第20章「王様のお仕事」
C.「処罰」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間
「なんと、ヤン殿が・・・」
「―――事情は大体解った」地底であった出来事を聞いて、ベイガンは沈痛な表情で、ヤンの死を悼み、セシルは目を伏せた。
謁見の間だ。
壇上にある玉座にセシルが深々と腰をかけ、その傍らに王を護る近衛兵団長ベイガンが佇んでいる。そのセシルが睥睨する段の下に、ロイド達は並んでいた。
ちなみに、エンタープライズから降りた者たちの中で、女性陣はローザに連れられていってしまったし、シドは飛空艇の整備があるからと、この場にはいない。怪我で身動きできないクラウドは、今頃はクノッサス導師に治癒魔法を施されているところだろう。「・・・俺の責任です」
神妙にロイドは呟く。
「俺が、もう少ししっかりしていれば―――」
「 “もう少し” ってどのくらいなのかな?」
「えっ?」セシルに問い返され、ロイドは戸惑う。
玉座に座るセシルは、薄く微笑み、ロイドを見つめる。「君がどれだけしっかりしていれば、ヤンは死ななくて済んだのかな?」
「それは―――わかりません」実際、どうすれば良かったのかなんて、今のロイドには解らなかった。
「悔やむのは君の勝手だが、悔やむだけなら意味がない。今回の事が君の所為だというのなら、ならばどうすれば良かったか―――それを考えるんだよ。でなければ、また同じ事を繰り返すだけだ」
「・・・はい」顔を伏せ、重く低く応えるロイドに、セシルはうん、と頷いて。
「さて反省するのは良いが、それはそれとしてミスをしたのならば罰を与えなければいけないな」
え? と思わずロイドは顔を上げた。
セシルは淡々と告げる。「ロイド=フォレス」
フルネームで名前を呼ぶ。その声音は低く、突き放したような響きがあった。
「飛空艇団 “赤い翼” を解任し、騎士位も剥奪する。一両日以内に荷物をまとめ、城を出ていくんだ」
「騎士位を・・・剥奪・・・!?」
「ちょっと待てセシル! それは、幾らなんでも過ぎた罰だろう!」呆然とするロイドに代わり、カインが反論する。
反論しながら、かつてセシルが偽のオーディン王に、赤い翼を解任された時のことが脳裏に浮かぶ。あの時と同じだった。
カインはセシルと同様に、ロイドの能力を認めている。そのロイドが不当な処罰を受けるのを、黙って見ていることは彼のプライドが許さなかった。だが、セシルは冷徹な視線でカインを見下す。
「君もだよ、カイン」
「なに・・・?」
「カイン=ハイウィンド。竜騎士団の長の役目を解任する。さらにしばらくの間、自宅謹慎を命ずる。命令が在るまで屋敷に閉じ篭もっていろ」
「なんだと・・・何故だ、セシル!」
「理由は―――言わなければ解らないか?」
「ああ、解らんな!」その声には怒気が籠もっていた。
今すぐにでも、セシルに向かって飛びかかりそうな様子だ。
そんなカインを、セシルは鼻で笑う。「君のその態度だよ。自分の王の名を呼び捨てにして、親しい友人であるかのように振る舞う・・・・・・不遜だとは思わないか?」
「それは・・・・・・」
「今まで、その態度を改めなかった僕にも非があるだろう。だが、そのせいで君とロイドは致命的なミスを冒した」
「致命的なミスだと・・・?」セシルはバッツの方を見る。
バッツもまた、ロイドと同じように、思いもしなかったセシルの態度に唖然としていた。「バッツ、バブイルの塔でセフィロスの偽物とやらが出現したあと二手に分かれたけれど―――何故、君がセフィロスを追いかけたんだ?」
「え・・・いや、だってそれは、俺だったらセフィロスとも互角に渡り合えるからで・・・」
「そうだね」セシルはバッツの言葉を肯定する。
「バッツなら、セフィロスと “互角” に戦える。けれどそれだけだ」
「あ―――」不意に、ロイドが声を上げた。
フン、とセシルは “ようやく気がついたのか” とでも言いたげにロイドに視線を送った。「解ったようだね」
「・・・・・・はい」
「何の話だ?」カインが問うと、セシルはやれやれと肩を竦める。
「カイン、君が原因なんだよ」
「俺が原因・・・?」
「君だったら、セフィロスの偽物に圧勝できただろう?」あの時、ロイドはバッツを囮にして、クラウドとサイファーを連れて逃げるという作戦だった。
だが、セフィロスを相手にしたのがバッツではなく、カインだったなら、そのまま倒すことができたかもしれない。「結果としてクラウドがセフィロスを倒すことが出来た。けれど、そのせいでクラウドとバッツは戦闘不能になった。一歩間違えば全滅していたかもしれない。それというのも、君がくだらないプライドを持って、セフィロスを相手にするのを面倒くさがったためだ」
「いや、それは―――」
「口答えは許さないし認めない。今言った処罰を撤回もしない。話は終わりだ―――去ね」
「待てよ、この野郎!」声を上げたのはバッツだった。
さっきまで呆然としていた彼は、ようやくセシルの言葉を飲み込めたようだった。
怒りを込めて、玉座に座る “王” を睨みあげる。「てめえ、ロイドの気持ちも考えないで、よくンなことが言えたもんだな! こいつ、今回のことは自分の責任だって、ずっと落ち込んでたんだぞ! カインだって、こいつが魔物の群れを突破して、塔の上まで行けたから砲台だって止められたんだろ!」
「・・・・・・」バッツの叫びに、しかしセシルは黙ったままなにも言わない。
「なに黙ってるんだよ! なんとか言いやがれ、コノヤロウ!」
「王が下賤の者の言うことに応える必要があるか?」
「・・・げせんのもの?」セシルの言った言葉の意味が解らなかったらしく、バッツがきょとんとする。
すると、サイファーが「ケッ」と笑い。「そんなことも解らねーのか。身分が低いヤツのことを言うんだよ―――テメーみたいな旅人の事だ!」
「なんだとこの野郎」バッツがサイファーに飛びかかろうとする―――のを、ロックが押しとどめる。
「落ち着けよ、陛下様の御前だぜ―――なあ?」
ロックがバッツの襟首を掴みながら、玉座のセシルに視線を送る。
セシルは苦笑して―――すぐに表情を消した。「とにかく、カインとロイドの両名は、すぐに城を出ていけ。・・・他の者には城内に部屋を与える。ゆっくりと休めばいい」
「居るか馬鹿! テメエの傍になんざ、一瞬だって居たかねえよ!」そう言い捨てて、バッツはさっさと謁見の間を出ていく。それにロックとサイファーも続き、カインと、最後にロイドが一礼して退室した―――
******
「アイツがあんな最低な男だとは思わなかった!」
城の廊下を歩きながら、バッツは憤懣やるせない様子で怒鳴り散らす。
ちなみに歩いているのはバッツの他に、カインとロックの三人だ。ロイドは “赤い翼” の詰め所にある、自分の荷物の整理があるからと、さっさと立ち去ってしまった。サイファーは、いつの間にかどこぞに消えていた。「この国ももうお終いだな! あんなのが王様やってるようじゃ―――なんだよ?」
バッツの背後から、カインが槍の石突きで頭を突こうとしたが、それを察知したバッツは首を傾げて回避。カインを振り返る。
「声が大きい。あまり騒ぐな」
「おいカイン、お前悔しくないのか? セシルは―――」
「悔しがっているのはお前だけだ」面倒そうに、カインが言う。
すると、バッツはさらに激昂して、「なんでだよ!? どーしてお前は悔しくないんだよ! お前はセシルに裏切られたんだぞ!」
「セシルは俺を裏切らん」
「はあ?」
「・・・馬鹿の相手は疲れる。俺はさっさと帰らせてもらう。じゃあな」フン、とカインは足早に立ち去っていく。
「ちょっと待てよ!」
バッツはそれを追いかけていく。
ロックは、早足で遠ざかっていく2人を見送って、やれやれと肩を竦めた。「・・・ホントにアイツは馬鹿だなー・・・まあそれも、セシルの筋書き通りなんだろうけど」
呟きつつ、先程のセシルの様子を思い返す。
明らかなに、アレは普段のセシルとは違っていた。(考えられることは二つ。以前のオーディン王みたいに、操られたり偽物がすげ変わっている可能性。そしてもう一つは―――)
しばらく前、地底世界へ向かう前に、聞いた噂話をロックは思い出す。
それは、 “貴族が反乱を起こす” という噂話だ。
―――正確には、そんなにあからさまな話ではない。ただ、幾つかの貴族に関する噂―――貴族の誰々はセシル王に対して不満を持っている、貴族の誰かが自分の領地に人を集めている、とある貴族の屋敷では、毎日のように商人が招待されている―――など、ロックが耳にした複数の噂を総合すれば、 “反乱” という可能性に繋がる。ただ、噂話で推理しただけで、その噂話そのものの裏も取っていない―――取るヒマもなかった。
第一、貴族が反乱を企てようとも、そう簡単にバロンの軍団を打倒できるとは思えない。先の戦いで、主力である “赤い翼” をゴルベーザに奪われたものの、陸兵団、竜騎士団、暗黒騎士団は健在だ。そこにセシル=ハーヴィの指揮能力も加われば、ちょっと戦力を掻き集めただけでは相手にすらならない。(―――貴族が反乱を起こそうとしていて、イチャモン付けてロイドをクビにする “理由” はなんとなく解る。でもカインを処罰する意味がわかんねえ)
カインは、 “最強の竜騎士” として、竜騎士団は当然のこととして、他の騎士達からも尊敬されるほどのカリスマだ。
下手に処分すれば、騎士達の反感を買い、セシルは貴族からも騎士からも恨まれるハメになる。味方である騎士達に恨まれるメリットがあるとは思えない。「・・・何考えてるんだろうねえ、あの大将は―――まあ、ともあれ」
(ちょいと調べてみましょうかね)
心の中で呟いて、ロックは城の外へと足を向けた―――
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謁見の間。
ロイド達が謁見の間を出てからしばらくしてのことだ。「・・・ふぅーーーーー」
気が抜けたようにセシルは息を吐く。
そんなセシルに、ベイガンはやれやれと嘆息して、「少々、意地悪が過ぎたのでは?」
「いやー、なんか段々、楽しくなってきちゃって。王様ごっこというのも割と楽しいものだね」
「ごっこ、ではなく貴方は王様なのですが!」
「じょ、冗談だって! 怒らないでよ」青スジを額に浮かべて、本気で怒りを顕わにするベイガンに、セシルは慌てて首を振る。
「・・・ま。流石に僕も調子に乗りすぎだったかなーって思ったけど、カインとロイドなら解ってくれるだろうし。バッツは本気でキレてたけど」
「ロック殿はすでに何かを勘づいておられる様子でしたな」ベイガンの言葉に、セシルは「ああ」と口を開く。
「ロックはね。彼の情報収集能力は規格外だから。ウィルさんの情報コネクションも中々のものだけど、ロックはそれを上回る。多分、こちらの事情をある程度は掴んでいるんじゃないかな?」
「惜しい人材ですな。フリーの人間ならば、拝み倒してでもスカウトしたいところです」そうだね、とセシルは頷いて。
「ロックだけじゃない。バッツや他の者も得難い人材だ。・・・でも、まあ今だって協力してくれている。それ以上を望むのは、高望みというものだよ」
あはは、と王は笑い飛ばす。
その様子に、何故かベイガンは逆に、表情に影を落とした。「・・・・・・私は、間違っていたのですかな?」
「ベイガン?」
「貴方様を、その玉座に座らせたのは間違いでしたかな?」
「おいおい」ベイガンの呟きに、セシルは苦笑する。
「今更、僕は王に相応しくないとでも言う気かい?」
「いいえ」ベイガンはゆっくりと首を横に振る。
「しかし、先程からその玉座に座る陛下が、とても窮屈そうに見えて仕方がありませぬ。―――得難い人材。それはヤン殿やギルガメッシュ殿、さらには “赤い翼” の者たちも同様でしょう」
セシルの表情から笑みが消える。
口を開き何かを言おうとして―――しかし結局言葉は出なかった。
そんなセシルに、ベイガンはさらに続ける。「ロイド殿は、ヤン殿達を失ったことを、自分のせいだと責めました。しかし陛下は―――」
「もういいよベイガン。頼むからそれ以上は言わないでくれ」
「・・・・・・失礼いたしました」ベイガンは一礼して、それ以上は語らない。
セシルは「ふーー・・・っ」とまた吐息する。
そして自分が座っている玉座を眺める。かつてはオーディン王が座っていた玉座だ。老いたとは言え、セシルが覚えている王の姿は、かつての “最強” としてまだまだ壮健であり、体格もセシルより一回り大きかった。
そのオーディン王に合わせて作られた玉座である。セシルにしてみれば少しばかり大きく、ゆとりを持って座ることができた。だが。
(確かに、窮屈だなあ・・・・・・)
城を抜け出し、街に出ることはある。
けれど、王である以上、この玉座から離れることはできない。
本当ならば、自身が先頭に立ち、地底だろうがエブラーナだろうが向かいたかった。玉座に座ったまま命令を出し、見送って、報告を待ち、そして誰かを失ったと聞くのは耐え難いほどの苦痛だと感じる。
(オーディン様も、同じ気分だったんだろうか・・・)
オーディン王は、即位する寸前まで、国を飛び出して各地を回っていたと聞く。
だとすれば、玉座に座って、国に留まっているのは退屈な話だっただろう。もう一度だけ溜息を吐いて、セシルは玉座を立ち上がった。
「ベイガン」
「なんでしょうか?」
「少し、外の空気を吸ってくる。しばらくの間、頼んだ」
「了解致しました。行ってらっしゃいませ」そう言って、ベイガンは敬礼する。
そんな近衛兵長に、セシルは首を傾げ、「・・・珍しい反応だな。いつもだったら、何処へ行くにも “お供します” とついてくるのに」
「陛下は今、一人になりたい気分だと思いました。・・・・・・近衛兵として間違った判断でしょうが」
「いや、有り難いよ」セシルは苦笑してベイガンに礼を言うと、謁見の間を後にした―――