序章 一つの終わり…そしてもう一つの始まり

 

はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・・・

息苦しい。

「ぐっ」

俺は酸欠状態であえぐ胸を押さえ、疲労でぼろぼろになっている体を無理矢理動かした。

「んあっ」

いきなり、身体が宙に浮く。

―――一瞬後には地面に仰向けに落ちていた。つまり、転んだのだ。

「がはっ、げふっ、ごふっ」

肺に衝撃を受け、一瞬呼吸が止まったせいでむせる。

身体に痛みはない。

酷く冷える夜のせいか、あるいは多量の出血のせいか体中の感覚は当の昔に失っていた。

もちろん、いいこと事など一つもないが。

俺は起き上がらずに仰向けのまま動かなかった・・・いや、動く気力がなかった。

俺はすでに『死』を覚悟していた。

「ったく、これが『最強』と呼ばれた暗殺者かよ」

一人ごちる。

そう、俺は暗殺者だ。

とは言ってもまだ若いぞ、十五歳。普通なら学校に言ってる歳だ。

俺は普通じゃないんで学校行くかわりに人殺してたけどな。

「そう・・・俺は人殺してたんだよな・・・」

思わず自分の手を見る。

月も出てなく、明かりなど何処にもないが、訓練された目は自分の手の姿をはっきりと脳に伝える。

その手はいつもと同じように血に汚れていた。

しかしいつもと違い、いつもは他人の血だがこれは自分の・・・自分の赤い血だ。

つまり、俺も一応人間だって事だ。もうすぐ過去形になるが。

「・・・・・・」

思わず夜空を見上げる。

これで星が奇麗なら冥土の土産の一つにもなろうものだが、生憎ここは木々に囲まれた森の中。

冬なので葉はもう散っているが、それでも木の枝が邪魔でうまく見えない。

「終わりかな・・・?」

思わずつぶやき、へへ・・・・・と、自嘲気味に笑う。

「せっかくあいつらの命をもらったっていうのにな」

俺のために・・・・・俺なんかのために身代わりになった二人の・・・・・たった二人の親友の姿を思い出して目元が熱くなっていく。惨めだね。

「おまえらを見殺しにしたって言うのに俺もう死にそうだぜ・・・・シード・・・・フロア・・・・」

ほとんど涙声で、いつも一緒にいた・・・・しかし今はもういない二人の親友につぶやく。

泣きたいほどつらいのに、何故か涙は出てこなかった。

「・・・お前等がいなけりゃ、こんな世界、一人で生きててもつまんないしな・・・」

こんな台詞、フロアが聞いたら怒るだろうな・・・

「十五歳の誕生日に幼き命散る・・・か」

誰に言うともなしに・・・というか、自分にその事を確認させるためにつぶやく。

「・・・」

しばし黙考し、かっこいい台詞だと思い、近くの木にでも書き残そうかと、なんとか身を起こす。うまくいけば誰か親切な旅人が俺の墓を作ってくれた時に添えてくれるかもしれない。

俺はそんな事を思いながら、愛用のナイフを取り出す。何ら変哲のない日曜雑貨だが、握りのところを少し削って、俺の手に握りやすい様にしてある。

まあ、そんな事はどうでも良い。

かじかんだ手で何とか苦労しつつ取り出したナイフを両手で持ち、俺は木に突きたてた・・・と、唐突に木の向こうから光が見えた。

まさか・・・追手?

完全にまいたと思ったが・・・俺は木に突き立てた(といってもそれほど深く刺さっていないが)ナイフを静かにひきぬくと息を整え、神経を張り詰めた。

・・・一人ぐらいは殺ってやる。

光はだんだんと近づいてくる。それと共に足音と声・・・

声?

なんでわざわざ声なんて出すんだ? それに、会話はよく聞き取れなかったが今のは・・・女の子の声のような・・・

・・・なんだ? 追手じゃ・・・ない?

俺は思わず緊張を解く。考えてみれば、あいつらなら光なんて使わずに闇の中で行動できるだろうし、幾ら森といってもあんなにあからさまに足音を立てるはずがない。

「ちょっとぉ! 誰かいないのー! だ・れ・か・あー!」

聞こえて来た声に俺は腰砕けになり地面に突っ伏した。

「・・・助かった・・・!?」

まさに奇跡のような出来事に、俺は苦笑した。どうやら運命は俺の思い通りにはいかないらしい。いつもどうり。

と、俺が運命に皮肉っていると。、

「なあ、ミストそろそろ諦め・・・」

「なによー! あたしの推理が間違いだっていうの!」

「間違いもなにも・・・それにあの馬車だってレンタルなんだ。早く返さないと延滞料金取られちまうんだぞ」

「なによ! 延滞料金と人の命とどっちが・・・」

「小遣いから引くぞ」

「もちろん延滞料金よね。お金は大事だわ」

コラコラコラコラコラコラ!

聞こえて来た会話に俺は必死で跳ね起きた。

現金なもので、さっきまで死ぬつもりだった事も忘れ、機能停止寸前だった身体は存外素直に言う事を聞いた。

だが立った瞬間、足がもつれ木に寄りかかった。

「? なにか今音が・・・?」

「えっ?」

俺は木を中心にして、反転し、声のする方へと倒れ込む。

そして光を浴びながら、限界だった俺の意識は闇に沈んだ・・・

 


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