怒らすなよ」

俺は焦ってミストの袖を引っ張る。

冗談じゃない、俺だけならともかく、こいつまで面倒見切れんぞ。

だが、完全に調子に乗っているミストはさらに罵詈雑言を浴びせかける。

「まったく、自覚ない人ってこれだから厄介なのよね。あんた人から注意されなかった? ・・・・されても気にしなかったんでしょ。あー、自己中心的性格ってやだわー、あたしも気を付けなくっちゃね!」

おまえも十分なってると、付き合い短い俺でもそう思うぞ。

「あ、今推理したわ、あなた恋人いないでしょ・・・・ううん、恋人はいるのよねー、杖のつえちゃん? 魔道書の本ちゃん? あ、わかった、さっき使った火の玉のほのおちゃんでしょー 今度紹介してね」

「ミスト!」

いきなりクレイスが声を上げた、さすがに雇い主として怒ったのだろうか?

クレイスはトレンを引き連れ真剣な表情で静かにミストに歩み寄ると、首を左右に振っていった。

「水晶球のすいしょうちゃんを忘れてるぞ」

「あぁ、なるほど」

「補足してどうする・・・・」

朗らかに納得するミストの声に、俺は静かにうめいた。

あぁ・・・・こいつらと付き合ってると、頭痛くなってくる。

まだ人の目玉コレクターのジニートとか嬉しそうに人の指を一本一本ゆっくり折っていくガフー教官とか、切れる物を持つと見境なく人を切りまくって無気味な笑いを上げる『狂気』のランドルとかのほうがつきあい・・・・・・

かつての知り合い(あくまでも『知り合い』だ! 友達じゃないぞ)を思い浮かべしばし思考がとまる。

・・・・・・・まあどっちにしろ、俺に合う奴等ではないと言うことだな。

俺はそう結論づけると、再び我に返った。返ったついでに目の前に現れた物を見て帰ろうと背中を向けかける。

「ちょっとまってよシード君!」

「やかましい、俺が知るか!」

ミストのせっぱ詰まった悲鳴に、叫びつつも振り返る。

「くはははははは! 死ね、死ねガキども!」

そこにはペンダントを振り回し狂気の高笑いを上げる魔法使いと、石の悪魔が立っていた。

クレイスが石の悪魔を見てつぶやく。

「あの馬鹿、ガーゴイルなんて召喚しやがった!」

”ガーゴイル”

普段は彫像のふりをしているが、近づいたりすると突然石が動き出したりするあれである。

普通は遺跡なんかで宝物を守ってたりするのだが、召喚に使われる事も多いらしい。

もっとも召喚魔法は超高等技術で、とてもBランクの魔法使いに使えるはずはない。

おそらくさっきから振り回しているペンダントに封じてあったのを開放しただけだと思うが―――

―――まぁそれはさて置き

「疑問に思った事があるんだが・・・」

俺は誰ともなしにつぶやいた。

「馬鹿が馬鹿と呼ぶ大馬鹿が馬鹿という奴は果たしてなんだろうか?」

「超大馬鹿」

俺の疑問に、まずクレイスが即答してきた。

「奇人」

「変人」

つづいて、カリスト(縛られたまま)とトレンも答えた。

「ふっ、あたしの推理によると、愚者ね!」

「なるほど・・・」

興味深い答えに俺はうなずいた。

超大馬鹿 奇人 変人 愚者

四つの単語を反すうしてみる。

「よし!」

俺は大きく肯くと、魔法使いを指差した。

「超大馬鹿で奇人変人な愚者!」

「だれがだ!」

「お前に決まってるだろうが! 水晶球ならまだしも、炎を恋人にするなぞ奇人変人の何者以外でもないわ!」

「そーよそーよ、ゴブリンもどきなくせして!」

・・・いやそれはおまえ等が勝手にいってる事だろ・・・

「そういうことじゃなくてだな」

俺はミストとクレイスを押しのける様にして一歩前に出た、

「ガキ相手にむきになって―――」

いいつつ、俺は素早く地を蹴り、石の悪魔に飛び箱のように手をついて一気に魔法使いの背後をとる。

ガーゴイルはピクリとも動かない。まあ、召喚獣なぞ命令がなければただの木偶の坊だが。

「―――攻撃の魔法使うのが馬鹿だっていうんだよ!」

「なっ―――!? がふっ」

俺はそのまま片腕で魔法使いの首を絞める。

もう片腕で魔法使いが持っているペンダントを強引に奪い取ると、遠くへ放り投げた。

「これで、ガーゴイルは操れ・・・・・へっ?」

いきなり俺の目の前でガーゴイルが動き出す。

んな馬鹿な!?

思わず石の悪魔の動く様を俺は呆然と見詰めた。

ガーゴイルはゆっくり振り返り・・・そして、

「だぁっ!」

横薙ぎに振るってきた石の腕を、俺は魔法使いともどもしゃがんでかわすとそのまま低く後ろに飛ぶ。

「ぐえぇえっ!」

「あっ、悪い」

思いっきり首を絞めてしまった魔法使いに謝りながら腕を放す。

ごほごほとせき込む魔法使いに向かって俺は問い詰めた。

「おい! なんで動くんだよ!」

「お前こそ、制御用のペンダントを何処投げた! あれがなければ、ガーゴイルを押さえる事など私では無理だ!」

「なんだって!」

しまった・・・そこまで考えてなかった・・・

「シード君!」

ミストの悲鳴に、そっちの方を見ると、ガーゴイルが縛られて動けないカリストを石の爪で引き裂こうとするところだった。

ちなみにミストたちはすでに逃げている(薄情者)。

「ちっ!」

俺は懐からナイフを取り出し、走る。が・・・・・

間に合わない!

ガーゴイルの腕が振り下ろされ・・・・

がきぃいん!

鋼の剣に受け止められる。

「ぐぅう・・・」

いつのまに復活したのか、さっきの戦士が苦悶の表情で受け止めていた。

「ナイス! にーちゃん。カリスト! はってでもいいから逃げ・・・」

いいかけて、ふと気づく。

カリストはさっきから悲鳴の一つも上げていない。つまり・・・・

気絶してやがる!

「うぅぅうううう!」

戦士が必死でガーゴイルと力比べをする・・・・が、明らかにガーゴイルが優勢だ。

ちっ、さっきの俺の一撃がまだ響いてるのか!

俺そう判断すると、ガーゴイルにナイフで切りつける。

ぎゃりっ!

ナイフで石をこする・・・・そのまんまの音がして、俺の身体に衝撃が跳ね返る。

つっ・・・・そういや、俺も怪我人だったっけ。

もっとも行動にほとんど支障はない。痛みも昨日の怪我の割には感じていない。

・・・今、気づいたがなんで俺こんなに回復してんだ?

たしかに回復力は常人と比べると高い方だが、それにしても・・・ま、いいか今は目の前の敵に集中しなけりゃな。

敵。そう、敵だ。

「お前の相手は俺がしてやるぜ、化け物」

「ちっ、子供は下がってろ!」

「・・・・・・・・」

ガーゴイルは無言で片方の腕を俺の方に振り回してきた。

「カリストを連れて逃げろ!」

戦士に叫びながら俺は必死で腕をかわす。

あたったら・・・・・即死だな。

そんなことを考えつつ、俺は神経を極限までに張り詰める。

意識が空間に溶け込み、空間に広がるような感覚・・・・・

体中に目がついたようにあたりのすべての物が見え、感じる。

感情が消え、まるで別の人間になったような錯覚を覚える・・・・・・

「くっ、小僧! 縛られてる奴は逃がした! 今助けにいくぞ!」

戦士が叫んだ。

その情報を理解し、俺は静かにつぶやく。

「こなくていい」

戦士が憤りを見せる。

が、それよりも早く。

俺は音もなく。地を蹴った。

音もなく。駆ける。

音もなく。草を踏み、地を蹴り、また踏む。

身体が、俺の存在が希薄になり、意識と同じように空間に広がる。

敵が、敵だけが見える。

音もなく。敵に斬りつけ、そのままの勢いで通り過ぎる。

音もなく。俺は止まった。

静かに・・・・振り返る。

ガーゴイルは振り返らない。

斬られた事すら・・・何をされたかすら気づいてないだろう。

「おい、小僧! 今のうちに逃げろ!」

戦士の声が聞こえる。たぶん、彼も何が起きたかわからなかったろう。

俺は静かにつぶやいた。

「音もなく・・・・・散れ」

すしゃああぁぁ・・・・

俺の言葉に応じたかのように、ガーゴイルに斬りつけた場所からだんだんに塵となる。

元は悪魔の石造だった塵は風に吹かれ、やがて完全になくなる・・・・

俺はナイフを懐に収めると、ぽかんとした表情で俺を見つめるミストたちの方に歩き出した―――

 


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