第20章「王様のお仕事」
B.「 “何も、変わらない” 」
main character:ローザ=ファレル
location:バロン城・飛空艇ドッグ

 

 

 アガルトの山。
 つい、この間に開かれたばかりの火口は、再度の噴火によって、岩や、冷えたマグマで塞がってしまっている。
 その山の麓にあるアガルトの村に朝日が照らし出す早朝に、一隻の飛空艇が飛び立った。

 ―――誰もが、無言だった。

 地底から脱出し、アガルトの村で一夜を過ごしたその翌朝。
 飛空艇エンタープライズは、一路バロンの城を目指していた。

 舵は、ロックの代わりにロイドが握っている。
  “赤い翼” であるし、ロイドの方が飛空艇を操るのに慣れている。もっとも、バロンへ戻るだけなら、少しくらいの腕の差は変わらないのだが。

「・・・・・・」

 ロックには「俺に任せて休んでおけよ」と言われたが、ロイドはそんな気分にはなれなかった。
 むしろ、何かしていた方が気が紛れる。
 何かで気を紛らせたくなるくらい、ロイドは意気消沈していた。

(俺が・・・もっとしっかりしていれば・・・)

 ヤン、そしてギルガメッシュ。
 その2人を失った事実が、ロイドの心に重くのしかかっている。 

 ロイドだけではない。
 他の面々も、随分とショックを受けている。まだ付き合いの浅いキスティスも、ヤンが次元の彼方へ消えてしまったことは、責任を感じている様子だった。
 ただ1人、サイファーだけは「ケッ、景気悪いツラァしやがって」などと悪態やら皮肉やら言っていたが、誰も乗ってこないので、諦めて黙りこくっている。

(・・・くそ・・・!)

 口に出さずに、ロイドは心の中で悪態をつく。
 こんな気分になるのは、仲間を2人失っただけが原因ではなかった。バブイルの塔へ攻め込み、ロイドは目的を何一つ果たしていない。

(ゴルベーザを倒すどころか・・・その目的を探ることもできなかった・・・!)

 ロイドがドワーフの協力を得て、独断で塔に攻め入ったのはそれが目的だ。
 結果として、敵の強力な砲台を潰し、おそらくはバロンから奪われた “赤い翼” も潰すことができただろう。
 敵の戦力を削ることはできた。だが、それで喜ぶ気にはなれない。

 第一、赤い翼の人員はロイドの元配下でもある。
 ロイドにして見れば、失ったのは仲間2人どころの話ではない。
 おそらくは、洗脳―――或いはベイガンを始めとする近衛兵団のように、魔物に改造されていたのかも知れないが、それでもロイドの仲間だったことには代わりはない。可能ならば助けてやりたかった。

(セシル王ならば・・・俺よりも上手くやれたんだろうか・・・)

 他に方法はなかったようにも思える。
 反面、セシルならばロイドでは思いつかないような、もっと上手い手で切り抜けたかもしれないとも思う。

「・・・・・・はぁ」

 重苦しい心境を吐き出すように、ロイドは溜息を吐いた―――

 

 

******

 

 

 船室の中では、クラウドが簡易ベッドに横たわっていた。
 あちこち包帯だらけで、特に両腕は包帯をぐるぐる巻きにしてある。

 セカンドブレイク―――限界の先の限界をさらに超えた力。
 そのせいで、クラウドの身体のあちこち傷ついて、特に両腕は “砕けて” しまっている。
 いかなソルジャーでもこうなればどうしようもない。一応、セリスが回復魔法をかけはしたが、セリスの力では完全に回復させることは無理だという。

「他人の怪我を魔法で治癒するというのは、とてもデリケートな話だ。無理に魔法を使えば、直ったとしても “歪んで” しまう可能性がある」

 セリスの説明は、よく解らなかったが、ともあれ彼女魔法では治せないということだけは解った。
 バロンには回復魔法に長けた白魔道士が居る。ならば、下手に弄らない方が良いだろうというのが結論だった。

「・・・なんで再会するたびに、お主は死にかけておるのじゃ」

 自分では身動き一つできないクラウドを見下ろし、フライヤは呆れたように呟く。
 バロンでダンカンと死闘を繰り広げた後のクラウドの姿を思い出しつつ、

「セフィロスを倒したそうじゃな」
「・・・偽物だったがな」

 ぶっきらぼうにクラウドは答える。

「それに、あれは―――」

 言いかけて、クラウドは口をつぐむ。
 偽物とはいえ、セフィロスを倒したのは、確かにクラウドだった。だが・・・

(本当に “俺” が倒したのか・・・?)

 実感がわかない。
 セフィロスを倒した時の記憶はある。最後に剣を振り下ろした時の感触も覚えている。だというのに、その全てが夢の中の出来事だったかのように、現実感がなかった。

「これからどうする?」

 偽物とはいえ、地底にセフィロスはいた。
 ならば、このフォールスにはセフィロスに関わるなにかがあるのかもしれない。
 フライヤの問いに、クラウドはそんなことを考えて。

「・・・何も変わらない」

 答えはシンプルだった。

「俺はセフィロスを追いかける。追いかけて、ヤツを倒す。何も変わりはしない」
「そうか。・・・そうじゃな」

 何も変わらない。
 フライヤは胸中で繰り返す。
 目的がある。何を捨ててでも果たしたい目的が。
 ならば、その目的を果たすまで、何も変わるはずがない。何も。

 

 

******

 

 

 ―――アガルトの村を飛び立った飛空艇は海上を飛行し、バロンへと真っ直ぐ進む。
 時折、空を飛ぶ魔物と遭遇するが、砲撃や飛竜アベルの威嚇などで、何事も無くやり過ごした。

 やがて、太陽が天頂を過ぎた頃。
 エンタープライズの行く手に、バロンの街並みと、威風漂う城の姿が見えた―――

 

 

******

 

 

「皆様、ご無事で何よりです!」

 エンタープライズが城にたどりつき。飛空艇から降りた面々を迎えたのはベイガンだった。
 その表情はにこやかな笑顔―――ではあったが、どういうワケか普段整っている髪は乱れ、額には輝く汗。必死で取り憑くって入るが、僅かに息も切らせていた。

「・・・なにかあったのか?」

 カインが尋ねると、ベイガンは笑顔を張り付かせたまま答える。

「いえいつものことですが―――」

 と、言いかけて、彼は一行の後ろに居るリディアと、キスティス、サイファーの姿に気がつく。

「そちらの3人は?」
「地底で出逢った、バッツの妹とSeeDの2人だ」

 正確には、サイファーはSeeDではないのだが。

「SeeD・・・ああ、エイトスの・・・・・・」

 見知らぬ者の存在に、ベイガンはコホンと咳払いをして。

「いえ特に大したことがあったわけでは」
「嘘を吐くなベイガン。お前は嘘を吐くと、鼻の頭が紫色になるからすぐに解る」
「えっ!?」

 慌てて鼻の頭を抑えるベイガン。
 それを見て、カインはおかしそうに笑う。

「ウソに決まってるだろう」
「か、カイン殿!」
「まあ、どうせ、セシルが逃げ出したとかそう言う話だろう」
「カイン殿!」

 図星だった。
 ベイガンはがっくりと肩を落とす。

「本当にもう、あの陛下は毎度毎度―――城内に居るはずなのですが、城中の兵達を総動員しても見つからない始末で・・・」
「それは大変だなあ」
「困ったものよね」
「はい、本当に―――って」

 ベイガンは、背後から聞こえてきた声に慌てて振り返る。
 そこには、心の底からにこやかに笑う、セシルとローザの2人が佇んでいた。

「陛下! 一体、今までどこに居られたのです!」
「何処って、城の中だよ」
「セシルと2人で城内デートしてたのよ」

 ねー、と頷き合うバカップル2人。
 そんな2人に、ベイガンは心底不機嫌そうな様子で、

「陛下、客人の手前で御座いますぞ。そう言った軽薄な態度は控えてくださりませんと・・・!」

 小言を言い始めるベイガンを無視して、セシルはカイン達の方を向く。

「やあ、お帰り―――無事に帰ってくれて良かった、とは言えないみたいだけど、ね」

 そのセシルの言葉に、カイン達の表情が硬くなる。
 僅かに、セシルの視線が鋭くなった。

「クラウドとヤンにフライヤ、それからギルガメッシュの姿が見えないようだけど?」
「え・・・?」

 セシルの言葉に、ベイガンはようやく誰かがいないということに気がついたようだった。
 問いかけに、誰もが逡巡した後、ロイドが口を開く。

「・・・クラウドさんは重傷を負って、飛空艇の中で寝かせてあります。後で誰か人をやって運ばないと。フライヤさんは、そんなクラウドさんの付き添いです」

 ちなみに、リディアの連れであるブリットと、フード姿も飛空艇の中で、ボムボムとトリスは飛空艇が城に着く前に飛び立ってバロンの近くを飛び回っているはずだ。
 魔物である彼らを城の中に連れて歩けば、パニックになると判断したためである。
 

「それから、ヤンさんとギルガメッシュさんは―――」

 最後、ロイドは言葉を濁した。
 他の面々も―――カインでさえも、暗い表情で視線を落とす。

 そんな皆の様子で事情を察したのか、セシルは「そうか」とだけ短く呟いて。

「疲れたろうからゆっくり休んで―――と、言いたいところだけど、休む前に話を聞きたいな。・・・その前に」

 と、セシルは一行に歩み寄ると、その中の一人。リディアの前に立つ。

「な、なに・・・?」

 自分の前に立つ、以前と変わらない、けれど自分の知る彼とは微妙に違う “セシル” にリディアは戸惑う。
 そんな彼女を、セシルは―――

「・・・リディア」
「えっ・・・えええっ!?」

 ―――唐突に抱きしめた。

 いきなり公衆の面前で抱きしめられるとは思ってなかったリディアは、目を白黒させて混乱する。

「ちょ、ちょっとセシル!?」
「―――良かった」
「・・・、セシル?」

 心底、安堵したようなセシルの声に、リディアは少しだけ落ち着いた。
 しばしの抱擁のあと、ようやくセシルはリディアを解放する。

「あ・・・」
「良かった。生きていてくれて、本当に・・・良かった」
「ば・・・ばかじゃないの?」

 ぷいっ、とリディアはそっぽをむく。

「わ、私が死ぬわけ無いじゃない」

 などと言ったリディアの顔は真っ赤だった。
 そんなリディアを、今度はローザが抱きしめる。

「きゃあ!?」
「んー、リディアったらこんなに大きくなっちゃって!」
「ちょ、ちょっとローザまで!? 恥ずかしいじゃない!」
「私は恥ずかしくないから大丈夫よ!」
「うっわー、全然変わってないぃぃぃぃぃっ!」

 悲鳴のようなものをあげるリディアを抱きしめるローザを見て、ロイドが困惑しながらセシルに尋ねる。

「あのー、陛下?」
「なにかな?」
「俺は良く知らないんですが、陛下やローザさんの知っているリディアさんって、まだ子供だった筈なんですよね?」
「そうだね」
「あの・・・なんであれがリディアさんだって解ったんですか?」

 ロイドの問いに、セシルはなんでもないことのように言った。

「成長期の子供って、すぐに大きくなるよねー」
「だよなー」

 どこぞの旅人と同じようなことを言い、その旅人も当たり前のことのように頷いた。

「はあ、そうですか」

 多分、ローザに同じ事を問いかけても、同じ答えが返ってくるだろう。
 ロイドはそれ以上問いかける気力もなくなって口を閉じた。
 と、ぎゅーっとリディアを抱きしめていたローザがセシルの方を振り向く。

「ねえ、セシル! リディアをウチに持ち帰って良いかしら? 久しぶりなんだから色々とお話ししたいわ!」
「別にいいよ」
「良いよって、私の意志は―――」

 腕の中で抗議するリディアに、ローザは抱擁を解いてリディアを見つめる。

「私とお話しするの、イヤ?」
「えっ!? いやその・・・イヤってワケじゃ―――」
「じゃあ決まり! セリスも一緒にどうかしら? OK? よしけってーい!」
「・・・私、なにも答えてないんだけど」

 一人で盛り上がるローザにセリスは苦笑。
 短い付き合いだが、ローザ=ファレルというのがどういうモノかよく解っている笑みだった。

 と、ローザはキスティスの姿に気がついて。

「そこの素敵なお姉様。見慣れない方だけど、貴女は?」
「キスティス=トゥリーブ。エイトスから来たSeeDの一人よ。・・・一応、貴女よりも年下なのだけどね、ローザさん?」

 どうやらローザの事はエイトスでも有名らしい。それとも、バラムガーデンの諜報力の賜物か。
 ちなみに、ローザ19歳に対して、キスティスは18歳である。

「ええっ!? 全然そうは見えないわ!」

 ハッキリと言うローザに、少し場が緊迫する。
 微妙な雰囲気の中、セリスだけは(まあ、解らないでもないわ)と、キスティスは初顔合わせの時に似た感想を抱いたことを思い出す。

「だって、とても落ち着いていた雰囲気だもの。それにとっても美人だし。 “ご機嫌麗しいですわ、お姉様” とか思わず言っちゃいそうよ!」
「ええと、流石に年下から “お姉様” とか言われるのはちょっと・・・」
「それなら “先生” はどうかしら」
「・・・私、自分が教師だって話したかしら?」
「聞いていないわ。私が勝手に思っただけ―――ああ、でも本当に教師なの? 私の学生時代の恩師が貴女と同じ雰囲気の、とっても素敵な大人の女性だったのよ!」
「あら、そうなの」

 やはり同じ職業の人間は、どこか似るのだろうかと、しみじみキスティスは思い、

「ちなみに今年で御歳56歳!」
「・・・ぶっていいかしら」
「そう言えばフライヤも居るのよね? 私、彼女とあまり話したことがないのよ。良い機会だし、誘ってくるわ!」
「ていうか、いい加減に放しなさいよーーーーー!」

 リディアは抱えたまま、ローザはエンタープライズの方へと駆けていく。
 あまりの破天荒さに、キスティスは呆然とそれを見送る―――と、彼女の肩を、セリスがポン、と叩き。

「諦めなさい。ああなったアイツを止められるのは誰もいないから」

 そう言い捨てて、セリスもローザの後を歩いて追いかける。
 キスティスはしばらく佇んでから、セシルの方を振り返ると、彼は苦笑して応えた。

「良いよ、君から話を聞くことが必要だと思ったら、こっちから出向くから」
「あの、そう言う意味ではなく、素性のよく知れないものを放置しておいてもよろしいのですか?」

 自分で何言ってるんだろうかと思いつつ、キスティスは問う。

「よろしいんじゃないかな」
「よろしくありませんぞ!」

 セシルが応えると、ベイガンが即座に否定する。

「陛下! 事情もよく解らないというのに・・・!」
「良いじゃないか。ローザはアレで勘が鋭いし、危険な人物ならセリスだってあんな反応はしないだろう?」
「そういう問題ではありませぬ!」
「はいはい。それじゃとりあえず謁見の間で話を聞こうか。一応、王様らしく」

 などと言いつつ、セシルは飛空艇ドッグから出ようとする。

「ケッ、なら俺も勝手にさせて貰う―――ぐえっ!?」
「貴様は来るんだ」

 あらぬ方向へ行こうとしたサイファーを、カインが引き摺って、その他の面々もセシルの後に続いた。

 後には一人、キスティスが残され―――

「のがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 突然、エンタープライズの方から悲鳴が上がった。

「な、なにっ!?」

 キスティスが振り返ると、丁度、エンタープライズの甲板からローザが姿を現わすところだった。

 ―――バロンの飛空艇ドッグは、 “水のない港” の様な造りになっている。
 飛空艇の発着場は、床よりも低く掘り下げられており、甲板の高さが、丁度、港で言う桟橋に当たる部分と同じになっており、わざわざ梯子などを使わずとも、乗り降りできるのだ。
 但し、エンタープライズは従来の飛空艇よりも一回り小さい。
 そのためか、 “赤い翼” ように作られた、このドッグでは若干規格が合わず、ローザは甲板からよじ登って、エンタープライズからドッグに戻ってくると、全速力で逃げるように走ってきた。その後に、リディアが続く。

「・・・ど、どうしたの?」

 息せき切って走ってきたローザにキスティスが尋ねると、彼女は息を切らせながら困ったように微笑む。

「いやね、そのね、私はよかれと思ってやったのよ?」

 言い訳じみたことを言い連ねるローザ。
 少し遅れてやってきたリディアが、憮然とした顔で説明する。

「・・・ローザがチョコボ頭に回復魔法をかけたら、断末魔の悲鳴をあげて泡吹いて気絶したのよ」
「はあ?」

 リディアの言葉が解らず、きょとんとするキスティスに、ローザは必死で否定するように首を横に振る。

「違うの! わざとじゃないの!」
「あんなんわざとだったら怖いわ! 私の知る限りのどんな黒魔法でも、あそこまで酷い事にはならないっての!」
「そっ、そんなに褒めないで! 私、人前で褒められるの苦手なの・・・」
「ほめてねええええええええええええっ!」

 などというやりとりを眺め、キスティスが呆気にとられていると、不意にその手をローザに掴まれた。

「ともかく行きましょうか! あ、クラウドの事なら大丈夫よ? セリスが応急手当で回復魔法かけてるから、死ぬことはないと思うわ。多分」

  “多分” という単語に不吉なものを感じたが、深くは突っ込まないことにしておく。

「セリスとフライヤはクラウドの容態が落ち着いたら来るそうだから、先に行きましょう。ウチまで案内するわね “先生” !」
「え、ええ・・・・・・」

 ローザに手を引かれるままに歩き出す。
 そんな自分に、キスティスは思わず自問する。

(私、流されてる・・・?)

 分かり切った疑問を胸中で呟き、ローザに連れられてキスティスは飛空艇ドッグを後にした―――

 


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