第20章「王様のお仕事」
F.「カイン君ちの家庭の事情」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロンの街・ハイウィンド邸
薄暗い部屋の中、カインはソファに腰掛けたままじっとしていた。
バロンの街にある、ハイウィンド家の邸宅だ。
カインが建てた家ではないが、父が行方不明となり、家督を継いだ時点でカインのものとなった。貴族には及ばないが、一般家庭から見れば十分に広い屋敷だ。
しかも、現在ここにはカイン以外、誰もいない。先に述べたように、父であるアーク=ハイウィンドは行方不明。とある貴族の末娘であった母も、カインがこの家の主になった瞬間に、外へ叩き出した。
そしてその後、カインは竜騎士となり、常に家には帰らずに、城で暮していた。そのため―――「・・・埃っぽい家だなー」
背後から、声。
カインは特に驚きもせずに、振り向くことすらせずに尋ねる。「何のようだ?」
「いや、王に裏切られた騎士様が、どんな顔をしているか興味があったんでね」そう言って声の主―――ロックは、うっすらと埃を被った絨毯の上を踏みしめて、カインの前に回り込む。
そんなロックを見て、カインは気怠そうに問う。「どんな顔だ?」
「退屈そうな顔をしているぜ」
「正解だ。退屈で仕方がない」ふー、とカインは息を吐く。
―――カインが竜騎士団長の役を解任されたのが昨日。
副官であったカーライルは任務中で居なかったが、その他の竜騎士達と話をして―――話、とはいえ、竜騎士たちがセシルの不当な処罰に怒りを燃やすのを、カインは聞いていただけだが―――この屋敷にたどり着いたのが夕刻頃だ。
数年ぶりの我が家は、庭には草が生い茂り、屋敷の中は埃が充満していた。とりあえずベッドの埃を払ってそのまま寝て、今朝起きてからは居間でひたすらぼーっとしていた。「それで? 何のようだ。セシルから何か言伝でも貰ってきたか?」
なにか期待するようなカインに、ロックは首を振る。
「いーや、全然。セシルからは何も言われてねーよ」
「ならば、何用だ? 俺の方には用事はない」
「セシルがアンタを解任した理由、知りたくはないか?」
「・・・・・・」ロックの言葉に、カインは何も言わなかった。
ただ、ロックを強く睨む。「おいおい、そんな怖い顔するなよ。 “教えなければ殺す” って顔してるぜ?」
「よくわかったな」
「・・・笑えねえ冗談だ」
「冗談じゃないからな」淡々と言うカインに、ロックは内心焦る。さっさと言うこと言わなければ、本気で実行するだろう。この男は。
「えーと、実は俺も解らないんだけど―――」
「ほう」カインの言葉に殺意がこもるのを、ロックは知覚する。
「いやいやいや! 俺も解らないから、アンタに情報教えれば解るんじゃないかなーって」
「情報」
「ああ。今のバロンの情報―――多分、そのことがあるから、セシルのヤツはアンタとロイドを解任したと思うんだ。ロイドの方は何となく理由は解るんだが、アンタを解任した理由がいまいち解らなくてさ」
「ふむ」ロックの弁明を聞いて、カインから殺気が消える。
(こ、こええええ・・・コイツ、マジで俺を殺す気だったぞ!?)
昨日のことで苛立っていたのか。
ともあれ、ロックは命が助かったことを安堵する。「それで、情報とはなんだ?」
「ああ、実は―――」
******
「貴族の反乱、か」
「ああ。それも “領主” たちが、どうも不穏な動きを見せてるんだよ」ロックが調べたところによると、セシルが王の座に着いた時から、すでに動き始めていたらしい。
秘密裏に食料、物資を集め、人―――傭兵を集めている。セシルが王となって以降、貴族達の治める領地に何か特別な事があったわけではない。
災害が起これば、外から食料を買い取って、領民に施すこともあるだろう。野盗や魔物の類が出没すれば、傭兵を雇うこともある。
だが、そう言ったこともなしに食料や傭兵を集めているというのは―――「戦争の準備をしているとしか思えない。しかも王であるセシルには何の報告もなく、だ」
「なるほどな」
「最初の頃は、まだあまり動きが活発じゃなかったらしいんだけど、最近―――俺達が地底に行く少し前くらいか、その辺りからかなり派手に準備を進めるようになったらしい」
「・・・・・・」ロックの言葉を聞きながら、カインは何事か考えているようだった。
そんなカインに、ロックは話を続ける。「貴族が反乱を起こす前に、セシルは何か手を打とうとしている。だからお前らを解任したんだろうよ―――ロイドの場合、あいつの実家が有力貴族だ。多分、スパイでもして貰うために、実家に戻したんじゃないかと思うんだが」
言葉を切って、ロックはカインを見る。
ロイドとは違い、カインは貴族と繋がりはない。いや、むしろ―――「・・・お前は、ほら、アレだろ? 貴族には逆に、恨みを・・・・・・」
「ほう。俺の事情まで知っているのか。なかなか情報通だな」
「・・・・・・」カインがにやりと笑うと、ロックは居心地悪そうに目を反らす。
―――カインの父は騎士で、母親は貴族だった。
エブラーナとの戦争がキッカケで、険悪になった騎士と貴族ではあるが、反発し合うだけでは何の得にもならない。
戦争時のどさくさで、大きな領地を得た大貴族は別として、力の弱い貴族は何かあった時のために、騎士との繋がりを持っておきたいと考えた。騎士も騎士で、貴族と縁を持てば家柄に箔がつく。
そんなわけで、戦争が少し落ち着いた頃、利害一致した騎士と貴族が政略結婚するようになった。とはいえ、騎士と貴族では元の身分が違う。
貴族は、かつて配下だった騎士を、心の底では見下しているし、騎士は騎士で誇りがあり、エブラーナ戦争で醜態をさらした貴族達を心から受け入れる気には、なかなかなれなかった。そんなわけで、多くの貴族は長男長女ではなく、どうでも良いような末弟末娘を騎士に差し出し、それを見下されたと騎士は憤る。
元々、情愛もなにもない政略結婚だが、これでは結ばれたところで愛が育まれることはありえない。結果として、殆どの騎士は、跡継ぎを作ってしまえば、あとは家に寄りつかずに城で暮らし、騎士の妻は愛人を家の中へ招き入れる。
もっとも、これはあくまでも騎士と貴族の政略結婚での話である。
騎士の多くは己が愛した女性と結婚する。貴族の場合はもっぱら貴族同士の政略結婚ではあるが、少なくとも騎士と貴族のそれよりかはマシである。カインの両親も政略結婚であり、これはエブラーナ戦争で英雄とまで呼ばれたが、それでも騎士としては新参であるアーク=ハイウィンドが、 “ハイウィンド” の家名を確かなものにしようと考えたからである。
普通の政略結婚とは違い、相手はかなり大きな貴族だった。嫁に差し出されたのは末の娘だったが、それでも最上の相手ではあった。これも “英雄” の肩書きをもつアークだったからこそと言える。しかし、やはりというか、結婚生活は上手く行かなかった。
もらった嫁は、大貴族の娘らしく傲慢であり、末の娘ということもあって我儘だった。
アークの事を常に見下しており、触れることさえ汚らわしいという有様だった。・・・カインが生まれることができたのは奇跡かも知れない。
カインが生まれてからも、自分が産んだ子の面倒を見る気もなく、アークや乳母に押しつけて、自分はなにもしなかった。アークも何度か縁を切ろうかと考えたが、相手は大貴族の娘だ。下手をすればどんな報復があるかも解らない。
自分一人ならばいいが、息子や後々の子々孫々まで累が及ぶのを危ぶみ、耐えることにしたのだ。だが、そのアークが行方不明になり、カインがハイウィンドの家を継いだ時、あっさりと母親を家から追い出した。
当然、母親の実家である貴族は怒り、カインに報復しようとした。
政治的に、物理的に、大貴族の手はカインに及んだが、カイン自身の実力と、アークの配下であった竜騎士達を始めとする他の騎士達の力添えもあって、様々な貴族の厭がらせにも負けることはなかった。最終的には、当時の王であったオーディンが仲介に入り、手打ちということになっている。
だが、母親の実家は勿論、他の貴族達もこの結果を不服として、カインを憎み、また騎士と貴族の間の溝を深める事にもなった。「気にすることはない。俺はきにしていないしな―――それよりも、話を戻すが」
「あ、ああ」
「セシルが今、この俺を解任した理由が解らない・・・そういう話だったな」
「解ったのか?」
「さてな」
「って、オイ!」馬鹿にされたとロックが苛立つ。
しかしカインは不敵に笑って続けた。「―――だが、良い情報を教えてくれた」
「は?」
「貴族の反乱か・・・・・・面白い」
「面白いって・・・なに言ってるんだ、お前」冷笑を浮かべるカインに、ロックは不吉なものを感じてあとずさる。
カインはソファから立ち上がると、勢いよく宣言した!「貴族が反乱を起こす前に―――この俺が、セシルの王座を奪い取るッ!」
「ほ、本気で言ってるのかよ!?」
「嘘だ」
「はあ!?」
「だが本気だ」
「・・・ちょっと待て」
「まあ、冗談なんだがな」
「馬鹿にしてるのかてめえはっ!」激昂するロックに、カインはくっくっく、と低い声で笑う。
「セシルが考えているのはそう言うことだ」
「はあああ?」
「なんだ、まだ解らないのか。聡いと思っていたが、そうでもないか」
「悪かったな、アンタより頭悪くてよ!」ロックが刺々しく言葉を吐くのを聞きながら、カインはソファに座り直して尋ねる。
「貴族の反乱は、起こると思うか?」
「十中八九間違いないな」
「ならば、その反乱に対して、セシルはどうすれば良いと思う? 止められるのならば止めるに越したことはないが、反乱が起きるのを止められないのならば―――」
「・・・そういうことか」ようやく理解して、ロックは溜息をつく。
カインは、フッ、と鼻で笑い、「もう話すこともない。とっとと帰ってセシルに伝えろ――― “貴様の寝首をかいてやる” とでもな」
「お前らさあ・・・」なにかどっと疲れた気分になって、ロックは肩を落とした。
「なんも打ち合わせとかしてないよな? よくそれで、こんな・・・・・・」
「簡単な話だ。セシルは俺を裏切らん。それさえ知っていれば、信じることができる」それから、とカインはもう一つ付け加えた。
「バブイルの塔の分岐、俺は別に間違っていないしな」
「でも、お前ならセフィロスに圧勝できたんだろ?」
「ああ。俺がヤツの相手をすれば、余計な怪我人は出なかったかもしれんな―――だが、俺は間違っていない。セシルだってそれは解っている。間違っていないものを間違っていると言う・・・ならばセシルが何か考えがあって、俺を処罰したことくらい理解できる」
「俺はお前らが理解できねーよ」そう苦笑して、ロックはカインに背を向ける。
「伝言、伝えておくぜ」
「ああ、任せた。泥棒」
「俺は、泥棒じゃねえ! トレジャーハンター、ロック=コールだっつーの!」そう言って、乱暴に足音を立てて部屋を出て行く。
それを見送って、カインはぽつりと呟いた。「・・・勝手に人の家に入ってくるのは、泥棒じゃないのか?」