バロンから南西に少し離れた旧カルバッハ領―――
今は “先王の忘れ形見” ―――という事になっている―――アレックスが治めている領地に、セシル達は訪れていた。「いやしかしアレックス殿の手腕は見事ですな!」
廊下を歩きながら、ベイガンは賞賛の言葉を並べ立てていた。
「領主となってからさほど日も経っていないというのに、しっかりと統治しておられる」
「日が浅いから、まだ問題が表面化していないだけですよ」ベイガンの言葉をこそばゆく感じながら、アレックスは柔和に微笑んだ。
例の貴族の反乱時、ベイガンはこうしてアレックスと穏やかに話す機会など無かったが、会話してみれば中々の好青年だと言うことはすぐに解った。
ともすれば “気の弱そうな青年” と、頼りない印象を受けるが、喋る声は小さくも大きくもなく、言葉に芯はしっかりと通っている。
反乱時には、最後まで自分をオーディンの息子だと、力強く主張し続けたことを考えれば、その胸に秘めた意志の力は、流石に王族と呼べるものだとベイガンは感じた。(同じ王族であるギルバート殿と色々と似通っているかもしれませぬ)
引き合わせてみても面白いかもしれませんな、と思いながらベイガン達は屋敷の中の目的の部屋に辿り着く。
カルバッハ邸―――いや、今はアレックス邸となった屋敷の一室。
そこにセシルはとある成り行きで “閉じこめられていた” 。「さて、陛下は居られますかな・・・?」
部屋の扉を見つめてベイガンが苦虫を噛みつぶしたような顔で呟くと、 隣でアレックスが苦笑する。
「昨日は危ないところでしたしね。まさかあんな風に隠れるとは」
「ええ。一歩間違えれば逃げられるところでした。アレックス殿解っているとは思いますが・・・」
「はい。油断はしません―――では、参りましょうか」王に対する会話じゃねえ、と互いに思いながら、ベイガンが扉を開く。
「陛下、お加減はいかがですか?」
「あ、ベイガンにアレックス!」部屋に入ってきた2人の姿を見つけ、名を呼んだのはローザだった。
彼女の傍らには、セシルが難しい顔をして座っている。「おお、陛下。今日は珍しく大人しくして居られるのですな!」
喜ばしくベイガンが歩み寄る。そんなベイガンに、セシルは顔を上げて告げた。
「ベイガン、城に戻るよ」
「陛下、そのような我侭は―――」
「最後のクリスタルが奪われた」
「―――!」セシルの言葉に、場に緊張が走った。
「まさかカイン殿やバッツ殿が揃っていて、ゴルベーザに出し抜かれるとは・・・!」
「ギルガメッシュが裏切ったのさ」椅子から立ち上がり、セシルはいつになく厳しい表情で告げる。
「そしてどういうわけかエニシェルも連れ去られ―――僕とのリンクも途切れてしまった。だからその後、どうなったかは解らないが・・・」
これからカイン達がどうするのか、セシルには解らない。
自力で地上へ戻ってこれるのか、それとも助けに行かなければならないのか―――ともかく。「ただ待っていればいいだけの状況では無くなってしまった―――ベイガン、トロイアに行っているロイドを至急呼び戻してくれ」
「了解致しました」ベイガンは頷くと、トロイアへ使者を送るために部屋を飛び出していく。
セシルもバロンへ戻るための準備をするために部屋を出ようとする―――と、その背中をローザが呼び止めた。「セシル」
「ん? なんだい、ローザ」優しく微笑みながらセシルは恋人を振り返った。
だが、セシルの表情とは逆に、ローザは不安を表情に浮かべ、「カイン達は・・・無事なの?」
「どうしてそう言うことを聞くんだい?」
「ん・・・なんとなく」本当に “なんとなく” 不安に思ったのだろう。ローザはどこか自信なさげにそわそわとする。
(・・・やれやれ、どうして時々こんなにも勘が鋭くなるのかな)
思いながら、セシルは笑みを壊さずに口を開いた。
「無事だよ。大丈夫、不安になることなんて何もないさ」
言いながらも、胸中でエニシェルが捕らえられる寸前に送られてきた情景を思い返していた。
それは、ギルガメッシュの薙刀で心臓を貫かれるロックの姿。
はっきりと解る。あれは間違いなく即死だった―――しかし。(・・・認めないからな)
表には出さず、心の中だけで強く呟く。
(こんな簡単に死ぬなんて俺は認めない―――例え死んだとしても、セリスやリディアなら何とかしてくれる。・・・だから、絶対に生きて戻ってこいよ、ロック!)
******
「どうにかならないのかよッ!」
バッツがリディアに向かって叫ぶ。
エニシェルが連れ去られ、ロックは死んだまま何も打つ手がなかった。「リディア! お前の魔法でなんとかならないのか!?」
「・・・私の白魔法は、子供の頃よりも衰えてしまったのよ。正直、そこのガストラ女がどうしようも出来ないなら、私にだってお手上げよ」
「じゃあエッジ!」
「無茶言うな。反魂の法なんざ俺にゃあ使えねえし、使ったとしてもそこらの死霊が乗り移るだけだぜ」肩を竦めるエッジに、バッツは悔しそうに拳を握り、周囲の面々を見回す。
バッツ自身には、ロックを救う手段が無いことは痛いほど解っていた。だからこそ、誰よりも悔やみ、救える者を求めようとする。「―――諦めろ」
静かに呟いたのはカインだった。
その声に、バッツは怒りを瞳に宿らせて振り返る。「てめえ・・・今、なんつった!?」
珍しくバッツから殺気が放たれる。
しかしその気迫にも動ぜず、カインは同じ言葉を繰り返す。「諦めろ、と言ったんだ。最早そいつを生き返らせる手段はない。俺達に出来ることは、墓でも作ってやることだけだ」
「黙れ!」怒りを込めてバッツは怒鳴る。
「黙らないと・・・ぶちのめすぞ!」
「やってみろ―――やれるものならな!」バッツが拳を握れば、それに応じるようにカインも拳を構える。
苛立っているのはバッツだけではなかった。カインもまた、セシルの忠告を伝えられながらも、ギルガメッシュにしてやられたことを悔やんでいる。「ちょっと、止めなさいよ!」
リディアが制止の声を上げる―――が、そんなものでは2人は止まらない。
カインとバッツは、それぞれ拳を振り上げて―――「・・・止めて!」
別の声に止められた。
それは強い感情を必死で押し殺した叫び。
想いのこもった声に、思わずカイン達は動きを止め、声を発した彼女を振り返った。「・・・カインの、言うとおりよ」
ロックの死体の側で泣いていたセリス。
彼女は涙を拭い、カインとバッツを振り返る。「もう私達がロックにして上げられることはなにもない―――だから、そんなことで争うのは、止めて・・・!」
ぎこちない笑みを無理矢理に浮かべ、彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。
そんなセリスにカインは視線を反らし、忌々しそうに舌打ちをして、バッツは泣き出しそうな顔で力無くセリスを見つめる。「―――諦めるの?」
不意に、セリスに問いかける、声。
問いかけたのは緑の髪の召喚士。彼女は目を細め、鋭い眼差しで挑むようにセリスを睨付けている。「諦めきれるの?」
リディアの問いに、セリスは表情を僅かに歪める。
「諦めるも何も、私達にできることは―――」
「それで納得出来るかって聞いてるの!」
「・・・っ!」リディアの挑発じみた怒声に、セリスは表情を険しくして―――何かを怒鳴り返そうとして、やめる。
「何よ? 何も言い返さないの?」
「・・・・・・」リディアの挑発にも、セリスはただじっと黙って立ちつくすだけだ。
押し黙るセリスに、リディアはさらに言葉を連ねる。「あたしはイヤ! もしもあたしの大切な人達が失われたとしたら、どんな手を使ってでも取り戻す!」
そう言って、リディアはちらりとロックの死体に目を向けた。
「ま、アンタにとってそいつは、どーでもいいモノみたいだけど?」
「そんなわけ、ないでしょ・・・」思わず、と言った様子でセリスが呟き返す。
だがその声はか細く、リディアはわざとらしく手を耳に当てて「はあ?」と聞き返す。「何を言ったか聞こえませーーーん!」
「っ!」リディアの執拗な挑発に、セリスは顔を真っ赤にして、怒りを顕わにする。
「どうでもよくなんかないっ! ロック=コールは、私が初めて好きになった初恋の人なんだからっ!」
突然の大告白に、カインやバッツ、エッジと言った男勢がぎょっとして目を丸くする。
と、その反応に気がついて、セリスは怒りとは別の理由で顔が火照るのを感じた。「・・・た、たぶん」
「多分?」反射的に付け足したセリスの言葉を聞き咎め、リディアはこれまたわざとらしく聞き返す。
そんな召喚士の娘をキッと睨んで、「言ってない!」
叫ぶ。
「言ったじゃない」と、にやにやと―――どこか愉快そうに―――笑いながら、リディアは告げる。
「なら最後まであがきなさいよ! そいつを救うためにアンタの全てを出し尽くしたの!? 出来ることは全て試してみた? 何もせずに諦められる程度の初恋なら、日記帳に一行だって残りゃしないわよ!」
「言われ無くったって!」すでに哀しみは吹き飛んでいた。
在るのは “怒り” だけ。
リディアに対する怒りではない。死んでしまったロックに対して、何も出来ない無力な自分への怒りだ。セリスは死体へ向き直ると、その傍らにしゃがみ込む。
もう冷たくなりかけているロックの死体に胸が締め付けられるように感じながら、貫かれた心臓に手を添えた。(・・・私の力じゃロックを生き返らせる事は出来ない・・・だったら、命を賭けてやるわ!)
生命力を魔力へと転化させて蘇生魔法を唱える。
セリスの生命を全て燃やし尽くしても足りないかも知れない―――が、リディアの言うとおり、やらずに諦めるのはイヤだった。(ロック・・・)
セリスは精神を集中させ、魔力を高める―――その頭を、こつんと何かが小突いた。
「はい、そこまで」
「!?」振り返る。と、そこにはすぐ側にリディアが立っていた。
「な、なにを・・・?」
小突かれた頭を抑えてリディアを見上げる。
すると彼女はさっきまでと替わらない愉快そうな笑みのまま尋ねてくる。「本気ね?」
「え?」
「本気でそいつを生き返らせたいのかって聞いてるの」
「当たり前よ!」セリスはリディアを力強く睨み上げる。
「私の命に代えてもロックを救う!」
強い決意。
しかしリディアはそれを一笑する。「バッカじゃないの?」
「な・・・っ!?」本気で馬鹿にしたように見下してくるリディアに、セリスは思わず呆気にとられた。
そんな彼女に、リディアはやれやれ、と溜息をついて。「アンタねえ。命を救おうとしてるのに、自分の命を賭けてどうするの。助けても自分が死んだらプラマイゼロで意味が無いじゃない」
リディアの言いたいことはセリスにもはっきりと解った。
命を賭けたとしても蘇生の成功率はかなり低い。もしロックが生き返ってもセリスが死んでしまったら、ロックは嘆き悲しむだろう。「・・・それでも、私はロックを救いたい。それでこの人が苦しんだとしても、それが私の身勝手な我儘だとしても・・・!」
「そういう意味じゃなくて」
「え?」きょとんとするセリス。
リディアは二言三言呟く―――と、その背後にブリットやボムボムなど、リディアの “連れ” が姿を現わす。「命を賭ける前に、そいつを助ける方法があるって言ってるの」
「ロックを・・・助けられる方法?」リディアの言葉の意味が上手く理解できないかのように、セリスは言葉を反芻する。
「あ、解った!」
不意にバッツが声を上げた。
「回復魔法が得意なヤツを召喚するんだろ!」
「って、おい。そんなのが居るならさっさと召喚してるだろ」呆れたようにエッジが言うが、リディアは驚いてバッツを振り返る。
「うわ、馬鹿のくせに正答した!?」
「え、マジ?」バッツ自身、当たってるとは思わなかったのか、自分で驚いている。
「・・・待て。なら何故さっさと召喚しないんだ?」
カインの疑問に、リディアは「仕方ないでしょ」とふて腐れたように呟く。
「まだ、召喚出来ないんだから」
だから、とリディアは再びセリスを振り返って。
「そういうわけで、これから幻界へ行くわよ―――アンタの初恋相手を救える幻獣と誓約を交すために!」