第24章「幻界」
A.「運命」
main character:リディア
location:封印の洞窟・外

 

「幻・・・界・・・?」

 リディアが言った言葉をセリスはおうむ返しに呟いた。
 思わず呟いてしまったのは、 “幻界” がなにか知らなかったからではない。むしろその逆だった。

 何故なら幻界―――幻獣達が住まう世界への道を見つけること。
 ガストラ帝国がセリスやレオ、それにケフカと言った、国の実力者達をこのフォールスへ送り込んだ最終的な目的だったのだから。

 唖然とするセリスに、リディアはにやりと笑ったまま頷く。

「そう。そして幻界に行くためにはアンタの力が必要なのよ―――アンタの中に秘めたる幻獣のエッセンスがね」
「何を言っているのか解ってるの!?」

 反射的にセリスは叫んでいた。

「私はガストラの人間で―――」
「今は “ただの” セリス=シェールなんでしょ?」
「それは・・・でも・・・っ!」

 セリスは困惑していた。
 リディアはセリスの事を、幻獣達を傷つけた “ガストラ帝国の将軍” として嫌っていたはずだった。
 少なくとも、封印の洞窟へ入る前。トメラの村では少しも心を開こうとはしてくれなかった。

 それなのに、今ここで手を差し伸べようとしてくれる―――その真意が理解出来ずに混乱する。

「リディア、その女の言う通りじゃ」

 セリスが言葉を詰まらせていると、別の声が割り込んできた。
 それはリディアの連れの一人、ローブをかぶった男だ。声からして男だと解るが、ローブを頭から深々とかぶっているため、その姿は人の形であるということしか解らない。リディアの連れなのだから、ブリットやトリスと同じように人間では無いはずだが。

「我らの同胞を奪った、かの人間共の仲間を幻界へ連れて行くわけには行かぬ!」
「でも、幻界に行ってアスラを呼んで来なければ、ロックは生き返らない」
「ならば、それがその男の運命だったということだ」
「ああ、もうっ」

 わしゃわしゃと、ややくせっ毛な自分の髪の毛を乱暴にかき乱し、ローブの男を睨付ける。

「ぐだぐだ言わないの。あたしが行くって言ったら行くんだから!」
「我儘を申すな! 何と言ってもそれだけはいかん! 我らも協力はせんぞ!」

 と、ローブ姿の男は言うが、ブリットは当然のことのように口を挟む。

「俺はリディアに従うぞ」
「な・・・っ?」

 驚愕の声を上げるローブ姿の男。続いて、トリスやボムボムもブリットに目配せする。

「2人も同じだ」
「解っておるのか! これは幻獣王に対する裏切り―――」
「諦めなさい」

 ふふん、と勝ち誇ったようにリディアが男の言葉を遮る。

「貴方、さっき言ったよね? そのまま死んでしまうのがロックの運命だったって」

 それなら、とリディアは言葉を切り替えて続ける。

「あたし達が幻界に行って、アスラを連れてきてロックを生き返らせるのも運命だってことよ!」
「無茶苦茶なことを言うな!」
「無茶でもなんでも良いわよ! 貴方にも協力して貰うわ――― “誓約” の元に、無理矢理にでも」
「ぬう・・・・・・」

 リディアにきっぱりと言われ、男はしぶしぶと押し黙る。
 召喚者と誓約を交している以上、召喚獣は逆らうことはできない。
 何も言えなくなった男に対して、リディアは不意に笑いかけた。

「・・・ありがと、レイア。貴方がそこまで言ってくれたのは、あたしを心配してくれているからって解ってるから」

 もしもリディアがセリスを幻界に連れて行けば、それは幻獣達にとって裏切りとなる。
 そうなれば、一番傷つくのはリディアだ。

「だけど決めたから。絶対にロックを生き返らせるって。だから心配しないで、ね?」
「・・・好きにせい。どのみち、アスラ様と誓約を交すことができるとは思わんがな」

 ふて腐れたように言う男―――レイアに、リディアはもう一度だけ「ありがと」と呟く。

「どうして・・・?」

 ぽつり、と呟いたのはセリスだった。
 リディアが振り返ると、彼女はさっきと同じ困惑した表情のままリディアを見つめている。

「どうしてそこまでしてロックを助けようとするの・・・?」
「・・・別に―――」

 と、リディアがセリスの疑問に応えようとした瞬間。

「まさかリディア! ロックの事が好きだとか!?」

 いきなり馬鹿の声が割り込んできて、リディアはその場で思いっきりコケた。

「あ・・・アホかあああああっ!」

 すぐに立ち上がり、バッツにくってかかる。
 噛み付かんばかりの勢いで迫られ、バッツは慌てて首と手を振る。

「悪いスマン冗談だ。場の雰囲気を和ませようと」
「そーゆーのを要らん気遣いっていうのよ!」
「だって、さっきから口を挟める雰囲気じゃなくって、なんか俺達置いてけぼりで・・・さ、寂しかったんだあ!」
「寂しがるな気色悪い!」

 リディアに一喝され、バッツはショックを受けたようにその場にへたり込むと、いじいじと地面を指でつつく。

「き、気色悪いって・・・そこまでいうことないだろ・・・」
「いや、今のはお前が全面的に悪いと思うぞ」
「フン・・・」

 エッジが呆れたように呟くと、カインも冷笑を浮かべてバッツを見下す。

「ああ、もうとにかくっ!」

 リディアはまたセリスを振り返ると、その鼻先に指を突き付けた。

「別にあたしはロックなんかのために助けようとしてるわけじゃないの!」
「それって・・・つ、つんでれ? っていうの?」
「・・・なにそれ?」
「 “本当は好きだけど、嫌いって言っちゃう” のをそう言うってローザとディアナが・・・」

 ロックが健在だったなら「なにいらん知識教え込んでるんだあの親子!」とでもつっこんだかも知れない。

「てゆーか、話の腰を折るんじゃないわよ! アンタもアレなの? 紙一重なの!?  “セリス” って書いて “バッツ” って読むわよ!」
「それは嫌ああああああ!」
「なんでだよ!?」

 座り込んでいたバッツが抗議の声を上げるがそれは無視。

「・・・つーか、このままだと本気で手遅れになっちゃうっての!」

 だから、とリディアはセリスに手を差し出した。

「アンタの惚れた男を救いたいなら何も考えずに手を取りなさい。制限時間はあと三秒! はい、サンニーイ」
「って、カウント早ッ!」

 言いながらも反射的にセリスはリディアの手を両手で握っていた。

「チッ―――と、どうやら覚悟は決まったようね」
「強制的に決めさせられたような!? というか今カウントと見せかけて舌打ちしたでしょ!」

 なんのこと? と、とぼけながら、リディアはもう一方の手を後方へと差し出す。
 その手を握るのはゴブリンの小さな手だ。ブリットは一方の手でリディアと繋ぎ、もう一方をリディアと同じように後方に差し出す―――その手に重ねられたのは黄色い鳥の羽だ。「クエッ」と一声鳴いたココの背中にばさりとトリスが降りたって、さらにその上にボムボムが鎮座する。一見すると、トリスの背中が燃え上がっているように見えるが、ボムボムの炎は仲間を焼いたりはしない。成長したのはリディアやブリットだけではなかった。

「やれやれ・・・言い出したら聞かぬのだからのう」

 最後にぼやきつつも、ローブの男がココのもう一方の手羽にその手を添えた。
 仲間が繋ぎあったのを確認して、リディアは目を閉じた。

「みんな、あたしに力を貸して・・・・・・!」

 静かに呟き、リディアは自分の魔力を高めていく。
 仲間達の力と同調し、かの世界へと意識を向ける。
 セリスやブリット達の中に秘められた “幻獣” の要素が、同じく幻獣達の世界と共鳴して、リディアは現界と幻界を隔てる扉をイメージした。

(見えた・・・!)

 閉じた目の前に見えるのは、かつてリヴァイアサンと共に幻界へ赴いた時と同じ、懐かしい故郷の家の玄関と同じ扉だ。
 かつてと同じように。・・・いや、それ以上に強固に鎖で封印されていた―――

 

 

******

 

 

 リディア達が幻界へ向かうために精神集中するのを見て、不意にバッツが声を上げた。

「さて、俺達はどうするか」

 しゃがみこんでいじけたフリをしていたバッツは立ち上がって軽く伸びをする。

「ただじっと待ってるのもヒマだし―――っても、ここを動くわけにはいかないしな」
「・・・って、お前、なんでそう脳天気なんだよ!?」

 エッジが訝しげに言う。
 ついさっきまでロックが死んだことで、バッツはかなり取り乱していた。
 だというのに、今はそれが嘘だったかのように落ち着き払っている。

 さっきの “冗談” にしてもそうだ。
 なんというか、ロックが死んだ直後に比べてギャップが在りすぎる。

「だって、俺達なんもやることないじゃんか」
「だからって・・・仲間が死んだんだぞ。もうちょっと・・・なんていうか、こう・・・」
「死なねえよ」

 あっけらかんとバッツは答える。
 それからリディア達の方に視線を向ける―――幻界へ行くために、リディア達は繋がりあい、魔力を高めている。そのためか、ぼんやりと光を放っていた。その光を眺めて、バッツはにやりと笑って見せた。

「ロックならリディアがなんとかする。だから大丈夫」

 本気だった。
 バッツは本気で、何の疑いも無く、リディアがロックを蘇らせると信じているようだった。

「・・・・・・っ」

 真っ直ぐすぎるその想いに、エッジは言葉に詰まり―――それでも絞り出すような声で反論する。

「こ、根拠は・・・?」
「俺の妹はスゲエからだ!」
「根拠になってねえっ!」

 思わずエッジは助けを求めるようにカインの方を振り返る。

「おい、お前からもなんか言ってやれよ」
「フッ・・・」

 カインは冷笑を浮かべ、倒れたままのロックの死体を眺める。

「俺はアイツは生きようと死のうとどちらでも構わん―――が」

 言葉を句切り、リディア達の方を横目で見やる。

「 “運命” というヤツが俺は嫌いでな。ここで死ぬのがヤツの運命だったというのなら、それに逆らって生き返るというのなら面白い」
「・・・そういうことを聞いてるんじゃねえよ・・・」

 エッジは疲れたように、がっくりと肩を落とした―――

 

 


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