第24章「幻界」
G.「ラムウ」
main character:セリス=シェール
location:幻界
本棚の道を進む。
その道のりは長く、セリスは通り過ぎる本棚の数を途中から数えていたのだが、それが百を超える頃、ようやく本棚が途切れ、開けた場所へ出た。そこはこの “図書館” の閲覧所らしい。
丸テーブルと椅子が幾つかセットで―――もとい、数十、下手すれば百を数える単位で等間隔に並べられている。閲覧所は、無数に立ち並んでいる本棚に相応しく、ただひたすらに広かった。
団体球技が二試合か三試合くらい、平行してできるような広大な空間だ。そんな場所に並べられた机の一つに、一人の老人が座って大きな書物を読んでいた。
アスラはその老人に近づくと、声をかける。
「ラムウ様」
「・・・む? おお、トモエちゃんか。そろそろメシの時間かのう?」
「 “アスラ” です。食事なら先程おとりになったハズですが」
「む? ・・・おーおーおー、そうじゃったそうじゃった。どうも年取ると物忘れが酷くなってのー」そう言って、ラムウと呼ばれた老人は、ぺしいっと自分の額を叩く。
アスラはどこか疲れたように嘆息して。「ラムウ様。そうやってボケたフリをするのはお止め下さい。誤解されますよ?」
「ええじゃろ。ワシの勝手じゃ。・・・それにボケた振りをしとくとな。こうやって―――」ばちっ、といきなり静電気が弾けるような音が響く。
と、次の瞬間、アスラの目の前からラムウの姿が消え去っていた。「―――こんな風に女の子が油断をして、尻を触らせてくれるからの〜」
声にアスラが振り返れば、ラムウがセリスの背後に出現し、言葉通り尻を撫でていた。
唐突の事に、セリスは驚くこともできずに、自分の尻を撫でる老人を凝視する。どこにでも居るような老人だ。
頭はきれいに禿げ上がり、それとは正反対に、口元からは腰まで伸びる白く長い髭を生やしている。
嬉しそうにセリスの尻を撫でるその表情はまさに好色ジジイといったところだが、不思議なことにそれほどいやらしさは感じない。(なに、今の・・・?)
セリスは尻を撫でられることも気にせず、全く反応出来なかったラムウの動きに驚いていた。
アスラの “影分身” にも反応出来たセリスが、この老人の動きは見切れずに、尻を触られるまで背後を取られたことが解らなかった。
しかも、もっと不可思議なのは、この老人からはエンオウやアスラのように強い力を感じないことだ。「って、いつまで触ってるのよ!」
リディアがラムウを蹴り飛ばす。
「ひゃあ」と悲鳴をあげて、小柄な老人の身体は吹っ飛ばされる。「アンタも、なに触られっぱなしにしてんの!」
「ちょっと考え事を・・・というか、大丈夫なの? あれ」リディアに詰め寄られながら、セリスはテーブルや椅子を巻き込んで吹っ飛んだ老人を指さす。
するとアスラがにこりと微笑んで応えた。「残念ですが―――駄目です」
「え」
「あんなものでは治りません」
「おいおいおい、酷いなトモエちゃーん」倒れた椅子やテーブルの中から、ラムウはなんでもないかのように起きあがる。
それからまた唐突に消え去った次の瞬間アスラの背後に出現してその尻を触ろうとした手をアスラが捕まえようとするのをラムウは引っ込めて反対側の手を伸ばしたところをアスラの蹴りが「・・・なにあれ?」
もの凄いスピードで攻防を繰り広げる2人を見て、セリスは唖然とする。
身体と頭だけは固定され、四肢だけが超スピードで動いているようだ。ようだ、というのはあまりにも速くて霞んで見えるためである。「・・・あたしにもわかんない」
セリスの問いに、リディアは肩を竦める。
「雷属性の幻獣のようだけど・・・」
「あたしが知ってるのはラムウって名前と、雷と同じ速度で動けるってことくらい。あとは、何故かアスラ様が “様付け” で呼ぶことくらいかな」
「雷と同じ速度・・・って、それはかなり凄くないか?」セリスが驚いて言うと、リディアは「あたしも最初はそう思ったけど」と嘆息して。
「ただ速いだけなの。見た目通りの腕力しかないから、速いからってそれで凄い攻撃ができるってワケでもないし。さっきアンタにやったみたいに、女の子のお尻を触ることくらいしかできないのよ―――アンタも気づいてるでしょ? あのおじいちゃんに力が無いことくらい」
「え、ええ・・・」思わず口ごもったのは、自分の感覚がイマイチ信用出来なかったからだ。
確かにラムウに秘めた力は感じない。しかし―――(・・・ただ、それだけじゃないような気がするのだけど・・・)
単に自分が気づかないだけで、隠された凄い力があるのかも知れない。
そんなことを思ったが、リディアの言い方だとそういうことは無さそうだった。「・・・って、なんであたしがアンタと仲良くお喋りなんて・・・」
はっ、と気がついたように不機嫌そうな顔になるリディアだが、セリスの方はそちらを見ていなかった。
ただじっと、アスラとラムウの攻防に見入っている。
そんなセリスに、リディアはしばらく何か言いたげに口を動かしていたが―――やがて「はあっ」と大きく息を吐いた。「ぬうっ・・・流石はやるのうトモエちゃん」
「 “アスラ” です―――いい加減にやめてくれませんか?」セリスとリディアが “仲良くお喋り” している間も、アスラとラムウの超高速の攻防は続いていた。
動きは一寸たりとも止めないまま、ラムウはこっそりと、周囲には聞こえないように呟く。「もう少しくらいハンデをくれてやってもいいじゃろう?」
「―――!」アスラにだけ聞こえた声に、彼女は目だけでセリスの方を見る。
セリスは先程からじっとアスラを見つめていた。「・・・珍しくこんな所にいると思ったら、それが目的ですか」
「トモエちゃん、強すぎるもんなあ」
「 “アスラ” です! ―――相変わらず喰えないクソジジイですねっ!」声を荒らげ彼女はそこで初めて自分の方から仕掛けた。
膝を曲げ、腰を落とし、やや前傾気味になってラムウの身体に拳を押し当てる。ラムウは、自分の胸に触れた拳に、それまでおちゃらけていた表情が消えて逃れようとした瞬間。「うおっと?」
トン・・・と、軽くラムウの身体が拳によって押される。ただ押されただけだ―――が、始動の寸前に押されたことにより、ラムウの体勢が少しだけ崩れた。
そして次の瞬間!
空破
ラムウの身体を押した拳が高速で後ろに引き戻され、それと連動してもう一方の手が前に突き出される。
体勢を崩したラムウはその一撃を回避出来ない。
勢いよく突き出された一撃が老体に容赦なく直撃し―――テーブルとか椅子とか周囲で観戦していた幻獣とかを巻き込んで吹っ飛んでいく。「さて―――」
ラムウが吹っ飛んでいくのを見送ってから、彼女はセリスを振り返る。
「参考にはなったかしうひゃあああううう!?」
「ううーむ。やはり撫で心地はトモエちゃんが一番じゃのう」
「このっ!」顔を真っ赤にしてアスラが回し蹴りを放つ。
背後で尻を撫でていたラムウは、今度はその場に留まってやり合うことはせずに、一瞬で宙高くに移動した。
宙で下を見下ろして、好色ジジイはアスラの尻を撫でた手を愛しそうにほおずりなんぞする。「少々ごついがそこがまた―――ぬお!?」
殺気を感じ、ラムウは慌てて振り返る―――と、そこには、端が見えないほど目一杯眼前に広がった津波が迫ってきていた。
タイダルウェイブ
突如として “図書館” 内に出現した大津波はラムウ “だけ” を呑み込んで、通り過ぎていく。
「こ、今度は何!?」
セリスは通り抜けていった大津波に困惑する。
確かに今、青い津波が通り抜けていったはずなのに、何故かセリスは押し流されなかった。どころか他の者たちも、テーブルや椅子も流されないどころか、床すら濡れていない。ただ一人、ラムウだけが押し流され、本棚に叩き付けられていた。
「こ・・・殺す気かあああああああああっ!?」
身体も拭くも濡れそぼり、立派な白い髭も無惨に濡らして身体に張り付かせながら、ラムウはよろよろと立ち上がり抗議の声をあげる。
「―――そんなもので死ぬようならば苦労はせん」
と、ラムウの反対側から低く重い声が響いてきた。
そちらを振り向けば別の老人が、書物を手に現れるところだった。老人、とは言ってもまだ髪の毛は白くなっておらず、背も真っ直ぐで年齢を感じさせない力強さを見せる老体だ
ラムウとは正反対に如何にも厳格そうで、全身からは他を圧倒する威圧感が放たれている。その老人の出現で、場の空気が重くなったような印象さえ受けた。彼は、近くのテーブルに書物を置くと、ラムウとアスラ、さらにセリスに視線を送り―――最後にもう一度ラムウへと視線を向けて言う。
「頼まれた書はここへ置いておく―――今となっては意味のないものだろうがな」
「そんなことないわい!」ラムウは一瞬で老人の元へ移動すると、テーブルの上に置かれた書物をパラパラとめくる。
と、その中ほどに数枚の古ぼけた紙が挟まっていた。「ほれ! これこそは昔現界で手に入れたHな本の切れ端―――」
「流れろ」
「のわああああああああああああっ!?」水が勢いよく紙とラムウだけを押し流していく。
「おおおおおおおおっ、ワシのお宝が水でぐっちょんぐっちょんにいいいいいいいっ!」
今度は本棚に激突することなく、棚と棚の隙間を奥まで流れていくラムウ。
「やれやれ」
嘆息して―――老人はゆっくりとリディアの元へと歩み寄った。
「リディア、息災だったか?」
「はい。幻獣王様もお変わりないようで」リディアが応えると、幻獣王と呼ばれた老人は厳しかった表情を少し緩ませる。
「うむ。お前がこの世界を出て行ってからというもの、お前の身を案じぬ刻は無かった」
「ありがたいお言葉です、幻獣王様」どこか緊張したような様子でリディアは恭しく頭を下げた。
(これが幻獣王か・・・)
リディアと幻獣王のやりとりをセリスは眺めていた。
確かに “王” と呼ばれる者に相応しい貫禄と威圧感だ。内に秘める力も、エンオウやエルディアを軽く凌駕するくらいの力を感じる。
・・・などと、今セリスは冷静に観察出来ているが、それも幻獣達が人間の形態をしているからで、もしも本性を―――地底やバブイルの塔でリディアが召喚した姿を見せれば、のんきに分析をしている余裕はないだろう。(ま、なんにせよ、この威圧感はセシルにはないものよね)
最近、王となったばかりの青年を思い浮かべてセリスは苦笑する。
そんな仕草を見とがめたのか、ふと幻獣王はセリスへと目を向けた。「それで、何故この世界にガストラの人間が存在している?」
「ッ!」静かな言葉と共に放たれた静かな殺気。
反射的にセリスは身構えたが、特に幻獣王は何をしようというわけではないようだった。
しかし、幻獣王はなにもせずとも、周囲の幻獣達が反応する。「あの人間、ガストラの・・・?」
「そう言えば、私達と同じ力を感じる・・・」
「でもリディアが連れてきたヤツだぞ!?」
「そう言えばさっき、リディアはアイツのことを敵だって・・・」ざわめきは段々と広がり、それに比例して殺気が膨れあがっていく。
「リディア!」
幻獣の子供がリディアに駆け寄る。そして、力無い笑みを浮かべながら問いかける。
「がすとらって悪いヤツらでしょ? ウ、ウソだよね? リディア、そんな奴らの仲間じゃないよね・・・?」
「それは・・・」幻獣の子供の問いに、しかしリディアは答えることが出来なかった。
敵だ、とさっきはセリスに対してきっぱりと言えたはずだった。なのにどうしてか、今はそれを言い切ることが出来ない。「どうなのだ、リディア?」
「幻獣王様・・・」
「答えられぬか? 答えられぬのなら、お前はこの地に敵を連れてきた裏切り者ということになる」
「・・・っ」“裏切り者” の言葉にリディアの身体がびくりと震えた。
(そんなの・・・解っていたはずだったじゃない)
心の中で呟く。
セリスは―――ガストラの人間は幻獣達の敵だ。それを解っていて連れてきたのだから、裏切り者と呼ばれても仕方がない。
そう、解っていたはずなのに、その言葉は心を抉り、リディアから力を削り取っていく。そんな風に打ちのめされていくリディアを見て、
「私は―――」
「待て」見かねたセリスがリディアの前に出ようとしたのを、ブリットが押しとどめる。
「なんで止めるのよ?」
「今、お前が前に出ても幻獣達の怒りを煽るだけだ」
「でも、これじゃリディアが・・・」まるで自分の身代わりにリディアが責められているようで、セリスは苛立つ。
同時に、理解に苦しんでいた。どうしてリディアはセリスのことをはっきり “敵” だと答えないのかと。と、そんな心の内を読んだかのように、ブリットがセリスにだけ聞こえるように囁く。
「・・・もしもここで、リディアがお前を “敵” と断言すれば、そのままお前は殺されるぞ」
「だからリディアは何も答えないというの? 私を庇って・・・」
「違う」ブリットは首を横に振る。
否定され、困惑するセリスに彼は続けた。「リディアが答えられないのは、ただお前を庇っているだけじゃない。それ以前の話だからだ」
「何を言っているの?」
「解らないなら解らないでいい」それだけ言うと、ブリットはリディアを見守る。
意味が解らないが、それでもリディアに一番近しいブリットがそう言うのならば動けない。ただ、なにが起きてもすぐに反応出来るように心構えだけはして、ブリットと同じようにリディアを見守る。「答えよ、リディア! お前は我らを裏切るのか・・・?」
「あ、あたしは・・・」
「お待ちください幻獣王様!」リディアと幻獣王の間に、ローブ姿の男が割り込んだ。
レイアと呼ばれていたリディアの連れだ。
彼は、自分がかぶっていたフードをまくり上げて頭部をさらす。その頭を見て、セリスは少し眉をひそめた。「人間ではないと思っていたけど・・・」
ブリットも、人の形をしながらもゴブリンという妖魔で、人間に比べれば異形の様相をしている。
だがレイアはさらに異質であり、その頭はまるでタコと人間の頭を足して2で割ったような形をしていた。
髭のようなタコの触手がゆらゆらと蠢いている。「マインドフレア―――それで “レイア” か」
セリスが変なところに納得している前で、レイアはじっと幻獣王を見つめて嘆願する。
「リディアは裏切りものなどではありません! ただ、死の淵にいる仲間を救うため、ガストラの人間の力をも “利用” してここにきたのです! アスラ様のご助力を得るために! どうか、ご容赦を願います!」
「・・・ふむ、ならば」レイアの嘆願を聞いて、幻獣王はセリスへ視線を向ける。視線はセリスに向けたまま、幻獣王はリディアに向かって言った。
「リディアよ」
「は、はい?」
「レイアの言葉が真実というのなら、そのガストラの人間を―――殺すのだ!」
「え・・・っ?」思わずリディアはセリスを振り返る。
「殺すって・・・でも・・・!」
「何を躊躇う必要がある。あのガストラの人間は “利用” しただけなのだろう? ならばもはや不要。我らの敵でしかない」幻獣王の言葉に賛同するように、周囲からも「殺せ、殺せ」と声が上がる。
その声に締め付けられるように、リディアは身を竦ませ、ただじっと震えることしかできなかった。「・・・くっ」
そんなリディアを見て、ブリットは怒りを顕わに己の剣を抜き放つ。驚いてセリスが制止の声をかけようとするが―――それよりも早く、剣を思いっきり床に突き立てた。
ドン、と言う小さくとも響く音に、幻獣達の声がピタリと止まる。「人には待てと言って置いて・・・」
呆れたようにセリスが呟く目の前で、ブリットは床に剣を突き立てたまま、幻獣王を睨付ける。
「いい加減、我慢の現界だ・・・!」
剣を床から引き抜くと、ブリットはそれを構える。
「セリスを殺すって言うのなら、まず俺が相手になってやる!」
「ブリット、お前は我らを裏切るというのか?」
「五月蠅い! 裏切るもクソもあるかッ! 俺は元々―――」
「やめてえっ!」リディアの悲鳴に、ブリットは言葉を止めた。
見れば、泣きそうな顔でリディアがじっとブリットを見つめている。「お願い、だから、やめて、ブリット・・・」
「リディア・・・」―――かつての少女が脳裏にフラッシュバックする。
見えない痛みに泣くことすらできず、それすらもただただ堪え続けていた少女。
そんな少女に対して、何も出来なかった自分。(くそっ・・・結局俺は、リディアになにもしてやれない・・・!)
力無く、ブリットは剣を鞘へ戻した。
悔しさが胸一杯に広がる―――そんなブリットの頭を誰かがぽん、と叩いた。セリスだ。
「・・・セリス?」
見上げれば、彼女はブリットを優しく微笑み見下ろしている。
それから顔を上げ―――た、時にはその表情は氷のように冷たくなっていた。前に出る。
セリスの動きに、周囲の幻獣達が再びざわめきだした。
そんな幻獣達に向かってセリスは言い放つ。「殺したければ殺せばいい」
そのセリスの言葉に―――幻獣達が息を呑む。
なんの反応も見せない幻獣達に、セリスは蔑むような視線を投げかけた。「なんだ? 殺せと言ったぞ? ―――それともたかだか人間一人が怖いのか?」
「ほ、ほざけえっ!」幾つかの幻獣のが怒りと共に、セリスに向けて魔力を放つ。
それは炎であったり、氷であったり、雷であったりした―――が、大してセリスは慌てもせずに、いつの間にか手にしていたロックの短剣を掲げて―――
魔封剣
セリスの魔封剣に、幻獣達の放った攻撃が短剣に吸収されていく。
その様子を見て、幻獣達は言葉を失った。「魔法の源たる幻獣の力―――確かに凄まじいものがある。が」
フン、と見下すようにセリスは周囲の幻獣達を睥睨する。
「私に魔法は通じない―――つまり、お前達の攻撃は私には効かないということだ」
どよめく幻獣達―――を前に、セリスは内心ヒヤヒヤしていた。
嘘だった。
確かにセリスは放たれた魔法を吸収する “魔封剣” という特技を持っている。
だが、無尽蔵に吸収出来るわけではない。剣が魔力に耐えきれなければ砕けて魔力が暴走してしまう。今の攻撃はかなりギリギリだった。
ロックの短剣は、当然魔力など付与されていないただの短剣だ。だから今までセリスが使っていた剣に比べて許容量が少ない。
よくよく見れば、今の魔封剣の影響か、刃がこぼれて柄にヒビが入っていた。
もしも、あと二、三度同じ攻撃を受ければ、短剣は耐えきれずに砕けてしまうだろう。内心の動揺を表に出さず、セリスは続ける。
「さあ、どうする? 殺せるものならば殺して見るがいい!」
「―――なら、私が相手ではどうでしょう?」そう言ったのはアスラだった。
彼女の体術は先程見せて貰ったばかりだ。体術ならば、セリスの魔封剣は効果を成さない。
絶体絶命のピンチ―――だが、セリスは好機と感じていた。(狙い通り、ね―――というか、最初っからこういう流れを仕組まれていたのかもしれないけれど)
先程のアスラとラムウの攻防。あれはセリスに “見せて” くれていたのだと気がついていた。
(油断は出来ないけれど、おそらくさっきのラムウってお爺さんと、アスラは協力しようとはしてくれている―――確信はないけれど)
そう思いながら、セリスはアスラに問いかける。
「一つ、良い?」
「なんでしょう?」
「もし、私がお前を倒したら、お前はリディアの召喚獣となるのか?」その問いに、アスラは柔らかく微笑んで首を小さく傾げる。
「そうですね・・・・・・貴女はリディアに連れてこられた―――つまり、リディアが用意した “ガード” と言えるでしょう。その “ガード” が私を倒したなら、私はリディアと誓約を交さなければならない」
「そう・・・それだけを聞ければ十分」“ガード” という言葉の意味はよく解らなかったが、ともあれ “セリスが勝てば、アスラと誓約を交せる” ということが解ればいい。
セリスはアスラに向かって、ロックの短剣を構えた。「―――面白いですね、貴女」
アスラは素直にそう呟いた。
セリスは少し勘違いしていたが、アスラはセリス達に協力しようとする気は無かった。
先程、セリスに自分の戦いを見せたのはラムウに乗せられただけだ。だが、この絶体絶命の状況で、セリスは本来の目的――― “アスラと誓約を交す” という目的への道を切り開いて見せた。
「いいでしょう」
呟く―――と同時、アスラを中心に “かりそめの世界” が広がっていく。
「貴女が勝てば私は貴方達に協力しましょう。ですが、貴女が負ければ、貴女を殺します」
「さっきから言っている―――殺せるものならば、と」静かに言い返し、セリスは「もっとも」冷たく微笑んだ。
「そう簡単に殺されてやるほど、 “ガストラの将軍” は甘くないがな!」