第20章「王様のお仕事」
D.「直感」
main character:ローザ=ファレル
location:バロンの街・ファレル邸
「あら、いらっしゃい」
ファレル邸についたローザ達を迎えたのは、一人のメイドだった。
階段の手すりを丁寧に雑巾がけしている彼女を見て、ローザには珍しく呆れたような顔をする。「またそんなことをやって・・・」
「やってはいけないかしら?」
「お母様がやらなくとも、新しい使用人を雇えばいいでしょうに」
「「お母様!?」ローザに連れられてきたキスティスとリディアが同時に声を上げる。
メイド―――この家の主である、ディアナ=ファレルはそんな2人を見やり、「見ない顔だけど、新しいお友達かしら」
「1人は新しいけれど、もう1人はちょっと前に知り合った娘よ」
「ふうん」ディアナは2人の逢えに出ると、優雅に一礼する。
その仕草は礼法に完璧にのっとったもので、育ちの良さを感じさせた。「ローザの母、ディアナよ。よろしくね」
「こ、こちらこそ―――って、貴族の母親でメイド!? 大体、そんな歳には見えないけれど。姉妹じゃないの!?」
「あら嬉しい。これでももうすぐ50歳なのだけど」
「ウソでしょ!?」無礼と思いつつ、キスティスはマジマジとディアナを見つめる。
さすがに20代には見えないが、30代と言っても十分に通用する外観だ。「19歳の娘が居る母親には見えないわね・・・」
「ちなみに、そこのリディアの母親は二十歳だけれど」
「へ?」突然話を振られて、リディアは困惑する。
「母さんの事を知ってるの!?」
「ええ。ついこの間まで、ここで働いていたもの」
「って、それ私も初耳なんだけど」リディアだけではなく、ローザも驚いて母を見る。
「なんでリディアのお母様がうちに居たの!?」
「私が雇ったからだけど」事も無げにディアナは応える。
「リディアの事を知ってたなら、私に教えてくれたって・・・」
「だってその娘がミストの子だって、今初めて気がついたんだもの」そう言ってディアナはリディアを見る。
「本当にミストにそっくりねー。姉妹って言っても通るくらいよ」
「―――ちょっと待って」リディアは何か悩むように、眉間に皺を寄せる。
「あの・・・話を聞いていると、私が母さんに似ているから、親子だって気がついたみたいだけど」
「そうよ」リディアがディアナに問うと、彼女はこくりと頷いた。
それを見て、リディアはさらに問いかける。「あの・・・私の母さんって、何歳くらいだと思う?」
「二十歳くらいかしら?」
「じゃあ、私は何歳くらいに見える?」
「二十歳くらいかしら?」
「・・・どーして、二十歳の女性に二十歳の娘が居ると思えるわけ?」リディアが尋ねると、ディアナは「うーん」と少しだけ首を傾げて。
「勘かしら?」
「どんな勘だあああああああああっ!?」
「リ、リディア落ち着いて! ウチのお母様はちょっと変人なだけなの!」フォローするかのようにローザが叫ぶ。
・・・フォローじゃないかもしれない。そんなローザをリディアは胡乱な目で見て、
「・・・そーいえば、さっき再会した時、ローザもセシルもフツーに私のことを ”リディア” だって断定したけれど・・・なんで?」
セシルとローザにしてみれば、リディアはまだ幼い、7歳くらいの少女の筈だった。
その問いかけに、ローザは「うーん」と首を傾げて。「勘かしら?」
「アンタもじゅーぶん変人だああああああああああっ!」リディアの絶叫が、ファレル邸に響き渡った―――
******
「―――ふぅ・・・」
とりあえず、色々と納得できない事を忘れたことにして。
ファレル邸の客間で、リディアは紅茶を飲んでいた。丸テーブルに三つの座椅子を等間隔で配置して、そこにリディアの他、ローザとキスティスが同様に座り、お茶を飲んでいた。
そして―――「お味はどうかしら? 温度は温くない? このクッキー、私的にはまぁまぁだと思って居るんだけれど、その紅茶に合っているかどうか―――」
テーブルの周りをうろちょろして給仕をしている、貴族メイドが一人。
「お母様、お母様」
「なにかしらお嬢様」
「いい加減に使用人の格好は止めたらどうかしら? 一応、この屋敷の主なのだし」厳密に言えば、ここの主はローザの父であり、ディアナの夫であるウィルなのだが、彼は城勤めで一日の大半は城内を飛びまわっている。
実質的に、この屋敷の主はディアナだった。「そうは行かないわよお嬢様。なにせこの屋敷には今、使用人が一人もいないのだから。だから私が使用人として、お客様をもてなさなければならないのよ!」
「本当のことを言ったら、混ぜてあげる」
「今とってももの凄くヒマなの」ディアナはあっさりと応えると、何かを嘆くかのように、大仰に両腕を広げる。
「キャシーはセシルのせいでエブラーナなんて楽しそうな所に行っているし、ウィルは中々帰ってこないし、ローザはセシルセシルーだし。私一人だけがとってもヒマなの」
「かといって、使用人の真似事はどうかと思うわ、お母様」
「せしるせしるーって、旧市街に入り浸っていた、どこかのお嬢様よりはマシだとおもうけれど?」
「・・・う」切り返され、ローザは言葉に詰まる。
と、ディアナはふと顔を上げて。「あらいけない。そろそろパイが焼き上がる頃ね」
などと言いつつ、客間を出ていく。
ぱたん、と上品に部屋の扉が閉じられたのを見て、ローザは疲れたように溜息をついた。「・・・ごめんなさい、うちのお母様、普段はもっとまともなのだけど、ヒマになると妙にテンション上がるから―――娘として恥ずかしいわ」
同席している2人に、言い訳するように呟く。
「いえ、フツーに ”母娘” だなって納得したけど?」
「ていうか、ローザを負かすなんて、流石は母親だなーって感心したわ」という、2人の感想に、ローザは心の底から安堵する。
「有り難う。気遣いでも嬉しいわ」
「「いや本音だから」」キスティスとリディア、2人の台詞は綺麗にハモっていた―――
******
部屋の中にはパイの甘い匂いが広がっていた。
ディアナ焼いた、フルーツパイは絶品で、リディアもキスティスも文句なしの出来だった。
甘いパイを頬張り、口の中に広がった甘味を紅茶でさらっと流す。そしてまたパイを口にする。なんとも至福の時間が流れ、ディアナも混ざった4人の女性達は、楽しげに歓談していたが、話が地底世界での出来事に差し掛かると、雰囲気が一変した。
「・・・地底でそんなことが・・・」
リディアとキスティスからの話を聞いて、場の空気が重くなる。
流石のファレル母娘も話を聞いて、暗く成らざるをえなかった。「ヤンは・・・死んじゃったの?」
「それは・・・・・・解らないわ」キスティスはヤンが死んだところを見たわけではない。
次元の穴に吸い込まれていくのを見ただけだ。
その穴が何処へ通じているのか解らないが、安全な場所へと無事に出ることはまずないだろう。十中八九、何処でもない場所――― ”次元の狭間” と、そう呼ばれる場所をさ迷っていることだろう。
もしもそうだとしたら、生きているにしろ死んでいるにしろ、ヤンが現世に舞い戻る可能性はゼロに等しい。「セシルは、それを知っているのかしら?」
「ええ。今頃は、報告を受けているはずよ」
「そう・・・」ローザは紅茶をひとすすり。
それから、おもむろに席を立つ。「・・・ローザ?」
「ごめんなさい、少し出かけてくるわ!」
「出かけてくるって―――もう遅いわよ? 一体何処に?」ディアナの問いに、ローザは「ちょっと」と言うだけではっきり答えない。
そして、そのまま部屋の外に出ようとして―――がちゃり、とローザが開ける前に勝手に扉が開く。
扉の向こうには、セリスとフライヤの2人が立っていた。「誰も出ないから勝手に入らせて貰ったわよ―――って、ローザ?」
「ごめんセリス。私にかまわずゆっくりしてて!」ローザはセリスの傍をすり抜けると、そのまま駆けだしていく。
「ゆっくりしててって言われても・・・」
はあ、とセリスは小さく嘆息すると、ローザが走り去った方へと身体を向ける。
「セリス、悪いけれどあの馬鹿娘をよろしく頼むわね」
見れば、ディアナが紅茶のカップを手にしたまま、にっこりと微笑んでいた。
それを見て、セリスは苦笑。「別に、頼まれるほどのことじゃないけど」
言いつつ、ローザを追いかけて駆けだして。
(・・・というか、なんでディアナはメイド服なんて着てたんだろう・・・)
などと思いながら―――