第一部 プロローグ。物語の始まり ・・・または主人公、西山幸治の固い決意。
あるひ、あるとき、あるばしょで。
一人の少年が固い決意を胸にここにいた。
え? どこかって?
見ればわかる。とある川原の川岸だ。
え? 小説だからわかんない? そりゃごもっとも!
まぁとにかく、一人の少年が固い決意を胸に川原の川岸に突っ立っていたのである。
少年の名前は、西山 幸治(にしやま こうじ)。黒い学生服をきているところを見ると、まだ学生であろう。ボタンには近所の草原中学の校章がつけられている。
単純だがまじめそうな顔つきの少年だ。
その顔が今は決意に燃えている。
彼のその燃えるような決意とわ?
「仲島先輩に告白するぞ〜!!」
・・・は、恥ずかしい。
誰もいないとはいえ、外でそんなこと大声で怒鳴る姿はまるで・・・
「馬っ鹿じゃないの?」
と、いきなり現れて作者の言葉を代弁してくれたのは・・・
「なんだ綾か」
何事も無かったように幸治が振り返って少女の名を言った。
幸治と同じくらいの年齢の、気の強そうな少女だ。
彼女の名は式条 綾(しきじょう あや)。幸治とは幼なじみである。
あるはずなのだが・・・
「あんたね〜、恥ずかしいからそういう事止めてくれる?」
「俺は恥ずかしくないぞ」
「あんたが恥ずかしくなくても、あたしが恥ずかしいのよ!」
「なんで?」
「何でって・・・幼なじみとしてあんたと同じ目で見られるじゃない」
「それなんだが・・・本当におまえと俺って幼なじみなのか?」
綾はまたか・・・という風に、ため息をついた。
「あのね〜、何度も説明したでしょ。あたしは、あんたとあたしが八歳のときに引越しして、去年また引っ越してきたんだってば!」
おお! なんと説明的な台詞。作者思いの良いキャラクターである。
「とか言われても、俺には六歳のときの記憶が無い」
ここで『まさかこいつってば記憶喪失!?』とか思っちゃう人は早とちりである。なぜなら・・・
「はぁ〜・・・」
と、綾は台詞になるくらい深いため息をついて。
「まったく・・・物忘れもここまでくると犯罪ね、アルバムみたでしょ! あたしとあんたが遊んでる写真とか!」
「そんなもんあったっけ?」
「・・・あんたね」
「はっはっは・・・しかしそんな物的証拠があるのに思い出せんとは。というか、実はおまえが去年引っ越してきたことも記憶に無かったりして・・・」
幸治がなぜか照れくさそうに言う。
綾は何度目かのため息をついて、
「よくさっきあたしの存在覚えてたわね・・・」
「はっはっは。おまえの存在を忘れる訳が無かろう」
「先週の月曜日に登校してきたとき、日曜日に会っていないだけであたしの名前すら忘れてたでしょ!」
「そーだっけ・・・?」
すでに忘れている幸治に、綾は脱力したように肩を落とし、
「はぁあ・・・なんであんたみたいなのと幼なじみなのかしら・・・」
「気にするな、俺は気にしてない」
「あんたは気にしなくても、あたしは気にするの! ・・・にしても、昔も物覚えは良いほうじゃなかったけれど、今ほどひどくなかったんじゃない?」
「そーなのか?」
「そーなのよ。去年再会したとき、面と向かって『あんた誰?』といわれたときにゃぁ、本気で絞め殺してやろうと思ったわよ!」
その事を思い出してまた腹がたったのか怒りの形相の綾に、幸治はびくっと身を引いて、
「し、絞め殺したのか?」
「絞め殺したらあんたはここにいないでしょーが!」
「ああ・・・それもそうか」
幸治はほっとしたようにため息をついて、
「なんせ、昔の自分なんて俺にとっちゃ他人だからな、絞め殺されようが覚えてないぞ」
「あんとき絞め殺していればあたしの人生もう少しハッピーだったかもしれないわね・・・」
虚ろな目で綾はぶつぶつとつぶやいた。
と、不意に幸治が大声で怒鳴る。
「仲島先輩に告白するぞ〜!!」
「だっかっら、叫ぶなっつーの!」
「ふっ・・・叫ばないと忘れてしまいそうなんでな・・・」
「だったら家で叫べ、家で! ・・・大体、何であんたこんなところにいるのよ?」
問われて、幸治は虚空を見上げる。
たっぷり十分後・・・
「わすれた」
「だぁあああああああああああああっ!!!」
幸治の答えに綾は気が狂ったかのように、頭をかき乱して唸る。
「どうした? 発狂したか?」
「発狂したくもなるわよ!」
「・・・なにかストレスがたまってるようだな。俺でよければ力になってやってもいいぞ」
「あんたが原因でしょうが・・・」
綾は力なくうめくと、幸治に背を向けた。
「あれ、帰るのか、綾?」
「そーよ」
綾は振り向かずに疲れたように答える。
まあ、こんな奴と話してりゃ疲れもするわな。
と、綾は数歩歩き出して、何かに気がついたように急に立ち止まった。
「あら・・・あれって、仲島先輩?」
「なに?」
聞きとがめて、幸治は綾が向いているほうを向く。
そこには確かに、草原中のアイドル。現生徒会長の中島 里美(なかじま さとみ)が堤防の上をこちらに向かって歩いてきていた。
どうやら二人には気がついていないようだ。
「おお!」
唐突に何か思い出したように幸治が手を打つ。
「な、なによ」
「思い出した。俺は仲島先輩がここを学校のかえりに通るって聞いたから、ここで待っていたのだ!」
「待ってなにしようとしてたのよ?」
「決まってるだろ。とうぜん・・・」
幸治は胸を張って言いかけたが、とうぜん・・・ の後がなかなか出てこない。
「とうぜん・・・なによ?」
「わ、わすれた」
・・・・・・
「あんたね〜」
「ああっ! このすっぽ抜けた脳みそが憎い!」
「すっぽ抜けたって・・・告白しようとしてたんじゃないの?」
あきれたように綾が言うと、幸治はいぶかしげに。
「告白? だれが? なにを? 誰に?」
「だぁから! あんたが、好きだってことを、仲島先輩に!」
「仲島先輩が俺を好きなのか?」
「だあああああああ!」
綾はまた絶叫した。若いというのにかわいそうな奴である。
ちなみに、綾の絶叫して仲島先輩はびくっとして、少し早足になったが二人は気がつかない。
「あんた、さっき、告白するぞ〜 とか馬鹿みたいに叫んでたでしょうが!」
「・・・?」
言われて幸司は額に手を当てて悩んだ。本気で忘れてるらしい。
しばし黙考・・・
やがて、数分後、
「おおっ、そう言えば!」
「あんた脳みそついてんの?」
「失礼な! この前のテストじゃ、三番だったような気がするぞ」
幸司が自信なさげに胸を張って言う。
綾は本気で苦悩して、
「そーなのよねー、それが納得いかないわ。鳥頭よりひどいって言うのになんでそんなに成績だけはいいのか・・・」
そうなのだ。
西山 幸司。彼はあの頭でなぜか成績だけはいいのだ。人はみな、カンニングと始めは疑うが、学年で3位、クラスで一位というのは、カンニングしても取れないだろう。
「まあそれはともかく、告白しないの? 先輩、もういっちゃうわよ」
綾はかなり早足で通り過ぎていこうとする仲島先輩を指差した。だが、幸司は真剣な顔で、
「・・・よく聞いてくれ、綾」
「な、なに?」
いつになく真剣な顔で幸治に詰め寄られて、綾もつられて神妙になる。
「おまえは一つ大きな勘違いをしている」
「え?」
「俺は仲島先輩のことを好きなんて一言も言っていない」
「・・・はい?」
「俺の告白というのは、実は!」
ぽかんとしている綾の前で、幸治は大袈裟な身振りで明後日の方角を指差した。
「実は! 昼飯のことなんだぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁあ?」
意味不明なことを叫ばれて、綾はどうリアクションしていいか困った。
そんな綾には気づかずに幸治は力いっぱい力説する。
「おれたちの中学の昼飯は弁当だ。だが、俺は弁当どころか昼飯代さえ忘れることが多すぎる!」
幸治の異様な迫力に綾はただコクコクと頷く。
「その結果、昼飯抜きという惨事に陥ってしまうのだ! だが・・・もしも、これが給食制だったら? たとえ給食費を忘れても給食は出る! 飯が食える! 大惨事は防げる! という訳で俺は現生徒会長である先輩に給食制にしてくださいと勇気のある告白を・・・」
「生徒総会のときに言わんかぁぁー!」
綾はまたまた絶叫した。これで今回三回目である。
「はっはっは、生徒総会のときになると忘れる可能性が多いと判断した俺は、思い立ったときに即実行しようと考えたのだ」
「・・・あんたは」
「と、言う訳で俺は勇気のある告白にいってくるぞ」
「あ〜はいはい、いってらっしゃい」
綾はかなり投げやりな口調で孝治を見送った・・・
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第二部 連休前日の勉強会・・・あるいは西山幸治のある持病。