第20章「王様のお仕事」
E.「後悔」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロンの街
「やってらんねーーーーーー!」
金の車輪亭。
バロン城下にある街の酒場兼宿屋である。
そこで、酔っぱらいが一人、くだを巻いていた。彼は、机に突っ伏した状態で、空になったグラスを掲げあげる。
「・・・お酒ぇー」
「ちょっとバッツ、飲み過ぎじゃない?」看板娘のリサが、酒瓶持ったまま呆れたように言う。
酔っぱらい―――バッツは、そんなリサをちろりと見上げ。「飲み過ぎてねえよ!」
「十分、飲み過ぎよ。顔、真っ赤じゃない」すでに外は薄暗く、店内にはランプに火が入っていた。
その橙色の灯が、酒が入って赤くなったバッツの顔を、さらに鮮やかに染め上げる。「飲んでなきゃやってらんねーんだよ! セシルのやろお・・・・・・」
「はいはい。・・・ま、最近のセシルはちょっとおかしいような気もするけどね」セシルが王となってから、度々城を抜け出して、街に出ていたが、それがここ最近―――バッツ達が地底に向かった頃から、頻度が多くなった。ほぼ毎日と言っても良い。
しかも街に出て何をしているかというと、ローザと一緒にあちこちの宿で、昼間から “ご休憩” しているのだという。(まー、あの2人はもう婚約者同士だし、ナニしようと勝手だけどさ)
それにしてもリサの知っていたセシルのイメージとは、かなり掛け離れている。
セシルはあまり遊び歩くような人間ではなかったし―――リサが覚えている限り、セシルはカインやローザなど、誰かに誘われて遊びに行くことはあっても、自分から遊びに出かけたことはない―――そもそも、色事に関しては苦手だったはずだ。人前でローザに抱きつかれただけで、茹で蛸のように顔を真っ赤にするようなヤツだ。そんなセシルが遊びほうけて居るというのは、にわかには信じられない。
ただ、セシルが毎日のように街に出ているのは事実で、その度にベイガン配下の近衛兵団達が街中を駆けめぐっている。
リサ自身、セシルがローザを連れ添って、安宿に入っていくのを見かけたことがある。セシルが、そう言った風に遊んでいる中、街には一つの噂が流れていた。
曰く、 “セシル=ハーヴィは、オーディン王の実子ではないと” 。
セシルが王に成れたのは、彼が王族の血を引いているという話だったからだ。だからこそ、騎士として功績を上げていたとはいえ、旧市街出身で “家無し” “親無し” であったセシルがすんなりと王になれたのだ。だが、それを否定する噂話が街に流れている。
(・・・もしも、セシルが王族じゃないなんてことになったら―――)
リサはセシルが王族でないことは聞いていた。
「いきなり態度改められるのもイヤだしね」
と、苦笑しながらセシルが教えてくれたのだ。
父であるシドも、恋人であるロイドも当然知っていたようだが、リサには教えてはくれなかった。
当然だ。そんな重要なこと、どんなに親しくとも教えられるはずがない。
だから、リサはセシルにそのことを聞いた時、嬉しい反面、不安も感じた。もしも、自分がその秘密を何かの拍子に零してしまったらどうするのか、と。「ウソはいずればれるものだよ。そうなったら、その時にどうにかすればいい」
セシルは事も無げにそう言いきった。
そのウソが、今、ばれそうになっている。(・・・どうする気なのかしらねー)
思いつつ、リサはそれほど心配していない。
セシルは “どうにかする” と言った。ならば、どうにかするのだろう。
もしかすると、毎日街で遊び歩いているのも “どうにかする” ための方策なのかも知れない。「リサぁ・・・! お酒ぇ・・・!」
「はいはい。仕方ないなあ」リサはバッツの持つグラスに酒を注ぐ。
地元で作られる安酒だ。あまり質の良いものではないが、質が悪い分、酔いも回りやすいし、なにより安い。酒を楽しむならともかく、自棄酒ならばピッタリの酒だ。(その分、二日酔いもすごいけどね)
リサは心の中で、舌を出す。
その目の前で、バッツはぐっと酒を煽って、グラスの半分ほどまで飲み干す。「だはー・・・っ」
酒臭い息を吐いて、バッツはそのままごつんと、またテーブルに突っ伏した。
かなり酩酊しているようだ。リサから見て、バッツはそれほど酒に強くない。
下戸というわけでもないが、それほど酒を嗜んでいるわけではないようだった。
バッツがバロンに来てから、たまにここで食事をしに来たが、酒は一滴も飲んでいない。今日が初めてだった。(それほど、セシルの事がショックだったんでしょうけど。でもねえ・・・)
リサも、バッツからロイドとカインが処罰されたと聞いた時は、驚いた。
だが、リサはセシルと幼馴染で、おそらくカインとローザの次くらいに付き合いが長い。けれど―――
と、不意にからんころん♪ と店の扉が開いた。
「あ、いらっしゃいませー・・・って、セリス?」
店に入ってきた人物を振り返って、リサはその名を呼ぶ。
ガストラの女将軍は「こんばんわ」と告げて、リサの傍らの酔っぱらいを見やる。「ローザがすぐそこの花屋で買い物しているのを待ってたんだけど、聞き覚えのある声が聞こえたものだから」
「・・・ん、セリス?」バッツが半目でセリスの方を見る。
セリスは小さく笑い、「珍しいな、バッツ。お前がのんだくれてるなんて」
「おー、丁度良いところに来た。お前も飲めー」
「遠慮しておく。酒は飲んだことがない」
「俺の酒が飲めないっていうのかー!」お決まりの台詞を吐きながら、ゆらりとバッツは立ち上がる。
それを見て、リサが慌てて止める。「ちょ、ちょっと!? 店の中で暴れないでよ!?」
「くくく・・・せーりす! 俺の酒が飲めないってーなら、無理矢理にでも飲ませて―――」
「『ホールド』」バッツが手にしたグラスをセリスに突き付けたその時、こっそりと唱えていたセリスの魔法がバッツの動きを止める。
「な、なんら? かららがしびれれうごかない・・・・・・」
ごとん、とバッツの持っていたグラスが床に落ち―――酔っぱらいが落として割らないように、ここのグラスは木でできている―――ついで、バッツが力無く膝をつく。
「おっと」
そのまま床に倒れようとしたバッツの腕を、セリスは掴んで支えた。
「全く、事情は聞いているが飲み過ぎだ―――リサ、これ貰っていくけど良い?」
「ええ、勿論。引き取って貰えると助かるわ」
「金はツケておいて。後で払いに行かせるから」
「了解ー♪」セリスはバッツをずるずると引き摺ると、そのまま店を出て行った―――
******
「うー・・・気持ち悪ぃ」
もうすっかり陽が落ちてしまったバロンの街。
セリスと、小さな花を一輪持ったローザの後ろを、バッツはよろよろと歩いていた。「強くないのに飲み過ぎるからだ―――魔法は必要?」
「いらねーよ」セリスに、バッツは憮然と言い返す。
「だけどバッツ、なんでリサの所に? セシルはお城に部屋を用意してくれなかったの?」
ローザが尋ねると、バッツはじろりとローザをにらみ返した。
「どうしたの?」
「どうした・・・? そりゃこっちの台詞だよ! セシルのヤツ、一体どうしちまったんだ!?」
「セシル? 別にセシルはどうもしてないわよ?」ローザの返事に、バッツは立ち止まる。
それを見て、前を行く二人も立ち止まった。「バッツ?」
「あいつが・・・何をしたか知らないのか?」
「え?」
「あいつ・・・セシルのバカヤローは、ロイドとカインを城から追い出したんだ! 妙なイチャモンつけやがってな!」怒鳴るつけるバッツに、しかしローザは特に驚くことなく。
「ふーん」
「って、ふーんってなんだよふーんって! あいつ、仲間を失って傷ついてるあいつらにあんな仕打ちをしやがって! 俺達が地底に行ってる間、セシルになにがあったっていうんだよ!」
「・・・・・・」バッツの問いかけに、ローザはしばし無言でバッツを見返して―――やがて、再び前を向いて歩き始めた。
「お、おい! 無視するなよ!」
「・・・きっと大丈夫よ」
「は?」
「きっとセシルには何か考えがあって、2人を処罰したのよ。何の意味もなく、セシルはそんなことしないもの」
「アイツを、信じろっていうのか?」歩きながら言うローザの後ろ姿を追いかけながら、バッツが吐き捨てるように言う。
と、もう一度ローザは立ち止まると、バッツを振り返る。「違うわ」
月明かりの下。
ローザはにっこりと微笑んで、きっぱり言った。「私は絶対にセシルを信じない」
「は?」
「だから、セシルがロイドとカインを処罰したとしても “それ” をそのまま信じたりしない。絶対に、なにか企んでいるはずだから」それだけ言うと、ローザはまた歩き出す。
その後ろをぽかんと見つめるバッツの背中を、セリスがバン、と叩く。「ほら、行くぞ。ローザについていけば、お前の苛立ちも少しは紛れるだろうしな」
「行くぞ・・・って、どこにだよ?」
「さあ?」
「おい、まさかローザが何処に行くかも知らないのについてってるのか!?」
「何処に行くのかはしらない。が、誰に会いに行くのかは予測がつく」そう言ってローザを追って歩き出すセリスを、バッツは追いかける。
「誰に会いに行くって言うんだよ?」
「決まってる」セリスは、ふっと微笑を浮かべて、バッツに告げる。
「セシル=ハーヴィだよ」
******
建物が乱雑に建てられた旧市街は、陽の出ている昼間でも薄暗い。
それが夜ともなれば、月の光も届かず、真の闇に閉ざされる。そんな旧市街の入り口で、バチッ、と音がして、拳大の青白い光球が生まれて辺りを照らし出した。
「お、なんだそれ。魔法か?」
セリスが手のひらをかざして生み出した光の球を見てバッツが尋ねる。
「魔法以前の魔法って所か。エネルギーボルトと言って、単なる魔力の塊だ。これだけでは虫一匹殺すこともできないが、こうして闇を照らすくらいはできる」
「へー。便利なのねえ」感心したようにローザが言う。
それを聞いて、とてつもなく妙な顔をした。「ちょ、ちょっとローザ? 貴女、これできないの?」
「できないわよ。そんなの知らなかったし」
「・・・嘘でしょ? じゃあ、どうやって魔法使ってるのよ!?」
「どうやってって、集中して、なんとなく心に浮かんだ呪文を詠唱して、えいって感じで使ってるけど」
「・・・・・・」セリスは呆然とする。
“エネルギーボルト” は魔法の基礎中の基礎だ。 “魔力” という力の存在を認識し、それを外――― “世界” に向かって放つための、魔道士の練習法でもある。
これに “詠唱” を重ねることで、 “世界” がそれに応え、様々な通常の法則では有り得ない現象―――つまりは “魔法” を引き起こす。(・・・そんなことも知らずに “えいっ” って使うなんて、ありえないでしょ!? いやむしろ、あの魔法の失敗率も頷ける・・・)
「どうしたの、セリスったら」
「どうにかしてるのは貴女の方なんだけど―――ローザは、誰に魔法を習ったの?」
「独学よ。学生時代に、白魔法の存在を知って、これならセシルの助けになると思って」
「・・・・・・独学!?」信じられない! とセリスは頭を抱えた。
まともな魔道士に教えてもらったとは思えなかったが、まさか独学とは予測もしていなかった。(っていうか、独学で魔法を使うなんて、どれだけの才能があるっていうのよ!?)
セリスも誰かに教わって魔法を使えるようになったわけではない。
物心ついた時には、普通に魔法を使えたが、それはセリスの身体の中に注入された魔導―――幻獣の力のお陰だ。「・・・ローザって、親が魔道士ってわけじゃなかったわよね?」
「ええ、そうよ」
「魔道士の血を引いてないのに、独学で魔法を・・・?」
「努力したわー。頑張ったわよ、私!」えっへん、と胸を張るローザに、セリスは引きつった笑みを浮かべる。
「そ、そおね。凄いわね」
凄いというレベルを越えている。
そんなことは普通だったら有り得ないことだ。「話はそれくらいにして、そろそろ行かねーか?」
話についていけなかったのか、興味がなかったのか、バッツが退屈そうに言う。
しばらく歩いて、ある程度酒は抜けたのか、まだ少しフラついてはいたが、声の調子は普段に戻っていた。「ていうか、こんなところにあの “王様” がホントにいるのかよ? 今頃、城で上手いモンたらふく喰って、寝てるんじゃねーの?」
先の一件は、バッツにしてみればかなりショックだったらしい。
童話などに出てくる、 “悪い王様” のイメージがセシルに重なって、そんな事を言い捨てた。「多分ね。きっと、セシルはここに来ているから・・・」
(・・・ローザ?)そう呟くローザの横顔は少し寂しそうだった。
セリスはその事に気づいたが、声をかけるよりもはやく、華を手にしたローザはさっさと歩き出した―――
******
旧市街の奥。
ホーリーシンボルは折れ、信仰する神の名すら失われた教会の前に、セシルは立っていた。
足下にはランプがおかれ、辺りを照らしている。その照らされた中に、大きな石が一つだけ転がっていた。セシルはそれを、ただじっと見下ろしている。
「・・・・・・」
なんの変哲もないただの石だ。
そこら辺に転がっている、子供が頑張れば持ち上げられる程度の大きめの石。
ただ、その石の周囲は綺麗に掃除されていた。「・・・人は―――死ぬということを知らなければならない、か」
誰に言うともなく呟いた、その時だ。
「ローザ、何処まで行くの? もう随分歩いたけど・・・」
「もうすぐよ。そこを曲がれば・・・・・・ほら」聞き覚えのある話し声と共に、足音が近づいてくるのに気がついて、セシルは後ろを振り返った。
「あれ、ここって―――」
角を曲がり、眼前に現れた建物を見て、バッツがなにか思い出したように呟く。
ランプの橙の灯火と、エネルギーボルトの青白い光に照らし出された “教会” を見上げ、彼は思い出した。「セシルの・・・ “教会” 」
「君達・・・こんな夜更けに、どうしたんだい」バッツ達の姿を認めたセシルが苦笑する。
そんなセシルを見て―――
・・・・・・少年は穴を掘る。
バッツの脳裏に、かつて見た幼い少年の姿がフラッシュバックする。
「セシルに逢いに来たのよ。・・・ヤン達の事を聞いたから」
ローザが静かにそう言って、セシルに歩み寄る。
そして、手にしていた一輪の花を見せて。「お花、良いかしら?」
「・・・うん。ありがとう」微笑むセシルの横をすり抜けて、ローザはさっきまでセシルが見つめていた石の前にしゃがみこんで、そっと花を添えた。
ローザは立ち上がって、セシルを振り向くと、「・・・ごめんなさい、セシル。邪魔をしたかしら?」
「いや、そろそろ戻ろうと思っていたところだから。あまり遅いとベイガンに叱られるしね」そう言って苦笑すると、彼は足下のランプを拾い上げ、空いている方の手でローザの手を取る。
そんな2人の前に、セリスが進み出た。「帰る前に、ちょっといいか? セシル」
「なにかな?」
「ロイドとカインの事だ。どうにも納得できないと、バッツが―――バッツ!?」セリスがバッツを振り返ると、バッツはセシルを睨付けたまま。
「なんで・・・泣いているんだ?」
せめて泣き声だけは堪えようとするかのように歯を食いしばり、エネルギーボルトの光にてらされて、燦めく涙を流していた。
「・・・一人の、馬鹿なガキを知っているからさ」
ごしごしと、涙を手で拭いながら、彼は呟く。
「大切な人を失って、それを自分の罪だと思い込んで、苦しんで・・・」
「・・・・・・」
「悔やむことを忘れるくらいなら、傷つくことを望むって、そう言った馬鹿なガキがいたんだよ」まだ泣き続けるバッツに、セリスもローザも、困惑する。
ただ、セシルだけが苦笑して、「・・・・・・君が “馬鹿” というのなら、その子はよっぽどの大馬鹿なんだろうね」
「へん、言ってろよ」ようやくバッツの涙が収まり、拭っていた手を下ろす。
「セリス」
「なに?」
「あんがとよ、連れてきてくれて―――でなきゃ俺はこいつに “騙される” ところだった」
「なにかよく解らないが・・・解決したのか?」
「ああ」頷く。
この場所は、セシルにとって一番始めの “後悔” があった場所だ。
バッツはそれを知っている。(セシルがここに来たのは、ヤン達のことがあったからだ。地底でのこと、ロイドやカインの責任だってイチャモン付けてたけど、内心じゃきっとこいつは “後悔” してる。自分の所為だって傷ついてる。だったら―――)
「セシル」
「なにかな?」
「何企んでるか知らないけどな。俺を仲間はずれにするなよな」バッツの言葉に、セシルは少しだけ驚いたような顔をして。
それから苦笑する。「・・・今回のことは、君達を巻き込む気はなかったんだけどな」
「巻き込まれるんじゃねえ。俺が自分から手伝ってやるっていうんだよ。んで? 俺は何すりゃ良いんだ?」すでに手を貸すことはバッツの中で確定しているらしく、セシルに尋ねる。
ふむ、とセシルは少しだけ考えて。「いや、しばらくは何もしなくていいよ」
「・・・俺に手伝えることはないってことか?」
「うん。君がここに来なければ手伝って貰うことはあったんだけどね」
「はあ? 俺、ここにこなけりゃ、お前を手伝おうなんて思ったりしねえよ」
「そうだね」頷くセシルにバッツは困惑する。
「わけわかんねえ・・・」
「ま、とにかく後々手を借りることになるだろうけど、今は何もしないでいい―――僕はローザ達を送ってから城に戻るけど・・・」
「あらセシル。別に送ってくれるのは嬉しいけれど、大丈夫よ? だってとても頼りになるナイト様が居るんだから」そう言ってローザはセリスを見る。
セリスは肩を竦めて。「はいはい。守って差し上げますよ、お姫様」
「そうか。なら、頼むよセリス。バッツはどうする?」
「お前と一緒に城に戻るよ。・・・王様が一人で夜中に出歩くってのも問題だろ?」
「まあね」そしてセシル達は、その場を後にした―――