第20章「王様のお仕事」
A.「FFIF学園編?」
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character:キスティス=トゥリープブ
location:いんたーみっしょん
「はい、じゃあ授業を始めます」
教壇に立ったキスティス先生は、3年2組の生徒達を見回して宣言した。
「今日は、 “バロンにおける―――」
「あの、せんせー」と、手を挙げたのはポニーテールの少女―――
「美少女!」
・・・ポニーテールの美少女、ティナだった。
彼女は席を立つと、キスティス先生に尋ねる。「これ、FFIFの “いんたーみっしょん” ですよね。いつもだったら使い魔が進行して、私がアシスタントをやるってパターンじゃ・・・」
「今回は、学園編の授業形式で行います。使い魔の思いつきで」
「・・・いつものパターンね」はあ、と悩ましげな吐息をついたのは、ティナの前に座る金髪の美女―――セリスだった。
「・・・って、なんでセリスの場合、普通に “美女” になるのかしら」
色々と釈然としない様子で呟きながら、ティナは着席する。
「さて、今日の授業は “バロンにおける貴族と騎士の関係” ―――ということで・・・」
キスティスは後ろの黒板から、チョークを一本手に取ると、間髪入れずにそれをティナの隣りで机に突っ伏して寝ている生徒に投げつけた。
「―――うおっ!?」
チョークが当たる寸前、寝ていたバッツは素早く起きると、飛んできたチョークを受け止める。
手にしたチョークを眺め、「なんだこりゃ?」と首を傾げたところで、「・・・いつもながら、大した危機回避能力ね。まあ、それで起きてくれるから、便利と言えば便利だけど」
「あ、あれ? キスティスじゃん。そんなところで何してんだ?」
「キスティス “先生” 。ココは学校で、貴方は生徒。だったらやることは一つでしょう?」
「え、キャッチボール?」
「なんでそうなるのかしら・・・」はあ、と嘆息して。
「あのね、今は授業中なの。昼寝もキャッチボールも、休み時間にやってくれるかしら」
「あー、はいスミマセン」頭をぼりぼりと掻きつつバッツは謝るが、そう聞いてもそこに誠意はなかった。
怒られたから反射的に謝っただけ、という態度にキスティス先生は頭を抱える。(・・・ウチのクラスの問題児とどっちが厄介かしらねー)
自分が受け持つ、隣の3組の風紀委員の顔を思い浮かべつつ、自問自答。
答えは即座に出た。どっちも厄介。「はい、じゃあ、今年高校5年生のバッツ君。本題に入る前に、 “バロンにおける貴族の定義” って解るかしら?」
「貴族っつーと、あれだよな。エライヤツ」
「そうね」
「おう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・それで終わり?」
「他に何かあるのか?」
「・・・はあ」こりゃあ今年も留年かなあ、とか諦めたくなる気分になりつつ。
「貴族というのはその名の通り、 “貴き一族” のこと。国に尽くした功績を認められ、その報奨として、王に領地と一緒に家名を与えられ、子々孫々と与えられた領地を治める義務を持つ人々のことを言うの。そのことから “領主” と呼ばれた時代もあったわね」
キスティス先生の説明に、バッツは首を傾げる。
「へ? 家名なら俺だってあるぜ。クラウザー」
「貴方はバロンどころかフォールスの出身じゃないでしょう? 今のはあくまでも、バロンの貴族の定義。同じフォールスでも、ダムシアンやトロイアでは、また少し違ってくるの。で、その定義からも解るとおり、バロンの人間にとって “家名” ―――つまり “一族を名乗る” というのは特別なことであり、基本的に貴族以外は家名を持たないのよ」そこまで説明すると「はい」と手を挙げた生徒が居る。ティナだ。
「でも、貴族じゃなくても家名持っている人は居るじゃないですか。確かシド先生もバロンの出身者だったけど、ポレンディーナって名前でしたよね?」
「言って置くけれど、シド先生は一応貴族よ?」
「・・・え?」キスティスの言葉に、クラスの半数以上が固まった。
それほど意外だったのだろうか。
生徒達の反応を、キスティスはクスクスと声を殺して笑ってから、「まあ、今は領地を持ってないらしいけれどね」
「あれ? でも貴族って、領地持っているから貴族って言うんじゃ・・・」
「それはまたあとで説明するわ。―――ところでティナ? 他に疑問はないかしら?」先生に問われ、ティナは少し考えて。
「あ。そう言えば、騎士だって家名を持ってますよね。ハイウィンド、とかハーヴィとか」
「そう。騎士も家名を持っているわ―――さて、そこで今度は “バロンにおける騎士の定義” を、誰か解る人居るかしら?」
「戦うヤツー!」即答したのはバッツだった。
キスティスはうんうん、と優しく頷いてから。「あのね、バッツ。そういう風に応えるのは小学生までよ? 妹と同じクラスに編入する?」
「いや・・・流石にこの歳で小学生と机並べるのは恥ずかしくってやだなー」
******
「・・・・・・」
「あら、どうなされたんですか、リディアさん」小等部1年3組の教室。
ちびっ子達の中で、一人だけ高校生用の席に座っているリディア(20)が不機嫌そうな顔をしているのを見て、ポロムが首を傾げる。「なにか・・・今とても不愉快なこと言われた気がする」
「不愉快・・・」なにかにハッと気がついて、ポロムはルカと話していたパロムの方へ近づく。
「だからさあ、今度二人きりでどっか遊びにいこーぜ。五月蠅い奴らは放っておいて」
「えー、でもこども2人だけなんて危ないと思う・・・」
「大丈夫だって、オイラはもう大人―――」
「こらっ! パロム!」
「どわっ!? な、なんだよポロム!?」突然、後ろから怒鳴られて、パロムは驚いて振り返る。
「パロム、リディアさんに何か失礼なこと言ったでしょう! リディアさん、不愉快だって言ってるわよ」
「ちょっと待て! オイラはなにも言っちゃいねーっての!」
「このクラスで不愉快になる原因と言ったら、パロム以外には居ないじゃない!」
「なんだその理不尽ーーーーーーー!」などと喚き会う双子を見て、
「・・・ふゆかい、とか、りふじん、とかムズカシイ言葉を言えてすごいなー」
などと、ルカが感心していたり。
******
「はあ・・・他に誰かいないかしら」
「はい」と、手を挙げたのはセリスだ。それを見て、キスティスはセリスを指して、
「はい、じゃあ学級委員長答えてくれる?」
「・・・いつから私が学級委員長になったんだろう」今からです。
ともあれ、セリスは立ち上がると口を開いた。「大本の定義は、貴族達が治める領地を護るために、貴族が任命した者達です」
「その通り。貴族達は王から名を貰ったけれど、騎士は貴族達から名を貰う―――王から直に名を戴く場合もあるのだけれど」キスティスは、セリスに「座って良いわよ」と手で示す。
「 “王は国を護り、貴族は領地を守り、騎士は民を守る” ―――とある歴史小説家の言葉よ」
・・・それ、私の事ですか?
「他に誰が居ると?(笑)・・・こほん。つまり、王は国を護るために、貴族達に領地を治めさせ、貴族達は与えられた領地を守るために騎士を任命し、騎士は領地を構成する民達を守る―――そういう意味よ」
「あれ? でもそうすると、騎士って貴族のモノで、王のモノじゃないのか?」バッツが疑問を呟く。
それを聞いて、キスティスは「あら」と少し驚く。「珍しい。バッツにしては鋭い指摘じゃない」
「お、褒められたか、俺」
「・・・でも、本当ならもう二度も習ってる場所のはずなんだけどね?」キスティスの言葉に、クラス中に笑いが巻き起こる。
「そうね、バッツの言う通りよ。王直属の騎士―――近衛騎士団のことね―――も居たには居たけれど、殆どの騎士達は貴族達の配下であったの。勿論、有事の際には貴族達は自ら騎士達を率いて、国のために戦ったのよ。以前はね」
キスティスはチョークを手にすると、黒板にコツ、とチョークを立てる。
そしてそのまま “エブラーナ戦争” と黒板上側に書いて。「そう言った騎士と貴族の関係が変わってしまったのが、バロンとエブラーナの戦争」
説明しながら、キスティスは黒板に “バロン” と白いチョークで書き、そこから少し離して “エブラーナ” と赤いチョークで書く。
「戦争末期、“虐殺王” と呼ばれた当時のエブラーナ国王の指揮により、バロンは劣勢に立たされるの。迫り来るエブラーナ忍軍の勢いに、領地を守るべき貴族達の殆どは畏れをなして、バロンの城まで逃げてしまった―――当然、自分たちの身を守るために騎士達を引き連れてね」
キスティスは赤いチョークで、 “エブラーナ” から “バロン” のすぐ手前まで線を引いて、その先に矢印をつける。
「そして、エブラーナがバロンが持っていた領土の実に七割を占領した頃、一人の騎士が立ち上がったの―――その名はアーサー=ランドール。後に、オーディン王から陸兵団を任される事になる “聖剣の騎士” アーサー=エクスカリバーの事ね」
“バロン” のすぐ下に “アーサー=ランドール” と書き、そのさらにしたに括弧書きで “アーサー=エクスカリバー” と書く。
「エブラーナの攻撃で兄が死に、家督を継いだばかりだったけれど、アーサーは自分の身を守ることしか考えない貴族達を見限って他の騎士に呼びかけたの。 “我々は己の義務を忘れた愚か者を安心させるために在るのではない! 民を、領土を、ひいてはこの国を守るために存在するのだ!” と」
キスティスは、 “エブラーナ” から伸びる線に対抗させるように、 “バロン” から白い矢印線を引く。
「アーサーの言葉に他の騎士達も呼応して、貴族達の命令を無視し、騎士達は反撃に出たの。もう反撃する気力もないだろうと油断していたエブラーナ軍は虚を突かれたものの、一気に突き崩すまでには行かず、けれど騎士達も負けじと一歩も引こうとはしなかった。この騎士達の踏ん張りがなければ、バロンはエブラーナにあっさりと落とされていたはずよ? ―――でも、それでもエブラーナの勢いには勝てず、じわじわと攻め込まれていく。その危機を救ったのが―――」
今度は “バロン” の上に “オーディン” と “リチャード=ハイウィンド” と書く。
「 “騎士王” オーディンと “天竜騎士” リチャード=ハイウィンドの2人。 “騎士王” オーディンは説明する必要ないわよね? 当時のバロン王の腹違いの弟で、後に “騎士達の王” と呼ばれた王。家名は何故か一度も名乗ることなく、王家の名を継ぐこともなかった “家無し” の王というのは、あまり知られていないようだけど」
言いつつ、 “オーディン” から赤い矢印に向かって線を引く。
「オーディンは、若い頃に他の兄弟と対立して城を出たんだけど、故国のピンチを聞きつけて舞い戻ってきたというわけ。そして自身が先頭となってエブラーナ兵を蹴散らし、崩壊しかけていた戦線をあっというまに立て直した。そして―――」
カッ、と “リチャード=ハイウィンド” にチョークを突き立て。
「こちらはあまり有名でないかも知れないわね。 “英雄” アーク=ハイウィンドの父親にして、 “最強の竜騎士” カイン=ハイウィンドの祖父なんだけど、 “ハイウィンド” の名前が認められる前に死んじゃった人だし、知名度は息子と孫に比べて低いわね」
チョークを持っていない方の肩を小さく竦め、“リチャード=ハイウィンド” から対立する白と赤の線を迂回するように弧を描き、 “エブラーナ” に矢印の線を引いた。
「この人が何をしたかというと、竜騎士の部隊を率いて、一気に空からエブラーナ本国へと攻め込んだのよ。この無謀とも言える強襲は、なんと成功してしまい、 “虐殺王” エドワード=ジェラルダイン―――まあ、この国の王は代々 “エドワード=ジェラルダイン” を襲名するんだけど―――の首を取ることに成功した」
キスティスはそこで言葉を切って、口をつぐむと、一拍おいてからまた口を開く。
「・・・は、いいんだけれど、その代わりにリチャードは “虐殺王” と相打ちに。他の竜騎士達も忍者に倒され、生き残ったのが、リチャードの一人息子であるアーク=ハイウィンドただ一人。まだ少年とも言える年齢の彼が、なんとか生きて戻ったお陰で、 “虐殺王” が倒れたことをオーディン達が知り、騎士達は勢いを盛り返し、バロンの領土からエブラーナを追い出せた。そのためにアーク=ハイウィンドは “英雄” と呼ばれたのだけど、本人はあまり気分良いものではなかった見たいよ?」
そのキスティスの言葉に、バッツがぼそりと渋い顔で言う。
「本人にして見りゃ、親や仲間達が死んだ中、自分一人だけが逃げ延びたってことだもんな」
「バッツの言う通りね。・・・まあ、ともかく」キスティスは、黒板消しで “エブラーナ” と “バロン” の間の線を消す。
「こうしてバロンとエブラーナの戦争は終わったんだけど、戦争終結後、貴族を完全に見限った騎士達は、貴族達の元へ戻らなかった。戦時中にいつの間にか姿を消していた、兄王に成り代わって玉座に着いたオーディン王の元に集い、王はそれらの騎士を陸兵団、海兵団、近衛兵団―――そして竜騎士団の4つに分けて、騎士団を結成した。これが後の “バロン八大軍団” となるわけだけど、そのために貴族と騎士の中が険悪になってしまったの」
「あれ? でも、ローザ先生の家って、騎士達と仲が良いって聞いたけど?」ティナの疑問に、キスティスは「そうね」と頷いて。
「全ての貴族が対立したワケじゃないわ。例えば、少し話は変わるけれど、貴族達の中には戦争で領地を失った貴族もいるの」
「そう言えば、さっき言ってたよな。シドの家がそうだって・・・」
「でもそれはおかしくない? エブラーナに奪われた領土は、取り返したんじゃないの?」ティナとバッツの会話に、セリスが口を挟む。
「戦争終結のゴタゴタで、他の貴族の領地をかすめ取った貴族がいるのよ。戦争のせいで、領地の境界なんて滅茶苦茶になってしまったものだから、他より先んじて、自分の領地を多めに線を引き直したりしてね」
「他にも、 “あいつは真っ先に逃げ出した。領地を治める資格はない” などと言って強引に奪ったりね。エブラーナと懸命に戦った貴族は殆ど死んでしまったし、生き残った貴族達は皆、同じ穴の狢のはずなのにね」セリスにキスティスは付け足すと、さらに続けた。
「そういうふうに領地を失った貴族は、どちらかというと騎士よりの位置に立っているの。シド先生なんか、騎士――― “赤い翼” のために飛空艇を作っていたりするしね」
「あ、もしかしてローザ先生の家もそうなの? 確か父親は城勤めだって聞いたけれど」ティナが尋ねると、キスティスは苦笑する。
「・・・あそこの家は、また少し事情が違うのだけれどね。まあ、領地がないのは一緒だけれど。と、いうところで―――」
と、キスティスが言ったところで終業のチャイムが鳴った。
「―――はい、今日はこれまで。次はエブラーナ戦争後の、騎士と貴族の対立について教えるから、ちゃんと予習しておいてね。・・・特にバッツ!」
「ふぇーい」バッツの気のない返事。
絶対にしないなコイツ―――と、思いながら、「やれやれ」と、キスティスは教室を立ち去った―――