第24章「幻界」
E.「アスラ」
main character:セリス=シェール
location:幻界
転移先は、転移前とさほど風景が変わったようには見えなかった。
建物も道も全てが同じ材質で、同じ造りであるために―――多少、形や大きさ、配置は異なるが―――まるで同じ場所に戻ってきたような錯覚を覚える。が、転移前と決定的に異なる事が一つ。
「なにをしてたのよっ!」
転移が完了した目の前に、リディアが仁王立ちで立っていた。
とても不機嫌そうな顔で、セリスとブリットを睨んでいる。ブリットはセリスの手を離しつつ、特に何と言うこともなく返事をする。
「少しセリスと話していただけだ。待たせたのなら悪かった」
「別に待っちゃいないわよ。・・・ただ、なかなか来ないから、何かあったのかって思っただけで・・・」
「心配した?」セリスが苦笑して尋ねると、リディアはぎくりと傍目に見て解るほどに狼狽える。
「なっ・・・ばっ・・・だっ、誰がアンタの心配なんかしなきゃいけないのっ!」
「いや、私じゃなくてブリットの・・・」セリスは元からリディアが自分のことを気に掛けるとは思ってはいない。
ブリットに言われるまでもなく、セリスはリディアや幻獣たちにとっては “仇敵” であるのだから。セリスの言葉にリディアは腕を組んで、「ふんっ」と首全体を使った大仰な仕草でそっぽを向く。
「ブ、ブリットのことなんて心配しないわよ・・・・・・信頼してるもの」
顔をやや赤らめて言う。照れているらしい。
言われたブリットの方もやはり照れくさそうにぽりぽりと頭などを掻いている。そんな2人の様子を微笑ましく眺めながら、セリスは冗談めかして呟いた。
「じゃあ、私のことを心配してくれたのね」
「・・・!」リディアは一瞬言葉を失い―――それから一拍おいて、ゆっくりとセリスの方へと視線を向け、睨付ける。
どういうわけかその顔は先程よりも真っ赤で、それをセリスは “怒らせてしまった” と内心失敗に思った。「ア、アンタの事を、どーしてあたしが心配なんてしなきゃなんないのよッ!」
「そう怒らないでよ。ただの冗談なんだから」
「じょっ、冗談でも言って良い事と悪い事があるでしょう!」そこまで悪いこと言ったかな―――と、思いつつ、自分が “仇敵” だったということを思い出す。
こんな風に親しげに冗談を言って良い立場ではないのかもしれない、とセリスは自分を戒める。「ごめんなさい」
「な、なんで謝るのよ!」
「いや悪い事言ったから」
「・・・別に謝られるほどの事じゃないわよ!」謝ったのが逆効果であったかのように、リディアはさらに不機嫌になってセリスに背を向け、さっさと先へ進んでしまう。
失敗したな、ともう一度思っていると、ブリットから声をかけられた。
「・・・セリスって、意外と察しが悪いんだな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ」何故か呆れたようにそう言って、ブリットは「行くぞ」とセリスを促した。
ブリットと一緒に歩きながら、セリスは自分自身に困惑する。(というか・・・やっぱりヘンだな、私。どうも “ゆるく” なっている気がする・・・)
このフォールスに来てから―――というか、ローザに出会ってからその兆候はあった気がする。
が、ここに来てそれが加速しているように思う。(なんだろ・・・そんな状況じゃないのに。ロックが死んでるって言うのに、なんというか緊迫感がないような・・・)
ロックを助けなきゃ行けない、という想いはある。
なのに、そんなことはなんてことは無いような気がしている―――のかもしれない。
何故だろう、と悩んでいると前の方から声をかけられた。「ちょっとー! なにのんびり歩いてるのよー!」
リディアの声。
その声に彼女の姿を見つめ―――セリスは首を傾げる。(よく解らない・・・けど、なんでだろう―――リディアを見ていれば、なんか “大丈夫” だって思えるのは・・・)
そんなことを考えながら、セリスはリディアに追いつくために歩調を早めた。
セリスは気づいていない―――という以前に知らないはずだが、それは地底世界に残ったバッツが抱いている想いと一緒だった。
信頼。
セリスは無意識のうちにリディアを信頼していた。
リディアに任せれば大丈夫だという、絶対の信頼感。何故そこまで信じられるのか―――それはセリスの中にある幻獣の因子が原因かもしれないし、あるいは別の要員があるかも知れない。
ともあれ、セリスは自分でも気づかないうちにリディアを信頼していた―――
******
「着いたわよ」
先導していたエンオウ達が立ち止まり、続いてリディアも停止してセリスを振り返る。
辿り着いたのは建物の目の前。だが、周囲の建物とあまり変わりない家だった。「ここに、ロックを蘇らせてくれる幻獣が居るの?」
「ええ、そうよ」セリスが問うと、即答が返ってきた。
が、返事をしたのはリディアではない。今まで無かった気配を背後に感じ、セリスは振り返る。
と、そこには穏やかな微笑を浮かべた女性が居た。黒目黒髪の女性だ。
但し、目と髪とは違い、肌の色は新雪のように白く美しい。
長身で、セリスも女性としては背の高い方だが、それよりも頭一つ分ほど高い。カインと同じくらいの背丈だろうか。「貴方は―――?」
誰何の声をかける、が、その女性はそれには答えずに、すぅっと息を吸い込むと、そのまま大きく口を開けて。
「わっ!」
・・・・・・驚かそうとしたのだろうか。
目の前で大きな声を上げる女性に、セリスはビミョーな気分に―――なりかけて。「!?」
不意に肌が粟立つのを感じた。
寒気というか、むしろ背後に刃を突き付けられたような直接的な “怖れ” を感じてセリスは目の前を無視して背後を振り返る。「あら」
振り返れば、そこにはさっきまでセリスの目の前―――というか今は背後―――に居たはずの女性が、口に手をあてて大声を出そうとしていたところだった。
「気づかれてしまいましたか」
おほほほ、と笑い声を立てて、彼女は口に当てていた手を離し、そのまま軽く拍手をする。
「なかなかやりますね。私のこれを見破ったのは、貴方が初めてですですよ」
「・・・相変わらずですね、アスラ様」はあ、と疲れたように呟いたのはリディアだった。
そんなリディアを、アスラと呼ばれた女性はおもむろに抱きしめる。「久しぶりね、リディア。貴方がここを出て行ってから、もう何日何ヶ月何年と経ったのかしら?」
「まだ一ヶ月も経ってません、アスラ様」
「貴方にとってはそうかもしれないけれど」と、アスラは意味ありげに呟いてから抱擁していたリディアを解放する。
その様子を見て、セリスはあることに気がついていた。(なんだろうこの人・・・どこかミストやディアナに似てる・・・?)
主に超マイペースな辺りが。
そのことに気がついた瞬間、セリスの全身に戦慄が走った。
何故なら、セリスにとってマイペースな人間―――というか、人の話を聞かない人間は、とてつもなく苦手だからだ。―――そんな人間が得意な者もいないだろうが。「 “影分身” だ」
不意にブリットが呟く。
「え?」とセリスがブリットを振り向けば、彼はアスラを見つめながら続ける。「バッツの使う “無拍子” の技にも似ているが、少し系統が違う。アスラ様が使うのはエブラーナに伝わるという古(いにしえ)のサムライの武術に忍者達の忍術、そしてファブールのモンク僧達が使う体術―――さらには白魔法まで使いこなす」
「ふうん」
「・・・ふうん―――って、さっきの技のことを考えていたんじゃないのか!?」全然別のことを考えていました。
セリスは誤魔化すように苦笑しながら、我ながら本当に “緩く” なっていると自覚する。アスラ様と呼ばれた女性。
確か、リディアの連れも同じ名前を出していた。白魔法を使うと、今ブリットも言っていたし、おそらくこの女性がロックを救える女性なのだろう。「ブリット、女の子の秘密を容易く口にするものではありませんよ」
女の “子” というには無理がありますアスラ様。
―――その場の全員がそう思ったに違いないが、誰もそれを口にしようとは思わなかった。代わり、というわけではないがリディアがアスラに向かって口を開く。
「アスラ様、あたしが戻ってきたのは・・・」
「わかっています」いきなり雰囲気が切り替わった。表情は変わらない―――はずなのに、穏やかな雰囲気から一転、空気が張りつめるほどの威圧感がアスラから放たれる。
凛、と彼女は静かにリディアの言葉を遮った。
それから建物の中を指し示し、「中にお入りなさい。幻獣王様がお待ちです―――お話はそれからですよ」
そう言って、アスラは先に立って建物の中へと入っていった―――