第23章「最後のクリスタル」
O.「デモンズウォール」
main character:ロック=コール
location:封印の洞窟

 

 

 目の前に突然出現した壁。
 行く手を目一杯覆う壁だ。壁面には悪魔の様な魔物の姿が大きく浮き彫りにされている。

 目の前に立ち塞がった壁を見て、抗議するようにロックが叫んだ。

「どういうことだよ!? ここじゃ魔法の類は使えないんじゃなかったのか!?」
「状態変化系と召喚魔法は使えるって言ったでしょ! それに―――」

 ついでに、とリディアはトリスを振り返る。

「 “例外” として魔法的な存在―――魔物も存在できる」

 魔物というのは世界に依って存在しているわけではない。
 世界とは違う法則を単体で持っている、むしろ世界に反する存在だ。
 だから強力な魔に属する存在―――トロイアでロック達が遭遇したダークエルフの王、アストスなどは “世界にとって危険な存在” として、 “世界を守護する存在” ―――パラディンであるセシルに世界が力を貸したのだ。

「転移魔法も使えないから、この壁を何とかするしかないわね―――って」

 壁を眺めていたセリスはあることに気がついた。

「この壁・・・動いてる・・・!?」
「げ」

 ロックも壁を見つめて呻く。
 確かに壁はじわりじわりとこちらに向かって迫ってきていた。

 と、壁に掘られた悪魔の瞳がギラリと光った。

 

 ―――クリスタルは、渡さぬ・・・

 

「壁が喋った!?」
「どうやらこの壁、魔物のようだの」

 いつの間にか、剣の状態から人形の状態に変化したエニシェルが呟いた。
 それから、バッツを振り返り。

「バッツ、セシルがあの壁を斬れるか? と聞いておるが」
「んー・・・まあやるだけやってみるけどさ」

 バッツは呟いて、壁の前に立つと腰を落とした。
 壁の速度はそれほど遅くもないが速くもない。迫る壁を目の前にして、バッツは “斬る” ことに集中する。

「―――その剣は疾風の剣」

 斬鉄の技を放つために精神集中。
 対し、魔物の壁はじわりじわりと迫るだけで、何も反応しない。

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない―――」

 

 斬鉄閃

 

 エクスカリバーが振り抜かれる。
 目にも止まらぬ斬撃が、迫る壁を斬り裂く―――が。

「うわ、やっぱ駄目だ」

 エクスカリバーを鞘に収めつつ、バッツは後ろに下がった。
 確かに斬ることは出来た―――が、あまりにも対象が大きすぎる。扉ぐらいの大きさならまだしも、眼前に目一杯広がる壁を両断するには剣の長さが足りない。

「斬り抜ける “斬鉄剣” なら多少大きくても斬り捨てられるんだけどな」

 残念ながら、斬り抜けられるスペースがない。
 或いはセシルの使う斬鉄剣ならば、両断は可能かもしれない―――が、この場にセシル=ハーヴィは居ない。

「こうなったら、何度でも斬鉄閃を―――」
「フン、そんなことをする必要はない」

 再びバッツが前に出ようとするのをカインが制する。

「カイン?」

 振り返れば、カインは腰を低く落とし、銀の槍を構えていた。
 その槍の切っ先は、先程バッツが斬った切れ目に向けられている。

「ほう、言うまでも無かったか」

 と、呟いたのはエニシェルだった。
 その呟きに、ロックはハッとする。

「そうか・・・セシルのヤツ、これが本当の狙いか!」

 バッツの斬鉄の技で壁を断ち切ることはできないとセシルは予測していたのだろう。
 しかし、切り込みを入れることはできる。そこを狙えば、巨大な壁も砕くことができるかもしれない。

「・・・って、できるのかよそんなこと! 切れ込みったって、線だぞ線! そんな所を全力の一撃で狙うなんて―――」

 

 ドラゴンダイブ

 

 他人の心配など知らぬと言いたげに、カインは地を砕きながら蹴り、間に向かって突撃する。
 ロックの言うとおり、線を狙うのは至難の業だ。もしも外れれば槍が滑り、そのまま壁に激突してしまうだろう。
 だが、カインは何の躊躇いもなく壁に向かって跳躍する!

 青白い竜気を纏った槍が、一寸の狂いもなくバッツが斬り裂いた切れ込みに突き刺さる!

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 裂帛の雄叫びと友共に、ず・・・っ、と槍が壁の中に突き刺さっていく。
 そして、槍が突き刺さった場所を起点に、びしり、と大きなヒビが壁に走っていく。

「やったか!?」
「いや、まだだ」

 ギルガメッシュの歓声に、カインが冷静に否定する。

「だが、あと一、二撃加えれば―――!?」

 言いつつ、槍を引き抜こうとした瞬間、カインは殺気を感じて槍を壁に残したまま背後へと逃げるように跳躍。
 直後、壁に掘られた魔物の瞳が怪しく輝き、そこから一条の閃光がカインのいた場所へと降り注ぐ!
 危うくカインは逃れることはできたが、残された槍は光に包まれ―――次第に、色がくすんでいき、まるで壁とどうかしたかのように同じモノへと変化する。

「石化!?」

 どうやらあの光は石へと変化させる特殊能力らしい。
 ロックは2人の魔法使い―――セリスとリディアを振り返る。

「槍の石化を解くことは!?」
「・・・悪いけど、石化を解く魔法を私は使えない」
「悔しいけど、右に同じよ」
「マジで!?」

 マジだった。
 セリスは基本、回復魔法は自分に使用する事が主だったため、石化を癒す魔法を覚える事がなかった(自分が石化してしまえば、そもそも魔法が唱えられないため)。
 リディアはリディアで、攻撃魔法や召喚魔法ばかり修行していたせいで、白魔法は衰えてしまった。全然使えないわけではないが―――そうは言っても、初心者であるセシルよりも使えない程度だが―――石化を癒すほどの技量はない。

「じゃあ、誰か一人でも石化したら、それを回復する手段が―――」

 と、ロックが言いかけた時、また魔物の瞳が怪しく輝いた。

 

 魔封剣

 

 セリスがロックから預かった短剣を掲げ、石化の光を吸収する。

「石化は私が防ぐ! その隙に、なんとかする方法を考えて!」

 叫んでいる間にも、さらに魔物は石化の光を放とうとする―――のを、セリスが魔封剣で防ぐ。

「なんとかっつっても・・・おいエッジ! 状態変化の術ならなんとかなるんだろ!? だったら壁抜けの術は!」
「無理だ! ありゃあただの壁じゃなくて魔物だろ? 流石に魔物をすり抜けることはできねえよ!」
「じゃあ、召喚魔法だ! リディアの召喚魔法で、あの壁をばーんと・・・」
「無理よ。エルディア―――シヴァの力を使って凍らせても無意味だし、かといって壁を破壊するような召喚魔法を使えば、洞窟が崩れちゃうし」

 以前、バッツとの決闘時に召喚した炎の魔人なら壁も破壊出来るかも知れない。
 だが、その余波だけで洞窟を崩壊させてしまう。

「なんかないのかよ! 洞窟を壊さずに、壁だけ破壊出来るような召喚魔法!」
「・・・・・・あるにはあるけど」
「まあ、そんな都合の良いもんがあればさっさとやって―――って、あるのかよ!?」

 リディアはこくりと頷く。

「じゃあ、なんで使わないんだよ?」
「・・・・・・ないからよ」
「何が?」
「・・・・・・・・・」

 ロックの問いに、リディアは押し黙る―――しかしすぐに「わかったわよ!」と怒ったように怒鳴る。

「やるわよ! やってやるわよ! やればいいんでしょ!」
「な、なにをそんなに怒ってんだ・・・?」

 思わず気圧されるロックを尻目に、リディアは壁の前に出ると、それを召喚するための詠唱を始める。
 いつもの幻界と現界を繋げるための呪文は必要としない。
 なぜなら、その幻獣は、この世界に存在する者だからだ。

「―――その剣は必殺の剣」

 リディアの呟いた言葉に、バッツが目を見開く。

「おい、それってまさか―――」
「剣を知り理を知り、剣技剣斬の全てを知る最強の騎士!」

 呼び出そうと、その存在をイメージする―――瞬間、リディアの脳裏に “殺された” 時の事が蘇る。

(・・・くっ)

 ざわりとした悪寒を感じながらも、リディアはその幻獣の名を叫んだ。

「オーディン!」

 ・・・・・・。

 しかし何も起こらなかった。

「あれ、オーディンを呼びだすんじゃなかったのか・・・?」

 バッツが悪気無く呟く。
 するとリディアは「うるさい!」とバッツを強く睨む。

「だから言ったじゃないの!  “自信が” ないって!」
「言ったっけ!?」
「ていうかあたしは1回殺されたのよ!? それなのに殺した相手をホイホイ召喚できるかーーーー!」

 リディアはオーディンと戦った時に “殺されて” いる。
 その時の恐怖が心に染みつき、そのせいでオーディンを召喚することを心の奥底で拒絶しているのだ。

 バッツに向かって逆ギレするリディアに、ロックとエッジの2人は「それなら仕方ねえな」と頷く。リディア同様、この2人もオーディンに “殺された” クチである。

「そんなに気にするもんか? だってあれ、仮初めの話だろ?」

 同じく殺されたはずのバッツが首を傾げる。

「普通はトラウマになるモンなのよ!」
「おーい、言い合ってる場合ではないぞ。壁が迫ってきておる」

 エニシェルの言葉に一同は我に返る。
 壁は目の前に迫り、後ろを見れば、いつの間にかロック達は吊り橋まで後退していた。
 あと数分もしないうちに、壁は吊り橋まで到達するだろう。

 

 魔封剣

 

 と、放たれる石化の光を、先程から吸収し続けているセリスを見やり、ロックは舌打ちする。

「やべえ、このままじゃ壁に押し出されて溶岩の中にドボンだ」
「溶岩に落ちてもドボン、なんて音はたたんと思うが」
「細かいツッコミは良いんだよ! くそ、こんなことなら最初っから吊り橋を渡って逃げてりゃ良かったか!?」

 今更後悔するが、それも微妙だった。
 長い橋だ。渡りきるまでに壁が吊り橋まで到達すれば、おそらく橋はそのまま落とされて、ロック達は橋ごと溶岩に落ちてしまっただろう。

「こうなったら一か八か斬れるだけ斬ってやる!」

 バッツが壁に向かって前に出る。
 槍を失ったカインも、腰の剣の柄に手を添えて前に出た。

「しっかたねえなあ〜」

 そこへ、脳天気な声が響き渡る。
 ギルガメッシュだ。

 あまりにも場違いな調子に、ロックは苛立たしげにギルガメッシュを振り返った。

「仕方ないって、何が仕方ないんだよ」
「いやこのままじゃ全滅だろ? だからここは、俺様が隠されて秘められてついでに眠っている真の力を解放して、あの壁をどかーんと打ち破ろうかと」
「お前な、この期に及んで冗談言えるのはすごいと思うけど―――」

 と、ロックがツッコミかける―――が、構わずにギルガメッシュは大きな声で叫んだ。

「ギルガメッシュ・ちぇいいいいいいいんじっ!」

 瞬間。
 ギルガメッシュの身体が、闇とも光ともつかぬ不可思議な影に包まれる。

「な、なんだ・・・?」

 影の中でギルガメッシュの身体が変化する。
 一回りほど身体が大きくなり、ぼこり、と肩や脇の辺りから二対の腕が生える―――

「「「ふははははは! これが本邦初公開! 俺様の真の姿だぜ!」」」

 笑い声と共に、影が吹き飛び、変身したギルガメッシュの姿が現れる。
 それは人に似た形をしながらも、明らかに人ではない存在だった。

 まず頭部に雄牛のような巨大な角が生え、本来は耳がある側頭部に二つほど “顔” が追加されて、全方位を六つの瞳が見つめていた。
 そして先程、影の中で変化していたように、二本の腕が六本に増えている。
 さらにどういう訳か、身に着けていた “源氏の鎧” や薙刀が消失し、褐色の肌が顕わとなっている。身に着けているのは腰巻き一つだけだ。

「お、お前っ、人間じゃなかったのかよ!」

 ロックが叫ぶ―――と、リディアが訝しげにギルガメッシュを見つめる。

「ていうか、その姿。まさかアス―――」
「「「おおっと、それ以上の詮索は無用だ。ヒーローってのは謎多き存在だ。詮索は無用ってモンだぜ」」」

 三つある顔についている口が同時に喋るため、一人で喋っているだけなのに妙に喧しい。

「カッコつけてる場合か! なんとかできるならなんとかしろよっ!」

 エッジが怒鳴ると、ギルガメッシュはやれやれと肩を―――六つもある肩を同時に竦める。

「「「そんじゃま、やってやりますか―――ギルガメッシュ・スピアー!」」」

 ギルガメッシュが叫ぶと、その目の前に黒い槍が現れる。
 カインの槍よりも一回り大きいその槍を、ギルガメッシュは六本の腕でしっかりと掴むと、それを迫る壁に向けて構えた。

「よっしゃ行くぜ! 必殺―――」

 

 ギルガメッシュジャンプ

 

 カイン同様、足下を砕くほど強く地面を蹴り、壁に向かって跳躍する!
 槍の切っ先は、カインの一撃で大きくヒビ割れていた箇所に叩き込まれ―――ヒビはさらに大きくなり、壁一杯に広がる―――が。

「げ。まだ砕けないのかよ!?」

 計算外だったらしく、ギルガメッシュが呻く。
 と、その背後から「どけ!」と鋭い一言が飛んできて、ギルガメッシュは反射的に真横へ退避。その直後―――

 

 ドラゴンキック

 

 カインの蹴りが、壁に突き刺さったギルガメッシュの槍に叩き込まれる!
 その追撃で槍が根本まで壁にめり込んで―――

「砕けろおおおおおっ!」

 バッツがエクスカリバーを握りしめ、身を捻らせながら飛び上がる。
 腰を捻り、そこから生まれる円運動で剣を振り回し、バッツはエクスカリバーを掘られた魔物の頭へ向かって叩き込んだ!

 それがダメ押しとなったのか―――

 

 ―――お・・・おおおおお・・・おおお・・・・・・・・・

 

 壁は無念そうな声を響かせながら。
 ヒビが無数に増殖していき、そのまま悪魔の壁は崩壊していった―――

 


INDEX

NEXT STORY