熱気が肌を打ち、舵輪を握る手に汗が滲む。
 視界に映るのは赤の色。熱で灼けた石、地底に流れるマグマが吹き上げた時の痕跡だ。
 ロックは額の汗を拭いながら、慎重にエンタープライズを制御して下降する。

「全く、火山の中に侵入するなんざ、正気の沙汰じゃないのう!」

 甲板の舳先でそう言ったのは、この飛空艇エンタープライズを作り上げた技師、シド=ポレンディーナだ。
 彼も熱気で噴き出す汗を拭いつつ、ぶつぶつと文句を言い続ける。

「ワシの可愛いエンタープライズは、こーんなところを飛ぶために作られたワケじゃないんだがのう!」
「だー、そう言うなよ親方。仕方ねえだろが!」

 舵輪を操作しつつロックが叫ぶ。
 エンタープライズをバロンへ持ち帰り、その状態を見せてからと言うもの、シドはずっと文句を言い続けている。
 地底に居る時には気づかなかったが、明るい太陽の下で見るエンタープライズは、地底の熱でフレームがあちこち歪んでいた。
 お陰で、ハンマーを持ったシドにロックは追いかけ回されるハメになった。

「つーか、親方がそういう風にワガママ言うから出発が遅れたんだろうが!」

 問題の制御部は、すぐに直ったが、地底の熱であちこち痛んだエンタープライズを完璧に修理するとシドは言いだした。
 制御部さえ手直せばどうにか普通に飛行できる。だというのに、直す直すと言って聞かないので、それを説得するのに骨が折れた。最終的には。

「すまないが、ロイド達が心配だ。すぐに地底へ戻って欲しい」

 という、セシル国王の鶴の一声で、シドは渋々承知した。
 ただし、自分もついていくという条件付きで。
 それはロックにとって渡りに船だった。またどんなトラブルがあるか解らない。シドがついていてくれれば、もしもの時もなんとかしてくれるだろう。

「・・・にしても、冷却装置。あれ、手抜きじゃね?」

 ロックが言うと、シドはフン、と機嫌悪そうに鼻で息を漏らし。

「ちゃんとやってる余裕なんぞ無かったじゃろうが! お前もセシルも早くしろと急かしおってからに!」

 問題の、制御機関の熱対策は、とても簡単なものだった。
 地底に来る前にミシディアに寄り、 “氷のロッド” と呼ばれる、その名の通り氷の魔力を秘めたロッドを十本ほど購入し、制御機関の周囲に立てかけただけだ。
 ちなみに、ロックと一緒にバロンに戻ったフライヤは、その “冷却装置” を見て貰っている。

  “手抜き” とロックは言ったが、魔法に疎いバロンの他の者では絶対に思いつかない方法だ。
 意外かも知れないが、シド=ポレンディーナは、バロンの人間の中では、かなり魔法知識が高い。流石にミシディアから流れてきた白魔道士団長クノッサスには敵わないが、他の白魔道士団員や黒魔道士団よりも良く知っている。時折、黒魔道士団の者たちが教えを乞いに来るくらいだ。

 これは、飛空艇にも魔法技術が使われているためである。具体的に言うと、主に飛空艇の動力源である “浮遊石” を制御する機関に使われている。
 そのため、シド自身は魔法を使えないが、その技術を学ぶ必要があったというわけだ。

 ―――余談だが、シドが扱っている魔法技術は、シクズスのガストラ帝国で使われている “魔導” とは根本に微妙な差異がある。
 魔法技術は魔法――― “物理法則とは異なる法則” を技術に応用しているのに対し、魔導は魔力――― “物理的には有り得ないエネルギー” を機械の動力としている。魔力をエネルギー源にすることによって、 “魔導アーマー” など、普通の動力ではまともに動かない巨大な機械を動かせている。
 ただ、だからといって魔導が魔法的な技術を使っていないというわけではない。そもそも魔導は、魔法技術を発展させて生み出されたものであり、さらには魔力をエネルギーに変換する技術を開発する際、その応用として特殊な技術も開発されている。セリスの使う “魔封剣” もその一例である。

「もっと時間があれば、飛空艇全体に耐熱処理を施してたわー!」
「はいはい! 悪かったっての―――っと、着くぜ?」

 火口を抜けて、エンタープライズは地底へと再び舞い戻る。
 地底の光景を見て、シドの顔から不機嫌が消える。

「ほっほーう! ここが地底か! なんとも言えん情景じゃのう!」

 地上ではまずお目にかかれない情景。
 火口と同じく、映るのは赤の色。
 それは地底に流れるマグマの輝きなのか、陽の差さない地底だというのに、何処までも続く赤の大地を見渡すことができる。
 空はなく、地上が天井となって土岩が頭の上を覆っていた。

「ふうむ、地底には地底特有の技術があるという。そう言えばドワーフの作り上げた戦車もあるんじゃったな。興味深い・・・」
「はいはい、興味あるんだったら、頼めば見せてくれるんじゃねえか? とりあえずドワーフの城へ―――」
「・・・待て! ロック、アレを見ぃ!」

 その声に、ロックはシドが指さす方向を見た。
 シドが指し示したのは、地底から地上へと貫くバブイルの塔。
 その塔の周囲に浮かぶのは―――

「・・・ “赤い翼” !? 戦闘してるのか!?」
「こうしちゃおれんゾイ! ロック、急げ!」
「急げって・・・! このまま行くのか!? どんな状況かも解ってねーんだぞ!」
「そんなこといっとる場合か! ロイド達がピンチだったらどうするんじゃ!」
「下手に突っ込めば墜とされるだけだろが―――うん?」

 と、そのときロックは、ドワーフの城の方から、何かがバブイルの塔へ飛んでいくのが見えた。
 大型の鳥のように大きな翼を広げ、しかしそのシルエットは鳥のそれではなく―――

「あれは・・・・・・飛竜か?」

 ロックは一瞬だけ逡巡して。
 舵輪を傾け、塔へ向かって飛ぶ飛竜の後を追いかけた―――

 

 

******

 

 

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ・・・・・・
 なにか危険を知らせるような警報の音が鳴り響く。その音でキスティスは目を覚ました。
 熱い風が頬を撫でる。
 塔に入ってからは感じていなかった熱気を感じつつ、彼女はぼんやりと目を開く。

「なに・・・この音―――はうっ!?」

 起きようとして、腹部に激痛が走り、その場にうずくまる。
 だが、まだ朦朧としていた意識が、激痛ではっきりと覚醒する。

「私は・・・くっ・・・」

 痛みを堪えつつ、キスティスはゆっくりと身を起こした。
 痛みのためか、それとも先程から感じる熱気のためか、キスティスの髪は汗でべっとりと肌に張り付いている。
 汗を拭い、髪を払いながら、状況を把握しようとするキスティスの耳に、機械的な音声が鳴り響いた。

『異常事態発生、異常事態発生。塔内に時空の歪みを感知。安全のため、該当エリアを隔離する。繰り返す、塔内に―――』
「時空の・・・歪み・・・そう、確か―――砲台が誤射されて・・・部屋の中に次元の穴が開いて、ヤンが―――」

 そうだ、ヤンだ。
 次元の穴に引きずり込まれる寸前、ヤンがキスティスの身体を部屋の外に蹴り飛ばしたのだ。

「ヤン・・・? ヤンは!?」

 キスティスが周囲を見回す。
 腹部の激痛に堪えながら、背後を振り返ったところで絶句した。

「・・・え? ・・・外?」

 先程まで部屋があったはずのそこには何もなかった。
 部屋どころか壁もなく、赤く染まった地底の風景が見える。
 目線を上げれば、天井はあり、先程まで部屋があった場所―――さらにその先まで覆っていて、下を見れば下の階が見える。
 まるで、部屋のあった場所だけ綺麗にくりぬいたような―――

「さっきの・・・ “砲台” の威力」

 ブラックホールクラスター。
 ルゲイエが開発した砲台とやらは、人為的に次元の穴を創り出すもののようだった。
 それは、テラとスカルミリョーネがアストスを次元の狭間へと落とした時と同じもの。
 一つ違うのは、その規模だ。
 時空魔法は難度が高く、次元に穴を開けて時空間を移動する魔法――― “デジョン” はどんな高レベルの魔道士が頑張っても、人間一人分の穴を開けるので精一杯だ。そのため、自分に使う分には問題ないが、相手を次元の彼方へ飛ばす場合、少しでも目標が動けば外れてしまい、失敗する。

 だが、このブラックホールクラスターならば、そんなこと関係なく範囲内の全てを次元の彼方へと吹き飛ばすことができる。まさに最強の砲台と言えるだろう。
 その最強砲台を潰せたことはかなり幸運な事故だった。しかしそのために―――

「ヤン・・・私を庇って・・・」

 彼に蹴り飛ばされた腹部を庇いつつ、キスティスは部屋の無くなった地底の風景を見つめて悔やむ。
 と、そこに何者かの足音が響き渡り、彼女は緊張に身体を強ばらせ、足音の方を振り向いた。足音は複数。もしも敵ならば、今のキスティスにはどうすることもできない―――

「キスティスさーん! 無事ッスかー!?」
「ロイ・・・ド・・・?」

 足音の主は仲間達だった。
 その姿を認め、キスティスは安堵して、再び意識を失った―――

 

 

******

 

 

「・・・なんだかんだ言って、背負ってやるんだな」
「黙れ」

 カインとブリットは塔内を走っていた。
 セリスはカインの背に背負われている。

「このお嬢さんには借りがあるからな。少しでも負債を減らしているだけだ―――文句あるか?」
「いや。何も」
「文句あるなら貴様が背負え」
「何も、と言っているだろう。大体、俺の背では人間を背負えば引き摺ってしまう」

 ゴブリンであるブリットの背は低い。
 大体、人間の子供と同じくらい―――ドワーフたちと身長だ。もっとも、体格はドワーフたちの方が筋肉質でがっしりとしているが。

「フン、チビが」

 からかうようにカインが言い放つ。
 だが、ブリットにはそれがカインの照れ隠しのようにしか思えなかった。

「チビでもお前よりは足が速いがな」

 そう言って、ブリットは前に出る。
 それを見て、カインはチッ、と舌打ちして。

「脚力で俺に適うと―――」
「跳ぶなよ? セリスが起きるぞ」
「・・・くっ」

 背中で穏やかな寝息を立てるセリスに、カインは悔しそうに息を吐く。

「おのれ・・・この屈辱は忘れんぞ」
「・・・この程度で屈辱って、どれだけプライドが高いんだ?」

 はあ、と逆に呆れたようにブリットは吐息して、走る速度を落としてカインと足並みを揃える。

「そろそろ例の場所だな。キスティス達は上手くやってくれただろうか」
「知るか。失敗しようと終いと、最悪ドワーフの城が消し飛ぶだけだろう」

 などと、カインが言い捨てたその時だ。

 ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ! と塔内にアラームが鳴り響く。
 そして、

『異常事態発生、異常事態発生。塔内に膨大な時空の歪みを感知。安全のため、該当エリアを隔離する。繰り返す、塔内に―――』
「なんだ? この声」

 どこからか響いてくる声に、ブリットは頭を巡らせる。

「・・・よく解らんが急いだ方が良さそうだな。―――む?」

 気配を感じて、カインは振り返る。
 と、そこには数体の魔物の群れが追いかけてくるところだった。
 その中には、例の監視カメラも浮かんでいる。

「・・・ちっ、数は少ないが―――放っておけば仲間を呼ばれるな」
「あの監視カメラを連れて行くわけにはいかない―――ここは俺が食い止める。カインは先に仲間と合流してくれ」
「馬鹿な、俺も―――」
「セリスを背負って戦うのか?」
「む・・・」

 言われて、カインは口ごもる。

「適材適所だ。俺はセリスを運ぶことはできないが、敵を食い止めることができる」
「チッ―――」

 今日何度目になるか解らない舌打ち。
 カインは最早後ろを振り向かずに駆け、ブリットはその場に立ち止まって魔物の群れを待ち受ける!
 彼は、ぶるんと自分の剣を振り回し、

「ここは、通さない」

 迫り来る魔物達を睨付けた―――。

 

 

******

 

 

「カイン隊長だ! 背負っているのは―――セリスか!」

 こちらへ走ってくるカインの姿を見つけて、ロイドが叫ぶ。
 程なくして、カインはロイド達の元へとたどり着いた。

「チッ、散々だ」

 忌々しそうに言い捨てて、カインはセリスを床に寝かせる。

「セリスはどうしたんスか?」
「魔力を使い果たして眠ってるだけだ―――後は任せる」
「カイン隊長? 何処へ―――」
「ゴブリンを一匹置いてきた。それを迎えに―――」

 行く、とカインが言おうとした瞬間。

 ガコン、という音が周囲に鳴り響く。

「なんだ!?」
「壁が!」

 消滅した部屋以外の三方の床から壁がせり上がり、カイン達を閉じこめる。

「隔壁か・・・そういや、さっき隔離するとか言ってたよな」
「おのれ・・・!」

 サイファーが呟き、カインは拳でせり上がった壁を殴りつける。
 その壁は塔内の他の壁と同様で、カインの渾身の一撃でも砕けそうにない。

「くっ、あの馬鹿ゴブリンが―――」
「誰が馬鹿だ」
「!?」

 振り返る、とリディアの傍らにブリットの姿があった。

「貴様・・・!?」
「私が召喚したの。言わなかったっけ? 召喚士だって」
「・・・・・・」

 カインはくるりともう一度隔壁の方を振り返ると、それっきり何も言わずに、ゴン、と壁に額を押し当てる。
 バルナバが自爆した時と似た展開に、どうやら完全にふて腐れてしまったようだ。
 そんなカインの態度に、リディア達は愉快そうに笑った。

 ―――その時だ。

 ズドオオオオオオオン!

 と、すぐ傍で轟音が響く。
 塔が僅かに揺れた―――音の割に衝撃が少なかったのは、この塔が異常に強固であるせいだろう。

「な、なに―――!?」
「赤い翼!」

 見れば、塔の外に赤い翼の飛空艇が浮かんでいて、砲塔をこちらへと向けている。
 先程のは、その砲撃が塔の壁に当たった音らしい。

「・・・げー、狙われてる!?」

 ギルガメッシュが少しばかり緊迫感の足りない悲鳴をあげる。
 などと言っているうちに、赤い翼は次々に砲撃を放ってくる。

「きゃああああああっ!?」
「だあああああああっ!?」
「・・・くっ」

 リディアとギルガメッシュが悲鳴をあげ、ロイドは渋い顔で赤い翼を睨付ける。
 幸いにも、砲撃はロイド達のいる場所には直撃せず、全て塔の外壁に弾かれている。

 ・・・ “赤い翼” の飛空艇の砲撃はそれほど命中精度は高くない。
 基本的に、赤い翼の他に航空戦力を持たないフォールスでは、砲撃よりも爆撃が主な攻撃方法であるためだ。

 赤い翼の飛空艇には砲台が装備されているが、それは空を飛ぶ魔物に対する装備であり、それも攻撃と言うよりは威嚇用である。
 ズーのような巨大な魔物ならばともかく、そこら辺の鳥と変わらない大きさの魔物に当てられるほど命中率は高くない。

 だが、数撃たれれば、対バルバリシア戦の時のようにたまたま当たることもある。
 或いは、飛空艇を寄せられて距離を詰められれば、それだけ命中率も高くなる。

 砲弾が直撃する前に逃げなければならないが、塔の上に閉じこめられた状態だ。
 降りようにも、竜騎士が飛び降りても即死するような高さで、かといって悠長に外壁を辿って降りようとすれば、いつ赤い翼の砲撃が直撃するかわからない。

「リディアさん! なにか魔法で逃げられませんか!?」
「無理! 私はテレポは使えないし、だいたい、さっきまで次元の穴が開いてた場所でしょ!? そんな次元が不安定になってる場所で、転移魔法なんか使ったら、どうなるか解ったもんじゃない!」
「・・・そ、そうなのか? それならさっき、俺を召喚したのは―――」

 ブリットが焦ったように言うと、リディアは手を振って。

「ブリットと私は “繋がってる” から大丈夫―――とにかく、デジョンなら私も使えるけど、全員一気にってわけには行かないし、回数が多ければ多いほど失敗率も高くなる。かといって、疑似魔法の転移魔法なんか、こんな状態じゃあ尚更成功率悪いし」

 と、リディアはサイファーをちらっと見る。
 するとサイファーはそっぽを向いて。

「そもそも俺もテレポは使えねーよ!」
「役立たずー!」
「ンだとおー!?」
「・・・一番成功率高いのは、そこで寝こけてるヤツの “テレポ” だけど―――」

 と、リディアはセリスを見る。
 アクセラレイターによって、セリスのMPは尽きている。リディアのMPを譲渡するという手もあるにはあるが、仮にセリスがテレポを使ったとしても、次元が不安定な状態では、成功率は五分五分といった所だろう。

 そうなると、残る手は―――

「というわけで、私が打てる手は一つ―――召喚魔法であの飛空艇を墜とすだけ」
「そうか、召喚魔法か! それなら・・・でも」

 ロイドは一つ、問題に気がつく。
 リディアも頷いて、

「ええ。召喚魔法は時間がかかる。私が詠唱している間に、砲撃が直撃したら、それでアウト―――だから・・・」

 リディアはパチッとウィンク一つ。冗談めかして、

「祈ってて。上手く行くように」

 そう言って、リディアは魔法の詠唱を開始しようとしたところで―――

「フン、自分以外のなにかに祈るのは嫌いでな」

 などと言ったのは、ふて腐れていたカインだった。
 彼は、えぐり取られた床の縁まで歩くと、赤い翼の飛空艇を見やる。

「ちょっと、アンタ!?」
「喜べ。援軍だ」
「えっ!?」

 と、リディアが聞き返した瞬間。

 カインは外に向かって跳躍した―――

 

 

******

 

 

「ちょっと!?」

 思わずリディアは外に身を乗り出す。
 今、リディア達が居るところは塔の6階部分である。竜騎士ならば、普通の6階程度の高さなら、なんとか着地できるかも知れない。
 だが、このバブイルの塔は、一階一階がやけに高い。6階程度と言っても、地上よりも天井の方が近いくらいだ。

「まさか、砲撃を止めるために赤い翼へ跳躍した!?」

 ロイドの言葉通り、カインが跳んだのは赤い翼の飛空艇に向けてだった。
 だが、幾ら竜騎士の跳躍力でも、距離がありすぎる。カインは飛空艇に届かずに、そのまま地上へ落下―――

「! あれは!?」

 地上に墜ちていくカインを、大きな翼を持った何かが受け止めた。
 飛竜―――カインの愛竜アベルだ。

「援軍って、飛竜のことか!?」
「ううん、それだけじゃない!」

 リディアはぼんやりと虚空を見つめていた。
 それが念話のためであると、ブリットだけ理解できた。

「・・・この音!」

 ロイドも気がついたらしい。
 塔の外を見回すと、ロイド達に向かって飛んでくる飛空艇があった。

「エンタープライズ! 戻ってきてくれたのか!」
「うおーーーーい! ロイドー! 無事かー!」
「リディア! 怪我はないかーーーーー!」

 エンタープライズの甲板上には、シドとフードに素顔を隠したリディアの連れが立っていた。舵輪を握っているのはロックだ。
 ―――先程、ロックが見つけたのはカインの愛竜で、それにフード姿が乗っていて、ロックがそれを見つけて合流した。
 あとは、リディアとの念話で大体の状況を知っているフード姿から話を聞いて、この場に急行したというわけだ。

「おやっさん! 助かった!」

 と、いつの間にか赤い翼の砲撃が止んでいることに気がつく。
 見れば、赤い翼の周りを飛竜が飛び回っていた。どうやらカインが牽制してくれているらしい。他にもボムのボムボムと、コカトリスのトリスが一緒になって飛び回っている。

「今のうちだ! エンタープライズに乗り込むッスよ!」

 

 

******

 

 

「・・・フン、どうやら脱出できたようだな」

 アベルの上で、カインはエンタープライズが発進するのを見る。

「長居は無用だ―――退くぞアベル。・・・お前らも来い」

 と、アベルと、それから一緒になって赤い翼を牽制してたボムボムとトリスに声をかけ、その場を離脱して、エンタープライズを追いかけた。

 長距離ならばともかく、短距離ならば飛空艇よりも飛竜の方が速い。
 エンタープライズが加速する前に、なんとか飛空艇に辿り着くことができた。少し遅れて、ボムボムとトリスの二匹も辿り着く。

「ごくろうさまッス。カイン隊長!」

 ビッ、とロイドが敬礼する。
 カインはそれには特に応えずに。

「・・・チッ。しかし結局、大した収穫はなかったな」

 カインの言うとおり、バブイルの塔の中に攻め込んで、やったことと言えば魔物を蹴散らして、セフィロス(偽物)を倒し、超時空撃滅砲とやらを破壊しただけだ。
 ゴルベーザを倒すどころか、その目的も探ることはできなかった。

「まあ、砲台を潰しただけでも良かったんじゃないか? あれがドワーフの城へ打ち込まれていたらと思うと、ゾッとする」

 ブリットが言うと、ロイドも頷いて。

「そッスね。まあ、全員無事で帰還できただけ良しとしましょう。後は、ドワーフさん達の方の被害が少なければ良いんですが―――」
「おや?」

 ふと、シドが声を上げる。
 その場の仲間達を見回して、

「・・・ヤンの姿が見えんが。あいつはどうしたんじゃ? まさかドワーフの城に残っておるのか?」

 その言葉に、ロイドの表情が固まった。

「あ、あれ・・・そう言えば―――ヤンさんはどうしたんですか?」

 問われ、共に行動していたカインとブリットは顔を見合わせる。

「いや、キスティスと砲台を破壊しに言って―――おい、まさか・・・」
「その、まさかよ」

 ブリットの言葉を肯定したのはキスティスだ。
 甲板に寝かされていた彼女は、腹部を押さえながらゆっくりと起きあがる。

「ごめんなさい。彼は・・・・・・」

 それ以上、キスティスは言葉を紡げなかった。
 キスティスが倒れていた場所。塔を抉るほどの砲台の威力を思い出して、仲間達は愕然とする。

「ウソでしょ・・・そんなの」

 泣きそうな顔でリディアがブリットに詰め寄った。

「どうしてヤンが・・・ねえ、ブリット。ウソだよね? こんなの―――」
「・・・・・・」
「・・・っ」
「―――おいおい、感傷に浸ってるヒマはないようだぜ?」

 場の空気を斬り裂いて、脳天気な調子で言ったのはギルガメッシュだ。
 彼は、飛空艇の後方を見やり、

「追ってくるぜ。 “赤い翼” 」
「チッ、見逃してはくれないというわけか」

 カインが槍を握って飛び出そうとするのを、シドが押しとどめる。

「まあ待て。心配せんでも、このエンタープライズには追いつけん―――」
「いや、距離が詰まってきてる!」
「なにィ!?」

 シドは驚きに目を見開いて後ろを見る。
 確かに、赤い翼はぐんぐんと近づいてきていた。

「ロック! 全速前進じゃ!」
「やってるよ!」
「何故じゃ!? ワシの持てる技術全て叩き込んだエンタープライズが、旧型の赤い翼に追いつかれるわけが・・・」

 技術以前に大きさからして違う。
 エンタープライズの方が、赤い翼よりも一回り小さい。重量的にもこちらの方が速いはずだった。

「―――魔導だ」

 不意にカインが呟く。

「あの赤い翼には、推進に魔導が使われてる。そこの舵輪握っているバンダナが、赤い翼の飛空艇を全て使い物にならなくして逃げ去った後、ガストラの技術を使って修理したとゴルベーザが言っていたのを、聞いた覚えがある」
「成程。それで納得言った―――ならば!」

 シドは飛空艇を操る、ロックを振り向く。

「ロック! 地上へ向かえ! さっきの火口を昇るんじゃ!」
「地上に!? 地上に逃げてどうにかなるのかよ!」
「飛行速度は向こうの方が速い。じゃが、おそらく向こうは推進力を生むために、動力を追加しているはず。船体も大きく、乗組員の数も多い―――つまり、“重い” !」
「・・・そうか! 上昇速度ならこっちの方が圧倒的に速いはず。火口の中で引き離せる・・・・・・は、良いんだけど、地上に出てどうするんだよ? しつこく追ってきたら、結局追いつかれるぜ?」
「・・・とにかくバロンまで逃げるんじゃ。バロンには新しい飛空艇がある。あとはセシルがなんとかしてくれるワイ」
「他力本願だな」

 言いつつも、他にいい手は思いつかない。
 ロックは飛空艇を地上との出入り口―――火口へと向けた。

 

 

******

 

 

 なんとかギリギリ追いつかれる寸前で、火口までたどり着く。
 そのまま上昇。すぐ真下に赤い翼もついてくるが、シドの読み通りに上昇速度は遅いようだ。差が開く。

「よっしゃあ。あとはバロンまで逃げるだけだな」
「・・・・・・」

 半ばヤケで明るく叫ぶロックに対して、ロイドは悩んで表情を暗くする。

 確かにバロンに行けば、ゾットの塔の浮遊石で作られた飛空艇はある。
 しかし、致命的な問題がった。

( “赤い翼” が団員ごとゴルベーザに乗っ取られた今、乗組員がいない・・・)

 一応、陸兵団、海兵団から人を集め、訓練をしているが、まだまだ練度は低い。飛ばすことはできても、空戦など不可能だろう。幾らセシル=ハーヴィでも、そんな状態で、百戦錬磨の “赤い翼” と戦えるとは思えない。それに、下手をすればバロンの街の上空が戦場になる。それは避けたかった。
 第一、バロンに辿り着く前に落とされればそれまでだ。

(できれば、バロンに辿り着く前にケリを付けておきたいんだが―――)

「おやっさん。エンタープライズに爆弾は積んでないのか!?」
「無い。というか、こんな熱いトコに来て爆弾なんぞ積んでいたら、いつ誘爆するかわからんゾイ」
「・・・それもそうか」

 赤い翼が爆薬を積んでいるのは、誘爆しないように管理しているからだ。
 火薬を搭載する時は、最低二人以上の火薬番を配置し、誘爆しないように厳しく見張っていた。船や陸上ならともかく、空の上で爆発したら、致命的だからだ。

 それに小型で、人数を必要としないエンタープライズだが、小さいと言うことはそれだけ積載量が少ないと言うこと。
 爆弾を積もうにも、それほど量を積むことはできないだろう。

「くそ・・・爆撃すれば、簡単に墜とせるのに・・・」

 今、エンタープライズと赤い翼は縦並びに昇っている。
 火口では、避けることもできないため、爆弾一つ落とせば、それで全てカタがつくはずだった。

「おお、というか今凄くヤバいことに気がついたんだが、俺」

 はいはいはい! とギルガメッシュが手をあげる。

「向こうは砲台持ってたじゃんか。下から撃たれたらやばくねえ?」
「下から撃たれて、そのままエンタープライズは、赤い翼を巻き込んで墜ちるわけッスか?」
「・・・あれ?」

 ギルガメッシュは首を傾げる。上に砲撃すれば、それはそのまま自分の頭に墜ちてくる。
 ここで赤い翼がエンタープライズに砲撃するのは、自爆するに等しい行為だ。

 と、ふとロイドの脳裏に一つの案が浮かんだ。

(エンタープライズを落とす・・・か。確かにそれは有効かも知れない―――いや)

 駄目だ、と考えを打ち消す。
 エンタープライズを落とせば、すぐ下に居る赤い翼を落とすことはできるだろうが、それだけだ。さらにその下の赤い翼はすぐに下降して回避するに決まっている。
 少なくとも、ロイドが知る赤い翼ならば、それくらいのことはやってのける。

(くそっ、何か無いか!? 赤い翼を一網打尽にする方法―――リディアさんの召喚魔法は、こんなところで使えばエンタープライズもただでは済まないだろうし、普通の攻撃魔法で船が墜とせるとは思えない―――というか、墜とせるならもうやってるはずだ。他にないか・・・強力な攻撃は――――――あ)

 ロイドは甲板に寝かされているバッツに駆け寄ると、その懐を漁る。

「ちょっと、何してるの!?」
「―――あった!」

 リディアの怪訝そうな声を無視して、ロイドがバッツの懐から探し出したのは、アガルトの村で渡された―――

「それは “マグマの石” か?」

 ロイドが取り出したものを見て、カインが呟く。
 そう、それはアガルトの村で、長老から渡されたマグマの石だった。

「成程な。それを落として、火山の噴火に赤い翼を巻き込むというワケか」
「いえ」

 と、ロイドは首を横に振る。

「ここはアガルトの村の井戸とは違う。このまま落としても、下には赤い翼も居るし、どこかに引っかかって割れない可能性が高い。たとえ、一番下まで落ちても、上手いタイミングで噴火してくれるか解らない・・・だから」

 ロイドはマグマの石を持って、飛空艇の舳先に立つ。
 そのロイドの行動に、ロックはイヤな予感を感じて、思わず叫んだ。

「ロイド! お前、何を考えて―――!」
「簡単な話だよ。俺が一緒に落ちて、丁度良いタイミングで割ればいい」
「馬鹿言うな! てめえ、死ぬ気か!?」
「俺一人の命で、赤い翼を一掃できるなら安いもんだ―――じゃあな、ロック。お前と知り合えて楽しかったぜ」

 そう言ってニッ、と笑う。

「お前の願い、叶うと良いな」
「ざけんなっ! てめえの命はそんなに安かねえだろ!」
「そうじゃ! お前が死んだらリサはどうする!?」

 ロックとシドが叫ぶが、ロイドは微笑んで「ごめん」と言い残し、そのまま飛空艇の上から飛び降りた―――

 

 

******

 

 

「ギルガメッシュ・ジャーンプ!」

 ロイドが飛び降りた瞬間、赤い影が飛空艇の舳先に跳躍した。

「ギルガメッシュ!?」
「おーっと、危ねえ危ねえ」

 ロイドの姿が飛空艇の上から消える寸前、その腕をつかみ取る。

「なっ・・・!?」
「やらせるかってよ。そんなこと」

 にやり、と笑ってギルガメッシュは、ロイドの身体を引き上げると、その手の中からマグマの石を奪い取った。
 そして、甲板へロイドを捨てるように放り投げる。

「ぐっ・・・ギルガメッシュ! アンタ、やっぱりゴルベーザの・・・」

 ぎり、とロイドはギルガメッシュを睨付ける。
 睨付けられても意に介さず、ギルガメッシュは鼻歌なんぞ歌いながら、手の中のマグマの石を弄ぶ。

「ふんふんふん・・・♪ なーるほどな。コイツを上手いタイミングで砕いて、火山の噴火で赤い翼を一網打尽。この状況でよくもまあそんな事を考えつくもんだ」
「返せ! 早くしないと間に合わない」

 ロイドの叫びに、ギルガメッシュは「おお」と頷いて。

「それもそうだな。んじゃ、行ってくるわ」
「へ?」

 何処に? と、聞き返すヒマもなく。
 ギルガメッシュは全く自然な動作で、後ろに―――つまりは飛空艇の外へ飛び出して、そのまま落ちていく。

「ギルガメッシュさん!?」

 慌てて、ロイドが飛空艇の舳先に駆け寄ると、すでにギルガメッシュの姿は見えなくなっていた。

「どっ、どうするんだよ!?」

 突然のことに操舵手であるロックが困惑する。
 困惑しているのはロイドも一緒だが、それでも無理矢理頭を切り換え、ロックを振り返る。

「上昇を続けろ! ・・・こうなったら、あの人を信じるしかない・・・!」

 

 

******

 

 

「うははははははははははははははははははーーーーーー! たーーーーーーーのしーーーーーーーーーーーっ!」

 重力の加速に任せ、ギルガメッシュは落ちていく。
 下から吹き上げてくる熱気と、猛スピードで過ぎ去っていく火口の岩肌を楽しみつつ、彼はひたすらに落ちていた。
 上昇速度には随分と差があったようで、エンタープライズと赤い翼の間は結構な感覚になっていた。ギルガメッシュはちらりと上のエンタープライズと、その先の火口の入り口を確認し、真下の赤い翼の位置を確認して。

(ふむ、とりあえず下の赤い翼を通り過ぎた辺りで石砕けばいいか)

 などと思っていると、目の前に飛空艇の甲板が迫っていた!

「うお・・・・・!」

 ずっだあああああああああああんっ!

 ギルガメッシュの身体が甲板へと叩き付けられ、大きく跳ねる。

「ぐっはあああ!? すっげえ、痛ぇええええええええええっ!」

 常人なら「痛い」というレベルでは済まされないはずだが、ギルガメッシュはもう一度だけ甲板上で跳ねて、赤い翼の外へと落ちる。

「ぬおおおおっ。やっぱやるんじゃなかった。つか、これから死ぬほど熱い思いするんだろうしなあ」

 ぼやきつつ、ギルガメッシュは手の中にあるマグマの石を、拳であっさりと砕く。
 途端、周囲が鳴動し、遥か下―――上昇してくる赤い翼の飛空艇のさらに下にあるマグマがぼこりと盛り上がり、次の瞬間に一気に噴き上がった!

「あー、これ。このまんまだと流石の俺様も死ぬ気がするな―――しゃーない」

 迫り来る溶岩に対して、ギルガメッシュは「とう!」と妙なポーズを取って叫ぶ。

「ギルガメッシュ・チェーーーーーンジッ!」

 叫ぶのと同時、噴き上がった溶岩が、ギルガメッシュと赤い翼を呑み込んだ―――

 

 

******

 

 

 ―――アガルトの村。
 ドワーフとの混血である長老は、馴染みのある大地の震えを感じて、家を飛び出した。

「皆の者! 火山が噴火する! 避難せい!」

 長老が叫ぶと同時、周囲の者たちが素早く反応する。
 異変に気がついたのは長老だけではなく、村人の幾人かも気がついていて、すでに避難は始まっていた。

 アガルトの山は活火山である。
 マグマの石で人為的に噴火させる以外にも、自然に噴火する場合も度々あった。
 もっとも、マグマの石で噴火させた後は、半年以上、自然に噴火することなどなかったのだが―――

(ふむ、ということはもしやドルガンの息子が―――)

 思った瞬間、アガルトの山の火口から、何かが飛び出した。

「おや、アレは―――」

 それは数日前に火口から戻ってきて、つい数時間前に再び火口の中へと入っていったバロンの新型飛空艇だ。
 長老がぼんやりとその飛空艇を眺めていると、その直後、山が大きく震えて噴火する。

「おおっと、いかんいかん」

 長老は慌ててシェルターへと逃げ込む。
 そして、村の中にいつものように火山弾が降り注いだ―――

 

 

 

第19章「バブイルの塔」 END


 

次章予告ッ!

 

地底から帰還したロイド達。
仲間を失った事を哀しみつつ、王であるセシルに報告する。

ヤン&ギルガメッシュ:いや、実は生きてるけどな。

うわ、台無しー。KYKY!
・・・まあ、それはともかく、報告を聞いたセシルはにっこりほほえんで宣告する。

セシル:はい、死刑。
ロイド:えーーーっ!?
セシル:ゴメン、間違えた。しばらくの間、謹慎ね。

ロイドとカインに言い渡される謹慎処分。

カイン:ちょっと待て! なんで俺まで!?
セシル:その理由は次章で。

一方、バロンでのセシルの評判は悪く、さらには貴族達の反乱も噂されていた。

リサ:だって、セシルってば毎日のように、ローザと街に遊びに来てるし。
ベイガン:そしてそれを毎日のように追いかける、我ら近衛兵団―――セシル王、もっとしっかりしてくだされ!(泣)

えー、いーじゃない別に。

セシル:だよねえ。
ベイガン:よくありません!

などと、セシル王の支持率ガタ落ちなバロンに、やがてエブラーナ組も帰ってくる。

エッジ:フッ、ついにリディアと対面だー! うははははは♪
ろう:あ、すいません。もしかしたらエジリディなイベント無いかも。
エッジ:なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?

そして―――

リディア:みんな、慌てないで! これは―――きゃああああっ!?
バッツ:リディア!? リディアが、殺され・・・・・・なんでっ・・・・・・! わあああああああああああああッ!
セシル:駄目だ! 迂闊に突っ込むな!
オーディン:―――斬鉄剣。

蘇り、次々に仲間達を斬り殺していく、最強の “騎士王” ―――

オーディン:セシル・・・カイン・・・お前達に勝つために、私は舞い戻った・・・!
カイン:チッ・・・。
セシル:そんな事のために―――みんなを・・・!

セシルの怒りが頂点に達し、カインがその怒りに応えた時。
バロン最強の “剣と槍” が “騎士王” と激突する!

―――てなわけで次章!

 

ファイナルファンタジー4 IF(仮)

第20章 「王様のお仕事」

 

読んでくれないと―――

リディア:―――ファイガしちゃうぞ♪

セシル:あれ? なんでリディアが・・・

ネタが尽きて来ちゃって。というわけでリディアに協力してもらったの。

ろう:・・・元ネタ的に、こっちの方がしっくりくるしなあ・・・・・・


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