―――全員、言葉を失っていた。

 何も言わず、言えずにただじっと目の前にある巨大なモニターを見つめている。
 モニターに映し出されているのは “夜空” だ。
 陽が落ちて、空を見上げた時に見える情景。漆黒の中に無数の星々が瞬き、二つの月が輝いている夜空。

 そう、それは “夜空” と同じように見えた。
 ただ、つい先程まで昼間だったことと、モニターに映る “夜空” の月が妙に大きい―――というか近くに見えることを除けば。

「・・・これ、外の風景だよね?」

 自信無さそうにセシルが呟く。
 さっき、モニターの電源がついた時には、外―――ミシディアの海岸の風景が映し出されていた。
 その直後、いきなりその風景が吹っ飛んで、今見ている “夜空” へと切り替わったが。

 しかし、セシルの言葉を否定するようにロックが手を振った。

「いやいや、これが外の風景だとしたら、なんでいきなり夜になってるんだよ?」
「それはここが宇宙だからよ!」

 と、セシルとは正反対に、自信満々に叫んだのはローザだ。

「・・・宇宙?」
「そう! 空の先にある宇宙には、空がないから光が満ちることが無くて、だから常に “夜” だって大学で習ったわ! そしてそれを越えて、私達は月に至ろうとしているのよ! 多分きっと!」
「確かにこれが “魔導船” なら月に向かっているというのも頷けるけど」

 そう言いながら、ギルバートはセシルと、そのすぐ傍にある “クリスタル” へと視線を移す。

「でもロックやリディアが触っても反応しなかったのに、セシルが触れた途端に月に向かって言うのはどういうことなんだろう?」
「セシルは特別なのよ!」
「特別って・・・パラディンだからって事かい?」

 勢いで言うローザの言葉にセシルは首を傾げる。
  “聖剣” の使い手であるパラディン―――もしもこの魔導船も、 “聖剣” と同じようなものだとしたら、それも頷けるかもしれないが―――

「それは〜、ちょっと〜、違うなあ〜」

 ―――不意にその場にのんびりとした声が響く。

「誰だ!?」

 聞き覚えのない声に、フライヤが油断なく槍を構え、ギルバートをかばえるようにすぐ傍に移動する。
 それと同時。

「僕だよ〜」

 やはりのんびりした声と共に、その場の中央に巨大な黄色い何かが出現した―――

 

 

******

 

 

「・・・・・・ようやく準備が整うか」

 報告を聞いて、ゼムスをにやりと口元に笑みを浮かべる。

「はい。何千年も昔のものなので、整備するのに手間取りましたが、あともう少しで起動出来ます」
「ふっ・・・長い間待ったのだ。あと少しばかりの時間、我慢出来ぬ事もない」
「有り難きお言葉・・・」

 ゼムスに報告をしにきた長い金髪の女性は恭しく礼をする。

「そちらは任せるとゴルベーザに伝えておけ。こちらはまだ少し時間が掛る・・・」

 言いつつ、ゼムスは背後を振り返る。
 そこには、等身大の巨大なクリスタルの中に捕われたエニシェルの姿があった。
 彼女は不機嫌そうにゼムスを睨付けている。睨むだけで大人しくしているのは、何をしても自分を捕らえているクリスタルを打ち砕くことが出来ず、ゼムスへの罵詈雑言は言い尽くしてしまったためだ。

「そう怖い顔で睨まないでくれたまえ、セシリア」
「・・・妾はエニシェル。そんな名前ではないわ!」
「記憶を失ったのは暗黒剣となった時の影響か? クルーヤはそんな事は何も言っていなかったと思うが―――まあ、そんなことは些細なことだ」

 そう言って、ゼムスはエニシェルからさらに視線を上げる―――と、クリスタルの背後に巨大な影が見える。
 それを見つめ、ゼムスは邪悪な笑いを浮かべる。

「もうすぐだ・・・」

 笑みを浮かべたまま、ゼムスは熱に浮かされたようにぼんやりと呟いた。

「もうすぐ、貴女と私、それからクルーヤの息子に継承された “闇” を手に入れ、私達は一つに―――そして永遠の存在となるのだ・・・!」
「・・・・・・」

 どこか芝居がかかったような調子で言われた言葉に、エニシェルはうんざりとした表情を見せる。
 ここに連れてこられてからというもの、何度この台詞を聞いたか解らない。

 気味悪く思いながら、とりあえず状況を整理してみる。

(・・・とにかく、とりあえずこのゼムスという電波男が全ての黒幕ということか。ゴルベーザ達はこいつに操られ、こいつの封印を解くために使われていたと。しかし―――)

 と、エニシェルはゼムスの背後に跪いている女性を見やる。
 確か、バルバリシアという名前だった。
 エニシェルを捕らえ、その際に彼女も “セシリア” と言う名前でエニシェルのことを呼んでいる。その名前が何を意味するのかはまだ解らないが―――

(このバルバリシア達は完全に支配されてはおらず、ゴルベーザを救うために封印を解いてゼムスに戦いを挑んで―――返り討ちにあった、と)

 今、ゼムスに向かって膝をついているバルバリシアの瞳はどんよりと光を失っていた。
 ゴルベーザと同じように完全に洗脳されてしまったのか、ともあれ彼女らがエニシェルを助けてくれる可能性は無さそうだった。

(はあ・・・このクリスタルのせいで、自力で脱出は無理そうで、セシルとも交信できんし―――とゆーかセシルのヤツ、妾をさっさと助けにこんかー!)

 胸中で叫ぶ―――と、不意にゼムスが何かに気がついたように顔を上げた。

「・・・来たか・・・だが、やることは変わらん」

 ゼムスはバルバリシアを振り返ると命じる。

「準備ができしだい地上へ戻れ。そして、バロンを・・・クルーヤの息子の国を滅ぼすのだ・・・!」
「―――はっ、了解しました」

 命令を受け、バルバリシアの姿が風と共にその場から掻き消える。

「おい、バロンを滅ぼすだと? 何を考えておる!?」

 エニシェルが叫ぶと、ゼムスは歪んだ笑みを浮かべながら振り返る。

「言っただろう? 貴女と私が一つになるため・・・永遠となるためだと―――」

 

 

******

 

 

「・・・むうっ」

 ふと、フースーヤは顔を上げた。

「どうかしましたです?」

 ゼロが尋ねると、フースーヤは厳かな声で呟いた。

「・・・来た」
「またです? 老人の尿意は早くて困ったもんです」
「ちがうわああああああっ!」

 フースーヤは思わず絶叫した。
 その隣ではカイが頷いて。

「解ってるでございます。 “大” の方でございますね?」
「だからトイレの話じゃないわっ!」
「ではなにが来ると―――あっ、解ったです!」

 ゼロが何かに気がついたようにハッとして、涙を拭う仕草をする。泣いてなんかいないが。

「とうとう “お迎え” が―――」
「それは先日来たばかりじゃ! ・・・ではなくてだな、地上に残した魔導船がこの月に向かっておる。おそらく乗ってくるのはクルーヤの息子―――これで、もしかしたら道が開けるやもしれん」
「そう言うことなら、こちらから迎えを出した方がいいね」

 そう言ったのは、青年だった。
 どことなくゼロやカイに顔立ちが似ている。カイをそのまま成長させたような、見た目は二十歳程度の線の細い若者だった。

「というわけでゼロ―――」
「カイ、迎えに行ってくるです」
「え!? カイでございますか!? ゼロの方が空が飛べるでございますよ!」
「僕は色々と忙しいです」
「具体的には何が忙しいのでございますか?」

 カイの質問に、ゼロは指折り数えながら答える。

「おやつ食べたり、お昼寝したり、暇を潰したりです」
「忙しさがどこにも見あたらないでございますよ!? ていうか潰す暇ががあるなら出迎えに行っても・・・」
「うるさいです! 僕の方がお姉ちゃんなんですから、弟であるカイは僕の命令に従う義務があるです!」
「勝手に変な義務を作らないで欲しいでございます!」

 ぎゃあぎゃあと喚き合い始める二人に、青年がぱんぱんと手を叩く。

「はいそこケンカしない―――だったら二人で行ってきなさい」
「えー、面倒くさいです。カイ一人に行かせればいいです」
「あ、姉が横暴でございますよ!?」
「ゼロ、文句言わない。これはお父さんからの命令です。子供である君らは従う義務があるとおもうけど?」
「う、うむう・・・です」

 自分の言った言葉を返されて、ゼロは返事に詰まる。

「・・・し、仕方ないです。カイ一人じゃ心配ですし、僕がついてってあげるです!」
「・・・・・・・・・」

 偉そうに胸を張るゼロに、カイはおずおずと “お父さん” に向かって挙手をする。

「あの、やっぱりカイ一人で行くでございます」
「・・・・・・それはどういう意味です?」
「なんとなく、ゼロと一緒に行くと余計なトラブルが起こりそう―――痛ッ!? 痛い! 耳を引っ張らないでございますー!」
「さ! さっさと行くです!」

 カイの抗議を無視して、カイの耳を握りしめたままゼロは背中から竜の翼を生やした。

「み、耳を引っ張ったまま飛ばないでございまあーーーーーーーーーーーー!」

 ぎゅうんっ! と、もの凄い勢いで飛び出していくゼロカイの二人を、青年はなごやかに「いってらっしゃーい」と見送った―――

 


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