第24章「幻界」
D.「幻界の規格」
main character:セリス=シェール
location:幻界
エンオウや、エルディア達に先導されて、リディア達は幻界の街を進む。
行く先々で幻界の住人達は、リディアの姿を見つけると嬉しそうに声をかけてくる。それらにリディアは笑顔で応えている。―――そんなリディアから少しだけ後方へと離れ、セリスとブリットが並んで歩いていた。
「・・・・・・」
住人達に手を振って応えるリディア。その様子をブリットはあまり快く思っていないようだった。
その不快感は、付き合いの浅いセリスにもはっきりと伝わってきていた。「・・・ところで」
気まずい雰囲気を誤魔化そうとするかのように、セリスはおもむろに問いかける。
「どうした?」と尋ね返してくるブリットに、セリスは周囲を見回して。「この街・・・まるで人間の街みたいね。幻獣達が住んでいると言うから、もっと想像出来ないような所だと思ってた」
柱もなく宙に固定されている “基盤” や、その上下に広がる夜空など、不可思議な光景はある。
だが建物や “道” の形を見れば、人間世界のものとあまり代わりはない。
というか、リディアを喜んで出迎えている住民達も、殆どが人型で、その中にはエンオウ達のように人間と全く変わらない姿の者もいる。セリスの疑問に、ブリットはやや首を傾げながら自信なさげに応える。
「人型が一番都合良いから、らしい」
―――様々な存在が共存するにあたって、一つの “規格(もしくは規則、基準)” というものが必要になってくる。
それは単位であったり言葉であったり法律であったりするものだ。解りやすく現実社会で例をあげれば、車を運転する際には “交通ルール” という規則がある。
誰もが知っているとおり、これは交通事故を起こさないためのルールである。しかし、日本と外国ではそのルールも異なってくる。
日本では左車線だが、外国では右車線というように。もしも「私は日本人だから」と、外国で無理に左車線で走ればどうなるか。
考えるまでもなく、即事故を起こしてしまうだろう。
このように、日本人でも外国に行けば右車線で走るし、外国人も日本に来れば左車線で走る。それは当たり前のルールだ。それはこの幻界でも同じ事だった。
炎の魔人であるイフリートや、氷の女王たるシヴァなど、相反する属性の者たちが共存するにあたって、様々な決めごと――― “規格” が存在する。
住民達の殆どが “人型” を取っているのも規格の一つだ。
力の弱いチョコボなどはともかく、大きな力を持つ幻獣たちが本来の姿で在り続ければ、それだけで周囲に被害を及ぼす。例えば炎に身を包んだイフリートならば、立っているだけで近くに寄ったものを燃やしてしまうだろうし、シヴァならば全て凍らせてしまうだろう。
そう言った力ある者たちが、力無き者たちと “共存” するには己の力を抑える必要があった。そのための手段が、人間への変化である。
人間の姿ならば、自らの身体から迸る炎で周囲を焦がすこともなく、肌から放たれる冷気で震え上がらせることもない。力を抑えるだけなら、それこそチョコボや力の無い小動物にでも姿を変えればよい―――が、人型だと “道具” を使うことができる。
本来の姿よりも無力な人間の姿だが、人間は “道具” を扱うことで様々なことができる。
皆が人間という “規格” ならば、道具も数個作れば使い回すことができる。なにより、人の姿であれば力在る者も無き者も、存在が相反する者同士でも “触れ合う” ことができるのだ。
「だから、幻獣達がこの世界に移り住んだ時、力在る者たちは人間の姿に変化したのだという―――共に生活し続けていくために」
「なるほど・・・けれど、どうしてそこまでしてこの世界で “共存” する必要が―――」あったのか、と問いかけて、セリスは思わず口をつぐんだ。
(私達が原因―――?)
と、思いかけて、セリスは考え直す。
確かに20年近く前、ガストラ帝国はこの幻界へと攻め込んだ。そのせいで “魔封壁” が生み出され、現界と幻界は断絶された。
しかし幻界そのものは、ガストラ帝国が攻め込む以前からあったわけで。ならば他に考えられるのは―――
―――魔大戦。
「え・・・っ?」
囁くような声が聞こえた―――様な気がした。
同時に気がつく。行き先を先導していたはずのエルディアが、歪な角を頭に生やした馬―――シオンの背に乗ったまま、セリスのすぐ側に居ることに。セリスがそちらの方に目を向け、視線が合うとエルディアはぷいっとそっぽを向く。
そしてそのままシオンと共に、再び前へと行ってしまった。「魔大戦・・・」
エルディアが囁いた―――と思われる―――言葉を誰にも聞こえないように呟く。
魔大戦―――1000年ほど前に起こったと言われる世界大戦だ。
その戦いのせいで、世界は引き裂かれ、フォールスやシクズスなどの地域が生まれたのだという。セリスの故郷であるシクズス地方は特に被害を受けた地域で、終戦直後は大地は焼き尽くされ、人々の殆どは死に絶えてしまったらしい。
シクズスは他の地域に比べて砂漠や荒れ地が多く、緑が少ない地域だ。それは魔大戦の影響が、1000年経った今でも残っているからだという。(確かにその魔大戦のせいで、シクズスからは魔法が失われたと聞いた覚えがある・・・じゃあ、魔大戦が原因で幻獣達は・・・・・・)
「セリス」
「えっ?」思い耽っていたセリスは、ブリットに声をかけられて我に返った。
気がつけば、周囲にブリット以外の姿は居なくなっていた。「あ、あれ・・・? リディア達は・・・?」
「ぼーっとしすぎだ。さっきも言っただろう」ブリットは呆れたように―――声を小さくして告げる。
「・・・ここの住民達にとって、お前は仇のようなものだ。だから、もう少し緊張感というものを持っていろ」
「わ、わかってる!」言いながらもセリスは自分自身戸惑っていた。
ロックの事、幻獣の事など、そんなゆるくは構えていられないはずなのに、どういうわけか気が抜けてしまう。(もしかして、私の中にある幻獣の因子が “故郷” に帰ってきたことで安らいでいる・・・? その影響を私自身、受けてしまっているのかも―――)
「おいっ!」
「きゃあっ?」いきなり怒鳴られ、セリスは悲鳴をあげた。
見れば、ブリットが今度は苛立ったようにセリスを睨みあげている。
どうやら何か話しかけられていたらしい。「言ったそばから・・・っ!」
「ご、ごめんなさい・・・えっと、それでなに?」
「・・・・・・」ブリットは嘆息しながら視線を目の前の床へと向ける。
そこは “道” の行き止まりだった。ドーナツ状に作られた “基盤” の中央の穴へ向かって少し突き出た道だ。視線を少し上げれば、すぐそこに天地(天は見えても地は見あたらないが)を貫く穴が見える。その道の行き止まりに、長方形の石版のようなものが置かれていた。
「これは?」
「各階層へと跳ぶ転移装置、と言えば解るか?」
「成程、これでリディア達は先に行ったというわけね」「そうだ」とブリットは肯定すると、片手をセリスへと差し出す。
それを見てセリスはくすりと笑う。「エスコートしてくれるのかしら?」
「そういうわけじゃない」気恥ずかしいのか、ブリットは手を差し出しながら、視線を反らす。
「ただ、この転移装置は行き先をイメージする必要がある。お前は何処に行けばいいのか解らないだろ?」
「だからエスコートしてくれるんでしょう?」
「・・・もうそれでいい」ぶっきらぼうに言い捨てるブリットに、もう一度笑いかけて、セリスは差し出された手を握る。
ゴブリンの手だ。
人間のそれよりも歪に折れ曲がっている。手触りもなにやらごわごわしていていた。
だが、そんな感触などセリスは全く気にせずブリットの手を握った。「・・・変なヤツだな」
「え、なんでいきなり?」変人扱いされ、セリスは眉をひそめた。
「俺はゴブリンだぞ。お前達人間とは違う。なんで妖魔の手を躊躇いなく握ることができるんだ?」
「そんなこと今更言われても」ブリットの言葉に、今度は困惑した。
今更―――そう、今更だ。
「昨日今日の付き合いじゃないでしょう。守って貰ったこともあるし」
バブイルの塔に最初に攻め込んだ時。
強力な魔法を放つために長々と詠唱していたセリスを、敵の攻撃から守ってくれたのはブリットだ。「というか、手を差し出してきたのはそっちじゃない」
「それは・・・」
「わざわざ差し出した手を振り払われて悲鳴の一つでもあげられたかったの? それこそ変態だと思うけど」
「・・・・・・」セリスの反論に、返す言葉もなくブリットはセリスの手を握り替えして、石版の上に乗る。
手を引かれ、セリスも石版の上に乗った―――二人して乗るには狭かったが、それでもなんとか立ち並ぶ。「行くぞ」
「任せるわ」セリスが応えると、ブリットは瞳を閉じた。
次の瞬間、セリスはこの世界に来た時と同じような、昇っていくのか落ちていくのか解らないような感覚を感じて。セリスの姿は、ブリットと共にその場から消え去った―――