第20章「王様のお仕事」 
G.「ヒマ人2人」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街・金の車輪亭

 

 ロックがハイウィンド邸を訪れているその頃―――

「ヒマだー・・・」

 金の車輪亭のテーブルに、バッツがまた突っ伏していた。
 もっとも、昨晩とは違い、今度は酒を呑んではいない。昨日の酒の代金を支払いに来て、そのままやることが無くてだれていた。

 朝と呼ばれる時間帯が、ようやく過ぎ去った頃だ。
 朝食を食べに来た客も殆ど帰り、店内は空いていた。

「ヒマだったら俺が相手してやろーかあ?」

 バッツと同じテーブルに座っていたサイファーが、テーブルに立てかけてあったガンブレードを軽く小突きながら言う。

 バッツとサイファー。なんとも奇妙な組み合わせではあるが、なんのことはない。サイファーも手持ちぶさたであり、単に暇人同士が一緒にいるというだけだ。
 テーブルに突っ伏していたバッツは、ちらりとサイファーの方を見やると。

「・・・お前なんか相手にしてもなあ」
「なんだとこのヤロ!」
「せめてレオのおっさんが居ればなー」

 レオ=クリストフは、すでにガストラへと戻っていた。
 赤い翼を失ったバロンだが、新造飛空艇が完成し、新しい乗組員もようやく飛空艇の運転に慣れてきた。
 戦闘部隊としてはまだまだだが、乗客一人乗せて飛ぶくらいはできる。
 そんなわけで、かねてからの約束通りに、レオは飛空艇で送り返された。もっとも今はまだ、海の上をシクズスへ向けて飛行している最中だろうが。

「セシルもロックもどっか行っちまったし、ロイドは謹慎中だし、リディアは女連中と集まってるし―――そこに混ぜて貰うってのもなあ」
「おいこら無視するんじゃねーよ」
「んー・・・?」

 憤るサイファーに、バッツはぼんやりと目を向ける。

「・・・そーいやお前、なんでまだバロンにいるんだ? セシルに頼んで飛空艇でエイトスまで送ってもらえばいいじゃんか」
「ケッ、俺だってこんなとこに長々居たくねえがな。キスティス先生が『地底に残ったSeeD達を置いて帰れないわ』とか言い出しやがって」
「そーいやボコも置いてきちまったなー。リディア、召喚できたりしないかなー」

 そこまで考えて、バッツはあることを思いついて身体を起こした。

「お、そーだ。ブリットが居るじゃん。あいつらなら暇潰しになるだろーし」

 思いついたが吉日とばかりに、バッツは席を立つ。
 と、店を出ようとしたバッツの前に、サイファーが回り込む。

「俺を無視するなって言ってるんだよ!」
「・・・なんだよ勝手についてきやがって。お前に相手してくれなんて言ってねーぞ」

 バッツが面倒そうに言うと、サイファーは「ケッ」と床を蹴る。

「俺が相手してやるって言うんだよ。旅人如きが、セフィロスもどきと互角に戦ったからっていい気になってるんじゃねえよ!」
「いい気になんかなってないけどな。負けたし。クラウドが居なけりゃ死んでたし」
「うるせえ! とにかく表に出ろ! ・・・叩きのめしてやるよ」

 そう言って、サイファーは店を出た。
 バッツはぽりぽりと頭を掻いて。

「・・・ま、暇潰しにはなるかな」

 

 

******

 

 

 ―――それから一時間後・・・

 

 

******

 

 

「おーい、リサ。水一杯もらえるか?」

 そんなことを言いながら、バッツは店内に戻ってきた。
 その肩には、

「ぜぇーっ、ぜぇーっ、ぜぇーっ・・・・・・」

 顔を真っ赤にして、汗を滝のように流し、あえぐように空気を求め息を切らせるサイファーを担いでいた。

 バッツは、さっきのテーブルにサイファーを座らせる。
 と、そこに丁度良くリサが水を運んできた。

「はいどうぞ―――ひゃあ!?」
「・・・んぐっ、んぐ・・・んぐ―――はあ・・・・・・」

 サイファーは、リサから水の入ったコップをひったくるとそのまま一気に飲み干す。
 そして、無言で空になったコップをリサに突き出す。

「・・・はいはい、お代わりね」
「おい、あんまり水は一気に飲まない方が良いぜ。腹壊すぞ」
「・・・・・・ぐっ・・・のやろぉ・・・」

 バッツが忠告すると、サイファーはバッツを睨付ける。
 水分補給したことで、汗がどばっと噴き出たが、息の方は落ち着いてきたようだった。

「なんだてめえは、なんだてめえはっ!」
「なんだって言われても・・・」
「お、俺はてめえなんか認めねえぞ! あんな、あんな・・・・・・!」

 戦いは、一方的だった。
 一方的にサイファーがバッツを攻めたてて、ガンブレードを振るい、時には魔法を織り交ぜ、攻撃を繰り返した。
 対してバッツは、それを全部避けただけだ。避けつつ、時折エクスカリバーでサイファーを小突いただけだった。

 結果、ひたすら攻め続けたサイファーは、一時間でスタミナ終了。
 力尽きて動けなくなったところを、バッツが担いで店内に戻ってきたというわけだ。

「やる気あんのかてめえ! 俺を馬鹿にしやがって!」
「お前がふっかけてきたケンカだろ? やる気なんかねえよ」
「ケンカ買ったのはテメエだろ! だったら本気でやれつうんだ!」
「押し売りしたくせに・・・ていうか、本気出したら可哀想だろ」
「・・・・・・!」

 サイファーは言葉を失う。

 ―――別にバッツは、サイファーのことを馬鹿にしているわけではない。
 むしろ、一時間もひたすら攻撃してきた根性は凄いとすら思っている。
 一時間も動き回った体力もそうだが、それよりも全く当たらない攻撃をひたすら繰り返すというのは、かなり気が滅入る作業だ。バッツは何度かサイファーのようにケンカを押し売りされたことがあったが、大概は避けまくっていればすぐに厭気がさして諦める。

 サイファーが力尽きて倒れた時、そのまま放っておいても良かったのだが、わざわざ店の中に連れてきてやったのは、そのことに敬意を表してのことだった。

 その反面、バッツ=クラウザーは戦士ではない。
 バッツは自分とサイファーの実力差をはっきりと解っている。本気を出せば、それこそ一方的にサイファーは叩きのめされるだろう。それが解っているから、バッツは最初から本気で戦う気はなかった。 “手を抜かれて相手をされる” ―――そのことが、戦士にとってどれほどの屈辱であるか、考えもせずに。

「はい、お代わり」

 サイファーが怒りのあまり何も言えずにいると、リサが水を持ってきた。またそれをひったくり、一気に飲み干す。

「・・・はあ。・・・てめえ、いつか殺す」
「なんで殺されなきゃいけないんだよ。俺、なにかしたか?」

 何もしていないから憎まれる、ということに気づかずに、バッツは首を傾げる。
 と、そんな険悪な雰囲気の2人に、リサが声をかける。

「あ、ところであんたたち、話聞いてるとヒマそーだけど」
「おう。超ヒマだぜ」
「・・・ケッ」
「ならさ、ちょっとお願いがあるんだけど、あとで少し付き合ってくれない?」
「付き合うって?」

 バッツが尋ね返すと、リサは照れくさそうに笑って。

「ロイド君のとこ。ま、彼のことだから心配ないと思うけどさ。でも、いきなりクビじゃあショックだろうし―――あ! セシルに何か考えがあるってことは、解ってると思うよ? ただ、やっぱ “解ってる” ってのと “感じる” ことは別だからさ」

 あはは、と何か言い訳するかのように誤魔化し笑いするリサに、バッツは怪訝そうに尋ね返す。

「別に良いけどさ。お前とロイドって恋人同士だろ? 一人で行けばいいじゃん」

 バッツが言うと、リサにしては歯切れ悪く、ぼつぼつと呟くように答える。

「あー・・・お城に居るならそうするけどさ。聞いた話だと、今実家に居るみたいじゃん。ロイド君の家って、結構大きな貴族の家なんだよね。あたしの家なんかとは比べることもおこがましいくらいの、大・大・大貴族」

 リサの家―――ポレンディーナ家も、昔は貴族として領地も持っていた。
 だが、エブラーナ戦争のどさくさで領地は失い、もともと大した力も持っていなかった貴族なので、今では一般市民と殆ど変わらない。

「なもんで、一人で行くのは流石に気後れしてさ。昼飯くらいなら奢るから」
「別に俺達は構わないぜ」
「・・・ちょっと待て。達ってなんだ!? 俺もメンバーに入ってるのか!?」

 サイファーが自分を指さすと、バッツは頷いて。

「お前だってどうせヒマなんだろ? 誘ってやってるんだよ」
「ヒマじゃねえよ!」
「あれ、行かないのか? ・・・まあ、いいか。じゃあリサ、俺一人だけど付き合ってやるよ」
「・・・行かねえとは言ってねえだろ」

 憮然とサイファーが言う。
 バッツは苦笑して。

「お前、素直じゃないとか良く言われないか?」
「ケッ。てめえの言うとおりにするのが気に食わないだけだ」

 それが素直じゃないって事だと思うんだけどな、とバッツは思いつつ。

「じゃ、2人で」
「ん。ありがと、助かるよ―――じゃあ、昼時が過ぎるまでゆっくりしてて。ピークが過ぎたら行くから―――ああ、でも結構、時間あるからどっか言ってても良いよ・・・っと、いらっしゃいませー♪」

 と、リサが言ったところで、客が2名ほど入ってきた。
 昼食にはまだ早いが、ぽつぽつと客がまた入り始める頃だ。

「あ、リサ。俺も手伝ってやるよ」
「え、そんな、悪いよ」
「昨日、ちょいと迷惑かけたしな。それにどうせヒマだし」
「んー。じゃあ、お願いしようかな。バイト代、そんなに出せないけど」
「いらねーよ。昼飯だけで十分だ。なあ、サイファー」
「はあ!? 俺にも手伝えっつーのか!?」
「嫌なら俺一人でやるけど」
「・・・やらねえとは言ってねえだろ」

 

 

******

 

 

 そんなわけであわただしく昼が過ぎて。
 バッツたちは、 “金の車輪亭” のある西街区から街の中を巡回しているチョコボ車に乗って、貴族たちの邸宅がある東街区へやってきていた。
 余談だが、同じ貴族でもローザの実家は西街区にある。

「・・・なんつーか、西街区とは雰囲気が違うなー」

 きょろきょろと辺りを見回しながらバッツが呟く。
 辺りには長く高い塀が立ち並び、人の姿はほとんど無い。たまに通りがかる通行人は、身なりが良く、いかにも貴族といった風体の人間で、こちらが会釈をしても返さずに、逆に身分の低いものと侮蔑の表情で一瞥すると、足早に立ち去ってしまう。

「・・・ああいう態度、風紀委員として見逃せねえなあ・・・」
「おい、ガンブレード握り締めて何する気だよ」

 などと、サイファーが貴族たちとすれ違うたびに凶行に走ろうとするのを宥めながら、ロイドの実家へ向かう。

「しっかしなんだなあ。ああいう連中もバロンにゃいるんだ」

 何気なく、バッツがそんなことを言うのを聞いて、リサが尋ね返す。

「ああいうのって?」
「だから貴族さ。なんか俺がこの国に来てから、城のヤツらも街の連中も気のいいヤツらばっかだからさ。それに貴族って、今までローザのとこしか見てなかったし、ああいう嫌味な貴族がいるって言うのにいまさら驚いてる」
「まあ、ね。今この国の中心になっているのが、アンタの言う “気のいい連中” だからねえ・・・」

 エブラーナ戦争で、醜態をさらしてしまった貴族の権威は失墜してしまった。
 それぞれの貴族の領地に行けば、まだ力はあるが、王が直接統治しているこのバロンの城下街では、貴族の力など無いに等しい。だから、領地がある貴族は自分の領地から出ることはないし、そうでない貴族は自分の屋敷から、ほとんど出ることは無い。

「昔は、東西の街区関係なく、貴族たちが道の真ん中をあるいていたって聞くけどね。今じゃ、貴族たちは東街区に閉じこもって、西街区を歩いてる貴族は、あたしたちみたいな “元貴族” か、ローザの家くらいなものだね。・・・ま、逆に西の人間が、ここに来ることは滅多に無いけど」

 来る必要もほとんど無いしね、とリサが言ったそのときだ。
 ふと、バッツが足を止めて振り返る。
 なに? とリサが振り返り、サイファーも同じように後ろを向く―――と。

「陛下ーーー! セシル陛下はいずこーーーーー!」

 なんと、数人の騎士を率いて走ってくる、見覚えのある近衛兵長の姿があった。

「あれ、ベイガンじゃん」
「おお、バッツ殿! こんなところでなにを!?」

 走ってきたベイガンも、バッツの事に気がついて足を止める。

「いや、リサがロイドの顔を見たいって言うからさ。その付き添い」
「左様で」
「そっちはまたセシルか? 朝、城を出ていくのを見かけたけど」
「見たならば止めてくだされーーーーー!」

 ベイガンが必死の形相で迫ってくる。
 思わず気圧され、バッツは首を横に振った。

「い、いや、誰も追いかけて無いみたいだったからさ、てっきり昨晩みたいにベイガン公認かと―――」
「そうそう続けて陛下の放蕩を許したりしません! ・・・最近の陛下はとても逃げるのが上手くなりましてな。こちらの意識の隙をついて、フッといつの間にか居なくなるのです。それで、追いかけるのが遅れるわけで・・・」
「俺の “無拍子” みたいだなあ」
「とりあえず、この辺りに逃げ込んだのは確かなのですが―――すみませんが、もしも見つけたなら捕獲しておいてもらえませぬか?」
「別にいいけどさ」
「ありがとうございます。それでは、私達は捜索を続行しますので!」

 そう言って、ベイガンは配下の騎士を引き連れて走り去る。
 その後ろ姿を見送って―――

「・・・ “捕獲” って、王様相手に使う単語じゃねえよなあ」
「近衛兵も大変ね。このところ、毎日街で見かけてるよ」

 リサもベイガンの後ろ姿を見送って言う。

「お陰で街の連中―――あたしもだけど、近衛兵の顔、覚えちゃった」
「つーか、セシルのヤツ、そんなに逃げてるのか?」

 バッツ達が地底に行く前は、それほどでも無かったような気がする。
 時々、城を抜け出していたくらいだ。
 もっとも、ベイガンに頼まれて、ロックと2人で常にセシルを見張っていたから、逃げにくかったというのもあるのかもしれない。

(あれ・・・そーいや、ベイガンに頼まれてないな、今日は)

 ベイガンは “セシルが城を抜け出すのを見たなら捕まえておいてほしかった” と言われたが、そもそもベイガンにセシルのことを頼まれていない。予め言われていれば、流石に追いかけるくらいはしたはずだ。ヒマだったし。

 うっかり忘れたのかなーと、バッツが思っていると、リサはくすりと笑って。

「―――でも、ああやってセシルが逃げることで、良いことが一つだけあるんだよ」
「良い事って?」
「治安。セシルが逃げるたびに、近衛兵が街中を駆け巡るでしょ? お陰で、最近は大した犯罪が起きなくてさ。何せ、近衛兵がどこから出てくるか解らないものね」
「ああ、なるほどな」
「ケッ。まさかあの王様、そのために逃げ回ってるんじゃないだろうな」
「まさかあ。それならわざわざ自分が逃げなくても、兵士を配置すればいいだけじゃない」

 サイファーの言葉に、リサが反論する。だが、サイファーは「はっ」と笑い飛ばす。

「解ってねえな。兵士をそのまま配置したら、住んでる奴らは何事かと思うだろが。そうでなくても、兵士に四六時中見張られてる街なんか、住んでて楽しいもんじゃねえだろ」
「あー、言われてみれば」
「ああやって “逃げた王様を追いかけている” という目的が解ってるから、住んでる連中も他人事として、 “兵士が毎日街に出ている” っていう事にも気にならねーってわけだ」
「「おおー」」

 サイファーの解説に、バッツとリサが感心したように声を上げた。

「そう言われると、スジが通ってるような・・・」
「お前、なかなか頭良いじゃんか」
「だよねえ。頭良さそうに見えないのに」
「あんだと・・・!」
「そうやってすぐ凄む所なんかが特に頭悪そうなのに」
「・・・・・・」

 サイファーはふて腐れたように、地面を蹴る。

「でもまあ、ちょっと感心したけど、流石にそれはないでしょ。街の治安のためだけに逃げ回るなんて、馬鹿すぎじゃん」
「うるせーよ。ちょっと思いついたから言ってみただけだ! 俺だって本気にしてねー!」

 サイファーが怒鳴り散らすのを聞いて、バッツとリサは笑い声を上げた。

 ・・・それからしばらくして―――

「ん。ここみたい」

 リサ達は、フォレス家の屋敷の門の前に辿り着いていた―――

 

 


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