第七部 存在しないはずの弟との邂逅、再び・・・あるいは、西山幸治、昭の運命の分岐点。

 

あるひ、あるとき、あるばしょで。

暗闇の中。

「死ねっ! 幸治!」

いきなり昭は幸治に飛び掛かり、幸治の首を絞める。

「っ!」

「しねっ、死にやがれ!

「う・・・ううっ・・・」

「ははっ! なんで俺がおまえを殺そうというのか冥土の土産に教えてやるよ。

最近ある事を思い付いたんだ。おまえの記憶をすべて消せば、俺は『おまえ』として完全に表に出られるってな!」

「ぐ・・・ぐううっ・・・」

「今までの記憶すべて消すのはさすがにしんどかったぜ、だがもうそれも終わりだ。最後の記憶を消すのには失敗したが、このままおまえの精神体を消せば・・・」

「言いたいことはそれで終わりだな?」

確認するような幸治の声に昭はぎょっとした。

手は今も幸治の首を絞めてるはずだ。だが、幸治は平気な顔をしている。

「おまえっ・・・化け物かっ!」

「あほか? おまえが自分でいってたろ。実体がないって」

「で、でも、げんにさっきは・・・」

「夢なんだよ、これは」

幸治は静かに断言した。

「だから、苦しいと思えば苦しいし、絞めれると思えば絞めれる」

「あっ!?」

昭は驚愕の声を上げる。手ごたえがなくなり、昭の手は幸治の首をすり抜け両手が合わさる。

幸治は昭の手を文字どおり摺抜け、後ろに下がる。

「加えて言えば、ここは俺の中だ。俺に自由にできない訳ないだろ」

「ちっ・・・ううっ!?」

唐突に昭はさっきと同じように苦しそうに体を押さえた。

「?」

「くっ・・・そお・・・結局俺は消える運命なのかよ・・・」

無念そうにつぶやくと、昭の姿がだんだんと薄くなる。

「どうした!?」

異変に気づき、幸治が駆け寄る。

「おい! 大丈夫か?」

「おまえ・・・?」

昭は不思議そうに幸治を見る。

「俺はおまえを殺そうとしたんだぞ!?」

「関係あるか! 俺だって死ぬのは嫌だし、なにより・・・」

と、幸治はそこで言葉を切った。じっと、昭の顔を見る。

「・・・なにより、兄弟だろうが!」

びくんっ、

その言葉を聞いて昭の体が強く震える。

「おい! どうした!」

幸治が昭の肩を揺さ振る。

昭は肩をつかむ幸治の手から暖かいものが伝わってくるのを感じた。

「そうか・・・」

昭は今になって、やっとわかったような気がした。

「あのとき、苦しみが消えたのは、共存の可能性が・・・」

不意に昭の両目から涙がこぼれる。

「でも・・・もうおそい・・・」

「おい!」

強く、幸治が揺さぶる。

だが、昭の姿は段々と希薄になる・・・

幸治は強く強く肩を握り締めて怒鳴る。

「おい! これは俺の夢なんだ! だから俺が生きれるって思えば生きれるし、一緒に生きていけるって思えば生きていけるんだよ! だから・・・消えるなっ!」

「さよなら・・・兄貴・・・」

その言葉を最後に・・・昭の姿は掻き消えた。

「あきらっ!」

最後に・・・初めて幸治は弟の名を叫んだ・・・

 

 

「幸治! 幸治っ! 起きたの!? ・・・良かったぁ」

「綾?」

幸治が体起こすと泣きそうになっている綾の顔を見た。

幸治は水族館の中の休憩用のベンチに寝かされていた。

「もう、心配させないでよ。か弱い女の子の一撃でダウンするなんて情けないよ」

無茶をゆーな、無茶を。

幸治は苦笑して。

「空手二段の腕じゃ、か弱いとは言えないと思うけどな」

「うるさいわね・・・って、よく覚えてるじゃない。そんな事」

「ま・・・な」

「どうしたの?」

寂しそうに笑う幸治に綾は心配そうに幸治の顔を覗きこむ。

「悲しい夢でも見たの?」

「別に。そんな事は・・・」

否定しかける幸治を遮るように綾は幸治の頬を手で触れる。幸治は、何故か綾の指がとても暖かく感じた。

「そんな事あるよ。だって・・・」

と、綾は手を幸治の頬から離して、そのまま幸治の目の前にもっていく。

綾の指は煌いていた。濡れているのだ。

「幸治、泣いてるもの・・・」

言われて初めて気づく。幸治は慌てて涙をふくと、綾から顔を背けた。

「幸治・・・」

「大丈夫だよ」

幸治は軽く肯くと、自分に言い聞かせるように。

「そうだよ・・・とても―――とても悲しい・・・でも、夢じゃない」

不思議そうに首をかしげる綾に幸治はにっこり微笑んだ。

―――そのうち、墓参りにでも行くかな。

寂しく微笑みながら、幸治はそう思った。


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第八部 終章・・・または「あるひあるときあるばしょ」での西山幸治