第24章「幻界」
H.「 “足手まとい” 」
main character:セリス=シェール
location:幻界

 

 

  “かりそめの世界” が周囲をセリス達を包み込んでいく。
 アスラを中心に広がった “世界” は、風吹きすさぶ草原だった。

「これは・・・?」
「アスラの作り出した “世界” よ。バロンでもオーディンが―――って、あの時はアンタいなかったっけ」

 リディアが説明しようとして、オーディン戦にセリスが居なかったことを思い出す。

 幻獣達が生み出す “かりそめの世界” はそれぞれ幻獣が持つ “イメージ” で作られる。
 オーディン戦の時は、オーディンのイメージがバロン城だったため、変化はないように見えた。

 そしてアスラの持つイメージは―――

「戦場・・・か?」

 草原。とは言っても、かつてリディアが幻界に渡る際に、バッツが生み出したイメージとは違う。
 争いの後を示すように、所々草木は薙ぎ折れ、踏みつぶされて、炎で焼かれ地面が焦がされ、折れた槍や刀が幾つも地面に突き刺さっている。

 空は燃えるように赤く、遠くには山が見え、山の合間に沈もうとする大きな夕日が見えた。

「―――ここはかつて私が人間だった頃、初めて戦場に出た時の情景です」

 そう答えたのは、セリス達と向き合うアスラだった。
 この “戦場” にはセリスとリディア、ブリット達に、それと相対するアスラの姿しかなかった。幻獣王を初めとする、他の幻獣の姿はどこにも見えない。

「他の幻獣達に比べて、人の姿に違和感がないとは思っていたけれど―――やはり貴様、元人間か」

  “ガストラの将軍” の口調のまま、セリスはアスラを見つめて言う。

「・・・・・・まあ、なんにせよ」

 と、リディアはレイアからロッドを受け取りながら呟いた。
 少し落ち着いたのか、先程のように打ちのめされた姿はもうない―――ように見える。

「予定とは色々変わったけど、これであたし達がアスラ様と戦って、誓約を交せばロックも救えるってわけね」

 そう言って、アスラに向かって前に出―――ようとするのを、セリスが腕を広げて押しとどめる。

「なによ!?」
「戦うのは私一人でいい」
「はあ?」

 何を言ってるんだと言わんばかりに、セリスはリディアを睨付ける。

「アンタ一人で戦おうっての!? 無理よ!」

 リディアはブリット達を指し示し、

「アスラ様は、あたしやブリットが何回やっても勝てなかったのよ! アンタ一人で・・・」
「なら、なおさらだ」
「えっ?」

 リディアのまくし立てる言葉に、セリスは冷たく告げる。

「足手まといは邪魔でしかない」
「誰が―――っ!?」

 尚も言い返そうとしたリディアの身体を、セリスは強引に突き飛ばす。
 堪えきれずに後ろに倒れ、尻餅をつくリディア。
 しばし呆然としながらも、すぐに怒りと共にセリスを睨み上げる。

「なにす―――」
「・・・・・・」

 こちらを見下ろしてくるセリスの眼差し。
 どこか申し訳なさそうな表情に、それ以上リディアは思わず言葉を失った。

「・・・ “解った” のなら、そこで大人しく見ていろ」

 リディアが何も言わないのを見て、セリスは冷たく言い捨てると、背を向けてアスラに向かい合う。
 その背中を見つめ、リディアは地面の草をぎゅっと握りしめた。

 セリスの真意を、リディアは理解していた。
 もしもここで、リディアがセリスと共にアスラに立ち向かえば、やはりリディアは裏切り者だと言うことになってしまう。
 だからこそ、セリスはリディアを突き放したのだ。

(そんなことは “解って” る・・・けど)

 リディアは沸き上がる怒りを感じていた。

  “裏切り者” というのは覚悟していたはずだった。
 親しい者から敵意を向けられたとしても、それでもロックを生き返らせてあげたかった。

 もう、目の前で誰かを失ってしまうのは嫌だったから。

(なのに・・・何よ、なんなのよ、あたしはあああああっ!)

 心の中で絶叫する。
 いざ実際に、 “裏切り者” と言われて心が竦んだ。
 覚悟していたはずなのに―――覚悟などしていなかったと思い知った。

 そして今、こうしてセリスに庇われて、そのまま立ち上がれないでいる。

 そんな自分自身に、リディアは憤りを感じていた。

「・・・心配するな」

 不意に、リディアに囁かれた。
 振り返ればブリットがリディアの側に立っていた。

「ブリット、アイツを・・・あたしの代わりに・・・」

 助けて上げて、と言う前にブリットは首を横に振る。
 リディアでなくとも、ここでブリット達が手を貸しても “裏切り者” となってしまう。
 ここは、セリス一人で戦わなければ意味がない。

 悔しそうに唇を噛むリディアに、ブリットは告げる。

「セリスは、強い」

 ブリットは知っている。
 以前、バブイルの塔で共に行動した時に見たセリスの強さを。

「だからリディア、俺達は見守って・・・」
「随分と持ち上げるんだ?」

 悔しさと怒りの混ざった感情は何処へやら。
 リディアはじとーっとした半眼でブリットを見つめていた。

「リ、リディア・・・?」
「そーいやさっきだってアイツのことエスコートしてたりして・・・バブイルの塔でなにがあったかは知らないけど、ちょーっと仲良くしすぎじゃない?」
「なにか誤解があるような気が・・・」
「誤解? へー、あたし誤解してるんだ。何を誤解してるのか教えなさいよ!」
「ああ、ええと・・・ほら戦いが始まるぞ!」

 誤魔化すようにそう言って、ブリットはセリスとアスラの方へと視線を向ける。
 リディアも苛立ちを隠さずに、セリス達へと視線を向けて―――叫ぶ。

「とっとと負けちゃえ馬鹿ぁっ!」

 


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