第八部 終章・・・または「あるひあるときあるばしょ」での西山幸治
あるひ、あるとき、あるばしょで。
一つの物語は終わり、そして―――
「ふええ、ひっろいなあ・・・」
よく晴れた日曜日。
幸治は由緒ただしそうなお寺の墓苑で自分の母親の墓を捜していた。
「えーと・・・春日、春日・・・」
一つ一つ墓に刻まれている名字を追っていく。
―――別に呆けてたり勘違いしている訳ではない。
どうも、幸治の父親は母方の親類縁者に評判が良くなかったらしく、
幸治の母と昭が死んだ時も幸治の父が原因だと言って自分達で引き取ったそうだ。
本当は生き残った幸治も引き取られるはずだったのだが、
「こいつは俺の息子だ!」と言って、強引に幸治を連れ去ったらしい。
・・・まぁ、そんな事は置いといて。
「幸治、これじゃない?」
声に振り向くと、綾が片手で一つの墓を指差して、もう一方の手で手招きしている。
そんな様子に幸治はなんとなく苦笑した。
本当は、幸治一人で来るはずだったのだが、幸治が一人で墓参りに行くと聞いた綾が
『あんた一人で行けるわけないでしょうが。・・・ううん、一人で行けたとしても、きっと帰って来れないわよ!』
そして、不意にそっぽを向いて
『・・・もう、仕方ないわね・・・仕方ないから・・・その・・・・・しかたないからっ! あたしもついてってあげるわよっ!』
「まったく・・・世話好きと言うかなんと言うか・・・」
「なによー」
つぶやいたつもりだったが、幼なじみにはしっかり聞こえたようである。
「あんたが心配だから・・・」
「でも、少しはマシになったろ?」
ニコっと幸治は笑う。
綾はふか〜くため息をついて、
「すこし・・・少しね。ホントに」
「ふっ、この俺が『墓参り』と言う目的を忘れなかったと言うのはかなりの進歩と言って良いだろう!」
「降りる駅、このお寺の名前、ついでに自分の母親の名前も忘れてたでしょうが!」
・・・でも、ま、目的を忘れなかったて言うのは…ちょっとした進歩だよな・・・
「ふっふっふ・・・唯一の短所も克服してしまうとは・・・これでまさに『パーフェクト野郎』だな。自分の完璧さに・・・」
「ぬわぁにが完璧よっ! ・・・それよりこれ。このお墓でしょ」
「ん―――ああ・・・・・」
幸治は示された墓石を見て目を細めた。
墓には『春日家』とかかれている。
―――昭・・・そしておふくろ・・・
幸治は静かに目を閉じ、そんな幸治を見詰めて綾も黙祷をささげる。
―――俺、昭やおふくろの分まで生きる。天国で見守っていてくれよな。
とある川原の川岸―――
「仲島先輩に告白するぞ〜」
「なぁにまた恥ずかしい事叫んでんのよ!」
・・・あいもかわらず。
「お前にわかるかっ! この俺の死活問題が―――」
「あんた『完璧なる至高の最強野郎』になったんじゃないの!」
「・・・言ったか? そんな事」(答:言ってません)
「言ったのよ。ったく・・・」
と、綾は頭を抱えて
「ああもう! ・・・なんであたしこんなのと幼なじみなんだろ」
「そりゃ、お前。俺がお前の幼なじみだからだろ?」
「・・・幼なじみだって事覚えてないくせに・・・」
「はっはっは。気にするな、俺も気にしない―――さて、納得したところで。いっせーの」
「?」
「仲島先輩に―――」
「止めなさいって言ってるでしょーがっ!」
おおっとあれは必殺のかかと落しだーっ!
「・・・・・」
声もなく幸治は地面に沈む。そんな幸治に気づかないまま、綾は顔を背けてやや赤くなりながら続ける。
「まったく、恥ずかしいんだから・・・」
ため息をつき、綾は意を決したように怒ったように口を開く。
「そ、そんなに言うなら、仕方ないから・・・仕方ないからよっ! わかってる!?」(答:わかってません)
堤防の上から例の仲島先輩が二人に気づいて早足になるが、綾も、当然幸治も気づかない。
「え〜と、仕方ないから・・・その、あたしがお弁当をあんたの分まで・・・その・・・」
「う、うう・・・」
幸治のうめき声に綾はやっと気づいたように、
「えっ!? 幸治! どうしたの?」
お前が蹴ったんだろうがっ!
・・・幸治と付き合っているうちに物忘れが感染ったんじゃないか?
「わ、わからない・・・」
幸治は弱々しく答える。
「ただ、誰かに後ろから・・・」
・・・・・・
しばし沈黙。
ややあって
「お前だーっ!」
「あたしだーっ!」
な、なんか・・・綾が幸治に似てきたような。
「あ、あはあはは。だ、だって、あんたが恥ずかしい事を全力で叫ぶから・・・」
ごまかし笑いを浮かべる綾。そんな綾に幸治は真剣な顔で、
「綾・・・これで貸し一つな」
「な、何よ。貸しって、大体あんたが・・・」
「だからあした弁当作ってくれ」
「は?」
「ふっふっふ・・・俺は素晴らしい考えを思い付いたのだ!」
「・・・・・・・・・」
「俺が覚えているうちに誰かに弁当の事を頼んでおけばたとえ俺が忘れていても弁当は届く!」
「・・・・・・・・・」
「どーだ、素晴らしいアイデアだろう。気絶している間に思い付いたんだぞ!」
それって絶対睡眠学習だよな・・・・・
「そ、そうね・・・ま、貸しがあるんじゃ仕方ないわよね」
綾はやれやれと、手を横に振る。
「んじゃ、この式条 綾様が仕方ないから(強調)作ってきてあげますか」
「よっしゃぁ」
幸治はぴょんっと立ち上がり。綾に向かってにっと笑う。
「綾、ありがとな。今までも、これからも」
「え、な、なによいきなり・・・」
「いつも迷惑かけてると思ってさ、これからも・・・やっぱり迷惑かけるだろうし。覚えてる時に言っとかないとな」
「あ・・・と、うん・・・」
綾は顔を何故か真っ赤にしてうつむく。
(・・・それって、これからも一緒にいてほしいって事・・・かな)
ああ、なるほど、そう解釈した訳ね。
(あたしは・・・あたしは・・・多分、あたしも幸治と一緒に・・・)
「こ、こうじ・・・」
「あぁーっ! 仲島先輩はっけ〜ん!」
しかしか細い少女の声は幸治の声によって掻き消された。
とうの仲島先輩はびくっと身を竦めて走り出す。
「あっ、何故逃げるんですか」
逃げるって。
「ちょっとまっ・・・どわっ!」
走りかけた幸治の足を綾は無造作に払った。なす術もなく転倒する幸治を見下ろして綾は
「べーっ!」
あっかんべーをしてそのまま歩いていく。
「俺、なんかしたかぁ・・・?」
地面にはいつくばる幸治にかまわずに真夏の太陽はさんさんと照りつけていた―――
あるひ、あるとき、あるばしょで。
―――一つの物語は終わり、そして―――再び物語は始まる。
いつも、いつでも、どんなところでも。