第23章「最後のクリスタル」
N.「パスポート」
main character:ロック=コール
location:封印の洞窟
吊り橋を渡る。
罠はないようだが、古ぼけた吊り橋は、足を踏み出すたびに、ギシギシと軋んだ音を立てる。「・・・なんでこういう洞窟の吊り橋って、こうもボロボロなんかなあ・・・」
慎重に歩を進めながらロックは苦笑。
まあ、洞窟の奥深くにある吊り橋が、新品のようにピカピカでも逆に不安だが。「Gaaaaa」
普通の人間では発音できないような鳴き声が空から降ってくる。
見上げれば、コカトリスのトリスがロックのすぐ近くを飛んでいた。「落ちたら頼むぜ」と声をかけると、トリスは頷きを返す代わりに「GaGa」と鳴き声を返す。
頭上のトリスのことを頼もしく思いながら、ロックは先程思いついたことを再度頭に浮かべる。
それは、この洞窟を造った何者かと、トメラの村の村長の話だ。(村長の話では、この洞窟の中に魔物が潜んでいるとか、アサルトドアーなんてものがあるなんて一言も言ってなかった・・・)
言い忘れた、という可能性もあるが、少なくともアサルトドアーなんて特異な魔物のことを忘れるという事はないだろう。
(けれど、村長はこの洞窟の内部のことを知っていた)
長い吊り橋の先にクリスタルルームがある―――とロックは村長から聞いた。
伝聞形ではない。
つまり、実際に村長自身が洞窟の中に入り、クリスタルルームまで辿り着いたと言うことだ。なのに、魔物の事は一切口にしなかった。
もしもそれがロック達を罠に嵌めるつもりでなかったとしたら、考えられるのは――――――などと、考えているうちに、ロックは橋を渡り終えていた。
考え込んでいたからあっと言う間に思えるが、実際は十分以上もかかっている。罠を警戒して慎重に進んだとはいえ、かなり長い橋だった。「こりゃあ、バッツなんか絶対に渡りきれないな・・・」
ただでさえ高いのに、下は溶岩で、しかも吊り橋だから揺れる。
高所恐怖症の人間なら、半分も行かないうちに確実にギブアップするだろう。さて、と目の前にある扉を見る。
近づいて見ればハッキリと解るが、その扉は吊り橋とは違い、妙に綺麗だった。
まるで直前に磨かれたかのように全く汚れていない。思えば、今までに遭遇した扉―――擬態したアサルトドアーもこんな感じだった、と思いつつ、ロックは無造作に扉を触れる。
瞬間、扉の輪郭が歪み、ぎょろりとした巨大な一対の吊り上がった目が開かれ、大人2、3人なら絶やすく飲み込めそうな巨大な口が生まれる。擬態を解いた魔物は、ロックに向かって巨大な口を大きく広げた。
飲み込まんと迫る口に大して、ロックは素早く自分の右手を突き出す―――その手の中には、ジオット王から預かったルカのペンダントが握られていた。(・・・・・・どうだ・・・!?)
ペンダントが突き出された瞬間、なんと魔物の動きがピタリと止まった。
そしてその後、魔物はゆっくりと元の扉の擬態へと戻っていく。完全に普通の扉へと戻ったアサルトドアーを見て、ロックは息を吐いて胸を撫で下ろした。
「どうやら、上手くいったみたいだな・・・」
ロックには疑問があった。
この最下層まで来たはずの村長が、ロック達に魔物の存在を話さなかったか。
故意に黙っていたわけでないのなら、理由は一つしかない。 “気がつかなかった” のだ。ロックの推測は以下の通り。
この洞窟を作り上げた何者かは、ドワーフには危害が及ばないように魔物達に制約をかけたのだろう。
そんなことが出来るのか、魔法にそれほど詳しくないロックにはイマイチ解らず、自信は無かったが。つまりこの洞窟は、ドワーフならば魔物に襲われることなく、クリスタルルームまでたどり着けるように造られているというわけだ。
しかしそこで一つ疑問が出てくる。
この洞窟の入り口だ。
どうやらこの洞窟を作り上げた者は、ドワーフしかクリスタルルームまでたどり着けないようにしたかったようだが、それならば最初からドワーフ以外は入れないように結界を張れば良いはずだ。
魔物達にドワーフを襲わせないように制約をかけられるなら、ドワーフ以外を弾く結界を張ることだって可能だろう。
それが合い言葉やらペンダントやらでドワーフ以外も洞窟内に入れるようにしているということは。(このペンダントはパスポートってことか)
思い、手にしたペンダントを見る。
ずっとポケットに仕舞いっぱなしだったが、これを掲げて進めば無駄な戦闘はしなくて済んだかも知れない。「ま、過ぎたことは仕方ねえな」
どうせ被害にあったのは、主にギルガメッシュだし。
などと思いつつロックは扉を開いて中へと入る。その後を、トリスも続いた。扉の中は思った通り、クリスタルルームだった。
とはいえ、ロックがクリスタルルームに入るのはこれが初めてだった。ミシディアの試練の山で、セシルがパラディンとなった場所がクリスタルルームに似ていると聞いたが、実際のクリスタルルームに入ったことはない。
眩いばかりの光に満ちた広い空間―――光輝いているというのに、どういうわけか眩しさを感じない不思議な空間だ。
そして、その部屋の真ん中に台座が置かれ、その上に両手で包み込める程度の大きさの宝石――― “クリスタル” があった。
それはトロイアにあったものと同じ、ライトブラウンの輝きを持つクリスタルだ。「闇の、土のクリスタルってとこか」
呟きながら、ロックは台座まで近寄ると、クリスタルを手に取る―――前に子細に台座を調べる。迂闊に手を触れないように、しかし念入りに。
「罠はない・・・かな?」
お宝を手にした途端に罠が発動する―――というのはよくあるパターンだ。
だがロックの見たところ、台座に罠は仕掛けられていないように見える。(まあ、魔法の罠とかだったらお手上げだけどな・・・)
思いながら、慎重にクリスタルを指先で触れる。
触れた状態でしばらく制止する―――が、何も起こらない。続いて、ゆっくりと持ち上げてみるが―――「なにも起こらない、か」
ほっ、と一息吐いて、ロックはクリスタルを脇に抱え込む。
「ま、ペンダント持ってるし、罠があっても発動しないか」
わざと声に出して言ってみる。
何故そんなことをわざわざ言ったのかといえば。(・・・なん、かなあ。なんかさっきから胸の奥がざわつくんですけど、俺)
有り体に言ってしまえば ”イヤな予感” と言うヤツだ。
上手く行きすぎているせいで不安を感じているだけなのかも知れないが。
ただ、この洞窟を造った者の思惑を推測した時から、なにか一つ致命的な思い違いをしているような気がしている。「・・・早いとこ戻るか」
不安を振り払うようにして呟き、クリスタルをしっかりと抱える。
そしてロックは足早にクリスタルルームを出ようとする―――その瞬間。
―――クリスタルは渡さぬ・・・
「・・・へ?」
思わず部屋の中に響いてきた声に、ロックは振り返る―――が、何か変化があった様子はない。
「空耳―――じゃ、ないよな・・・?」
警戒感を強め、ロックは扉を開いて、クリスタルルームを後にした―――
******
その後、何事もなくロックは仲間の元へとたどり着く。
「おかえり、クリスタルは?」
バッツが尋ねると、ロックは持ってきたクリスタルを見せる。
それからリディアに視線を向けて、「トリス、だっけか。ありがとな、結局無駄な保険だったけど」
ロックがそう言うと、リディアは「ふん」とそっぽを向いて、
「無事だったんだから良かったじゃない。危ない目に合うよりかはマシ―――」
そこまで言いかけて。
リディアはキッ、とエッジを睨付ける。「なに言わせるのよッ!」
「って、なんで俺に怒るんだよ!?」
「なんとなくアンタがムカつくからに決まってるでしょ!」
「わけわかんねーよ!?」ぎゃいのぎゃいのとエッジと意味もなく口喧嘩を始めるリディアに、ロックは笑いかける。
「成程、俺のことを心配してくれてたってわけだ」
「だから違うって言ってるでしょー!」
「ああ、しかし悪いが俺には心に決めた女が―――」演劇の台詞を読み上げるように調子にのって言いかけて―――はたと気がついた。
ロックを見つめるセリスの視線に。「あ・・・」
ぎくりとして身体を強ばらせる。
と、ロックが視線に気づいたのを察して、セリスはすっと視線を反らした。
戦車の中の時と同じ、反らされた表情はロックからはどんな感情を浮かべているのか見えない。思わずロックが呆然としていると、その頭をごつん、と槍の石突きが小突いた。
「痛ぇ!」と叫びつつ振り返れば、カインがロックが手にしたクリスタルをじっと見つめていた。「目的を果たしたのなら、さっさと帰るぞ」
何気ない帰還の台詞。しかし言葉とは裏腹に、槍を握る手に力を込め、気を張りつめていく。
まるで “ここからが正念場だ” とでも言っているかのようだった。(―――流石、最強の竜騎士サマは解ってやがる)
胸中でロックは呟く。
ギルガメッシュがアサルトドアーに食われかけたものの、ここまでは順調と言える。
問題はここからだ。
クリスタルを持って外に出れば、ほぼ確実にゴルベーザ達が襲いかかってくるだろう。それに―――
(クリスタルルームを出る時に聞いたあの声が気になる・・・・・・まだなんかありそうだぞ、この洞窟・・・)
思いながら、ロックはクリスタルを持った手を素早く引っ込めた。
一拍遅れて、それを奪い取ろうとしたギルガメッシュの手が空を切る。「・・・何の真似だよ?」
「いや、俺にも見せてくれよ、クリスタル」
「今、見ただろ」
「手にとってじっくり見たいんだよ―――あ、それと俺がしっかりと守ってやろうかと」
「却下」一言で斬り捨てて、ロックはロープを取り出すと、それでクリスタルをしっかりと縛り、自分の腰へとくくりつける。
「クリスタルは俺が責任持って確保しておく。さ、カインの言うとおりだ。早いトコ戻ろうぜ―――」
と、ロックが言ったその時だ。
不意に、その場に “力” が集束する!それは特殊な力を持たない、バッツやロックでも漠然とした “気配” として感じるほどの大きな力だ。
セリスが緊迫した様子で周囲を見回す。「なに・・・この魔力―――」
「―――召喚魔法!」リディアが呟くのを合図としたように。
ロック達の行く手―――外へと戻る階段を塞ぐようにして。「なんだ・・・壁・・・?」
巨大な壁が、彼らの目の前に出現した―――