第四部  存在しない筈の弟との心の邂逅・・・あるいは西山幸治の繰り返され、消えていく記憶。

 

あるひ、あるとき、あるばしょで。

「仲島先輩に告白するぞー!」

とある川原で、一人の少年が叫んでいた。

少年の名前は西山 幸治。黒い学生服をきているところを見ると学生だろう。

そして、その西山幸治を眺めている存在がいた。

幸治である。

「・・・あれ・・・?」

不可解な面持ちで幸治は目の前の学生服の孝治を見た。

「あれって俺だよな・・・」

ほっぺたをつねって見る。

痛くない。

「なんだ、夢か」

孝治はあっさりと結論を下すと、感心したように続ける。

「夢の中で夢だと自分ではっきり認識できる夢ってあるんだな。初体験だ」

おまえにとっては一度経験したことでも初体験だろうが。

「・・・夢と感じたとき、それは夢と消える・・・」

「ん・・・?」

孝治は目をこすった、気のせいか目の前の幸治の姿が薄くなったような気がするのだ。

「あれ・・・?」

いや、気のせいではなかった。

黒い学生服を着た幸治はだんだんと薄くなり、やがて消えてしまった。

「きえた・・・?」

「なにがだ?」

「え? ・・・あれ? なにが消えたんだ?」

幸治が疑問をつぶやくとあたりの風景も消えた。

「この日、この時、この場所は消えた・・・」

「・・・?」

暗闇―――

 

―――そして光。

あるひ、あるとき、あるばしょで。

「ん?」

幸治は辺りを見回した。

綾の部屋だ。

そして幸治の前には机があり、机を挟んで反対側には綾がいた。

「なにきょろきょろしてるのよ! ほら、ここの問題教えてよ!」

綾が少し不機嫌そうに怒鳴った。

そしてその二人を幸治は見ていた。さっき川原で学生服の幸治を見ていたように。

「なんだ・・・?」

なにかおかしい。

そんな思いに幸治はとらわれたが、なにがおかしいのかわからない。ただそんな気がするだけだ。

「夢・・・?」

「そう・・・夢になるんだよ・・・」

「ん・・・?」

目の前の幸治と綾。その二人の姿が薄くなったような気がして、幸治は目をこすった。

「そして夢は消える・・・」

気のせいではない。目の前の二人がだんだんと薄くなる。

やがて、消える。

「消えた・・・」

「何故?」

「え・・・? わからない・・・」

綾の部屋が消える・・・

「この日、この時、この場所は消えた・・・」

暗闇―――

 

―――そして光。

あるひ、あるとき、あるばしょで。

「あれ?」

幸治は周りを見回した。

幸治の部屋だ。

意外ときれいに片づけられている部屋のベッドの上に、幸治はあぐらを掻いて座っていた。

そして、その幸治をさっきと同じように幸治が眺める。

「なんだ・・・? やけに連続して起こるな・・・」

目の前の幸治が不可解な面持ちでつぶやく。

「なんだ・・・?」

おかしい…幸治の直感はそう告げていた。

だが、なにがおかしいのかまではわからない。

「本気で医者にいったほうがいいかな。このままじゃ何かまた不都合が起きそうだ」

目の前の幸治が深刻な表情でつぶやく。

「これは・・・」

夢。

言いかけて幸治は口をつぐんだ。

なんとなく言うとまずいと感じたのだ。

目の前の幸治が深刻そうな表情のまま続ける。

「『突発性記憶喪失症』はいいとして・・・」

うんうん、と、思わず幸治は同意する。

「二重人格症は問題だよなあ」

うんうんうんうん! と、幸治はさっきよりも強く同意した。

目の前の幸治が続ける。

「給食の話は流れるし・・・」

幸治はそれに続けるようにつぶやいた。

「綾とはあんな事になるし・・・」

・・・・・・

一瞬、幸治の思考が完全にとまる。

そして次の瞬間、思考はフル回転する!

「俺の死活問題なのに・・・」

目の前の幸治がつぶやいたが、幸治は聞いていなかった。

いや、見てすらなかった。

「あああああっ! そういや綾のことすっかり忘れてた!」

忘れてたほうが幸せだったかもな。

「ど、ど、ど、どど、どうしよ! そ、そだ、電話して一応確かめないと・・・」

電話したこと忘れてるんかい!

「く、くそ・・・」

唐突に、苦しそうなうめき声が聞こえて幸治は我に返った。

「後一つだったのに・・・」

声のするほうを見ると、目の前の幸治が苦しそうに体を押さえている。

「え・・・?」

幸治が不思議そうに疑問の声を発する。

とたん、幸治の部屋にひびが入る。

ぴしっ、ぴしぴし・・・

無数の亀裂が入り、やがて幸治の部屋は音もなく崩れ去った。

そして暗闇。

光はない。

「ちくしょう・・・ちくしょう・・・」

目の前の幸治が悔しそうに涙をこぼし、うめく。

「だれだ、おまえ?」

ようやく、幸治は目の前の自分が自分ではないことに気づいたようだ。

その声を聞いて、目の前の幸治はびくっとしたように肩を震わせたが、やがて、乾いた笑いとともに、つぶやく。

「俺か? 俺はおまえの影さ・・・西山 昭という名のな・・・」

「西山 昭・・・?」

「ふん・・・鳥頭にはわからねえか・・・おまえの弟だよ。この世に生を受けるはずだった・・・な」

「なるほど」

幸治はぽんと手を打つ。

「俺の名字は西山って言うのか」

「最初の台詞がそれかあああっ!」

目の前の幸治・・・いや、昭が絶叫する。

ウム、わかるぞその気持ち。

幸治は不思議そうに、

「ほかになにかあるか?」

「あるだろが! 死んだはずの俺が今ここにいるかとか今までのは何なのかとか!」

「言いたきゃ言っていいぞ」

「それじゃ、言いたくなきゃ言わなくていいんだな?」

にやりと・・・苦しそうな顔で昭が言う。

「いいぜ、別に、興味ない」

にべもない。

だが、昭は笑ったまま。

「へえ、いいのか? 俺が綾に何したか知らなくて」

瞬間。

幸治は間をつめ、昭の首を締め上げた。

「言え! どういうことか。すぐに簡潔に!」

「うげええええええ!」

幸治は強く締めすぎたことに気づき、少しゆるめた。

「げほっ、がほっ・・・実体のないはずなのに、なんで絞めれるんだよ・・・」

昭が抗議するように言う。幸治は臆面もなくきっぱりと断言する。

「愛だ」

なにがだなにが

「早く話せ。でないともう一度絞めるぞ」

「わ、わかった。話す、話すから、離してくれ」

「・・・なにを?」

「なにをって・・・」

「話すのはおまえだろ。おれから話すことなんてない」

「なに呆けた勘違いしてやがんだ。俺が離せといったのはその手だ!」

「ああそうか」

やっと納得して、幸治は手を離す。

昭は喉元を押え、幸治を睨み付けた。

「漫才じゃねえんだぞ、この天然おとぼけ野郎が」

毒づいてふと気づく。

さっきまでの苦しみがない。

ということは・・・

昭は内心ほくそえんだ。

・・・俺にもまだチャンスがあるという事か・・・

「おい、早く話せ」

幸治の声に昭は我に返った。

「あ、ああ・・・わかった」

見上げると、狂気を帯びた幸治の顔が見えた。

(こ、こええ・・・)

内心震えながら、昭は表に出さずに立ち上がり、目線を同じにする。

「俺は・・・俺の肉体は、確かに生まれる前に死んだ」

「そんな事はどうでもいい。俺が聞きたいのは・・・」

「まあ落ち着けよ」

昭は幸治をなだめると、静かに続けた。

「俺の肉体は死んだが、精神のほうは生き残った。おまえの中でな。

俺はおまえの中で記憶を食いながら、かろうじて「おまえ」として生き延びた。

つまり、おまえが忘れっぽいのは半分は俺のせいなのさ。ま、もう半分は単におまえが忘れっぽいだけだがな」

長い昭の台詞に幸治は苛立って声を上げる。

「そんな事はどうでもいい。俺が聞きたいのは・・・」

「わかってるわかってる。だがな、ものには順序があるんだ。それにこうして俺とおまえが話すのは始めてだからな。色々喋りたいんだよ。兄弟として」

昭は心にもないことをいって幸治をなだめる。

・・・こいつ、相当綾のこと気にしているな・・・

つけいるならそこか・・・だが、今回はひくか・・・

「さて、と、どこまで話したっけな・・・」

「俺が忘れっぽいのがどうとか」

「そうそう,よく覚えていたな。

俺はおまえの記憶を食って成長していった。おまえの成長と比例してな。

だが、成長すると共に、より多くの栄養・・・記憶が必要になってきた。

そこで俺は一度におまえから大量の記憶を奪い取ることにした。

すると、おまえはいなくなり、かわりに俺が『お前』になっていた。

つまり、おまえのいう『突発性記憶喪失症』の空白の間を、俺が支配していたってわけだ。

その事に気づいてからは、ちょくちょく俺も表に出たもんさ」

そこで、昭はにやりと笑って、

「つまり、綾になんかしたのも俺ってわけだ」

「なにしたのか早く言え!」

怒りの表情で幸治は怒鳴る。

幸治が怒鳴るなんて一年に歩かないかの事だ。

「ひええ、こわ」

昭はおどけてみせ、そして続ける。

「安心しな。確かになにかしようとしたがな、結局何もできなかった。なにかしようとした瞬間に殴られて部屋から追い出された。次におまえが気がついたとき、頭が少し痛んだろ?」

言われて幸治はほっとした。頭が痛い云々は覚えていないが。

そして幸治が気をゆるめた瞬間、昭はすばやく後ろに飛ぶ。

「ふん、今回は見逃してやる! だが次はこうはいかないからな!」

昭は捨てゼリフをはくと、昭の姿は闇へと消える・・・

そして幸治の夢もそこで終わった・・・

 


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第五部 閑話休題、連休二日目の病院・・・あるいは西村幸治の式条綾との約束。