第24章「幻界」
C.「幻界の住民」
main character:セリス=シェール
location:幻界

 

 幻界へと跳ぶために、リディアが精神を集中すると、自分の中で何かがざわめくのをセリスは感じた。

(幻獣の因子が反応しているのか・・・?)

 意識せず胸の鼓動が早く高鳴る。
 息苦しさを感じ、なにかが自分の中で暴れ回っているのを感じ、ともすれば暴走しそうな自分の力を必死で抑える―――と。

(あ・・・?)

 不意に、天に向かって “落ちていく” ような感覚がセリスを襲う。
 頭から地の底へと落下していくような感覚だ。

 ただ、この間バブイルの塔で感じたような落下感―――セリスは途中で意識を失って、その記憶はおぼろげだったが―――とは違い、不安の様なものはなかった。

 ひたすらに安心して、何処かへと落ちていく感覚に意識を委ねる。
 延々と落下し続け―――それは前触れもなく、唐突に終わった。

「お・・・っと?」

 白昼夢からいきなり現実へと引き戻されたような感じだ。
 思わずバランスを崩しかけて、足下にしっかりとした地面を踏みしめ―――というか、 “落ちていく感覚” を感じていただけで、さっきからずっと地面の感触はあった―――セリスは体勢を立て直す。

 それからゆっくりと目を開ける―――どうやらいつの間にか瞳を閉じていたらしい―――と、周囲の光景が一変しているのに気がついた。

 緑無く、岩しかない丘、空の無い天井しかなかった地底の自然風景は、木で構成された不可思議な建築物に成り代わっていた。

 足下は赤茶けた大地から、木の板を並べられて作られた床に代わり、その床は道のように伸びている。
 その道に沿うようにして、幾つもの建物が並び、それも床と同じ木で作られているようだった。

「ここが・・・幻界・・・?」

 まるで人間の街のようだと、何気なく頭の上を見上げれば、遥か高みにそこには別の床が浮かんでいた。
 いや “浮かんでいる” という表現は少しおかしいかも知れない。何故ならその床は、全く動ずることなく、まるで見えない柱でもあるかのように、しっかりと固定されていたからだ。

 セリスの頭上に在る “床” は、まるでドーナツのように、少し歪な円を描いて “道” を造り、セリスが立っている場所と同じように、その道に沿って建物が並んでいるようだ―――と、思ってもう一度周囲を見れば、ここも同じようにドーナツ型になっているらしかった。中央がぽっかりと穴が空いていて、そこからは上下の様子を眺めることができる。
 見れば、この世界は木で作られた円の道を基盤として建物が建ち並び、それが幾重にも重なっているらしかった。

  “基盤” のさらに果てを見つめれば、まるで夜空のような黒い闇と、そこに瞬く白い小さな光が見える。
 それは上も下も同じ光景で、交互に見つめていれば、上下の感覚がわからなくなってしまうかのようだった。

「不思議なところだな・・・」

 セリスはぽつりと感想を漏らした。
  “基盤” が柱もなく幾重にも重なっている、ということを除けば、床も建物も普通に人間の社会にあるようなデザインで、なにも奇抜なところはない。
 だがそれが幻獣達の世界にあるということが、逆に不可思議を演出しているようだった。

「そりゃ世界そのものが違うんだから」

 そう言ったのはリディアだった。
 不思議で当たり前、と言いたげなリディアの言葉に、セリスは振り返り―――しかし、何か言おうとした言葉は出ずに、代わりに怪訝そうな顔を示す。

「・・・だいじょう・・・ぶ?」

 おそるおそると言う感じでセリスは尋ねた。
 ストレートに「大丈夫?」と聞くのを躊躇わせるほど、リディアは消耗していたからだ。

 まるで死人のように青ざめた表情。血の気がない、なんてレベルではない。もはや生気を感じさせなかった。
 ブリットに支えられて辛うじて立っている―――その事すら奇跡のようで、ゾンビーと化していると言われても何も疑いなく信じてしまいそうだった。

「・・・大丈夫よ」

 見た目に比べ、声の方ははっきりとしていた―――いや、それもかなり無理をしているようだが。

「前回は一ヶ月ほど寝込んだもの。それを考えれば、私だって成長して―――」

 などと言いかけたところでその身体がぐらりと揺れた。
 その身体を支えていたブリット達がし損じたらしい。元々、小柄なリディアに対しても、ゴブリンであるブリットはさらに体格差がある。並のゴブリンよりも力のあるブリットでも、体格差はどうしようもない。少しでもバランスを崩せば支えきれずに―――

「あううう・・・ブ、ブリット・・・ちゃんと、支え、なさい、よ!」
「す、すまん」

 転倒したリディアが文句を言うと、その下敷きなったブリットは素直に謝る。
 何をやっているのよ、とセリスはリディアに手を貸して助け起こした。

「ア、アンタに助けてなんて言ってないでしょ・・・」

 力無くリディアがセリスを拒絶する。
 それに対して、セリスは苦笑して返す。

「助けるなとも言われてないでしょう?」
「・・・・・・」

 返された言葉に、リディアは思わず言葉を失う。
 そんなリディアの様子を眺め、セリスは彼女の異変に気がついた。

「魔力が・・・消耗してる?」
「あ、当たり前でしょ! た、ただでさえ、幻界への道を開くのは力を使うんだから―――今回はその上、慣れないものを召喚して・・・」
「ふうん」

 と、セリスは何気なくリディアの顎を持ち上げ、その唇を自分の方へと向かせると、そのまま。

「―――ん」

 いきなり自分の唇を合わせた。

「―――っ!?」

 いきなりキスされて、リディアは目を白黒させる。
 そんな風にリディアが困惑しているのに構わず、さらにセリスは舌を―――

「ぬあああああああああああああああっ!?」

 反射的にリディアはセリスを全力で突き飛ばした。
 突き飛ばされ、しかし倒れるようなことはなく、二、三歩後ろへとよろめくセリス。
 そんなセリスに向かってリディアは、

「へ、へへへへへへ―――」
「何が可笑しいの?」
「可笑しくないわああああっ! この “変態” ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 絶叫してから、ごしごしごしっ、と自分の唇を拭う、というかこするリディア。
 そんなリディアに、セリスは「あ」と声を上げて。

「もしかして・・・初めてだった?」
「べっ、別に初めてって訳じゃ・・・」
「私は初めてだったんだけど」

 自分の唇に指を添え、どこか照れたように頬を染めるセリス。

「に゛ゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 セリスの仕草にリディアは頭を抱えて絶叫する。

「ちょ、ちょっと!? ア、アアア、アンタって、そーゆー趣味の人なのーーーーーーーーーーーー!?」
「? 趣味って・・・良くわからないけど。まあ、初めてなりに上手く行って良かったわ」
「何が―――あれ?」

 ふと、リディアは気づく。
 自分の足で立って、というか元気よく絶叫していたことに。

 幻界への転移やオーディンの召喚で、リディアのMPはほぼ尽きていたはずだった。
 そのせいでついさっきまでは、意識を保つのがやっとで、ブリットに支えてもらわなければ立っていることすらできなかったはずなのに。

 今はMPは少し回復し、多少の気怠さはあるものの、意識を失うほどではない。

「あれ・・・?」
「知識としては知っていたんだけど」

 と、セリスは微笑む。

「メンタルパワーを譲渡するには唾液とか粘膜の接触が一番手っ取り早いって聞いてたから」
「あ、ああ、そう言う事ね。確かに魔力の供給には粘膜接触が―――」

 言いかけて。
 リディアはちょっとまあなんというか別のことというかほんの少し具体的にいうと下半身的なことをイメージして。

「死ねーーーーーーーーーーーーっ!」
「なんで!?」

 いきなり首を絞めてこようとするリディアから逃げてセリスが悲鳴をあげる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・えー。
 意味が解らなかった人はそのままのピュアな貴方でいてください。
 解った人は余計なことを拍手コメントとかに書かないよーに。

 以上、作者からのお願いでした。

 ついでに補足。
 魔力の供給は、セリスさんやリディアさんが言ったような方法が手っ取り早いんですが、他にも血を与えることでも補給出来ます。

 以前にも解説しましたが、魔法というのは代を重ねることで血に織り込まれて宿り、故に血に魔力が宿るからです。
 だから、魔道士の血を輸血したら、素養のなかったはずの人間が魔法を使えるようになった、というのもアリかもしれませんとか今思いついてみる。

 ―――などと閑話休題はさておいて。

 ばたばたと、逃げるセリスと追うリディア。
 そんな風に2人が追いかけっこをしていると。

「リディア!」

 と、リディアの名を呼ぶ声が響き割った―――

 

 

******

 

 

 ―――振り返れば、チョコボが一匹リディアを見つめていた。
 ココではない。
 おそらくは、この幻界に住んでいるチョコボなのだろうが。

「リディア、帰ってきたんだね」

 そのチョコボが流暢に話すのを聞いて、セリスは思わず困惑する。

「チョ、チョコボが人間の言葉を喋ってる・・・?」

 その呟きを聞いて、チョコボがセリスへと視線を向けた。

「なんだい? ボクが喋っちゃおかしいのかよ?」
「いや、その・・・」

 チョコボの責めるような言葉に、セリスはしどろもどろになる。
 バッツやリディアが、ボコやココと話していたのは見たことはあった。だが、ボコ達は「クエ」としか鳴かず、人間の言葉を話していたわけではない。

 正気なところ、言葉を喋るチョコボというのは初めて見た―――というか、そんなチョコボが居るなんて聞いたこともない。

 と、困惑していると、ブリットがさり気なくセリスに囁く。

「幻界では多様な “存在” が住んでいる。なので、その意思疎通の手段として人の言葉を用いている」
「・・・つまり、幻界の住民は、皆人間の言葉を喋れると言うこと?」

 セリスが問うと、ブリットは頷きを返した。

「ねえねえリディア! やっぱり帰って来てくれたんだね!」

 見れば、チョコボはセリスの事などどうでも良いかのように、リディアに身をすり寄せていた。
 そんなチョコボに、リディアは苦笑いして。

「あ、あのね。私は別に帰ってきたわけじゃ・・・」
「リディアだって!?」

 リディアが説明しようとするのを遮るように、別の声が響く。
 見れば、チョコボとは別に、人の形をした―――しかし人ではない、異形の存在が嬉しそうに駆け寄ってくるところだった―――

 

 

******

 

 

 ―――数分後。

 リディアの周囲には、幻界の住民達が集まっていた。

「リディア、久しぶり!」
「帰ってきたんだね」
「ずっと待っていたんだよ」
「リディア!」
「リディア!」

 集まった住民達(その殆どは、四肢を持ち、二足歩行で―――つまりは人間に似た形をしていた)が、リディアやトリス、ボムボムやローブの男を囲んでいる。

「・・・随分と人気者ね」

 集団から少し離れた場所で、セリスが呟く―――と。

「リディアは幻獣王を救った召喚士だ。幻界の住民達にとっては英雄に等しい」

 セリスの呟きに応えたのは、何故か住民達の輪に加わっていないブリットだった。
 そんなゴブリンを振り返り、セリスは苦笑する。

「もしかして、リディアを取られてふて腐れているの?」

 ゴブリンという魔物へ自然に話しかけている自分に気がついてさらに苦笑する。
 しかし、ブリットからの返事は、なんとなく笑い飛ばせる雰囲気ではなかった。

「そんなんじゃない」

 言い捨てて、ブリットはじっと住民達を睨んでいる。
 魔物の表情は解りにくいが、それでもブリットが幻界の住民達に敵意に近いものを抱いているのは解った。
 そしてそれは、住民達も解っているのか、ブリットには近づかないように避けている。

「・・・俺はあいつらがキライだ」
「え・・・?」
「あいつらは、リディアのことを何も―――」

 ブリットは言葉を途中で止める。
 その理由は、背後から迫ってくる “熱気” だった。

「!?」

 熱気―――というより、強い魔力を感じ、セリスは背後を振り返る。
 ブリットも一拍遅れて振り返る―――よりも早く。

「よおぉぉぉっす! 久しぶりじゃねえかキョーダイ!」

 がばあっ! と、赤茶けた―――まるで地底の風景の様な色の肌をした巨漢が、いきなりブリットを背後から羽交い締めにすると、そのまま持ち上げる。

「ははははははは! 相変わらずちっこいなー、キョーダイ!」
「離せーーーーーーッ!」

 捕まえられたブリットは、小柄な身体を利用して、男の束縛から逃れる。
 丸太のように太い腕から逃れたブリットは、床に着地すると巨漢を振り返り、苛立たしく睨み上げた。

「お前こそ相変わらずだな。エンオウ」
「ははははははは! そりゃー、何百年もこんな感じだからな。そう簡単には変わらないってことよ―――最近大きく変わったといやあ、リディアに名前を付けて貰ったことくらいかあ?」

 エンオウ、と呼ばれた巨漢の男は豪快に笑うと―――ふと、セリスの方へと目を向けた。

「・・・んで、ブリット。この女はなんだ? 知らない顔―――だが、どうも良く知ってる気配をこいつの中から感じるんだがな?」
「!」

 殺気を感じ、セリスは思わず身構える。
 ブリットがその間に割って入り、何事か説明しようと口を開きかけたその時だ。

「―――なーんつってな。ウソウソ、知ってるってーの。在る程度のことはリディアを通じて解ってるしな」

 先程と同じく豪快に笑う―――が、その瞳は笑ってなく、敵意はまだこちらに向けられていることをセリスは気がついていた。
 しかしエンオウはセリスに対して興味なさそうなフリをすると、そのままリディアの方へと顔を向ける。

「うおーい、リディア! 来るなら来るって言ってくれよー!」

 言いつつ他の住民達を蹴散らしてリディアに突進する。
 そのまま大きな両腕を広げ、リディアを抱きしめようとする―――のを、リディアは近くに浮遊していたボムボムを押しつけて回避。「なんだよ連れねえなあー」と笑うエンオウに、リディアは「相変わらず、暑ッ苦しいのね」と、やれやれと肩を竦める。

「・・・あれは?」

 セリスはエンオウを見つめてブリットに問いかける。
 人の形をしながら人間とは異なる異形の存在である幻界の住民達に比べ、エンオウと呼ばれた男は、巨漢ではあるが普通の人間に見えた。見た目は。
 ただし、秘められた力は尋常なものではない。少なくとも、セリスはあれほどの魔力を持った人間と出会ったことはない。

「あれは―――」

 と、ブリットが言いかけた瞬間、またもや強い力を感じる。
 同時に背筋が寒くなる―――と言っても、強い力に戦慄を覚えたというわけではない。
 純粋に冷気を感じたというだけだ。

 なんだ、と思って振り返れば、今度は歪な角を生やした馬と、その背に横乗りで乗った青白い肌を持つ美女がそこにいた。
 どうやら冷気はその女性から放たれているらしい。

「・・・・・・」

 女性はセリスを一瞥すると、無言のまま馬に座ったままリディアの元へと向かう。
 リディアは女性達に気がつくと「エルディア! シオン!」と顔をほころばせて叫んだ。

「なんだ・・・あれは?」

 エンオウと同じくらいの力を、女性と馬のそれぞれから感じて、セリスは眉をひそめる。

「・・・エンオウ、エルディア、シオン―――リディアと “誓約” を交した幻獣達だ」

 と、ブリットが説明し―――さらに付け足す。

「イフリート、シヴァ、イクシオンと言った方が解りやすいか」
「・・・あ!」

 言われて思い当たる。
 バブイルの塔で、リディアは召喚した氷の幻獣―――シヴァの事を “エルディア” と呼んでいたことを。

「あれ、でも・・・あの時ほどの力は・・・」

 確かにセリスはエンオウ達から人外の魔力を感じる。
 しかし地底やバブイルの塔で召喚された幻獣達の力は、こんなものではなかった。

「幻獣達の力はこの世界では在る程度平準化される―――そうでなければ、共存などできない」

 確かに、バッツを相手に召喚されたイフリートの火力ならば、近づいただけでも燃えてしまうだろう。
 なるほど、とセリスが頷いていると、エンオウ達と話をしていたリディアが声をかけてくる。

「ブリット! 幻獣王様が呼んでるんだって!」

 解った、とブリットは頷いて、セリスを振り返る。

「ここからが正念場だ」
「解ってる」
「―――1つだけ先に言っておく。幻界の住民は “お前達” を快く思っていない。だから、もし正体がばれた時には―――」

 命の保証はできない、と無言を持って伝えると、セリスは小さく微笑んだ。

「わざわざ忠告してくれて有り難う―――貴方だって、私のことは憎んでいるのにね」
「そんなことを言った覚えはない」

 思わぬ答えに、セリスは「え?」と首を傾げる。
 と、なにやら言い訳するようにブリットは続けた。

「俺は幻界の住民ではないし、なによりも―――」
「ブリットー! それからアンタも早く来なさいよ!」

 移動を始めているリディアの声にブリットとセリスは返事を返して歩き出す。

「―――それで、なによりも・・・なに?」
「なんでもない」

 セリスの問いに、ブリットは「この話題は終わりだ」とでも言いたげにそっぽを向く。
 それからちらりとリディアの方を見やり、

「・・・勝手な事を言えば、怒られるだろうしな」
「ん? なにか言った?」
「いいや」

 そう言って、ブリットは早足でリディアの後を追った―――

 

 


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