第23章「最後のクリスタル」
P.「ダブルクロス」
main character:ロック=コール
location:封印の洞窟
少し時間は遡って、トメラの村―――
バッツがセリスと2人で散歩に出かけた後。
エニシェルはロック達が居る大部屋を訪れていた。「話がある」
そう言って、エニシェルは部屋の中に入る。
「セシルからの伝言だ」
「まさか地上でなにかあったのか?」カインの問いに、エニシェルは「いいや」と首を横に振る。
「あのギルガメッシュについてのことだ」
「って、さっきから騒いでるアレかよ?」エッジが窓の外を指さす。
外からは、先程からずっと「助けてくれェ〜」というギルガメッシュの情けない声が響いていた。その声を聞きながら、エニシェルはこくりと頷いた―――
******
「さ、最後に良いところ取られたーーーーー!」
悪魔の壁が崩れ去り、元の姿に戻ったギルガメッシュはバッツに詰め寄る。
「駄目だろ!? あそこは俺様がばこーん、って感じで壁をぶっ壊して、褒め称えられるところだろ!」
「一撃で砕けなかったんだから仕方ないだろ?」
「畜生! 折角変身までしたってのに、これじゃとんだピエロだぜ!」はははー、とヤケッパチになって笑うギルガメッシュ。
バッツはその身体をぱんっ、と叩いて。「でも、お前のお陰でブッ壊せたようなモンだしな。ていうか変身するって。格好いいじゃん」
「ん? まあね? やっぱデキる男は変身くらいはしないとね?」
「やってみたいなー、俺も変身」
「まーそうだな。バッツだったら良いスジしてるから、3年くらい頑張れば出来るんじゃないか? 変身」
「できるかあああああああああっ!」黙って2人の会話を聞いていたロックが全力でツッコミを入れた。
「ていうか普通、デキる男は変身しねえよ!」
「えー、でもしてるじゃん」
「フッ・・・その前に、こいつが “デキる男” なのかという疑問があるがな」いつも通りの冷ややかな声でカインが口を挟む。
それを聞いて、バッツはハッとなって改めてギルガメッシュを見つめる。「言われてみれば・・・!」
「なんだそりゃどういう意味だ!?」
「フン、真に “デキる男” というのは俺のような男を言うのだ!」自信満々、カインが己を指さして言う。
「って、そういう話じゃねえ! カインも妙な方向に持ってくな!」
「ロック、さっきから大声で叫んでて疲れないか?」
「お前らが叫ばせてるんだろうがッ!」バッツに怒鳴り返してから、ロックは力無く嘆息。
「・・・ていうかホント、なんで俺がこんなにツッコミいれてるんだよ・・・? 俺はむしろ突っ込まれる側のキャラじゃなかったか・・・?」
何故か酷く落ち込むロック。
と、今度はリディアがギルガメッシュの前に出て、指さした。「それで結局、アンタ何者なの!?」
「そうそう! 俺もそれが聞きたかっ・・・」
「うるさいからアンタは黙ってて!」疑問に同意したロックを、リディアはばっさりと斬り捨てる。
その場にしゃがみ込んで、いじいじと指で土をいじるロック。それをセリスは困ったように「え、ええと、元気出して?」と慰める―――のは放っておいて。「何者って言われても、俺がギルガメッシュ様という者だが」
「アンタからは幻獣の力を感じる・・・」ギルガメッシュの戯言は無視して、リディアはロックを慰めているセリスを指さして。
「でも、そこの女みたいに力を移植されたってわけじゃないみたい。それに、さっきの姿って・・・」
「おおっと、それ以上は勘弁だぜ。男には語って良い過去と、誰にも知られちゃいけない過去が―――」
「アンタ、もしかしてアスラの―――」と、リディアが言いかけたその時だ。
ずがん
と、いきなり洞窟が揺れる。
「な、なんだ!?」
激しい振動で、ボロボロと天井から砂や土や石が降り注いでくる。
―――クリスタルは渡さぬ・・・
響く声に見れば、砕けた魔物の壁の破片の、魔物の瞳が怪しく輝いていた。
「おいおい、二段構えの “最後の罠” かよ! どんだけクリスタルを渡したくねえんだ!?」
ロックは叫びながら、この時点でようやく己の勘違いに気がついた。
ドワーフか、或いはペンダントを使えば、クリスタルルームまでは行くことができる。
しかし、クリスタルを持ち出せばペンダントを持っていようと―――おそらくはドワーフだったとしても、罠は発動する。(つまり、この洞窟を造ったヤツは、クリスタルを狙うヤツを殲滅しようとしてる・・・ドワーフ達が中に入ることができるのは、単にクリスタルが無事かどうか確認させるためか・・・?)
ドワーフ達はクリスタルを管理―――というか “監視” させる役目を担っていたのだろう。
おそらく、こうして封印の洞窟からクリスタルを持ち出そうとしたことは、今までに無かったはずだ。(って、そんなこと解っても意味ないけどな!)
事前にわかっていても、罠を解除する手段はない。
どちらにしろ、罠を発動させるしかクリスタルを手に入れる方法はなかった。「とにかく脱出するぞ! 階段に向かって走れ!」
ロックが叫ぶまでもなく。
みんなは降りてきた階段に向かって、揺れる洞窟の中を、転びそうになりながらも駆けだした―――
******
「・・・どうやらこの階までは、崩壊の影響はないみたいだな」
はーっと、エッジが一息つく。
最下層の崩壊から一分後、彼らは洞窟の入り口まで戻っていた。「魔法が使えて助かったぜ」
最下層では魔法は使えなかったが、一階だけ階段を昇れば魔法を使うことができた。
それでセリスの転移魔法を使って、ここまで戻ってきたわけだ。「結界があるから外までは転移出来なかったけど・・・」
「いや十分だ。むしろ都合がいい」ロックは腰のクリスタルを確かめ、表情を引き締める。
「多分、外じゃ誰かさんが待ちくたびれているだろうからな」
「ゴルベーザか・・・」カインは腰の剣を振れながら呟く。
長い間愛用していた銀の槍は失われてしまった。「槍無しで大丈夫か?」
バッツが聞くと、カインは「フン」と鼻で笑う。
「俺を誰だと思っている? 槍など無くとも、ゴルベーザ程度には負けはせん」
「相手の手の内は解ってるしな。ゴルベーザの四天王ってのが揃ってたらちょっとヤバいけど、多分、ルビカンテはしばらくは戦闘不能のはずだ」とどめは刺せなかったが、かなりのダメージは与えたはずだ。
だが、ルビカンテは居なくとも、他の三人の “能力” は下手すればルビカンテ以上に厄介かも知れない。「なにも不安に思う必要はない。ゴルベーザが居るなら、速攻でヤツを殺せば良いだけだ」
「頼もしいっちゃ、頼もしいが・・・イヤな予感がするんだよなあ・・・」呟きつつ、ロックはちらりとギルガメッシュを見やる。
「なんだよ?」
「いや、なんでも―――よし、それじゃ扉を開けるぞ」ロックはそう言って、入り口の扉にペンダントを掲げる。
扉とペンダントは互いに反応し合い、淡い光を放った。続けて、ロックは設定した合い言葉を口にする。「 “レイチェル=コーラス” 」
もしもの時のために、さり気なくセリスに伝えておいたが、それも無駄だったなー、と思いつつロックは後ろに下がった。
入れ替わりにカインとバッツが前に出て、扉を開く。扉が開かれた先には、予想通り―――
「待ちかねたぞ・・・・・・」
黒き暗黒の鎧に全身を包んだ、ゴルベーザが待ち受けていた―――
******
洞窟の外にはゴルベーザ達が待ち受けていた。
ゴルベーザの背後には、スカルミリョーネやシュウの姿もあり、さらにその後方には “赤い翼” の飛空艇があった。「ご苦労だった・・・・・・カイン」
ゴルベーザが親しげにカインに呼びかける。
「どういう意味だよ?」
訝しげにエッジが言うと、ゴルベーザが「クックック・・・」と邪悪に笑う。
「カインは私の手の内にあるということだ・・・さあ、戻ってくるのだカイン。そのクリスタルを持って、私の元へ・・・」
「何を馬鹿な・・・・・・むっ!?」カインの身体を黒い障気―――ダークフォースが包み込む。
全身を闇に包み込まれ、カインはがくりと膝を突いた。「クックック・・・私の術を甘く見てもらっては困るな・・・」
「おい、カイン!?」バッツが叫ぶ。
が、カインはバッツの方を振り返るとにやりと笑う。「フン・・・俺は正気に戻った。二度とセシルを裏切るような―――」
不意にカインの表情が険しくなり、その瞳に殺気がこもる。
腰の剣に手をかけ、ダークフォースに包まれたまま、立ち上がった。「お前、まさか!?」
「てめー!」ロックに向かって剣を抜こうとするカインに、バッツとエッジが立ち塞がる。
しかしカインはその2人に対して剣は抜かず、舌打ちして焦ったように叫んだ。「俺じゃない! 後ろだ―――」
そう、カインが言ったその時だ。
どさり、とバッツ達の背後で何かが倒れる音がした。
反射的に皆が振り返る―――と、そこには・・・。「え・・・? ロッ・・・ク・・・?」
地面に仰向けになって倒れ、ピクリとも動かないロックと。
「いやあ、ワリイなあ―――」
いつもの調子でへらへらと笑いながら、血で濡れた薙刀で、ロックの腰にくくりつけられたクリスタルの縄を断ち切り、それを拾い上げるギルガメッシュの姿があった―――
******
「ギルガメッシュが敵だって?」
トメラの村の宿屋にて。
セシルからの伝言をエニシェルから聞いて、ロックは訝しげに呟く。「いや、まだ解らんが・・・ “くれぐれも、あの男には気を許すな” とセシルは言っている」
「まあ確かに怪しいけどな」そもそもがゴルベーザによって陸兵団の隊長に仕立てられた男だ。
その出自も経歴も不詳で、怪しくないところがないくらいだ。「だけどなあ。なんか怪しすぎて、逆に怪しくないって言うか・・・」
「だよなあ。敵のスパイだっていうなら、もっと上手くやるだろうぜ」ロックとエッジが頷き合う。
エニシェルも少し首を傾げ。「妾もそう思う。あの男からは “悪意” というものが感じられん」
エニシェルの本体は暗黒剣だ。
負の感情をエネルギーとする暗黒剣だからこそ、人間の憎悪や悪意と言った感情には敏感でもある。
しかし、あのギルガメッシュからは悪意というものが殆ど感じられない。人間ならば最低限は持っているはずの、負の感情をだ。「バッツやローザも似たようなものだが・・・あやつの精神は幼子のそれに近い」
悪意や憎悪と言った、他者に対して意図的に害を為そうとする感情は、かなり高度な感情であり、精神が未発達な幼児は持ち合わせていないものだ。
「・・・確かに子供っぽいと言えばそうだけどな」
未だに「助けてー」と叫んでいるギルガメッシュの声を聞きながら、ロックは苦笑する。
「それにアイツには以前、助けて貰ったしな」
前回地底に来た時、地底から脱出する際に、ギルガメッシュはその身を犠牲にしてロック達を救っている。
「敵なら俺達を助けようとするか?」
「だが無事だっただろう? “信用を得るために、助けたと言うことも考えられる” ―――とセシルは言っているが」
「そんなこと言ったら、誰も信じられなくなっちまうぜ」ロックの言うことはもっともだ。
と、そこに槍の手入れをしていたカインが口を挟む。「あの程度の男、例え敵だったとしても警戒するに値にしないとは思うがな」
フン、と冷淡に言ってからさらに続けた。
「―――だが、セシルからの伝言ならば話は別だ。アイツの言葉通りにしていて、間違ったことは殆ど無い」
「そうかもしれないけどよ・・・」ふむ、とロックは少し考えて。
「ま、いいか。とにかく念のために警戒はしておこう。クリスタルを手に入れても触らせないようにする―――と」
******
―――そう、結論づけた事を、ロックは思い出していた―――胸に、熱い痛みを感じながら。
「てめ・・・え・・・」
目の前が暗転する。
暗くなっていく視界の中で、困ったように苦笑しながら―――ロックの胸を薙刀で貫いているギルガメッシュの姿が見えた。油断、だった。
ゴルベーザが現れた時、ロックはギルガメッシュに対して警戒していた。
一番後方へと下がり、ギルガメッシュの姿とゴルベーザ達を視界内に収めていたのだが、カインがダークフォースに包まれ膝をついた瞬間、思わずカインの姿を注視してしまった―――その一瞬の隙を、ギルガメッシュに突かれたのだ。(くそったれ・・・やっぱセシルの言うことが正しかったって事かよ・・・!)
一瞬でもギルガメッシュから注意をそらしたのは、セシルの警告に半信半疑だったと言うこともある。
敵だという可能性を疑わなければ、隙を見せることはなかっただろう。自分に対する怒りと、セシルに対する申し訳なさ、諸々の後悔が貫かれた胸に浮かぶ―――
(ごめん、レイチェル―――)
心の中で呟きながらも、何故か脳裏に浮かんだ表情は、1回も見たことがないはずの、泣きじゃくるガストラの女将軍の表情だった。
(アイツが・・・泣くのを見るのは、嫌だな・・・)
そんなことを思いながら。
ロック=コールはその命を失った―――